【全焼した児童クラブ】商店街の大規模火災から2か月…失われた子どもたちの居場所「みんなのいえ」前を向く力をくれた子どもたち_大麻銀座商店街で再建目指し奮闘〈北海道江別市〉
北海道江別市の商店街で起きた大規模な火災から2か月。
全焼した子どもたちの居場所を、再び作ろうと奮闘する人たちがいます。
ここは地域の人に愛された場所でした。
2か月前、火災に襲われた江別市の大麻銀座商店街。
3月10日も重機を使った解体が続いています。
失われたのは、お店や仕事、家。
でも、それだけではありません。
「ほんとにすべて燃え尽きていて何も拾えるものもないし、壁も天井もすべて燃えているような状況だったので、これはちょっと子どもたちに見せられない」(みんなのいえ代表 鈴木律子さん)
失われたのは、「居場所」です。
鈴木律子さん、商店街の一角で児童クラブを運営してきました。
60年以上の歴史があり、花屋やヘアーサロンなど30店が軒をつらねていた大麻銀座商店街。
徐々に子どもが減るなか、鈴木さんは子育てをした仲間たちと、子どもの居場所を作りたいと2019年に児童クラブ「みんなのいえ」を立ち上げました。
「一つ一つ思い出があるので気持ちの整理つけるのが時間かかりましたね」(鈴木さん)
「ただいま!」(子ども)
「おかえり」(鈴木さん)
「みんなのいえ」の再開は火災翌日。
小学校の図書室を間借りしました。
新学期が始まったあとは、商店街近くの会館に場所を移し、70人の子どもの居場所を守りました。
少子化の時代とは思えないほどの、にぎやかさです。
「地域の中に自分が育つ場所があるのを実感してほしいと思っていたので、学校と家の間で、より、おうちに近いような雰囲気と、くつろぎを意識して場作りをしてきました」(鈴木さん)
1月7日の火災でバイク店から出た火は、次々と隣接する建物に広がり、9棟が焼け、みんなの家も燃えました。
そんな現場から、鈴木さんがどうしても持ち出したかったものがあります。
「これです。事務所のここにあるんで、どうしてもって消防士さんに泣きつくような形でお願いしたんですよね」(鈴木さん)
子どもたちの写真を保存していたパソコンです。
火事のあと写真を現像しました。
あふれていたのは笑顔。
一緒に過ごした、7年分の笑顔です。
いま、事務所の壁いっぱいに貼られています。
「悲しい思いを持って帰るだけじゃなくて、こんな楽しい思い出あったよねと、この写真を貼って」(鈴木さん)
前を向く力をくれたのも子どもたちです。
「(子どもたちは)大豪邸に引っ越せる?とか、悲しいけど前向きに今を楽しもうとしている子どもたちの姿がある。私たち大人の方が引きずったりとか、どうしようという気持だったんですけど、やっぱり子供たちって今を生きてるなあと、すごく励まされた」(鈴木さん)
鈴木さんたちは一刻も早く安定した場所を見つけたいと、クラウドファンディングを始めました。
「今何ができるかっていうことをすごく考えて、今できうる最大限のことやろうと。大人の1年後、2年後っていうのはわかるんですけど、子どもにとっての1年後ってすごく途方もないし。どの子にも今って今だけなんですよね」(鈴木さん)
再び、この商店街に戻ることを決めています。
「改装したり修復して、戻ってこれるのであれば本当に同じ場所に戻ってきたい」(鈴木さん)
そうした人たちの思いが商店街の再建も後押ししています。
「もといた人たちも必ずこの場で再開したいっていう気持ちが皆さん強いので、地域の皆さんの声に応えるためにも、商店街の再生を目指し今動き出しています」(大麻銀座商店街 岸本佳廣理事長)
ここで暮らして、ここで育つ。大麻銀座商店街と「みんなのいえ」。
再建へ動き出した、春です。
1件のコメント
この焼失した建物の59年間の歴史には、さまざまな背景があります。
直近6年間の学童保育以前には、26年間の整骨院としての歴史があります。8名が柔道整復師として鍛えられ、医療提供と研究所としての社会貢献があります。
2026年2月20・21日に開催された「Thank You Street」では、その一部を紹介させていただきました。
育った場所が焼失したのは残念です。
学童保育の実施主体が再建のために新築する場合、「子ども・子育て支援施設整備交付金」により建築資金の3分の1程度の負担でできそうですが、単に家主(貸主)という「第三者」は、その交付金の対象ではないようです。