かつて島の1/3が買収されたリゾート地と乱開発への抵抗の歴史

人口わずか300人あまりのこの島には 年間50万人もの観光客が訪れますそれ だけ観光客が多いと金儲けのために いろんなお店ができたり開発が進みそうな ものですがそのような気配はなく美しい 自然と島の人々が暮らす原風景が残されて いますしかしその裏では外部の開発業者と 島民との烈な土地の争奪線が繰り広げられ ておりそれは今もなおき問題として残り 続けています今回はかつて島の13が買収 され乱開発の危機にさらされ続けてきた 竹富島の変遷と観光地下の問題点について そしてそんな竹富島で唯一例外的に 受け入れられたリゾートホテル開発につい てご紹介しようと思い ますということでやってきたのは沖縄県 竹富島です竹富島はの南の果八山諸島の 離島の1つですアクセスとしてはまず 石垣島に行く必要がありますがそこからは 高速線で15分ほどでつくため周辺の離島 の中では行きやすい部類に入ります美しい 海に囲まれ赤い河原屋の原風景を今に残す 人気の観光地ですが観光客が多いことは民 にとって必ずしも喜ばしいことではない ようです一体どういうことな 実際に竹富島を観光しながら見ていきたい と思い ますちなみに今回の動画では観光地化する ことの問題点などについて言及していき ますがだから竹富島に観光に行くなという 意味ではありませんまた一括りに観光客や 住民とは言ってもやはり個個人で考え方は それぞれだと思いますのであくまでこう いう一面もあるというのを知っていただき 様々な角度から考えるきっかけにして いただければと思います ということで早速水牛車に乗って街並を見 ていきましょう竹富島の大きな魅力はこの 伝統的な街並みですが水牛車に乗れば ガイド付きでゆっくり見ることができます おそらく竹富島に来たほとんどの人が乗っ ているのではないでしょうか私も人が多く て2巡目になってしまいましたもも竹富島 では自動車がほとんどなく農作業や荷物の 運搬 そして観光客の言も水牛者で行っていまし たそういった文化の名残りでこのような ツアーがありますが屋根もあって1度に 20人くらい乗れますしスピードも ゆっくりなのでガイドを聞きながら街並み を見るのには持ってこい ですというのが観光客側の目線ですが住民 側はどうでしょうかこの水牛者のルートは 住民の居住エリアも含んでいますので自分 の生活権をきりなしに観光客が往来すると

いうのは多かれ少なかれ気になる人もいる かもしれません小学校も近くにあるので 余計に心配というのもあるよう ですまた今回乗った請求者は竹富観光 センターという会社が運営しているのです が2008年に今の場所へ営業所を移設し ていますその際移設場所が集落の中心部と いうことで営業所の建物が街の景観を 損ねるというや水牛の排泄物などの懸念 から反対運動まで起きていますここでは あまり深掘りしませんがなかなか根深い 問題のよう です続いて海にやってきました見て くださいこの透き通った綺麗な海私は常に YouTubeの再生回数の心配ばかりし ていますがそんなのどうでも良くなるよう な美しさですまさに天国の ようこの動画は内容的にネガティブな部分 も多いのでここで一旦視聴者の皆様も心を 癒していただければと思いますお魚さん たちも気持ち良さそうですよ上からもよく 見えますこんな美しい海を毎日拝める住民 の方が羨ましいというのが観光客目線で 思うことですが党の住民からしたらどう でしょうか1番の懸念点としてはやはり マナーの悪い観光客も来てしまうという ことです例えばゴミのポイステなど自分 たちの美しい海がが汚されてしまうことを 心配する声が多いようです近年では外国人 旅行客も増えており手書きの注意換気の 看板が読めないため住民からのメッセージ が伝わりづらいという問題点もあります 実際自転者新入禁止の文字が読めず 突き進んでいった海外の方もいまし たとこんな感じで水牛車に乗って海を見に 行っただけですがあっという間に帰りの船 の時間になりました私もそうですが ほとんどが日帰り客で船場にはこんなにい たのかと思うぐらい大量の人が押しかけて います宿泊もできるのですが民宿が数拳と 超高級な星のリゾートしかないため キャパシティや費用の問題で止まる人は 割合としては少ないですそのためどんなに 観光客が増えても基本的には日帰りのため 島に落ちるお金というのは非常に限られて います今回私がお金を使たのも水牛車と レンタル自転車と多少飲み食いした分で 数千程度でしたそのため前日の問題点など も考慮すると住民としては観光客が増えて もそこまで恩恵がないというのが実情の ようですしかし現状お金がなかなか落ち ないとは言っても開発次第ではいくらでも お金を無し取れそうな気はします住民は 前向きじゃないにしても島の外から開発に やってくるような動きはないのでしょうか

実は土地自体は外部資本に渡っているもの が多くありリゾートホテルの開発計画など もあるようなのですが住民の強い反対に より開発が進んでいない状況のよう ですしかし計画に反対しているとは言って も土地自体は開発業者の手に渡っている ことは事実ですということは誰かが土地を 売り渡したということに他ならないわけ ですがそうなるとそもそもなぜ土地を売っ てしまったのでしょうか大金をちらつかせ たのかと邪推してしまいますがそれは大変 失礼な話でやを得ない事情があったのです どのような経緯をたどったのか竹富島の 歴史を遡って見てみ ましょう竹富島には12世紀末にはすでに 集落があったと考えられています島の大 部分が琉球切開癌つまりサゴなどの体積物 によって覆われているため水はけが良すぎ て雨水がたまりに土地ですがそれでも人が 住んでいたのは周辺の島と違ってマラリア の病原体がなかったことが理由の1つとし て考えられています水を得にくいとは言っ ても最低限の地下水を井戸から利用する ことはできたため稲作は無理でもは作を 中心に生活できるような環境ではありまし た人々は小麦や砂糖キビなどを栽培しまた 量産なども行いながら整形を立てていまし た 戦後に入ると抽選による引き上げ者の増加 により1945年には一時的に人口が 2000人を超えますしかし小さな島で あるため上使が起こり仕事を求めて島から 出ていく人が続出しました竹富島の人口は 減少していきますが残った人々は引き続き 農家としてこれまでと同じように生活して いまし たとは言っても佐キビ科学の下落なども あり生活の実態としてはなかなか厳しい ものでし たそんな中さらに追い打ちをかけるように 1970年から大規模な間伐や台風が頻発 しますこれによって佐藤君の集客料は大幅 に落ち込み農家は壊滅的な被害を受ける こととなりまし たしかも1度キリの話でもないため多くの 農家が生活に困窮することとなり農業で 整形を立ててことは絶望的な状況でした また砂キビ産業だけでなく楽農も大きな 被害を受けました竹富島は1年を通じて 温暖な気候で木装が生育しやすく楽に適し ていたため使われなくなった農地をまとめ て木装士として再利用し武富牧場株式会社 という会社によって牧場が経営されてい ましたそれが段の伐と台風により壊滅的な を受けたことで経営が悪化し倒産して

しまったのですこのように個人の農家や 牧場に大打撃を与えた異常気象でしたが話 はここで終わりませんこれが結果的に 竹富島の観光地下が進むきっかけともなっ たの です1972年アメリカから日本へ沖縄が 変換されたことを皮切りに沖縄の観光開発 が活発化します時代は高度経済成長という ことで全国的に観光近い発が進んでおり 日本復帰ということで沖縄にもその波が 押し寄せてきました沖縄本島だけでなく 八山諸島の島々も外部本の目に止まりまし たもちろん竹富島も例外ではありません 観光開発にはまず土地が必要ですが当時の 竹富島は土地の取得という点でかなり買手 側に有利な状況になっていましたというも 先ほどお話した通り伐や台風の影響で農家 が絶対絶命の状況に立たされていたので 生活のために土地を手放してしまう農家が 続出したのですまた武富牧場株式会社が 倒産したことで牧場は土地も売却された ため最終的には島の土地の1/3が外部の 開発業者の手に渡ったとも言われています このようにして竹富島の土地は次々とされ ていったわけですが一連の経緯を見ると 島民が外物省による観光地下を望んだと いうよりは農業で整形を立てていくことが 絶望的になり土地を裏ざるを得なかったと いう風に見て取れると思いますそのような 状況ですので足元を見られ安値で買い叩か れたため決して生活が豊かになったわけで はないよう ですそのため仕方なく土地を売ってしまっ たものの島民の意行としてはやはり開発は 避けたいという思いがありました大型施設 の開発計画も浮上しましたが島民が団結し て反対運動を行いこれを阻止しまし たとはいえ時代の流れとして観光地下が 避けられないというのはうう感じていた ため島の自然や文化が失われない持続的な 観光業を模索するようになりましたその上 で反対運動ばかりしててもラチェが開か ないということで島の審者から組織された 武富観光開発株式会社を設立し外部資本の 手に渡った土地を買い戻すこととしたの ですもうすでに売られてしまった土地の 買い戻しだけではなく生活が限界で土地を 売ざるを得ない農家などから外部資本に 変わって土地を買い上げることも行い自分 たちで観光開発を行っていきましたこの頃 には今ではおなじみの水牛者ツアも誕生し 民宿や交通インフラなどの整備も進み独自 の観光形態が発達していきまし たそして街並保存の取り組みを進み 1986年には外部資本に土地を占い海や

集落を汚さないなど観光地下における基本 的な枠組を定めた竹富島検証が制定され まし たさらに翌年には国によって重要伝統的 建造物群保存地域に指定され歴史的な景観 を守るために新たな建物の建築や外観の 変更が一部規制されることとなり島民が 目指す観光地下のビジョンがより現実的な ものとなっていきましたそのような背景の 中航空券の割引きの導入やLCCの登場 などによって遠方からも訪れやすくなって いき観光客は右肩上がりに急増今では年間 50万人が訪れる人気観光地となったわけ ですそのようにして竹富島では乱開発が 進んでおらず自然や伝統的な街並みが守ら れているわけですがこの島には2012年 に有名なリゾートホテルが誕生しまし たそれは島の中心部から少し離れた場所に ある星のリゾート星野ですこれまで リゾートホテルの開発に断固反対してきた この竹富島でなぜ星野だけ開業が叶ったの でしょうかそこには単なるリゾート開発と は一戦を隠した壮大な計画が関係してい ましたここからは星野竹富島の誕生の経緯 について簡単にご紹介しますができれば 宿泊して映像もお届けしたいとは思ったの ですが遺幹線当チャンネルの資本力では 難しかったため誠に遺憾ながらイメージ 映像というか公式ホームページの画像を 拝借してご紹介しますちなみにもし案件で 無料で止めていただけたらより詳細に 深掘りしてステルスマーケティングに加担 するのもやさかではございませんので関係 者の方は是非ともご検討 ください話がそれましたが現在星野が立っ ている場所は一度外部資本によって買収さ れたもののその後島の企業によって 買い戻すことに成功した土地でしたがその 土地には抵当権がついていました抵当権が ついているということは設定されている 債務者が債権者にお金を返せない場合その 土地が債権者によって競売にかけられて しまうリスクがあるということ ですそうなるとせっかく買い戻した土地が 再び外部資本の手に渡ってしまい ますこの土地の面積は島の1/6に相当 するほど広大なものでしたがその抵当権が 外資系反動に移ったため島民は強い危機感 を覚えましたしかしそれに対抗するには 総合の資本がなくては立ちできませんそこ で頼ったのが星のリゾートでした構図だけ 見ると外部資本から土地を守るために外部 資本を頼っているという状態になって しまっていますが相談を進める中で竹と 見島方式と呼ばれる土地を構成に残して

いくことができるようなスキームが 考え出されましたどういったものかという とまず星のリゾートが土地保有機構という 新たな会社を設立し金融機関からお金を 借り入れて問題の抵当権を買い戻します次 に星野社長が代表を務める南西観光 株式会社という別の会社が施設を作り土地 を竹富土地保有機構から借りるという形で ホテルを運営しますそしてホテル運営で得 た利益を対価として支払い抵当権買い戻し の際の借入れ金の返済に当てるという流れ ですなぜこんな回りくどいことをしている のかと言と土地の所有者とホテルの 運営会社を別々にすることでホテル建設時 に土地に抵当権をつけずに住むため万が一 ホテルが失敗して巨額の負債を抱え込んだ としても土地を競売にかけられるのを防ぐ ことができるからだそうです土地を所有 する竹富土地保有機構は借入れ金の返済後 は島民に移行させ土地を将来にわって守り 続けることができるようにする方針のよう ですしかしその方式はいいとしてそもそも リゾートホテルの運営自体はいいのかと いう疑問が残ると思いますもちろんこの 計画がスムーズに進んだわけではありませ ん当初は反対の声も多かったよう ですしかし開発にあたって星のリゾートは 地域の文化を重要視していることや景観を 損なわない建物にすること環境や限られた 資源の活用方法など2年以上にわって島民 に説明を続け様々な意見をぶつけ合った末 ついには一定の理解が得られ計画が認め られました結果として作られた星の屋は ほとんど集落そのものでありいわゆる リゾートホテルのイメージとは全然違う ものでした宿泊者は集落に暮らす住民の ように過ごすことができるため竹富島の 文化を肌で感じることができるような コンセプトになっているよう ですこのように星のリゾートの一方的では ない地域と共存する形の計画は島民の心を 動かしその結果として外部資本であり ながら唯一リゾート開発として成功を収め たのでした島全体を見渡せばまだまだ課題 は多いですがこれまで紡いできた竹富島の 自然と街並をいつまでも残し続けていって ほしいと思い ます ということで今回は八山諸島竹富島につい てご紹介しました観光客と住民では立場が 全く違うため完全に理解するのは難しいか もしれませんが観光客として訪れる以上は マナーなどは特に気をつけ地域に最大限 配慮していきたいですね最後までご視聴 いただき本当にありがとうございますそれ

ではまた次の動画でお会いし ましょう

人口300人余りの小さな島は、外部資本によるリゾート開発の危機に
晒され続けている。沖縄県の離島・竹富島で一体何が起こったのか…

【主な参考】

https://geo.africa.kyoto-u.ac.jp/ekumene/wp-content/uploads/sites/3/31-48.pdf

https://core.ac.uk/download/pdf/223202936.pdf

竹富島(沖縄)にみる観光地化への軌跡同志社大学学術リポジトリhttps://doshisha.repo.nii.ac.jp › record › files

https://colorfuru.jp/business/28276

「竹富島の声を聞いてください」オーバーツーリズムと島の現実【特集|島と人が幸せな観光とは?】

https://www.hoshinoresorts.com/information/release/2010/07/386.html

https://www.change.org/p/竹富島の美しいコンドイビーチにリゾートホテルを造らないでください

https://www.taketomijima.jp/blog/archives/000704.html

https://www.taketomijima.jp/blog/archives/000660.html

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24件のコメント

  1. 今回もわかりやすくて楽しくためになる動画でした。
    見ごたえのある動画の数々、ありがとうございました。よいお年をお迎えください。
    13:58 最早ダイレクトマーケティングではw

  2. 浜にはハワイでも見られる、ピクトグラムの様な標識は有った方が良いかも。

    古家屋利用や、地元様式な建築物を宿泊施設にするのは、素晴らしいと思う。

    出来れば自然災害に備えて、住民の避難所や集会に利用される、頑丈な建物も

    有ると心強い。(植込みや盛土で、周辺の景観に合う目立たない様な形で)

    買収された土地は、外資に渡らない様に、お願いしたい。

  3. !!!!!!!!! いつも楽しみにしている根岸さんが我が故郷沖縄進出!!!!!
    是非他の沖縄エリアもご紹介お願いします! 宿泊事業者として協力します!(ステマ)w

  4. いまさらながら本当に誠実な動画だなぁと毎回感銘させられます。
    これからも楽しい動画を心待ちにしています。良いお年を。

  5. 初めてコメントします。

    いつも、母と一緒にねぎしさんの動画から、街や建物の歴史を感じています。

    竹富島が大好きで、
    毎年母と旅行に行ってました。
    10年以上前ですが
    1年間、竹富島の民宿で住み込みで働いていたこともあります。

    ちょうど、その頃に
    リゾート開発への反対の看板が多く掲げられていました。
    看板のメッセージもかなり強めで、色合いも派手で、豊かな竹富島の自然の中にかなり浮いていた印象がありました。

    しかし、数年後には
    民宿の人が「星のリゾートに招待してもらったり快適だな〜」と話していたり…

    今回、ねぎしさんの動画で
    納得できたことがたくさんありました。

    島民は、島の行事準備などで観光業以外にも、かなり忙しく生活していました。
    集落ごとの分担など、いろいろ細かなやりとりがある様子でした。

    島の暮らしを守る大変さ…等1年だけでしたが、
    観光客サイドと島民サイドの両方の視点を知ることができました。

    今回、根岸さんに竹富島について語って頂き、
    とても嬉しかったです。

    また、来年も
    動画を楽しみにしています。

    よいお年をお迎えください。

  6. 積極的にステマ動画を公表していくスタイル😅…
    その昔某ペニオクステマで炎上した人もいましたなあ〜確かほし…おっと💦

  7. 沖縄返還後に、竹富島の島民がおかれた状況と外部のリゾート開発会社とのそれぞれの思惑、そして最終的に合意に至った星野リゾートとの開発計画。
    今回も私が全く知らなかった竹富島開発秘話を、根岸さんからの説明を受けて、そんな経緯があったのかと知りました。
    いつも丁寧な動画を配信してくれて、ありがとうございます。 🌷☺🌷 来年もまた根岸さんの動画を心待ちにしています。
    🍊 🌷🥀良いお年をお迎えください。🌷🥀 🍊

  8. 今回も詳しい解説付きの観光地の紹介ありがとうございます。
    星野リゾートだけが開発に成功した話が興味深かったです。
    根岸さんのところにも案件のオファーが来るといいですね!

  9. いつも勉強になる動画をありがとうございます。
    今回の「お題」は元田舎者としてとても考えさせられます。

    慣れ親しんだ環境での生活 VS 高度医療や安定収入の生活。
    不便 VS 便利。
    同地域内でそれぞれの立場(開発VS保全)の派閥の対立。
    今うまくいっているからそれでよし!とは言い切れません。本当に悩みます。

    島は災害やその他の要因で孤島となり、助かる命も助からない時があります。
    また開発によって決して元には戻らなくなってしまうこともあります。
    今がよくても次世代が嘆き苦しむこともあります。
    どうすればいいのでしょうか?。私にはわかりません。

  10. 結構なお値段なので石垣島には一度しか訪れたことがありませんが、お隣の竹富島にはそんな歴史があったのですね。今回も勉強になりました。

    更なる深堀りのため、星のや の案件ゲットできるとよいですね(笑)

  11. 考えさせられる動画でした。美しい自然のある竹富島が、現実的なネガティブな事案を抱えていることは知らなかったので勉強になりました。ありがとうございました。来年も応援しています。

  12. 竹富のとある宿にお邪魔した時に、大おじいに星野リゾートの話を聞かせてもらいました。島の事を考えてくれているので率先して協力しているのだと。熱い思いでした。

  13. 過去の経緯について勉強になりました。ありがとうございます。竹富島は観光客の激増に伴う環境保全のために、「入島料を任意支払い」で導入していますが、ほとんどの払っていない(自販機があることに気づかない)事についても、ぜひ触れていただきたかったと思います。

  14. 竹富島は昔ののんびりした時代に何度か民宿に宿泊しに旅行に行きました。石垣空港に行くのにも東京からの直行便はなく、国際線も発着していなかったので、とても良い雰囲気だったのを覚えています。

    その後リゾート開発が進むということで、本島の本部や石垣島のような開発が進むのではないかと当時は反対運動を応援していましたが、星野リゾートが竹富島と一定の共存ができる形で落ち着くことで乱開発という状況にならなかったのには安堵しています。

    どの観光地もそうなのですが、もともと住んでいる人との共存、相互理解があっての観光だと思います。好きだった美瑛町もオーバーツーリズムで大変という話を聞いていますので、日本の美しい村々が壊されるようなことがないことを願っています。

  15. かつて星の砂で一躍有名になった竹富島。私が八重山に入り浸っていた時にも訪れました。映像にもあった、YHを併設していた高那旅館での~んびり島の空気を吸っていましたが、今はえらいことになっているんですね。
    星野リゾートは良くも悪くも巧みに進出した印象です。偽物の街並に高い金を払って泊まる気にはなりませんね。個人的にはマイナスイメージです。

  16. 竹富島は石垣島から近すぎるんですよねえ。だから半日の立ち寄り観光になりがちであまりお金を使ってもらえないという…

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