1961年【映画ロケ地】【港区麻布】【明日が私に微笑みかける】【麻布十番】【三番町】【九段坂上】【大黒坂】【田代みどり】

1961年、明日が私に微笑みかけるの ロゲチ巡りです。まずは東京タワーが見え たこの3つの場所に注目してみます。1 箇所目がみちゃんがトマトを立てたこちら のシーンの場所になります。奥に東京 タワーがちらっと見えてて、背後には 大きな交差点がありました。この建物が 交板っぽい気もしますよね。さらには交差 点を右折していく路面電車も見えており ました。それでは当時の航空写真からこの 場所を探してみます。右上のこちらが東京 タワーになります。映画のロケ地の交差点 がですね、左下の一橋交差点ではないかと 思います。アングルがこの方向で路面電車 が右折しながら走ってるのも同じですね。 最後に見えてたこちらの建物が一の橋交板 となります。この交差点の現在はと言うと どうでしょう?高速ができて公園も見え なくなっちゃってますね。映画のやがあっ た場所が大江戸線の厚入り口付近だと思い ます。現在はここから東京タワーが見える んでしょうかね。 ただいまですね、一橋交差店来ております とみちゃんがね、トマトを買った八親が ですね、こちら左方向のこのアザブ10番 のね、駅の出口だと思われます。この駅の 入り口付近からちょっと映画アングルを 照らし合わせると どうでしょう?ちらっとね、東京タワの先 が見えておりますと。 映画と比較するとこの交板の位置がね、元東京タワーの右の方にあるんですね。 というわけでやさんがあったのはこの左の方ですね。うん。リソナ銀行の前辺りでしょうかね。え、想の銀行前からちょっと比較するとどうでしょう?うん。あのね、板の建物のね、なんか同じですよね。 ちょっと見にくいんですけど、東京タワー のね、位置も一致してると思います。と、 映画ではね、右の方の交差点を右折する 路面電車がありましたがうん、まあ同じ ですね。 次は八屋で買い物した後、ミドルちゃんが シジ君のバイクとぶつかりそうになった この坂道です。右奥の方に東京タワーが 見えておりました。がちょうど手前に登っ てくる感じで左のブロックなんかね、現在 も残ってたりするんでしょうかね。 同じくこの坂道の場所を当時の航空写真 から推測してみます。東京タワーが右上に ございますが、ロケ地の坂の場所があぶ 長坂本木 に5丁目。そしてその下のアザブ10番元 周辺だと僕は思います。この辺は本当坂道 だらけなんですね。まあ、東京タワーの 見え方からこの場所がズばり元朝部一丁の 大黒坂ではないかと思います。映画の アングルがこの方向で2人が話してたのは ちょうどこの辺りとなります。 現在はと言うとどうでしょう?地形はね、 ほぼ変わってないと思います。 大黒座来ておりますと。え、こちらの坂道 を新ジ君がね、バイクで登ってるくる カットがございました。そちらのアングル はと言うとどうでしょう?東京タワーの 位置がね、もう一致しますよね。平和ね、 もうなくなっちゃってますね。 うん。 ここがロケ地なんでしょうかね。 緑ちゃんが歩いてきた方向がこの左方向 ですね。うーん。ま、こんな感じになるん ですけどね。 この曲線なんか同じですよね。シジ君のい たこちらのアングルが、ま、今のこの辺り でしょうかね。この辺はちょっとわかん ないですけどね。 タワーだけがね、映るシーンがございます が、そこもね、この坂のこの方向なんです よね。映画見えたら丘がね、ちょっと見え ないんですけど、 どうでしょう? うん。 この場所がここで間違いないのではと思う んですが、皆さんいかがでしょうか? 次も同じく背後に東京タワーが見えてた 坂道で今度は手前に坂が下ってるのが 分かります。左の方に立派な石垣の兵も 見えておりました。この後坂を下った緑 ちゃんが角を曲がった先に長坂町のバス停 がございました。この方向も坂道がね、 ちょっと登ってる感じしますよね。それで は当時の航空写真からバス停のあった長坂 町を確認してみます。長坂町はこの辺りで 現在もこの場所はほぼ変わっておりません 。 東京タワーが右のこの位置にあるので ロケ地の坂道そしてバス停があった 曲がり角が下のこの部分と 上のこの上木坂のどちらかになると僕は 考えます。 ただこれらの場所からの東京タワーの位置 を確認すると映画と同じように見えるか どうかはちょっとね微妙なとこはあります よね。 長坂町付近の現在はと言うとどうでしょう ? アタブ同意がね、ドカーンとできてて、2 つのロケチ候補の場所がなんか激変して おりますね。 まずは下の方のロケ地ですが、この マカリカの場所が現在のピアネーター アダブ10番の場所になります。はい。 そして上の方、上木坂の通りなんですが、 曲がりの場所は現在のどこなんでしょうね 。 バス停があったのがこの長坂になるん でしょうか。 長坂層の南の方の道来ておりますと。いや 、ここからのアングルがですね、どう でしょう?映画のね、バス停のあった付近 と似てるような気がするんですが、ま、実 はね、ここではないんですよね。 映画ではですね、この左の方がすごい カーブしてたんですが、実際はですね、 ずっとね、反対の方までこの石垣きが続い ておりまして、映画当時のね、航空写真を 見てもここに道はございませんと。うん。 なので、ま、ここがめっちゃ近いんです けど、ここではないんですね。こちらの先 、ア、アザブ通りのこの肩の方、ここ ちょっと確認してみましょうか。 あ、雑りの角からだと、ま、こんな感じに なるんですけどね。うん。ここからだと、 ま、映画のようにね、東京タワーが全く 見えないんですね。うん。 ま、もちろんね、この石垣も全然違います と。僕がね、推測した場所はと言うとこの 反対側ですね。アザブ通りを渡ったこの先 ということになりますと。うん。じゃあ 本命のそちら確認しましょうか。 はい。え、ただいまですね、ピアネーター アタブ10番というね、マンションの下来 ておりますが、ま、こちらがですね、 映画のカットの場所と僕は予想したんです が、いや、どうでしょう?違うかな。 ま、バス停があった方向がですね、 ちょうどこの方向になるんですけどね。 いや、この周りに石書きがあったん でしょうかね。 ちょっと気になるのがこの方向にですね、 先ほどの石垣きが見えておりますよね。 うーん。ここ違うかな?やっぱり ただいまですね、上木坂来ておりますと、 え、映画当時はですね、この通りがずっと 反対方向 そうですね、ちょっとね、奥に見えます。 この石垣のこの辺りまで続いておりました と。ですからね、映画のこの角のロケ地が 、ま、この辺りということになるんですね 。 そして道は右の方に曲がってまして、 現在も残ってるこちらがね、まあ長坂と なりますと ね、違う角度から上木坂見てみますが、ま 、ここにね、上木坂がずっとあって、 こんな感じで、ここで右に折れ曲がって こう続いてたんですね。 うん。 僕の立ってる場所が映画で言うとこの場所 なんですよね。ここからのもう1度東京 タワーの見え方確認するとこんな感じなん すよね。結構ね、角度なんかは一緒のよう な気がしますね。左の方ですね。 ここにま、当時からあったと思われる ちょっとね、石垣の兵がございますと。 映画で言うところのこの右端の方なんです ね。 ま、残念ながらね、 道の反対側行ってみたいと思います。 アダブ通りの反対側やってきたわけなん ですが、 映画のアングルと思われる場所はと言うと うーん、なんとここになっちゃうわけなん ですね。 ま、奥の方にね、上木坂が続いております と。え、東京タワーの角度だけを見ると 結構一致してるんですよね。 坂を下ってきた緑ちゃんはここを左に 曲がってくアングルが 、ま、ここになっちゃうんですよね。 うん。 はい。え、こちら方向からね、新二君がね 、バイクで走ってくるわけなんですが、 いや、この後ろの石垣きがですね、いや、 似てる気がするんですよね。 どうでしょう? 長坂の下からちょっとアングルちょっと 確かめると、ま、こんな感じですよね。 いや、正直ね、全然わかんないいす。はい 、 というわけでバス停があった曲がり角の ロケ地の坂が長坂町ではなかったと推測し て他の場所もちょっと比較してみます。 あと考えられる場所が東洋A和女学院の上 の道と港区役所の下の道。この2つですね 。 現在もこの2つの道は存在しております。 東京タワーの見えてる位置がこの方向なの で、ま、映画ともね、一致するんではない でしょうか。現在の2つの道の間に マンションとフィリピン大使館があるの ですが、当時の住宅地図を見るとね、 びっくり。ここがドイツ大使館だったん ですね。 東洋A和女学院前来ておりますと。この前 の道がですね、一応映画のロケの坂道では ないかと僕は予想しました。同じアングル を照らし合わせると どうでしょう?正面の東京タワーの位置が 一致しておりますね。うーん。映画ではね 、坂が登ってるんですが、残念ながら こちらの道は下っておりますね。ね。 うん。 こうバス停のあったこちらのアングルはと 言うと はい。ま、こんな感じになるんですよね。 ま、もちろんね、石垣きの感じも明らかに 違いますと。はい。え、そしてですね、 新ジ君の後ろに見えてたこちらの壁なん ですが はい。こちらもね、明らかに違いますね。 現在のこの辺がですね、おそらくね、当時 からあったものと思われるので、そう 考えるとなおさらここは違いますよね。 はい。え、それではね、この区役所前の坂 やってまいりました。ま、同じく比較する と どうでしょう? 東京タワーのみが一緒ですね。 ま、もちろんね、このバス停があった方向 も全く違うし、シジ君の後ろの壁もね、 同じく全く違います。はい。いや、この 場所はね、本当にね、全く違う照明になっ ちゃいましたね。 次はシジ君がパパにお金を背びってたこの 場所です。背後の交差点に3番の文字が 見えてて、パパが出てきたホテルが3番 ホテルになりますね。当時の中学3番長 交差点の住宅地図を確認すると3番ホテル があったのがこちら。そして当時の航空 写真だとここになりますね。4人がいた 場所がホテルの前。この辺り。そして2人 の乗ったバイクは番長中央通りからやって きて現在の望遠入口交差点を左折してる そんな感じになります。 望遠入り口交差点来ておりますとみちゃん と新司君に乗ったバイクがこちらの番長 中央通りよね。ずっとね、走ってくる シーンから始まりました。こちらの内彫り 通りに出るこちらのアングルがどこ でしょう?はい、まさにこちらですね。 そしてね、このままこちらの交差点を撮影 していくわけですね。 うん。まあ、こんなアングルになる でしょうかね。はい。 そして 、ま、こうなる感じですね。うん。 映画で出てきた3番ホテルがあったのが この左の方ですね。はい。え、現在のこの マンションのところになりますね。 ですから2人のバイクが止まったのもこの 先ですね。 お父さんと話してたこちらのアングルが どうでしょう?ま、この辺りになるかと 思いますと。うん。 そうですね。ホテルの入り口が どうなんでしょう? ま、この辺りにあったんでしょうかね。 うん。 まあ、ここはこんな感じです。 次はラストシーンでシジ君がバイクで 走り去ってくこちらの場所になります。 右隅に見えてたこちらの建物が九段会館に なります。というわけでここが安国通りで この先が九段した交差点になりますね。 当時の航空写真だと映画アングルがこの 方向になりますね。 新二君がバイクで出てきた道が早稲田通り で2人が話してた場所がこの辺りになり ます。 みちゃんの後ろに見えてた玉きがまあ安く 神社になりますね。 そして新ジ君の背後のビルが九段坂上KS ビルでこのビルは現在もね存してるはず です。 ただいまですね、安国神社来ておりますと 新ジ君とみちゃんと乗ったバイクがですね 、こちら方向早稲田通りからね、走ってき ておりました。 うん。え、みちゃんがね、バイクを降りて アングルがズバり ここになりますね。はい。どうでしょうか ?新ジ君のね、後ろに見えてたビルが、え 、こちらのね、KSビルになりますが、 うん、窓の感じなんかね、これ同じですよ ね。リニューアルされてるんでしょうかね 。はい。 え、緑ちゃんの後ろに見たらこちらは玉な んですが、 どうでしょう?はい。こちらもね、当時と 変わりませんね。うん。2人が離してる 後ろにこの早稲田通り見えておりました。 こちらのアングルがここになりますね。 まさにね、2人はここで話してたわけで ございます。 この後ね、シ理君の乗ったバイクがこちら 方向ずっとね、走っていっておりました。 こちらのアングルがですね、ま、この方向 になりますね。うん。味ですね。そして シジ君がね、この辺をね、バイクで ぐるぐる回ってるシーンなんかございまし たね。スクりに出てくのアングルがどう でしょう?この辺りかな?うん。 新宿の乗ったバイクが走り去ってく。 こちらのアングルが はい。ここになりますね。いかがでしょう か? 今日は1961年。明日が私に微笑かける のろげち巡りでございました。いかがでし たでしょうか? まだまだわかんなかったロケチがいくつか ありまして、まずは最初の方に出てきた 一橋公共職業安定書の場所です。帽子が 飛んでいくシーンがあって、その後シ理君 がバイクでやってきます。3人で話してた 場所がこんな感じなんですよね。 次はみドルちゃんが住み込みで働いてた町 だけとその前の道のロケチです。この坂道 はあざのどっかにねありそうなんですよね 。 ちゃんが反対方向からね、家に向かって 走ってくるシーンもございました。 あとはちらっと出てきたミドルちゃんとね 、新人君が話してたこの場所です。家の 近くと思われるんですが、田中神村店が あった商店街のロケチです。お店の中から のカットがあったり、店の前のシーンも いくつか出てきました。これらの看板がね 、ま、ヒントになるんでしょうかね。 もちろんですね、長坂の坂道やバス停の ロケ地もね、全然確定しておりません。 これらのね、情報お持ちの方いらっしゃい ましたら是非ともコメントよろしくお願い します。 というわけで今日はこの辺で失礼します。 発

1961年映画「明日が私に微笑みかける」ロケ地巡り動画です。まずは東京タワーが見えてた3つのカットのロケ地からです。1つ目は大きな交差点が見えてた場所ということで、港区一の橋交差点と予想しました。みどりちゃん(田代みどり)が買い物してた八百屋も、大江戸線麻布十番駅入口付近と考察しました。2つ目は坂が先に下ってて慎次君(杉山俊夫)がバイクでやってきた坂道です。東京タワーが見えてる位置から、ここを港区元麻布の大黒坂と推測して現地を検証しています。3つ目はみどりちゃんがバスに乗った永坂町のバス停があった坂道です。同じく背後に東京タワーが見えており、永坂町にあった2つの候補の坂を現地に行って検証しております。ここは麻布通りができて景色は一変しており、痕跡を見るけるのは難しかったです。植木坂がやはり怪しいのですが・・・その後は千代田区三番町やラストシーンのアングルの場所である九段坂上のロケ地も比較、検証しております。

Share.

48件のコメント

  1. その界隈は所用で足を運ぶ事が少なくありませんが、麻布永坂はとても静かなとこで建物も重厚なモノが多く、住民も金持ちばかりですね

  2. 冒頭の果物を買うシ-ンのお店は山中屋さんと云うフルーツ店で店内にフルーツパーラーもありモダンなお店でした。交番の後ろは1の橋公園でその後交通交通として貸自転車に乗って交通ルールを学べる体験形の公園になりました。首都高の1の橋ジャンクションが出来てからこの公園の風景は一変しましたね。首都高が出来る前は公園内で盆踊りなども行われていました。今から60年位前になりますね。永坂町のバス停はセットだと思います。

  3. 毎回楽しみにしています。東京タワーの見える坂道は植木坂です。
    1952年の映画 朝の波紋でロケ地として使われています。
    youtubeで映像を見ることができます。開始11分16秒ごろに永坂と植木坂が映っています。

  4. 楽しみに待っていました!楽しかったです。昔の東京は、いろいろなお店があって活気がありますね。

  5. 今ふりかえるとあの頃の風景は、再現可能性が低い。オールウエイズ三丁目の夕日なんか頑張ってたけどやはり細部が甘い。埃っぽさがない。雑踏感がない。ペンキっぽさがない。むしろチョンマゲ時代の方が再現しやすい。昭和末期のバブル時期でさえもそう言われてました。平成の時代程度なら、どの年切り取っても十分に再現可能が容易なんだよね。🤔

  6. みどりちゃんが坂を下って曲がる場所はなんだか三田の綱坂ににてますねえ。
    壁が三井倶楽部で反対側に慶應義塾の西門があるところによく似てますね。

  7. さすがに60年以上も経っているので当時のままの建築物はほとんど残っていないようですね。(東京タワーを除く笑)
    劇中で主役の二人がノーヘルでバイクに乗っているシーンは、いま見ると衝撃的に感じます。国家に強制されず自分の命は自分で管理する、ある意味古き良き時代だったのかもしれません。
    この二人のうち杉山俊夫さんは残念ながら鬼籍に入っていますが、田代みどりさんはご健在。調べたところ、「つなき&みどり」のみどりさんだったんですね!

  8. 一生懸命に説明して頂きありがとうございます。ただ話し方の語尾の所で「~と」と言って言葉を切るのが気になります。
    出来れば普通に話して頂ければと感じています。

  9. 徹底したアングル比較、いつも大変興味深いです。高速道路が邪魔だなぁと各地で思ってしまいます😅。
    靖国神社界隈はさほど変わっていなくてわかりやすいですね。
    1961年は私が生まれた年ですが、こんなに昔だったのかと😆(笑)

  10. 60年前、バス停留場で 十二社池の下 十二社池の上 と記憶にあります。
    ホテル働く母の記憶がありました。それと文化服装学院がありました。

  11. いつも思う、この時代にさかのぼって、この一帯の土地を取得していたら、家賃収入で左団扇でしたなww

  12. 6:00 道がかなり違ってて新一ノ橋から飯倉片町までの幹線道路が通ってないですね、1 OAK TOKYOから狸穴下の道は古くからあって、おたふく坂の道が幹線道路みたいだったっぽいね、あと14:33は港区役所じゃなくて麻布支所

  13. 東京は開発の手がかかりそうな地域だと道などもとんでもなく様変わりしますよね、私は2010年ぐらいまで東京でしたが、その頃と比べてもスカイツリーが出来築地も豊洲にかわり、東京タワーズマンションに親戚住んでましたが、そこから築地に橋が出来、又新橋も切腹最中の前もデカイ道になり、元の姿も想像できません、よく行った新橋の肉のハナマサヨコモ切腹最中と同じ筋になっているのも以外でした。
    でも昔を探索するのっていろいろと想像が湧いてきて、ピタッと重なった時の達成感は最高です。

  14. お疲れさまでした。楽しかった。この時代の映像を見ると、バイクや自転車の後ろに女性が横座りに乗っていることが多い。膝小僧がとてもセクシー。

  15. 道は土地再開発計画で、平らにされた個所が多く、探しにくいでしょうし、建築物も半世紀過ぎたら解体されていたりと、本当に探し当てるのは大変ですね

  16. 永坂町は難問でした。

    坂を下りてくるシーン、

    ・ 画像の人の影からすると右側が南

    ・ 坂の上に東京タワー

    ・ 坂の下を右に曲がったバス停の背後は上り勾配

    この条件に当てはまる場所は極めて少なくピンポイントで決まると思っていたのですが…。

    植木坂は勾配が逆、麻布通りの反対側も地形上勾配が逆になります。

    また範囲を広げても上記に当てはまる場所は見つかりませんでした。

    ということで行き詰まってしまったのですが、以下の通り推測しました。

    当時は多分、植木坂を登ったピークの西側は下り勾配となって道は続き永坂と合流、ロケ地はその合流地点ではないかと。永坂の道幅も良い感じですし。

    ちなみに、バスとバス停はロケ用ですね。バス停ポールのデザインが都営バスのものとは異なり、そもそも永坂はバス通りではなかったです。

    バスの方向幕は「新橋」と読めますが、幕そのものではなくガラスの上に貼った様にに見えます。バスは都営バスの局番「M」から目黒営業所のものをロケ用に借用したと思われます。

    はなやまは、今の「パティオ十番」に面したところにありました。植え込みに大きなバッタがいてこの辺りでは珍しく、よく見に行ったものです。

  17. 狸坂と暗闇坂の交差するところではないでしょうか?
    狸坂方向の壁は何となく名残がある様な気がします

  18. 狸坂と暗闇坂の交差するところではないでしょうか?
    狸坂方向の壁は何となく名残がアリ様な気がします

  19. 麻布十番というと人気アニメセーラームーンの主人公たちが住んでいるところですね。なるほどアニメ中にもよく東京タワーが出てきますね。

  20. だんだんに話せる知り合いが減っていく世代には、貴重なチャンネルだと思うな。禿頭になってエレキを抱えて人前で弾いたりする自由は保証するが、個人的には反対!

  21. いつもめちゃくちゃ楽しみに拝見しています。

    60年代・70年代のロケ地探しは本当面白いですね。

    ネット上でこのロケ地の坂と同じところを検証している方がいました。

    皆さんが指摘されているように植木坂と永坂の交差付近とのことです。
    10:48のところに出てくる「当時からあったと思われる石垣」と思われるものも映っています。

    田代みどりの映っているこのシーンの40年代や50年代(朝の波紋)、60年代後半?っぽい画像も出ています。

    しかし、航空写真からここを特定したとは。いつもながらすごいですね。

  22. バス停は難問ですね、麻布永坂付近で働いていましたが、永坂から六本木に道が繋がっていた…のは違うのかも。
    と言うのは、永坂の麻布通り側の壁面に「〇〇組1962年」と版が残っているので。
    麻布永坂は昔から住まわれいる方が多く、一軒の区画がデカイお屋敷の町です。
    面白いのは、建物の角に昭和2年製の街灯柱が残っています。

  23. 会社の昼休みに偶然に観て、帰宅して再度観ました。いいですね!都心にもまだまだ人々の生活が生き生きとあった時代だったんですね。1980年代くらいまでは、都心にも個人商店が残っていて、夕方には買い物客でにぎわっていました。六本木交差点裏に八百屋さんや布団屋さんがありました。どことなく長閑な感じが良いですよね♪ I LOVE TOKYOです。

  24. 「バス停のある永坂町の坂道」は、東京タワーからかなり近いように見えます。主さまが現地調査された映像は、東京タワーが映画よりも小さく映っています。タワーの映り込む方角は好い感じなので、その辺が鍵かと思います。

  25. 当時を生きてた人にとったら、とても懐かしくて、嬉しいんだろうな〜
    私も、1977年の航空写真をGoogleで探すんだけど、昔の日本をGoogle知らないのよ!
    でも、一つ、もっと前のを拾ってくれてる写真見つけて、ここが私の家だわと

  26. 永坂町について・ネットより抜粋です

    1962(昭和37)年10月1日、麻布地区の地番整理により、
    永坂の坂下は現行の麻布十番一丁目1~4番、東麻布三丁目に編入となる。
    その後、住居表示の実施により、
    1967(昭和42)年7月1日には永坂の西側が六本木五丁目12・13番の一部となった。
    永坂の東部分は住民から抗議運動が起こり、住居表示の実施が見送られたため、
    現在も麻布永坂町として残る。但し、住居表示の実施前は
    麻布東鳥居坂町との境界にある於多福坂が町の西端であったが、
    一の橋から飯倉片町交差点を抜ける「永坂」の大通りの開通に伴い、
    大通りから於多福坂までに、町域西部は麻布永坂町から六本木五丁目に編入されて町域は狭まった。

    なお永坂は、東京オリンピックを迎える際に建設した
    首都高速環状線の高架下の都道415号線(放射1号)とされ、
    往時を偲ぶことは不可能な状態となっている。

    以上です

    私的に感じたことなのですが
    永坂バス停は架空の場所で
    あの塀の感じは港区「愛宕」辺りでよく見た記憶が有ります

  27. 1960年生まれ、転勤族の子供で主に東京とその界隈で育ちました。20年ほど前まで麻布台に住み、坂を下って麻布十番に買い物に行ったり、東京タワー眺めながら増上寺まで散歩したり。一の橋の空がこんなに広かったとは!思い返すと高速はオリンピック前の急拵えでしたね。無理でしょうけど高速道路を全部地下にして、昔の空が広い東京を取り戻せたらなあ。

  28. 初見です❗とても面白く拝見しました。自分は杉並区の阿佐ヶ谷北の出身ですが子供の頃バスや都電が好きで歩きでも渋谷あたりまで行っていました。これからも頑張って下さい🎵

  29. 老人のノスタルジー
    こんなもの何の意味があるのだ!
    っていう人がいそうだけど
    確かに建設的なものなど一つもない
    情報には価値観もないし
    だけど昭和の風景と今で、どちらに住みたいかと言われたら
    迷うことなく昭和だね!
    不便? その考え方って突き詰めれば
    単なる「時間」なんだよね・・・

  30. 引き続き永坂についてですが
    参議院副議長公邸の信号角ではないでしょうか?

    参議院副議長公邸の片町方向隣が飯倉永坂更科です

  31. この映画で使われてたバイクは、倒産前のトーハツ(東京発動機)ですね(笑)今でもオールドバイクマニアが、同型車を大切に動態保存しています(笑)

  32. 永坂町の坂を下る場面ですが、長坂町の南側の坂道は、曲がっており、東京タワーが道に対して前方わずかに左に見えるのは坂を下り終わったあたりだと思います。左側に石垣、右側に手すりが見えてる事から現地へ行けば場所は特定できるかもしれません。当時のバス停は高速の下になるのでしょうか。この道路は319号線へ向けて拡幅されたのでしょうか。319号線の曲がり具合は現在と一致します。バスの行先が特定できると良いのですが。

  33. 後で気付いたことですが、坂の上から東京タワーだけが映ってるシーン。これも坂の正面ではなく少し右側に向けて撮ってるのでしょう。これは植木坂を上り切った場所だと思います。バイクが坂を上ってきた後ろに東京タワーが見えるという点でも一致します。 東京タワーは丘の上に建ってるので、手前に建物ができてしまえば見えなくなるでしょう。

    みどりちゃんが坂を下るシーンではカメラが坂の右端から撮ってます。もしかすると坂の中央から撮ると東京タワーの下の部分が隠れてしまうのでしょうか。坂の右側に建物は無く、柵が見える。そこが低地となっていて民家が立ち並んでるのでしょうか。

    東京タワーが背後に見える坂を下るとすぐバス停がある。植木坂は下ったところで直角に曲がっていまが、植木坂の一本南側の坂なら、全ての条件を満たすと思います。

Leave A Reply