【奇跡の2台並び】GT380&GT750、伝説の名車がエンジン始動…爆音と白煙に鳥肌!鹿児島県hideking撮影会❗️#旧車 #旧車バイク #norikh250 #バイク

[拍手] すげえ。マッハの750 赤の場がやん家ですね。て聞きてます。お願いします。 [音楽] [拍手] ありがとうございます。 お隣の 750 お友達ですか?いや、知り合いですね。 え、もしよかったら紹介してもらいません?白体のジ度 後で行きましょう。2 台撮影させてもらったんでね、後でアーカイブで出そうと思ってるんですけど、ちょっとね、この白のウォーターバッファロのオーナー様らね、音聞かしてもらいたいですよね。 全身のね、集合チャンバーが入ったエンジンがかっこいいですよね。 素敵。 オーナー様今呼びに行ってくれてるみたいなんでね。泥避けもいいですよね。味があって。 GT シリーズ似合いますよね。キャストホイルにね、コニーのリアショック。お指のプラグがこんな風に刺さってるんですね。はい。オーナー様来てくれたんでね、全身の集合チンバを聞かせていただきましょう。お、セル 1発。毎回毎回 またまたりません。せっかくなんで。 はい。 [拍手] ありがとうございます。ありがとうございました。あかずやさんバラありがとうございます。すごいですよね。 [音楽] ラジエーター水冷なんでね、大きいラジエーターが付いてすげえ。マッハの 750 バラちゃん入って超かっこいい。やっぱ 750 になったらシリンダーがでかいですね。音やば。本当ですよね。 マッハ750。 セパハンが似合いますね。 マッハ

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6件のコメント

  1. 水冷のGT750エンジン音と
    空冷のGT380エンジン音
    マフラーが違うから音も違うんでしょうけど、微妙にちがうね。
    水冷はマフラー音だけのような音😅

  2. noriさん、こんばんは🌆

    昔のジムニーもこんな感じの音がしてました。途中まで2ストエンジンでしたからね。

    GT750は恐らくですが当時のバイクで1番重かったと思います。
    確か238kgくらいだったかと記憶しています。
    1971〜1977年までの長きに渡り販売されたそうです。
    新車の当時の車両価格はなんと、¥385,000だとのことです。
    ここで当時の貨幣価値について調べてみました。1971年、つまりGT750が発売された年の大卒の初任給が¥46,400で現代に換算すると¥151,795、終売の1977年の大卒初任給が¥101,000、現代に換算すると¥151,725なんだそうです。
    GT750の価格¥385,000を今聞くとめちゃ安いと思いましたが、当時の大卒初任給の数倍もしていた事を鑑みると、安いとは言えない様です。

    GT750は当時ジーナナと呼ばれていたそうです。同年代のライバル車にはホンダのCB750fourカワサキの750SSなどがありました。

    私はGT750には嫌な思い出があります。以前は大型への限定解除は、試験場での一発試験しかありませんでした。この制度が実はとてもくわせもので、別名落とす為の試験と 揶揄されていました。
    私が限定解除をすべく足繁く通った埼玉県の試験場にはGT750がありました。このマシンは乗るためではなく、起こす為だけに存在しており、ただでさえ重いのに、17ℓ容量のタンクには砂が詰められていました。
    今考えると果てしなく勿体無い扱われ方でしたが、あの当時、バイク=暴走族と言うイメージが定着していて、好き好んで限定解除を受けにくる様な輩はロクな者じゃないんだ的な空気が試験場を支配していたように感じます。
    乗務に使っていたのはCB750だったと記憶しています。
    試験官は元白バイ隊員とか、公安委員会の方とか、とにかく厳しくて、
    中には始終、竹刀を振り回して受験生を威圧していた方もいました。

    服装とかにも厳しくて、革製のジャケットやライダーブーツ、グローブは必需品で、キチンとした身なりでないと、合格させてもらえませんでした。

    ジーナナを見るとこんな想い出が蘇るのは限定解除を試みた埼玉県民だけかもしれません。

  3. お疲れ様です♪
    やたら大きな印象の、GTナナハン!
    バイクが大きいせいか?
    布だれ風防が良く似合いますねー!
    全体的にセンス良くイジられて、カッコ良い
    ですねー‼︎ 👍👍🤗

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