話題の事件へようこそ。『話題の事件』は実際に起きた事象をテーマにしたドキュメンタリーチャンネルです。未解決を中心に事件の風化を防ぐ目的で、公開されている事実を元に制作しています。犯罪行為・動画内の表現(音声を含む)を助長する意図や視聴者にショックを与える意図や目的は一切ありません。
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なお、意見ないし論評としての域を逸脱したものを制作する意図はございません。
皆さんこんばんは話題の事件へようこそ 今回の事件は東京都東村山市の女性主義が ビルから転落して死亡した事件ですが自ら 命を立ったにしては不可解な部分が多く あり政党を持つ某宗教団体の関与など事件 性が囁かれる一方事件性はないとする味方 もあり何が真実なのか全くわからない疑惑 の事件ですまた今回はウキペディアを軸に 話を進めますが信憑性にかける記述がある と指摘する声もあり全ての情報を鵜呑みに はできないためできるだけ違う視点の情報 も取り入れた上で中立な立場で事件を 振り返ってみたいと思いますまずは件 から どうぞ事件 概要1995年9月1日午後10時頃 東村山市議会議員の女性Aさん当時50歳 が西武鉄道東村山駅前のビルから転落し 死亡する事件が発生した警察が現場検証を 行った結果Aさんの衣服や体に争った形跡 がないことやビルの真下に落下している ことから突き落とされた可能性が低いこと そして第1発見者が救急者を呼ぼうとし たら断っていたなどの理由から警察はa さんが自ら命を立ったと断定し早々に事件 性はないと判断したしかし現場から医書 などは発見されず状況的に不可解な部分が 多くあったことからAさんの遺族や関係者 などは何者かに殺害された可能性が高いと 見ていた実はaさんは某宗教団体の奪者の 救済活動に力を入れており議会においても 某宗教団体の政党を他方面から追求する などしていたことから事件の2日後にも某 宗教団体に関するシンポジウムに出席する 予定だったためこの某宗教団体に消された のではないかとの疑惑を遺族らは主張した その結果この事件は正解やマスコミ遺族 などを巻き込み大きな騒動に発展し マスコミの一部が事件の担当事やその上司 にあたる長事が某宗教団体の会員だった ことが判明したと報じたことで世間でも 事件の真相を追求する声が高まる中遺族側 某宗教団体側の様々な意見の食い違いに より現在も真相は謎のままとなって いる女性主義の 経歴転落したAさんは1944年に東村山 市で生まれ高校卒業後に銀行に就職し1南 2女の母親となりボランティア活動や市民 運動に参加する中1987年東村山市議会 議員選挙に無所属で立補し再会当選を 果たしその後は2期連続でトップ当選して いる市議会議員としての活動は主に税金の 首都の監視や環境問題リサイクル問題に 市の職員や議員などの様々な疑惑を 繰り返し追求し訴訟にまで発展することも
多々あったが自身の信念を曲げることは なく次々と問題提供をする中市議会共産党 との対立や某宗教団体の政党との対立が 激化していったそして1992年の半ば頃 ある議会での高論きっかけにAさんと某 宗教団体の政党との関係はさらに悪化しい 1993年に入るとAさんは市議会におい ても某宗教団体の追求に力を注ぐように なり宗教法人扱いを否定するなどし 1995年にはある週刊誌の取材に応じ某 宗教団体に占領された東村山市役所の歪み と題する記事が掲載されたことで圧力は さらに深まっていったそんな矢先の 1995年7月世間が驚くある事件が発生 し [音楽] たある疑惑の 事件1995年7月11日東村山市の各 マスコミに驚愕の内容が記された匿名 ファックスが流されたその内容は東村山 市議会議員のAが東村山市内の女性服販売 店で万引をしたとの事実を確認いたしまし た去6月ブティックXで店頭ワゴンに並べ られていた商品をa子が万引きをして 逃げようとしたところ店員に捕まりその場 で商品を取り上げられたとのことその後店 からは警察に被害届けが出されていますと いうものだったこのように買文書とも 取れる内容だったが実際Aさんは東村山 市内の店で6月19日に起きた万引事件の 被疑者として計3回にわって取り調べを 受け一貫して否認している事実があったA さんは調べに対し万引のあった時間には 同僚の議員と食事をしていたと主張し レストランから受け取ったレシートの コピーを提出したが裏付け操作の結果その レシートのコピーはレジのジャーナルと いうレジに保存されているデータを紙に 印字したものでAさんの教とレシートの 記載内容に整合性がなかったため警察はa さんがあ作を行ったと見て書類見したこれ についてAさんは2週間前ということも ありレストランへ行った日付時国に関する 記憶が間違っていた可能性を認めた上で アバ工作ではないと主張し書類権直後には 某宗教団体会員である店主が万引事件を出 あげたとのコメントを報道各社に出し店主 を名誉きんで刑事告発するなどしたがその 約3ヶ月後にAさんが亡したことによって この万引事件は不となり事実が明かされる ことはなかっ [音楽] た転落までの 経緯1995年9月1日午後10時頃突如 としてAさんが死亡する事件が発生した
この日Aさんは昼頃から議員仲間の男性と 事務所を出て某宗教団体の政治活動に 関する法海生の陳常所を提出するため新宿 へ向かい午後7時過ぎに再び事務所に戻り 2日後に高知券で開催される予定の シンポジウムに向けて公演内容のレジュメ を制作していたしかし午後9時過ぎに議員 仲間の男性が事務所に戻ると事務所のドア は施錠されており室内にAさんの姿はなく 伝統とエアコンがつけられたままでワプロ の文章も打ち掛けだったことからすぐに 戻ってくるつもりで出かけたと思われたが その後Aさんが事務所に戻ることはなく 午後9時20分頃Aさんは自宅から事務所 に電話をかけ気分が悪いので休んでから 行きますと男性に伝えたという午後10時 前Aさんの娘から事務所に電話があり男性 が自宅にいることを伝えたが娘がAさん卓 に電話をするも応答がなかったというその 数分後Aさんの事務所から徒歩2分ほどの 6階建てビルにあるハンバーガー店の店員 がビルの裏手にあるゴミ置場に行った際人 が横たわっているのを目撃しているが 酔っ払いが寝ていると思い気に止めず店に 戻っている午後10時30分頃 ハンバーガー店の店長がビルの裏手で血を 流して倒れているAさんを発見したため 大丈夫ですかと声をかけたところまだ意識 があったAさんは大丈夫と答え店長が落ち たのですかと尋ねるとAさんは首を何度も 振りながら違うとはっきり否定し救急者を 呼びましょうかとの申し出に対してはいい ですと否定したというただこのやり取りに ついては二通りの情報があり事件直後の 共同記者会見では店長が落ちたのですかと 聞いたのではなく飛び降りたのですかと 聞いたところAさんが完全にそれを否定し たというものでこれが遺族側にとって何者 かに突き落とすた根拠の一部となっている 実際記者会見の翌日に各社新聞記事には 飛び降りたのですかという問に対し否定し たと掲載されていたというそして午後10 時42分頃ハンバーガー店の店員から店の ビルの裏にあるゴミ置場に女性が倒れて いるとの通報が入っ [音楽] た転落現場の 状況通報を受けた警察が現場に駆けつける とゴミ置き場近くの鉄製フェンスが大きく 折れ曲がっておりその傍にAさんが倒れて いるのを発見した司法解剖の結果死因は 出血性ショックと判明し血中からは薬物や アルコールなどは検出されなかったが警察 は自らの死と他殺の両面で操作を開始した その後の操作で午後10時
頃という女性の悲鳴とンという音を周囲の 人が聞いていたことが分かったが争うよう な声を聞いたものや不審な人物を見たとの 情報はなく転落直後に意識があったAさん の口から被害を訴える言葉はなかったこと も分かったまた衣服や体にも争ったような 形跡や外傷はなく階段踊り場の壁の上面に 外側から捕まったと見られる指の跡が残さ れていたことから警察は多ではなく事件性 は薄いと判断しそのの状況にも多を示す ような痕跡は発見されなかったと発表した しかし司法解剖鑑定書には左右の上腕内側 に非出血による変色部の記述があったとさ れ遺族らは法意学の常識から変色部は他人 と争った後と推定できる従って多である ことの証拠だと主張したが捜査の式に あたった東村山所の副所長は変色部は争っ た後ではないと認定したと反対意見を述べ ているちなみに鑑定書には変色部の詳細な 写真や形状濃度の記述などはなく原因に ついても触れられていなかったというその 他Aさんは靴を履いておらず現場からも 見つからなかったためストッキングが破れ ていたことからも現場まで裸で歩いていっ たと見られたが遺族らは人通りが多い道を 裸で歩けば一目につくはずだと述べ何者か に連れ去られた可能性を指摘しているまた 事件の2日後に現場ビル2階の焼肉店裏口 付近でAさんが持っていた鍵束が発見され たと報道されその後の捜索においてもA さんの靴は発見されなかったというが後日 Aさんの靴がビル6階の空部屋から発見さ れたとの二鹿の情報も あるそれぞれの 主張Aさんの転落士は自ら飛び降りたもの で事件性はないと警察が判断したことから 世間でも万引事件を起こしたことを後悔し たことが同期ではないかとの憶測が 飛び交ったため遺族らを中心に冤罪の主張 が繰り広げられた実は万引きがあったと する店の店主は事件当時の万引班の服装に ついて万引を確認した妻が追いかけた際 グリーングレーのパンツスーツに黒の襟の 立ったブラウスを着た女の背中から 1900円のTシャツがポトリと地面に 落ちたと証言しておりAさんが事件の1 時間前にATMで送金している服装が防犯 カメラを確認したところ一致しているとの 情報があったそのため遺族らは審議を確認 するためAさんの遺品から当時来ていたと 思われる服を選び再現写真を作成し関係者 に見せたところ当時の東村山所の副所長は 雰囲気としてよく似ていると述べたが天主 は服装の雰囲気が違うような気がすると 述べさらに万引現場を通りかかった目撃者
の1人が証言した黒っぽいスツ姿とも矛盾 していることを確認したためAさんの冤罪 を主張したしかしある情報によると東村山 所はこの万引事件を悪質事案として捉えて いたという当時の責任者だった副所長に よると主義であるAさんが他人のレシート を使って偽のありいを主張し長所のサイを 拒否するなども問題視していたが被害者で ある店主に対して何度も店へ訪れ訴えると 罪になるぞという趣旨を話すなどお礼参り 的な行動をしていたことを最も悪質だと 判断しこの事案を公表したという一方A さんが万引きをしたとされる肝心の商品が 1900円のTシャツといったことに違和 感を覚えるといった見方もありAさんは8 年にわって給与の引き上げ分やボーナスの 割増分を返上しており返上総額が 800万円以上に登っていたことから そんな人が1900円のTシャツを万引 するとは思えないといった声も多く上がっ た不審な 出来事実はaさんの万引事件発覚後間も なくしてAさんと共に活動していた男性 主義が何者かに襲われる事件が発生した それは7月16日未明のことで男性主義が 事務所から自転車で帰宅しようとした ところ何者かがいきなり襲いかかり自転車 を奪って路上に叩きつけた上ヘッドロック しながら顔面や頭を何度も殴りつけてきた というものだった男性主義は自転車で数百 Mほど逃走したが再び犯人に追いつかれた ため大声を出して助けを求めたが近くの 公園にいた若者グループが駆けつけてくる まで前歯おるほど激しく暴行されたという その結果男性主義は全地2週間の怪我を 追い警察に被害届けを出したもののその後 も犯人が特定されることはなかったその他 この時期にはaさんと男性主義の周辺で買 文書が巻かれ脅迫分が届くなどしていたと されAさんが愛用していた自転車の ブレーキが切断されるなど異常な事件が ついでおりAさ択の放水などもあったため Aさんらは宗教団体の関与を疑っていたと いうがこれらは全て被害届けを出した後も 捜査は進まなかったという一方男性茂は 他殺を主張しながらなぜか警察による事務 所の捜査やAさ卓への操作を拒否したとの 話がありマスコミに対しては多説を煽って いたにも関わらず捜査に協力しないという ことは何か別の目的があったのではないか と疑問視する味方も ある 事件の真相と はaさんの転落手は東京地権八王子支部へ の出頭を4日後に控えていた時の出来事
だったため万引問題などで精神的に疲れた のではないかと市民の道場の声が一部の 新聞で報道されたがAさんの夫は妻が万引 事件で逮捕されたことは某宗教団体に 落とし入れられただけ万引事件で悩みそれ が原因で飛び降りたというシナリオが作ら れたと語るなど冤罪説を主張していたこと からこの事件は週刊誌を中心に某宗教団体 による暴発説が広まったそんな中ある ジャーナリストは東村山所の原職警察官の 内部告発としてAさんの死は自らの死では なく多であり東村山所では殺害した犯人3 名を特定したが検察からの捜査終了の圧力 がかかりを断念せざるを得なかったという 驚きの証言を公表したがこの証言の審議に ついては今も不明のままとなっているまた Aさんが市議会議員という社会的立場を 持つ人物だったことに加え最も重要な自 から命を立つ同機が不明のままとなって いることから入念な操作があってしるべき との声も上がったが結局再操作が行われる ことはなくこの事件は幕を閉じてしまった 果たしてさんはなぜビルから転落したのか 某宗教団体の関与はあったのかこの事件の 真相と [音楽] はこの事件をネットで検索すると東村山出 事件と題し某宗教団体の関係者と見られる 情報で溢れ返っていますが個人的には やはり某宗教団体が間接的に関与していた 可能性は捨てれないと感じます常識的に 考えると自ら命を立つにしても2日後に シンポジウムの講演が予定されていたこと から多数の人に迷惑をかけることはすぐに 理解できるため社会的立場を考えれば シンポジウムの後に実行するのではない でしょうか実際レジメを作成していた形跡 が残されていることから個人的にかなり 違和感を覚えますある情報によると某宗教 団体の信者は警察部にも多く存在している とされ今回の事件でも捜査に関わった人物 が某宗教団体信者だったことが明らかにさ れているため何か気がくさいものを感じ ますまた某宗教団体と暴力団とのつながり は深いことでも知られているため審議は 分かりませんがある某宗教団体の元幹部が この事件には暴力団員2名が関与をして いるとも語っていることから考察説を完全 に否定することは難しい印象を受けます もしかしたらハンバーガー店の店員とA さんの会話の内容も長所の段階で自らの死 と断定させるために誘導して作られたのか もしれませんこの事件は自ら命を立ったと は思えない状況が数多くありますが多だと 断定できるような証拠もないことから真相
の解明は非常に難しい印象があります衣装 が残されていなかったことは不可解だとの 見方がありますが実は衣装については自ら 命を立ったケースの約3割しか残してい ないという統計があるためこれだけで多だ と断定することはできませんまたAさんが 転落時に悲鳴をあげていたことも誰かに 突き落とされたからとの見方もありますが 飛び降りる際に恐怖心から声を発すること は珍しくないと言いますただAさんの上腕 内側に引下出血の跡があったという点は 唯一他殺を示す痕跡だと捉えることもでき ますが鑑定書に詳しい術がなかったこと から断定はできないものの踊り場の壁に ぶら下がった際に非出血が起こった可能性 も考えられます転落時に意識があったA さんとハンバーガー店の店員との会話が どこまで真実なのかは分かりませんが仮に 誰かに突き落とされたとすればそのことを 伝えなかったというのはやはり違和感を 覚えますここからは私の全くの想像になり ますが事件当日Aさんが事務所に戻り シンポジウムのレジュメを作成していた ところ誰かから電話があり自身の政治活動 に収支婦を打たねばならないほど何か重大 な内容の話をしていたのではないでしょう かもしかしたらその電話の相手が某宗教 団体の域のかかった人物で自ら命を立つ 以外に解決の見込みがないような脅され方 をしたのかもしれません例えば娘の命と 自分の命を天秤にかけられたとすれば娘を 守るために死を選んだと考えることもでき ますだとすればこの事件は誰も直接手を 下していないものの何者かの思惑によって Aさんは消されたのかもしれません皆さん はどんな考察をするでしょう [音楽] か [音楽] JA
21件のコメント
そうかーがっかーい♪
この女性が、落下後に最期に少しでも会話が出来たなら、誰かに落とされたとか言おうとしなかったんですかね。
◯◯学会も◯一教会も人の命なんぞなんとも思ってないよ。
たった1900円のシャツを万引きしない。
東村山の闇 女性市議転落死の謎 創価学会ですね。文庫本amazonで購入できなくなってますね。ありがとうございます。
創価学会の悪事を必ず暴かなければならない。
石井紘基議員は刺◯された
あっちは堂々と某民のヒットマンがやってましたが
ああいう事件があると、触れてはいけない勢力に逆らうと
闇の組織に消される、という恐怖だけが社会に蔓延する
悲鳴があった訳ですから他◯ですね。
抱えられて落とされる時に体が横になった為外枠に手を掛ける事が出来た。それを犯人が剥がそうとして上腕に痕が出来た。
恐らく店長は信者ではない為証言そのものを隠蔽は出来ないので、
誘導しながら確信が持てないものを無いとさせて聴取したのだろう。
脅しもあったのだろう。
もしお二人の仮説や誅〇説が正しければ政治家って汚い奴ばっかだよな。
1995年(平成7年)4月23日に行われた統一地方選挙。現職の朝木明代が所属する「草の根市民クラブ」から、新人の娘・直子と矢野穂積が東京・東村山市議選で初出馬した。明代がトップ当選し、直子は4位で当選するも、矢野は次点で落選する。直子は当選3日後、「公約実現には私より適任」とし、次点の矢野に議席を譲る目的で千葉県松戸市に転居届を提出。記者会見まで行い、当選資格を“返上”した。「議席の私物化」は地元市民から批判を浴び、矢野の繰り上げ当選を認めた都選挙管理委員会の裁決の取り消しを求めて訴訟に。
明代と矢野は“不適切な関係”を朝木家の親族から指摘され、明代の夫であった朝木大統氏の兄弟らが集まり、「親族対策会議」が開かれた事実がある。場所は大統氏の実家である臨済宗の地元寺院だった。大統氏は大手銀行に勤務するサラリーマンで、一時は札幌支店長として単身赴任の身だった。
また、直子が矢野に議席を譲った背景には、2人の“親密な関係”があったことは否定できない。矢野と直子は、明代が死亡してまもない時期に、仲良く手をつないで歩いていただけでなく、あるときは直子が矢野にしなだれかかるように寄り添っていた光景すら複数の人々から目撃されている。矢野は、直子の家庭教師をやっていたことがある。
おそらくこの「議席譲渡」のいきさつのなかで、母親である明代は、矢野と娘の直子の関係にただならぬものを感じていたであろう。議席譲渡されてまもない矢野穂積と、朝木明代が議員控室で大喧嘩(おおげんか)する様子を目にした人がいる。時にふれて2人は感情を激しく爆発し合う関係にあった。そうしたストレスが、明代の「万引き」行為を誘発したと考えるのは自然だ。
朝木明代市議が東村山駅近くの洋品店で“万引き事件”を起こしたのは1995年(平成7年)6月19日午後3時頃。
経営者の妻が万引きを「現認」し、外まで出て行って店から10mほど離れた路上で追及したところ、明代の背中のほうから1,900円のTシャツがポトリと地面に落ちた。明代は逃げるようにその場を立ち去った。これには複数(計4人)の目撃者がいる。
この店は以前にも、朝木市議によるとみられる「万引き」被害を受けていたという。経営者の妻は目撃者の勧めもあり、被害届けを提出した。
しかし、経営者夫婦は、かえって矢野穂積市議らに“ウソつき”呼ばわりされ、訴訟に巻き込まれるなどの被害を受けた。矢野市議は洋品店の経営者夫婦に対して、“朝木市議の「万引き」を警察に告発しないように”などと脅迫じみた電話を繰り返していた。
★【洋品店経営者(店長)の話】
「あちらは、ウチにも学会関係者がいるといってるようだけど、妻は真言宗だし、私は浄土真宗大谷派で学会ではありません。以前、パートで学会員の女性がいたことは事実ですが、その人はもう2年も前に辞めている。事件の後に公明が協力するからと声をかけてきましたが、それも断ったぐらいです。とにかくウチは万引きされたから届け出たという当り前のことをしただけ。それに朝木さんを見間違えるはずはないですよ。前にもあの人が店に来た後、商品が無くなったことがあったんです。こっちは、またやるかな、と思って初めから注意して見てたんだからね」(『週刊新潮』平成7年8月17日・24日夏季特大号)
「8年前、私は『万引き』した人を『万引きした』と告発しただけです。ところが、その後、偏った報道によって『ウソつき』に仕立て上げられ、訴訟にも巻き込まれました。週刊誌というのは本当にひどい。一度も取材された覚えがないのに、直接、話したように書かれたこともあります。取材に来る記者も異常でした。何しろ先入観に凝り固まっています。一番、肝心な『万引きがあったかどうか』という事実の確認は、そっちのけで『奥さんは創価学会員なのか』『本当は学会じゃないのか』と執拗に聞いてくる。しかも、こちらが何を言っても、自分たちに都合のよいことしか書きません。これでは公正な報道など、できるはずがありません。事件から10年近くになりますが、いまだに係争中の裁判を抱えています。時間的にも、精神的にも大きな傷を受けました。デマで騒いだ人たちを絶対に許せません」(2003年のインタビュー)
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朝木明代市議が警察の事情聴取を受けたのは6月30日。以後、7月4日、同12日と計3回の取り調べが行われた。
①1995年6月30日、朝木市議、警察に出頭。取り調べでは「陰謀だ。冤罪(えんざい)だ」と一方的に喋(しゃべ)るだけで、事情聴取にならず。
②1995年7月4日、朝木市議、再び出頭。突然、「私にはアリバイがある」と主張。そのアリバイとは、「その日は午前中は市議会に出て、午後2時12分に銀行に寄って、2時30分から3時30分まで矢野穂積市議と一緒に近くのレストランで食事をしていた。だから、犯行のあった時間(午後3時15分頃)に洋品店にいるわけがない」というもの。その証拠とは「料金精算の時刻が印字されているレシート」。更に「そのとき食べたランチは、とてもおいしかったのでよく覚えている」とも供述した。
※矢野市議も、雑誌で「朝木さんには完璧なアリバイがあります。(略)私と府中街道沿いの『びっくりドンキー』というレストランで食事を取っていました」(『文藝春秋』1995年11月号)と語っている。
③最後の事情聴取となった1995年7月12日、朝木市議は“証拠”のレシートを任意で提出。しかし、係官にアリバイの矛盾を指摘される。アリバイ工作がバレたことを知った朝木市議は、供述が事実であることを認める調書へのサインを求められると、「マスコミも含めて、今日のアリバイは他言しないでください」と懇願し、「私はこれからどうなるのでしょう」と動揺を浮かべたという。
最後に「ちょっと待ってください。今日の調書はなかったことにしてください」と調書へのサインを拒み、逃げるように立ち去った。
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アリバイの場となった「びっくりドンキー」の「顧客情報の記録」で、店長らの証言は「万引き」のあった日時のアリバイを完全に否定。
「問題になっている6月19日に朝木さんを店内で見た従業員はいません。朝木さんはそれまでもよく店にいらしてましたから、いらっしゃれば覚えています」
「警察の方が朝木さんが警察に提出した領収書のコピーを持ってこられましたが、その領収書のコピーは後日、私どもで朝木市議に渡したものです。朝木さんが万引き事件のあった6月19日からだいぶ経ってから、店に訪ねてこられ、『その日に店に来たから領収書をくれ』とおっしゃるので、『何を食べられましたか』と聞きましたが、『おぼえていない』と言われたので、発行した領収書の控え一覧を見せたら、『これだ』というのでコピーをとって差し上げたのです。警察の方が持ってこられたのは、そのコピーです」と。
また、朝木市議らが食事をしたとする17番テーブルを担当した女性従業員の証言によると、その時刻、テーブルには、別の女性客2人が座っていたことが分かっている。その従業員は、この日、歯医者に行くために店を離れるタイミングもあり、そのテーブルに長居していた女性客2人のことをよく覚えていた。
さらに朝木市議が当初、午後3時頃に食べたとしたメニューは、その日の昼頃、すでに売り切れて無かったという。
1995年7月12日、東村山署は朝木市議のあまりにも悪質な「アリバイ工作」に、書類送検という厳しい措置をとる。
これを受けて東京地検八王子支部は、朝木市議に1995年9月5日の出頭を通告した。
※東京地検八王子支部への出頭を4日後に控えた1995年9月1日午後10時頃、朝木明代市議が6階建てマンションの5階と6階の間の踊り場から転落(翌2日午前1時に死亡)。
矢野と直子の事後の共通した行動を見てみると、2人の“不適切な関係”は、実は明代の死亡「以前」からすでに始まっており、そのことが明代の死亡に関係したのではないかと見る向きは多い。だからこそ2人は必死になって、明代を自殺に追い込んだ共同責任から逃れる目的で、「教団謀殺説」という荒唐無稽な推論を発信するしかなかったと見られている。
矢野穂積らは“他殺説”を強硬に主張しながら、不思議なことに、警察による「草の根」事務所や明代の自宅への捜査要請を「拒否」した。
そればかりか、東村山署が当日(1995年9月1日)の状況などを聞くため遺族らに事情説明を求めても出頭せず、矢野は事件翌月の10月7日になってようやく現われた。それでも、事件当夜、「胸騒ぎがする」などと言って車で自宅に駆けつけてきた娘の直子が説明に訪れることはついになかった。
「殺された」と主張しながら、肝心の警察捜査に協力しない〝事実〟は何を意味するのか。それでいて、マスコミに対しては「他殺説」を煽るだけ煽った。彼らの目的は“事実解明”にあったわけでなく、別のところにあったと見られても仕方あるまい。
矢野穂積(2021年に死去)は、裁判所から「極めて特異」と認定されるような男で、「訴訟マニア」でも知られる。東村山デマ事件でも朝木直子市議らと結託して、朝木明代市議が万引きした洋品店の店主、転落現場に駆けつけた救急隊、東村山署の副署長、揚げ句の果ては法務大臣まで訴えた。当然、いずれも矢野・朝木側の全面敗訴である。
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★『ブログマガジン エアフォース』より。
【矢野穂積と朝木直子が主張していた〝様々な事件〟】
①95年7月16日に発生したと矢野が主張する「暴行事件」。
②「草の根」事務所に「ばく死」と書かれた手紙と火薬のようなものが送りつけられたとする事件。
③95年8月初め、矢野が自転車で走行中、トラック2台に挟まれて引きずり回されたとする事件。
④95年8月19日、直子のポケベルに「4、4、4、4、……」という数字が打ち込まれたとする事件。
⑤95年8月20日、朝木宅の門柱の上で新聞紙が燃やされたという「放火事件」。
⑥95年9月2日未明、朝木宅の近くに「不審なワゴン車」が停まっていたとする事件。
※朝木明代市議が、6階建てマンションの5階と6階の間の踊り場から転落したのは、1995年9月1日午後10時頃(翌2日午前1時に死亡)。
【第3章「東村山事件」とは何だったのか・第42回より】
「矢野(※穂積)と(※朝木)直子は明代の転落死までの間に『様々な事件』が発生したとし、それらに創価学会が関与していたかのように匂わせた。『明代は創価学会に殺された』とする主張には根拠があると思わせるためだった。しかし、矢野らはそれをどれ一つ立証できなかった。
それどころか、矢野が主張する『暴行事件』のように、創価学会の関与どころか、すでにそれが冤罪事件だったことをうかがわせる判決さえ出ていた。矢野らが主張する『様々な事件』について、東京地裁がいずれも創価学会の関与を否定したのは当然といえる。『様々な事件』に関しては、その後の『週刊新潮』裁判でも、矢野らの主張を認めるどころか、『これらの事実のすべてが真実であるとの証拠はなく』と述べ、事件の存在そのものに対する疑念を示したほどだった。
『週刊新潮』裁判で、矢野も直子も証言台に立つことを拒否したのだった。『様々な事件』に信憑性があるとすれば、矢野が証言を拒否することはあり得ない。矢野は自ら『様々な事件』には客観的な根拠などないことを証明してしまったのである」
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1997年(平成9年)4月14日、東京地検は、朝木明代は自殺と断定、「事件性なし」と結論。被疑者不詳の殺人被疑事件については不起訴処分として捜査を終結。
〝創価学会員〟と報道された信田検事及び吉村検事は異動によって東京地検八王子支部から離れており、不起訴処分には関与していない!!
・1996年4月1日、信田検事が年度替りの定期異動で甲府地検に異動。
・1996年7月10日、吉村検事が東京地検八王子支部長から鳥取地検検事正に異動。
「また、本件転落死亡事件を担当した東京地方検察庁八王子支部の信田●●検事及び吉村●支部長検事は、いずれも被控訴人(※創価学会)の信者であることが認められるが、このことから同事件の捜査が公正を欠くものであったとは証拠上認められないし、まして、このことが同事件に被控訴人が関与していることの根拠となるものではない」(『東村山市民新聞』裁判の東京高裁判決文より、2001年12月26日)
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★【総体革命とは?】
昭和45年(1970年)、創価学会の池田大作会長(当時)は、青年部に詩『青年の譜』を贈った。
詩は、新世紀を担う青年の自覚を促し、人間革命(=自分自身の生命や境涯をよりよく変革し、人間として成長・向上していくこと)を機軸にした社会変革の必要性を叫んでいた。
『青年の譜』には、「総体革命」について次のように記されている(※一部抜粋)。
「由来(ゆらい) 革命には/政治 経済 教育の革命があろう/しかし/その一つひとつの/孤立した革命には/堅実はなく 無理と偏頗(へんぱ)が生ずるのだ/政治革命のみでは/血の犠牲がともない 民衆の安堵(あんど)はない/またも権力者は大衆の上に君臨していく/はたまた経済革命にも/民衆の満足はない/富なき庶民を蹂躙(じゅうりん) 空転していく/さらに教育の革命のみでも/民衆の幸(さち)はない/揺れ動く 世界の動乱に耐えないだろう
二十一世紀に生きゆく/民衆の願望は/外形のみの改革にはない/一人ひとりの哲学と思想の中に/平和裡(へいわり)に漸進的(ぜんしんてき)な/汝(なんじ)自身の/健全なる革命を願っている/これには長期の判断と/深い哲理を必要とする/これを総体革命と命名したい」
※「総体革命」という言葉だけを取り上げると、なるほど、いかにも“日本支配の野望”に向けての運動理念のように思えてしまう。だが、この言葉はそんなおどろおどろしい意味合いのものではない。
国会・司法界・中央省庁及びマスコミ各社に就職している創価大学出身者の存在は、創大生の優秀さを示す例であって、“日本支配の野望”うんぬんとは関係ない。
★【発見された直後の状況】
1995年9月1日午後10時ごろ、東村山駅東口のマンション1階にあるハンバーガー店のアルバイト店員Aがマンション北側にあるゴミ集積所にゴミを捨てに行ったところ、近くに人が寝ているのに気づいた。Aは「酔っ払いかホームレス」だと思ったが、気持ちが悪いので近寄って確認することはしなかった。Aは急いで店に戻って同僚のアルバイト店員BとCにその様子を伝えた。
午後10時30分ごろ、今度は店長が段ボールを捨てるためにゴミ集積所に行った。すると店長は仰向けの状態で倒れている女性を発見した。店長はこの日、午後8時ごろから午後10時ごろまで同マンション3階にある事務所で伝票などの整理をしていたが、その間に人が争うような物音は聞いていないということだった。
店長は倒れている女性に何度も「大丈夫ですか?」と声をかけたが、女性はそのつどはっきりした声で「大丈夫です」と答えたという。その時点で、女性の意識ははっきりしていたことが推測される。
店長は隣の駐車場との間にあるフェンスが破損しているのに気づいた。フェンスが壊れるなどそうそうあることではない。女性が上から落ちたのではないかと思った店長は、「落ちたのですか?」と聞いた。するとこれに対して女性は「違う」と答えたという。通常、第三者から突き落とされたなどの事情があれば、なんらかの被害を訴える言葉があってもおかしくないが、このとき女性が被害を訴えることはなかった。
その直後、店長は隣接する駐車場の管理人が事務所から出てくるのに気づき、応援を頼んだ。管理人は女性の状況を確認するためにもう消していた駐車場の水銀灯を再点灯した。すると、周辺にかなりの出血があることがわかった。
アルバイト店員Bがゴミを捨てにやってくると、店長と管理人が倒れている女性と話しているところだった。Bは女性に「救急車を呼びましょうか」と声をかけたが、女性は「いいです」と救急車を断った。
女性の意識がまだはっきりしていたこの時点で女性の状況を最も説明していると判断できる材料は、近くのフェンスが破損していたこと、出血して倒れている女性から被害を訴える言葉が一言もなかったこと、女性が救急車を断ったことだった。
Bは店長から交番に届けるよういわれ、午後10時40分過ぎ、東村山駅前交番に届け出た。交番にいた巡査はBとともに現場に急行し、女性の状態を確認すると本署に救急隊の要請を依頼、午後10時45分ごろ、本署の担当者はただちに119番通報した。
東村山署から出動要請を受けた救急隊が現場に到着したのは午後10時56分ごろ。午後11時25分ごろ、女性は所沢にある防衛医大病院に収容されたが、その時点で呼吸は停止し、心電図上の波形はあったものの、脈拍は触知できないという状態だった。最終的に9月2日午前1時、女性は死亡が確認された。
★【事務所と自宅に対する警察の立ち入り調査を拒否】
矢野穂積市議は「靴がない、カギがない」と訴えていた。
朝木明代市議が履いていたストッキングは足の裏が汚れ、破れていたから、現場まで靴を履かずに歩いてきたと推測しても不合理とはいえなかった。遺留品にはバッグもなかったから、明代がカギを持っていなくても特に不審な状況ではない。カギはバッグに入ったままだったとしてもなんら不思議はないのである。
実はそのころ、千葉副署長の元にはある新聞記者から靴に関する興味深い情報がもたらされていた。以前喫茶店だった物件を借りていた草の根事務所は、1階にはテーブルや椅子を置いていて、2階を事務所として使用しており、2階は靴を脱いで上がるようにして使っていた。1995年9月2日早朝、朝木明代の転落死情報を聞きつけて事務所に取材に行った記者によれば、「2階の入り口に女性ものの靴が一足、脱いだままの状態で置かれていた」というのだった。それが明代の靴だったとすれば、明代は草の根事務所から転落現場まで裸足で歩いてきたとする推測が成立する。
本来、明代の所有物である靴とカギを探すにあたり、転落現場以外に草の根事務所と明代の自宅が捜索対象となったのは当然である。ところが、この2カ所については調査がされていなかった。事務所については矢野穂積市議が、自宅については明代の夫である朝木大統が拒否したからだ。
靴とカギが現場にないのはおかしいというのなら、現場から歩いても3分もかからない事務所、あるいは現場から5分以内で行ける自宅を捜すことはきわめて自然だろう。仮に警察が事務所と自宅を捜索する気がないようなら、矢野はむしろ自ら捜索するよう要請してもおかしくない。ところが、「ないのはおかしい」と訴えている矢野や遺族が、調査してしかるべき場所への立ち入りを拒否したのである。司法解剖を求めてまで真相を追及しようとしていたはずの矢野と大統は、なぜ事務所と自宅に対する警察の立ち入り調査を拒否したのだろう。彼らの対応は、非協力的を超えてもはや何かを隠そうとしていたように思えてならない。
仮に捜査員が矢野の態度から不自然なものを感じ取ったとしても、明らかな刑事事件(殺人事件)でない以上、強制捜索を行うことはできない。あくまで任意の調査であり、警察の立ち入りを拒否できることを矢野は知っていたのである。
普通に自殺やろうな。周りと揉め事起こしすぎて馴染めなくなったんだろうね。
しかし6Fから転落して生きてたって・・・
この事件以降、私は某宗教団体との関係のある友人達とは縁を切りました‼️
宗教団体の丸抱えの政党の存在を認めている国にも責任を感じる⁉️
宗教法人へも課税をしっかり行えば、不逞宗教団体も減るのでは⁉️
聞くところによると、各都道府県警の内部に某宗教団体の関係者が深く入り込んでいるやに聞く⁉️
某県警幹部である私の友人の情報によればですが
「疑わしきは罰せず」
コメントの多くが某宗教団体が間違いなく関与していると思うとの推測論ですし、動画自体もやや偏っているように感じます。
木原誠二問題にも通じるものがありますがあちらは宗教団体は関係無いようです。
某宗教団体についてはあまりに不確かな情報が多いので余計疑われやすいのでしょうか。
消したとか消されたとか恐ろしい表現がまかり通っていますが、あたかも日本が某宗教団体に乗っ取られてはしまうかのような恐怖を国民の皆様は感じていらっしゃるのでしょうか。
何百万人かどうか分かりませんがそんなに多くの人々が洗脳されるものでしょうか。
そして、比率でいけば90パーセント以上の方たちが某宗教団体とは関係がないと思われるのに、何を怖がっている、あるいは面白がっている、はたまた毛嫌いしているのでしょうか。
日本て平和だからそんな事に関心を持ってしまうのではないでしょうか。
他にすべき事、本当に日本を良くしていくために成すべき事が国民の一人ひとりにあるのではありませんか。
カルトですね。国の中枢にいるのは怖い。誰を崇めているのでしょうね?
与党がすべて宗教団体系政党なのが今の日本。(統一教会-自民党、創価学会-公明党)
宗教なんか存在しててもいい事なんて微塵もないですよね。。そもそも宗教はただの詐欺組織、要するに犯罪集団でしかないのですから。本来は壊滅させるべき相手。大昔から国と結びついて権力と金を持っているせいで、排除するのが困難。せめて信者の方は自分達は犯罪の片棒を担いでいる事を知って組織を抜けて欲しい。。