【最強集団】ヨーロッパ諸国が震えた…最強最悪の”ヴァイキング”の実態
[音楽] さて君たちにとバイキングって聞いて どんな姿が浮かぶ目に浮かぶのはこう だろう。月のともりも筋肉斧をぶ回して おおと叫びながら突撃する野人あとは酒と 肉にまみれてどんちゃん様に戦味品で作っ たトロフィーを掲げ手に熱くバイオレンス を託く。残念ながらそれ全部ファンタジー 。いいや。ファンタジーどころか9割型は 19世紀以降の捜作と演出だ。映画や ゲーム、小説でお馴染みのバイキング像 ってやつは現実とはほど遠イメージ操作の 産物、事実に基づいた要素なんてピーマン の肉詰から肉抜いたくらいすかスカ。では 彼らはどのような民族だったのか見て いこう。 第1章バイキング像をぶっ壊せ君たちそれ 全部嘘だからな。 まず言っておくが角あれ完全に嘘だ。角 なんかつけて戦場に出たら引っかかるわ。 バランス悪いはスナイパーにここ狙って くださいって言ってるようなもんだ。あれ は19世紀のオペライ賞が発症。ワグナー だの何だのが入るだろう。てノりで作った だけ。現実の戦士たちは無駄な装飾なんて しない。実践主義なんだよ。おしゃれじゃ なくて生存が第1で全員が荒くれ物だっ たって。これもまた短額的。確かに バイキングと呼ばれる連中には略奪や戦闘 に特化したやもいた。でもそれはあくまで 一部であって全員が常時ぶち切れ状態の 殺戮マシーンだったわけじゃない。本国で は普通に農業や魚業にしんでる連中も ゴロゴロいたし、家族を養う普通の男たち でもあった。役立は副業季節労働のような もん。冬は農業、夏は襲撃。君たちの 知り合いのUbber配達員よりも計画的 に動いてたということだ。そもそも バイキング部という言葉自体民族名じゃ ない。ノルウェイデンマークスウェーデン あたりのゲルマン系海洋民族の中でも 役立つ攻撃を行っていたものを指すそして 何より強調したいのがこいつら単なるの 右金じゃなかったってことむしろ超現実 主義者であり柔軟な戦略化でありリスク マネジメントに略奪だけじゃなく公益植民 外交平業までやってのける金になるなら命 すら投資対象感情より合理性より効率。 こんな奴らが納金だけのわけがねえだろう 。彼らが暴れ回ったのは8期末から11 世紀諸島にかけてそれまでのヨーロッパは ローマ帝国法介護の中途半端な分裂国家 だらけフランク王国もインヌもまだ発展 途上で守備はざる兵士の訓練もぬるまゆ そんな中突然どこからともなく現れては村 を夜勤シドコインを略奪し近隣銀法をさっ て変えるそれがバイキングの様子日だ。 しかもただの略奪者だったら数十年で 終わってたはずなんだよ。でもバイキング の活動は200年以上続いた。一発やの 暴れん棒じゃねえ。戦略を持った勢力だっ た証拠だ。イングランドのデエンジン支配 、ノルマンディの成立、キエフ隊の建告。 もはやただの海賊じゃなくて歴史を再構成 した連中だ。ここまでの話を聞いてもまだ バイキングイコールや万人と思ってるやが いたらそれは猛洗脳されてるとしか言い ようがない。その偏見をぶっ壊すところ からこの動画はスタートするわけだ。事賞 からはそんなバイキングたちがなぜそこ まで強かったのか。戦術、技術組織文化 あらゆる面から掘り下げていく。 第2章最強の武器はロンシップだ。造船 技術で中世を支配した連中。 さて、バイキングの武力がどんだけすごい とか、戦術が天才的だったとか、そういう のも確かに重要だ。だがそもそもどうやっ てそんなに高範囲に暴れ回れたんだよ。 って思わないか。スカンジナビア半島から イングランド、アイルランド、フランス、 果ては地中会やビザンツ帝国、の果てには カスピ会、アイスランド、クリーンランド 、そして北米大陸まで行ったんだぜ。おい 、やりすぎだろ。で、答えはシンプルだ。 ロンシップ。こいつが全ての鍵というか、 こいつがなかったらバイキングはせいぜの ルウェイの海岸でカ食ってた程度のただの 量子だ。ロングシップとはバイキングが 使っていた細長くて平底でめちゃくちゃ 早い木造の軍線のことおさ船ってその まんまな名前だけどまあ名前以上にその 性能がやばい長さは20から30mくらい 幅は3から5m基本はオールト炎の平洋海 でも川でも湖でも果ては水深1m程度の 浅瀬までガンガン進める。つまり普通の船 じゃ絶対に進めないような場所にもスイス 入ってこれるってこと。もう水上の忍者 って言っても過言じゃねえ。その上い構造 が合理的すぎて必要なら分解して運搬すら できる。まさに侵略専用モビリティロマン じゃねえ。これは恐怖だ。ヨーロッパ各地 の人々がバイキングを恐れたのは何よりも 予測不能だったからだ。当時の軍隊っての は基本的に陸を放するにも軍を集めてから のそ歩いて向かう。道路事情も最悪、電も 遅い。守備体制ざです。そんな中、 バイキングのロングシップは海を渡って 突然現れる。海からまあ分かる。ええ、川 を遡ってきた。ええ、湖の奥の奥からそれ どうやって手ぐに守る側は毎回パニック。 地図に川があれば侵入可能と思え。って話 。鹿も早い。静か野能。対却も早い。 まさに水上のゲリラ戦術夜明けと共に襲っ て日が沈む頃には影も形もない。で、また 別の村でこんにちは。あってな。もはや ホラー映画の怪物。そしてロングシップの もう1つの魅欲。それは輸送力と拠点機能 だ。これ一隻で兵士30から40人。場合 によっては60人以上を運べる。しかも 全員が武装した海兵隊かつ略奪にたけた 実践派。おまけに食料武器戦味品も詰める から遠征能力もばっちり文字通り行って 暴れて帰ってくるがワンセットでかの途中 に港補給待機場所そんなもんいらねえ ロングシップ自体が基地なんだから必要 なら上陸してキャンプを張りダメなら船と 撤退俊敏活重なおまけに大量嘘輸多いこれ 中性だぞなんでそんなにスマートなんだよ このロングシップもちろん適当に作ってた わけじゃない素材選 加工技術設計全てが計算され尽くしてる 木材はしなやかで頑丈多く板と板を重ねて 密閉するクリンカー構造で水漏れ防止左右 対象が設計で相談抜群戦士とのデザインが どちらも進行方向になるように作られて おりバックすらできるつまりバイキングは 戦争だけじゃなく高額でも時代を ぶっちぎってたって話だ結論を言おロング シックこそバイキングの心臓でありであり 足でもあった移 戦闘、闘争全てを可能にした最強のツール 。陸上戦しか想定してなかった中に会場 からの起動部隊という概念をぶっ込んでき た選ク者だ。言い換ればこうだ。ロング シップがなければバイキングはただの田舎 のちンピラだった。でもその船があったお 金で彼らは中世ヨーロッパの悪夢になった のだ。 第3章バイキング戦士の戦闘スタイル。強 さの正体は戦術か狂器か。 バイキングの強さって何がすごかったの? って聞かれたら正直全部なんだよな。 ロングシップだけじゃない。でもそれじゃ 動画として成立しねえからここでは ちゃんと要素を分解して装備、戦術精神 性団線の技術この4つに絞って徹底解剖を してやる。まず装備から行こうか。殺の月 はフェイクだぞって言ったが現実の バイキング戦士の装備はむしろ連されてて 合理的だった。株と基本は鉄性の丸い形状 中には花の部分を守るノーズヘルメットも 軽量で起動性を確保盾木星の丸に鉄の補強 何が優れてるって軽くて取り回しやすく 防御にも打撃にも使える万能ツールだった こと武器斧剣槍り剣は不裕層が持ち庶民 戦士は斧や槍りが多い斧は負けわりだけ じゃねえ首も割れる防具フルプレート なんてもちろんない川鎧いやチェーン メイル鎖びラが主流。ただし軽装ゆに起動 力が高い。装飾とかB意識なんかクソ一撃 生き残って逆に殺せりゃい。命をかけた 実用主義。それがバイキングの装備だ。 じゃあこいつらの戦い方はどうだったか。 ただ突撃してたんでしょう。ノキでしょう 。甘い。甘すぎる。チョコに甘い。実際の バイキングは場に応じた戦術選択の天才 集団だった。戦術海から川から現れて 不打ち襲って略奪して即撤退先線なんか 貼らないヒット&アウェイで無限に格乱 集団戦有名なのがシールドウォール盾を つねて壁を作る人系横並びで突撃あるいは 防御する鉄壁フォーメーションこの戦術は 割とヨーロッパ共通だったけどね交代戦っ て図かれた前衛を後ろにされてフレッシュ な兵を前に出すえ何に中世にしては先進的 すぎねえこの殲滅交に関しては正しい記録 が残ってないから推測だけどな。海上戦術 、船からの弓攻撃教習上陸い ロングシップを完全に移動弊車として 使いこなしてた。つまり本能で暴れてたん じゃなくて治略と効率で制圧してたんだよ な。実は現代の特殊部隊みたいな運用をし てたわけよ。じゃあここからはちょっと 毛色の違う話をしよう。そう。あの伝説の 戦士ベルセルクについてだ。ベルセルクは 簡単に言うと、バイキングの中でも特に 行かれた野郎。こいつはなかなかぶっ飛ん でた。クや狼の毛はを身にまとい、武器を 振り回しながら叫び、敵陣に単心突入。 状態としてはトランス化に近い。そう、 理性を捨てた破壊兵器説としてはキノコ 幻覚植物を食って牌になってた宗教的儀式 で自己催眠にかけていた。精神疾患やた 従人格に近い状態を進行として利用してた 。どれも完全に証明はされてないが、共通 するのは理性のブレーキを外してでも勝つ という恐ろしい信念だ。敵からしたら こんなやつに正面から突っ込まれてみろ。 冗談抜きで鎧いの中に湿金するレベルだわ 。そして最後に忘れちゃいけないのが バイキングは個人戦士の集まりではなかっ たってことだ。家族単位での略奪団、地域 ごとの戦士団、共同隊のルールによる強い 結束力、つまりただの傭兵団でもグレン隊 でもない信頼できる仲間と共に動く戦闘 的込みに気だったんだ。で、仲間の死は 明路とされ、生き残ったものは語り継が れる英雄になった。結局バイキング戦士の 強さってのは単なる肉体や武器の強さじゃ ない。生き残って勝つことに全振りした 思想とシステムがあらゆる戦いをシビアな ビジネスとして最適化してたってことだ。 装備軽くて殺傷力高め戦術状況別に 切り替えか精神理性より殺意仲間信頼 できる部族この4拍子が揃った時点でもう 止められねえよなそりゃヨーロッパ中が 震えるわけだ 4章バイキング部の商人としての顔略奪 だけじゃなくて攻撃も国家級 さてここで視聴者の中にはバイキング イコール暴力と略奪の化け物軍団って イメージをまだ捨てきれてないやもいるか もしれんだが、ここからが本番だ。あいつ らめちゃくちゃ商売上手だったんだよ。て いうか、正直言うと戦争と攻撃を区別して なかったフ士すらある。やれるなら襲う。 儲かるなら売る。状況次第で殴って奪うか 握手して売るかを選べる。霊鉄な リアリスト。要するに力が正義。でも金も 大事っていう中最強のハイブリッド思考を 持ってたわけだ。まずこいつらの行動範囲 を確認してみようか。ヨーロッパ北部から 始まってイングランド、アイルランド、 フランスの西側沿岸、さらにはバルト海、 ルーシーのロシア、地中海、はビザンツ 帝国と中東にまで到達してる。ついでに 言うと北はグリーンランド、西は アイスランド、果ての果てには北アメリカ まで行ってる。お前移動距離がもはや 航空会社のマイレージサービス超えてん じゃねえか。略奪しつつ公書も作って定期 ルートで物資のやり取り。なんなら後路の 安全保障まで自分らでやってた。おい、 おい、完全に貿易国家のそれじゃねえか。 じゃあバイキング商人は何をやり取りして たのか。答えはこうだ。何でも売る、何で も買う。マジでジャンルとわず売り物保料 奴隷。1番のドル箱商品怪我は北法の特産 蜂蜜琥珀角星魚バター時刻の武器斧剣など 自分で作ったものを他国へ買い物シルク 更新量ワインビザンツ中東方面から金貨 銀貨下兵経済への興味バリバリ宝石装飾品 ただの略奪品だけじゃない高級武器合う馬 が異国の知識つまりバイキングは物の価値 を分かってたんだ乱暴に言えば戦味品も 商品化してグローバルに再流流通させる ことに成功してたってこと。現代風に言え ば略奪した資産を回転させて再投資してた わけ。ほぼ企業だは有名な話だが現在の ウクライナやロシアの基盤となった広告を 築いたのもバイキング。正確にはルーシー スウェーデン系バイキングたちだ。こいつ らドニエプル側を利用して内陸まで侵入し 川沿いに拠点を築づきリザンツ帝国との 攻撃ルートを確立。そのための都市国家 みたいなものをいくつも建設し、公益国家 として発展していった。はい、ここで確認 。ただの海賊が年作って国まで作って るってどう考えてもおかしいよな。それ くらいあいつらは経済に本気だった。 ビザンツとの攻撃で銀貨を得てそれをまた 武器や船に再当し主義の先取りじゃねえか 。もちろん褒めちってばかりじゃすまねえ 。バイキングが手を染めていた商売の中で も特に汚れてたのが奴隷貿易だ。でホルに した相手を奴隷として売り飛ばす史場は バルト海炎アラブ県ビザンツ帝国など男女 関係なく労働力制度例事労働は色々下手 すれ家族全員まとめて輸出ってパターンも あった。それが中世のリアルだ。尊徳と カ倫理感なんてたちが思ってるよりはかに 後の発明品だからな。もちろん現代的には クソ極まりないがこれもバイキングの経済 活動の柱だったことは否定できねえ。彼ら は金になるなら人間すら商品にするという 冷鉄すぎる現実主義者だった。要するに バイキング部のは剣を持って口も動かす。 大谷翔平もびっくりの二刀流ビジネスマン だったってことだ。襲って略奪。でも相手 が強けりゃ正談。物資を奪うだけでなく 売って儲ける輸送、輸出政治軍事全部自前 ヨーロッパの王様たちが書物で世界を学ん でた時バイキングたちは実際に後悔して見 て奪って売って国作ってたんだ。これが 納金略奪者とかマジで誰が言い出した。 むしろ中最大の実行力を持った企業家集団 と呼ぶべきだろう。 第5章バイキング文化と精神。なぜ彼らは 恐れずなぜ突き進んだのか。 さて、皆の州にちょっと想像してほしい。 目の前に敵の砦出がある。上壁は高く、 守備は厳重。数も多い。やばいな。帰る かって思うのが普通の人間の思考だ。だが バイキングは違う。高い壁。燃やせばいい じゃん。敵が多い。ご褒美だな。そして そのままをって突っ込んでくる。こいつら 何考えてんだ。そう思うだろう。でもそれ は彼らの中に流れていた文化的神と私政官 を知らなければただの狂人に見えるだけだ 。実は彼らにはしすら恐れぬ合理的な狂器 が寝ついていた。その土台にあるのが北王 神はとバ原進仰。そして名誉という概念 だった。まず真っ先に紹介するのがこいつ らの持ってたぶっ飛んだ私官。バイキング 部たちは戦場で名誉歩しようと下げたもの は神々の住まうや館。バルハラへ行けると 信じていた。バルハラ。それはオーディン の元で昼は戦い、夜は肉と酒を楽しむ戦士 たちの天国戦ってば死後は最高の模が 待ってるってんだからそりゃ恐れも迷いも 吹っ飛ぶだろう。つまりバイキングの世界 では戦場で死ぬ勝ち組水で死ぬ負け犬 逃げる端最後まで戦う。現代の サラリーマンにもこのくらいの覚悟があれ ば満員電車でもっと根性出せると思うぞ。 いいや。それはそれでしんどいな。冗談は さておき、この信仰こそが彼らを恐れ知ら ずの化け物に仕立てあげた最大の要因なん だ。バイキングの進行はキリスト教とは 真逆の方向性だった。キリスト教が許し 永遠の平和を解くのに対しバイキングの 進行は戦い勝利名誉中心に構築されていた 。では彼らが進仰してた神を紹介しよう。 オーディン知恵と戦の神戦士の守護者で ありバルハラのアル字ル雷と戦いの神ルと いうハンマーで巨人をぶっ飛ばす肉体派 フレイ法の神だけど戦争もできるイケメン こいつらの神様全員が大体転下と神話の中 で頻繁に戦ってるし裏切りや復讐も 盛沢さん穏やかな暮らしを夢見て神を進仰 するってよりも勝ち続けることが神に 近づくことみたいな価値観だったこの戦闘 的な宗教がバイキングの魂を燃やし続けた んだ。シスラ恐れぬのは死んだ先に神の 世界が待ってると思ってたからだよ。もう 1つバイキングの精神を語る上で外せない のが名誉の概念だ。これは単なる評判とか じゃない。人生そのものの価値を決める 基準。要するにお前どれだけかっこよく 生きてかっこよく死んだかって話。裏切ら ない。約束を守る。臆病にならない。自分 より強い相手にも挑む。仲間を見捨てない 。こういう行動がバイキング部社会におけ る男の美学だった。裏切れば一族の恥病 なら松ダまで語り継がれる。逆に名誉ある 行動をすれば歌になり血になり英雄端とし て語り継がれる。つまり記憶に残る人生 こそが最大の勝利。命より名誉ってマジで 思ってた連中だ。そりゃ無敵だわな。だ からバイキング部たちは命を投げ出す覚悟 ができてた。その先に死んでも俺の伝説が 残るって確信があったからな。まとめよう バイキングの文化と精神性を支えていたの は死を恐れない宗教官バルハラ進行勝利と 武勇を称える神々名誉命より見る価値観 物語として語られることへの活望これらが 合わさってあの恐れるべき全力で死にに 行くスタイルが生まれたどれだけ装備が 良かろうがどれだけ戦術が優れていようが 精神がぶれないやつが1番強いってことを バイキングは対現してたわけだ。 第6条バイキングの衰退。なぜ彼らは滅び たのか?ヨーロッパ中を震え上がらせ、町 を焼き払い、金を奪い、文明すら塗り換え たバイキング。あの暴れ場たちが11世紀 を境いに来たりと活動を辞めた。まるで スイッチでも切られたように突然歴史から フェードアウトしていく。大いおい。 そんな簡単に消えるような連中じゃなかっ ただろう。戦術も強い。精神もタフ、公開 技術もやばい。経済センスまで抜群。これ で滅びるって何があったんだよ。答えは 複合的な時代の変化と彼ら自身の進化と 限界にあった。まず1番でかい要因がこれ 他の連中がバカじゃなくなったってこと。 バイキングが登場した8から9世紀頃の ヨーロッパってフランク王国も イングランド諸国もとにかく防衛が緩かっ た。海沿いの修道員なんて近隣銀 ザックザク置いてあって警備ゼロそりゃ バイキングからしたらお宝セルフサービス 会場みたいなもんだところがやられ続けた 王国たちはようやく気づく。え、もしかし てこのままだと国事なくなるんじゃねえ。 そこから始まるわけだ。真面目な防衛体制 の構築が上壁の強化海岸線の見張所設置 素早い電冷の構築傭兵の雇用実は バイキング出身者も多かった軍の情説家 さらに海軍という概念が少しずつ発展もや 略奪即期間ができる環境じゃなくなってき たわけ要は最初にボーナスステージで稼ぎ まくったら急に敵が強くなったってやつだ な。続いてバイキングの魂に関わる問題。 王キリスト教への回収だ。10から11 世紀掴ナビア全域でキリスト教が広がって いく。最初は拒否反応あったけどやがて 国王クラスが回収し国単位でクリスチャン 化していった。で、ここで何が起こる かってバイキング文化の根感バルハラ進行 オーディンの加護名誉あるし全部キリスト 教の競技と真こからぶつかるわけだ。天国 は戦場じゃない。血も汗もいらない。敵を 殺すより敵を許せ略奪う。それ罪だからね 。いやいや、バイキング的にはだよな。だ が時代の流れには抗えない。国がキリスト 教を受け入れれば兵士も民も価値観を 変えるしかない結果死と名誉にかけた生き 方が宗教的に否定されるという文化崩壊 レベルの変化が起こった。これでかつての 恐れ知らずの戦士たちは心まで戦えなく なっていったんだ。さらに忘れちゃいけ ないのが低重と王国家の流れ。役立、攻撃 、占領、低重。このサイクルを何百回も 繰り返した結果、バイキングたちは あちこちで王国や広告や農地を持ち始めた 。ノルマンディ、キフ隊広告、デンマーク 王国、イングランド王国、バイキングとし て戦うよりも両地の放置や税収の簡易の方 が儲かるって気づいちまったわけだ。それ にある程度土地を持てば守る側に回ら なきゃなら自分の国にバイキングが襲って きたらどうする?そう、自分がかつてやっ てたムーブを今度は防がなきゃいけない 立場になる。こうしてバイキングとして 襲撃に出る理由そのものが徐々に消えて いったのさ。あと環境要因もある10世紀 後半からの中世温暖機の到来で北王の気候 が微妙に変わった。これにより農業が少し ずつ安定してくる。つまり略奪くても 食えるようになったわけだ。また公益経路 の整備が進み貿易品が増え血を流さなくて も金が入る仕組みが広がっていった。 つまりリスク高くて命がけのバイキング 行為よりも地道に商売した方がまししって 空気が広がった。効理的な奴らだから 儲からないリスクは取らない。バイキング するより完備職になる方が正解だと気づい たんだ。というわけでまとめだ。あれほど 強かったバイキング部たちが消えたのは 弱くなったからじゃない。むしろ彼ら自身 が次のフェーズに行ったからだ。 ヨーロッパ諸国が本気で対策し始めた キリスト教と夕方がらしい魂の価値観に 吸収された国を持ち支配者となり略奪より 統地を選んだ経済と環境の変化で暴れる 理由がなくなった。つまり彼らは バイキングという形をやめて王や漁主や 商人として生きる道を選んだ野蛮人として 義えたんじゃねえ。文明人として残ったん だ。今スカンジナビアの国家が安定した 民主守備国家になってるのもあの暴れて 気づいて収めたバイキングのDNAが進化 して今に続いてる証だろうな。さあ、ここ まで見てくれたあんた。バイキングがただ の略奪馬カ集団だったなんて目口が避けて も言えねえよな。彼らは戦術の天才であり 、会場の覇者であり、商売人であり、 そして新年の人間だった。戦って儲けて 信じて伝えてそして去っていった バイキングはなぜ強かったのか答えは全部 が強かったからだ。 ご視聴ありがとうございました。次の奇妙 な歴史でお会いしましょう。
☠️ヨーロッパ中を震え上がらせた“海の悪夢”――ヴァイキング。
彼らは本当にただの野蛮人だったのか?
いいや、答えはNOだ。
戦術は特殊部隊レベル、造船技術は時代を数世紀先取り、経済センスは国家経営クラス。
さらに死すら恐れぬ精神性が、その強さを何倍にも膨れ上がらせていた。
本動画では、ヴァイキングの強さの秘密を6つの視点から徹底解剖してやるよ!
戦士としての実力、最強のロングシップ、巧妙すぎる戦術、商人としての顔、狂気と信仰、そして彼らが姿を消した理由まで、語り尽くしたらぁ
参考
https://en.wikipedia.org/wiki/Viking_Age_arms_and_armour
https://en.wikipedia.org/wiki/Viking_raid_warfare_and_tactics
https://en.wikipedia.org/wiki/Viking_ship
https://www.thecollector.com/viking-ship-technology-innovations
https://en.wikipedia.org/wiki/Vikings
https://www.saexpeditions.com/blog/post/longships-forever-the-viking-legacy-in-modern-norway
画像引用
CC BY-SA 3.0
Pradigue
Rollon, premier duc de Normandie de 911 à 927 (ou 933). Monument représentant Guillaume le Conquérant et les six ducs de Normandie l’ayant précédé, Falaise (Calvados, Basse-Normandie).
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Rollon_Falaise_(Calvados).jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 2.0
Guillaume Baviere from Uppsala, Sweden
Oslo. Au Musée des Bateaux Vikings.
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Norway_2016-03-12_(25885389973).jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 4.0
longship Helge Ask
Vikingeskibmuseet-Roskilde
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Vikingeskibsmuseet0002_(cropped).jpg#mw-jump-to-license
CC BY 3.0
Hull drawing of Viking ship Sebbe Als of Augustenborg, Denmark
Steen Weile, Notmark, Denmark.
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Sebbe_Als_2.jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 2.0
Runar Storeide
Geir Are Johansen
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Viking_ship_%22Lofotr%22.jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 3.0
Bayeux Tapestry, Bayeux / Personal picture taken by user Urban, February 2005
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Tapisserie_bato1.jpg#mw-jump-to-license
CC BY 2.5
Viking
Historiska museet
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Skepp_på_bildsten_Ardre,_Gotland.jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 3.0
Vikings fighting (part of a festival), photo taken in August 2005 in Denmark
Tone
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Vikings_fight.JPG#mw-jump-to-license
CC BY 2.0
Gjermundbu helmet
NTNU Vitenskapsmuseet
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Gjermundbu_helmet_-_cropped.jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 3.0
Eiríksstaðir. Viking shield.
Wolfgang Sauber
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Eiríksstaðir_-_Wikingerschild.jpg#mw-jump-to-license
CC BY 2.5
Viking longswords
viciarg ᚨ
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Viking_swords.jpg#mw-jump-to-license
CC BY 4.0
Spjutspets från vikingatiden med holkinfästning.
Neijman, Maria, Historiska museet/SHM
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Spjutspets.jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 4.0
楢無垢材の定尺床材(150mm×1820mm、ワイルド)
メルビル
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CC BY-SA 3.0
Détail de la proue, photo prise lors de Brest 2012
Aliocha Durozier
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Halsnøy-brest_2012-3000px.jpg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 4.0
Vitaliyf261
Map of later Kyivan Rus (after the death of Yaroslav I in 1054).
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Location_of_Kyivan_Rus.png#mw-jump-to-license
CC BY-SA 3.0
Map shows the migrations in Europa from 150 till 500 AD
Sansculotte
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CC BY-SA 3.0
Duchy of Normandy
Robert Curthose
Thom.Lanaud
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CC BY-SA 3.0
Or, three lions passant in pale Azure crowned and armed Or langued Gules accompanied by nine hearts Gules.”
Kongeriget Danmark,
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https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:National_coat_of_arms_of_Denmark.svg#mw-jump-to-license
CC BY-SA 3.0
Coat of Arms of the Kingdom of England from 1399-1603 used from Edward III to Elizabeth I
Sodacan
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音声
VOICEVOX:青山流星
#歴史#世界史#奇妙#謎#ヴァイキング#ヴァルハラ#北欧#フランス#イングランド#最強#斧
21件のコメント
…ヨーロッパの人たちと異なる独特の価値観と強さ。死を恐れぬ北欧神話価値観と武士道、思えば遠い東の日本武士と近い性質あるかもしれません。中世ヨーロッパは貴族の面子とキリスト教などの権威主義で、ヴァイキングは勝つ合理性を求め日本武士もライバルに勝つ事や領民とのうまいつきあいによる長期繁栄など現実的視点を持っていましたからね。そしてそれぞれキリスト教と奇妙な因縁ありました。最初のヴァイキングに対する変なイメージも、キリスト教社会にとって恐れでしょう。思えばGHQが現代日本人の価値観変えようとしたのも、ヴァイキングのキリスト教化とある程度重なってるかもしれません。ヴァイキングと日本武士の子孫たちの対話も興味深いです。ありがとうございました!
信頼できるかわからないが、説得力がある。
ヴァイキングは水上の遊牧民族と考えた方が理解がしやすいですね
デーン人は蛮族?しかし生きるために強奪して氷の地で農耕して牧畜して、足りないのは奪う?ころしても奪う?
商いではダメだったのかな
商業主義の超攻撃力を持った武装商人って感じかな
ヴアィキングは中世ヨーロッパの海賊だよ。
結構返り討ちにされていたらしいね
ヴィンランド・サガを観ればヴァイキングの事分かりますよ!
長いよ
鎌倉時代、足利、戦国時代に東シナ海、上海あたりで活躍した倭寇も商売と略奪を兼ねていてそんな感じだが、日本の場合、彼等を犯罪者として取り締まった。逆に英国は海賊を公認し国家繁栄の基礎を築いた。
なぜ食べ放題の意味になった。
ヴァイキングの強さと迫力ある歴史、とてもワクワクします!⚔🌊
盛ってる感じ
長い年月最強だったね、でも海軍をお得意にする海賊の国はついにウクライナで大惨敗を喫しました。今や莫大な費用を注ぎこんだ空母打撃群も極音速ミサイルと安価なドローンに対抗出来ず、陸から遠く離れた海上で遠吠えをするだけです、、あー、税金返せ!
奇襲攻撃です。海からの盗賊団、モンゴルは馬で略奪、帝国を築く、バイキングは❓。盗賊で終わり。
なるほど、ヴァイキングあれだけ猛威を振るったのに突然と消えた理由が良くわかりました!
日本人は絶対サムライかニンジャみたいな見方だったんですね
ヴァイキング動画で1番理解できた。
ドラマ「ヴァイキング」も、こんな感じで作って欲しかったなって思った。
ビッケは??
ヴィンランド・サガおもろい
ツノや鍬形つけて戦場に出る奴は
日の本の戦国武将くらいだ。