トムラウシ(富村牛)集落~本土で唯一の5級へき地・北海道最奥部は意外だった~
動画のご視聴ありがとうございます今回の 動画は面白くない割に無駄に長くて40分 近くあります北海道の一気のない山奥の トム牛という集落を全て回って眺めるだけ の動画でございますトム牛片で記述する ことが多いですが漢字では富村牛と書き ますこの当て字が恐ろしく魅力的でま村落 内をついうろうろしてしまった次第です アヌ語でトウ意味は鼻の美しいところ あるいは水垢の多いところだそうです どっちなんだいいやどっちもかさてトウフ 集落は北海道中心部都平野の西の外れの新 徳町に所属します新徳の広さは1064 km平米で東京との約半分そしてその 75%もの面積を占めるのがくったり地区 でくったりの山奥部の大半がトムラウシと 呼ばれるエリアとなります都川の最上流部 を遡るとが現れますここから動画が始まり ますそこから集落で実際に人が暮らして いる場所と歴史が刻まれた場所を全て回っ てきました全国有数の僻地は今どんな姿な のかを確認できますトウ集落最北部に存在 する牧場など普段は意識しないと一生見に 行くことはないでしょうなおトウ集落の さらに奥地戸川原部の奥には日本百名山の 鳥村牛標高2141Mがびえます内地人の ほとんどの人はその姿を目にしたことは ないと思いますその登山基地となるのが 戸村温泉東大切層この宿泊施設は別動画で 紹介していますさあとかちダムから村歩き を楽しんでみましょう高さ84m岩が 積み上げられたロックフィルダムです昭和 60年頃に完成していますこれによって 後ほど登場する木牛集落が消滅しています 赤い橋は上流側の東大切橋です湖は東大切 湖よく見ると小岸の段階絶壁上に社があり ますこれがまた最高の萌えスポット木牛 神社です見つけた時は狂気乱舞しました とかちダムの放流です僕は実はダムは苦手 でしてよくわからない恐怖感があります ダムマニアとか純粋にすごいなと思います この植物は浜だと思うんですけれども内陸 部の標高の高い場所にも生えているんです か ねさて木牛神社を眺めるために対岸の道路 から撮影とかちダムから歩いて行けるのか と思ったら何気に歩道は存在しませんでし たここの存在ですね位置関係はこんな感じ 実は木牛神社東大切校ボートで横断しない とたどり着けない訪問難易度がま高い神社 なんです基本的に関係者以外は行くことが できません難易どころの話ではありません ね元々神社はこの場所から南北にかけて 広がって存在していた木牛集落にありまし たダム建設ととに小岸の元方の上に移され ています元方は赤いというそうです Googleマップの画像を見てみますと 無償にドローンが欲しいと思いましたうん 今年はドローンの操縦を習いに行きたいと 思いますいや石段の角度とか急すぎてこれ 登ったらほとんど垂直と錯覚するほどの レベルです [音楽] ね過去の映像を見てみますとまず昭和52 年の航空写真ではとかちダムの建設が 始まっているのが分かり ますそして丸の部分この辺りが直し神社が 作られるところ ですこれが昭和47年だとこの辺りなん ですけれども元方が存在するかまではそこ までは改造度が悪くてね分かりません ただしき牛集落の存在は確認できますこの 時点で7個のみ周りの木装値も含めてダム の底に沈みまし たそういうことを頭に入れつつ牛神社を 眺めると 寂しい気持ちにはなります今の牛神社はと ダム周辺つまりト周辺の集落の安全を祈願 してひっそりと立っているのです [音楽] [音楽] [音楽] さて木牛神社から東大切湖の北側木牛開拓 記念費のある公園に移動します橋の上流側 は水位が少なくてダム湖は消えていました 昔木牛集落の木装地とかこんな風景だった のかなと [音楽] 東大切橋からトウ第一トンネルを抜けた ところにダム工事でかけられた高い橋が ありましてそこから下を覗くと獣道を たくさん確認できます 木牛集落の時代からこの場所はエシとひの 通り道だったそうです ちょっと見にくいけども大切産国立公園と 書かれています春な道路は今でも所々で 保全工事が実施されていますひの脅威と 隣り合わせの現場で ダム関連の道路ができる前はこの辺りは 大変な難路だったそうで念仏峠と言われて いたそうです通過するのに神頼みという ことで大変だったでしょうね路線バスも とんでもない場所を通過していたようです あまがある なここら辺が念仏 峠 ええ牛開拓の 歩み ええ木牛地区入植者の変遷だっって ええとダム着工寺の入植者とち着こ以前の 入植者すごいね ええこの人たちが命がけ で方に入ってきたんだ ねでここはもう崖下で十勝川が淵を作って 渦を巻いていたってとこ ださてここと同じような人知れずひっそり と佇む記念費がまだありますのでトウの奥 に向かって移動します高い山々がつり始め ています 到着しました関の公民純男の日ですこれ 読み方なんて言うんですかね菅野公民 ちょっと読み方分からないんでご存知の方 がいらっしゃったら教えてください今の とか毎日新聞社の創業社長でもあり大正 時代の北海道議員でもあり ます熊に倒れた牛開拓の父すごいな うんその方がトウを何としても開拓し なければならないという使命のもアイヌの 人をガイドにつけてトウの現地調査に行っ た帰り道手負いのひに襲われて41歳と いう若さでこのよを去ったそういった 出来事を記した記念費です大正7年6月9 日にニ卒川との合流店まで調査で到達した 帰り道にひに襲われたと記されていますニ 卒川との合流店はこの直後に訪問し 牛も牛もこうした先人の尊い犠牲の上に 成り立っていることが分かりますというか トウの人は知っているのかもしれませんが 今では戸村以外くったり地区とかあるいは 新徳町の住民とかもうすでにほとんどの人 の記憶にもないことなのかもしれません さてここから少し走ったところが戸村牛 集落本体になりますトエリアは新徳町の 面積の7割をもめますが人口はわずか ほどやくったり地区で163世帯287人 なのでトムラウシはさらにその半分以下で はないかと推定されます新徳町では鳥村 地区だけの人口データを出していないため 詳細は不明です感覚地としてはま50人 ぐらいじゃないかなと勝手に想像してい ましたこのトウ中心部にだけ複数の人家が 集中しています これはかつての英輪所だった 物件森林事務所移転しまし たここに一部 古い物件が残されてるんです ね浦地区マウントハイスケス新しい賃貸 アパートだねあれ ねここは古い集会場か なああこれは素敵ですね あの石炭だか石油だかのストーブの煙突が ね北海道らしくていいですね最近の物件は そういう煙突ないんですよそこに朝影住宅 かなんかわかんないけど新しい集合住宅が あっ てそこには煙突ないでしょう [拍手] そこにもすごいおしゃれな集合住宅 鼓膜でこっちが小牛の小中 学校めちゃくちゃ綺麗な学校だな これすごいねこの山奥にこんなに綺麗な 学校が ああ歓迎三村龍学新徳調立トム牛このトム 牛って感じがいいよね で開発記念費ここに 古いトムラウシ 昭和31 年昔の学校の校舎の門ですかねなんだろう ね町立 トウうんなん だろう対象何年って書いたんだなへえ 最高やんこの学校の 名前 [拍手] おおここにバス停があるね鳥村牛学校前 うおすごいね1日2本か新徳から鳥村温泉 国民宿舎まで2時間近く2200円か すごい なあでトイレもる山の交流館 戸村戸村牛簡易郵便 局 [音楽] うんで結構ここがいいんです よここはコテジ券売店券食堂券郵便局です 食道は魅力的でおしゃれなメニューなん ですけれどもスタッフの出産のため しばらくお休みとのことでした2025年 は再開してるかもしれません鹿肉丼とか 食べたかったので無念ですいつか食べに来 ます鹿の角はスタッフが山で見つけたもの だそうです鹿はよく見かけるけどひは滅多 なことでは出ないって言ってましたね せっかくですから江戸シ肉料理の缶詰め3 つ冷凍の鹿肉ジンギス缶を2パック買って 帰りました7000円近く購入したと思い ます我ながら良いことをしたと字が自賛し てい ますコテージは今は12万円前後のお値段 ですこの時からちょっと値上げされてい ますがそれでも魅力的なロケーションです [音楽] ですさて次は向こう側に戸村牛神社がある というので行ってみ ますこの橋を渡るとト牛神社なんだ けどダム湖があってとても 綺麗と勝川の本流っていうか原ですねいや 綺麗だな にはちょっとまだ 早いわあ青龍 だ いやあここはニペ卒川だったんだ ねでこれが7かなんだけど赤い身をつけ てるんですけどねぱははもう枯れちゃって 色づいてないっていうかね今年の北海道 暑かったんでなんかね北海道の色づきが いまいいまいなんだよ ねそしてそこがトム神社の入り口 だ今気がついたんですけれどもこれ鹿の角 を加工して作った文字ですねてっきり木材 かと思いました一の価値あり ですここが駐車場 ねそれで鳥村市希望の森この森は野鳥 など継承ちょっとなんて書いてあるか読み にくいんだけど信徳エリ書が作ったの か昭和何年って書いてあるんだちょっと 見えないね53年に設置されて もうこういうところで家族連れで遊ぶって いう感じじゃないよ ね普通はなんかキグが出そうで怖い感じ するから ね ああ北海道にしては 珍しい完全の完全な木星の鳥ですね へえ北海道で初めて見たかも うんなんとなく鳥の形とか妙だなと思った んですけれどもおそらくこれも地元の人に よる手作りの鳥居 です綺麗だな 到着お 賽銭白鶴 丸 あああなるほど この外側の覆ってるの が雪から守るためだねこれね この ちっちゃい建物が神社の本殿ですね なるほど雪国 らしい夫だ ね よし配したの で戸村集落の奥地に行ってみますこの先は ね あの楽 か屋上があるだけなんですけど もま開拓してね根性で開拓してその後 生き延びてき たま楽農家としたは手だれの皆様の え経営する牧場エリアに行ってみ ます ああ鳥の裏側 にあ新しいと思ってこれ4 年ちょっと待てよどういう意味平成8年9 月令和4年8 月 へえ集落の皆さんの名前が書いてあるんだ ねすごい村ソでお祭りというかまこの鳥を 立てたん [音楽] ね道路沿い に注意熊に餌をあげないでという標識が出 てます ねさてこれからは木装値が所々広がるの 奥地ですまずは農業生産法人ドリーム フィルトムラウシトムラウシは廃墟など ない明るい場所なんですけれどもここに 唯一雪に押しつぶされた楽農関連の施設が ありましたというかそんなところを移す べきではないと言いますかこの会社先ほど のお店で購入したエシカ肉関連商品を作る 非常に貴重なジビエ加工会社なんです ネットショップのリンクも貼っておきます のでどうか皆さん機会があればエシカ肉を 食べてみてください 江戸シの食害とか全道的に問題になって ますし今後私は鹿肉をどんどん食べていき たいと思ってい ます途中昔ながらの楽農化の風景を見る ことができまし た意外なことにこういった昔ながらの風景 は戸村牛ではここだけです他は非常に近代 的な楽HATの光景が広がっていました この右奥には小さな発電施設があるのです が特段面白いものではないので 割愛で大原子輪開拓苦闘費なるすごい名称 の石碑がありまして当然立ち寄りました その手前戸村体験の湯なる施設ちょっと 情報が皆無なのではっきりしませんがが 営業はしていない感じでし た管理している方でしょうかねとにかく 人口密度が恐ろしく低いのでほぼ誰にも 遭遇しませ ん そしてほとんどの人が通りすぎて しまう開拓苦闘費です ねトウの最北部は上トムラウシと呼ぶん ですねそしてここに昭和35年の最盛紀に は小中学生38人がいた上牛小中学校が 存在していたのですね昭和50年平行けな 昭和40 年大原子輪開拓苦闘比だもんねどれほどの 苦労がにじみ出ている かここ に火を立てた人かな た人の名前が出てます ね いやあ後ろはどうなってん だ特に何も書いてない ね早朝とかね夕方に来たら なんかひが出そうな雰囲気 ですま出ないか な ああ素晴らしい日だね単なる開拓日じゃ ない いや感動 的さてこの先は近代的な牧場が広がる一体 ですトム牛肉牛 牧場右に従業宿者がます家具家電付きで 家賃無料です牧場作業員の年収はおよそ 400万円から500万円のようです遊ぶ ところがありませんから働いたら貯金が たまりそうですよね [音楽] そして最北部関夜牧場と東大説肉牛牧場 です木装地帯が広がっています 十勝川の最上流部を渡ります 後で左に行きますがこの先がNHKドラマ 春と夏ロケ地跡だそう ですまず関屋牧場ですト最奥地と言ったら ひたすらひび風景しか存在しないのかと 思っていましたので結構驚きました ねこの2件の牧場はですね昭和47年の 航空写真でも置と共に移っているのが確認 できますつまり戸村開拓の初期の人が区を 重ねてようやくこの規模にまで楽のを発展 近代化させてきたというますごい人たちな んです [音楽] ね関屋牧場には赤牛も降りましたです一等 だけ確認できまし たでヤギさんがいて親子の馬も降りました この区画は道路から見やすい状態となって いたので気持ちよく見学させてもらいまし た 可愛いよね馬が草をはんでいるのを見ると 僕は野菜サラダを食べたくなるんですよね いっつ もで気がつくと向こう側にトウの山が姿を 表しましたトムラウシの集落と言っても この最奥部まで来てようやく山を拝める わけですどれほど奥深い場所なのかが理解 でき ます携帯電話が接続されていません携帯 電話を忘れていませんかこの先は東大説 肉牛牧場です奥に王冠のような形をして いるのがかトウし日帰り登山でも20km 近く歩き往復10時間にも及ぶ非常に きつい山です2009年には7月なのに 停滞温症で8人が亡くなる第3時まで起き てい ます山といえばトウの南側には同じく 100名山のとかだがありまして昭和37 年に高さ1000mまで分煙を上げる大 噴火を起こしました東側の戸村牛にも大量 の火山を振らせましたこれがの人口が急速 に減った理由なんですけれどもそれでも 諦めずにトウに残った人たちが今ここに いるわけで本当にすごいと思います東大説 肉牛牧場は3台に渡って経営している牧場 だそうで今はなんと2700等もの牛が いるそうですスタッフは12名とのことで こういう人たちがいらっしゃるから俺らが 美味しく牛肉を食うことができるんですね 右の小さな建屋はスタッフの宿舎です賃料 無料年収は400万前後だと思われますで この辺りが道路の最奥部ですこの奥は牧場 本体に突入してしまいますので引き返し ます戸村牛の突き当たりまで行けて満足 ですそれにしても近代的ですし清潔ですし 本当に驚きです牛さんにストレスを与えて はいけませんから速攻で引き返します 引き返しつつドラマロケチになる場所を見 てみようと思います [音楽] [音楽] なるほどこういう場所だったのか本当 明るくて気持ちの良いところ [音楽] [音楽] もしかしたら直売所とかあるかなと思って いたんですけれども関係者以外が来訪する ことはほとんどないでしょうからまそんな ものはありませんでしたあったら1万円 ぐらい買ってたと思います いやそれにしてもねなんかマジでね感動的 な美しさだったんですよねこの 一体ではロケチに2005年にNHK8 周年記念のドラマとして全5話で放映され た作品春と夏のロケチだそうですNHK アーカイブスのリンクを貼っておきます見 たいと思うんですけれども昔のドラマは 結構しんどい話も多いのでえま遠慮しとき ましょうかね私はね [音楽] それにしても何もない本当に何もない調べ てみると2011年時点ではドラマの セットの廃墟が存在していたそうですが今 は後方もなくなって自然に帰っていました でもそんなことはね気にならないほどトム の牧場の姿に軽く感動しましたしね トムラウシを1日かけてうろうろした会が あったというかま充実した非常に良い1日 となりまし たということで今回の動画はおしまいと なりますお付き合いくださいまして ありがとうござい [音楽] ますそうだカのスペアリブは1kmネット 通販で取り寄せようかと思います今回もご 視聴ありがとうございました [音楽]
北海道のほぼ中央部、新得町の山奥、屈足のトムラウシ集落(漢字で富村牛)。離島を除くと日本で唯一の、へき地の等級が5級の小中学校が存在する場所です。よっぽど鄙びて荒れ果てた場所なのかと思って訪問したら、もう意外過ぎて軽く感動すらしました。日本は凄いな。
●トムラウシ温泉東大雪荘のレビュー動画はこちら。
●エゾシカ肉のドリームヒルトムラウシ・公式サイト
https://www.tomuraushi.jp/
●NHKアーカイブス「ハルとナツ」
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009010524_00000
●ドラマ「ハルとナツ」のロケ地を紹介したブログ記事。
http://blog.hokkaicamp.com/kenbunlog/2011/04/nhkaaaaaaaaaaaaaiaeaci.html
42件のコメント
ダムを見てるとそこから無数の手が伸びてきて引きずり込まれるような恐怖に襲われる
十勝晴れ気持ちいい~
実家が十勝川中流周辺に有ります
小さい頃十勝石が流れてきた事が有りました
上流にいつか行ってみたいと思ったのは、
60年ほど前の事 思い出したわ
車道は歩く、人は映すでやりたい放題だけど、そのおかげでロマンくすぐる光景見れました。道民ですが、道東あまり行かないので貴重な光景見れてます。
良い動画だと思うけど流石に長過ぎるよ、もう少し短く纏める努力をしてくれよ
1978年に黒岳からトムラウシに縦走し、トムラウシ山からトムラウシ温泉に下りました。
温泉からはバスで新得まで行き、ヒッチハイクで札幌へ戻りました。懐かしいですね。
毎◯w日新◯聞=◯トン◯ス◯ル局w◯長
23:57 ここは裕蜂の里というブルーベリー狩りが出来る場所ですよ!2024は営業してたはずです!
30年ほど前にバイクでトムラウシ周辺を走りました。くったり温泉レイク・インで温泉に入って人生初の豚丼を食べました。道道718号でトムラウシ温泉に立ち寄り、曙橋まで戻ってヌプントムラウシ温泉を目指しました。他にライダーが数人いて一緒に温泉に入りましたが、アブの襲撃に遭って焦りました。私はオフ車だったけど、アメリカンで来ているツワモノもいました。次の日、曙橋を起点にしてシートカチ林道~パンケニコロベツ林道を走りました。途中、長めの直線があり、振り返って北側を見るとダートの先にトムラウシ山が見えました。北電の北新得変電所の辺りに出てきて道道に合流、私のプチ冒険は終わりました。道道沿いの風景は見覚えがあり、懐かしく思いました。
本州(関東)に住んでる人間からすると北海道内陸は未知のエリアなので解説動画があるのは貴重です。当たり前だけど開拓されてちゃんとインフラがあるんですよね。
最初から🤣🤣🤣
昔の人 よくこんな山に住もうと思ったな
地元民です。始めてみました。話し方、構成、内容などすごい癒やされてます。登録します!、
長いだけのつまらない動画?なんのなんの、非常に興味深く拝見しました。ダムが怖い感じ、私も同感です・・・。
この上流で釣りをしてましたが、命の危険をうっすら感じました💦 1人はダメ!
動画ありがとうございます。
小学校の少年時代、トムラウシで過ごしました。とても懐かしかったです。少し暖かくなったら、久しぶりにトムラウシに行こうと思います。
この十勝ダムは私も41年前ほど工事に携わったなあ毎日 帯広から建築会社のバスに乗って1時間ちょっと揺られて通ったね まあ まだダブが出来上がる前 ダムのまあそこ 今はダムの底 あたりになってるのかなその辺りに良い あの 弔う市に行く道があったと言うことは確かだねダムができてからもうまあダムと並行して 弔う市の集落の方に道をつなげたということだから昔と道がちょっと高くなっているということだよね昔はダムの底の方に方から 弔う市の集落につながっていたということまぁ 実際 私が工事に行った頃をまだまだダムが完成していなかったから あのダムの下の方には道がちゃんと砂利道 がまあ ずっとあったの俺はちゃんと見ているまあその時はまだ 車が通っていたね
面白くて一気に観てしまいました。
岸辺露伴のドラマに出てきそうな雰囲気ですね。
この動画を観なければ、トムラウシなんて耳にしない地名です。
拓けてはいるけれど、そう簡単に足を踏み入れてはいけない場所って感じがします。
非常に興味深かったです。
ありがとうございます。
トムラウシ、真冬はどんな様相になるんでしょうねぇ…
時間を忘れてみいってしまうくらい楽しい動画
すごい映像。貴重な紹介動画ですね。堪能いたしました。電気は地域で発電しているそうですが、ネット(有線・5G)は通っているのでしょうか?
わああ動画ありがとうございます!昨年6月に町のレンタカー借りて走りました。「とむら」さん、温泉、ヨークシャーファーム、共同学舎…すてきな町でした!
酪農とは牛乳を生産、関谷牧場は肉牛生産の牧場。
一生行きそうもない場所に連れて行っていただきありがとうございます。YouTube ならではの動画です。
素敵な動画ありがとうございます。
前に遭難事故があったので、かなりの秘境かと思いましたが、しっかりと住民の方の生活がありますね
トムラウシ山は大雪の奥座敷という名前なので、やはり厳しい山のようには思えますが
トムラウシって富村牛って書くのか、知らんかった
トウムラシかと思っていました (´・ω・`)
北海道の地名読めないこと多いですYouTubeの旅を楽しめます。ありがとう御座います
昔トムラウシに住んでいました。大変懐かしいです。へき地なのに綺麗なのが好印象ですよね。
北海道らしい雄大な景色案内していただきありがとうございます。
先週、このダムの🅿️でカップラーメン食べました。ダム湖に神社があったんですね。行く途中オソウシ温泉♨️寄ろうと思ったら休業中。残念。Uターン(横浜から車中泊旅)
トムラウシに簡易飛行場があったのご存じでしたか?
すごい所ですね
昔トムラウシ山に大雪山の方から登山したことあり思わず見てしまいます。
成功した土地利用やね。夕張もあきらめてさっさと農地か牧畜に転換すれば良いのに(^_^;)
有難うございます
橋本奈々未「恋する文学」(北海道文化放送)の撮影舞台となったところですね
10年くらい前の作品ですが
来年あたり行ってみたいと思ってます
札幌から釣りでちょくちょく行きますが帯広から1時間くらいですし僻地っていうほどのとこじゃないですよね。30分も走れば新得町のコンビニも行けますし。土日だと登山客で結構車も多いですよ。
屈足温泉によく行った。
どんな山奥でも道が通ってて電気も来てるそ、んな国は日本にしか無い、なので害国人が日本の土地を買い漁ります
東大雪湖は現在釣りは出来るのでしょうか?
素晴らしい旅動画ですね。なぜかお勧めに出てきました。登録させていただきます。
昭和52年7月にトムラウシ村の十勝川最上流部から太平洋岸の大津までゴムボートで下りました。十勝川最上流部は原生林の中を流れる素晴らしい川でした。トムラウシ小学校の校庭でキャンプし、小学校の生徒たちと交流し、プールで泳がせてもらいました。十勝川ダムの工事は始まっていたので、その部分はゴムボートで下れませんでした。住んでいた人間ではありませんが、最近の状況を見せて頂き懐かしく思います。