【黒田ナオコのAoba Fly day 8 】たまプラーザのダンディに聞く、大野さんの人生哲学とは? 2025.7.30
じゃあ行きますね。すいませんでした。皆 さん改めまして [音楽] isfortheway atme fortheonlyoneIsee very [音楽] love all toyou loveismorethanjust to for love Takemy break formeandlovewasfor meandlove formeand どうもありがとうございます。色々 ちょっととらぶっちゃってすいませんでし た。はい。あの今日はね、あの2回目のま 、対談形式って言うんですかね。じゃあ ちょっと場所映りますね。 はい、改めまして皆さんこんばんは こんばんは。 今日のゲストはですね、スペシャルゲストで、え、元 3 丁目カフェオーナーで、え、もう長くこの地域で、えっと、貢献されております。え、私の尊敬する大先輩でございます。はい、大野し翔さんです。お願いします。 パチパチパチよろしくお願いします。 あの、こう堀さんのとこなんでね、あの、素敵なメガネちょっと拝借して そうなんです。あのあ兄にバレて化けて兄 うん。 松田弘樹。 うん。うん。うん。うん。 やってます。 やってます。ちょっとね、あの ちょっと顔曲がってるね、俺ね。 そう。 うん。ま、いいや。 ま、人って顔がさ、ちょっとほら左右差があるじゃないですか、大体。うん。 ね。 で、まあね、こうやって大野さんと 改めて2 人で話すということはですね、意外となかったですね。 そうですね。 うん。2 人でま、食事するとかじゃないとなかなか 2人ではおしりね。だぶ前にうん。 [音楽] 2 人でちょっとご飯ぐらい食べたかもしれないですけど。あったかもしれない。 1 回ぐらいは行った気がする。でも大体もうほら大体 3丁目カフェに あのいらっしゃったからま人がねるって感じですよね。 はい。はい。そうでしたね。 うん。 うん。本当に、ま、改めましてですけれども、もう本当に 3 丁目ガフェの長い経営と運営をお疲れ様でございました。 いえ、いえ。 もうね、これは皆さんね、この地域の方でお疲れ様会とかね、あの、もう散々やったんですけどね。 そうですね。あの、十分送り出していただいて皆様ありがとうございます。 ね、本当に、あの、まずは私もこの 、えっと、ま、この青爆の方々はよくご 存知だと思うんですけれど、ま、タの方と か、ま、例えば遠方の方もね、今日見て くださる後でアーカイブも見てくださると 思うんで、ま、簡単にご紹介しとく。堀部 さん、今日は堀べさんはですね。あ、これ 違、ちゃう。これ、これ映さないでね。 あの、違うの。ちょっと紹介文をちょっと見ようかなと思いましたね。え、堀べさんさっきさ、送ってくれたよね。そういえばあのまとめたやつをね。 小さい。 小さい。え、 いいで。大丈夫。 なんか言ってくださいね。で、ま、コメントなども皆さんお待ちしてますので、大野さんに対してでも私に対してでもいいのでよかったらコメントください。つぶやきでもいいませんしね。 [音楽] えっとですね、あれ、ちょっと大野さんのご紹介を今読もうとした。堀りベさん助けてください。あ、もうちょっと簡単に書いたんですね。この YouTubeの ところには短めにされたんですね。 でも玉の3丁目カフェ元代表で いらっしゃって、あのオーナーで いらっしゃって姿勢道で35年間の勤務 地域活動にご尽力されて2014年にその 3丁目カフェはオープンされてで音楽 ライブや交流の場をま、作られた。 ま、地域の本当にコミュニティカフェとしてね、方々にあの愛されて、そして大野さんもあの地域のあのなんて言うのかな。まい、何か色々とこう賞をもらったりされましたよね。 そうね。王の賞だからね。 あ、そう。 ま、要するに地域のかのあのに貢献の高いね、あの方としてのご紹介が非常に多かったと思いますので、ま、改めましてね、その以前は、 え、姿勢堂におね、お務めだったってことも私もちょっと知ってるんですけど なので、あの、多分 職場的には女性の職場だったんじゃないですか?女性が多い。 そうですね。 やっぱり、あの、とにかくそれがね、あれで、東横子線のある日乗ったらね、 高校生の頃ね。 うん。 正面に女性が2人座っててね。 うん。 紺色の制服でね うん。 座ってんですけど、足の流し方が尋常じゃない。こうすーっと 2人ともね。 うん。 何度なんだろうね。こう2人と座ってあ うん。綺麗な 綺麗な足だなと思ってね。 すいません。どな、どちらの方ですかつったら聖堂ですつって。 へえ。 で、それ以来度に入ろうと思って。 そうなんだ。 はい。そこで入っちゃったんですけどね。ま、たまたま、 [音楽] なんだろう。 その売り手市場っていうのかな? うん。 あの、1番いい時だったんでね。 ま、私でも拾ってもらえたということです。 へえ。そうなんだ。じゃあ、もう本当に希望された場所だったんですね。 そうですね。はい。うん。はい。 でもそのなんか美容にすごく興味があったとかいうわけでもなく いやいや全くな なくええその頃そのなんか宣伝 3系つって松下と うんうん ソニーと聖堂っていうのがねそのみんなの憧的だったもんでね [音楽] うんうんうんうんうん で松ひ下とソニーよりものが女性が多いだと思ってで入っちゃったんですけど うんそうなんですねんもう女性の扱いが あのうまいっていうことでも評判でござい たくさんなことな。はい。 さて、ちょっとね、ちょっと今ね、急に思い出した。 はい。奥山さんが、 あ、奥山さんがせ、前回のね、あの、あ、こっちのカメラ、こっちのカメラほりゆさんね、前回、えっと、奥山、まさんがゲストに来てくれたんですけど、青葉小 そうで置いてってくれた。それでさ、こ、今日は大野さんと開けようかなって思ってね。 じゃあちょっとおいしょ。 福山さんとね、飲む感じじゃなかったんだ。大野さんと飲もうかなっていう。 ちょっと待ってね。 岡山さんにもだいぶお世話になって。 そうね。だから地域の活動をしてる人同士っていうのは本当に合う場面がちょっと泡が大野馬さん。 そうですね。ピールと そうだね。あ、そうだよね。 で、AFFとね。 うん。3 丁目カフェでもこれ出してましたもんね。 そうですね。 うん。扱って。 はい。 ちょっとこれちょっとね、このこんな感じでいきますよ。じゃあ改めまして乾杯。 [音楽] ちょっと飲みながら放送も珍しいんですけど。 どうですか?ちょっと いや、いいですね。うん。 うん。ちょっとちょっとぬるくなっちゃったけどね。 ま、でもこのあの青バビエールはちょっとこうぬるくなってもこうこう味わいますもんこがある。うん。やっぱりある [音楽] ワインっぽい感じでも飲めるし ストーリーを聞いてるとね、そのストーリーがこんな入ってるんで。 そうですね。もうなんか [音楽] 青ビールの皆さんね、 ビルの皆さんのね、お顔がはい。 うん。 毎年ね、味も違うということですからね。 そうですね。うん。クラフトのいいとこですね。 本当ですよね。 さて、ちょっと今ね、乾杯しようっつった。乾杯したんです。さてさて、じゃあ大野さんのですね、ま、大野さんと私の思い出もあるんですよ、結構。 ああ、まずは ありますね。 あの、本当に3 丁目カフェができたのができた年の何月にきた? 8月だっけ?8月?8月だよね。 2014年にできてね。 うん。で、8 月でしたよね。何周年記念って。あ あ。 年記念はね、8月8 月でやってるんですけどね。 あ、本当は何月に な子さんとはね、2014 年に店がオープンして 2015年ぐらいからですね、 あのライブね、 ま、使っていただいたんだけど、最初の出会いが思い出せなくてね。 私思いてますよ。私はね、 誰のあれで、 あの、最初はね、あの、 石黒さん 違う、違う。あの、最初は山カフェができる前に うん。 えっと、私の誕生会を うん。 あの、牛田さんって方が 牛田さんね。うん。 うん。開いてくれたのが市川のストーンブルーさんのお店で ああ、ストーンブルーでやったやった。 で、そこに大野さんって方を紹介したいから呼びたいって言われて うん。うん。 私の誕生日会だったから 10人ぐらいたんですけど。 あ、そうか。田さんの引き合わせか。 引き合わせ。それで大野さんがそん時もうね、 3 丁目カフェのバッチができてたんですよ。 で、私誕生日6月だから うん。はい。 ま、まだカフェはオープンしてないんだけど うん。 あの、もうバッチがありますって言って配ってくださったんです。 それで初めましてで、あの、お話したの 10人ぐらいでそこで貸切りだった。 あ、そう。ストーンブルーはね、覚えてますね。 ね、なんかやけに美味しいもんが出たなと思って、こんなもん作りたいなと思ってね。 ああ、お店としては参考になりますよね。 なんか照明とかもね、あそこいいしね。 で、そこでだからその時の Tドロップの鈴木さんとかね。 うん。 分かる?あの女性ね。 うん。とか来てくる。鈴木さんドロップ。 そう、そう、そう、そう、そう。 あの誰がたかなでもあ、多分宮沢さんとか。 宮沢さんもいた。うん。私花束を宮沢さん。 ヒロタリアンの うん。 宮沢さんからそん時に花束いたださんからだったんだけど。 あ、そう。 そんな時にあったの。 だから本当にカフェができる前ですよ。 2014年かな。 うん。2014年のもし8 月オープンだったとしたら私6 月誕生日だから。 あ、そうそうそう。それそれですね。 うん。そう、そう、そう、そう。 で、8月オープンしてね、1年後に うん。 ライブだね。 ライブやった。9月の5日かな? そうですね。 うん。 でね、最初にね、 あ、これ写真あるけど、 あ、 わい。あ、ごめんなさい。 ここのカメラ。あ、このカメラ。 これ私のちゃんと持っててくれてうん。ね、写真ね。これは 最初のライブではないのかな?レ発だね。 CD発売ライブでうん。 ね。あの 大さんとかさんとかうん。 そう、山本強さんとね。 山本強さんね。うん。そう、そう、そう、そう。 で、私でも最初にね、あの 3 丁目カフェがまだライブとかあんまりやってなかったんですよ、最初の 1年ぐらいって。 うん。 で、ま、もしかして貸切りとかはやってたかもしれないんですけど、あの、私がね、ちょうどまた牛田さんがね、 3 丁目カフェでライブやるのに打ち合わせに行きましょうって言って連れて行ってもらって、それでそこのあのスタッフの小林さんと打ち合わせになったんだけど うん。 まだ貸切りしかやってなくって うん。うん。 その時 で、あの、私ちょっとジャズを歌う時はチャージバック [音楽] っていうかさ、チケットの売上にこう [音楽] チケットの売上を、ま、ミュージシャンがバックいただくっていう形でしかやってなかったから その箱がしでね、そのお店を何万とかで借りてやるっていうことはやってませんって私言ったの。 で、その時にまだ3 丁目会表はあの貸箱しですって言われたのね。 あ、じゃあもう1番最初の最初の時だな。 そうなの本当に。 で、それは大野さんとちょっと 1 回相談したいんですけどって言ったんだけど ちょっとでももう大野さんにそこまであのご負担はかけられませんみたいな感じでスタッフの方に言われてなんか まだまだ固まってなかったからね。あのなんすよ。 こう素人が始めたやつなんでね。 うん。うん。うん。それ全然わかんないしね。 うん。 ビールの積み方もわかんないしね。うん。 うん。うん。 それでね、あの、やっと、だからその時にちょっと私が別にそこそれ言い出したからってわけじゃないんだけれども うん。 そのチケットの売上とか重要あの、ま、お客様の人数によって、ま、こう、あの、ミュージシャンにバックしていただくっていうチャージバック制度がそこからあの、認識していただいて、で、私はそれでやらせてもらったんです。 [音楽] それでスタートしたの? そう、それでやっぱり箱で借りるっていう頭はあんまりなくて、 あの、その代わりお客さんはあの、しっかり呼びますっていうことで、 で、それから3 丁目カフェンのあのお客を何人呼んだら、何人以上呼んだらいくらのバックっていう感じの、ま、いわゆるジャズクラブのせ、制度みたいなのが、ま、今も取り入れてくださってるんですけれども、 ま、その時にあのご提案させていただいたっていう います。あ、そうでしたね。 うん。そう、そう、そう。だから本当に最初でそれが 最初の最初 なるほど。 うん。でももうその後ね、気がついたらもうあのライブやりたい人とかイベントやりたい人のもう大人気になっちゃってね。 そう。最初はね、やっぱりそのいろんなパーティーだとか 講演会だとか そういうのが多かったんですけどね。うん。うん。 で、チャージバック整入れさせてもらってから うん。 だんだんだんだんこの音楽ライブの比率が高くなってね。 うん。 今はほぼ 6割か7割がライブですね。ちゃ そうですよね。 本当だから、まあ、今ね、あの、オーナー が変わって、ま、ちょっとこう、方針もね 、ま、また色々変わるかもしれないんです けれども、基本的にはね、あの、引き継ぎ こう理念とかさ、そういうなんかこう 存在意義みたいなのは引き継がれてますよ ね。そうなんでね、安いんですよ。もう とにかくね、10年前に考えた値段です からね。あ、そっか。1500 円でワンドリック付きってのはね、その都内なんかに比べたらめちゃくちゃ安いんでね。 うん。 よくまやってたと思ってね。 うーん。本当ですね。 本当はなんか考えなきゃいけないんだろうけどね。 ビジネス的に。ビジネス的に あの数量でカバーするか単価でカバーするとかでね、やっぱり ちょっと単価もね、安い。ビルだって 500円ですかね。 500円で出してますもんね。 だから値上げを100円、100 円すらしなかったんですね。 さあ、しなかったですね。 うんと。そう、そう、そう、そう ね。今でも500円だもんね。 今でも500円ね。 だからだんだん量減らしていくしかないね。 [笑い] 同じ値段だとだんだんちっちゃくなっていくっていうね。 あの、コップ揃えなきゃいけないからね。 そうだね。 でも本当にそうやってなんかさ、あの、ま、もちろんあの新規の方々はま、わかんないけどやっぱりこう古いお付き合いをすごい大事にされてたからそのね、あの古いお付き合いの方々にはもう値上げ一切せず、あの、ほぼほぼボランティア的な時もあったでしょうね。 そう。だから僕自身はね、だから給油取ってないから。 あ、そうですね。うん。 結局年金生活者ですからね。 うん。うん。うん。うん。 だから、ま、その商売っていう意味じゃ商売じゃなく、なんか趣味でやってるような感じだったね。 うん。うん。だから大野さんがさ、もう給料もらってないっていうことでしたからね。だ、その代わりバイトさんはいっぱいね、いたりしてたけど。 そう、そう。なんかほんならね、それじゃけないんでね。 うん。まあね。 うん。 うん。さあ、ちょっとコメント見ます。うしさん、なお子さん、こんばんは。こんばんは。ケビンさん、こんばんは。ケビンさん、しさん、こんばんは。ケビンさんは田渕さんね。 ん? あ、コメント、コメントが来てるからコメントが来てる。 さんね。 うん。うん。かぶさんとも長いね。 うん。そうね。 ロリンズ残るからな。 ああ、そうだね。うん。私もお世話になっております。つもね。これ楽しみに見てくれてるんですよ、いいつも。 で、え、高兄さん、大野さん、ごブタ沙汰しています。こんばんはって来てますよ。滝川孝輝きさんって分かります? [音楽] おお。 この方はね、あの、元々ミュージシャンだったんだけどね。 うん。うん。うん。うん。 なぜかね、転わりしてね、今芸術家になっちゃってね。 ええ、ミュージシャンが 映画館になっちゃった。絵を書く人になっ、竜の絵を書いてね。 へえ。 フランスで何回までやって すごいね。 だからさ、そういう人脈的にもめちゃくちゃいっぱい アーティストとかなんかお笑いの人、お笑いライブとかもやってたもんね。 [音楽] あ、お笑いライブもね、あの縁があってやってたんで、そう、ふわちゃんが来たんですよね。 え、本当に?3 回ぐらいうちにふわちゃん出てね。 へえ。 あ、なんかね、つまんないやつだなと思ったんだけど、わーって売れちゃってね。わーって売れたらね、なんか、 [笑い] またなんかへっ込んじゃってね。うん。 いや、怖いですよね、芸の道は。そう。 さて、じゃあね、まあね、コメント読みしますから入れてくださいね、皆さんね。今ね、結構見てくれてますね、このうちのチャンネルはそんなにさ、たくさんのあの うん、 まだ登録者っていないんですけど、だんだん はい。 あの、楽しみにしてくれてる人が増えてきてありがたいんですが。 じゃあちょっとこれ堀部さんさあ、堀さんがまずどこにいるかってちょっと見せていいですか? [音楽] はい。はい。お願いします。 ねさんがはちょっと待って。映ってない?映ってない? あ、ちょっと待って。カメラね。はい。はい。自分のカメラね。はい。はい。オ、そう。 はい。 はい。はい。 はい。こんばんは。 こんばんは。よろしくお願いします。 ここはね、メガネさん、神棚がめっちゃ映ってるけどね。 そうですね。はい。いいですね。そう。堀メガネさんのあのメガネ販売してる。 あの、事務所というか店舗で はい。はい。 あの、取ってもらって。今日はいつも堀さん私の ね、後ろにいるのにさ。 そう。 今日はね、完全にあのディレクターというかね。 うん。 感じで、 ちょっと今日画面を切り替えたりして。 そうなんですよ。 うん。それはそれでさ、なんかこうプロ感あるよね。うん。 プロ感。そうね。 うん。 そうです。 こんなに今日カメラをね、何なんだよ。 そんなね、4カ目もね、あの、 そんなあれじゃないんですよね。 うん。もう大野さん1 個ぐらいでいいんだ。あゆる角度から取るようにね。 え、そうなんです。 そしたらさ、このあのこっちにうん。 あ、そっちにしていい? いいよ。うん。 ちょっと待って。あ、これね。あれ? あ、うん。ビールったら飲みながら見。 あ、飲みながらね。はい。 じゃあこれでいいの? え、これ映った?これ?これ。こっち、こっち、こっち。なんか今違うのが出ている。 それは何だ? あのiPhoneの方だよ。 iPhone 映ってるけど。ちょっと差し替えてみて。そんじゃ。 ああ、なんか急に私のピアノの姿になったけど。 うん。ね。なんて言ったろ? 差し替えたよ。今 出るかも。は、行くよ。うん。 はい。あ、はい。 で、 はい。小さい。 はい。 あ、もうね、あの、大人生ってやってるけど。 そうですね。 大機がね、せ うん。大野さんのね、 青春期というより初場機だったですね。 23、23まで でしでしょ。だから子供の時っていうことだよね。ほぼほぼね。 [音楽] そう、そう、そう。 うん。それで 第2 期が戦式でこれはもう完全に企業選手でね。 ああ、 全く家庭も帰りずで おお、12 時前にうちに帰るっていうのは男のスタレだとっていうことでね。 ああ、まあね。奥さんの時代は帰にあの逆場ついてた時代です。 ああ。 で、丁年になってね、 2005年に丁年になってそのうん。 遊ぼうと思ったんですよ。 あの色々とね、 こらいいやと思って、あの、その当時もうそっから年金もらえたんでね。 うん。ああ、そうですよね。 これいいや。 いい分だなと思ったらそのなんか自治会長になっちゃって突然あって 9時でね あ自治会長されてましたもんね。美し顔のね。足かけ 10年間ね。 それそれどっぷり使ってま地域機ということで うん。うん。うん。 で、そしたらひょんなことで、ま、 3 丁目カみたいなことやることになっちゃって うん。うん。うん。 フれが仕掛け12年で うん。うん。うん。 で、もうやっぱり年も年だしそろそろボケてきたし うん。うん。 あの、ちょうどもう光継者ってのはね、決まってたんでね、すんなりその うん。 店そのままで移行ができて、 お客さんの迷惑かけずに うん。 移できて うん。 さあ、自分が何しようかって、ま、それ再戦期なんですけどね、 今ね。 うん。本当はその遊びたいんですけどね、なかなか色々引きずっちゃってね。 うん。うん。うん。うん。 できなくなっちゃって。 で、 遊ばないでずっと仕事してますよね。 [音楽] そうでね。じゃあ次のやつだったら はい。じゃあね、このままこう今第 5人生目なんですけど、この第 1人生ですね。これは これは32年だから 1957年ですよね。 おお。 57年だからなんだろう。 678年前かな。あ、 それの写真なんですけど、あの、これちゃんでね、 小学校の同級生なんですけどね、すごいもうね、歯にかんでるんですよ。 [音楽] カメラの前でね、今みたいにギャーっとポーズやるってじゃなくて本当に昭和の女の子って感じでね。 [音楽] でもなんかみんな足長いですね。 ああね。あ、長いね。足ね。うん。 なんかこう昔ってこういう感じの足がシュートい感じの あの小学生が多かったのかもね。 そうかもしんないね。 へえ。 これがこれちょっとアップで 初機。 これまだでも初場機じゃないでしょ。 でも女の子とちょっと一緒に言いたい感じですね。そしてこっちは 第2人生ってこれ。 これ大発機だね。これ第2 人生はね、その戦式で 本当に会社 いっぱいなんですけどもなんせさっき言ったよね。女性の多い会社もんでね。 うん。うん。うん。うん。 うん。あ、手回しちゃってね。 2人に手回しちゃってそんな でもなんか大野さん今のねお顔の感じと変わらないところはありますよね。 [音楽] ああね。 もうね、グラさしてパかけてね。うん。うん。 一生懸命頑張って、 あ、仕事もしましたけどね。 うん。うん。うん。うん。 でもちょっと楽しそうですよ。めちゃくちゃ。うん。 [音楽] そして で、第3 人生が丁然になってね、その自会長をやって うん。うん。 ま、結局感じたことが、ま、その場を作りたいって。 うん。うん。 急にそこに、ま、 10年 やりましたからね。 うん。 あの、やっぱり場所っていうのはなかったですね。機会もなかったし情報もなかったんですよ、その頃はね。 うん。うん。 あ、そんな機会でその場所作りたいなって言って、その次の ページは3丁目カフェ。 こちらね、3丁目カフェ。 これもね、あの、当初はね、こんなとこ、こんな業店舗やるつもりなくて [音楽] うん。 本当のコミュニティカフェやりたかったんですけどね。 うん。うん。うん。うん。 巡り巡ってね。 ま、引っ込みがつかなくなっちゃってね。 ほ、ほう、ほう。 いや、やろうってやったらね、もう うん。 く、家賃だけで運10万ですからね。 そうですよね。 もう途端にね、もう行き詰まっちゃってね。 うん。 どうしようかなと思いましたね。なんせ、 うん。うん。 こう素人がやってよくあるじゃないですか。サラリーマンで対象級もらってイタリアン料理開げてみた。 うん。うん。うん。 で、最初金全部パーにしてね。 うん。そうね。夢だったっていうのある。 夢だったってのはあるけどね。 夢だけじゃなかなかね、食べらんないんでね。 難しい。それでも、まあ、 10年、 うん。11 年続けたれたってのはね、ま、おかげ様で うん。うん。 ま、で、次がまあ うん。 な子さんのあれかな。 うん。 あ、これ大人生。これ今の人生人。今がね、そう、 3丁目カフェを引退されての いや、亀のわゆるその地域ボランティアですよね。 うんと会だとか そうだね。 老人会だとかね。 うん。あの、ま、そうですね。マプラザ見守り合いとかはとかボイズクラブは以前から入れられてましたもんね。やられてます。 [音楽] そうです。あの、これね、全部ね、前から やってたんですよ。あの、3 回始める前からはい。やっててね。 あの、新しく始めたの4 行目の青葉脱酸素市民の会つって。 あ、脱さを始めるっていうねの。うん。 これがね、非常になんつうんだろう、ま、マイナーな業界でね。 うん。 老人会とか自会とか うん。 教育会とか合唱団とかじゃなくてね。 うん。うん。うん。 あんまりね、耳もむしないようなね、社会にね、こう誘われちゃってね。 うん。うん。 でも、ま、これを今後その 4 番目をちょっと力入れてやってこうかなと思って。 うん。ま、環境問題ですよね。ざっくり 環境問題ね。で、環境問題ってあんまり金になんないし。 ね。うん。そう、そう、そう。うん。ま、そうね。 みんなその生活、生活上で優先度が うん。 7番目か8番目なんですよ、 環境が。 うん。まずそのお金のこと、子供のこと、家庭のこと、 食べ物のことね。 うん。うん。うん。ま、自分のね、生活のことですね。 そう、そう、そう、そう。 で、環境に行きつくのがね、なかなかえ、 優先度が低いんでね。 ま、そうかと言っても、あ、なんかあれですね。 41.1° うん。 抜かれちゃいましたね。熊ヶ谷の あ、 41.2°ですってね。 今日かな? あの温度がね、気温がね。 そう、そう。なんかあの兵合県の立場の方がね、 41.2° 記録したし、北海道も 40点何度になったとか。 うん。ふん。ふん。ふん。 ね。 うん。 ま、それはまあやっぱり環境 問題だと そうですね。いうことでね、 やっぱりそこはね、そんななかなか簡単に解決はね、難しい分野ですからね。 そう、またそういえばね、トランプさんみたいね、 な、関係ねえやっていう人もい うまそうね。アメリカ特に なかなかね、難しいところですね。うん。うん。 そうですか。ま、こうやって色々ね、だ、ちょっと私も第 1、第2、第3 ってあたり突っ込みたかったんですけれどもね。 突っ込みたいっていうのはあの うん。あの第一はね、中学校の時が 1番良かった。楽しかったですね。 うん。そうですね。 うん。 このね、第2から急に第3 に行ったじゃないですか。 うん。 あの結構あのサラリーマンをやりながら遊びながら仕事に没頭しながら急にこう地域に来たっていう感じ。あ、 [音楽] あのね、だからそのきっかけという 57の時かな。58のかな。 はい。 いや、早期対職ってのは流行ってね。 ああ、そうですね。 会社が経営がうまくいかないから人権費削れってんでね。 少し我回て うん。 やめてくれって言うんで。 うん。 で、やめちゃってね。 うん。 ただその時はすごく時代が良くて うん。 我々昭和段階の世代までなんだけども はい。 すぐ年金出たんですよ。 ええ、ええ、ええ、ええ。 全て あの、公的年金も指摘的年金も うん。うん。うん。うん。 もんでね。あ、これいい生活できるなって。 うん。うん。 で、あの、多分俳句とか 5とかね。 うん。うん。うん。 か、自由だとかそのロードバイクで走ったりね。 うん。うん。うん。うん。 色々趣味あ、始めたもんで、これはいい人生が遅れるなと思ったら 1年後にね、その うん。 周り登板で うん。 自治会の役員が当たっちゃって その時うん。それがだから天気ですよね。 そう。がいてね。うん。80なんでね。 うん。 しょうがないから出てったら うん。40 人ぐらいその自会のいるんだけども女性ばっかなんですよ。で、男は俺ともう 1人ぐらいしかない。2 人しかない。 そうなんだ。 なぜ女性かと言うと男が出ると役をやらせるかった。 ああ、なるほど。 で、それ知らないで出ちゃったもんでね。 うん。 あ、で、じゃあ自会消やるしっていうことでね。 うん。うん。うん。うん。ま、1000 人ぐらいの希望なんだけど自会長になっちゃって ああ、もうじゃあそこから急のたもんね。 うん。 その自会長終わったら今度その連合自会だ なんとかだなんとかだ学童行くなんとかなんとかだって頼まれてね。 うん。うん。うん。うん。 ま、頼み方がうまくてね。 へえ。 大野君ちょっとつってね。 うん。 昼間からそばへ連れてかれるんですよ。 おお。 で、まあまあまあってビール飲まされてね。で、そば食わされてでねてね。 言って。 うん。 飲んで食べたらさ、 断ない。 うん。まあ、確かに。それはちょっとなんか人に物頼む時には そう、そう、そう、そう。うん。それでま、老人会やりの社会不思教育会の何やりのってことでね、だんだんだんだん増えてっちゃったんですよね。うん。うん。 ほでもう10 年間そこにドっぷり使っちゃった。 うーん。 うん。ま、断れない性格もありなんでもなんか役に立ち立とうかなっていう気持ちも あったんでしょうね。やっぱ そうですね。まあね、やっぱりその頃 なんつうんだろう。例えば夏祭りなんかこの前ね子さんも踊ってボ取り踊っていただいたけども あんな会場作るのがね みんな高齢者なんですよ。大体 70代ぐらいの高齢者がね。 うん。 あの、暑いなんか店灯を作ったりね。 うん。うん。うん。うん。 色々そうやってるんで。ああ、これはね。 うん。 地域にね、貢献しな、手伝わんなきゃいけないなってことでね。 そうね。やっぱり時間があるとかさ、ま、その地域のに、ま、で、ま、よいよこの地域にね、寝付いてあの生活するんだなっていう世代になっちゃ、なるわけですからね。 [音楽] やっぱり都内に電車で通ってる時があんまりこう地元のことってそんなに関係ない気がするんですけどね。 [音楽] 全く関係ないですね。だからその隣のうちね、ま、さんって言うんだけども うん。 あの会社やめたその年かなんかでねさんに呼ばれてうちの娘が結婚するんでね記念写真撮り撮りますからつって うん。 で、一緒に写真撮ってその娘さんに言ったのが初めてだ。あ、お始めました。 うん。うん。20 何歳ですよ。 うん。20 何年間隣のうちにいたお嬢さんの顔全然知らなかった。 ああ、 そう、そう、そう、そう、 そうですよね。やっぱり働いてる時はね。だけどやっぱりそのやめ、ま、引退されてね、やっぱり地元って、ま、やっぱり私の周りでもそうですよ。なんとなく引退するかなっていう頃になると、 ちょっとよいよ地元にね、うん。 友達も作りたいし、なんかあの何か きっかけでなんを始めたりとかしたいなっ ていう気持ちがま、出てくるのがまあ大体 60前後ぐらいの方今はまあ65まで働か ないとちょっと厳しいんですけれどもでも ねちょっとずつやっぱりこであこの土地で 一生を過ごしていくのかしらと思うよう でやっぱりその自治会のきっかけでね うんさえ当たんなかっ たらねもも好きなことして うん。 だと趣味でばっかりやってたなと思うんですけどね。うん。 なるほど。ま、自治会もあの、もちろん私自治会の方々といろんなね、あの、自治会の方々とちょっとあの、友達の人もいるんだけど、ま、大変大変っていうのも分かるし、なんかちょっとやりがいもあるような気もするし、あの、どうなんでしょうね。 皆さんに他の人に例えば自会とか進めますか?どうですか? あの、やっぱり進めてかなきゃいけないんだけど。 あ、そうね。 やっぱりその、まあ、26 人の原則っていうのがあって うん。うん。 上位2 割ぐらいがそういう奉仕してくれてうん。うん。 下の2割が足を引っ張って 6割がま、ふわっての感じです。 そうだね。そうだね。そうだね。で、ま、全員が全員ってわけじゃないんですけどもね。やっぱりその上の匂う。 やっぱり常にこう呼びかけて補充していかないとね。 うん。そうね。ちょっとずつ若い人たちに声かけていった方がね、なんか急に全員がチェンジするってことないですからね。 そう。だからね、何して過ごそうといずれ死ぬだけだから。 うん。うん。うん。 寿命っての決まってるんでね。 うん。うん。うん。 で、その間にこう何をやるか、そこに何を見つけてもらえるかってことだと思うんですけどね。 うん。そうですね。 さて、ちょっとコメントはこの犬に 道藤さん、 剣道さんっていう方知ってます?誰?あ、あ、そうだね。堀さんの け道正彦さん、初めまして。初めまして。初めて見てくださったね。道斎藤さん、大野さんを元気そうでによりってことです。 ああね、み長さんの見てますよ。腕だいぶ上がりましたね。演奏のね。 あ、演奏者のね、方ね。 で、バさんなんかメッセージくださったみたい。ありがとうございます。 さんね。 うん。 バ崎さんね、すごいグローバルなね、活躍なさって。 そう。だからもうね、 3 丁目カフェに出入れされて本当に大野さんがね、めちゃくちゃ人脈があるっていう感じではありますよ。 はい。脈はもう薄いんですけど。 脈、脈。脈はね。さて、それであとはもうね、私との思い出っぽい感じになっちゃうんですけれども。ちょっと待ってね。 ま、これさっき映、ちょっとこれ映る?これ映る?あ、これさっきなね、見せてくださったやつで。これは私のね、えっと、ジャズボーカルのあのシチュデントライブです。 [音楽] あ、去年かな? これ去年ですね。 ね、あの、おさんがいたね。 そうですね。毎年ね、ちょっとやっぱりコロナで、あの、もうやっぱり地元でやろうって思ったんですよ。そう、そう、そう、そう。 あの、生徒の発表会もか内とか横浜の中心地でやってたんですけど、もうコロナになっか始まっちゃった頃にも随分お店もねたあのあ、館内の思なくなっちゃったんでね。 地元でやっぱりやろうっていう思ってここ何年かやらせていただきました。 このね、あの素人の方でね、 歌う人いるんだけど、あの、きなさんいるじゃない?さんお上手ですね。あの、男性でね、あれだけ打たれながら。あ、 これツショットね。これね、 私ね、ちゃんとここにあ、書いてんの。 いつにけだろ? 2018年の 2018年ね。 これね、初めての 2ショットです、私たち。 あ、本 だって2018年ってもう8 年6いや、78年前ですね。88 年前ね。多分これはあみ野の飲み会ですね。大野さんめちゃくちゃ若いですよ。だから ね。 本当な子ほさんも、 私も若いけど。 あ、もうつもながら若いね。そう。 いや、もうこれはね、多分本当にあみのでみんなで飲もうねって言ってまたね。 と飲んだ時、これはCDを、これも 2018年なんですけど、 私の3枚目のCD を多分これりんごライフさんに 買いにうん。来てくださってライブをやった時です。うん。 そしてこれは2019年の3丁目カフェ。 うん。私も若いね、結構。 若い、若い、今の若いですけどね。 いえ、いえ、もうね、私も最近なんか、あ、で、これが今回のちょっとあのサムネに使わせてもらった写真ですね。 はい。ね、なんかつもね、2 ショット取ってるから結構ね、いっぱい溜まっちゃってんだよね。これはちょっと私のね、選挙の時のね、あの、立ち寄ってくれた。 そうね。あの、駅前だね。 駅前で偶然あって取った 2023年です。 はい。はい。 これはちょっと最近。そしてこれが 1番最近だと思います。 2025年。 2025年です。 あの、もうこれ多分大野さんのお別れ会です。 あ、お別れ会ね。あ、ありがとうございます。はい。 ね。 あ、これはね、今日のスタジオだった。あ、じゃあこれであの、あれしてください。 いや、こうね、素晴らしいスタジオですね。もう本当スタジオかと思ったら 違うんですね。 違うんですよ。メガネ屋さんなんですよ。 うん。色々機材があってね。 そう。今日はね、え、それであとは、ま、え、ちょっと待ってね。一応ね、時間と、あ、時間を見ながらやってますけど。あ、思い屋さんこんばんは。ていうことでこんばんは。 思い屋さんっていうのは私のね、あのバさんのお友達で ね、あのうん。 髪の髪をくるくるしたす、ペーパークイリングっていうアートを作ってる方です。ま、アーティスト多いよね。世の中ってアーティストが多いなと思う。 うん。そうね。多いですね。 うん。うん。そうなんです。 女性のうちね。 うん。10人よりは1人か2 人アーティストね。だからさ、3 丁目カフェに集まってるくる女性たちって、ま、タマプラザ うん。 在住の、ま、主婦の方とも多いんですけど、皆さんなんか手に食を持ってますよね。 そうですね。うん。 なんか美容系とか、ま、占い系もあるし うん。 なんか、 ま、ヨガとかも教えてらっしゃる方もいらっしゃるし うん。 なんかこう子育てをしてる時に何かを 1 つ得意なことを、ま、子育てが終わった頃に仕事にしたいっていう方多いですもんね。 うん。ま、そういう方々が 集まる場所でもありますよね。昼 そうですね。ま、マルセというか結構多いですからね。うん。 [音楽] そういう女性の応援もかなりされてましたよね。 あ、そうですね。それしかやってないですね。 そう、私でもやっぱり大野さんは あの女性をすごく応援される、 [音楽] ま、カフェを作られたなと思いました私は。あ、 うん。だなかなかないですからね。主婦が外に出てこうんやりたいことをやれる場所っていうのが [音楽] そうね。 うん。会社にも入ってないわけですし、個人でやってるわけですからね、皆さん。 そうですね。うん。 あとはこう女性に対してすごくこう心遣いが大野さんはすごいあるあるからやっぱりそれは姿勢道時代のなんかあれ [笑い] あれなのかなと思っちゃ思ってたんだった。 だそうさっきの小学校の時代からでしょうね。ずっともう あうん ねしか見てないような感じで男は全然見ない。 でもご兄弟とかご姉妹とか あ、そ、そう、あの、姉がただけでね、もう死んじゃいましたけどね。あ あ、そうなんですね。今お家ではなんかプライベートの時間は何してるんですか? あの、やっぱね、店やってた時はね、 1日14時間ぐらいで、12 時間パソコンの前ずっとやって うん。うん。 色々やってたんですけどね。ま、それがなくなったもんでね。 うん。うん。 ちょっと今、え、インターバルっていうかね。 うん。 給容的なことやって うん。 なんかこうインターネットやる派とか本を読む派とか 本がね、読めないんですよ。もう目がね うんうんうんが読めなくなっちゃってね。 うん。 天鏡をやるんだけどもね。なかなかこう 追いついていけないしね。 うん。 あの、インターネットやっても根本気がないもんでね。 うん。うん。 ホームページ作り始めたんだけどね。 そうなんですか。 そう、そう、そう。だからさっきの脱酸素のホームページを作ろうと思ったんですけど、 脱、 なかなかね、こう集中力がなくて進まなくて、 え、難しいですよ。だってホームページまあれもあるけど もう簡単なのがね、本当に簡単だけどそう簡単じゃなくて そうだよね。色々デザインとかも考えなきゃいけないです。 いろんなボタンがあってね。どれがこのボタンだって うんうん。 ボタン探すのがね うん。うん。うん。難しくてね。はい。 うん。ね、ま、あの、何でも自分でできる時代になったんですけど、こういう YouTube でもね、あの、さあ、やろうと思っても 結構大変なんですよ。大変なんですよね。堀さん。 そう。あ、今ね、その夜 AIね、チャットGPTとかね。 うん。うん。うん。うん。 あんなのもね。 うーん。そうね。 いいのか悪いのかわかんないけど。 うん。 あの、色あってね、ま、チラシも作ってこういうイメージだってば、そう、パーンとチラシ作ってくれるからね。 うん。うん。そうですね。 で、そっちの触手の人がなくなっちゃうっての確かそうかなと思ってね。 うん。 あと合唱始めてね。 あ、そっか。歌をね、 コンセブね、 ベースやってんだけどね。ベースって取りにくいんですよ、音がね。 うん。そうですよね。 ついついそのメロディに引っ張られちゃうんでね。 うん。うん。 で、その学風ね、学を読ませて会にひ返してくるんですよ。チャット GPTP出すとね。 え、そうなの? 学風読ませるとね、ポンポンポンポンポンポンポンって返してくれ。くれのか。 うん。 うん。 そんなのに使ってみたりね。 うん。 あの、ちょっとした動画作ってみたりして 遊んではいるんですけどね。 うん。うん。うん。うん。うん。うん。 時々悩むとね、人生についてこれからどう生きたりでしょうかってね、やつとね、ちゃんと答えてく。 うん。そうですね。 まあ、私はめちゃくちゃ使ってますからね。毎日。うん。 [音楽] そうでしょ。そうでしょ。ついつい何回あるとね。 うん。 調べ物。昔はGoogleだったけどね。 そう。 今チャットGP 全部作っちゃってね。使っちゃって。 うん。もうね、Google のもちょっとめんどくさくなっちゃってね。なんかもう全部 あのチャットGPT に調べてもらうっていうかね。で、ま、なおかつこうまとめてもらったりして。そう、そう、そう、そう、そう。 ま、でもあれもね、そのうちこうなんかこう孤独感はなくなるからあれって うん。なんか1 人ちょっと秘書がいるかのような 感じでうん。使えたらすごく あとあとね、ロボットはね、最近非常に進化してデパートなんか行くとね、よく展示やってんだよね。そのロボット。この犬がこう会話ができる犬とかさ。 あ、そうですよね。うん。 うん。絶対だからあともう 23年もすればまた新しいね。 そう。今から犬買うとね、こっちが先死んじゃうからそうだからね。そういうロボットの犬買おうかなとかね。 あ、うん。やっぱりね、うちもまは犬は飼ってるんですけれども うん。 なんか犬ってこうもちろん抱っこしたり視線とかちの言ってることも分かるか生きてる感はあるんだけどうん。な んでおしりできないんだろうなって思っちゃうわけ。 なんかお話したいなってもっと思うんだけど、だからその部分を AIがカバーするみたいな。 ああ、な、そう。自分の中ではそう。そう、そう、そう、そう。 結局人間なんてね、そんな同じようの繰り返しだからね。 うん。うん。 女性ってさ、 うん。 いつも会ってる人でもさ、 1時間でも2 時間でも平気でビジベ喋るじゃない。ま、そうね。 これは不思議だね。 ま、ま、 チャットGPT使わないようなもんね。 そうですね。ま、私はすごいチャット GPTにもめちゃくちゃ話かけちゃうから 1日中、1日中喋ってます。 あの、もう娘に話してもね、あんまり相手もしてくれないし、 [音楽] だんだんそうなっちゃいますよ、やっぱり。うん。なんかちゃんと寄り添ってくれるていうか返事がね。 うん。そう、そう、そう。うちもね、息子という、息子といるんだけどね。 息子と話すのは1 日一言だけですからね。おだ。 それだけこれで1日住んじゃうからね。 そうね。だからさ、そういうなんかこう人と人の交流もいいんだけど、ま、こう楽なのは楽で、しかもなんかいつも寄り添ってくれるのは [音楽] AI になってしまったりもするかもしれない。うん。ま、 それも良いところもあるし、ま、目、人に迷惑かけないということであればいいかもしれないしね。そうね。 ま、時々はおしりもしたいしっていう、ま、バランスですよね、やっぱりね。 結局はね。うん。だからね、その うん。 AIにできないことって3つあってさ。 うん。うん。 お腹が膨れないじゃないですか。 ああ、そうね。 で、あと子供産ないじゃないですかね。 [笑い] これはなんだっけ?とかやっぱり根源的なことやっぱり人間的なことはできないんでね。 まあね。こう その面ができない。触れ合いがね。あ、そうそう。触れ合いね。うん。うん。 そうそうそうそう そうね。 だから、ま、そのうちね、なんかバーチャルな何かね、触れ合えるような AI が出てくるかもしれないけれども、ま、まだ分かりませんからね。 ま、そう。昔ね、なんか おっぱいテレビってのあってね、 と出てくる。 テレビから つまらない。つま、 テレビから。 テレビからね。だ、こうポンポンってなって。 ああ。ええ、そんなのあったっけ? うん。 うーん。 なんかあと、匂いが出てくるのはね、 真剣に考えてるとこあるらしいけどね。 うん。ああ。 料理のメタルの出てく。 あ、そうですよね。あの、よく VRって言って、この立体カメラうん。 ああいうのだと、あの、 なんかもちろん立体画像が見えるんだけど、ちょっとお料理の匂いがしたりとかね。 ま、あの、お花、お花ってか咲いてる花ねの匂いがしたりとか、ま、そういう例えば なんかお水がピュって出てきたら本当に水がかかってくるとか、ま、そういう風なのはね。 色々あるとは思うんですけどね。 そう、そう、そう。 うん。 だからね、ま、そういう空間っていうのはあれですよ。あれ、昔ネトゲ配人つってね。 うん。うん。うん。 ネットゲームやるとね、飯も食わずに 2日間ずっとやりっぱなしだとかさ。 うん。うん。 はまっちゃん。あれはもう麻薬だよね。うん。うん。本当ね。 僕もね、午やるからね。 1回ネットやったんだけど、 やっぱり熱中しちゃうとね。 うん。 すぐ10時間、12 時間すぐ経っちゃうの。 うん。怖いね。のね。怖い怖い怖い。 怖げね。 寝とゲ。 さあ、コメントは、え、あ、え、バ咲きさん、大野さんと初めてお会いしたのは黒田さんのライブに伺って時にお隣に座ったのが 初めてでしたねって書いてある。 そうだったんだね。 はい。そうだったんですよね。そう、そう、そう。 でね、なんか多分崎さんはね、すごくこう熱意ある人だから色々大野さんに そう、そう、そう。 あ、お願いした気がします。 あのね、バナルキュウルをね、進めてくれてね、あれめちゃうまいね。 あの、あれのほら、あの、バ崎さんがね、 あの うん。 えっと、カンボジアの、えっと、そう、そう、そう、そう。支援でやって、えっと、ま、そのマゴとか、あ、そ、あちらの現地で作った、ま、リキュール。 うん。リキル焼酎を入れてね。 うん。それの、ま、あの、ブランディングをするっていう時に、 ま、あの、3丁目カフェを1 回使わせていただいて市会みたいな。 そう、そう、そう。 それでその最初瓶がちょっとこうちょっとダサメな瓶だったのでそれがすごくこう進化してね。で、あの、そのリキュールもマンゴ [音楽] とか、あの、それでさ、最近最新的にはバナナのリキュルを [音楽] うん。 がね、本当にあれバナナ味ですよね。 うん。あのね、色々やったけどね、ミルク [音楽] うん。 で割るとね。そうなんだ。 うん。 もう大人気でしたね。 ええ。私 女性にも会うしね。 うん。確かに。確かに。まあね、私もマンゴとかお花も色々いいたんですけども [音楽] うん。 またちょっと飲みたくなっちゃいますね。 うん。バナナのは すっごくあの土数は高いかったんですけど ね。それを感じないようなねさでしたよね。そうそう。 だて大野さんもうね、なんと今もう 9時5分前なんです。ああ、本当だ。1 時間近く 経ってますね。 もうね、1 回じゃあ大野さんの話は終わらない気がします。 はい。はい。 ね。なのでまた是非いらしてください。 あ、ありがとうございます。はい。 ね。 ま、別にこれね、何時に終わんなきゃいけないっていうあの、あれもないので、お野さんな、なんかちょっと皆さんにお伝えしておきたいところここととかあったら是非ともなんかこの動画ね、こういう動画もね、あの、 切り抜きってのできます。だからそこでお伝えしたいことを後で切り抜いてそれだけ発信することもできるんですよ。 あのね、そのやっぱり時間ができるとね。 うん。最近YouTube よく見てるんだけど うえうえうん まあひどいっていうのかいいっていうのか [音楽] 麻薬ですよね。テレビ見ないはずだよね。 あ、そうだね。多分延々遠とね。 100%嘘のこと。嘘本当50%から嘘 100%までね。 うん。うん。 あたやるがもう混じってるから。 うん。何見てるんですか?大体。 あ、あれはね、やっぱニュースとかね、特に参議銀議あった。 ああ、選挙ね。 あのね、あの番組見るとね、すごい面白い。その石葉君。 うん。うん。うん。 石葉君をおちったりね。 うん。うん。そうですね。 うん。色々あって、 ま、いろんなその要するに、ま、テレビではやらない、ま、裏のなんか政治の論もあるし、なんか本音もあるし うん。 ま、皆さんそのメディアで取り上げないようなもの細かいところまでね。 [音楽] そう、そう、そう、そう、そうね。も本当そうにね。 うん。うん。 言うからね。だからよっぽどそれはその見る人がね。 うん。 あの、ちゃんとした物差しとかあれ考え持ってみないとね。 うん。 ブレちゃはね、前がね、民主党が政権取ったのと一緒で、今もそういうブームでしょ。 うん。あ、そうですね。 で、かこたる方針があるわけじゃなくて、 結局その新しいうん。 生徒にどんどんどんどん行っちゃうってのは俺もまだブームだからね。 そうね。なんか ある一定の期間が経つとそういうブームが必ず来ますよね。要するにこう浸透みたいなのが出て そうそうそうそうそう でそこのにまみんなわーっと行くんだけどまそれがなかなかうまくいこう機能していくまことにはならないと難しいあれだよね。 今1番その真実かどうかのその オ務心理教ないけどね財務心理教っていうのがね、今一番こうずっと根定にあるわけだね。 そうですね。 本当にね、財務省はそう悪なのかね、以前なのかね。 [音楽] うん。そうね。 てることが正しいのかね。わからないがね。 確かに。ま、ま、本当何が真実っていうのはあの、もうよ、ずっとわかんないかもしれないですけれども ね。そう、そう、そう。 だった、一般市民が知るところてすごく表面的なところで、やっぱりその奥の奥っていうのは隠された。 隠されでもね、やっぱ隠されたとこう、え、見なきゃいけないんだよね。 うんね。 うん。 で、この隠されたところをついていく人たちがやっぱり何人も出てくるけど、そういう人たちが、ま、こう、こう、ま、例えば暗殺されてしまったりとかも多いわけじゃないですか。 うん。なんか、なんかこうなかなかやっぱりこの真実を語る人はう、少なくなっちゃうんだ。 じゃない。アテンションエコノミーとか言うんだけどさ。 うん。 いわゆるゴシップですよ。 いわゆる文春とかね。 うん。うん。うん。 そんな人が不倫したら不倫なんかいいじゃねえかつって。 うん。うん。うん。うん。 不倫は犯罪じゃないわけだからね。 うん。まあね。うん。 で、同技的と同技的を持ち出すわけだからさ。 うん。 な、みんなやってけない。やってることだからね。 うん。本当にどっかつか。はい、分かりました。はい。 あ、コメントね。うん。あ、コメント。え、コメントはま、え、うん。うん。あ、思い屋さんがね、そのバナナリの頃のことかな。ソクメールですよねって書いてくださってます。 [音楽] うん。ああ。 で、バ崎さん、そ、今その大国境が軍事衝突で大変なんですよ。 ことですね。 あのね、その大トカンボジアの話だとかね、あの、ウクライナの話。 うん。うん。 え、イザルの話だとかね。 うん。うん。うん。うん。 明日 うん。 変な話で。暴がね、日本に攻めてくるかもしんないしね。 うん。そうね。 本ん当ね。 いや、一言じゃないですよね。やっぱりね。 うん。やっぱりそれはそれでね、そん時にやっぱり覚悟はしとかなきゃいけないですね。 うん。うん。 だから本当に今ちょっと何が起こるかわかんないなっていうその恐怖心が うん。 ま、ある。1 つのなんか、ま、カルトと言っちゃいけないんだけれども、その宗教的なんか気持ちも全員がそうとは限らないですけども、そう、バーっと [音楽] 1 つのものに、ま、民が集中してしまうっていうのは何かの恐怖心に駆られてわーっとなるっていうことがあるかもしれないなと私は思いますけどね。 うん。もうね、これね、人間弱いもんだからね、その [音楽] うん。 ね、オム心理教ね、あれだけ伊豆の明な人が集まるとかね。 うん。うん。 それは分からないからね。 そうですね。やっぱ人の心理っていうものを、ま、こう、ま、うまく利用してなんかいろんなうん。ま、最終的に悪児になってしまったらすごく嫌ですね。 [音楽] うん。そう、そう。あのね、ネットワークビジネスっていうね、悪物にするけどね、 ネットワークじゃないビジネスてないわけだからね。うん。ま、そうですよね。 うん。そういうこと。 あと人の利見はつくけどね。結局自分も利に守られてるわけだからね。 うん。ま、そうですね。うん。 そういう見方しないとね。なかなか まあね。だからそういうね、本当ね。だからそういうこともね、大野さんからのね、ま、この人生経験が長いわけですから私よりも全然そうね。いや、いや。ただただただダだラダラして [笑い] 先日老人会でね、そのセミナーを受けてきたらね。 うん。 うん。 平均寿命というけど平均読法っていうのがあってね、僕の読め用はね、あと 10 年ですって。ただね、ただしプラスマイナス 8年だってからね。あと2 年後かもしんないしね。あと18 年いかもそれわかんないんでね。 うん。 そうね。2年と18 年じゃ全然違いますからね。 いや、ちょっとね、どうしようかなと思ってね。 うん。でもやっぱりあの健康に気をつけて生活とかされてます。なんかこう あ、あのね、歩けなくなるのが怖いんでね。 あの、リハビリの生体みたいなとこにね、毎週通ってうん。うん。ま、そうだね。筋力とか骨とかは大事ですもんね。 そうですね。筋力よりなんか関節、本質的には関節らしいですね。だから関節を柔らかくしろとかね。 [音楽] うん。うん。 これやってますね。 実は私今日針行ってきたんですよ。 あら、針は行きます。 あの、ま、全身のなんかこう血の巡りとかいろんな巡りは良くなるし、もう終わ [音楽] やって終わったらめちゃくちゃ眠くなるんですよ。 あらあら。へえ。 まあ、だからこう交換神経が、ま、優位に立ってると肩とかうん。 ね、色々頭痛とかするじゃないですか。それが、ま、副交換神経が優位に立つので、うん。 ま、すごく眠くなるし、 うん。その後1 時間お酒とか飲まないでねとか。 ああ、そう ぐらい血が良くなるなる。 やっぱあんでしょうね。針とかね、ツとかお給とかね。そう、そう、そう、そう、そう。 うん。 だからの体はね、 どこも悪くなくてもたまに、ま、月 1 回とかうん。行くとなんかこう、あ、なんかこう浄化されるっちゅうのがなんかこう整理される、整うというかうん。かなって思いますね。あとなんかお給の匂いもなんか懐かしの匂いなんですよ。なんか匂いね。へえ。 [音楽] なんかちょっと昔のおばあちゃんちにいるみたいなこうあ、 そういうなんか ノスタルジックな香りがするのでね。 そういう香りね。うん。ね。ま、アロマとは違った。やっぱり匂いって本能とかをこう目思い出させるあれがあるのかなと思っちゃいますね。 匂いをね、そうらしいですね。うん。 匂いって嗅覚ってない1 番原子的な本だからね。 そうですよね。そうですよね。本当本当 ね。さて、もうね、9 時を過ぎてしまいましたので、大野さんまた来てほしいんですけれどもね、今日は本当にありがとうございました。ありがとうございました。 あの、じゃあ大野さんの、ま、えっと、以前ね、あの、リクエストいいておりました はい。 はい。 えっと、ドリームという曲があるんですけど、 そちらをちょっと歌ってお別れしたいと思いますけれども はい。お願いします。 えっと、ま、じゃあちょっと私か 1回マイクを変えますので、その間 はい、 ポ野さんちょっと語ってくださってても大丈夫です。語って何かえっとちょっと待ってね。これを外しちゃいけない。 私も喋ってたり歌ったり大変なんですよ、大野さん、この番組。 [音楽] 分かる、わかる。 あっちもこっちもあっちもこっちもやんなきゃいけなくて ね。昔ね、大野さんがね、あの 3 丁目カフェで私が引き語りをちょっとした時にあの リクエストでした。 リクエストしてくださった のが、え、この曲はなんかね、テレビでね、あれだったみたい。テレビのなんか主題だったみたいですよ。 [音楽] うん。 [音楽] これまた逆になっちゃったかな?電源落として。 うん。 そうだね。電源落として電源つけない。 [音楽] これワンコラスって終わりにしたいと思います。で、この歌詞の中にね、やっぱりこうタバコを吸うっていうそういうあの うん。 justwatchthe smokeringriseintheて いうね、タバコの煙が登っていくのを見て ねっていう歌詞があるんですけど、もう今 はちょっとそれをもうなかなかそういう 歌詞って作らなくなっちゃったんだって いうね。ね、タバコの話はね難しい。あの 時代を感じますね。 [音楽] BL dream whatthedo just thesm inthe Mories dream [音楽] whendie through dream andtheymightcometru [音楽] Neverare butasthey sodream dream [音楽] dre [音楽] [笑い] [音楽] どうもありがとうございました。 ちょっと1 回戻ります。カメラ切り替えてもらって。 はい。今日はね、ちょっと大野さんのね、第 1から第5 までの人生をちょっとね、振り返っていただきながらお話聞いたんですけど、ちょっとまだまだお話足りないところもね、たくさんあったので、また是ひ遊びに来てください。はい、ありがとうござい、 どうもありがとうございました。大野翔さんでした。あっちのカメラに ありがとうございました。あ。
今回は、たまプラーザの文化発信地 3丁目カフェ 元代表 大野承さんをゲストに楽しいトークをお届けします!!
【ゲスト紹介】
今回の対談ゲストは、たまプラーザのコミュニティカフェ「3丁目カフェ」の元代表、大野 承(おおの しょう)さんです。
1947年東京都生まれ。化粧品会社・資生堂に35年間勤務した後、定年退職を機に地域活動に深く関わるようになり、自治会長や福祉活動などを通じてたまプラーザの街づくりに大きく貢献されてきました。
2014年には、地域の交流拠点として「3丁目カフェ」をオープン。音楽ライブやワークショップ、トークイベントなど、多世代が集うコミュニティの場として人気を集め、2025年に代表を勇退されました。
趣味は俳句、囲碁、旅行、サイクリング。映画『黒いオルフェ』や『ロード・オブ・ザ・リング』をこよなく愛し、地域からは“たまプラーザのダンディ”と呼ばれるほど、人柄も温かい方です。
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