【銚子の寂れゆく街並み】芸術的に寂れた街並みが凄すぎる 銚子県道254号

はい、どうもさです。本日もご視聴 いただきありがとうございます。今日も 元気に千葉から元ブログをお届けしたいと 思います。はい、ということでね、これ からね、調子に向かいたいと思います。 今回見に行くのはね、調子駅近くのさびれ た街並って言うんですかね。それをね、見 に行きたいと思います。調子という街です ね。どの辺りにあるのかと言うと、地図で 言うとこの辺りになります。千葉の最登 ですね。 年に数日行くんですけど、調子駅付近を 回ったことってのはなくて、ちょうど視聴 者さんにいい感じの場所を教えてもらった んですよ。だからそこもちょっと巡って いきたいなというところでございます。 それで地図でも見てもらった通りですね、 ト側と太平洋に囲まれた場所って言うん ですかね。そんなところなんですよ。は業 と観光業っていうのがメインかなという ところですね。で、この町はね、ト川水雲 で発展していった町なんですよ。で、水運 が盛だったということもあって、江戸時代 の頃はですね、関東一から様々なものが この調子に運ばれてきて、この調子から 全国に運ばれていったわけですね。だから 、ま、当時は水運によって相当潤った町と いうことが言えたんですが、その後ですね 、明治機になると今度鉄道が通るわけです よ。だから船と鉄道、この両方によって 調子という町はね、さらに発展するんです ね。調子で最も有名なものというのがある んですけど、それがね、醤油ですね。甘さ 醤油とひ田醤油。この2つの醤油メーカー が有名なところですね。で、調子という街 はね、一時はかなり盛り上がりを見せたん ですけれども、現在はもうだいぶさびれて しまって人口もね、どんどん少なくなって いる、減っていっているんですよ。そんな 調子のさびれゆく街並というものをね、見 に行きたいと思うんです。で、調子にはね 、誘ったんですよ。松市遊郭っていう ところがあったんですけど、そのね、有郭 後みたいなところも見たいなと思ってい ます。ま、昔から水運教で栄えていたと いうところもあって、ま、お金が唸るほど あるわけですよね。だからお金がある ところにそういったとかね、そういう大人 の車高場のようなところてできるじゃない ですか。で、この調子にもかなり大きな 誘惑があったそうです。で、その松という ところには代償合わせてなんか40件 ぐらいね、誘ったって言うんだよね。その 辺り全体で170人ぐらいの女性がね、 働いておられたということでした。で、 現在はその後っていうものもほとんどない んですけれども、その辺りに少し探ってみ たいなと思っています。それで昭和16年 頃からこの水運というものが下びになって いくわけですね。で、それとあと戦争の 影響によってその有郭というものが解体さ れるんですけれども、戦後ですね、田中と いう辺りに赤線地帯っていうのができるん ですよ。で、その赤線地帯って何かって 言うと、師匠靴ですね。師障館とか師匠靴 と言われますけれども、悲合法の有郭の ようなものですね。それができるわけです よ。で、それが1958 年の売春禁止法が施行されるまでその赤線 地帯というものが賑わっていたそうです。 うん。で、ま、現在はですね、もちろん その赤線地帯なんていうものもなくなり、 スナックとかね、お姉ちゃんと一緒にお酒 を飲むことができるお店に変わっていたり もしますね。ま、当時から続いているお店 っていうのがあるわけではないんです けれども、現在は、ま、スナック街みたい なものがあったりします。ま、先ほども 話しましたけれども、調子という町は現在 どんどん人口が少なくなっていっているん ですね。確か1995年の時点で8万人 ぐらいね、人口があったんですけれども、 2050年にはその95年の約半分ぐらい に人口が減ってしまっているのではないか と言われています。だから4万人ぐらい ですね。ま、ただですね、この調子という 町は不市長のような町と言われているん ですね。なんでそんなことが言われるよう になったのかって言うと結構面白いんです けど、このね調子という町はね、過去に 3度滅んでいるんですよ。ま、滅んでいる という言い方が適切かどうか分からない ですけども、2回の自然災害と1回の大火 によって町自体がね、なくなってしまって いるんですね。1回目が1703年の原力 地震。それでね、津波の被害を受けている んですね。で、2回目が1855 年の安性地震ですね。で、その時は地震の 影響で家が東壊するだけではなくて、 じわれが起こってしまって、もう回復不 可能なところまで行ってしまった場所も あったそうです。それで3度目が戦事中の 空ですね。その空によって町の40%が 消出したと言われています。サ度の大きな 被害を受けながらサ度を蘇っているんです よ。だから不町のような街と言われている んですね。 ま、今現在どんどんね、人口が少なくなっ ていっている、衰退していっているわけ ですけども、またここにですね、4度目の 復活が見られるんじゃないかと思います。 まあ、醤油のね、2台メーカーがあ るっていう話しましたけど、醤油はね、 将軍御用たしの醤油メーカーだったんです よ。だから関東の味はこの髭田醤油が作っ たとも言われているくらいなんですよ。 もう少しで今回の出発地点に到着するん ですけど、駐車場がね、全然見つかんなく て、もうしょうがないから近くの運動公園 の無料駐車場にバイクを止めて町を見に 行こうと思っているんですが、その駐車場 から街までね、結構な距離があって、この 度い中 歩かなきゃいけないんだよね。 到着です。 [音楽] 今この山の上の方から降りてきたんです けれども、今回見たいのはこの通りですね 。はい。 この通りの こっち側にね、まず進んでいきたいと思い ます。ちょっとね、車の通りが意外と多く て ちょっとうるさいかもしれないです。 このね、道が商店街なんですが、 ま、時間的にね、まだ少し早い時間でも あるので、もう空いていないお店っていう のがあるかもしれないし。あ、ここは なんか居酒屋さんですね。夜開くん でしょうね。 このような感じの。いや、すごい。ここは やってるのかな?分からないけど。こう いうお店があったりと、こちらはもう完全 に閉じてしまったお店がありますね。はい 。 あ、こちらもだ。ええ、 ちょっとね、一応ね、ストリートビューで 見てはきたんですけど、結構ね、この通り のお店が閉まっているところが多いなと いう感じですね。そしてこちら今回見てみ たかったのがこの通りなんですけど、この 通りのこの部分ですね。ここね、 アーケードガになってるんですよ。 ただほとんどのお店が閉じてしまっている 。ゴーストタウンとまでは行かないです けども、もちろん結構ね、もう閉まって しまっているお店が多いです。 はい。 いやあ、 すごいね。 ま、こっちもそうだけど、この隣のこの 建物ですね。このビルはなんかすごいなあ 。 これぞ昭和の建造物といったところ でしょうか。 うん。隣の方は、ま、スナックがあったり しますが、こちら側はね、上が、見られ ないですけど。うん。こういう錆の感じも いいですね。 はあ。 いやあ、こういったね、ま、昭和の看板 建築のような、そういった建物もまだ残っ ている。うん。 あ、こっち側は飲み屋といったところです かね。ま、こっちの飲み屋の方もね、後で ちょっと見に行ってみようかなと思ってい ます。 はい。 ええ、 いやあ、 素晴らしいね。 あ、このビルもこの左側のビルもちょっと 遠くから見たいね。 こういう扉の感じとかも素敵です。 [音楽] いいなあ。 すごいよ。なんかこういうね、ビルの感じ も昭和の雰囲気が出ています。うん。 ああ、これはすごい。 うん。まだね、人が住んでいたりとかっていうところももちろんあるんですけど、いや、なかなかびれているというかね。ま、そんな感じの場所が多いような気はします。お、何ここ?すごいな。うわ、この通りすごいな。激アだな、これ。 [音楽] うん。ああ、こっちの方に行くと 、あ、何これ? ええ、 なんだろう?飲み屋さんとか入ってたのか な?あれ?これなんか誰かのブログで見た な。 すごい。 いやいやいやいや、あんまり近づかない けど、これはね、すごい凄まじく昭和 少し離れましょう。 はあ、 なんだろう。なんか飲み屋さんが入って いった建物って言ってたかな? この建物もちょっと向こうの通りから見て ね、気になったんだよね。ええ。 なんだろう。 あれ?この通りは結構広いですね。 あ、ここはあれだ。飲み屋さんがいくつか 入ってる。2件ぐらい入ってるところです ね。 この建物とかどうですか? まだ今お店はやってないですけど、ここも さんが入っているところですね。 この建物はすごいね。 うん。 あれ、 向こうの通り見た時わかんなかったけど、 ここはもう廃墟なんだ。あ、もう中まで もうすごい傷んでしまっている。 屋根が抜けていてああ ね。ここは 飲み屋さんだったんだね。多分これは 地震の影響かな。 うん。 ここは飲み屋さんが何件か入っていた 飲み屋さんの商業施設という感じですね。 この蔦の貼った感じが見事ですね。ま、 ここはね、ちょっと上から何か落ちてくる かもしれない危ない感じがするので戻り ましょう。うん。これはすごいわ。この 調子という町はこういう建物がね、結構多 いっていう印象を受けますね。今ぐるっと 一周して戻ってきちゃったけど、もう高齢 者の割合が、えっと、ね、もう40% ぐらいだったかな。町自体がね、ちょっと さびれてきているというところはあります けど。いやあ、素敵ですね。 うん。 今現在空いているお店、営業しているお店 っていうのは昔からの死偽ということに なるんだと思います。名前のない店 コーヒー屋さんだ。うわあ、 すごいなあ。 薬屋さん、坂屋さん。そう、床屋さんとか もやっぱ強いね。 このビルもすごいいいね。だいぶ古いです よ、これは。 うん。 80年代。 うん。70年代、80年代ぐらいの建物 でしょうか。あ、この辺りも飲み屋さんと かね、なんか並んでいますね。 へえ。 あのブロック作りの建物はちょっと気に なるな。 ここは なんかこの建物だけポツンと残っている ようななんだろう。クリーニング屋さんと かかな。 こういう建物もいいですね。 はあ。 すごい。うん。 ええ。 あ、ここもやってないんだね。ニュースと いうお店の後に他のお店が入ったみたいだ ね。して こちらはなんか銀行っぽいけどバンクラリーあいところもあるんだ。元々銀行だった建物をギャラリーとして回送したのかなね。そんな感じしますよね。うん。素敵じゃないですか。 あ、もう完全に 銀行。 へえ。 アートバンクっていう、え、名前もかっこ いいじゃないですか。 そして反対側はこのね、多分タイルバリ ですよね。うん。あ、こっちはレガっぽい けど新しいね。うん。 この並びのこの眺めは 最高だな。 で、アーケード街っていうのはこの辺で 終わるんですよね。じゃあこう道渡って 反対側から見てみたいと思います。うん。 で、こちらの通りが剣道254号ですね。 ともね、この 味わい深い街並って言うんですかね。 うん。 これが本当にいいですね。あ、アート バンクギャラリー。へえ。あ、結構大きい な。 この通り自体が1つのアートと言っても いいのではないかと思います。 もちろんね、人が住んでいるところもあっ たりするんですが、 いい意味でね、まだここに人が住めるのか というようなね、そういう建物が多いよう な気がしますね。うん。 こっちもなかなかいいな。 へえ。お、ここも すごい。へえ。 こちら側も すごいな。あ、さっき入った路ジですね。 ここが。うん。この隣のビルも まあ色々とめちゃめちゃになってる感じが しますし、この こちら側のビルも すごいね。この一番右側の建物は小さな タイルがと貼ってありますね。 いや、 うわ、すごい。 上とか見てみてもね、あの、なんかすごい 複雑に入り組んだ形をしていますね。 うん。 いやあ、 これはね、めちゃめちゃ穴葉だよ。 うん。

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【sary motovlogs】
埼玉出身、千葉市在住のバイク乗り。東京在住時、20代でカブラに乗りバイクが好きになるも、クラッチとアクセル操作をミスりウィリーし、その恐怖でカブラを降りる。
その数年後、熊本に引っ越し、仕事用に買ったヤマハYB-1 fourに乗りバイク熱が再燃。普通二輪免許を取り、スズキGZ125に乗るも、千葉への引っ越しが決まり泣く泣く手放すことに…。
千葉に引っ越してからホンダV-TWINマグナ250、㎇250クラブマンと乗り継ぎ、現在はRoyalEnfield HUNTER350に乗り、千葉の廃墟や団地を中心に、変な所を巡っています。基本夕方までには家に帰る。

【モトブログ】
 人前で話すこと、人と話すことが多い仕事のため、自分のシャベリを練習するためと頭の回転が速くなればと思って始めるも、特に効果なし。マッタリ、のんびり話します。
モトブログ、バイクを通じて、見てくれている人が少しでも元気になってくれればと思っています。年齢は非公表だけどそこそこおじさんです。
眠くなる声と言われるので、寝落ち動画としては最高と自負しております。

バイク
RoyalEnfield HUNTER350
HONDA クロスカブ110

【カメラ機材】
Gopro Hero9
DJI Pocket2

【撮影用機材】
マイク AT9904

【編集ソフト】
POWERDIRECTOR 350

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40件のコメント

  1. 廃墟とか巡っていても
    暗くならず、懐かしさや、現在、未来を感じる
    サリ―さんの口調とか考え方とか、落ち着く

  2. 縁あって5歳から19歳まで住んでた。今56歳。銀座通りは日曜日はホコ天になったり、十時屋やシティオに行けば誰かしら友達に会えてたのしかった。もう戻るつもりはないけど良き時代に世話になった街だ

  3. 赤線って、終戦後の 
    公認の場所 と、違いますか?
     公認されていない、そういう場所は、青線 と、違いますか?

    どちらにしても、
    昭和33年 売春防止法 以後は、非合法ですね。

  4. 昔、ここのあたりか元気で、

    ここで、飲みまわった 
    人々は、なつかしい場所
    なのでしょうね🍀

  5. アーケード街のところ、西部劇に出てくるテキサス州の雰囲気(和風)がありますね。よくできた映画のセットというか、ユニバーサルスタジオの見学ツアーに参加している気分です。

  6. 20年ほど前、仕事で毎週行ってました。
    当時すでに千葉市内では絶滅しつつあった昔ながらの個人模型店が3店もあり仕事のついでによく通ったものです。それらもいつの間にかなくなり今ではミソラ模型だけになってしまったようです。廃れていくアーケード街は残念でしかなりません。なんとかならないものか。

  7. 何だか都会以外は日本中が
    こんな感じになってきてる感があり、不安です。
    あらぬ想像をしてしまいました。ゴーストタウンになってしまったあとにC国やV国の人間が汚く住み着いて、数少なくなった日本人が子供に、昔はここにはたくさんの日本人の美しい豊かな生活があったんだよっなんて語ってることを😱

  8. 銚子で思い出すのは、あさの連続ドラマ『澪つくし』ですね。醤油屋の娘と網元の息子のロミジュリ話しでした。後は、『鰯の水揚げ』!!

  9. 今年のゴールデンウィークに行ったとき賑わっていたけど、あれはほとんど自分と同じ観光客だったってことか。

  10. 以前 叔母さんが住んいて両親を老舗旅館の暁鶏館に招待してくれなぁ
    今は閉館してしまったんですね 叔母も両親も皆んな亡くなってしまったけれど
    私は犬吠埼観光ホテルの温泉が好きで東京からドライブがてら行く事があります
    木の葉パン 今川焼のさのやさんとか自分には食べたい物や思い出がたくさんあるのです

  11. 全国河川河口都市交流会を打ち立てて、沿岸経済交流でもしてみてはどうか。国土周辺近海を物流と情報の巨大な湖に見立てて、全国規模のわが国らしいお隣さん的文化交流を進展させてみたいですね。時節柄インバウンドの力を利用する手もあるけど、絶対に土地建物国民を中国には売らないでね。

  12. 見渡す限りゴミ一つなく、雑草も見えません。今も間違いなく街に対する愛情のある人々によって手入れがされていることが分かります。

  13. 還暦爺です。俺が4歳の頃(1969年)銚子のアーケ―ド街に住んでて、当時リッカ―ミシン(父の職場)、ブラザーミシン、マルジョウ醤油、銘菓ひよこ等の店が並んでたよ!あとは野球が強く(銚子商業)この頃の銚子商が一番強かった。御袋は八百屋に買い物に行くと決まってキャベツ🥬が無料サ―ビスで付いてくる。懐かしいなぁ😊。

  14. 30年位前に、駅前の佐野長不動産の仲介で本城に住んでました。まだ十字屋もあったし、まだまだ活気があったなぁ。
    漁港市場も賑わってた。
    懐かしいなぁ。
    大好きだった銚子。あの頃に戻りたい

  15. 栄えていたのが30年ほど前。人口の多い団塊Jr世代が高校やら大学の卒業、
    就職でいっきに出て行ったんでしょうね。寂れていった時期と被ってます。

  16. サリーさん赤線は公娼の営業が認められた地域です非合法のは青線、警察が地図の上に色別に線を引いたからこう呼ばれています。

  17. 銚子は神栖に住人をごっそり抜かれましたよね、それで火力発電所を作る話があったのに銚子が辞めたんだったかな?それで衰退したと聞いたことがありますね。

  18. 銚子市というと漁業と醤油のイメージが強いですが県内でも有数のキャベツの産地です。銚子電鉄の一帯はキャベツ畑が広がってる長閑な風景です

  19. 出身の県議や市議はなにやってんだろうね。5年ほど前に犬吠岬近くのホテルを予約して車で行ったら、当日は某地元政治家のパーティーがあるようで、駐車場のチェックが厳しく締め出されそうになった。「宿泊者だバカやろー!」と言ったらホテルのスタッフが慌てて出てきて・・・「この市は終った」と思いました。

  20. こちら側の飲み屋街が旧赤線とかタナカと言われる裏風俗のあった方です
    何年か前に摘発があって今もあるのかわかりません

  21. わたしゃ、今79才、足るを知る、概ね満たされた年金生活者20年の者です。今は、都庁の2㎞以内に住んでいます。私は、ヤマサ醤油に潰されたヤマダヤ醤油という家に、昭和21(1946)年、銚子市新生1-1生まれました。小中高大学は東京で、時々実家に帰っていました。また本家は、銚子市馬場町にあった大きな質屋県特定郵便局でした。即ち、この画像のどこでも、その繁栄時時期は知っています。今の大変衰退した街を見て、わが身の衰退を二重に写し、大変感動しました。大変感謝です。

  22. 40年ほど前、銚子に住んでいました。
    「名前のない店」、懐かしいなァ!
    当時は、パスタ等のイタリアンの、とても美味しい店でした!
    ただただ、懐かしい!

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