【ブラタモリ・リスペクト!】東海道57次(京都三条大橋〜大阪高麗橋編)原付バイク50ccジャイロキャノピーで行く下道旅!

皆さん東海道53次はあと4次あるって 知ってますか僕は今回の体験で知って しまいましたこの動画は東海道53次を 原付バイクで破したとあと4次あることに 気づいてしまった歴史に全く興味のない ブラたもリスペクトなおっさんがいやこれ はあがんが知ってしまった方にはそうする しかないとうんちを交えながら走る動画 ですおっちゃまのジャイロキャノPDF冬 の東海道57次道編チャンネル登録 よろしく ね東京日本橋から原付バイクで3日もかけ てやっと京都3条大橋までたどり着いたの に達成化もなく何か腑に落ちない様子それ もそのはず東海道53次は実はあとプラス 4次あることに気づいてしまったのです ゴールである57次の最終目的地は大阪市 中央区にある高橋市自宅は大阪なので 帰り道っちゃ帰り道なんですが達成感に道 溢れながらのんびりまっすぐ道せずに帰り たかったわけですよていうか57次って なんやねんと聞いたこともないわと説明 するために時を一旦三条大橋到着度数時間 前東海道53番目の宿場町大津宿に戻し ますさあやってきました大く本陣跡東海道 は確かに53月と言われる53の宿場町が ありましたしかし実は江戸時代から元々 幕府直轄の東海道は57次だったのですで はなぜ53次と勘違いしてしまうのか地図 を見ていただくとあれというところがあり ます京都の三条大橋の手前で何やら分岐し ていることが分かりますこの分岐点名前が ひげ茶や追わと言いましてここから大津 海道またの名を伏見街道という道と東海道 が別れているんですじゃあなぜ別れている のとなるのですかこれは元々三京交代の道 で西側の大名が江戸へ向かう時幕府は大名 たちを都に入らせたくなかったんですなぜ なら京都には都子がありますよねやはお前 らみたいな田舎大名は京都なんか経由すん なと言ったかどうか知りませんが伏見から このひげ茶や追分今でいうやし付近ここに ショートカットさせて大津へ向かわせてい たんですところが一般庶民は産金交代 なんて全く興味もありませんしそりゃ当時 大阪と京都じゃ京都の都子の方がダトで 人気でしたから京都には1度は行ってみ たいと味が思うことは当然だったと思い ますそこで出てくるのが歌川広東海道53 次の浮いを変えたことで有名ですよね彼は 浮で飯を食ってましたからもちろんその 当時の出版社と契約していますよね歌川 広しもその本を出したい出版社も歌川さん 大津から京都三条大橋まででゴールにし ましょうよその方が絵を書くのも楽でしょ せやな大阪を落ちにして書いても本売れ へんやろしねそうするわと言ったかどうか 知りませんが歌川広が庶民向きに東海道を 3上大橋でゴールにしてしまったんです そう簡単に言えば東海道を53次までしか 書かなかった歌川広のせいなんですなんか 全て歌川広が悪いみたいな言い方をして しまいましたが当時はそれが流行でしたし 京都までの53次で終了というのは自然 だったと思います幕府が考える東海道57 次は大名や役人たちの数字庶民の憧れの 一生に1度あるかないかの大旅行は橋から 三条大橋までの53次となったわけですね 今説明してることは僕なりに調べた結果 ですので面白おかしくネタ的に話してます そんなの嫌やという方や詳しく知りたい方 は書物をまさってくださいねとまあ長かっ たですがここまでが57月だった話でした ということで山科盆地を抜けると54番目 の伏見宿に到着です伏見宿の本人は残念 ながら1868年に起こった鳥羽伏見の 戦いで町がほとんど焼けてしまい残って おらずこの寺田をゴールとしました寺田 事件で有名ですよねあの坂本両馬が襲われ そうになって坂本竜馬の奥さんであるおり さんがその時たまたま風呂に入ってた みたいでそれに気づいたおりさんは慌てて すっぽんポンのまま2階へ駆け上がって あんた逃げてで両馬に危機を知らせた らしいです よ続いて55番目ヨ宿に向かいます本人 残ってないはヒロコンパヤでテンション 下がるかなと思いきや日本酒で有名なあの 木桜が出てきて興奮しております桜って節 やったんですね昔ちょっとエッチなかっぱ のCMが有名でしたよねヨ宿までは約 5.4kg本陣脇本陣はなく二子が16件 の宿場だったらしいのですが桂川宇川木川 の水陸交通の幼少として500席もの船の 港町で境いていたみたいですヨドは京都 競馬場があることでも有名ですよね競馬 好きな人からすれば京都競馬場というより ヨ競馬場とか言いますもんねということで 第55番目ヨシは本人がないので現在の メインターミナル京阪電車の淀駅をゴール としますもう真っ暗隣の駅の駐所島は特急 が止まるので淀駅はちょっと不便かなヨ宿 えヨ宿もですねもうあれないんですよあの 本人みたいなもなのでえこの何ですかね 水車なんか有名なんでしょこれなんてかあ 中に入るや中には入らん平方塾15km ここやっぱ 15km次の宿場町平方宿に向かえます約 13km桂川宇川傷が大またぎこの3つが 合流する淀川沿いをひ走りますこの東海道 57次の4次にあたる教会道はこの大きな 淀川があるので陸路で向かうパターンと川 を渡るパターンの2つがあったようです 大阪から京都へ向かう時はリクロで宿に 泊まりながら向かう逆に京都から大阪に 帰る時は川を下るなぜかと言うと分かり ますよね登りは川の流れと逆行するので 船賃が倍以上かかったらしいんですなので 京都の登りメインで宿場町が構成されてい たようですがこちらの宿の経営者たちは他 の東海道の宿よりも売上は半分そりゃ川で 行かれたらそうなりますよね平方宿は本陣 1件脇本人2件二子は67件でした今は 公園にひっそりとその当時のおかを残して いますこの平方塾を盛り上げようと平方市 では歴史街道のキャンペーンをやっていて 元宿場の整備など熱心に取り組んではいる ようなんですが歌ひしにしてやられた感が 否めませんね頑張れ平方 [音楽] ヒパヒパ塾本人あの教会 道書いてあるわあるわ残ってる わあ平方宿本陣これはちゃんと残ってるん や すごいちゃんと高察後とか 東海道平方宿本陣跡これは53次の後ある ねがっつりやったしかも東海道平方宿 じゃあ最後第57次え森口宿本陣え 12kmです森口宿ひたすら淀川沿いの道 を進みます昼間やと川沿いの景色も良くて 走りやすい道なんですけどね森口宿までは 約12kmこれを歩かず船で行くと港に 着いた時に茶という小さな船が寄ってきて 飯食らわんか酒食らわんかと中は強引に 呼び止め食べ物を売り付けていたようで これをクバンカと呼んでいたそうです しかも大阪弁でなんじゃい銭がのてよ くわんのかとか言われたそうでそりゃ旅人 からしたら柄悪いなとなったでしょうね今 の大阪もほぼ変わらんかな柄の悪そうわ 森口宿到着57次ぎ目ですね守口塾てなか あ打てないな本人後は駐車場となってい ます吉田八郎兵衛さんという方が経営して たみたいですよ森口から大阪は約2里 7.8kgぐらいの近距離だったために 宿泊者は少なく都市を追うごとに淀川を 走る船がどんどんバージョンアップして しまったので廃れていく一方だったよう です さあいよいよ最終の最終オーラスの大阪 後来橋に向かいますここからは現在の国道 1号線を走りながら水宮大阪を目指します 東京日本橋からここまで約600km2日 目の江の島を見てたあたりはテンションも 気分も最高で余裕すらあったんですが箱根 闘技を上り太平洋を見ながら静岡のでかさ に心が折り始めおっ茶の名物撮影日は基本 雨模様舞坂塾の脇本人でやっと東海道53 次らしくなったとアドも塚野は鈴鹿峠で トラックと恐怖のランデブやっとの思いで 京都の三条大橋に到着したのに物思いに 吹けることもなく地元大阪市中央高橋に 到着ですこの57次の前東海道53次の 模様は編集が完了次第このチャンネルで 公開します是非チャンネル登録をお願い いたしますああといいねボタンも是非お 願いし ますさあ東海道53次プラス4次東海道 57次の最終オーラスゴールやってまいり ました大阪の中央区に ある後来橋です後来橋は江戸時代の大阪の 橋の中で幕府が建設し管理していた12個 の中でも最も隠しがあったと言われており そのせかここに利定原票跡がありました この利定原票とはスタート地点の東京 日本橋にもありここが京街道中国街道紀州 街道などへの道へと続き馬の賃料でもある 打ちの起点にもなりました明治3年には 大阪最初の鉄橋として掛け替えられ昭和4 年に現在の鉄筋コンクリートアチ教に変え られました規模シという橋のラカにある玉 みたいなやつや柱などは現在でも残って おり見ることができ ますいや本当にありがとうございました 本当に何のトラブルもなく時到着いたし ました本当にありがとうございましたと いうことでございましてえ東海道53次 プラス4次え東海と57次最終の後来橋に 到着いたしましたこの動画がいいなと思っ ていただいた方はですね是非チャンネル 登録といいねボタンもよろしくお願い いたしますチャンネル登録よろしくね ありがとうございまし たえ たne

みなさん!東海道53次は実はあと4次あるって知ってますか?
僕は今回の体験で知ってしましいました。
この動画は東海道53次を原付バイクで走破した後、あと4次あることに気づいてしまった、歴史に全く興味のないブラタモリ・リスペクトなおっさんが
知ってしまったからには走破するしかない!
と、うんちくを交えながら走る動画です。
おっちゃまのジャイロキャノピーで行く冬の東海道五十七次・京街道編!
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Mental Breakdown In The Rain But Epic Finish! 【episode 1】winter Road Trip On A 50cc Bike【gyro Canopy】

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00:00 (0)オープニング
00:37 (1)京都・三条大橋
01:30 (2)髭茶屋追分
02:30 (3)歌川広重・安藤広重
03:47 (4)伏見宿
05:00 (5)淀宿
06:32 (6)枚方宿
07:56 (7)守口宿
09:12 (8)大阪・高麗橋

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16件のコメント

  1. 最初の、三のところが七になる時のビリビリってなるやつ好きやわー☺編集すごいね!ナレーションうまい\(^o^)/キャラクター喋ったあとの「って言ったかどうかは知りませんが」は笑った😁

  2. 流石ですねー勉強になりましたし、凄く見やすかったし聞きやすかったです。
    酒を2杯に?留めながらの編集作業お疲れさまでした、また次回作を楽しみに待ってます。

  3. ホンマに編集したんですね? 尊敬します
    いつも通り心地良いBGMとナレーションは流石🎉
    そーか 広重と出版社が悪なんや

  4. さすがは時代を先読みした男🎉
    おっちゃま
    ブラタモリ見ながら、おっちゃまの動画を思い出してます😂

  5. 鉄道ユーチューバーのスーツさんが自転車で東海道を走破した時の平塚宿の話で、

    次の大磯宿まで1キロちょっとしかなく平塚宿に泊まる旅人が少なくて何とか客を増やそうとした結果、

    西側にこんもりと土を盛ったような高さがある高麗山を指さして旅人に言いました

    「これからあの山を越えていくのは大変ですし道も悪いので安全にどうぞここでお泊りなさい」

    わざわざ山の頂上まで上り下りしなくても脇によけて平地を歩けばいいだけなのにこう嘘を言い客をとっていたと

    この話が面白くてそれから宿場町に興味が出て木曽路を訪問しています

  6. 私は高麗橋から京街道を歩いているところです、老体につき数キロ程度に分けて踏破中。
    50ccのバイク? 宿場よりノーヘルが気になる。屋根付きバイクは不要?

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