【なまら松前】第1弾!名物ガイド ラビちゃんと巡る松前☆

皆さんこんにちは函館観光大使の私今日は 函館を飛び出して松前町にやってきまし た取れましたそうなんだへえそうなんです ねラビちゃんのギャグ出ました えー 楽しいというわけで今回はな函館ではなく 松前をお送りしますはこの方をご紹介し ましょう名物ガイドのラビット飯田さん ですよろしくお願いいしますはいはい よろしくお願いいたしますはいラビット飯 ダっていう名前がねまずあの飯田さん疑問 なんですけれどこれはなぜこのお名前なん ですかあの昔ですね地元でカラオケ スナックをやってた時のお店の名前が ラビットなんですよ はあ自分の苗字よりもそのラビットって いう名前の方が街の人には浸透してるんで 未だにあのラビットさんとかラビちゃんと か言われてますけどラビットと言えば やっぱ関根の世代ですから私はラビット 関根さんぐらいしか知らないですけどそう ですよねはい言われますあの飯田さんは ガイドになられてどのぐらいなんですか そうですね約20年になりますねはい私実 はね松前町に来るのはおそらく3度目 ぐらいかなという感じでそこまで松前町に 詳しくないので今日はあの要点を買い つまんで松まだあまりご存じないはいいう 方のためにもガイドをお願いしますはい はいよろしくお願いいたします [拍手] はいここは当時の街並みを再現してい るってことですかそうですねはいあの松前 は街の中が火事で何回も焼けてますので 江戸時代の建物がほとんど残ってないん ですよでも松前のその江戸時代の歴史を あの紹介するためにあえてここの何も なかったところにま立てた村を立たうんっ いう形になってますねなんかこのね場所 から見ると本当になんかこうタイム スリップしたような時代劇の一幕を見て いるようなそんな感じですねそうですね 松前が北前船で栄えた時代に1番賑やか だった時の城下町を再現したものなんです ねえはいえこちらはですね江戸時代が 始まって間もい頃なんですけどえ大江商人 滋賀県の大江商人が松前にやってきてこの ようにお店をあの立ててですねうん へえですから本州からあの船で運んできた 品物をこちらであの売ったんですようん うんはいま飛ぶようにものが売れたって 言われてましたねえこれ中にも入れるん ですかあ中入れますよはいあのシかだけに 中に入ってみましょうかはい出ましたラビ ちゃんのギャグ出ました消化だけに中に 入ってみましょうかあ本当だ中も当時の こんな雰囲気を再現してるんですねそうな んですねはいでこちらは京都から着物が 届い あ米が取れなかった松では本州から米も あの見た目からしてこう豊富に物が揃っ てるお店だなっていう感じがしますよです よねで当時あの家族5人で1年間暮らす 費用が約10両ぐらいかかってた時代に はいここのお店は春から秋までに9000 両とか1万両とか稼いだって言われてるん ですよすごいですねそうなんですこれは 一応あの展示品なんですけどもその中に 江戸時代にいに使われてた本物があるん ですけどこちらですねえこれんですかはい これ振動って言いましてね測りですはいう はいここにあのロープを祝いましてで上に 発車がありましてで反対側に板を用意して ますねでこれを乗せてうんストンとこう 上がったらその目方っていう形で重さを 測るための道具ですねそうねそうなんです これ26巻目と言いますので約100kg 松前にはこういった時代のものが所々に 発見することできるんですよ へえここの松前半屋敷ではこのようなお店 とかあと船会社それから武屋敷などもあり ますのでそちらの方もこれからご覧 いただきたいと思いますはいそれでは価を 出ましょうかそうですねちょっと次行き ましょうか行きましょう かこちらは二子と言いまして今でいう旅館 ですねはいああい屋さんあの仕事めてやっ てきた人たがま数日ねお世話になったり する場所でで今のように個室ではなくって あのお部屋の中でお客さんが多くなると はいはいすいませんねちょっとこっち 相部屋になりますけどって言って全然知ら ない人と一緒に雑音をすることになった いうそうねでどの人が入ってくるかわかん ないっていう感じですねそうねま男性と 女性はきっちりわかれてたそうなんです けどうんうんおびっくりした人がいると 思ったら形でしたびっくりした え神ゆいはい自慢のモデルですうちの びっくりした今あるよねこういうの びっくりすることねそうですねはいあこれ はあの上床って言いましてねえ今で言う 床屋さんですねはいで男性は神ゆいどこ ってとこがつくんですよで女性は神ゆいな んですねうんであのさやきって言いまして ほらここソルじゃないですかでここ沿って え曲を落ち着かせる床につかせるという 意味で男性のうんはて作らしいですねそこ からの床屋なんですねていう風にあの聞い てますねここ上りとこなんですがこちらは あのま当然なんですけど実は大事なの こちらなんですようんうんはいはい待合室 ですけどもこれ実は街の情報を交換する 場所でもあるんですよへえそうなんだはい 最近景気はどうだいとかお宅のお店どう ですかとかなんかあの人とあの人となんか 最近ないいらしいぜとかそういった噂のね 場所ですね非常に重要な場所だったいう風 に言わますえなるほどね髪切ってじゃって いう感じじゃないんですねそうなんですね はあ はいさて続いてはこあちらの魚家をね紹介 したいと思いますが魚家はいえいわゆる 漁師のオタクですねはいはいやはり江戸 時代は2人がたくさん取れていたんです けども松前でもやっぱり二料が盛んでして その漁師のおタなんですけどうんはい中で 酒盛りしてるかもしれないのでまたあまた いた人がいますまたいるよってねあはいお 邪魔しますあのまみさん実は2って今高級 品じゃないですか当時ね実はね肥料だっ たってご存知でしたでしょうかへえはい 取れすぎてたからってこですかあの元々 ですね本州の綿を作るメカ畑の肥料として 収穫されてたんですよあそうなんだはい 確かに磨き日とかもあったんです そのほとんどは あの北前船に乗せて本州に送って はあそんなんですねはいなのでこちらから 2のあの肥料を送ると向こうから綿や端物 になって帰ってくるっていう生ですねうん はいで春そうなんですよで春3月から5月 になると2がやってきますよねえ群がくる と書てクキるっていうねよく言いますけど もその2が来た時にこの人たちがま休み なく一生懸命働いてで収入は3倍の30両 もらってたって言いますうんで松前だけで は人が足りないので青森から出稼ぎにやっ てくるんですけど松前は来てもらうんで 入り稼ぎて言ってたそうですねああ出稼ぎ ではなくそうなんですはいなんであちらに 両端に若者2人いるんですけど双子ちゃん あれ青森からの出稼ぎ車なんですよねあ なるほどね で今ちょっと酒盛りしてますんでまちゃん どうですか一緒に酒盛りいかがでしょうか あのこちらの方からですね前の方に詰めて い礼させていただきますねお茶碗持って ちょっと横の方とお話ししてええね インタビューインタビューをどうぞキは 取れました青森から来ていかがですかそう です ねいやあいやなかなかの美形ですねからね ねいやでもなんかこれはこれでこの時代 楽しそうですねそうですねやはりあの たくさん取れるとねうんうんあの親方がね よし今日は坂森だなんてねはいこちら ちょっと注目していただきたいんですけど はいね大きな鍋ですねはいお客さんに言う とさお風呂ですかていう方いらっしゃるん ですけど実はこれ西蒲と言いましてこれで 2を茹でるんです茹で上げる煮るんですね そうすると油が浮きますよねそれを救いて 夜のりの油にしてはあでえ茹で上がった2 をえっとこちらなんですけどもこれに入れ てこう回してね水気を飛ばしてで外で鉄筆 干しさしてうんうんあと身を凝縮させて それをそれが2カスと言って肥料として 送られるというあじゃあもう完全に街で 加工してからカスを送ってたってことな ですかですはいはあそっか生のまま送って もねすぐ使えないそうですよね へえ先ほどはあの品物を売ってた消化で こちらは船会社なので実際に船を運行させ てえ本州とええ地に松前を結んでたえ 船会社ま鶴ヶ谷さんと言いますけどねこの 三角丸は何ですかはいいい質問です ねこれはですねヤゴと言いますねはいええ あの武士の方は家紋って言ってね 柄マークがあるんけどこれは商売のマーク でしてうはい呼び方なんですけどもこれ鱗 丸って言うんですよ三角鱗っていう言い方 するんです鱗丸海鮮どや鶴ヶ谷っていう ことなんですけどこの三角っていうのは魚 の鱗デザインしたみたいでその魚の海に 関わる仕事は三角マークがつくらしいです ねそういうことなんだはいえここはあのシ がないのでそのまま入りましょうかかじゃ ないから回線どや毎回いいんですよあの シャレじゃなくてもどや問題ごめんなさい 間口が広いのはやっぱり荷物のね出し入れ が簡単にっていうことなんですけども手前 にあるこのタスは実際に江戸時代後期に あの北前船に積み込んでいた船弾数ですあ 実なんだはいこれ本物ですね見た目からし てしっかりしてるなっていう感があります よねそうですね作りがやっぱり頑丈で 感本当に手の込んだものだっていう風な イメージがありますよねそうですね やっぱり違いますねこうあの当時のものが ここにあるだけで雰囲気がなんかぐっと あのリアルになるという かはいそれでは続いて今度こちらは回線 ドヤの倉庫ですね1/8の模型なのでま長 さ8倍幅8倍高さ8倍だと思って いただければ大体大きさは想像つくと思う んですけども実は江戸時代の中期から殿様 が年に1度交代を命じられたんですねその 時江戸に出向く時は海を渡らなければいけ ないのでこの松前と青森の津軽海峡を渡る ために御用線として使われた船の名前でも ありますね 後悔の仕方が甘いと岩場に座ししたりだと か風読みが悪いとちょっと漂流しちゃっ たりとか若干トラブルもあったそうなん ですけどそういったリスクを背負っても やはりあの船を走らせた方が儲かって たって言いますから実際に松前の木でも 座しした船はいると思いますねあそうなん ですねはいその後悔は後悔しますねあいい です [音楽] ねここは実際に上がれるんですね上がれ ますねどうぞ右側の方に行きますと大説系 ですねいいですねね縁側がはいこれはね なんか憧れるよねこういうのそうですねえ 松前の武士ま比較的気温も穏やかなので あの本州の植物をここに植えるのが流行っ たらしいんですねああでその時に持ってき たのが桜だったりうんえあとつだったりだ とかへえはい中には竹をああ竹持ち込んで はいなので松前はあの実は北海道唯一の 妄想地区が生えてる場所でもありますので うんうんうんそうなんですねはいいいね こう向こうのお庭の景色を眺めながらね 松前漬けを食べながら練習でも飲みたい ですよですはい春になると桜が咲いてはい そうですねに満回の桜が見えますしいい [音楽] ね松前城にやってきました飯田さんこのお 城は一言で言うとどんなお城ですか爆発に なりますともう鎖国しきれなくなってき たり外国の船がたくさんやってくるように なるんですねうんでそれを防ぐために立て たのが松前城なので実は松前班は古いけど この松前城っていうのは新しいんですよ うんええ1854年国防のために建てられ た城なんですね海が非常に近いのでこの 天主の海側にですね7つの砲台をん用意し て軍艦に対して対応するようにけたしたと いうような形になってますねで1849年 からあの建造し出したんですが54年の 完成の1年前になんとペリーが函館に入行 しちゃったんですよ松前で待ち構えてたの にペリーが函館に入行しちゃってそれで 松前の過労が慌てて箱館に行って阻止した という歴史がありますねでは中にですね あの色々と松の物展示してありますので これから見ていきたいと思いますが よろしいでしょうかじゃあ行きましょうか はい はい松前城の中にやってきました飯田さん これがまさに当時の風景っということです ねはいそうですねはいえこだま定量さんの 松前平部というものでえ松前の賑やかさを 描いたものですねであの今の地図をこれに ポンって乗せますとほとんど変わってない のではいへえあの道案内できるんですよ この地で例えばここに松の木に2つある 大きな屋敷あれ松前業所なんですけど今の 松前町役場だったりだああそうなんだで ここ松前城なんですけども実は残念ながら 昭和24年に松前の役場の家事の飛び火を 受けて一度消失してしまうんですねでその 後昭和36年に再建されましたので現在は 松前城資料館ということで中にうんを たくさん展示してござい ますまみさんちょっとご覧くださいこっち うわあ海がそうなんですよほら向こう側に ね青森県の津軽半島が見えるんですね こんなにね海が近いお城って全国的に見て も珍しいですよね珍しいですねはいなので 外国の船とは戦争しなかったんですけど 明治元年の函館戦争で旧爆府軍徳川脱走軍 の軍艦がここにやってきてここでドンパチ やっちゃうんですねああですから軍艦が 打った大砲が石垣に当たった後があります ええ はいえお城の2階にやってまいりましたが ここがえ長丸今年の展示ですね船で実際に 使われていた道具だとかソバだとか半はい がこちらの方にございますあとまみさん これいいですよ殿様のお弁当箱ああいい ですこれいいしょいいですね立派なお弁当 箱ですねそうなんかおしゃれですよねねえ はいこれになんか 冷たいあのおり作ってこでカチってしてこ やって持つわけですよねカチっと閉めて そうですはい えー楽しい えはいこれあのはたんですけどこちらの門 は当時のままですあこちらからの眺めも また良きですねこれはいあでもなんか昔は 道南の重要な拠点でハブだったっていうの はこうやっぱり道南を語る上ではこのね 松前城っていうのはぱ欠かせない場所に なるんですねそうですね現在はやはり道南 の中心は函館になっておりますけどもこの 江戸時代はやはりあの本州と北海道を結ぶ 重要拠点であったとうんましんでね ちょうどあの北海道に入る時には必ず松前 からスタートするというま大木の金めの ような場所であったっていうのを覚えて いただければとてもありがたいですね今日 はあの600年分をわずかな時代時間で 紹介させていただきまして是非ね道南に旅 に来られた方はねです飯田さんのガイド 付きで松前を楽しんでいただきたいですね そうですねいやなんか勉強になったのと 同時にこう とっても楽しかったですあそうですか ありがとうございますはいありがとう ございましたいありがとうござい ますこれはなんか他にはないですね えロっとしますねちトロってうん

函館を飛び出し松前を旅する「なまら松前」の第1弾!

北前船で栄えた歴史のある松前町を、地元の名物ガイド ラビット飯田さんと共に巡ります。
かつて北海道の玄関だった松前の人の暮らしとは?
松前城はなぜ、なんのために出来た?

ラビちゃん節の楽しい案内は、「なるほど〜」「へぇ〜」の連続♪
秋の松前旅、お楽しみ下さい☆

<問い合わせ>
北海道まつまえ観光物産協会0139-42-2726
※2日前までに予約・お1人様1000円(税込)・最小催行人数2名

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2件のコメント

  1. 松前漬けの話かと思っちゃった
    ニシンは親父の子供の頃も畑の肥料だったと聞かされた事を思い出しました。
    大きな水瓶いっぱいに塩カズノコが塩抜きで入れてあり食べ放題だったって自慢?してましたw

  2. 冬にのりだんだん食べにまた前に行きましたねー。冬季は松前城お休みのようで、外から見るだけでした。松前城の石垣には土方歳三が砲弾で攻撃した傷跡もあるようで、土方ファンの聖地の一つらしいですね。アクセスの難しいところですが、道中、かの千代の富士の故郷もあったりして一度は訪れる価値のある街と思います。ちなみにここでも大間のマグロは食べれます笑

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