今週は最初 DNA解析からの古墳時代の激変みたいは話からはじめます
グーグルアースを使って邪馬台国や倭の五王、諏訪の縄文、日本神話などを探求していきます
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9件のコメント
青部分の核ゲノムが弥生人から出なければ、弥生後期から古墳早期にかけて大量の大陸人が来たことになりますし、弥生人から出ればこれまでの二重構造観とほぼ変わらないと感じました。本州の弥生時代の核ゲノム解析が進むことを期待してます。
いずれにしても古墳の段階でゲノム構成がほぼ完成されていた可能性があるということは個人的には良かったと思います。これが7世紀ごろになって完成!とかだったらちょっと嫌でした。
NHKの棒グラフは古墳時代と現代の比較ですかね?縄文、弥生時代の同様のサンプルを比較したものではなく、異なるベクトルのサンプルとを組み合わせたものなのではないでしょうか?
また縄文、弥生、古墳時代それぞれの中華の同様のサンプルと比較しないと渡来人という定義すら成り立たないと思います。
統一手法による時代別のサンプル比較で論じられるのは、まだまだ未来の話なのでしょうね。
青い部分が大量の渡来人の影響とするなら、6世紀の伽耶の滅亡、7世紀の百済の滅亡に起因する難民が想定されます。四国・畿内・北陸に亘る京阪式アクセントをもたらした人々かも知れません。
倭国大乱は異民族との戦いだったんだろうか?
弥生時代と古墳時代は断絶してると考えるしかないな
当然遺跡も断絶している
銅鐸や銅剣は戦いに敗れて隠したのだろうか?
年代測定もDNAも統計学マジックですし、成果出ないと研究費出ないので、文献読みながらですね。
ホモサピエンス19万6000年と既知されてるそうですが、ピンポイントで確証するのは、まだ先の話かと(笑)
若い時の仕事の関係で公共工事受注の際、工事仕様書に統計学の本が指定されてたので、当時7万円のヘビー級の書籍購入して【会社経費】勉強しましたが、前提を設定しない統計学指標には意味が無い。この論文は読んでませんが、起承転結の起が、前提と記述あるのか?報道や発表は現場から見ると金太郎飴理論の蒟蒻問答と揶揄されていて研究費欲しいんでしょうね。と冷めた目で見られがちですね。先生のライブやコメント聞いている限り5000年前以降のホモサピエンスの動き・東夷伝の文献を意識した論文のようにおもいました。今年も100年ぶりの暑さでしたし、国境や仕事に医療と気のみ気のまま引越しもできませんけど、19万6000年の長い歴史とクロマニョン人・ネアンデルタール人と複合要素満載。ましてアフリカ起源説の整合性等々、妄想ネタとしては、ビックバン理論級よりかはましなんでしょうね。(笑)
今週は、昼休憩で漢字辞書から新たな発見があり、中国のワの発音は佤族・ワズで雲南省南部・海南島付近にたどり着きました。
高天原の元ネタも紫を調べていたら、紫微垣・シビエンにたどり着き、何か高天原ワールドの元ネタポイな~(笑)
発音では、中国の人が、発音苦手リストに【ヒ】があり、倭人が【ヒ】と発音すると、ハイ・上海のシャンハイの海・音符の毎になるようです。卑の記述だと、美?に近いのかも?佤・ワの音符詞が瓦だと、カワラ・香良神社が倭国・でway、上様の発音のウエサマ・ウェイ様・倭で空耳アワー完成ですので、言語的にもDNAの話はまだまだのような???(笑)
九州住みですが九州の中部から南部にかけて身体が小さくて丸みのある体型の人が多いです。30年前ぐらいに本州へ初めて行った時に背の高い人が多くてびっくりした事があります。九州の身体の小さい方達は東南アジアから来た人の子孫なんだろうなと自分はそう考えています。とくに男性にそれを感じました。
体の長い?背の高い人達は大陸や半島から来た人達だと思っています。ほんとうに骨格が違うと思いました。
東京大学の大橋順教授らゲノム解析した。
遺伝子検査サービス事業でえられた全国47都道府県の1万1000人のゲノムデータを大橋順・東京大学教授が解析しました。
もっとも縄文人にちかいのは沖縄であり、突出しています。つぎは鹿児島であり、これもやや突出しています。そのつぎは青森・岩手、福岡・佐賀・長崎・大分・熊本・宮﨑・山口です。
逆に、渡来人にちかいのは、滋賀・三重・京都・奈良・和歌山・大阪・兵庫、香川・徳島・愛媛・高知です。
また渡来人は、朝鮮半島からやってきて九州北部に上陸したとかんがえられますが、九州北部は渡来人がそれほどおおくなく、したがって渡来人のおおくは、九州北部にはあまり定着せずに近畿地方あるいは四国地方へ移住したのではないかとかんがえられます。
近年の遺伝学や考古学の成果から、縄文人の子孫と渡来人の混血は数百~1000年ほどかけてゆっくりと進んだとみられている。
ヤマト王権(元邪馬台国と言われるひとまとまり)ほぼそのものの分布。縄文黥面倭人(海神族)、北東アジアから初期弥生混血氏族(渡来系氏族)、東アジアから、水筒栽培他中華技術を持つ後期渡来系混血氏族。古代は氏族共同体が塊になって国になっていくので。別データで見る弥生時代の人口分布図がほぼ同じ形で人口が多く。古代から近大になるまで人の数が戦いの勝敗になるので、ヤマト王権勢力がゲノム分布図からも証明した。
今回の別の、縄文人の子孫が大陸から来た渡来人と混血することで生まれた。現代人のゲノム(全遺伝情報)を解析したところ
東京大学の大橋順教授らゲノム解析した。
遺伝子検査サービス事業でえられた全国47都道府県の1万1000人のゲノムデータを大橋順・東京大学教授が解析しました。
もっとも縄文人にちかいのは沖縄であり、突出しています。つぎは鹿児島であり、これもやや突出しています。そのつぎは青森・岩手、福岡・佐賀・長崎・大分・熊本・宮﨑・山口です。
逆に、渡来人にちかいのは、滋賀・三重・京都・奈良・和歌山・大阪・兵庫、香川・徳島・愛媛・高知です。
また渡来人は、朝鮮半島からやってきて九州北部に上陸したとかんがえられますが、九州北部は渡来人がそれほどおおくなく、したがって渡来人のおおくは、九州北部にはあまり定着せずに近畿地方あるいは四国地方へ移住したのではないかとかんがえられます。
近年の遺伝学や考古学の成果から、縄文人の子孫と渡来人の混血は数百~1000年ほどかけてゆっくりと進んだとみられている。
ヤマト王権(元邪馬台国と言われるひとまとまり)ほぼそのものの分布。縄文黥面倭人(海神族)、北東アジアから初期弥生混血氏族(渡来系氏族)、東アジアから、水筒栽培他中華技術を持つ後期渡来系混血氏族。古代は氏族共同体が塊になって国になっていくので。別データで見る弥生時代の人口分布図がほぼ同じ形で人口が多く。古代から近大になるまで人の数が戦いの勝敗になるので、ヤマト王権勢力がゲノム分布図からも証明した。
DNAの事は不勉強なのでなんとも言えませんが
私最大の謎が渡来人が北九州や出雲丹波北陸に来てるならナゼ中国地方はシカトされたんだろうか🤔💭??
分かっていないだけで遺跡や古墳が沢山有るのでは無いだろか?