“まちの駄菓子屋”約10分の1激減の中 新たに吉野ケ里町にオープン【佐賀県】 (25/05/08 18:19)

50年前と比べて1/10近くまで減る など年々姿を消している町の駄菓さん。 こうした中吉野狩長に去年8月にオープン した町内唯一の流し屋があります。50歳 で店を開き地域の子供たちを見守っている 天手の男性を取材しました。 めったら見える。めくったら見える。 うん。当たりますよ。絶対当たる。え、 100円でしょ。多い。 500円持って。 吉野が町吉田に去年8 月にオープンした吉田の駄菓し屋。後を過ごす子供たちで毎日賑わ。 [音楽] いや、もう多分今年は持たない。 何に使ってるん?し、 今じゃない感じをなんか味わえていい。 [音楽] めっちゃ嬉しい。え、学校に近いし、あの、なんて言う?安い。おじさんが面白いしで来やすくてみんなで集まれる場所みたいな。 [音楽] 子供たちも本当ありがそうですよね。うん。 ここまで仲良くなれると思ってなかったから [音楽] 店に立つのは駄菓屋のおじちゃんとして親しまれる住高夫さん。 51歳です。 自分は迷いはなかった。 自分がちっちゃい頃の高屋さんのこうイメージっていうか、それだけを元に迷いはなかったと話しますが、この場所で元々高屋を開く予定だったのは住さんではありませんでした。 その当時は元気だったのでなんかお店またできたらいいねっていうことで小さくはあるけどシアができたらいいねっていうところでちょっと考えていたので すみさんの妻が育ったこの場所はかつて叔父がクリーニング店を営んでいました。 しかし区画整理の影響でおよそ10年前に 廃業。すみさん夫婦は子供好きの2人の ため後地に立てた自宅に駄菓し屋用の スペースを設けましたが店を開くことは 叶わぬまま2人とも病気で亡くなったそう です 。 今日子供手がだいぶっいっぱい来てくれたよとかそういうこともこう話しかけながらしたりしてるんで [音楽] 多分喜んでくれてると思います。 育ての親でもある夫婦の思いを継ぐ夫の姿に妻は [音楽] ま、半々ですかね。し屋で食べていけるのかなとかま、そういう自分はそういう考えだったんですけど 結構現実的 あ、現実的ですね。私は230円です。 変えるか。すぎ。あとバ焼きさんとか焼肉さんら辺も買っていかないか。 うん。 店作りの鍵を握るのは店内80 種類以上の駄菓しの買い付け。 現実的という妻と相談しながら2週間に1 度福岡県大市のおろし業者を訪れます。 結構難しい。考える。 なんかなんかかうん。 で、いかに違うお菓子で子供たちの目に止まるようなやつを選ぶかっていうのが ていうのはやっぱこういうやつです。 すみさんが頼りにするのは自らの記憶と子供たちの反応です。 はい。ありがとう。すごい すごい懐かしいなって感じると思いますよね。それが今の子にも受けてるんですか?大人気です。 本と大人気です。 もうびっくりするぐらいですね。 チョコレート1個であります。 この日はダンボール5 箱分の駄菓しやおもちゃを購入し、急いで店に戻ります。 [拍手] ゆっくりしたいなっていうのはやっぱありますよ。ありますけど子供たちが来てくれたりとかする方が勝ってるかな。 [音楽] バタバタです。回1週間で1 番バタバタする時間がここかもしれない。 店の定休日は金曜日のみで買い付に行った直後に店を開くことも。 日曜日のこの日は子供だけでなく大人の姿も目立ちました。あってから朝たい。もう 1歩や。ああ、先 ないですね。 おやつが買いたいっていう話が出て、じゃあここ行ってみらんみたいな。忘れた。 うちの場合はちょっと遠いとこからね。逆に言ったらそれだけ高菓し屋さんが今ないっていうことですよね。 経済産業省によると全国の駄菓を含む歌業 の事業所の数はおよそ50年前にはおよそ 14万箇所ありましたが最新の調査では1 万5000箇所余りとおよそ1/まで減少 しています 。子供たちがこう気軽 にそのお菓子を買いに行ける状況じゃない じゃないですか、今ね。そういうのは ちょっと寂しいですよね、やっぱ 。教えてもらい ながらやっとですよ。できるようになった の。 平日の午前中、住さんの姿は神崎市の作業 場にありました 。駄菓を始めるまでは福岡市内で内創業を していたさ 。子供たちが学校にいる時間帯に働ける今 の会社に50歳の去年転職しました。 [拍手] ダガシアをやる予定っていうことで、で、ちょうどうちもあの日中ですかね、男性の方が 1人欲しかったんで、 主に車やバイクの部品作りを担当し、慣れた手付きで塗料を吹きつけますが、全くの未経験だったそうです。 あ、無理だってあんま思わない性格って いうか、あ、やってみようってなるんすよ 。ダブルワークも大変だと思うんですけど 、やっぱ笑顔がこう集まるとこなんで是非 長く続けてもらえたらなとは思ってます [音楽] 。よみせで気をつけて帰らんよ。 職場から帰るとすぐに店先へ。声をかけながら下行する児童を見守ります。多分 向こうから声かけてくるみたいな感じなんで、もうそんなたいもない会話して帰っていくみたいな。 はい、どうぞ。ありがとう。オーバーのことを思いながらこの店を続けてら行けたらなて思ってます。 [音楽]

50年前と比べて10分の1近くまで減るなど、年々姿を消しているまちの駄菓子屋さん。こうした中、吉野ヶ里町に去年8月にオープンした町内唯一の駄菓子屋があります。50歳で店を開き地域の子供たちを見守っている店主の男性を取材しました。

吉野ヶ里町吉田に去年8月にオープンした「吉田の駄菓子屋」
放課後を過ごす子どもたちで毎日にぎわいます。

【男子児童】
「お年玉がもう多分今年は持たない」
Q.何に使っている?
「駄菓子屋」

【男子生徒】
「今じゃない感じを味わえていい」
【女子児童】
「めっちゃ嬉しい、学校に近いし安い」
【女子児童】
「おじさんが面白いし来やすいみんなで集まれる場所」

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「子供たちにはほんと“ありがとう“ですよね、ここまで仲良くなれると思ってなかったから」

店に立つのは“駄菓子屋のおじちゃん”として親しまれる角隆生さん51歳です。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「迷いはなかったですね、ただその自分がちっちゃい頃の駄菓子屋さんのイメージっていうか、それだけを元に(店を作った)」

迷いはなかったと話しますが、この場所で元々駄菓子屋を開く予定だったのは角さんではありませんでした。

【奥さん】
「その当時は元気だったので、なんかお店またできたらいいねっていうところで“小さくはあるけど駄菓子屋ができたらいいね”っていうところで考えていた」

角さんの妻が育ったこの場所は、かつて、おじ夫婦がクリーニング店を営んでいました。しかし、区画整理の影響で約10年前に廃業。

角さん夫婦は子ども好きの2人のため跡地に建てた自宅に駄菓子屋用のスペースを設けましたが、店を開くことは叶わぬまま2人とも病気で亡くなったそうです。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「子供たちがだいぶいっぱい来てくれたよ〜とか、そういうことも話しかけながら手を合わせたりしてるんで、多分喜んでくれてると思います」

育ての親でもある叔父夫婦の想いを継ぐ夫の姿に妻は…

【奥さん】
「喜びと不安とまあ半々ですかね、駄菓子屋で食べていけるのかな?とか、まあそういう自分はそういう考えだったんですけど。現実的ですね私は(笑)」

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「かば焼きさんとか焼き肉さんも買っていかないかん」

店づくりのカギを握るのは店内80種類以上の駄菓子の買い付け。“現実的”という妻と相談しながら2週間に1度、福岡県大牟田市の卸業者を訪れます。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「仕入れは結構難しい、考える。いかに違うお菓子で子供たちの目に止まるようなやつを選ぶかっていうのが難しい」

角さんが頼りにするのは自らの記憶と子どもたちの反応です。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「私の世代はこういう駄菓子がすごい懐かしいなって感じると思いますよね」
Q.今の子にも受けてるんですか?
「大人気です、本当大人気、もうびっくりするぐらい」

この日は段ボール5箱分の駄菓子やおもちゃを購入し、急いで店に戻ります。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「ゆっくりしたいな、ていうのはやっぱありますよ、ありますけど、子供たちが来てくれたりとかする方が勝ってるかな。バタバタです、1週間で1番バタバタする時間がここかもしれん」

店の定休日は金曜日のみで買い付けに行った直後に店を開くことも。
日曜日のこの日は子どもだけでなく大人の姿も目立ちました。

【神埼市から】
「家の近くに駄菓子屋はないですね、子どもからおやつが買いたいっていう話が出てじゃあここ行ってみらん?って」

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「うちの場合はちょっと遠いとこから来る人も多い。それだけ駄菓子屋さんが今ないっていうことですよね」

経済産業省によると全国の駄菓子屋を含む菓子小売業の事業所の数は、約50年前には約14万カ所ありましたが、最新の調査では1万5千カ所あまりと約10分の1に減少しています。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「子供たちが気軽にお菓子を買いに行ける状況じゃないじゃないですか、今ね、そういうのはちょっと寂しいですよね」

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「教えてもらいながら…やっとです、できるようになったのは」

平日の午前中、角さんの姿は神埼市の作業場にありました。
駄菓子屋を始めるまでは福岡市内で内装業をしていた角さん。
子どもたちが学校にいる時間帯に働ける今の会社に去年、50歳で転職しました。

【G-factory緑川博文社長】
「駄菓子屋をやる予定ってことでうちもちょうどあの日中ですかね、男性の方が1人欲しかったんで」

主に車やバイクの部品作りを担当し、慣れた手つきで塗料を吹きつけますが、全くの未経験だったそうです。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「無理だってあんま思わない性格っていうか、やってみようってなるんすよ」

【G-factory緑川博文社長】
「ダブルワークも大変だと思うんですけど笑顔が集まるところなんで、是非長く続けてもらえたらなとは思ってます」

職場から帰るとすぐに店先へ。声をかけながら下校する児童を見守ります。

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「もう向こうから声かけてくるみたいな感じなんで、そんな他愛もない会話して帰っていくみたいな」

【吉田の駄菓子屋 角隆生さん】
「おじとおばのことを思いながらこの店を続けていけたらなと思います」

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