甲府市てんこもり!甲府駅に甲府城、山梨県の大都会を散策!【オリオンスクエアなどの商店街】

山梨県は甲府市・甲府駅についに到着!
ここで山梨県の一番栄えている商店街や、甲府城、山梨駅南北口の両方を見ていきます。
山の中の壮大な都市、いったいどんな景色をみせてくれるのだろうか?

好奇心がわいた場所に突撃取材した動画をアップしてます。

自転車で峠越えを学生の時にしたり、行動あるのみで色々な土地へ行ってみてこそ見れる景色もあります。
私の旅行先は誰かの「日常」であり、その日常に触れることこそが私にとっては貴重な旅行となるのでは?

そんなアナタの「穴場」をぜひ教えてください。

次に行くのはアナタの町かもしれません!?

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6件のコメント

  1. 北口は明治・大正・昭和初期のレトロ感の雰囲気な感じなんですね❓(*゚▽゚)ノ✨
    南口は都会的✨な感じの雰囲気で昼夜賑やかな感じなんですね❓Σ( ̄。 ̄ノ)ノ💧

    甲府城🏯信玄が滅んだ後に豊臣秀吉の命令で加藤光泰が築き始め浅野長政・幸長父子によって完成してなんて知らなかった😅

    武田信玄は「自分の命が途絶えた後は3年間隠せ」と残し後世の事も気にかけてぃた 周囲からの侵略を防ぐためにとぃう有名な話らしぃ✨ƪ(˘⌣˘)ʃ❣️

    甲府城🏯には…御金蔵事件がぁりました1734年(享保19年)12月24日の夜甲府城内にあった金1400両が盗み出されたとぃう事件でァル。甲府勤番支配2名が処分された他事件当夜警備のため宿直してぃた勤番士らも職務怠慢や虚偽報告、賭博等の罪によって処分がなされた。とかΣ( ̄。 ̄ノ)ノ💦

    シズムくん💕俊足✨だよねぇ🐈‍⬛🐾✨(*^▽^*)ェヘ💞カッコ良かったぁ✨

    今回も「ありがとう😊💞」ぉ疲れサマ ✨

    次回の動画も✨楽しみにしてぉります
    🤗💞

  2. 悪代官の乱用…笑
    1:39

    山梨県は山中湖と河口湖しか行った事ないけど甲府もすごく良い所ですねぇ(*ˊ ˋ*)行ってみたくなりました

  3. 地元民です。
     裏春日のあたりで「区画整理されてるの?」とおっしゃっていましたが。
     これは江戸時代、甲府城下の道筋なんです。甲府は再開発はされてません。江戸時代の町割りはほとんど手を加えられず、明治から令和の現代まで使われ続けています。甲府空襲でこの繁華街のあたりは焼けてしまったそうですが、道や敷地はそのまま手つかずで使われ続けています。交差点が微妙にずれているところが多いですが、江戸時代の町割りの特徴がそのままになっています。妙な小道や曲がり角が多いのもこのためです。
     さらに地図を見ていただくと細長い敷地の建物が目につきますが、これも江戸時代からのもの。オリオン通りや春日通り、裏春日のあたりは町人町、市役所や防災新館のあたりは武家屋敷だったところ、甲府駅は甲府城の中に建てられたものです。お城に駅を作るって文化財の破壊じゃんか、と私も思いましたが明治維新後全国各地のお城は「空き地」状態でしたから鉄道駅になったところはほかの県でも何カ所もあります(金沢城は金沢大学になりました。手狭になって大学は郊外へ移転、その後お城の再現、復元が行われていますね。)。明治は文化財保護より市街の発展整備が優先されたようですね。武家屋敷の後の敷地に大きな建物(山梨県庁、防災新館、甲府市役所など)が建てられているのも全国各地にみられます。あと、このあたりを巡ると甲府城の「掘り跡」もあります。中心街南側には濁川(にごりがわ)という名前になっているところあります。江戸時代に作られた位置はまったく変わっていません。
     甲府駅から東側、身延線金手駅、善光寺駅あたりまで「城東地区」は、甲州街道沿いの商人町の町割りが多数残っています。うなぎの寝床みたいな南北に長い敷地が多数、甲州街道に面して並んでいます。
    甲府駅周辺、江戸時代の町並みを再現するなどして、歴史物を前面に打ち出して観光すればいいと私は思ってるんですが、甲州人は話し合ってもまとまらないですから😄 なかなか上手くいかないですねぇ。こんな「歴史遺産」が多数あるのにもったいないことです。
     あ、武田信玄の居城は甲府駅から北へ行った「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)」です。現在は武田神社です。これが戦国時代の山梨の中心地ですね。さらに時代をさかのぼると甲斐の国の中心は現在の笛吹市あたりで、甲斐国分寺がありました。
     山梨は位置的には東京の隣ですが間が山深いこともあって発展ができない感じです。同じ盆地の奈良は、大阪、京都との間が山が少なくつながりが持ててますが、同じ盆地の甲府は周囲の山の険しさから都心と切り離された感じがあります。リニアの開通で東京、中京圏とのつながりが作れて発展するでしょうかね?

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