日本で最もディープなラーメン屋と横尾忠則が母の背中で感じた死の気配漂う闇の街の路地裏の夜・播州ラーメン「マルシゲ」・廃屋・廉売マーケット(兵庫県西脇市)#部落#Y字路#B級スポット#路地裏#横尾忠則

秋蛇星短編映画製作所 20241205
兵庫県で最もディープな街とラーメン屋の夜に埋没!横尾忠則が母の背中で感じた死の気配漂う闇の街の路地裏の夜(兵庫県西脇市)・廉売マーケット・マルシゲ・鋸屋根・廃屋・廉売マーケット#部落#Y字路#B級スポット
【脚本】
廃屋闇のふる小径 その先には大樹が
まちのそこここには繊維産業の街の
名残の鋸屋根が多数残された。
路地には板張り古民家多数







横尾忠則が母の背中で死を感じた街
西脇消防本部
こんな町に異色な電飾!
日本一ディープなラーメン屋へ
まるしげ
隣でおじさん死んでますが・・・
兵庫県で最も
ディープな街の夜!
死の気配漂う闇の街
兵庫県西脇市
横尾忠則のY字路
曲:oothsayer John Patitucci
來住家住宅はすでに門戸を閉ざす時間帯だ。
ヤマト運輸だけが闇に出没。
昔ながらのアパレル企業が生き残る街角
歯の抜けたように空隙の多くなった
路地に足を踏み入れると・・・
蔦屋敷化する廃屋
かつて元気な犬が吠えていた家も無人に
左の更地には何とも味わい深いお好み焼き屋の
廃屋があったがついにはなくなり・・・
「蒼い家」と呼んでいる平屋も
空き家なのか?路地では新聞屋が集金にやってきて、
天気の話題などが聞こえてきた。
曲:夜と共に耽る 1分32秒
街のはずれには小径が闇に消えかかっていた。
やけに興趣をそそる小径だ。
小径を出たところには一本の巨木が君臨していた。
何も利用されなさそうな
更地を行く探検隊。
周りの景観からは異質なℝⅭの建物が・・・
カラスも帰る夕刻
童謡:故郷(ふるさと)
その先には、西脇をシンボライズする
鋸屋根が望めた。
ちょうど5時の時報が流れる。
古瓦の乘る鋸屋根工場は現在は
屋根付き駐車場として使用されている。
童謡:故郷(ふるさと)
味わい深いさび付いた倉庫のある路地
曲:surya-namaskar
そこには犬が飼われていた!
売り物件発見
空き家の前はこんな風景
家の玄関内側には主人と思しき
人影がうごめいており郷愁をそそった。
2-3歳ころに、成瀬家から呉服
商をしていた横尾家へ養子に行
く。養父は店を構えていたわけ
ではなく、自転車の荷台に着物
や反物を積み、料亭などに売り
歩いていた。
2歳のある日、多可郡西脇町(現・西脇市)のはずれにあっ
た実家の近くの橋(萩ヶ瀬橋)が台風による氾濫で流され仮設
の橋が架けられた。
小さな板が打ち付けられているばかりの浮き橋で、父が自転車
を押しながら安全を確認しながら進む後を母に背負われた横尾
は河原から不安な気持ちで見つめていた。
母の背中の温もりを通し、両親の心がそのまま大きな愛になっ
て伝わるのを感じる。しかし、同時に死の観念に襲われる。こ
の親子の関係がいつまでも続くはずがないという感覚だった。
横尾は両親が50代になってもらわれてきた養子であったた
め、横尾の眼には2人ともひどく年寄りに見えた。
このため、両親と自分の関係が長く続かないのではという漠然
とした恐れがあった。
また、川の氾濫によって田畑が流され滅びるという自然のもた
らしたカタストロフィー(この場合、大災害の意)の匂いの中
で破滅的な終末の兆しを感じとった。れが記憶に残るこの世で最初
に見た光景である。
2-3歳ころに、成瀬家から呉服商をしていた横尾家へ養子に行
く。養父は店を構えていたわけではなく、自転車の荷台に着物
や反物を積み、料亭などに売り歩いていた。
2歳のある日、多可郡西脇町(現・西脇市)のはずれにあっ
た実家の近くの橋(萩ヶ瀬橋)が台風による氾濫で流され仮設
の橋が架けられた。
小さな板が打ち付けられているばかりの浮き橋で、父が自転車
を押しながら安全を確認しながら進む後を母に背負われた横尾
は河原から不安な気持ちで見つめていた。
母の背中の温もりを通し、両親の心がそのまま大きな愛になっ
て伝わるのを感じる。しかし、同時に死の観念に襲われる。こ
の親子の関係がいつまでも続くはずがないという感覚だった。
横尾は両親が50代になってもらわれてきた養子であったた
め、横尾の眼には2人ともひどく年寄りに見えた。
このため、両親と自分の関係が長く続かないのではという漠然
とした恐れがあった。
また、川の氾濫によって田畑が流され滅びるという自然のもた
らしたカタストロフィー(この場合、大災害の意)の匂いの中
で破滅的な終末の兆しを感じとっ
に見た光景である。
アトム電器戎町店
株式会社田中電器 プラスワンタナカ
ヒロタ薬局
薬局脇からは再び闇の路地の光景だった。
3、4歳の頃、「自分はどこから
来た人間なのだろう」としきり
に考えるようになる。
年老いた両親は果たして本当の親なのだろうか、と考えるが怖くて聞けなかった。
母は、この横尾の不安に感づいたのかある日、試すような言い
方で「ターちゃんは、橋の下でひろってきたんやで」と横尾の
耳元でささやいた。
横尾の耳の中でその言葉は何度も繰り返され、やがて棲みつく
ようになる。
時空を超えたはるか遠い昔の出来事のように思えたが、誰かに
捨てられたことに対しての悲しさはなく、甘酸っぱいロマン
ティックな物語の主人公になったような感覚があった。
横尾には捨てられた場所は分かっていた。洪水で流された橋
のずっと上流の橋の下だった。その橋は洪水で流され、原型を
とどめていなくても間違いなくそこだという感覚があった。
その後、横尾は両親と渡った橋と捨てられた橋の夢を何度も見
るが、橋はいつも途中で途切れており、そこから先は細くて薄
い板が1枚延びているだけだった。
ただ、その先は別の世界につながっているという感覚だけが
あった。それが後々まで映像として横尾の脳裏に残った。
死は終わりではない
自分の故郷はもう一つ別のところにあって、懐かしい故郷から
やってきて今ここにいるが、いつの日にか再びその故郷に戻る
のではないかという漠然とした予感を抱くようになる。
物思いにふけることが好きで、外に飛び出し流れ星を待つと、
いつもそれはすぐにやってきた。
流れ星は懐かしい故郷の記憶を運んでくるように思え、この予
感は毎日のように繰り返され、記憶の中で強まっていく。母に
家の近くの坂上の地蔵堂によく連れていかれたが、母は涎掛け
を縫っては地蔵に掛けるのだった。
横尾忠則が包装紙をデザインした「住吉屋」
横尾の記憶の中でその地蔵は自分自身になっていた。石になっ
て動かない僕の遺骸に母は弔いの気持ちを込めて涎掛けを賭け
続けるのだ。
あるいは、僕は赤子で生命力にはあふれているが無力なので、
ひたすら母は愛情を授けているのかもしれない、と横尾は感じ
ていた。地蔵は生と死を兼ね備えると同時にはるか遠くの昔の
世界につながっていく。
西脇消防本部はあまりにレトロであった。
その横の公衆便所はあまりに味がある。
小便をしながら見る景色
寂れすぎた街に似合わないクリスマス電飾が!
再び闇に突入・同化する。日の出精肉店北Y字路
作品名:暗夜光路N市-Ⅱ
廉売マーケット
廉売マーケットは、
中国の引揚者のために
建造された商店街で、
旭マーケット・寿マーケットと
ともに西脇に残る
木造アーケード商店街の一つだが一番知名度は低い。
この奥に一軒の中華屋がある、
この商店街で営業を続けるのは、こことその手前の喫茶店位だ。
ラーメン「まるしげ」
いうまでもなく、日本一ディープなラーメン屋だ。
ラーメン「まるしげ」
街の穴蔵のようなこの中華そば屋で
ラーメン550円とたんぱく質を
摂取すべく、ももやき800円を注文。
客の親父さんは奥で瞑想していた。
曲:Jingle Bells Calm – Kevin MacLeod
少年期・青年期
中学校の帰り道、蓬莱橋近くの文化堂書店(廃業)にて、南洋一郎
著・鈴木御水画の『片目の黄金獅子』の装飾的かつ美麗な装丁に目
を奪われる。
「日の出湯」という銭湯に通ったが、浴場に描かれた富士山と帆掛
け船の壁画と番台越しにちらっと見える女湯の友達の姿に胸を高鳴らす。
大学進学を決意した塾の帰り道、童子山付近の商工会議所の上空数
10mの位置に洗面器大のオレンジ色の光体(UFO)を友人らと目撃。
休養宣言
ピラミッドパワーを体感できる岡之山美術館・瞑想室。
1970年1月、タクシー乗車中の交通事故で生まれて初めての入院生
活を経験。これを機に1-2年間の休業宣言を行う。
この間も全作品展の開催やエッセイの連載、写真や小説などの新分
野への進出を行っており、仕事をやめていたわけではない。
横尾の休業宣言は、大阪万博のこの年、「人類の進歩と調和」のス
ローガンに浮かれていた世間に対する尖鋭的な表現でありえた
し、1960年代以降の横尾の反体制的指向を象徴する出来事として
受けとめられた。しかし9月には原因不明の足の痛みによって2度
目の入院を余儀なくされ、ほとんど歩行不可となってしまう。
深刻な病状に高倉健や浅丘ルリ子らも見舞いに訪れる。そんな中に
あって、三島由紀夫だけが横尾に対し仕事をするように激しく叱咤
激励した。
三島が横尾に何としても仕上げさせたかったのが、細江英公の三島
の写真集『新輯薔薇刑』の装幀(90頁)であり、篠山紀信撮影に
よる写真集『男の死』の撮影であった。
三島は自分の撮影を終えており、しきりに横尾に催促した。
同年の後の三島の自決によって、横尾は大きな衝撃を受けその後も
横尾の心を捉え続けることになる。三島の姿やイメージはのちの
横尾の作品中にいく度となく登場する。写真集『男の死』は、その
後封印されたままとなった。
語録・発言

人間が肉体を持ってこの世に生ま
れてくる意味と目的は、解脱の
チャンスが与えられているという
ことを認識させるためかもしれない。

でなければ霊界に行ってもすぐに
こちらに戻されて、何度でも寸善
尺魔の現界での人生を経験させら
れることになる。
死後の世界を怖れながらビクビク
生きるほど情けない生き方はない
が、あちらの世界が本体であるこ
とが分かれば、生き方も変わる。
人類が死後の世界の存在を認めた
時に人類の意識は飛躍的に進化す
るだろう。

脚本・監督

 秋蛇星

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