京都ポタリング 通りの端から端まで走る! #54-2 大宮通後編 #京都 #ポタリング #自転車

京都の南北の通りである大宮通を後編の今回は大宮通のほぼ中間地点となる(二条城前)から南の端(伏見区竹田青池町の油小路通との交差点)まで自転車で走った車載動画です。
大宮通の全長は約12kmほどとなり、動画を前編後編の2本に分ける事にしました。
今回の動画は通りの南部半分を走っています。
前回の動画で前半となる北部半分を走っています。
前回と今回を合わせてご覧頂ければ大宮通の全てを見ることが出来ます。
途中、地元目線での京都の街案内などをしておりますので是非ご覧下さい。
#京都 #ポタリング #自転車

This is the second part of a car video of a bicycle ride along Omiya-dori, a north-south street in Kyoto, from roughly the midpoint of Omiya-dori (in front of Nijo Castle) to its southern end (the intersection with Aburanokoji-dori in Takeda Aoike-cho, Fushimi Ward).
The total length of Omiya-dori is about 12km, so I decided to split the video into two parts, the first and second parts.
In this video, I ride along the southern half of the street.
In the previous video, I ride along the northern half, which makes up the first half.
If you watch these two videos together you will be able to see the whole of Omiya-dori.
Along the way, I give information about Kyoto from a local’s perspective, so please do take a look.
#Kyoto #pottering #bicycle

※日本語と英語の字幕を付けています
※Includes Japanese and English subtitles

0:32 ご挨拶と説明
0:42 大宮通後編の地図
2:03 スタート
2:50 押小路通
4:32 二条陣屋
5:55 三条通
7:27 錦小路通からだんだん通りは賑やかに
8:07 四条大宮
11:14 五条通
15:03 七条通
15:25 梅小路公園
20:07 八条通
21:08 東寺
25:17 九条通
28:50 十条通
32:17 久世橋通
35:05 この橋を越えれば
38:12 後編のゴール

△ 動画内に出てきた場所など
元離宮二条城
https://nijo-jocastle.city.kyoto.lg.jp
二條陣屋(小川家住宅)
https://nijyojinya.net/
三条会商店街
 http://sanjokai.kyoto.jp
川勝總本家
 https://www.kawakatu.com/
京都府左官技能専修学院
 http://kyotosakan.com/007.html
淳風bizQ(旧下京図書館)
 https://jumpubizq.com/
西本願寺
 https://www.hongwanji.kyoto
龍谷大学
 https://www.ryukoku.ac.jp
龍谷大学 大宮キャンパス (大宮学舎)
 https://www.ryukoku.ac.jp/about/campus_traffic/omiya.html
龍谷大学付属平安中学校・高等学校
 https://www.heian.ed.jp/index.php
梅小路公園
 http://www.kyoto-ga.jp/umekouji/index.html
京都水族館
 https://www.kyoto-aquarium.com/index.html
京都鉄道博物館
 https://www.kyotorailwaymuseum.jp
東寺
 https://toji.or.jp
大通寺
 https://kyoto-daitsuji.com/
伏見力の湯
 https://chikara-u.com/
じねんと市場
 https://jinento.com
フットサルスクエア 京都南
 https://2036.jp
火打形公園 スケートボードパーク
  https://kska.net

皆さんこんにちは
サイクルパンダchのご視聴ありがとうございます。
この動画では、碁盤の目と言われる京都の通りを
自転車(ダメなところは徒歩)でのんびり走ります。
途中、街のご案内も出来ればと思っております。
ではごゆっくりご覧下さい。

Hello everyone
Thank you for watching Cycle Panda ch.
In this video, we will take you through the streets of Kyoto,
which are said to be shaped like a checkerboard.
I ride my bike (and walk where I can’t) at a leisurely pace.
I hope to be able to show you around the city along the way.
Please take your time to take a look.

大宮通(おおみやどおり)
京都市北区、上京区、中京区、下京区、南区、伏見区に
かけて通る全長約12kmにわたる南北の通り。
平安京の大宮大路(東大宮大路)にあたる。
道がとても長い為に道の特色は表しずらいが、
とても様々な顔を持っている通りである。
また通り名の由来についても諸説あり、
平安京の内裏の近くを通っていたからという説や
動画内にも登場する久我神社辺りを
昔から大宮と呼んでいたからという説などがある。

Omiya-dori
A north-south street that stretches for about 12km through Kyoto City’s Kita-ku, Kamigyo-ku, Nakagyo-ku, Shimogyo-ku, Minami-ku, and Fushimi-ku.
It corresponds to Heian-kyo’s Omiya-oji (Higashi-Ōmiya-oji).
Because the road is so long, it is difficult to describe its characteristics, but it is a street with many different faces.
There are also various theories about the origin of the street’s name, including one that says it passed near the Imperial Palace of Heian-kyo,
and one that says it is because the area around Kuga Shrine, which appears in the video, has long been called Omiya.

ご視聴いただきありがとうございました。
これにて大宮通ポタリングは終了いたします。
この動画を見ていただいて、
京都の知らない一面を知っていただければ嬉しいです。
また次回の動画でお待ちしております。

Thank you for watching.
With this, Omiya-dori, Street Pottering will end.
Thank you for watching this video,
I would be happy if you could learn about a side of Kyoto that you don’t know about.
We look forward to seeing you again in the next video.

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8件のコメント

  1. こんばんは😃
    楽しみにしてました😅
    二条城からどこを下がるのかと思っていたので😮
    実はもう30年以上も前に小さな製薬会社に仕事で来ていた事が有り、そこが今回のスタートして直ぐの御池通りから下がった二条陣屋の近くで宿泊していた旅館が阪急の大宮駅を少し上がった所にあったのでそこから歩いて通ってたのでとても懐かしく拝見しました😮三条通りの付近とか記憶に残っていました😅
    大宮駅からは通りも広くて走り易いですね😊
    今年の冬の特別拝観で東寺の五重の塔の中を拝観出来たので良かったです😊
    これから以前の配信を見て少しずつ通りの勉強して観光に役立てますね😊
    動画ありがとうございました😊

  2. こんにちは。いつも楽しく拝見しています!
    大宮通はけっこう身近な通りなんですが、知っているのはほんの一部なんだなと思いました。
    また次回も楽しみにしています。
    車には気をつけて下さいね。

  3. NTTやDOCOMOの『塔』。
    かつて(平安時代とか)は高さ80mとか90mほどの仏教寺院の大塔がいくつも建っていたそうです。
    今は電波塔か。
    電波(ネット)様サマですからネ。
    デザイン的にはもうちょっと各層の屋根を張り出せば洒落になったかな。

  4. (続き)名和長年について …長くてすみません…二つに分けますね(1/2)

    鎌倉幕府の滅亡から南北朝の戦乱は、はっきりいって、御醍醐が諸悪の根源です。そして、南北朝の戦乱のおこりは、御ひと方の上皇のわがままからです。後嵯峨上皇は、第1皇子の親王を皇太子にし、皇位を譲られましたが(後深草天皇)、のちに、弟宮が生まれ、この末息子の可愛さゆえに、天皇に弟への譲位を迫ります。(普通、天皇の直系親王が皇位を継ぐのが普通ですし、医療のない時代なので直系親王が若く亡くなられた場合、その御子(王)が継ぐことが多いです。どちらも無い場合は親戚筋に譲りますが。)天皇にしてみれば、わが息子に継がせたいのに、弟に??と不満を抱きました。で、上皇は、この二人の息子(天皇とその弟宮)の直系に、「交互に」皇位を継がせる、と遺言なさったのです。これが「両統迭立」ですが、この上皇の思いつきのせいで、我が国の中世は長く泥沼の内乱になり、おびだたしい血が流れました。そして、このルールがスムーズにいくよう、上皇の意を受けた鎌倉幕府が、常に代々見張っていました。(後深草天皇が持明院統、亀山天皇が大覚寺統、それぞれ本拠地とした寺が由来です。)ところが。皇位継承は、その親王の「母方の実家」が命運をかけて争うので、欲の皮のつっぱった連中がまわりをガチッと固めている中、うまくいくはずがありません。初めの頃はその通りにしていましたが、ほどなく破綻します。御醍醐(大覚寺統)が即位した時です。即位したということは、相手方(持明院統)が皇位を約束通り譲ってくれたということですが、次はまた皇位を相手方(持明院統)に返さないといけません。そしてその次がこちらの番です。「が」御醍醐は自己愛の固まりみたいなタイプなので、自分の皇子(第1皇子ともいわれる大塔宮護良親王)に皇位を譲りたいと鎌倉幕府に申し出ます。鎌倉幕府は「次はあちらの宮様ですので」とルール通り返答しました。これを逆恨みして、御醍醐は幕府打倒を企みます。一度は失敗して、島流しになったのですが、天皇の島流しの意味は。そっから帰ってくんなあるいは海で…してしまえ、ですから、(天皇を弑することは朝敵になるので直接にはできません)、ところが、悪運の固まりみたいな御醍醐は島から脱出し、その脱出を助けたのが名和長年でした。名和長年は、地元の海運を抑えた実力者で、本人的には名門の流れと自己申告していますが、当時よくある悪党だったかもしれないといわれています。のちに南朝内の内紛で足利尊氏に討たれますが、ここか、三条猪熊か、どちらかだそうです。

  5. 大宮通りに面している生家を写していただきありがとうございました。亡き両親を思い出し涙がこぼれました。

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