チャンネル登録者11000人達成した朝6:30竹原信一LIVE
12年前、阿久根の名を全国に知らしめた市長がいる
職員のボーナスカットや解雇等、独裁者とも揶揄された彼の言動が日本中のお茶の間に流れた
2期務めた市長をリコールで退任した後も、阿久根の町で政治家を続ける竹原信一元市長
阿久根市議会議員選挙に当選しました‼️
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13件のコメント
おめでとう🎉
おめでとうございます🎉
最後のほうのやり取り面白かったですね😂
いきなり問い詰められてるじゃないかw上野さんwいっぽう教授が出来の悪い学生を試すような竹原さんとw「何かになれるかな?」という問いかけは根源的かつ古典的な問いかけで。「人間とはなにか?」「上野とは何者か」という古典的な問いになるんでしょうが。安心については、説明するのが面倒なので、竹原氏の言わんとするところは。引用とする。
・同調圧力
集団の中で少数意見を持つ人に対して、多数意見に合わせるよう暗黙のうちにプレッシャーを与える心理的な圧力を指します。英語では「peer pressure(ピアプレッシャー)」と呼ばれます。同調圧力は、日本社会に深く浸透しており、功と罪の両方を抱えています。
職場では身なりを整え、後輩は先輩を見て振る舞いを学ぶ学校や地域の環境が守られている災害時などにも秩序正しく行動しようとする一方で、同調圧力によるストレスは、従業員の意欲低下やパフォーマンスの低下を引き起こす可能性があります。また、従業員同士のコミュニケーションが希薄になることもあり、社員間の信頼関係を損なう恐れもあります。同調圧力をなくすには、普段から個人の価値観を明確にする文化をつくることがおすすめです。たとえば、仕事に対する考え方や取り組みの方向性などについて、従業員が自らの考えを普段から公言できる環境があるとよいでしょう。
・異安心
(いあんじん)とは、仏教各派において、正統とは異なった教義を指す語[1][2][3][4]。とくに浄土真宗において用いられる[1][2][3][4]。
浄土真宗においては、宗祖・親鸞が説いた「安心(あんじん)」とは異なると見なされた[5][4]異端的な[3][4]信仰、または信仰者が「異安心」として排斥の対象となった。同様の語に、異流[2]、異義[2]、異計[2]、邪義[2]などがある。
浄土真宗における異安心
歴史
浄土真宗においては、親鸞在世中からすでに門下にさまざまな論争・異義が生じていた[2][4]。本願寺を開創した覚如は、佛光寺系(真宗佛光寺派)が説いた「知識帰命」や、唯善の「無宿善往生」の教義を異安心として批判した[2]。
蓮如が生きた15世紀頃には、異安心と見なされる集団が多く現れた[4][5]。たとえば、秘事法門[4]、一益法門[4]、施物頼み[4]などである。
1763年から発生した西本願寺(浄土真宗本願寺派)の三業惑乱は、異安心の事件として知られている[4]。
近代においては、親鸞の思想の新しい解釈の試み(近代教学)に対して、伝統的教団の立場から、しばしば異安心という批判と排斥が加えられた[6]。
異安心と見做された人々・団体
秘事法門
清沢満之
金子大栄 – 1928年に著書『浄土の観念』が異安心とされて大谷大学教授を追われ、さらに真宗大谷派の僧籍を剥奪される[6](しかし、その後も自説を堅持する)。
曽我量深 – 1930年3月、『如来表現の範疇としての三心観』における主張が、異安心とされ問題となり、事実上追放の形で、大谷大学教授を辞任する(しかし、その後も自説を堅持する)。その後、金子とともに名誉回復された。
暁烏敏 – 1911年(明治44年)、その熱い情熱から異安心(浄土真宗における異端)扱いを受ける。
異安心の研究者
大原性実、「真宗異義異安心の研究」の著書がある。要約
関連項目
三業惑乱
十劫安心
竹原氏は上野氏がインプットされコントロールされた偽の幸せを追い求めていると言ってるようなもんだが。ついでにいうと、「孫のオシメをかえてあげる竹原氏は幸せを感じている」んだが、これは「保護できる、世話してあげられる孫に世話をしてあげられる竹原氏の自己達成感、自己拾足感」を実感できることが「幸せ」であるとなる。
これを実感しているのが母親である。女性にとっては簡単だ。「うちの子の世話が大変なのよねえ」だの「うちの宿六がねえ、靴下を脱ぎっぱなしにして大変なのよねえ^^」と、いいながら自慢話というか、「あたしちゃんとやってるのよ^^」という自己主張ををする女性のようなものである。
「上野氏を雑」という「いももち」氏が言わんとするところはこれである。サンママ、いももち、らあこ、の三名については子供を産んでいるので「雑」という言い方はよく分かる。品のいいサンママ氏は、「雑」とはいわないで上野氏を褒めているが、アケスケに物をいう「いもおち、らあこ」氏はキツイ言い方ではなく、直截的な言い方をする傾向があるだけである。
応用編として、未熟なので「助け甲斐」がある「まなびばさん」の反発コメントが多いので「助けてあげて^^とほかみさん」と依頼し、「じゃ、返信で反論を」という「私」という構図である。女性は出来ないことを男性に依頼してやってもらう。男性は達成感と「自己充足感」あるいは「自己存在感」を実感するのである私のように。
ウッカリ、ホイホイとオダテにのって使われてるようにも見えるんだが。しかし、「まなびば氏」はすぐ口論を始めて説教をし始めるのでwまあ、またグチャグチャすると面倒なので、私はテキトーに介入するのであった。
しかし、「誤爆して信者じゃないのを叩いてしまった」と、サンママさんに「いやあ^^失敗、失敗^^」というとだ。
「サンママさん」は、「blackberryさんと、ドラママさんにも依頼してみますね^^」とフォローに入るのであった。これが、「まなびばさんという子供」を育てる「夫婦」「男女」の構造である。
双方があまり当てにすると、「ワガママ」になったり「横暴」になったり、「神谷」になったり「九州の女帝」になったりするのであるので、男女とも配慮と程度を弁えたほうがいいのである。いいのであるが、配慮が行き過ぎると。女性の場合は「お節介」になったり「出しゃばり」になったり、男性の場合は「ウザイ」「エラソウだ」になるのである。バランスとしては「カズヤ氏」「井田氏」が適切であろう。
ゆえに、「ひねくれサンシャイン」を「サンちゃんはいい子」というサンママさんは、反抗期の青年を見るような温かい目で見ており、「ブロックはずせサンシャイン!」といういももち氏は反抗期の息子に「逃げるんじゃねえ」と説教する母親という要素が現れる。
ここで「らあこ」氏は「サンシャインいつもありがとう^^(誰も無視しないでありがとう^^女性がいいがたい神谷批判をしてくれてありがとう^^)」「シローはいい子」「お蕎麦さんを育てようかしら?」という祖母のような温かい目線を向けるのであった。
で、これが「太田⛳さん」だったら、「だって俺が介入しなくても出来るじゃん太田さん一人で」という返答になるので。「いももち、サンママ、らあこ」の三女子は依頼しないのである。太田さんのことは。
で、結局は「あたしたちは苦労話を乗り越えてきたのよ^^」という自慢話であるんだが、ハッキリ言って男性には無理^^武勇伝や、仕事の苦労話をする可愛い男制?といっしょ「可愛らしい女性」と言ってみたりするのであった。ー(完)ー
ちょうど選挙前で参政党のことでモヤモヤしてたので18:40から参政党の話が出てきて👂となりました。
国が反社会的→抑圧される→参政党に入って国を変えたい→入ってみたら国と同じかそれ以上の抑圧体制だった
離党者が参政党潰しに注力するのも、奴隷のストレス解消の一形態に過ぎないのかなと得心しました。
何事にも心を奪われすぎず、日常の一瞬一瞬を大切に、2歳児のニュートラルな心を忘れずに過ごすことが大切ですね。
違うんだよw上野さんwそこは悩むとこじゃないんだw竹原氏は反抗期の青年のままなんだよw
竹ー「先生公なんて馬鹿ばっかだぜ!」
というヤンキー青年がだ。舎弟上野君に。
上ー「そーっすねえ、先輩、でも俺世間の目がきになるんすよ。なんで先輩はそんなに世間を敵にして平気なんですかねえ?俺、成績と内申点が気になるすよ。竹原先輩、先輩みたいになるのは俺には無理っす!」
竹ー「おまえ騙されるなよ、上野」しっかり考えなきゃダメだぜ!まだ若いんだからしょーがないけどよお!おまえ、子供がいるんだろダメだよ、あっさりだまされちゃあ!俺も卒業するんだぜいつか、人間をよお!ガキの為にも気合入れてビシとしろよお上野!」と
上ー「そーっすねえ、先輩。俺も気合いれて頑張るっす!ご指導あざーっす!いやあ先輩の境地にはまだまだ、及ばないっすねえ。俺。チームの総長を目指しますよ!俺!」
と、いいつつ上品に鹿児島議会にカチコミをかけるのであった。
と、だいたいこんな構図である。こっちのほうが上野さんには分かりやすい。だが、バイク屋で、もとヤンキーの最終的には恫喝とインチキで私を騙そうとした、ヤンキー上がりに違いない中村氏のほうがこの言い方は納得がいくだろう。ヤンキーあがりだから、立派な(立派に見える)、竹原氏、インチキに違いない清少納言氏、なんとなく「空であり無我なのです」と言ってるだけの空無我ひっきい氏を。
バカにするのである。コンプレックスというより、口だけに見える人の足を引っ張る傾向があるのである。「先公」を引きずり下ろしたい、中村氏は。この場合は「先公」を引ずり下ろしちゃった「竹原氏」が、中村氏のライバルなのである。つまりは、「上野」を両方で、綱引きしている状況にみえるんだが。
しかし、ブラックエンペラーあるいは、関東連合のヘッド「竹原氏」。
一方、九州の怪童の地元では有名人の千代大海程度の「中村氏」では格が違う。
いわば、竹原氏は「横綱千代の富士」あるいは69連勝の「双葉山」。
中村氏は新弟子検査前の力士の卵といった構図である。
上野氏はタ二マチになりたい「相撲ファン」といったことである。
タニマチの上野氏はだ。
東正横綱、竹原氏、西正横綱、石浜氏。は尊敬しつつ畏怖し。
現役東大関のカズヤさん。西大関の太田⛳氏。畏敬し。
東張り出し大関中村仁氏、西張出大関井田氏、尊ばないがを敬いつつ。
関脇のお蕎麦さんにはサポートを惜しまず。
小結の青空の玉手箱さんには敬意を表し。
体力のある期待の前頭筆頭力士の「野次将軍討伐隊シロ🗿」氏には礼節を保って将来性を勝手インタビューしたのである。
ちなみに八百長で関脇になった毎場所が関脇陥落に怯えて必死になっている神谷はスルーするのであった。
解説ーゴールドキー
実況ーmimo
野次馬ー中村
観客ー能勢、吉田
相撲評論家あるいは相撲研究者ーとほかみえみため(色々)
だいたいこんな感じだね上野さん。後で編集しようかなこれ。
風天の寅さん、あんなふうに生きられたら、日本人の多くがそんなふうに生きている社会だと、天国なのかもね。と思う。
竹原氏は上野氏がインプットされコントロールされた偽の幸せを追い求めていると言ってるようなもんだが。ついでにいうと、「孫のオシメをかえてあげる竹原氏は幸せを感じている」んだが、これは「保護できる、世話してあげられる孫に世話をしてあげられる竹原氏の自己達成感、自己拾足感」を実感できることが「幸せ」であるとなる。
これを実感しているのが母親である。女性にとっては簡単だ。「うちの子の世話が大変なのよねえ」だの「うちの宿六がねえ、靴下を脱ぎっぱなしにして大変なのよねえ^^」と、いいながら自慢話というか、「あたしちゃんとやってるのよ^^」という自己主張ををする女性のようなものである。
「上野氏を雑」という「いももち」氏が言わんとするところはこれである。サンママ、いももち、らあこ、の三名については子供を産んでいるので「雑」という言い方はよく分かる。品のいいサンママ氏は、「雑」とはいわないで上野氏を褒めているが、アケスケに物をいう「いももち、らあこ」氏はキツイ言い方ではなく、直截的な言い方をする傾向があるだけである。
応用編として、未熟なので「助け甲斐」がある「まなびばさん」の反発コメントが多いので「助けてあげて^^とほかみさん」と依頼し、「じゃ、返信で反論を」という「私」という構図である。女性は出来ないことを男性に依頼してやってもらう。男性は達成感と「自己充足感」あるいは「自己存在感」を実感するのである私のように。
ウッカリ、ホイホイとオダテにのって使われてるようにも見えるんだが。しかし、「まなびば氏」はすぐ口論を始めて説教をし始めるのでwまあ、またグチャグチャすると面倒なので、私はテキトーに介入するのであった。
しかし、「誤爆して信者じゃないのを叩いてしまった」と、サンママさんに「いやあ^^失敗、失敗^^」というとだ。
「サンママさん」は、「blackberryさんと、ドラママさんにも依頼してみますね^^」とフォローに入るのであった。これが、「まなびばさんという子供」を育てる「夫婦」「男女」の構造である。
双方があまり当てにすると、「ワガママ」になったり「横暴」になったり、「神谷」になったり「九州の女帝」になったりするのであるので、男女とも配慮と程度を弁えたほうがいいのである。いいのであるが、配慮が行き過ぎると。女性の場合は「お節介」になったり「出しゃばり」になったり、男性の場合は「ウザイ」「エラソウだ」になるのである。バランスとしては「カズヤ氏」「井田氏」が適切であろう。
ゆえに、「ひねくれサンシャイン」を「サンちゃんはいい子」というサンママさんは、反抗期の青年を見るような温かい目で見ており、「ブロックはずせサンシャイン!」といういももち氏は反抗期の息子に「逃げるんじゃねえ」と説教する母親という要素が現れる。
ここで「らあこ」氏は「サンシャインいつもありがとう^^(誰も無視しないでありがとう^^女性がいいがたい神谷批判をしてくれてありがとう^^)」「シローはいい子」「お蕎麦さんを育てようかしら?」という祖母のような温かい目線を向けるのであった。
で、これが「太田⛳さん」だったら、「だって俺が介入しなくても出来るじゃん太田さん一人で」という返答になるので。「いももち、サンママ、らあこ」の三女子は依頼しないのである。太田さんのことは。
で、結局は「あたしたちは苦労話を乗り越えてきたのよ^^」という自慢話であるんだが、ハッキリ言って男性には無理^^武勇伝や、仕事の苦労話をする可愛い男性?といっしょ。一方、虚栄心が強い男性達は「可愛らしい女性」と言ってみたりするのであった。ー(完)ー
はっきりいって、竹原氏は上野氏を見下しているということはない。
対等にはみているので、批判や懸念はしているだろう。一方逆も同様。竹原氏は危ないとみる上野氏は心配も配慮もする。
するんだが、むしろフォローされることのほうが多い。
が、ネットライブだの、宣伝だのは竹原氏には能力的というより、動機にならないから無理である。それぞれの付帯状況の違い理由でそうなってるんだから、まあそれはそれでいいいのである。だって違うんだもんw
竹原さんのサムネ、くだらん改め、やった−、カワイイ。
上野さんいつもありがとうございます!
竹原さんのチャンネルは大好きです❣️
竹原さんは生き生きされていて魅力的な人だと思います。
竹原さんのことを、社会は幸せそうに見えないと、上野さんは仰っておられましたが、
上野さんから見て、竹原さんが幸せそうに映っていないだけではないでしょうか?
上野さんは、自分の考えを正直に仰るところは、素晴らしいと思います。
ただ、上野さんの受け止め方=社会の受け止め方、ではないので、
竹原さんに質問される際に、「社会が竹原さんのことを、●●に見えます…」といったことを竹原さんに仰るのはやめていただけないでしょうか。
「僕は、竹原さんのことを●●に見えます」と仰っていただきたいです。🙇🙇
人生は幸せのため、大いに結構。今現在幸せーって思っていても、死ぬときに死にきれん、ってなったらダメ。死ぬ瞬間にこれでよかったんだって思うにはどうすればいい?
学カフェさん1、1万人おめでとうございます㊗️🎉😊