EF71の空転についてですが、それは制御方式の違いでは無く、20系客車の改造による重量増加に気が付かなかった事だと読みました。 1977年(S52)8月から空転の原因究明が始まったそうですが、不思議だったのは一般客車で牽引定数いっぱい430 t の急行[おが]が単機牽引でも問題なく運転され、換算重量 410 t と軽く余裕が有るはずの20系特急[あけぼの]で空転が多発する事でした。 20系客車は汚物処理装置の取り付けと北陸トンネル列車火災を教訓とする防火対策改造で1両あたり4 t 前後、13両編成での換算重量が当初の410 t から470 t 近くに増加しておりEF71の牽引定数430 t (解説での730 t は間違い)から60 t ほど超過していたのでした。 客車の改造に於いては3 t を超える重量変化で運転局長に報告とありますが上記2件の改造がそれぞれ小規模と見なされた為 検重が省略されたと思われます。 1977年(S52)3月私がEF71単機牽引での20系[あけぼの]に乗車した際 車掌さんが「途中でエンコした事が有ったよ」とおっしゃられ、また先頭で防音の優れたナハネフ22の通路に居た私の耳にはトンネル内で恐怖を覚えるほど EF71の もの凄く大きな唸りが届いて来ていました、当時録音もしていたのですが あんなスゴイ音は唯一無二でした。 それは牽引定数を超えていたモーターの悲鳴なのでした。
20件のコメント
昔の秋田駅。
懐かし♪💕
板谷峠、ブルトレは昔から71と78の重連だったが、荷物車付き旧客時代の普通列車は71単機牽引でした。
因みに山形以北は75-700牽引で78は見ても71を見ることはありませんでしたね。
未電化最後のE10もここ専用に作ったため短命だったなぁ
乗務員からは動軸が6軸のEF71の方が信頼されていたそうです。
参考にさせていただいています。
ありがとうございます。
細かい事を言うけど
茂庭
もにわ😅
71・78出た時代に
VVVFがあったら
どうなってだのだろうか……
EF15を見ると、なぜか風の谷のナウシカに出てきた『オウム』を思い出します。
無機質に並ぶ社窓が眼に、運転席前の飛び出た連結器部分がオウムの前足に見えるからだと思います。
個人の感想です(笑)
知ってるか?俺たちを絶望のドン底に叩き落とす絶対とも言っても過言ではない日 曜 の 夜 に しか流れない建設会社のCMがあることを。
「平坦区間を如何に高速で走るか」の様に
「勾配区間を如何に定時運転するか」な課題。
今は「先人が解決手段を元に、如何に運用するか」ですね。
JR最急勾配は飯田線じゃなかったかな?
わずかな距離だけど!
5:29に非常に珍しいオハ35が背景に使われている。
ノーシルノーヘッダー仕様か!
ありがとうございました🙇
なかなかの力作動画、EF71は空転が多かったなど知らなかった事もあり楽しめました。
間違いはそのうち概要欄にその旨を記載し動画を置き換えれば良いと思います。
動画は削除せずとも訂正したものに置換えた例を過去にいくつか見ていますので。もちろんコメント等は消えずにそのまま残ります。
板谷峠は一度だけ通過しました。昭和末期だったか平成になった頃だったか。福島から米沢まで。真っ赤な50系客車は憶えています。機関車はたぶんEF71だったんじゃないかな。重連だったかどうかは憶えていません。
峠駅のホームでは名物の「ちから!」「ちから!」の声で駅売りがありました。
スイッチバックの廃止も決まっていたからか買い求めるお客さんも多く、30個入り?だけの販売でしたが購入。( 今は8個入りのみのようです。)
口に入れてみると適度な甘さのアンコがとても柔らかい出来立てのお餅で包まれていて美味しかった。
でも甘いもので頭痛が始まる私に30個は無理。結局そのほとんどを「よかったら如何ですか?」と車内のお客さんに振る舞って回りました。
調べてみたら現在でも「峠の力餅」が売られているそうですね。しかも列車の窓越しに。1日3往復の列車限定。
店のコラムを読んでみるとスイッチバックが無くなった今は販売時間1列車30秒での苦労話も興味深い。数人にしか売れない中で頑張っているそう。
昔もそうでしたが今はなおさら売る側も買う側も双方気合を入れた事前準備を整えておく必要がありそう。小銭じゃらじゃらなんて始めたら他の購入予定のお客さんからクレームがつくでしょうしね。
笑ったのが「なぜ釜飯を売っていないの?」と訴えるお客さんの存在かな。
鉄道や地理に疎い方は峠の違い、名物の違いなんて分からないのでしょうけどね。
小さい頃(おおっと歳がバレる)山形新幹線が開通する前、EF71とED78の重連が50系客車を牽いて運行しているのを何度も見ていました。米沢~福島間の乗客が少ない区間で50系客車を2両だけ牽くのに、EF71とED78の重連で運用されているのを見て「何で2両だけ牽くのにこんな大がかりな重連機関車なんだろう?EF71ってかなり強力な機関車のハズなのに」と疑問に思ったのですが、単に制御が難しすぎるじゃじゃ馬だったので、仕方なくED78をお守りにつけていたのですね…
EF71の半導体をフルに使い、モーターをED78と同じものにした機関車も見たかった。
雪道をトルクのあるスポーツカーで走るのと同じかな?
EF71の空転についてですが、それは制御方式の違いでは無く、20系客車の改造による重量増加に気が付かなかった事だと読みました。
1977年(S52)8月から空転の原因究明が始まったそうですが、不思議だったのは一般客車で牽引定数いっぱい430 t の急行[おが]が単機牽引でも問題なく運転され、換算重量 410 t と軽く余裕が有るはずの20系特急[あけぼの]で空転が多発する事でした。
20系客車は汚物処理装置の取り付けと北陸トンネル列車火災を教訓とする防火対策改造で1両あたり4 t 前後、13両編成での換算重量が当初の410 t から470 t 近くに増加しておりEF71の牽引定数430 t (解説での730 t は間違い)から60 t ほど超過していたのでした。
客車の改造に於いては3 t を超える重量変化で運転局長に報告とありますが上記2件の改造がそれぞれ小規模と見なされた為 検重が省略されたと思われます。
1977年(S52)3月私がEF71単機牽引での20系[あけぼの]に乗車した際 車掌さんが「途中でエンコした事が有ったよ」とおっしゃられ、また先頭で防音の優れたナハネフ22の通路に居た私の耳にはトンネル内で恐怖を覚えるほど EF71の もの凄く大きな唸りが届いて来ていました、当時録音もしていたのですが あんなスゴイ音は唯一無二でした。
それは牽引定数を超えていたモーターの悲鳴なのでした。
取り敢えず走れるようにしたから、定時運行の確保とかは後で技術的に解決しろよ〜…という先人の声が聞こえてきそうです😅
とれいゆE3系、懐かしかったな😊
交流と直流の説明ありがとうございました。
板谷峠は山形新幹線開業前に485系[つばさ]で通過しました関西出身のため峠越えは生野峠(播但線)しか経験しておらず奥羽山脈の険しさを実感した次第.