江ノ島なのに観光客がいない…「謎の埋め立てエリア」でも必要不可欠な理由があった
「埋立地」と聞くとあまり良い印象を抱かない方も多いと思いますが、環境を守る重要な役割を果たしています。
【参考資料】
・沢寿郎 著『新版鎌倉名所記』,かまくら春秋社,1974.
・『土木技術 : 社会と土木を結ぶ総合雑誌』19(3),土木技術社,1964-03.
・貫達人 著『鎌倉文化財散歩』,学生社,1972.
・近藤広 著『鎌倉と江の島 : 地誌と歴史散歩』,全教出版,1985.11.
・吉川文夫 編著『江ノ電讃歌』,大正出版,1985.10.
・『土木技術資料 : 土木技術の総合情報誌』31(4),土木研究センター,1989-04.
・『土木技術資料 : 土木技術の総合情報誌』31(4),土木研究センター,1989-04.
・松本清張, 樋口清之 著『鎌倉の旅 : 箱根・伊豆』,光文社,1985.4.
bgm-神樹の園・パンダの中のパンダ様
13件のコメント
2:38 湘南港が建設される前、ご覧のような立派な導流堤はありませんでした。
当時の様子をご用意できず申し訳ありません。
相模湾の江の島から西側の砂浜の後退も激しいですね。
小学生(1970年代)の時は波打ち際までが、とても遠かったのに、社会人(1990年代)になった頃には、こんなにも岩肌が烈しく、海岸線の後退にびっくりしました。
これは、相模川と酒匂川に出来たダムにより、川の上流からの砂の供給が減ったためと聞いた覚えが有ります。
どこかの外国産の砂利(オーストラリア?)を入れたとの報道も有った様に思いますが、焼け石に水だった様ですね。
それとは別に、江の島より西の海岸線沿いを走る国道134号線が片側2車線道路になり、時の移り変わりを感じずにはいられません。
江ノ島は藤沢市、腰越から東は鎌倉市。行政区域が違うから温度差がありそうですね
浸食対策で一時期、相模川ダム湖のヘドロを下流域にまで運搬、河川放出するようなことやっていたとは思います。
けど今は、洗堀対策で下流域の底砂を上流域まで戻して、放出してたりしてますね。
昭和50年代初め頃から平成一桁まではよく行っていた場所ですが、今こんなになっているんですか…かながわ女性センターが解体されているのも知りませんでした。稲村ヶ崎周辺も西浜も随分汀が狭くなり、東浜だけ維持されているのが対照的ですね。湘南港の防波堤の外側が2000年代に高くなったのは頷けます。内側でよくイワシや小アジのサビキ釣りをしていましたが波の高い日は外側は危険で、波飛沫を被ることもありました。
郷土史や地理、現在との繋がりをテンポ良く解説してくれて
大変素晴らしい動画でした
仕事や休日で何回も訪れてる江ノ島ですか、この動画の知識を踏まえてまたゆっくり見て回りたくなりました😊
首都圏民って江ノ島好きだよね、江戸時代から有名な地ではあるけど一体何に魅了されてるのか、それが謎だ
幼い頃から何度も訪れている江ノ島ですが、知らないことばかりで大変勉強になりました!
カップルで行くことはオススメしない。
祀られている弁天は嫉妬深くカップルを別れさせる。
実際2回デートに行って その後別れることになった
知っている土地なので興味深く見ることができました
江ノ島といえば島にいっぱいいる地域猫がカワエエ
江ノ島の西側には日本軍が作った洞窟が沢山有りますよね〜
トーチカもありますね
24:09 ここは見たことあるわ.そうそう,なんでこんなデザイン??と思ったけど,砂が侵食されてたのね