Share Facebook Twitter LinkedIn Pinterest Bluesky Threads 青ヶ島の場合・2日目 青ヶ島2日目~の動画です! もっと滞在してたかった・・・ 【音楽素材】 Juno / SHUNTA Pure / shimtone 遥かな想い / のる 暗闇行きの列車 / ゆうり https://dova-s.jp/ Triumphant Return Solo.ver #re_qの場合 #バイク #ツーリング #アフリカツイン #africatwin #関東 #青ヶ島 #tokyo cycling Cycling Tokyo 東京サイクリング 東京自転車に乗る 青ヶ島村自転車
@toshy5101 on 2024-10-05 12:17 PM 神社が肉体的にも精神的にもなかなかこう、追い込んできますねw展望台はもうヤバイのひとこと!ヤバイです!星空も綺麗で良いもの見せてもらいました
@iTa358 on 2024-10-07 11:15 PM 初見さんでも48時間で大方観れてしまう … のが良い所、には違いありません。ただ、定住して暮らしを楽しむとなると、青ヶ島の自然環境の生態を深く研究するようなシチュエーションが必要になりそうです。一般的な外来者にとっては、「昭和24~昭和30年迄、当時の小田原電報電話局電報課で無線電信で、伊豆諸島の島々の郵便局と無線電信でカタカナ電報の通信をしていた」時代と、大きくは変わっていない印象はあります。※「青ヶ島の場合・1日目」のコメントを参考
@1155zz on 2024-10-17 11:56 AM 私は昭和24年から昭和30時迄、当時の小田原電報電話局電報課で無線電信で伊豆諸島の島々の郵便局と無線電信でカタカナ電報の通信をしていました。その中で昭和29年11月に伊豆諸島の八丈島の先にある青ヶ島に学術調査団が入り、それに同行した各新聞社からの新聞電報(報道)が多数発信されました。通常の通信時間は10時30分、14時30分、16時30分、18時45分の4回でした。普段は1日に3~4通の電報で、島と島外との連絡手段は月に数回の定期便での郵便以外は電報しかありませんでした。学術調査団の上陸後は、それに同行した朝日、毎日、読売新聞及び地方紙等の記者から新聞電報が発信され、それを受信するため朝8時から夜8時迄1通の文字数が2,000字を超える新聞電報を電波状態が悪い(青ヶ島の発電はエンジンでの自家発電)なか通常の通信は1分間80文字受信できるが青ヶ島からの感度(モールス信号が聞こえにくい)では1分間40文字がやっとで、東京中央電報局から派遣された1名の通信士から離島するまで受信をしました。後日の話では私が青ヶ島への派遣要員の候補になったようですが、毎日長時間の送信は経験が無かったので行かなくて良かったです。尚、カタカナ電報はNTTは令和5年に廃止されました。
5件のコメント
青ヶ島チャンネルさんでは観た事がない映像が沢山! いつか私も入島してみたいです。
神社が肉体的にも精神的にもなかなかこう、追い込んできますねw
展望台はもうヤバイのひとこと!
ヤバイです!
星空も綺麗で良いもの見せてもらいました
初見さんでも48時間で大方観れてしまう … のが良い所、には違いありません。
ただ、
定住して暮らしを楽しむとなると、
青ヶ島の自然環境の生態を深く研究するようなシチュエーションが必要になりそうです。
一般的な外来者にとっては、
「昭和24~昭和30年迄、当時の小田原電報電話局電報課で無線電信で、
伊豆諸島の島々の郵便局と無線電信でカタカナ電報の通信をしていた」時代と、大きくは変わっていない印象はあります。
※「青ヶ島の場合・1日目」のコメントを参考
何もかもがNo.1 です🎉色んな意味で一位🎉良く頑張ったなぁ〜😊素敵な動画を ありがとぉ〜🎉
私は昭和24年から昭和30時迄、当時の小田原電報電話局電報課で無線電信で伊豆諸島の島々の郵便局と無線電信でカタカナ電報の通信をしていました。その中で昭和29年11月に伊豆諸島の八丈島の先にある青ヶ島に学術調査団が入り、それに同行した各新聞社からの新聞電報(報道)が多数発信されました。通常の通信時間は10時30分、14時30分、16時30分、18時45分の4回でした。普段は1日に3~4通の電報で、島と島外との連絡手段は月に数回の定期便での郵便以外は電報しかありませんでした。学術調査団の上陸後は、それに同行した朝日、毎日、読売新聞及び地方紙等の記者から新聞電報が発信され、それを受信するため朝8時から夜8時迄1通の文字数が2,000字を超える新聞電報を電波状態が悪い(青ヶ島の発電はエンジンでの自家発電)なか通常の通信は1分間80文字受信できるが青ヶ島からの感度(モールス信号が聞こえにくい)では1分間40文字がやっとで、東京中央電報局から派遣された1名の通信士から離島するまで受信をしました。後日の話では私が青ヶ島への派遣要員の候補になったようですが、毎日長時間の送信は経験が無かったので行かなくて良かったです。尚、カタカナ電報はNTTは令和5年に廃止されました。