【未解決事件】平塚OLドラム缶〇人事件 現地映像も交えて考察(1991年9月)

事件の名前だけはご存知の方も多いと思います。神奈川の
事件です。現地映像も交えての動画となります。
マニア向けの動画になっていますが宜しくお願いします。

メンバーシップもやって
おります。もしよろしければ宜しくお願い致します。

メンバーシップはこちらから
https://www.youtube.com/channel/UCDru2W7dsHO_uj7fF3wYwaw/join

ポイント

オープニング0:00
目次1:06
〇件概要1:19
〇件詳細6:26
現地映像24:40
考察と犯人像53:10
編集後記1:22:15

これからも濃い動画を作成して参ります。
宜しくお願い致します。

#ドキュメンタリー
#未解決事件
#神奈川県

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31件のコメント

  1. 怖い現場ですね。アップありがとうございます。丁寧に拝見しています。すごく細かく調べられていらっしゃって、感謝です。犯人が平気で生きてるんです、恐ろしい。

  2. 遺棄現場のトンネルはウォーキングコースで頻繁に通ってます。
    もちろんそのトンネルが遺棄現場だとは知りませんでした。
    次からは別の歩行者専用トンネルを使います。

  3. 農道に逃げたのはNシステムとかの監視カメラを避けたからでは?
    地下通路も階段横にスロープがあれば台車とか使えば多少は楽かも。でも一人では普通は厳しそうだけどね。

  4. 葛原の清田さんの家の前を通るととても悲しくなります。(きよたさん?せいたさんではなかったか、、、)
    姉妹がいらして、近くの電話ボックスから、亡くなられた方が電話してくるから引き払うのに反対されているとか、、、

    取り上げてくださってありがとうございます。
    無念でならないでしょうに、、、

  5. 終電逃して
    藤沢駅南口から
    帰る場合で葛原ならば、そのまま駅前からタクシーで自宅直行だと思います、因みに長後駅から葛原に帰る場合で徒歩ならば40分以上は最低かかると思います、
    話しは変わりますが
    ドラム缶の話しですが、確かにドラム缶になれた人間で、多分転がして運んだかと思います、軽トラック使用かそれに近いトラックを使ったか、あとドラム缶の空気穴のことですが
    その穴が無いと、ドラム缶内部に空気が入らずよく燃えない為で必ず必要な穴です。

  6. ナンパして乱暴して殺しちゃったパターンかな。
    しきりに無音を気にしてるけど、見ながらの解説が入ってる訳だから、言われなきゃ全然気にならないですよ。

  7. 長編大作お疲れ様でした。1991にこのような猟奇的な事件が神奈川であったのは知りませんでした。そしてじっくり動画を見させて頂きこの恐るべき男の動機は遺体、人をバラバラにし焼くこと自体と感じました。人生さんの言う通り未解決の理由は「犯人と佳子さんの関係が希薄」と言う事だと感じます。普通このような事件の場合例えば最近だと例の宝島事件のように、「人間関係のもつれから来る強烈な恨み」等です。しかしどうやらこの場合は違う。こいつは恐らくサイコキラー中のサイコ・キラーであり焼却する目的で佳子さんを襲い、バラバラにし自らの欲望を満たしたのだと感じます。更にほぼ100%この辺の奴であり、ドラム缶を普段使うような農家、土建業、産廃廃棄物業者、解体屋。其の辺の経験がある人間だと思います。島根の女子大生殺しも遺体をバラバラにし一部を焼いたとありましたね。同じような系統の恐るべきサイコ・キラーだと考察します

  8. 地元民です。この事件現場リアルで見ました。確かにこんなところ、土地勘ないとわからないですよ。この通路、ほんと限られた人しか通らないし。

  9. 地下道での焼損が異様な事件。そんな所で燃やす理由は何だ。地元民の犯行と思い込ませるためのフェイント?川崎のトンネル事件といい地下道は都市の死角。昼でも通るのは怖い。

  10. 配信動画撮影時に音声が消えて神社で音が戻るとは神社に行ったのは正解でしたね。亡くなった女性は,現地に浮かばれなくて彷徨っているのかもしれません。
    不自然な亡くなり方をした無念や未解決事件なんで無念な思いが残ったのかもしれません。
    分かってくれる人や取り上げてくれる人には藁をすがる気持ちで付いてきて,自分のいる事を音を消して教えていたが神社の鳥居前で離れると言うかお参りしたので憑く事が出来なかったのかもしれません。
    変な気持ち悪い解釈をしてすいませんでした。
    貴殿が無事で何よりです。遺体遺棄現場は本当に気持ち悪く嫌な雰囲気ですね。
    これからも現地映像取材時には気を付けて下さいね。

  11. 時代的に犯人は綾瀬のドラム缶を模倣したのかも、防犯カメラが普及していない時代は未解決多くてイラつく
    2009年まで平塚6年くらい住んでたけど、その頃でもたまに畑でドラム缶使って焼いてるの見たからなぁ…

  12. 犯罪としては、とても拙い事件ですね。性犯罪の痕跡があったかなかったか、それともそれ自体分からないのかぐらい、警察は発表してほしいですね。犯人にとっては、初めてか、突発的な◯人だったんでしょう。◯体の処理方法が杜撰すぎます。わざわざバラバラにしたのに、いくら辺鄙なところといっても、朝っぱらのトンネルで燃やすとか意味がわからないです。今だったら捕まってる可能性が高いと思います。あと、他の方も言及していますが、私の記憶では、90年代半ばぐらいまでは、ドラム缶でも、何缶でも、外で何か(今だと燃やすのが不可のものであっても)を燃やすという行為は都会でも、田舎でも結構よく見る光景でしたよ。ドラム缶も今よりは、ずっと手に入れやすかったんだと思います。性犯罪目的の通り魔ぐらいしか思いつきませんね。犯人かは、わかりませんが、体格まで見られていてわからないなら、少なくとも犯行時は、地元の人間ではなかったのかもしれませんね。◯して、数日後に地元で燃やしたのも、平塚付近に在住だったとしても平塚自体には住んでいなかったということでしょう。あとは、バラバラにしたのが犯行後すぐかも知りたいですね。
    最後になりますが、監察医の上野正彦氏の著作等を読んでいると、日本の監察医制度はとても21世紀のものとは思えません。警察の事件記録保管状態もひどいですし、日本では、諸外国で起きているような新技術によるコールドケース解決みたいな事例はほとんどおこらないでしょうね。

  13. 人を証拠隠滅などの理由で焼くのは難易度高そうです。火力やかかる時間を考えればすごい労力がかかりそうですが余りその辺のことを気にもしていない節がありますよね。怨恨とかの理由なんでしょうか?

  14. この現場のすぐ西にある平塚伊勢原線は事件の5年前に全通した新しい道でした。正式に「県道61号」になったのも事件が起きたのと同じ1991年だそうですし。
    この道を通すために10年がかりで大規模な工事をしていたので、当時は地元民以外にも土地勘のある人はたくさんいたんです。

  15. ドラム缶は斜めにして底側をコロコロ転がせば運搬しやすいので階段の脇の斜面を転がしたのかもしれないですね。

  16. 本当、「何故この場所で」「燃やしたのか」は不思議ですね。
    仮に何か切羽詰まった事情で急遽遺棄しなければならなかったのなら、場所はどうでもよいのかもしれませんが
    燃やせば確実にバレますから、ドラム缶に入れられて車に乗せられるなら、おっしゃる通り山に埋めないまでも人目のつきにくい場所に遺棄するとか、海に沈めるとか、他にいくらでも発見まで時間が稼げそうな方法があるし
    最悪、直接腐敗した遺体に触れるのが嫌だったとしても、燃やさなければ発見はもっと遅れたかもしれないわけで。
    (かといって、完全に燃やしきるまで見守れるような時間帯でも場所でもない。いずれ身元は割れるはずで燃やす意図がわからん)

    燃やした時間帯については、夜の方が逆に火で目立つ(地下通路をはじめから遺棄場所として設定していないけど、どこかで燃やそうと漠然と考えていた場合)のを考慮して、早朝にしたのかな?と思いました。

    あと、まあこれかなり無理がある話だとは思うのですが、可能性の1つとして。
    ドラム缶と遺体を地下通路に運んだ=怪力というのがもっともな説だとは思うのですが
    逆に非力な人間が犯人だとした場合、ドラム缶に遺体を詰めて車に乗せ
    現場(階段上)で台車などで荷下ろしし、蓋をゴミ袋などを何重にも巻いて固定した状態で転がし落とす…
    という事もできるかな、と思いました。
    まあ、かなり乱暴なやり方なので、凄い音がするだろうし、遺体が飛び出したりするリスクや
    横になったドラム缶を立て直すのも、それなりに力がいるし
    現場階段やドラム缶に大きな傷がつくなどの可能性が出るので
    警察が秘密の暴露的に情報を伏せていなければ、かなり可能性は低いとは思いますが…

    なんにせよ、やってる事がちぐはぐな感じがするので
    余程、急いで隠していた場所から、遺体を処理しなければならない必要性に迫られてパニック状態だったか
    知的ボーダーの犯人だったのかな?と思いました

    遺体はガソリンかけて燃やしたとしても、2時間では完全に黒焦げで身元がわからない状態までは燃え尽きないでしょうね…
    実際問題、指紋は難しかったのかもしれないけど掌紋が採取できる程度には焼け残ってたわけですから

  17. 平塚治安が悪い。正直言ってマシな場所に引っ越したい位。方角的に平塚から伊勢原沿い行く途中の道。これ?いや。車だから気付かない。全裸の女が畑に放置してたとか。渋田川に。小田原厚木道路?

  18. 私はランクルナナマルの線で。
    ランクル70(ナナマル)のピックアップは、当時としても球数は少ないはずなので四駆好きなら目で追って「マジかよ、物好きだな!」って記憶に残ると思います。今も当時も変わりませんが、四駆のピックアップに乗るのは仕事絡みのガチ勢と、趣味で選ぶ準ガチ勢、そして見た目で形から入るファッション勢の3つ。本編で’”煙を出して・・・”みたいな感じなら、車を道具扱いするガチ勢だと思います。準ガチ勢、ファッション勢は基本汚したり壊したりするのは避けますから。
    別の考え方ですが、昨今Xなどでウマシカ発見機みたいに自爆投稿して炎上するパターンが騒がれ、精神性が劣化しているのでは?などと嘆かれていますが、それは今はそういう表現を見せる手段があるだけで、昔だって散々アフォなことはみんなやっていました。それは車好きも同じで、トラック故にノリで火をつけて走っていた輩がいたとしても自分的には全く不自然ではないかな。なので事件の関係性を疑う見方をするならその目撃は怪しくも映るが、悪ノリする輩ならいくらでもやりそうな気がしました。

    当時は四駆ブーム真っ只中、若者は三菱パジェロを筆頭に、トヨタハイラックスサーフ、ハイラックスピックアップ、日産サファリ、テラノあたりが多かった。お金持ちはトヨタのランクルハチマル(ちょい上の年齢だとロクマル)。いずれも内装に内張が貼ってあり、いわゆるワゴンタイプもラインナップされていて新規の若者も手を出しやすかった。これらのお陰で泥臭い四駆のイメージを払拭しておしゃれに乗れる四駆のイメージが付きブームにもなったと思う。四駆ライトユーザー、陸サーファーみたいなファッション勢みたいなもん。件のランクルナナマルは内装が大人しく恐らく支持層は信頼のトヨタ、トヨタが好き勢だったと思う。そんな中のナナマルのピックアップとなれば、選ぶ人はかなり限定的だったんじゃないかと想像。私も数回しか遭遇したことがない。地方に行けばもっと多かったのかもしれないけれど、首都圏や街中ではほぼ見かけなかった。普段からして目につくし、煙を出して走っていたら相当目立つはずなので・・・目撃されたナナマルピックアップはイタズラ、悪ノリの類じゃないかなぁと。

  19. 遺体を燃やすとかなりの臭いが出るらしいので、自宅の庭での焼却は「ごみを燃やしている」という説明では誤魔化せないのではないかしらですの。
    自宅以外でもかなり臭気を出しながら物を燃やしても怪しまれない場所は、なかなかないですの。
    それで燃やす場所に困って地下通路で燃やそうという発想に至ったのだとは思うけれど、これまたなかなか普通では思いつかないような場所で燃やしたものだなと思いますの。

  20. 遺体の処理については何も考えてなかったと思います わりとパニクっていて運んで火をつけて逃げて運良く目撃者もいなかっただけとか

  21. こういうのは、たいがい消されたパターン。晒す(すぐ見つかるように放置)場合は、懲らしめの見せしめだったりする。通常は、山中に埋めて遺棄。そんな事件は山ほどある。発覚していない方が多い。

  22. いまだ未解決なんですね
    それなりに物的証拠も残っているのに
    しかしドラム缶を使って、こんな遺棄方法とは
    トンネル内で遺体を燃やしたのではなく、別の場所で燃やした可能性が高いですね
    そして人目に付きやすい、この場所に置いたと
    そこにどんな意味があるのか?
    ますます不気味に感じる

  23. なんとなく島根の女子大生バラバラ◯人に似てるのかなぁという印象を受けましたね。あちらは長らく未解決だったものの、実は犯人が事件直後に事故死していたことが、8年後に発覚するというとんでも展開でしたが。
    件の犯人が事故死しているとは思わないけど、◯害までの経緯は似たような感じではないのかなぁ。ただこの犯人、バラすのに相当手間取ったのではないかな。それで被害者の足取りがわからなくなってから発見まで間が空いたのだと思います。
    当時はもっと畑が広がっていたらしいので、ドラム缶で燃やすという事自体には特に違和感は無いですけど、その場所が不可解ですよね。バラすのに疲れて正常な判断ができなくなってたのかな。

  24. お疲れ様でした。現地映像を入れる頂けて嬉しいです。勿体無い部分の挿入も大歓迎です。
    私が子供時代を過ごした場所も田舎で、当時区画整理が盛んにされていました。その為付近に学校があると、通学路の一環としてこの様な地下道が設けられる事になったのだと思います。
    私の小学校の近くにもありましたが、一度そこをひとりで通った際、ある一角が低い木の板、或いはダンボールで区切られいて、中を覗くと女性用の下着が何枚も放置されていました。怖くてそれからはその地下道は使用せず、遠回りして幹線道路の交差点から帰る様になりました。市政は良かれと思ってしたのでしょうが、当時から恐ろしい事が蔓延る温床だったと今になって思います。

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