①犬鳴湖一周ツーリング 旅人墓 福岡県 犬鳴ダム 犬鳴峠 僻地 林道 酷道
今回は、ちょっと昼間に時間があり、もう少しすると台風が来るとか、来ないとか。
そうなるとしばらくバイクに乗れなくなるので、今日は犬鳴ダムのダム湖を一周しに来ました。
犬鳴ダムは、以前、YouTubeの動画にもアップしていますが、ダムを舐める程度にしか撮っていないので、今回は、犬鳴の奥を撮影して来ました。
事件、事故、心霊スポットとしても有名で、「いってはいけない、福岡県」として全国区の知名度がありますが、今回は、はしょります。
今回のテーマは、楽しく明るい犬鳴ツーリングです。
犬鳴谷村
交通は福岡県道21号線があり直方市から福岡市とへつながる。またJR九州バスの博多駅 – 直方駅線も運行されている。宮若市側へ進むと脇田温泉がある。
平成以降はこの地域に居住者がいないものの、江戸時代中期以降は木炭と和紙の製造・オタネニンジンの栽培・銅鉱山の開発・藩札原紙の製造・藩営蹈鞴製鉄事業・製陶など、産業に特化した地域として有名である。また福岡城の出城とされた犬鳴山御別館跡も遺されており、江戸時代中期以降から数多くの歴史がある。
かつて犬鳴地区に犬鳴谷村という村があった。犬鳴谷村は1691年(元禄4年)から1889年4月1日(明治22年)まで福岡県(筑前国)鞍手郡に存在した村。現在の犬鳴ダムに位置する。「犬鳴村」といわれることが多いが、これは誤りであり正式には「犬鳴谷村」という。貝原益軒および貝原好古編著『筑前国続風土記』に依ると、1691年(元禄4年)ごろまでは犬鳴谷と呼ばず「火平(ひのひら)」または「大河内」と呼んでいた。御譜代組足軽たちが移住してから一帯の総称を「犬鳴山」または「犬鳴谷」と呼ぶようになった。「火平」の地名は犬鳴地区の鎮守社『日原神社』の社名にその名残が見られる。
宮若市文化財収蔵・展示・交流センター「宮若トレッジ」展示室に犬鳴たたら遺跡出土貨幣が展示されている。その中に寛永通宝または文久永宝などに混じって、九州での出土例や伝世現存例がほとんどない宝永通宝が展示されている。宝永通宝は1708年(宝永5年)4月から通用開始した十文銭で、幕府が京都の糸割符仲間に命じて鋳造させたものであるが、世間や両替商などの不評や苦情により翌年1月17日に通用停止となったという短命な銅銭で、九州地方ではほとんど流通しなかった。
犬鳴ダム奥に江戸時代から明治初期頃にかけて犬鳴谷庄屋兼足軽組頭を務めていた篠崎家代々の墓地がある。無縁になって久しく墓石は倒壊し落葉が積もるなどかなり荒れ果てているが、江戸時代の墓石には武士階級などにしか許されていなかった院号居士や院号大姉の戒名が付けられている立派なものが多数あり、犬鳴谷が苗字帯刀などを許されていた士分扱いの上級足軽たちの集落だったということを示している。
筥崎宮(福岡市東区箱崎)は江戸時代から犬鳴地区の崇敬社で、春秋の社日、放生会などの祭礼には代表者が参拝に出向き、社務所から御神札を受け、各戸に配布していたという。犬鳴谷の御譜代組足軽たちが義務付けられていた槍さばきと鉄砲の練習に福岡城へ出向いた時、帰りには福岡藩主菩提所の崇福寺・筥崎宮・香椎宮に必ず参拝していたという。
かつて犬鳴に皿山という小字名があったが、そこは17世紀ごろに高原五郎七という陶工が陶器を製作した場所で、犬鳴焼として伝世品の徳利や花瓶などが宮若市内外に現存している。
犬鳴に住んでいた宮若市の某家に代々伝わる1837年(天保8年)作の弘法大師座像があるが、この像は福岡東名嶋町(現・福岡市中央区天神)に居住し代々にわたり福岡藩御用を勤めていた佐田仏師の作で、体内には「天保八歳、糟屋郡奈多ヶ浦村、正右衛門」などの文を記した木札が納めてある。佐田仏師は仏像などの新造や福岡藩領内の仏像修理を手がけていた。現在も多数の遺作が残されている。
1877年(明治10年)西南戦争勃発時に、犬鳴谷の壮年男性のほとんどは徴兵され、福岡藩御譜代組足軽だったということで曹長・軍曹・伍長などの下士官に任命された。西南戦争時に着用した軍帽や軍服などが遺されている家がある。
村名の由来
昔、ある猟師が犬を連れて狩りに来ていた。その日はやけに犬が吠えるので、苛立った猟師は犬を射殺してしまう。その直後、猟師は黒竜らしき生き物に襲われた。そこで、猟師は犬が危険を教えてくれたことに気付き、犬を丁寧に供養した、というのが名前の由来。ただし、この由来については、大阪の犬鳴山に伝わる伝説と酷似しているので、それが間違って伝わったものと思われる。
江戸時代の地誌などには犬鳴谷村と表記され、犬鳴村とはされていない。古文献によると犬鳴は1691年(元禄4年)成立の村落である。福岡藩は庄屋兼足軽組頭職に篠崎文内を任命し、副として渡邉家が就任した。明治になり藩が消滅した時、篠崎、渡邉両家は福岡県貫属士族となり他の犬鳴足軽は卒族として認められたが、1872年(明治5年)の卒族廃止の時、平民に格下げされたということである。糟屋郡久山町にある伊野天照皇大神宮には江戸時代中期、1692年9月(元禄5年)に犬鳴足軽団から寄進された犬鳴山中と刻まれた御手洗石が遺っている。幕末、福岡藩中老職加藤司書は藩の許可を得て犬鳴に藩主別館を築き動乱に備え、犬鳴別館などを守備するため犬鳴入口である脇田構口、犬鳴峠、猪野越え、薦野峠に番所を設置、犬鳴足軽を配置し警戒にあたらせた。また藩主別館近くに大楠公を祀る神社を創建し御神体は正宗作の太刀だったということである。怪奇談として藩政時代の頃、朝鮮ニンジン畑の監督と見廻りに向かう犬鳴足軽で藩から任命されたニンジン畑見廻役が山道で大蛇と遭遇し、腰を抜かし動けなくなったうえに、大口を開けた大蛇に飲み込まれそうになり、差していた刀で難を逃れ、山道を這いつくばって逃げ帰り、恐怖のあまり寝込んでしまい数日後には亡くなった。寝込んでいた足軽によると大蛇の口の中は、どんな理由からか白髪だらけだった、という話。
….との事です。
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ダムカードを集める狂気の様子を収めたダムドキュメンタリーw
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