【伝説】大手私鉄のあの廃線のいま 消えた線路跡と残り続ける駅 古い車両が残った理由とは|名鉄谷汲線廃線跡その1【Takagi Railway】
●チャプター
0:00 オープニング
0:24 黒野駅レールパーク
1:13 谷汲線初期
4:22 戦後・谷汲線廃線まで
7:13 サイクリングロード
9:32 線路跡が残る区間
13:21 更地駅
14:36 山間部
15:34 北野畑駅
●当チャンネルについて
このチャンネルでは、鉄道の路線や駅、車両などを丁寧に解説しています。
全ての動画にYouTubeの字幕をつけているので、字幕オンでもご視聴いただけます。
首都圏を中心にしつつ、日本全国出張します。
12件のコメント
トラベルとは違う切り口で良かったです。
廃線跡がそのまま放置されているだけでなく沿線に“ひとけ”がないのが何とも言えません。耕作地も目にあまり入りませんし、家々もおそらく空家が多いのではないかと。
御開帳の為に建設とは、北大阪急行電鉄の万博みたいですね。
13:06
「タ」が2つに「ク」が3つで「タニグミ」とあるわけですな!
ちゃんと言及されていましたね。
あと、北野畑駅での列車交換の時には、係の人が出張っていました!
谷汲戦は廃線になる前に一度だけ乗りに行ったなぁ、名鉄の600V線区はとにかく色々な種類の車両に乗れてとても面白い路線だった
黒野駅での新旧車両映像に心奪われます。当時の新型車両… 現在は豊橋鉄道さんや福井鉄道さんで今でも活躍してますね。
後編楽しみにしてます🙋
地元すぎる、一回も乗れずに廃止になってしまったので悲しい😢
全然知りませんでしたが割と最近まであったんですね。遺構がすごい多いですねぇ
廃線間際の9月にお別れ乗車に行ったけど…
途中の無人駅「赤石」のホームの真横は、墓場🪦になってて…
ちょうど秋の彼岸の時期だったからか、地元の宗教的な儀式みたいな、何だか知らないがお墓🪦に派手な提灯🏮やらお花💐やらお供え物の飾り付けがやたらしてあって…
廃線間際の路線だったことも相まって…その墓場から座敷わらしでも出てきそうな👧👘…
昼間でも不気味で、余計に悲しく寂しくなるような異様な光景だったのを覚えてる…😅
あの墓場は今でもあるのかな…?💦
昨年10月に此処から割と歩いていける場所に宿泊したんですが、時間の都合や悪天候で訪れるのを断念しました
谷汲線の撮影に行くため、新岐阜駅(現・岐阜駅)前から揖斐行きに乗り、降り立った我々は谷汲行黒野折り返しを待っていたら、オールドミセスw軍団に取り囲まれ「皆さん、どこへ行くの?」「あ、谷汲まで行きます。」「そう!?お若いのに信心深いのね😊」、と言われました。
いやいやいや、谷汲山へ参拝に行くんじゃないんですがあぁぁぁぁ😅
普通、谷汲へ行く用事といえば「谷汲山華厳寺」へお参りするくらいしか無いらしいです(笑)
我々は谷汲へ向かう電車にオールドミセス軍団といっしょに揺られながら、車窓からロケハンをして、谷汲駅前のドライブイン?で朝食をとってから、谷汲駅周辺で数カット、北野畑へ移動して撮影。あとは道路をたどり黒野へ戻りながら、途中樽見鉄道の谷汲口駅付近で樽見鉄道を撮影したりしながら楽しみました😊
モ510・520がすでに市内線直通黒野止まり急行になってた頃(辛うじて昭和末期?)に、揖斐線末端とともに谷汲線にも乗りましたが、その頃ですら昼間帯に1時間に2本が素人目線でも無駄に思えるくらいガラガラでしたけどね…。←
たしか夏休みにその辺りを乗ったと思いましたが、美濃電や瀬戸電お下がりの非冷房オンボロ電車でも、いまのような酷暑でなかったのでまだマシでしたが、そのままで残存していたら「地獄の業火」レベルですね…。←
今巡るには車必須かなぁ?