【1991年の全日本プロレス】の独断と偏見で選ぶ印象的な出来事ベスト5
#全日本プロレス #プロレス #プロレスラー
1991年の全日本プロレスで起こった印象的な出来事(事件、試合…を含む)を、
管理人の独断と偏見でベスト5形式で発表いたします。
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41件のコメント
ちょっとズレるけど超世代軍のEXテレビ出演も画期的でしたよ。
ダイナマイトキッドは
初代タイガーが引退した翌年の1月のシリーズに参戦した時から明らかに体が異常でした
当時高校生だった自分も「おかしい」って思いましたもん
当時自分は空手をやっていてステロイドなんて話しは聞いていたから、それなんだろうなって思いました
このシリーズから高速ブレンバスターをやりだしました
このシリーズ初代タイガーが返上したWWFjrヘビー王者決定リーグ戦があり、決勝の巴戦でダイナマイトキッドがコブラに放った雪崩式サイドスープレックスにはぶっ飛びました!
こんな技、他にやった人いるのかな?
見た目のインパクトは大でした
ダイナマイトキッドはステロイドをやって後悔してたかもしれませんね、普通にレスリングも出来るレスラーだったのに
ププププロレスニュウニュウニュース!
深夜3時に思わず叫んでしまったあのひと時。プロレスと分かりながらも熱い時間を過ごせた中1の思い出
タイガードライバーでなくてフェースロックかって(笑)
91年は1月の田上戦で三沢がタイガードライバー91を初公開。
あまりのえげつなさに驚きました。
ジャンボのギブアップ負けは本当にショックでした。
鬼か魔物か怪物かとまで言われたジャンボがまさかギブアップ負けするとは思いませんでしたから。
でもこの年はまだまだ怪物ジャンボ鶴田健在でしたね。
この時期のMVPを考えるとやっぱり「若林健治アナウンサー」でしょう。
若林アナの全日愛が強すぎる実況が大好きでした。
90年の若林アナの名文句は「イカ天とはイカす天龍の事です」「三沢が勝ったぁぁ」かな。
楽しいですね!また期待してます🎉
1991年、チャンピオン・カーニバルのリーグ戦復活が嬉しかった! メンバーも充実!
1991年、四天王も良いけれど・・・ツーヨンこと菊地毅選手の弾けっぷりが凄かったー!
80年代終盤から90年代初頭における、J鶴田のラスボス感というか、最終兵器感というか、前にも後にもないんじゃないですかね。
私は完全な猪木信者ですが、ファンの熱さや話題性は別として、あの存在感には至れなかったと思います。
馬場さんの復帰が1位というのは私も同感です。
個人的に、馬場さんの偉大さを生涯を通して訴え続けたのは誰あろうA猪木だと、私は思っていますので。
5:16
三沢の身長が鶴田と変わらない?
4:50 WINGについて補足
6月 世界格闘技連合WING設立
8月 後楽園で旗揚げ
10月 いったん崩壊
大迫社長のWMA
と
茨城副社長のWINGプロ
に分裂
という流れ
第一次WINGは齋藤彰俊や木村浩一郎がいたので今思えばめちゃくちゃ豪華でしたー
補足するとダイナマイト・キッドは引退試合じゃなく「最終試合」と言われたことは意外に知られてないかも
U信者の私は松本大会のリング上で選手一同による万歳の一致団結からの3派分裂で人生終わったくらいの悲しみに包まれました。あの頃の自分に会って教えてあげたいよ。3派分裂したからヴォルクハンが見れたんだぞとね
1991年は何気にアジアタッグ戦線が熱かった思い出があります。
キッド&スミス
カンナムエキスプレス
ジョーディートン&ビリーブラック
小橋&菊地
1991年はチャンピオンカーニバルのリーグ戦復活というのが大きな出来事でした。ゴディ、ウイリアムスが参戦しないのは残念でしたが、当時の全日本のトップレスラーがシングルでリーグ戦を行うというのは本当に興奮したものです。(この時はまだスパイビーの方が川田より格上だったんですよね)
90、91と青春と言えるほど全日本プロレスに燃えていました😂
'91年、新日サイドは上半期に藤波VSフレアーのダブルタイトル戦
G1で蝶野優勝・長州全敗、その後、藤波(IWGP)・長州(グレーテスト18)が蝶野・橋本相手にタイトル防衛と時代が大きく動き出した年
91年の全日本プロレス・・・ 新春バトルロイヤルからの川田-田上の抗争勃発‼️
いい意味で全日本プロレスらしくないと思ってます。
あと、若林アナの3日間断食ですね。
1991年で印象深いのは、「全日本プロレス中継」の中で実況の福澤ジャストミート朗が、
プロレスニュースを担当していました。
コミカルな感じでしたが、短く上手くまとめられていて、楽しかったです。
時々、若林 恩知らず 健治も出ていました。
やっぱり自分の1991年の第一位は1月19日松本での三冠戦。ジャンボさんの奥の手、ランニングネックブリーカードロップからのピンフォールでハンセンさんからベルトを奪還した場面ですね。若林アナウンサーの「馬場直伝!!」の実況が最高でした。
チャンピオン・カーニバル優勝、直ぐ後の日本武道館での三冠ヘビー級王座防衛戦で見せたジャンボ鶴田さんの最強ぶりと日本テレビの放送で天龍、長州を名指しで檄を飛ばしたことですね。
猪木の時も馳の時も事務所の指示でしたよねや
エルボーで試合を組み立て、エルボーかフェイスロックで試合を終わらせる
この時代の三沢さんのプロレスが一番好きでした😀
この頃のジャン鶴は、天龍とやりあっていた時とまた違う怖さの姿が印象的でした。
また時代はチョイズレてるかもしれませんが、渕選手のジュニアヘビー級選手権で赤鬼に立ち向かう菊池選手の姿に歯がゆく、何度も胸くそ感を感じていました。
平成3年が過渡期で平成4年に答えがわかるという感じでしたよね。
全日本で言えば、平成4年の鶴田が足のケガで夏のシリーズ欠場したときはすぐ出てくるだろうと思ってたんですけどねえ。
私も金沢の試合を観に行ってましたが、おとなしい金沢のファンが、あれだけ 興奮したのを見た事がありません。
この試合の次の日に日本人レスラーが泊まっているホテルに行くと、元子さんから[昨日の試合は観に行ってたの]と聞かれる事がありましたから。
それと91世界最強タッグ決定リーグ戦が、プロレスでは日本で初めてクローズドサーキッドで中継された、記憶がありますが、間違っていませんでしょうか?
私の個人的な事ですが、ダイナマイトキッドと一緒に記念写真を撮れて嬉しかったです。
。
「秋刀魚」は上手い例えだな〜、いってみれば全日は日本旅館の朝飯なんだな、それに対し新日はホテルのバイキングなんだよ、定番だが毎日でも飽きのこないものか、あれやこれやの料理の中から少しずつチョイスするか…そんな中91年のジャンボは白飯だな、王道にして絶対、揺るぎない核心ですよ❗❗👏👏
仕事のために深夜の視聴・コメントとなってしまいました。
J鶴田は全日入団時から注目していましたが、実は、私の大学の先輩にあたるんです。
私が大学生(J鶴田の後輩)になってからは、特にJ鶴田を熱く応援していました。
J鶴田に対しての不満(特に鶴龍コンビを結成するまでの)は、相手の攻撃を受けすぎること。
しかし、それは実はJ鶴田の長所でもあり、要するにプロレスの基本に忠実ということになる、とも思っています。
そして、天龍が退団してから、J鶴田は長く己にかけていたリミッターを解除したように見えました。
その当時の猛烈な攻撃力を見て私のカタルシスは解放され、喝采を送ったものです(それでも、あえて受ける場面も少なくなかったが)。
馬場さんが大腿骨骨折のために長期欠場となった時、私は「復活の日」が来るのを信じて疑いませんでした。
プロレスを見始めた小学生低学年のころ(60年代中期)から、私のイメージは「G馬場=超人」でしたので。
60年台後半だったと思いますが、『スター千一夜』に馬場さんはキックボクシングの沢村忠と一緒に出演したことがあり、
司会者が「馬場さんと沢村さんとが戦えば、どちらが強いでしょうか?」という失礼な質問をしたんです。
すると馬場さんは、にこやかに笑みを浮かべて「ウエイトが違いますからね」と一蹴。
沢村はキックの威力を示すために、スイカを回し蹴りで木端微塵に割ってみせたのですが、
「スイカなんか僕でも割れるわ!スター千一夜、アホちゃうか!」
と、あくる日学校で息巻いたのをよく憶えています(笑)
それにしても、馬場さんと鶴田さんが若死にしたのは、残念でなりません。
80歳以上まで長生きしてほしかった、と動画を見させてもらって改めて思いました。
今回もありがとうございました。
私なんて生まれてないわ🤣
毎回拝見してますが、訓練の成果か好きが高じてか、
ほんとに馬場さんの声になってますね。なんか感心感服です。
三冠戦、新聞の見出しは、「ホーガン、長州、天龍かかってこい!」でした(^_^)
大仁田のコスチュームはダチョウ倶楽部をイメージしてしまいます…
この頃は、三沢・川田は良好な関係でしたよね。
「鶴田の時代は終わっていない。しかし三沢時代はもう始まっています!」
三沢が全日時代にMVP取れてないのが ほんとおかしな話
ジャンボと三沢さんの三冠がかかった武道館での対戦、実際に見に行きました。バックドロップの3連発、自分は興奮して、もっと投げた感じを受けましたね。
この試合の放送では両者の入場は普通にテーマ曲が流れていましたが、会場ではなぜかテーマ曲は流れず、両選手とも静かに入場していました。機器の不具合でもあったのかな?って思いました。
この鶴田さんのギブアップの武道館大会生観戦しました。
前年の鶴田さんのフォール負けよりもショックでしたね😅
SWSは今思えば非常に残念な結果ですね。今はスポンサーが無いと成り立たないのに〜勿体なかったですね。あの週プロがね〜
タイガードライバー91!
お疲れ様です😆🎵🎵ジャイアント馬場さんの復活第一位。勿論同意ですよ。いくら馬場さんでも骨は鍛えられないよなぁ。大腿骨骨折かぁ。2度と16 文キック。2度とランニングネックブリーカー。2度と河津落としはみることが無いんだよなぁと大変にがっかりでしたね。その馬場さんがリングに上がる😄😄別な意味でレスラーの恐ろしさを思い知らされましたね。同時に馬場さんのもう一度リングに というプロ根性を感じましたね。
91年といえば、新日派だった私が周りでの超世代軍人気につられる形で再び全日本中継をガチで見るようになった年ですね。
鶴田ギブアップ直前にロープまで必死に呼ぶ渕がいいんですよね
私も年代的なことをはっきり覚えてはいないのですけど
ジャンボの
「俺が全日のエースなんだと!これを観客にわからせたかったんだよ!俺は!
そのためにははこれくらいやらないとダメなんですよ!」
ってセリフはこの頃ですかね?
ダイナマイト・キッドの生き様が好きでした。馬用のステロイドなんて褒められたもんじゃない、プロレスに対してそこまでして取り組むのか、と心底驚きつつも惹かれている自分がいました。同じ生き方なんて絶対にできないけれど、尊敬しています。
ゴクさんたぶん聞いたことあると思いますが、鶴田が引退のときのTV番組で鶴田が歌うマイウェイが流れてました。私は鶴田ファンだったのでこのマイウェイが聴きたいんですけど、YouTubeで探しても見つからないです。。