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6件のコメント

  1. 三江線で比較的利用者が多かったとされる粕淵駅でも、国鉄末期の時点で交換設備が撤去されるレベルだったのですね。江津~浜原間の区間運転は多少は需要はあったものの、陰陽連絡路線としては全く機能していなかった。

  2. 全通したのが1975年、マイカー時代に突入していた時代ですから。
    結局、43年経ち廃止になりました。芸備線、木次線、姫新線も都市部に近い所以外は営業係数が厳し過ぎる状況で、何時切られるかが囁かれています……。

  3. 三江線、遥か昔の記憶になってしまいました。ローカル線の旅の良さを知るきっかけになっただけに悲しいですが、あそこまで利用者が少ないと維持は難しいですね。

  4. 鉄道は新幹線からローカル線まで一体のネットワークだと思うのですが、限度はあるかもしれません。三江線には乗れませんでしたが最近木次線に乗ってきました。スイッチバックがあるから長い編成は通れませんね。三江線なら何かの時に長い編成を通す迂回路になれたのでしょうか。物知らずの空想、失礼しました。

  5. 個人的には三江線には、全国で唯一のレールバス改造の郵便荷物合造車のキユニ01がいた事で覚えています。
    そもそもが江の川の水運事業を鉄道に転換しようとしたのが建設のきっかけですが、川沿いの鉄道の宿命か沿線でのダム建設計画(結局中止されましたが建設に影響しました)や度重なる自然災害(過去の水害被害の教訓に基づく災害対策のための陸閘門が本線上に何箇所かあったという記事を読んだ記憶があります)が路線の寿命を縮めてしまいました。

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