ALL ABOUT マイコンBASICマガジンⅢ 2024 イベントダイジェスト映像

は ですはいありがとうございますどうも ありがとうございますちょっとねこれね 色々やっぱ機材トラブルがね起きるものな んですさっきリやったんですけどねえ今 色々必死になって調整しておりますえ皆 さんようこそお越しくださいました ただいまよりオールアバウトマイコン ベーシックマガジン3を開催させて いただきますえ本日の司会進行を務めます 山下明ですよろしくお願いします [音楽] [音楽] [音楽] はいえまずは今回の主役です大橋太郎さん [拍手] ですあ皆さん こんにちは嬉しい ですあゲームカセットって言ってところえ 電波新聞はもう全国に視があったもんです から実は私はハドソンの工藤さんと無線 関係ですごく友達だったんですねご存知の ようにハドソンさんもう最初テープゲーム テープをですね北大の方々と作って ものすごく売れたで電波新聞ってのはそう いう電気屋さんがお得意先で毎日新聞読ん でもらったり本を売ったりなんかしてたん でその えーネットワークを使ってやろうじゃない かつったらバガーと売れてゲームを作れ ええというような話でそでもとにかく何も 分からないで走り出したっていうのは スタートだったかなきっかけだったかな これ藤岡さんが移植されたX1のゼビウス ですけどどうですかえ移植の時の思い出 なんかありますかいやまあもう僕のえもう 挫折とそえ始まりのもう第一作だと思って ますなんか遠藤さんにかなり厳しいことを 言われたんですよねまあんまり大きい 小さい声で言いますけどこれはこんなのは もうダメだゴミだって言われたんですね 最初それではっきり言ってゴミだって言わ れたんですねそこは言いたくなかったん ですけどね徹底的にやり直してあの ユーザーの納得もらえるものあの必ず作り ますって言ってすごいもう見え張って宣言 してで1ヶ月間もう死物ぐいでやったら やっとまえ皆さんにこれだと満足して もらえるレベルまで来たかなと続いてじゃ こ君の曲行ってみましょうかフラッシュ フラッシュフラッシュこれはもうなんかね これ当時のやっぱ1番得意なタイプの曲 っていうかなんかの記事に3時間ぐらいで 作ったって書いてあるんですけどま3時間 はさすがにねえだろうなと思うんですよね 5時間56時間かかってると思うんです けどもああんま変わんないですよねいやで もちぱで作ったんですけどこの曲結構です ねあの後々某アニメの主題歌に似てるよ ねってこうさやかれてたんですよその話 って知って知らない知らないですはいあの でそれ確かに私ね意識してたかもしれない んですよねおおええまこれ相手名前出さ ないんですけどはい色ちょっと検索して 調べてみますはい独身万歳でねこうね検索 するとすぐ出てくると思うんですけれども いや生殺ちょっと経緯覚えてないんです けれどもあんまりボスコニアンだからとか そんなこと全く考えないで曲作ってました まやっぱその完全再現はすごくこだわる プログラムトンベさんだったのであの6万 のその ポピュラーながそのゲームを作る ポピュラーな画面のボタが2256下 256だったんですけどまそれだとどうし ても横ののドトスが足りないあ リファレンスモードには乗ってないえ 24khzを使う特殊モードがあった発見 発見したつってでそれでこのファンタジー ゾンが作られるんですけどあのシャープが 後にですねあの廉価版のモニターを出すん ですよそれに24khzがついてなくて はい要するにそのモニターだと ファンタジードーンが頃の元もついてるん ですけどあのまボタン押さないと 切り替わらないってことで要するに ちょっと手間をかけないと映らないって いう状態だったのでえシャープの人にま 怒られたというか注意あの嫌味をやれ たって感じです私あのマイコンソフトの 開発室に遊びに行った時に松島君が ちょうどアフターバーナのなんかあの サンプルかなんか持ってきてたんですよ これ音楽を俺にやらせてくれって丸したん ですねそしたらえ藤岡さんがああいいよっ つってOkくれたんですよでそれから1 ヶ月後ぐらいですかねあのもう1回あの 開発室に行きましたらそしたらそこになん か見知らぬ男性2人がいましてそなんで来 てんのかなっていうとそれが実はあの アフターバーナの音楽の打合せだった らしいんですよえそれ俺にやらせてくれ るって1ヶ月前に言ったじゃんっていう ことをあの藤岡さんに言いましたらそれ じゃああのえゆうゆうに試しにえ作って もらってでそれでもし その出来が納得したらそしたら悠々にお 願いするっていう風にあの言ってくださっ たんですねでそれからまとにかくあの ファイナルテクオフのディストーション ギターあの音をFM音源で出すていうこと にもとにかく研究に研究重ねてえそれを 開発室で披露しましたらそしたらまあの もう皆さん納得してくれたと私は思ってん ですけどもそれで私に決まりましたという エピソードがあったんですすごい大拍手 [拍手] さあえ皆さんスマホのご準備はよろしい でしょうかあマイコンソフトのですえっと 元春研究所の三原 ですえ今日はマイコンソフトの新製品を 発表させていただきます [拍手] はパソコンPC 8801MAR2SRでござい ます8月8日に正式に発表させていただき ますのでそれまで是非お楽しみにお待ち いただければと思いますよろしくお願いし ます [拍手] ダクガさんはいつもあのこのステージ上で ずっとプログラムを入力してたんですね イベントをしっかり見てもらいながら チャレンジをしてもらうには男性生この パートのMCをやってもらいますえ聞いて ない よMCやってもらえますかやってやるぜ いただきましたおすごい大きな握手じゃ男 生こちらお願いし ますこのカーソル移動がすごく遅いという ことでそれをえどうにかえ早くしたいで プログラムも長いので短くしたいていうの でまこの感じでえまとめるというまこれは 当時はすごくよく使われてたえテクニック ですね えなかなか こ皿を引いてえトーストを投げるとえ やっつけれるというゲームなんですがなっ てしまいまし たそのダブルコートが入ると自動的に文字 コードになが入るっていうあ制御コドか 制御コドが入るって機種もあってでその中 にはあのコモドール64っていう機種も あったんですけどカーソルの移動コードで でリターンするとこんな風にくっついてえ 一発で表示される とはいこんなことができるえ機種もあり ましたということで私の作品はちょっと 移植作品というのはなくてですねま ちょっと違う意味の移植と言いますかオジ された作品が多いのでキ入力が ちょっとベーシックマガジンと言いつつ こちらもほぼほぼマシン語でできてまして えまプログラムリストのま8割9割は データー分となっています35年の時を得 て えギバー2をちょっと作ってみまし た今回はちゃんと追従し ますとえ今日のところはここで終わりです え池田さんと手塚さんこの2人はねえ ゼビウスの1000万艇プレイヤーでも あるんでまなかなか最強解説人と言って いいんじゃないかと僕もあのなこ入って からまゼビウスの続編作る機会があったり ま今日もこうやってまたこういう解説の場 に立ち入るとかまかなりあのなんかデビス にはなん縁をはい感じておりますはい今日 は楽しみしてますはい分かってる 1000万点プレにねMCやってもらった があの僕が楽したわけじゃないですよMC やってもらった方がねあのやっぱり コーナーとしていいんじゃないかと思い ましてえ日さん池田記者お願いしていい です かななんだっ てほらほらいただきましたね生なんだって MMR読んでる人にしかわかんないかも しれませんがじゃあえ池田記者お願いし ます [拍手] [音楽] 321 [音楽] スタートそれはあの全部で45本あります んで皆さんカウントお願いし ますでここでスペシャルフラッグ出ました ね良かった危と一気増えます とスペシャルフラッグを出しては1発です ね持ってるねナスカの地上 へ最後のエリア16 です ういテラジこれ最悪の組み合わせじゃない ねこれ厳しいすねちょっと これヘド避けるよあまあで もなんとかいけそうすよねおいしょ超えた じゃんもうどではいここ超えたいな自力 でここが敵の最の防戦防衛戦ですねすい ませんおいしょおお見せるねやめて割れる な わあはいでもこれで16エリア突破です やっ たいやねあのねちょっとね邪念があったの よ全部壊して川の線に揃えてアンジェスを 壊そうとかで企んでたんですねでもでした やっぱりいいい楽しんでいただけたんだっ たら良かったですありがとうござい [拍手] [音楽] ますはいえ2つ目のやつはですねま本当に スライド1枚しか今の時点ではないんです けれどあありがとうござい ますはいえオールアバウトワツが復され ましたけどまあのチャレンジAVG& RPGっていうのもまその時にえ是非と いう声結構いいたのを受けてですねえ今回 この機会にですねあのしっかりやりたいと 思いますまだちょっといろんなこと発表 できないことも多いんですけどえまどこか 知らないタイミングで電波新聞社の方から 発表がありますんでその時は1つよろしく お願いいたします [音楽] [拍手] [音楽] あ封筒を開けてみると当時15分ぐらいの カセットテープあこれ買ったんだなとかっ てやっぱり思ったりするわけですよ ちっちゃいこが15分ぐらいのカセット テープを買ってえこれで投稿してくれたで なんかねボツにしてボ箱にボンと捨てんの もなんかかわいそうだなと思いながらも そこは心にしてチェックをしてた中に来た のから始まったりするね あのお父さんの演歌のテープにあのデータ 入れて送ってくる子がいるんですよ お父さん今頃あれあのテープどこ行ったん だってやってんだろうなと思いながら チェックしてました本当にが売れてくると にダンボール1箱とかってこう送られて くるわけですよねだんだんもっとその 表書きのあの文字を見ただけでもなんか名 あのなんか分かったりしてね書け見ただけ であ森くから来てるって分かったような そういう方って何人もいたなと思いますか さんがちょっとこうぼそっと言うんですよ ハギの月をまた食べたいんなみたいなこと だあの決して送ってくださいとは書かない んですけどまそういう 松さん覚えてないと思うんですけど ちょっと見てもらい ましょうさらに山形には松野月というのが あります矢にもあったから是非松のき送っ てくださいしかもこれ賢君の名前を使って のはひどいですよ ねこれは賢さん怒ってもいいとこですよね こあのコナあってままさかね皆さんもあの 編集長だったり変さんさんちゃんにみが こう喋ったやつが帰ってると思ってない じゃないですか思ってました まさかなわけないんですよそんなそんな ネタバままみんな思ってないと思います けどねでさっき言った担当者がある時は つみさんになりある時は影さんになる みたいな時である時賢君になってるわけ です よ夢を壊さないでください川さんそれあの これはすいません全く記憶なかったです 申し訳ない ですのマイナー系が多くってあとポケコン 担当だったんですねでポケコンはあの機種 たくさんあるんですけど数があんまりない なのでえっと玉石ここですよ皆さん作って たと思うんであのやっぱりチェッカー フラッグを書いてる時にあのいろんなその 編集部の掛け合いがあったじゃないですか うちにだんだんこうキャラクターがこう 決まってくるのででそれが後のあの パソコンレクチャーの漫画の方の キャラクターにも生かされてたっていう ところがあの良かったですねなるほど なるほど斎藤君のイラストがねこれ最初の 頃のま本人のお気に入りだってやつですね 突然電波新聞社から封筒が届きましてで中 を見てみたらあのなんか知らないですけど とりあえず編集部遊びにくないかっていう 風に書かれてましてでその時にできれば 一緒にイラスト何枚か書いてもらえれば あの持ってきてもらえればっていうので えっと大橋さんとか大橋選手長とかあの そういった方に見てもらってでま明日から 来れるっていう感じでもうそのままていう そうそう 1988年だっけかなえっと表紙の方を やらせていただくことになりましてでその 時にえっと最初の1月後の時えっとあの まだその頃ってX6万じゃなくてFM77 AVでイラストを書いてたんですね 取りかかりがちょっと遅くてちょっと えっと締め切りまでに間に合わないとで えっと土日に出ればなんとかなるかなと 思ったらその時土日確か年末だったのか 何かであの電波のビールがあの人が入れ なくなるとでどうやっても2日足りなく なってちょっとこれどうしようって大橋 編集長に相談したんですねそしたら大橋 編集長があの住んでるところの近所に マイコンショップってあるっていう風に おっしゃれましてあああります隣の町に ちょっと大きなのがあってそこにあります ねて言ったらセブンセブンあるよねああり ますありますでえっと大橋士は名刺を渡さ れてあのこの名刺を渡して書かしてもらっ てくれとすごいですねでデータとツール 持ってってあのすいませんこれこれれこう いうことなんですかて名刺と一緒にあの レジの人にそれを見せてあの事情説明して なんとか向こうの人なんかはい納得したの か何なのかあいいですよ別に使ってもって 言ってま使わせていただいたんですよで えっともう朝えっと店が開いた瞬間から もう行ってお願いしてじゃあ早速もう 書かしていただきますて感じだったんです けどベマの表紙のイラストって縦長なです よでえっとパソコンのモニターって横長な のでえっとどういう風にレイアウト取った かていうとあの90°モニターを回転させ て帰ったんですさっきやっちゃいけないっ て言われてたことですよねそうですねで えっと当然横向きたんですいません縦に 置いていいですかて言われる言ったんです けどあの売り物なんでさすがにそれだけ 勘弁してくださいって言ってで自分はもう しょうがないからあの体をこう横にして こうしながらずっと帰ったんです けどマずっとたんですけどさすがに何時間 か経った時に店の人があのすいませんこれ どうですかてあの枕かクッションかなんか 用意しててでもでもそれってあれお客さん 普通に入ってくるわけですよねショップだ からはいもうあの普通のお客さんも普通に 来てますしあの全然関係ない人普通に行っ てだからえっとPC6601とかあの後ろ であのプログラムとか自分で打てる時代 だったんであのもうバカとかアホとか遠く 分であの叫んでるのを聞きながらずっと横 でああいやいやいい話ありがとうござい ます大橋さんどうですかこの話を覚えて ます大橋さん は えっとおお人方だけじゃなくてみんなに あの無理なんだを長年言い続けて申し訳 ございませんでしたこの場を借りてお詫び 申しあござい ますえ上野明美さんていうま皆さん絶対見 てますよねこの投稿プログラムのあの頭に 書いてるイラストを書いた方なんですけど まこの方あの若くしてちょっとお亡くなり になられてしまっていてですねほとんど 下書きなしでバンバンバンバンバンバン 書いちゃってで時間すごい早いんですね僕 が1ページ書き終わる前にもうその後の やつがほぼ終わっちゃうみたいなそんな 感じですごいますごい方でしたね本当に えええっと僕はですねあの賢章さんが引退 されてから約2年間ぐらいあの宮塚君と あの2人でですねチャルハイのコーナー 担当しておりました主にあの新宿周辺の ハイスカラーの皆さんと触れ合ってました えっと新宿ですとか早稲田とか高田のババ 笹塚のあのハイスカラーの皆さんですね そういう戦いを乗り越えてここに乗った プレイヤーのえ方々っていうのをですね あのもっと褒めてあげたい大きく表示して スペース使ってで称えてあげようという形 であのレイアウトを変えていったえ形です 自分の時えっと対戦格闘ブームでえ結構 キャラクター別集計っていうのでえ全国1 位取れる枠が増え プレになってえ喜んでいきましたハイ スコアラ結構減るかと思ったんですけども えっと対戦プレイヤーから結構ハイ スコーラーになってくれる方が増えたんで えっとジムの時も結構盛り上がった方だな とは思いましたつさんあんまりゲームやら ないすよね本当にゲームに興味がないって いう感じなんですけどあのボーステックに 取材に行った時のこと覚えてらっしゃい ますかねステックのレリクスの取材に行っ たんですね新聞のに帰ってきたらすさんが いきなり98にレリクスさしてずっと プレイしててそういうゲームがあったなっ ていうのは思いであの基本反射神経の ゲームはダメですよねさっきみたいな ゼビウスとかあんまり反射神経がすごい わけではないそうですねちょっと哲学的な 感じのものではいだからうん好きだあの はいあのそういう験は確かにすごく 少なかったですね [音楽] 882使ってサラマンダてよく作りました よね門源いっぱい増やせるからしかも ステレオにできるからサラマンダ作れん じゃねみたいな感じでまそういう軽いノり で多分作ったと思うんですけれどもここで 実演してもらっちゃおうと思ってますはい じゃあ後ろ席ちょっと向こうのPCでお 願いしますねいやいやもうまずじゃあ 片っぽのチャンネルから最初聞かせて もらいましょうかこれどっちのPCでどう やればいいはいえっと左がLですね左まず 左チャンネル聞かせてあれこれ電源入って ないいいですかなんか頑張ってますね [音楽] 結構頑張ってるね本当にすごい です うんうん確かにこの状態だとね音半分だ なって感じしますよねはいじゃあ1回止め てもらっていいですか今度はじゃ右 チャンネル聞いてみましょうかはいピー すごい昔のベーシックですねはいじゃ今度 右チャンネルをかけてみますはいお願いし ます [音楽] [音楽] まあしっかり作られてますよねあおあ なんかここ似てますね音がね似てますよね うんじゃあいよいよ両方同時にちょっと やってもらっていいですかぴったりやん なきゃいけないですこれ結構難しいですよ ねちょっとやマイクを置いてじゃお願いし ますねさあ頑張ってもらい [音楽] ましょうちょちょっとだめちょちょこれや し [音楽] ますあでもまあまああいいんじゃないあ いいんじゃ ないああなんかなんとなくあってますあっ てるあっ てる ああのね客席のモニターとこっちの音も ずれるんですよだからちょっと あのああなんかちゃんと合ってるっぽい ですはいま行きましたねはいありがとう ございますすですね最後に決めるあたり さすがですねでちなみにですねあのさっき 話しに出た88SRminiなんですけど 実は木じゃないんですねあれね えカメていいていですかここにありますね すごいモニター映ってますよえモニター これちゃんと映ってんじゃん すごいトミーはもう1つ別名義でベニー 松山というペンネームでえ小説をね書いて たんだけどそのきっかけになるのが実は僕 の本なんですよちょっとウィザードリの 基地を彼にも書いてもらった時にその最後 にいつかは小説を書いてみたいとすら思っ ているって文章を書いてこれを見つけた ファミコン必勝本の平さんっていう編集者 がねえそこから小説を書き始めたわけです けどまそういった形であのお声をかけて いただいたんですけれどもま増田さんがね あのトよそで書いちゃだめだよってなんか 冗談っぽく言うんですけど目が笑ってない んですよ ねでまこれはトミーっていう名前じゃ書け ないなということであのベニー松山という ペンネームを仮で設定したんですけどもう 本名よりも長く使うペンネムになっちゃい ましたからねなるほどねはいそれにこの 毎回毎回カオスな自分では考えつかない ような笑いのネタをこう送ってきてくれる 皆さんのおかげでですねだいぶ鍛えられた と思ってます最後の4年間だけ書かせて もらったんですけれどもえその時にはもう あの大橋さんからえ大川さんの方に編集長 が変わっておりまして実は自分あの大橋 さんのえなんだお顔を見ることていうのは ほとんどなかったんですねで自分の方は あのプログラムのえコーナーをやってまし て1999年から2003年までかな ベーシックが動く機会っていうのなかなか なくなっちゃってるしC言語で移植性も あるしっていうのでC言語でずっとあの 押しさせてもらったんですけれども写真を 撮れるということで色々外に取材に行く ことがあったんですね声優さんがえ昔の アニメのソングをリバイバルするという 企画がありましてある声優さんのパートに 君ちょっとさっき面白かったから入ってみ ないって言われていきなり声優さんと一緒 にCDデビューをしまし たすごいよねすごい話だよね仕事もえて 帰ろうかとそしたら誰かに呼び止めれて ちょっとて言ってこの写真をこのまとまっ たものをボーンって置かれてこのマップ 繋いどいてえこれパッて見たらスカイ キットあはい分かりましたスカイキット ですねつってこうやってあってこうやって はってふうようやくったら真田さんかな誰 かが曲がってんじゃないかこの野郎つって 言われてあの曲がってんだろこんな野郎と は言ってないと思あバトなのか1と2でま マップ制作ずっと結構ま僕やってたんです よねで結構ねマップのその制作のスキルが 私自身も上がってるわけですよはいなんで もう曲がってるマップを見た時にはもう これもう絶対もう許せないわけですよはい その通りですえ大橋さんの台本はねここで 終わりになってるんですよはいでもここで 終わるわけではありませんえ実は橋さん 今日スペシャルゲスト呼んでます スペシャルゲストの人入ってきてもらって いいです かじゃちょっとこのステージここに来て 中央に来てもらっていいですかそのおさん 彼が誰だか分かりますかさんがお世話に なった人です誰 でしょうじゃあねあの正解となる40年前 の出来事をちょっとね話してもらい ましょうかはいえっと40年ほど前にあの 投稿プログラムが動かなくてカセット テープを電波新聞社に持ち込みましてで あの変さんにえアドバイスもらいながら プログラムを直していたところえ編集長に ちょっとそこの僕ちょっとおいでって呼ば れましてえスタジオの方に行きまして いっぱい写真を撮っていただきましたで その時の写真っていうのはねこれなんです よはい えこのモデルになった少年ですがますごい 時代ですよねこれギャラもらえたんですか あえっとこれもいただきましたしあの乗っ てるドルアーガ関連のグズは全部いただき ましたおおなんか夢のような体験ですよね 良かったですねでもねあ本当に全部 いただいてありがたかったんですけどただ 持ってたあのプログラマは全く治らず に帰って泣きましたでもねもしかしたら それはねヘさんがプログラムリストで貼り 忘れちゃったやつかもしれないですね モデルがいたはずなんですよねあそうなん ですかいたはずだったんだけどその子が ドタキャンで来れなくなっちゃったんでっ て大橋さんが 誰かいないかったらそこになんかいる じゃんといみたいな感じだったんだ なるほどねいやでもそう言ってる川さん こういうのもあるんですよおさんモデルに なってます若かりし日の川さんちょっと 待ってこれ知らないよこれ私ボくだった から ねこの時も誰かモデルがどったされて俺が 来たのかなみたい な今日はまお橋編集長のま幽体記念という ことです え本当に えまあななんて言ったらいいかわかんない ですけどねま1番まなんか長くっていうか え家族うん家族同様っていうか僕が大学出 て会社に入って ずっと まあ行ってみればね一緒にいる時間の方が 長かったんで え色々と抑えになりましたっていうところ ですよそれそれしかないですねまはいま今 今えちょちょっといいですかね実は今別の 会社でトランジスター技術っていう雑誌の ところの編集にいるんですけどあの いろんな教えベガとかの教えそのまんま ちょっとやってますあのえ色々と本当に あのご迷惑かけました ねはい続いて増田さんお願いしますあはい あのま田ね最初はもう私ベマガに来る前に その出版販売部でその電波マイクロソフト のあ商品化とデリバリーの方の仕事をして てま南湖とのライセンス契約にも私ま一緒 に行ったりしてたんですけどもまそんな 関係でまその頃からずっとハさんのところ でま一緒にいてでまベマの時にはもう車内 で結構弁がってこう自由にできてたんです よ結構厳しい会社なんですけどただま大橋 編集庁のま傘の下でま私も自由にやらせて もらいましたまその割に私先にあの電波 退職してしまいましたけど長い間本当お 疲れ様ましたありがとうございますじゃあ 続いてつみさんですがつさんちょっと こちら1回来てからねはい [拍手] [音楽] [拍手] えっと私がベマガ編集部に在籍したのは 86年の3月までなんですねでそれから ずっと別のあの業界で仕事をしてきたん ですけどもやっぱりなんか困った時に大橋 さんならどうするかなっていうのをずっと それ考えるっていうのがなんか癖になって いたと思いますそれだけやっぱり私にとっ てその弁が編集部であの学んだことっての はすごく大きくてはい今でもやっぱり なんか謝罪になっていると基礎になって いるかなって思います本当にありがとう ございまし [拍手] たじゃ続いて藤岡さんお願いし ますえあのはあのマイコソフトとしてお さんにずっとあのついて教わってやり方を 勉強させていただいてでもうお相さんって いうのはもう当時ねあのすごいでかい バイクを乗ってあのでそれで怪我して 片つきながらでももうすごいあの椅子に 座ってもう仕事をされてたってのがもう僕 にとってはあのいい椅子にいつかは座り たいずっと思ってたんですけど本当にえ ありがとうございまし たはいえ続いてですねライターを代表して プログラム部門でダクガさんお願いし ます えベマが編集部にいたのは4年程度なん ですけどもやはりあのなんて言いますかね 1番大事なのは自由なところで皆さんの 意見をねこう組みとるというかま皆さん あの編集部に出入りしてたのは学生若い 学生さんたちばっかりだったんですけどで もそれでもすごいなんかもううせやせな 感じのする人たちばっかりだった中でよく その自由にやらせてまとめ上げてきたなっ ていうのが本当にあの素晴らしい方だった なと今更長に思いますえっとまだまだこれ からもあのご活躍はされると思いますけど もま一旦一区切りっていうことで今日は あのお疲れ様でしたとらしてください [拍手] はいえそしてゲーム部門代表して大濠さん お願いしますえちょっと泣きそうなんです けどえごめんなさいえ編集所本当お疲れ様 でしたえ僕ねあのベマがね編集所から誘い を受けてきた時にですねえ多分このいる人 達てプログラム書いたりとかしてどっちか というとあのねプログラムを学ぼうとかっ ていう人たちが多いと思うんですねそんな 中でえ僕らみたいにそのゲームを遊んでる 人たち もフォーカスを当ててくれたことに関して は本当にすごく感謝をしていますえおかげ で僕もこの業界に入って今までもこの仕事 できますしさね賢所君たちも話出たと思う んですけどもゲームを遊ぶ人たちねそれが ま例えばチャレハもそうなんですけどもね そういうルールができて紛れもなくね今の ねえEスポーツにそういうねえねスピリッ ツってのは生かされてるかなっていう風に 思っていますねさっきもねえ男性さも おっしゃりましたけどもねゲームが好きだ とかプログラムきたいとかね基礎が全然 できてない子供たちにもですね僕みたいな ねこういうチャンスを与えてくれて本当に ありがとうございましたね幽体っていうと なんかあんまりちょっとピンと来ないん ですけども僕もあのゲームの方これからま 頑張って作ろうと思いますんで都都協力し てくださいなんで幽体は今日はとりあえず してもらいますけれどもあの多分引き続き よろしくお願いいたします本当ありがとう ございましたありがとうございますはい じゃあここでですねライターの皆さん全員 ちょっと立ってもらっていいですかはいで 皆さんこちら全員で一世のせいでえ大橋 さんにありがとうございましたと言いたい と思いますじゃあはいせーのありがとう ございましたこちらこさありがとうござい ますでせっかくなんではいえ会場の皆さん もねあの言いたいですよねお橋さんにお礼 をねというわけでお橋さんステージ真ん中 で客席も行いていただいていいですか 向こう向いていただいていいですかいや はいはいじゃあ客席の皆さんせのと言い ましたら大橋編集長ありがとうございまし たと言っていただけますでしょうかもう 大きな声でお願いいたしますじゃせー のと ございこちらこそありがとうござい ますじゃさんここでのコメントをお願いし ます最後のコメント お願いします喋っていいの閉めていいです お願いします何分え何分何分あの33分え いいですはいじゃお願いしますどうも皆 さん今日はありがとうございまし [拍手] たえもたくさんお世話になった方いるん ですけどま私は色々な仕事できたのもえ実 は今日随分企の人が揃ってますよねおさん おさんマイクを外しちゃうと聞こえません 中で1番ね私が企画会だったんですよで 1971年に電波新聞に入社した時創業者 いらっしゃってあいつなんか面白そうだ なっていうことでですねえ叱られたり立て られたりしながらラジオの制作っていう 雑誌をねガーンと伸ばしたんです最初は嫌 だなと思ったけどやるんだったらもう一等 書になる雑誌を作ろうと思ってずっと 頑張ってきましたプラットフォームは電波 新聞ですで電波新聞のあのえ基本方針は 日本の電子産業を世界一にするってこなん ですけどもう1つ次の世代の人たちを育て るっていうことをやってんですねで今も 電子工作マガジンという雑誌を出したり 色々な活動してますで 一応ちょっと座るかな 一応あの今回幽体っていうことになって ますしえ私後期高齢者なってるんですねで 皆さん方はあらほとんどが荒らかですよ ね だもうちょっと頑張ってくださいそうする と俺も長生きしてもっとやりたいことを やりたいと思いますで後期者私はねえ後期 はね好奇心の後期で高齢 は頑張るとと後期高齢者って自分のこと 言ってんですよで幽体って聞いた時にあ これ引退すんのかなと思ったんだけどそう じゃねえんだ と遊んでるような楽しんでるような態度 で新しい仕事をやるんだ と 高齢幽体で頑張りますので皆さんも是非 頑張ってくださいあともう1つこんな 素晴らしい体験をま今日は高校生4人も来 てると思うけどみんなに次の世で伝えて くださいそのためのツルは私たちで作り ましょう日本の科学と電子 立国再生ってのが私の敵ですどうぞ応援し てくださいありがとうございまし たありがとうございまし [音楽] たはいえもういくらでも世の中にま情報は あるなっていう時代になってきてま とっても嬉しい感じではあるんですけど ただですね1つ自分の中であのやり残して いるなと思うことがあってで何かって言う とその家庭用ゲーム機のま初期の頃って いうのはあんまりうん情報がね今まだ 世の中にまあるって言わんですけどないん ですよそんなにはねえ実はですねえっと 白物館を作ろうかなと思っておりますはい ありがとうござい ますえ今日はですねお見せしていますはい えクラシックゲームワールドミュージアム と題してですね1972年にアメリカでお デッセっていうま家庭ム器が始初めて出て で83年にファミコンでま大爆発世の中の 人気がするわけですけどその間っていうの がねあんまりやっぱりきちんとしたものと して残ってないんですねちょっとイゴ マスターてこれをクリックするとでこの 1番右の関連商品ちょっとタップしてます この機種に関してはでこれ下見してみた これであの交換式のイゴゲーム機の歴史が ここで分かるようになっていて左の上の5 トレーナーっていうのをちょっとクリック していたこれも下に送ってってもらえます かはいでこれは結構写真入ってこのように やったりとかこれが今このでサイトに入っ てる全部なんですけどま下までっていた 結構もうすでに入ってるんですよこんな風 にねコツコツとこれで作ってまあなんか 未来についでいけるような家庭用ゲーム機 の博物館を作れたらいいななだと思ってい てでま前回本を皆さんにこの場でえ買って いただいたわけですけど今回もですねこれ はもう今すぐネットで見られる状態になっ てます共有していただけると嬉しいなと 思いますしこのQRコードですぐに行け ますんで是非今日帰りの電車の中とかで 読んでみていただけるとありがたいかなと 思いますはいえ時間お付き合いありがとう ございましたこれにてオールアバウト マイコンベーシックマジン3終了となり ますえ今回大橋編集長はこの場でえ皆さん に色々お話ししましたけどきっと橋さんの 目から見たこの会場はとても綺麗な花畑 だったに違いありませんえ自分が ベーシックマガジンという雑誌で巻いた種 が今これほど見事に咲き誇ってくれている まこれは本当にものすごい感慨深いことだ と思いますまでも僕らだってまだまだね そのこんなに大きなのは無理ですけど 小さな花畑おそらく1人1人どなたでも 作れると思います会社でもご家庭でも趣味 の世界でも何でもいいんですで大げさに 言うと人類ってそういう種まきを繰り返す ことでここまで来たんじゃないかと思い ますでその種の速度をマイコンベーシック マガジンの読者という人たちがそして今日 このイベントに来てくれた人たちが ちょっとだけでも加速することができた ならなんかこんな痛快なことはないんじゃ ないかと思いますベーマガのスピリッツ っていうのはえ好きなこと新しいことに 全力で取り組むそういうことなんじゃない かなって僕は解釈していますまた皆さん 是非ベーマガスピリッツを胸に各地でご 活躍してくださいそしたらマイコンベック マージェテ雑誌がいつまでも輝きます本当 に今日はありがとうございまし [音楽] たOG

2024年5月18日に大田区民ホール・アプリコにて開催された、
「ALL ABOUT マイコンBASICマガジンⅢ ~大橋編集長 電波新聞社勇退記念SP~」のイベントの模様をダイジェストでお届けします。
ラスト付近の大橋編集長にお礼を伝えるパートは初公開の完全版ですので、ぜひあの日の感動を味わってください。

■出演者■

【司会・進行】
山下 章

【第1部:実録マイコンソフト】
大橋太郎《元マイコンソフトウェア開発室課長》
藤岡 忠(なにわ)
土田康司《X68000版ファンタジーゾーン ディレクター》
古代祐三(YK-2)
永田英哉(Yu-You)

【第2部:令和に復活!人気連載リバイバル】
①移植テクニックマスター大作戦
森 巧尚
谷 裕紀彦(Bug太郎)
断空我

②うる星あんずが全16エリアを実演!
 ゼビウス大解析~1000万点を目ざして
大堀康祐(うる星あんず)
鈴木宏治(見城こうじ)
池田雅行(響あきら)
手塚一郎

【第3部:編集部×ベーマガライターズ メモリアルトーク】
《ベーマガ編集部》
大橋太郎(編集長)
及川 健(編さん)
増田克善(影さん)
南雲津久美(つぐ美さん)

《ベーマガライターズ》
池田雅行(響あきら)
大堀康祐(うる星あんず)
倉元一浩
くりひろし
古代祐三(YK-2)
斉藤久典
鈴木宏治(見城こうじ)
断空我
手塚一郎
永田英哉(Yu-You)
中村伸彦(PANDA)
ベニー松山(TOMMY)
まかべひろし
南 泰人
宮崎良太
山下信行(やんま)
山下 章

XEVIOUS (TM)&©Bandai Namco Entertainment
POWER OF ANGER ©Konami Amusement

クラシックゲーム ワールドミュージアム
https://classicgameworldmuseum.com/

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ALL ABOUT マイコンBASICマガジンⅢ 2024 オープニングムービー

ALL ABOUT マイコンBASICマガジンⅢ 2024 メイキング映像

OBSLiveでのALL ABOUT マイコンBASICマガジンⅢ特集
第1回 ゲスト:大堀康祐

第2回 ゲスト:山下 章

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17件のコメント

  1. 「コンピュータがおもちゃ箱」だった時代に戻れたような気がします。
    本当に素敵なイベント、ありがとうございました。
    次も絶対に行きます!!

  2. ラ製からお世話になっていました。当時小学生の私のところに抵抗やトランジスタを説明した手製の段ボール版を送っていただき電波新聞社は憧れの会社になりました。そこからベーマガを買い続け、いつの間にか40歳を超えてしまいました。当日のイベントには残念ながら参加できませんでしたが、青春とあの頃の秋葉原が一瞬で思い出すことができました。
    ありがとうベーマガ!これからもイベント続けてください!

  3. 私の青春だったベーマガ。まさかこんな形で編集長、編さん、影さん、つぐ美さん、ライターのみなさんと再会できるとは!!ありがとうございます。

  4. 31:51 つぐみさんがBM編集部に在籍してたのは‘86年3月まで…えっ僕が読み始めたのその年の8月号からなんですがそれは( ꒪⌓꒪)

  5. パソコンいじってるシーンを見ていると、友達の家に遊びに行ったのを思い出します
    うまくいかずにやり直すのとか

  6. ベーマガは私がマイコンに興味を抱くきっかけになった雑誌でした。投稿者さんから送られたプログラムを必死に手入力してRUNして走った時の喜び忘れられません。
    当日のイベントこうしてYouTubeで見ることで昔に戻ることができてうれしかったです。長い間、かかわってくれた大橋編集長お疲れさまでした。

  7. 小学生低学年にSEGA_SC-3000を買ってもらい、知り合いがMSXやPC88を持っていてBASICに触れ、ベーマガが愛読書となりました。
    当時アーケードゲームの紹介・攻略雑誌も少なく、ゲーム好きなワタシにとって隅々(欄外も含め)バイブルでした。
    その後、大学生になり本屋(CD併設)でバイトしましたが、その店舗が購読しておた新聞が電波新聞で、「やっぱり電波新聞っておもしろいな」って思ってました。

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