【4K/ナレーション】田浦駅から険しい住宅地を抜け、月見台住宅を見下ろす高台まで歩く。天空の住宅地の再開発がもうすぐ始まる。
[音楽] 今回の横須賀散策はJR田浦駅から田浦 泉町にかけてのエリアですこちらの駅の すぐ裏手が小高い丘になっていて丘の上に は戦後1960年代に立てられた営の 月見台住宅が現在は空屋になっています その先谷には田楽泉町というまこちらも 空屋の多い小さな谷の町がありますのでえ 今回は田浦駅を出発して丘の上の月見台 住宅を経由してそこから谷底へ下りえ田浦 泉町まで歩きますえまこの辺りは谷え秋山 も多いですが自然の豊かな土地でもあり ます斜面の綺麗な森を抜けて山の上まで 上がってい行き ましょうまずはこちらの月見大住宅のすぐ 麓に あるこちらのJR田浦駅のホームから歩き 始めますこちらの駅はホームとトンネルが 一体化しているなかなかユニークな作りの 駅ですねえ正面に上り線と下り線の トンネルが見えておりますえ眼鏡のような トンネルが2つ穴が開いていて周りをぐる 緑豊かな丘が囲んでおりますこちらの田浦 駅から歩き始め ましょう鉄骨がむき出しでなかなか古る そうな駅舎ですねえ駅の裏左手側には 大きなマンションが建てられていますが 左手が海側です右手側が内陸方向の山側に なります ねこちらの田浦駅はの トンネルホームにくっついていました けれども下り方向今向かっている方にも トンネルが小さく見えますがあちら側も ホームがぴったりとトンネルの入り口と 張り付いていますトンネルに挟まれた駅 です階段を登ってえ橋の上にある改札を 通ってえ駅の外まで向かおうと思いますが まこの辺りえまあの下り線のトンネルはえ シカマトンネルというらしいですけれども この辺りは昔から雑草がたくさん生ってい たんでしょうねえ草を狩るカを失うと書い てしかという風に昔は書いていたそうなん ですけれどもまあの演技が悪いとかそう いうことだと思いますけれども今現在は7 つのカと書いてシカという風に読むそう ですまこの辺りかなり草がたくさん生え ますねえこれから月見台住宅に向かいます けれどもえ月見台までの道乗りもかなり 雑草がたくさん生えているかと思いますえ こちらの駅は明治の 年に作られた今年海洋120周年1904 年に作られた駅ということですねま今現在 の駅舎がどれぐらいに作られたのか分から ないですけれども駅の建物もなかなか古る そうなえJRの田浦駅でし た改札を通って西口に出てきましたが西口 の方には結構たくさん自転車スクーターが 止まっていますねえま結とした駅前です けれども左と方に行くと戦前の流か謎の あの穴っぽが開いた場所なんかもあるん ですけれどもこの辺りは比較的綺麗です 正面にはえタクシー乗り場が設けられてい てえタクシー3台ほど止まっていて右手側 は広い駐輪場になっていますねえこの辺り はまだ駅前ということで比較的平地の広い エリアですえ綺麗な住宅マカも正面並んで おりますがここから右手に曲がると正面は かなりの急斜面ですねま急斜面沿いに住宅 も立てられてはいますが住宅の間からは 崖崩れ防止のためのコンクリート洋壁が顔 を覗かせてい ますかなりの急斜面が右手にずっとえ続い ていてその斜面の上に月見台住宅が今現在 もま空屋で残っているということになり ますかねえまこの辺りは多分月見台から 田浦駅にこう通勤通学で通う方の生活道で もあったかと思いますねえ正面はかなり たくさん車が通っていますが正面の道路は 国道16号線16号線の下り道路になり ますえ16号線お正面には旅館なんて書い てありますな藤谷 旅館古い旅館なんでしょうかね今現在は こちらは営業しているのかな正面には古い 旅館なんかもありましたが国道6号線の 下り線16号線にもトンネルが設けられて いますね正面え田浦トンネルが設けられて おりましたあのトンネルの上を通ってえ 月見台住宅まで向かいますこちらの道を ずっとまっすぐ行くと有名な野坂というま 急斜面をループ上に上がっていく広目の 道路があるんですがま野坂を通って月見台 に行くこともできますが今日はこちらのえ ちょっと古めのオタ古めのオタの脇に階段 を通って丘の上まで続いている道があり ますのでえこちらの階段から丘の上まで 上がっていきましょうお早速この辺は雑草 がかなりたくさん生えています ね細い階段が上の方まで続いています多分 古い階段だと思うのでこの辺りからかなり 道が細くなります ね階段が左右に枝分かりをしていて左手側 は多分人に続くだと思います右手に登って いき ます右手側3階建てかな結構大きなオタク もありますが右手側階段のすぐえ下は急 斜面になっています1段低くなっています ね左手側はかなり高い崖がこちらも コンクリートで補強をされています左手 階段があります ねこちらの階段は上の方が金網で閉じられ ているのでま登れませんな以前はもしかし たらこの左手側あ住宅などがあったのかも しれないです ねま先ほど国道16号線に通っていた田浦 トンネル田浦水道田浦水道が作られたのが あ明治の27年だったかと思いますえーま それまで山を超えなければえ行きができ なかったのがトンネルが通されてこの辺 明治時代にかなり交通の便が良くなったか と思いのでねえその頃にトンネル周辺にも 結構住宅とかが立てられたんじゃないのか なという風に予想しますえこの辺りの斜面 ももしかしたら昔は今今現在はかなり草が 生えてますけど昔は今よりも住宅なんかが たくさんあったんじゃないのかなという気 がしますけどねえ右下の方からはずっと シャドの音が聞こえますこのすぐ下あたり がトンネルかと思いますがまえ下の道路を 見下ろすと思っても雑草の竹が長く なかなか下を見たりはできませんねえ坂の 上に来るに従ってさらに雑草の竹が長く なっているような気がし ますここからまた階段かまた頑丈そうな 手すりの階段が上まで続いておりますね さらにここ上まで登っていき ましょうまあの月大住宅から駅までのの ルートは えー野坂を通るかもしくはこちらの道を 通るかという2つのルートがあると思うん ですけれどもこちらのルート最短コースだ と思うんですけどねえ月大住宅にたくさん 人がお住まいだった頃はこちらを性活動に していた方もたくさんいたかとは思うん ですけれどもなかなか過酷な道ですねえ 普段登るにはなかなか急な階段狭い道えー 狭い道がずっと住宅まで続いていますがえ こちらを登り降りして暮らしていた方がい たんだなと思うとなんかちょっとあそうな のかというちょっと不思議な感じもします ねえ正面階段が左右に分かれていますが 左手側は多分個人卓に行く階段だと思い ますのでえ傾斜の急な右の階段を登って いき ましょう右の階段沿はちょっと草が狩られ ているか な比較的られているのかなどうなのかな まあまあえこちら えさらに傾斜が急です ね左手の方には木の枝の間に2階建ての 宅が見えておりますが多分左手の階段 を登っていくとあちらの住宅地の方まで 続いていたんだと思います緑の中トンネル の直上ありに住宅が1件立てられています ねましかしこの階段はすれ違うのも難しい ぐらいに道幅が狭いですね 丘の上にあった月見大住宅の世帯数が確か 70世帯ぐらいあったはずなんですよねえ 月見台以外にも個人宅がかなりたくさん 当時はありましたからこの階段え多分住人 の方が譲り合いながこう登り降りをしてい たんじゃないのかなという風に思います けどね今現在はちょっと寂しい感じになっ ておりましたなえではでは階段を登り切っ てここからあ頂上お伝にたどり着きました ねえ正面はおそらく古人宅の壁になって柵 になっているかと思いますこの道を右手に 進むと地図には砲台跡と書かれていますが えこちらの道から砲台跡に進むには相当に 道が険しいのであまりお進みはできません えお伝からは麓の街が見渡せるかなと思っ たら結構この辺もあれですねえ草がおいし げっていてあまり下の道路まで見渡せると いうような感じではありませんね 反対側にはこちら側と同じぐらいの高さの 丘がありますがあちらの丘を超えた先は 長浦町ですえ少し前に行った長浦町5丁目 があちらの丘の向こうえそして今日は こちらの田浦町田浦町のお沿いにここから 月見大住宅に向かってさらに進んでいき ましょう左手側ちょっとした畑こちらの畑 は綺麗にお手入れをされていますね今も 使われているんだと思いますがおお竹が 竹が元気に生えてい ます竹とかサとかがまぐんぐん伸びる季節 ですねえお手入れが大変ですけれどもえ この辺りからは緑が美味しげって森のよう になっています ね右手側にはこれは道か なま道かどうかちょっと判別はできない ですけれどもちょっとしたくぼ地にかなり 木の枝などが散乱していますねもしかし たら下まで来られる道なのかもしれません えこちらの沿いの道を進んでいくと月見大 住宅になり ます月見大住宅に行くまでのこの辺の森は 千治中は軍の施設が置かれていたそうです ねえ白田砲台という白の台と書いて白田 砲台というえま砲台と言っても裏がのよう なあ敵の船を迎え打つ放題ではなくてえ この辺にあったのはえ法対法まあの対空法 ですなえ敵の飛行機を迎え撃つ砲台があっ たそうですねえあこの辺の正面のこれは 何か新築の家とかを作っているのかなもし かしたらこの右手側は新しい住宅が建て られるのかもしれませんがまこの辺り一体 は戦時中は軍の砲台が置かれていた場所 ですねえーまさっきあのおすめはできない といったこの今進んでいるのと反対側 後ろ側にはその砲台の痕跡がちょっとと 残っていたりもしますえシダ砲台という古 からま先日中の砲台が作られていてま 先ほどちらっと話に出た野坂という比較的 道幅の広い道路がこの左手側の谷の奥の方 にあるんですけれどもその野坂はあしんだ 砲台を設営するために資材を丘の上に 上げるために作られた道路ということ らしいですねえま多分崖の結構旧斜面です から旧斜面の上までえ大きな資材を上げる のには幅の広い道路が必要だったんだと 思いますねえそのためこう急斜面をこう 一気に上に上げるためにループした道路を 大きな道路を作ってそしてこの丘の上に 砲台を設営したというのがこの辺りの歴史 のようですなかなか今からは想像がつか ないですけどねえそしてえ正面には自動車 が止められておりますがこの辺からは車が 通れるエリアになっているようですこの道 をずっとまっすぐ進むとえ先ほど言った 野坂比較的道幅の広い道と繋がっています のでこの辺までは車が乗り入れられるよう です ね正面の塔がかなりこちらも草に覆われて いますね蔦が絡まっておりますがこの道を ずっとまっすぐ行くとえ月見大住宅の敷地 になりますこの辺はえ千中は畑がたくさん あった場所ですねえ月見大住宅のある敷地 も千治中は畑があった場所比較的山頂の ならから平地のえ平地の土地が千治中は畑 でしたけれども今現在は月見大住宅になっ ていますこの辺りも以前は住宅があったん でしょうかね え空地になっていますなちなみに空地の 向こう側はすぐ崖なんですけれども崖の 反対側の山にはえ今現在は絶賛 [音楽] えメガソーラ開発中ですねえメガソの開発 がすぐ隣の山にあったりもしますがえでは ここから道が左右に分かれております右手 側の道を進むと月見大住宅の外周をぐるっ と回る車道になっていますのでえ今日の ところはこちら左手側月見台住宅の中を つきるような道をさらに先進んでいき ましょうこの右手側も空地ですねこの右手 のりにも以前は住宅が立てられていたのか なまもしかしたら一時期から比べたら かなり住宅の数も減っているのかもしれ ませんねえ住宅の中を尽きる道左右に分れ ていますが今日は左手側を進んでいき ましょう正面右手の方には月見大住宅の 平屋の屋根が見えてきましたねえまここ まで歩いてくるのにも結構空地がたくさん ありましたが現在こちらの月見大住宅はあ 建物全て空屋になっいるということですま 結構高台にあって長めのいい住宅のうなん でねえ秋なのはもったいないなという風に も思いますがこの辺りから後ろを振り返る と向こうの方に海も見えたりなんかします ねえなかなか綺麗ですな冒頭の田浦田浦駅 のすぐ裏手にあったマンションの建物が 見えていますさらにその向こうには横須賀 の港が見えていて ええ長浦町方面のがずと内陸まで続いてい ますねえここから月見大住宅の敷地に入り ます右手側は木造の建物の平屋です同じ 形状の建物がずっと敷地の奥の方まで続い ています結構草の竹が長くなっていますね え建物が見えないぐらいに長い草が生いて いますなそして左手側は先ほどとちょっと 外壁の色が違いますけどねえこちらも多分 木造だと思います木のモルタル外壁なん じゃないのかなという気がしますけれども ねえ同じく平屋の 建物ちょっと玄関が今の住宅よりも小さい 扉だなという印象ですけどね昔の寸法なん でしょうかなこの辺はえーちょっと 古めかしい小さな玄関とあと台所の最高窓 でしょうかね四角い窓がついてい ますちょっとやっぱりこう世帯分の部屋が 小さいかなという印象もありますけどね なかなかおしゃれで綺麗だなとも思います ねえこの奥の方 は芝生になっているのか共用スペース でしょうかねちょっとした庭のようになっ ていますそしてえ敷地の端の方まで来たの でここからもえ周辺の景色が綺麗に見え ますねえ冒頭の駅裏のマンションと向こう の海え横須賀の海が見えておりますの方は 自衛隊の島でしょうかねえ右手の方は浦5 丁目の方頑張れば猿島の方まで見えるのか なまあまあなかなか遠くまで見させる高台 の景色のいい住宅地です ね向こうの方の雲もなかなか綺麗に見え ますななんかやっぱり高台だと普段見てる 景色とはちょっと違う感じに空も見えます ねえなかなかいい景色だなという風に思い ますま今現在は入居者ゼロ完全な空屋に なっていてえ再開発が進んでいるかと思い ますが横少しのホームページを見ると再 開発の事業者はすでに選定をされている ようですねえま あの候補事業者というような発表のされ方 をしていたかと思いますえ再ではなくて え活用事業者というような名称で発表され ていたかと思いますが鎌倉にある エンジョイワークスという会社さんが こちらの建物のまリノベーションですとか あま再開発再利用などの事業を行う仮面 遺体となって行うという風にホームページ には書かれていましたねえーまクラウド ファウンディングですとかあとは あ故郷納税なんかも活用して資金を集める という風にも書かれていましたので ちょっとえ気になる方は調べてみて いただけるといいかなリンク貼っとこうか なとねちょっと後で概要欄にリンクを貼っ ておこうかなという風に思いますねえっと あなんか向こうの部屋の中がちらっと見え ます なちらっと見えますがこうずっと映して たら青白い顔の人が映ったりしたの嫌だな と思うのでちょっとあんまり映さないで おきますねえっとでここもえ敷地の端っこ ですな明日の街が見渡せるというほどでも もないですけれどもなかなかこちらも高台 のいい景色右手側は13峠方面ですねえ 高台からこの辺も下の方は見渡せていい風 が吹いてます ねこの辺も共用スペースでしょうかねえ 芝生になってい て右の方には階段がありますがここから下 に降りていけるのか ななんか左手にある個人宅に降りる階段の ような気がするのでちょっとこちらを行く のはやめておきますが何でしょうねえ こちらのえ山頂の敷地から下に降りていく 細い道がもしかしたらあるのかもしれない ですねえーこのこちらの敷地確か100m 下200mぐらいなんですよねこちらの 敷地がえまあのエンジョイワークスという 会社さんがリノベーションなど行うという 風に書かれていましたがまでもやっぱり こう建物を立て替えられないというのが 土地の再開発をするにあたって結難しい ところではあると思うんですよねえ おそらく建築基準法とかそういう制約が あってえ建物を壊してしまうと新たに 立てることができないと思うんですよね あの節道義務とかそういうやつだと思い ますけれどもえなのでまあの建物を壊すの ではなくリノベーションをして再利用する というような方向で今計画が進んでいるん だと思います えエンジョイワークスさん調べてみたら あの東京の黒川が作った標的な建築 カプセルタワーというのがあるんです けれどもカプセルタワーの老朽化したもの をえの中であの使えるものをそれの丘に一 してえ宿泊施設して使うなんていう プロジェクトもやっておられるようです からねえこちらの月大住宅がどのように 変わっていくのか分からないですけどこう うまいことこう活用していただくといいか なという風に思います ねえっとこの辺りが月住宅の1番端っこ まで来たかなえ左手3の6って書いてあり ますけれども多分これが1番端の建物だと 思います右手が木造ですね右手がちょっと 赤っぽい木造の建物になります がここから階段を下ると1段低くなった 月見大住宅の外周をぐるっと回っている 車道に降りていくことができますねえこの 辺りから月見大住宅を後にして裏を下り さらにその先の田浦泉町の方まで進んで いこうと思い ますまこの辺りは左右を切り立った崖に 囲まれた丘の上の道あ正面にもまだあれか 月見大住宅の建物残っていますねこちらの 建物も再開発の対象になっているかと思い ますがこの辺の先からえ裏道13峠になり ますねえ右手側の斜面もかなりの急斜面 えーそして正面ずっとまっすぐ行くと13 峠ですけれどもこの道を左手に曲がると 野坂です先ほどのあの白田砲台設営のため の資材運搬の道路ですねえ野坂ですけれど も今日は野坂の方には行かずにこちらの 裏道方面へ進んでいきますずっとまっすぐ 沿いの道が続いておりますこちらの道がえ 13峠ですね長めのいい峠道になっており ますがあ正面には同も立てられていました ねえこちらから階段を下って谷底まで降り ていこうと思いますえこちらが13峠まで 上がる裏道の南緒だったというかなりの急 斜面の崖の間の道ですねえ左右が切り立っ た崖になっていて厳重にコンクリートで 補強をされてい ますまコンクリートで補強される以前 はき出しの岩肌の相当なだったんでしょう な多分崖崩れとかも頻繁に起きたんじゃ ないのかなというかなりの急斜面 おっとっとまこちらの細い階段がえ戦前 戦前というか明治時代まタウラのトンネル ができる以前はこの道があ使用な感染道 国道だったと言いますからね今からでは なかなか信じがいようなことですけれども え複雑に折れ曲がった細い道が谷の底まで 続いてい ます正面そして右手側もかなり厳重な コンクリートで補強されていて コンクリートの手前は今金網が貼られてい ましたねコンクリートと金網の二重の補強 が所々にされてい ますそしてえ 結構草が道まで飛び出してきていますなえ フェンスを突き出して雑草がえ階段の方 まで飛び出してきていますがあ正面には 落石注意の看板がありますからあれですね あのフェンスが二重になフェンスというか コンクリートとフェンスはあれですね落石 注意の落石を警戒したフェンスが設置をさ れているんですなフェンスの切れ間右手側 には同祖陣が設けられています天方の頃に 作られたというこちらの同祖人足元からは え脇見が湧いていてえ旅人の喉を潤した なんていう記録もされ残っていますけれど も今ちょっと同窓陣の足元水で湿ってい ましたが以前はもっとコンコンとコンコン とかどうかわかんないですけどたくさん 脇道が湧いていたそうなんですがま開発に よって脇道がえてしまったなんていう記述 もありましたねえまこの辺急な坂道です からね下から上がってきた人上の方に脇道 が湧いているのはかなり助かったんじゃ ないのかなという風に思いますけれども えーさらにずっと金網え落石注意の金網と え崖崩れ帽子のコンクリートの壁が二重に なって坂の下までずっと続いておりますま あの月見大住宅があった辺りはかなり畑が ずっと大きな畑が戦前は設けられていてえ 設けられていたんですけれどもこの辺の 斜面は畑の痕跡もないですねえ昔から かなりの急斜面だったよう です下の方には住宅が見られますね住宅 ありますけれども左手がまだ急 斜面ま古い地図を見るとこの右手側の住宅 と同じ位置に昔も住宅建てられていました からねかなり崖の上 えヤトの最新部みたいな感じだと思います けれどもね下から上がってきたあヤトの 最新部に住宅がえ2件ほど立てられており ましたそして向こうの方には電車が通って います ね今回出発したのがJRの田浦駅でした けれども正面に見える電車がえ線路は京急 線ですえ京急線の安神図か田浦間の線路か なえ正面の方に電車が通っていましたその 向こう側には小高い山があまた高い山が ありますけれどもあちらの山は田浦梅の里 とかがある山でしょうかねえ梅の里だった かな梅の里はその右手だったかなまあまあ あの梅の木とかが面にたくさん生いている え山がえ正面の山ですねこの辺の道沿いに は古くからポツポツと住宅立てられていた ようですねま裏が道沿いの住宅地という 感じなんだと思いますけれども今現在は 地図上は太田ZAという風に書かれてい ます太田ZAかこ旧浦和道という風に書か れておりますのでねま昔は裏道沿いのこう 住宅地だったんだと思いますけれどもえ 結構大きなオタも参見される古くからの道 街道沿いの集落というだったんじゃない でしょう か少しなだらかになってきましたねえ谷の 底の辺りまでたどり着いたかと思います いいですな山の間から見える雲が綺麗です ねえ今日は晴天なのでこういう日は なかなかこういう緑豊かな辺りを歩くのは 気持ちがいいです ねこの辺りはまだ田浦町ですけれどもここ からさらにえ海方向に向かうと田浦泉町 谷底の谷の奥の道ですねえ田浦泉町に ますまた正面を電車が通っておりますね この突き当たりを左手に曲がると田浦泉町 です右手に曲がると海の方になりなります けれどもえ先ほど言った白田砲台に上がっ ていく上がっていけるような階段があ神社 沿いにずっとこの右手ずっとまっすぐ行く と白田砲台まで上がれる道があったりし ますけどねま下からの道ま険しいので あまりお勧めはしますれもずっとこちら 右手に行くと海の方まで続いておりますえ 今日は海の方には行かずに左手側谷の奥の 方田浦泉町方面に向かってさらに進んで いきましょうま田浦泉町方面結構水の豊か な土地でもあるんですよねえ正面もずっと 小川のせせらぎが聞こえております右手側 一段低くなったところに小川が流れてい ますねあちょっとカメラが下を向かないの でをせないですけれどもえ多分谷の奥谷の 奥まったありの山の山に降った水とかが この辺に流れているんだと思います ねあそしてすぐ正面の方に電車が通ってい ますないいですな山の間を通る電車かっこ いいですねえすぐ正面を京急線の線路が 通っており ます右手側の橋は何かなこの辺がタの里に 上がっていく橋だったか な左手側の山の上には山頂鉄塔が立てられ ていますがあの辺りが あ13峠ですね山の上には13峠古くから の峠道が通っており ます正面には京急線の効果電車が通って おりますがこのえ京急線の線路100年前 からずっと同じ場所にあるんですよね なかなかえまもしかしたら補建替えなどさ れたのかもしれませんけれども古るそうな 客が今現在も京急線の線路を支えています ねいいですねこういう線路下から見上げる 景色もなかなかかっこよくていいなという 風に思いますえ100年以上前からある こちらの京急線の線路を通ってここから先 が田浦泉町になりますねえ徐々に谷底に 向かって進んでおりますえ田浦泉町を左手 側は古人宅の解体をしているのかな まこの辺もあれですねえ空屋の多いエリア ですね谷底谷の奥に行くに従って結構空屋 が増えているエリアだと思います谷の1番 最新部には少し前に行ったアーティスト村 がありますけれどもアーティスト村も秋 サリオの開発計画でえアーティスト村とし てえ古い市営住宅が再利用されているかと 思いますえこの辺りはまだあの小館の普通 の個人住宅などがあ道沿いにたくさん立て られていますがあいくつか秋山あったん じゃないでしょうかね右手の階段は何かな 個人宅に上がる階段かなま階段を上がった 先は相当な緑ですね森になっています ねこの辺は徐々に森の深くなってくる辺り ですそして右手側には先ほどの小川がこの 辺も流れていますね 古い地図を見るとこの辺ずっと小川に沿っ て橋がたくさんかかっているんですよね まあまあ今の地図を見てもそうなん でしょうけれども橋に1つ1つ名前がつい てるのは印象的でしたね古い地図にこう ちょっとした橋小さな橋なんですけどねえ 結構名前のついてる橋がたくさんあるんだ と思い ます橋の渡ったすぐ向こうはになって いたりもします なこの辺はこう小さい川ですね暗にならず に昔の橋が多分そのまま残っているんだと 思うんですよねえなんかすっかり田舎の 風景という感じがし ます月見大住宅の戦後に作られたあ比較的 新しい長屋の作りとはまたちょっと違った 感じの住宅です ね右手側のおタも結構古そうな住宅 川とぴったり川沿いですねこの辺は川沿い に住宅がずっとつっておりますなどかから 川を渡って反対側右手側の方に渡れる道が あったと思いますけれどもここは行けるか なちょっと川を渡った先右手側の山沿いの 道を歩いてみ ましょういいですね小川 沿い小川沿いの町なかなかのどかな風景 ですねまだこの辺周辺先ほども言ったよう にえ秋屋空地の多い場所ではあると思い ますパっと見た感じ地年数のかなり立って いる秋もあれば比較的新しい昭和ぐらいの 住宅で秋になっているようなオタクもちら ほらと見受けられますがまあ一時期と比べ てやっぱりえ10人の数は減っているん でしょうねえこの正面の方にも住宅があり ますが木々に囲まれて多分空屋なんじゃ ないでしょうかね左手側かなり高い石垣 ですけれども古い石垣年期の入った石垣 ですね右手側はまた川になっております なあいいですな水が豊かな感じがしていい ですけれどもまあまあ周辺はえ川に ぴったりと寄り添うようにして立てられた 住宅かなり空屋が多い感じがします ね正面は畑でしょうかこちらの畑は今も 使われている ですお手入れをされた畑が右手側 あ少しスペースが設けられていますがただ この左手側 は門が開いたままの空屋なんじゃないのか な違ったらごめんなさいなんか空屋っぽい ですね左手が古るそうな石垣がずっと1段 高く積まれておりますがこの石石垣の上 もこれはちょっと新しそうな住宅ですね こっちこはまだお住まいなのか なお谷底には珍しい集合住宅ですね正面は 緑色の集合住宅ですけれども珍しいですね え1階と2階でえ1個ずつの集合住宅と いうかなり個人まりとしたコンパクトな 可愛らしいアパートが立てられております その奥にも同じ形状のあこちらは上下とも に2個ずつのオタが入った集合住宅です ねま以前はこの辺りもアパートの需要 なんかがあったんですね今は結構周辺緑が あ木々が美味しげって緑に飲まれている 感じもしますけれどもこの辺は昔はあ今 よりもかなり えー住人が多かったんだと思いますけれど もねえ徐々に空地空屋が増えているエリア です この正面の柵は何だろうな正面あ川が 折れ曲がってこの下をまた川が流れている ようですねまそしてその向こう側にあるの もアパートでしょうかねちょっと大きめの 建物が建てられてい ます空き地も多いですけれども結構熱心で 畑をされている畑仕事でえ綺麗にお手入れ をされた土も探検されますな結構この辺は 畑仕事が盛に行われているようですねああ 右手側の斜面はかなり住宅のすぐ裏手が森 になっていますねこの辺の森は多分 分け入るのは難しそうですなあ正面作業を されていましたのでこちら左手に曲がり ます階段を登って住宅1軒分の敷地を挟ん でえその向こうが車道になっており ます1一段高くなった車道になっており ますがあ車道の先はまた高い壁ですね かなりの急斜面がコンクリートで補強され てこちらを右手に曲がると谷の最新部 アーティスト村まで道は続いておりますが えーどうしようかなアーティスト村には 最近行きましたのでねえー今日のところは こちらを左手に曲がって今来た道を戻る ような形で海方向に向かって今度は進んで いきましょう先ほどの川沿いとはあ川沿い から一段高くなったあ住宅の住宅沿いに道 がずっと動が通っております お正面に猫さんがおります ね田泉町の猫さんこの猫は耳がかけてい ないので家猫かな結構猫が溜まっている 溜まっているって変か猫があのタロして いる地帯がこの辺あったりもしますけれど もこの猫は結構大人しいかなああ逃げられ たまそれなりに警戒が強いですね近づける かなと思ったけれども逃げられちゃいまし たシャド沿いは右手側がかなり高い コンクリート壁で補強をされていてその上 は えー雑草が美味しげっておりますね森に なっています古い地図を見るとこの コンクリート壁の上の辺りは古い時代は畑 などがあったようですが今現在はあまりえ この右上の斜面は畑という感じもしません ねかなり雑草が伸び切ってえ蔦が絡まって いる感じのかなり緑が深くなっていますね おこの右手側の電柱は完全にコンクリート 壁に埋まってますなかなり古るそうな コンクリートですけどえコンクリートの 洋兵が作られる以前から多分電柱が立って いたんでしょうねえーそしてここから道が 2手に分れております左手側に進むと 先ほど え川に川の方に降りていった道と繋がって いますので右手側上がっていきましょうか ちょっと山の方にここから上がっていこう と思い ますなかなかいい感じの坂道いい感じの 坂道ですがやっぱりここも右手がは相当 高いコンクリート壁で急斜面ですね急斜面 になっており ますこの道沿いは結構空屋が多い印象です ね 正面にずっと左手側に住宅がつっていて 集合住宅っぽい古い建物もあるんです けれど も多分この左手のストは秋でしょう なかなり痛んでいて外壁が剥がれたりもし ています ねかなり道と斜面の隙間に立てられたよう な細い住宅ですけれど も壁が外されたりてあ正面は壁が完全に 外れてますね部屋の中が丸見えの状態に なっており ますおおすごい家の中の階段が外から見え ますねまこれは完全に空屋でしょうな部屋 の中の扇風機置きっぱなしの扇風機も見え ておりました2階建てかなり立派な住宅 ですけどね空屋になってからかなり年月が 経っていそうですその上の方は住宅はお 住まいですがなんか上の方からバイクが 来るかな細い道なのでちょっと脇へ避け ましょうおバイクが来 た郵便屋さんでしたねこの上はまだ住まい のオタクがあるんですなえ正面かなり左右 から緑が覆いかぶさるようにしてえー道が 細くなってきましたが郵便屋さんが通り 過ぎましたからこの上は多分お住まいのタ もあるんですねもうちょっと先まで進んで み [音楽] ましょう遠くの方では京急線の電車の音が 聞こえていますが周りはかなりえ森のよう になってきましたね左手側には住宅があり ますがこちらはお住まいかなこの辺もなん かちょろちょろと水の流れる音がします ねこの辺り一体ま水が豊かな土地なん でしょうけれども湿気も多そうです ねアミスかなちょっとちょろちょろと音が しますがお左右から志植物が覆いかぶさっ てますね三浦半島名物のでかい死植物が かなり右手側から覆いかぶさるようにして 生えております ねこの周辺森だけどこの辺郵便屋さん配達 してたのか [音楽] なこの下にあったオタクに配達してたの でしょうかねこの辺は住宅はまだ電柱は ありますねあそして左手の方まだ住宅あり ますね住宅ありますがもうバイクを 乗り入れるのも難しいぐらいの古い階段が 多分この上の住宅と繋がっているんだと 思いますけれども木造のかなり古い住宅が 1段高くなったところに今現在もあります ね右手側は坂道に沿って階段が螺旋上に上 の方まで続いていますがこの上にも昔は 多分があったんでしょうね今現在まあるの かなちょっと分けいるのが怖いのでこの 右手お左手こっち側にあっ たかなり古るそうな木造住宅ですね多分 空屋だと思うんですけれども多分郵便屋 さんもこの辺までは上がってきてないん じゃないでしょうかねあでもまだ右上の方 にも住宅あります ね結構この辺りは谷の上の方まで上がって きたかと思いますがまだまだ上の方にも 住宅は立てられておりますただ今現在お住 かどうか分からないですなえ結構この辺り え田浦泉町秋の多い一角ではありますが この右上の住宅はあ綺麗な住宅ですね結構 新しいガラス張りの綺麗な住宅です が秋かこの右手の白いオタ新しいですけど 秋っぽいですね ええ田浦泉町谷底から少し斜面を上がって きましたがこの辺りえ結構空屋の多い地帯 でしたさらに道は上の方まで続いています [音楽] ね結構道がぬかるんでますな湿気が多いん でしょうかねえかなり抜かんだ道そして上 の方にはまたえフェンスが設けられていて あ上の方には畑がありますねこの辺の畑は お手入れをされていて今現在も使われて いるようです今も使われているおタが住宅 地の上にありまし たこの辺りももしかしたら昔は住宅だった のを畑にしたのかなもしくは昔から畑なの かなま形状からするとかなり古るそうな畑 ですねえ多分だだ畑え昔 面を利用したダ畑だったところが今現在も 使われているというような感じなん でしょうかねお結構道が奥まで続いている な地図を見ると道はここまでで行き止まり なんですがあさらに細い道が奥の方まで 続いております向こうの方には電車の音が 聞こえてますね多分住宅はここまでですな この辺は畑もこの辺までのようですけれど も山道かここから山道がさらに先まで続い ていますねちょっと先の方まで続いてるの で行けるところまで行ってみましょう [音楽] かこの辺りもでかい志田植物があ斜面に 沿ってかなり美味しげってます [音楽] ね右手側は木が折れたのか な木が折れたようですが 古いんでしょうね山道というか能動という かま今現在も分け行った後はあるので多分 使われてはいると思うんですけれども かなり細い道が打をし ながらえ山の外周に沿ってずっと湾曲する ように先の方まで続いています ねこの道はどこかに続いているのかなもし かしたら行き止まりかもしれないです けれども 向こうの方には木が倒れていたりなんかも するもしかしたら行き止まりかもしれない です ね結構この辺りあのこういった山道いくつ かあるんですけどこの道は特にあれですね ちょっと道がぬかるんでいるというか湿気 が高いのかちょっと崩れやすくなっている ので歩く時は必要だと思いますちょっと 足元崩れやすい感じがします正面にはえ木 が倒れていますが結構倒れてから年月が 経っている木です ね周辺の森では鳥がさえずっている穏やか な感じの森なんですけれども道がどこに 繋がっているのか分からないので多少不安 ではありますなえっとどこかに繋がって いるのかそれともで潰れているのか一応 まだ通れますねさらに先の方まで続いて いるなんか電柱を点検するための山道とか でもなさそうですねえ多分古い能動なんだ と思います能動なんだと思いますけれど も右手にも進める けど左手にも一応進めるなあちょっと こっち行ってみましょうかねちょっと斜面 になっているえ斜面 を緩やかな坂道で登るようにして えー道が続いていますねあちょっと正面で も開けてきたか [音楽] なあここは畑ですねだだ畑になっており ますお畑に出 た畑に出ましたが今使われてないかこの畑 あまり作物を熱心に育てているという感じ ではないですねかなり山の深いところまで 入ってきたかと思いますけれどもえ以前は 畑だったであろうスペースが今現在は あまり使われずにそのまま残っていると いう感じでしょう かあ奥の方には小屋もあるんですけれどま 手前はちょっとおネギとかを育てているの かな なんとなくちょっと手は入れられている けどそんなにこう頻繁に使われている感じ ではないですねさらに上の方までえー道は 続いていますがこの道は続いていると 言えるの かあ正面かなり草が深くなってきますなあ この道を抜けるのは難しいかな上の方には フェンスがあったりしてえなんとなく人の 手の入った痕跡もあるんですあの上の フェンスまでこの草を乗り越えていくの は無理っぽいですねあ振り返ると麓の街が 綺麗に見えるかなと思ったらそれほどでも ないですねカタルシスがねえ な結構高いところまで登ってきました けれどもそれほど景色があクリアに 見通せるという感じでもないえちょっと 残念ですねさっきの道まで戻りましょう 何でしょうかねこの辺は先ほど上がってき たあの廃墟が多かったあの辺にお住まいの 方とか がちょっとしたあの農業で使ったりされて いるんでしょうかねま古い地図を見ると こちら側の斜面結構畑とかがたくさんあり ましたからま昔の名残りでちょっと使って いるというような感じなのかもしれない ですえーちょっとした畑のスペースがあり ましたがこちらの道は行き止まりでしたの で先ほどの道へ戻ろうと思います おおどうしようこのまま迷って帰れなく なったらどう しよう結構深いところまで入ってきました からね先ほどの先ほどの廃墟のところまで 戻るのも空だけど進んだ先がどこに出るの か分からないのでまあまあ一応この左手側 さらに先の方進んでみましょうか ね足元かなり草が こっちの道はさっきよりもあんまり人の 入った形跡が少ないですね周辺の草も からられずにそのまま伸び放題という感じ ですこの辺りは笹かな右手側が笹が結構 密集して吐いています虫も結構飛んでい ます なあまボトボトというか先ほどえ谷底から 徐々に坂道をって谷の上の方まで上がって きましたがえま谷底も田浦泉町なんです けれどもえ谷底から斜面山の上にかけて この辺り一体が田浦泉町になっていますえ かなり斜面の上の方まで上がってきたかと 思うのでえ下の方に戻るよりも谷の上のえ 泉町の民家の辺りまで出れるばそちらの方 がいいかなと思うんですけれどもね上の民 までこの道繋がってんのか なあなんか植物の感じが変わってきました ね雑木林から竹林になりまし たこの辺りは竹林 かま徐々に谷の奥に向かってえ山の斜面を 徐々に上の方に登っているかと思います この右下あり徐々にあのアーティスト村の ある辺りまで近づいてきてると思いますが アーティスト村に近づきつつ徐々に山を 登って田浦泉町の山頂の方に近づいている んだと思いますえあなんか右左手側の上の 方また小屋があります ね竹藪の中に小屋がありましたがこの小屋 もまあ古るそうだ なま田浦泉町のこの辺り古い地図を見ると 結構畑とかが広大な面積で んですよね えもしかしたら今の小屋も昔畑としてこの 辺りが使われていた時の小屋で畑として 使われなくなってから竹があぐんぐん生え てきて今に至るという感じなんじゃないの かなという風に予想をしますけれどもね 多分この辺は昔は畑だったんじゃないのか なそんな気がしますね え急にあの林から竹林になってきましたま 竹結構あのほっとくとぐんぐん生えてき たりしますからねちょっと畑のお手入れを しなかったりしたらこんな風に生えてきて もおかしくはないんじゃないのかなという 気がしますえどうなんでしょうか後ろの方 ではまだ京急線の電車の音が微妙に響いて おりますねえ近くに電車の通っている街が あるので遭難することはないかとは思い ますが目の前の景色は雑木林から竹林え 竹林は左手がちょっとだなこの辺はもしか したら畑だったんじゃないでしょうかねあ ちょっと作画されたりもしていますから もしま昔は人の手が入っていたんでしょう ね今現在はあ結構竹林が野放しの感じに なっており ますあ道がちょっと狭くなってきたな おとととと 新しい竹の若い竹がちょっとまた 生えたりもしておりますがあ道この先潰れ てんのか なスマホに地図も出ないっすからねこの辺 は迷ったら大変です道の真ん中に竹が生え ているえい踏みつぶして先へ進みます があちょっとでも開けてきたか なこの先はちょっと開けてきたのかかと 思いますねえ今度は竹林から周辺が ちょっと細い笹のような植物になってき まし たなんか一時期は道がもう潰れてるんじゃ ないのかなというぐらいに周辺の植物が かなり覆いかぶさってきていましたが少し ずつ道が開けてきましたねえこの辺り ちょっと民家に近づいているんじゃないの かなという感じがしますあ正面は手作りの 柵が設けられているのでここの辺はもう 民家付近になっているんじゃないでしょう か右手側柵の向こうは民家かなえああ かなりかなり道が細くなっています がこの先は多分道にあコンクリートの道に 出られ出られ た おお山道を通り抜けてコンクリートの道 までたどり着きましたよかった あこの右手側この辺は最近通りましたね この正面の柵は民家じゃなくてえお不動さ の石があるところだ田浦泉町のお不動さん のところまで出てきましたあここは前回え アーティストマラに来た時に同じ道を通り ましたな以前はアーティスト村から百段 階段を登ってこちらの田浦泉町の山の上 まで来たかと思いますがえ今回は田浦泉町 の畑伝にえ面を登って丘の上まで たどり着きました今左手側地っていう風に 書かれていましたねえ多分え途中の小さな 畑跡地みたいな場所から眺めた上の方に柵 がしてある場所がありましたがあの辺が もしかしたら仕の柵だったのかもしれませ んねえこの辺りは左手側私で農地だと思い ますけれども右手側はえ農作物のえ無人 販売の小屋なんかも建てられていますえ そしてこのあり右手側だったと思いますが 蜂蜜の販売所なんかもあったかと思います ねえ田浦泉町山の上の辺りですこの辺り 一体も戦前から戦後にかけてかなり広大な 農地え山の上は畑として使われていました が戦後これもま1960年代先ほどの月見 大住宅が作られた頃 にポツポツと山の上に住宅が作られてえ そしてまた同時に徐々に畑が使われない 面積が増えてえ今に至るという感じだと 思いますえま60年代後半から70年代に かけてちょっと山の上住宅が増えた時期も あったっぽいですけれども今現在はま徐々 にえそういった住宅も減り始めているかな というような感じだと思いますねえこの坂 を登り切ったこの辺りから先ほどの月見大 住宅をさらに上から見渡せる場所があり ますのでえそこから先ほどのえ月見台住宅 眺めながら今日は終わりにしましょうかね え向こうの方には東京湾海の方が見えて まりましたがここから下の方画面正面の 中央の辺りに月見台住宅のある丘が見え ますちょっとこのカメラだと分かりづらい かなえっとちょっとズームをすると よいしょ画面の右側が右側今中央になった 丘の上が月住宅ですねえ右手側が鉄筋左手 側が木造の月見台住宅の建物が見えてい ますその左手側の丘には斜面を コンクリートで補強された現在メガ ソーラー建設中の地域ですねえ谷の底には 住宅地が広がっております右手側の方は海 自衛隊の港などがある海になっていてえ その手前からずっと住宅地を伝ってえこの 丘まで上がってきました田浦の谷底から この辺まで上がってくる道のりがちょっと よく分からなかったんで最後上から地図で 確認をしてみましょうかねえ今現在の地図 だと完全に道が潰れていてわからないので ちょっと古めの地図を重ね合わせてえ確認 してみようかなと思い ます1964年の地図ですけれどもえこの 上の辺り今カーソルがチカチカ動いている この辺りの谷からえ田浦泉町の斜面を 上がってきますましたこの辺りですね今 現在は空屋がかなりたくさんある谷から 上がってきましたで上がってずっと山の 斜面沿いに上がってきたんですが道沿いに 昔はずっと畑があったようですねえこ かなりえたくさんの面積畑があったっぽい ですが道は結構山の上まで続いていました が今上がってきたのはこの草村のあるこの 辺りですねこの周辺までえ今は上がってき たかと思いますえこの辺りかなりえ たくさんの面積が畑になっていましたねえ 1964年月見大住宅が作られてからまだ まそれほど年月が経っていないありえ64 年当時の月見台住宅まだ綺麗ですねえ山の 上には結構たくさんの住宅が設けられてい ますえそして月見大住宅ずっと先に進むと JRの田浦駅そしてえ草村の先端の辺りに は丸くなったえ砲台跡しんだ砲台跡が今 現在もそれは残っていますですねえこちら のしんだ放題あと機会があったら行って みようかと思いますがかなり険しい土地に ありますということでまあ今回はあJRの 田浦駅から月大住宅を経由し てJA
月見台住宅の活用事業者候補に、鎌倉のエンジョイワークスが決まりました。
興味のある方は下記のURLをご覧ください。
ENJOY HEADLINE / ニュースリリース / 2024.01.23
月見台住宅関連のクラファン情報などは下記のURLで発表されると思いますが、
2024年6月11日現在はまだ公表されているものはありません。
https://hello-renovation.jp/projects
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横須賀のJR田浦駅は、周囲を山と海に囲まれた創業120年目の駅です。
周辺には戦前から多くの住宅地が造られ、現在も多くの住宅が建てられていますが、
険しい地形のせいか、現在は空き家が多くなっています。
駅から田浦町を抜け、田浦泉町の丘の上まで歩きました。
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6件のコメント
三十年近く、田浦に住んでいたんですよ☺️
その時の住んでいた🏘が映っていました☺️嬉しかったです。ありがとうございます😊
空き家が多いのはなんとも寂しいですね😞たぶん昭和22年から24年生まれの人が75才から77才と高齢になってきたからだろうか?私よりちょっと年長の人たちだ。私が小学校に入学した頃は、教室が足りなくて、二部式授業をやっていた😅早番と遅番と分けて、給食場ができたのは、ずっとあとで、一年生はお弁当を持たずに、お昼に帰された。これは横浜市の話で、横須賀はどうだったか知らない😅😢今回は道に迷いそうになってはらはらした😨
田浦駅の横にマンションが出来たんですね~そこらあたりは貨物線の線路が数本あり、横須賀線のトンネルとは別の複線のトンネルがあり若干カーブになっているので貨車が傾いて止まっていたのを覚えています。その貨物のトンネルには安全第一ミドリ十字か書かれていましたよ~駅前にも住宅あんなになかったな~田浦駅の利用者は居住者より港湾で働く方の駅と言った感じで夜の駅周辺は真っ暗でしたね 月見台住宅かな?当時は住宅地の名前は知らなかったけど高校の友人がいてギア付きの原付バイクを無免で乗ったりしました(時効という事で)いつも長いコメントごめんなさい
廃屋の青白い顔より、細い山路の方が怖いと思う
今日この頃ですw
でも、心細い山路から(予想外の既知の)開けたエリアに出た時の
感激は病みつきものですね~
青白い顔…、廃墟とか面白いですけど、やっぱりほんとに見えたら嫌ですよね😂
迷路からぬけると、ほっとしますよねぇ私だったら多分遭難しそう!