【古道を行く】土倉牛車道【奈良県】
[音楽] [拍手] [音楽] パイソン田房家現登山ライダー庭ま です本日は古道を行くドグ実車道という ところを通ろうと思い ます今現在奈良県の吉野町っていうところ に来てます桜のです ねドグ車道っていうのは吉野町と川上村の ちょうど境面御車峠っていうところがある んですがそこを通る道のこと ですドグていうのは人の名前で川上村出身 のドグ小三郎という方がいてはるんですね 世間的な地名はないと思うんですが実は 江戸時代後期から明治時代にかけて ものすごく実として自として非常に力が あり発言力があった方ですただ一般的な 教科書とかには全く名前が載ってないんで 多分知らん人の方が多いんではないかと ただ業績を調べていくとねものすごく立派 なことをされてる方ですもただの金持ち っていうだけではないですねもうほんまに 村のことを国のことを考えて動いてた方 ですねで今回行くですねドグラギシ道って いうのもわざわざドグシザ王がです ね自分のお金を使って峠道を整備して今 まで徒歩でしか通られへんかったような ところに車が通れるようにしてほんで木材 を運ぶのにちょっとでも楽になるやろうと そういうことを考えて作った道ということ ですまあね今もねその道がどこまで残っ てるかっていうのはちょっと分からんの ですけども行ける範囲で行ってみようと 思い ます今から通るここのトンネルねこれが 新しくできた車峠トンネルです ねのトンネルの上に御車峠っていうところ があってそこを通る道がド車道です ねとりあえずはこの峠を抜けたら川上村に 入るのでそこで準備をして歩いていき ます 川上村の入口西側の集落ですここにバイク 止めて歩き ます集落から狭い道登っていき ます地図見てたらお寺の横上がっていく道 があるようなので 多分その辺やと思うんですが お寺お寺多分この辺にお寺あると思うん です けどお寺はもう少し東のようです ねどうやらここみたいですねここで山の方 に入っていくようですお寺は テラはこの右手側かなここでいいんかな 道上がれるんかなちょっと道確認せなき ませんね うこれは単なる行き止まりな日があれ こっち斜めに上がっていく道があるなこれ かここっぽいなではこっからですね おそらく車道通れるっていうぐらいやから 多分この程度の幅はあってしるべき でしょうではここから登っていき ましょうはい道幅だけで言うなら実車 どころか軽トラでも登れそうなんですが やっぱ所々荒れてますね あとが急に曲がるんで 結構車では厳しいか もうんおそらくこの道で間違いなさそう ですねかなり路面は荒れてます荒れて るっていうのは落ち葉とかがひどいの落石 もひどい しだんだんだんだん路面がでこぼこになっ てる感じですね放置された山道にありがち な状況になって ます 典型的に歩きにくい道っていうやつです ね [音楽] おおさてドグラ小三郎ですけど川上村の 大竹出身明治時代生まれで16か7ぐらい の時に家督をついでですね自分の家の事業 を成功させてま三輪王ですね明治の三輪王 っていうような名前で呼ばれたりするん ですがとにかくこの辺一体のですね杉です ね杉を持っててでそれで材をなしたと吉の 林業の基礎となるような杉の育て方とかを ですね開発したような人ですねで当時は今 よりはかに気の値段も高くてそのですね ドグラ小三郎のお金を頼ってですね明治 時代の有名な政治家それこそ教科書に乗っ てるような政治家もですね川上村まで わざわざやってきてお金貸してくださいと かですね助言を青いだっていうのは話が 残ってますまただそういう話が全く普通の 日本市の教科所とかに乗ってないところが なんか不思議やなと思うんですよねちなみ にこのドグ岸道もドグ小三郎が作ったわけ ですけどお金出して作ったわけですけど ここをかつてその明治時代の政治家も通っ て土倉小三郎に会いに来たっていうこと ですせやからこの道がですね明治自体の 著名な政治家ここを通ったんやなと思い ながら歩くとちょっとねこの景色の見え方 も変わるんではないでしょう か小三郎自身は役職としては川上村の村長 をしてただけでま1回国政選挙にも声を かけられたそうなんですけど自分は地元で やっていくっていうようなこと で代わりの人を立てて国生に出したって いうような話もあり ますちなみにドグ小三郎市の家があった ところていうのは今川村大の郵便なって まし てま川上村っていうとですね皆さん川上村 の道駅ぐらいであは通りすぎるだけやと 思うんですけどドグラ小三郎については ですね是非とも調べていただきたいし銅像 も大竹にあるしドグラ小三郎を検証した 文字っていうのが壁に刻まれてますんで 大竹のねそういうのも見てですねあかつて そんな偉人がおったんやなとるのもいいと 思い ますあの人がおらんかったら奈良の吉野山 の桜はなくなってたかもしれんし奈良市の 若草山はハゲ山やったかもしれませ んそういうことを知るとまた面白いんでは ないでしょう かあら偉いとがこれはきつい ぞどう超えるこれ橋を超える か よね はいあとにかく道が結構寸断されてます ね昔は橋があったんでしょうけど ね よいしょここは怖い わこれは怖いわ この木をまたぐのは大変やわえいと痛い 痛い痛い よ ほ よいしょ は は登ると徐々 に東北が増えて道が狭くなっていきます そしてこう所々にある谷これが 怖いこれは感電の柱っぽいです ね傾斜は緩いけど足場悪いし長いですあで もここで終わりか な掘り抜きになってるここっぽいですね 峠ていうかこれほんまに感電の柱があり ますね札が読まれへんのが残念です けどさあここが御車峠ですだいぶね 掘り抜き切り通しの峠になってて周りは 崩れてますけどさあここを超えると吉野町 です吉野町側はですね実は細になってまし て車で行けるんですよねはあ であここちょうど神社があるんです ねカシオ神社って言うんですかね ははいでは御車峠まで登ってきたので今 からまた実車道通って川上村へ帰り ますいやあここは案内1つないっていうの がちょっと惜しいですね歴史上重要な道 ですので案内つけたらもうちょっと人も 通るし道も綺麗に整備されるま人が歩く だけで道っていうのは勝手にある程度綺麗 になるんでもうちょっと道も整うと思うん です が是非とも看板欲しかったですねせめて ここ誤射峠ぐらいの看板があるとなかなか ここ通ろうかっていう気にもなるもんです けど まあね吉野川には簡単に車で来れるんで 興味ある方は吉野川から登るといいんでは ないでしょう かしかしま明治のね政治家や用人が吉野 から必死に登ってそしてこのひたすらつら 俺で降りていく道をヒヒながら歩いてたん かと思うとそれはそれでちょっと面白いな と思ったりし ますさそれでは回の鼓動を行くドグラ実車 道これにて終了いたしますまた別の動画で お会いしましょうバイ [音楽] バイ JA
古道を行くシリーズ
吉野町と川上村をつないでいた道。
ただの峠道だったところを、土倉庄三郎が
資材を投じて木材を搬出できるつづらの道を開いた。
その痕跡を歩く旅。
前→https://youtu.be/d73r48k0lTE
次→https://youtu.be/O0XDnVf4dhQ
We walk the old roads of Japan.
The walking road is the Dogura’s Oxcart Road
in Kawakami-village, Nara prefecture.
他の古道はこちら (other old roads)
4件のコメント
本当に立派な人は前に前に出ませんね。明治時代は日本全国我こそは!みたいな雨後の筍いっぱいいて政治家なんかそうなんだろなと但し如何せん先立つものがないからパトロン探しやお金持ちの女性と結婚したり?歴史の表に出ない人は数限りなくいそう!にわまるさんに、解き明かされて学びますね、ありがとうございます😊北海道もけっこう昔の道は実業家が自ら身銭を切って作っているところもあるようですよ。お疲れさまでした(^-^ゞ
こんなに立派な道が廃れてしまうのは残念です。峠には神社もあってハイキングに良さそうなので、ホント、勿体ないと思いました。
偉人伝も面白かったです。奈良では有名なのでしょうか?
悪路をお疲れ様でした。
土倉庄三郎さんがいなかったら、吉野山の桜もなくて若草山ははげ山・・・(・_・;)ひぃ~
峠の切り通しの雰囲気が素敵ですね。
江戸時代や明治期に作られた遺構って、私財を投じて作ったみたいな話をよく聞く気がしますね。