【VLOG雑談】東日本大震災から13年 当時何をしていたか 昔の話を雑談で(被災者ではありません) 雑談回 2024/03/11 アマチュア無線 VLOG 441

こんにちはJ1bjtです2024年3月 11日月曜日です今日雑談ですえ昔の話を しようと思いますえ3.11っていうこと もあると思うんですけども今日は東日本大 震災が起きて13年目の日となりますで 個人的なお話をね少ししようと思います けども私は直接被災してるわけではない ですしそういうことはねないんですけども 当時どんなことやってたかっていうことを 少しお話ししようと思います無線の話まで はたどり着けないかもしれないんですけど も非常通信であるとかね非常事態とかま そういう災害に関係するような一般的な 雑談としてお聞きくださいえ興味のある方 だけご覧ください東日本大震災というのは 覚えてる方も多いと思いますけども 2011年に起きた大きな震災ですねあと それに続けてでやってきた津波でかなり 大きな被害が東日本ですねえ太平洋側に 大きな被害がね出たというようなね形に なってます当然地震なんでね内陸部も結構 大きな被害があったんですけどもやはり どうしてもつみの被害っていうものが ものすごく大きく記憶に残っているんじゃ ないでしょうか3月11日なんですけども 13年前の3月11日っていうのはね実は 金曜日なんですね確か金曜日だったと思い ます当時私はアマチュア無線ではなくて別 の趣味で色々遊んでたんですけどもえま その話をね少しするとえっと震災が起きた 時に私がいた場所っていうのはえ相模原の つい青野原のこの付近ですねえセブン イレブン相模原つい青野原店っていうのが あるんですけども同士道をま同志村の方 からずっとこう移動してきてっていう ところで地震にあって地震にあった時は実 は自転乗って走っていてですね下り道を それなりのスピードで走っていて実は気が つかなかったんですねトンネルを出た時に なんかこう揺れたというよりもなんか風で 煽られたかなぐらいの感覚しかなかったん ですけども23分後ぐらいにこのセブン イレブンに着いた時にですねなんか ちょっと異常な雰囲気があってそこで 初めてですねセブンイレブンに来ていたお 客さんになんか大きな自信があったという ことをね教えてもらった感じでしたなので ね自分でねあの本当に1番大きく入れた時 っていうのはま東京とかでもかなり大きな 震度だったはずなんですけども自分は体感 がないんですねこれがねなんて言うんです かね体感がないっていうことはどれだけ 世間とずれるのかっていう体験をね しばらく後にねその日はしたんでねその話 もしたいと思います当時はどんな風にやっ

てたかていうとこれね自転車の大会を次の 日に予定していてま富士山の方にですね 向かってっていってえっとですね山中湖を 超えてちょっとねえ行った先ですね ちょっとねこの辺りまで行って折り返して 帰ってくるっていねえそういう自転車の イベントを翌日に控えて200kmなん ですけども土曜日の朝スタートしてえ夕方 までに200km行って帰ってこいって いうねそういうイベントですねロング ライドのイベントの主催をしていてで前日 に思想してたんですねこのコースをでその 2日前ぐらいにここを走った人がえっと 路肩の凍結雪が降った後で凍結してえ スリップして自転車でスリップしてねえ 転んで骨折しちゃったんですねでそれを あのその積雪状況がちゃんと普通の自転車 が走っても大丈夫かってことを確認する ために前日の金曜日にですねえっと ちょっと仕事をサボってですねえま他の スタッフと2人でねこう思想という形で 行って帰ってきたとこだったんですけども ここでねま自信にあった後にどうなった かって言うとま当時の携帯の事情っていう ものが色々あるんですけどもここに当時の 携帯がありますあこれなんか蓋が取れ ちゃった当時フーマなんでねSIMじゃ ないんですけどフーマのカードとか入って ないんでね使えないんですけども3Gで 繋がるんですけどもwi-fiのきとして 動くんですねこれiPodタッチなんです けどもま似てるんでねちょっとお見せし ますけどもこんな感じで使ってましたこれ を2つ持って使ってたんですけどもなぜ かって言うと当時はソフトバンクはえ あまり電波が入らなかったんでちょっと ねっていう感じでえ2つを持ち歩いていて どうしてもスマートフォン的なアクセスが 必要な時はこれを使っておきにしてネット 接続してこちらで閲覧するみたいな使い方 をしてました13年前ってそんなもんなん ですよで7イレブンは時価発電システム みたいなものがあるみたいで最初ね電気が 消えてたんですけどもえ45分経ったら 一応レジだけが動くようになりましたと バッテリーで駆動するのかわかんないです けどレジだけ動くようになったんでお店の 照明はつかないんですけどもお買い物でき ますって言ってあの物をね買うことができ てジュースみたいなものをね買うことが できたんですけどもまそっからこうねあの 自分地に帰ってくるまでの間っていうのは こう自転車でずっと走ってきてるんです けどもまこれを出た瞬間ですよえあまり 同士道ってね信号ないんですけどね少し

行ったとこに信号があるんですねそこが まだついてないところをね気がついてその 後大変でしたえほとんどのところが停電し てしまっていて信号がついてないんですよ で信号がついてないのでえ交差点みたいな とこになるとま車がねどういう風にもう 詰まっちゃってしょうがないとまこっち 自転車なんでま止まってしまっている車が あればま横の歩道の近くの方をますり抜け ていうとちょっとご弊があるんですけども ますり抜けるような形で走っていって交差 点のところはま左右を確認してもう車が スタックして動けなくなってる状態なんで ね飛び出してくる車ないだろうってこと 確認して1つずつクリアしていくよな方形 でま自宅の近くまでま一応帰ってくること ができたというようなのが当日の動きだっ たりしますで家に帰って川崎まではね停電 してたんですけどま川崎までてか一部ね ついてたとこもあるんですけどね川崎は 停電してたんですよでうち橋渡ったらね うちの方だけ明りがついてて停電してなく て助かったんですけども家に一応帰ったら まなんとかあの電気もついてるし水道も 使えるしって状態でねえどうしようかなっ ていうような感じだったんですけどそれが ね当日の思い出ですで帰ってきた時にその 時は翌日のそのイベントはできると思って たんですね自分ではねやっぱその震災が あったんだけども自信が揺れて るってことを全く自分で体感してないんで どのくらい影響があったかってのが分かっ てないわけですよでこの辺りはね多分影響 はないんだけども他の影響があ るってこともね考えられるじゃないですか それをまいろんなところで家に帰ってから 少しずつ情報収集し始めたらちょっとシレ になんないことが起きてるってことを後 から知るわけですね津波でとんでもない ことになってると地震自体はそうねあのま あの自信でやられることも大変だと思うん ですけどもさらに津波でもっと大変なこと が起きてるっていう状態があってで翌日の イベントはま中心にするというようなこと をねまそれを判断もねだいぶ自分で遅かっ たと思うんですけどもまそういうのがあっ てえま想定してないこに対して自分がどれ だけ動けないかってことをね通過したって のがありましたでこの話で言うとまそれ だけで終わりじゃないんですけどもその 金曜日にですね無理やりねこういうこと 言ったんで実は本当はね金曜日はね仕事 っていうかね金曜日にいろんなこのあの物 を買いに行く予定してたんですけどねそれ 行けなかったんでね水とか食料とか

ガソリンとかっていうね備蓄がねちょっと 少ないタイミングでこの審査にあって しまったんですねでガソリンが少なかった のでどこにも行くことができないっていう 状態が何日か続きました行くことができな いって言い方変なんですけどもあの僕は あの当時ですねまだ今よりはね若いんでね 行動力もあってえ実はその何日か後にある 程度落ち着いた時にですね私は個人的にえ 自分の車で友人と一緒にま救援物資という ことでねま持ってたっていうことを1回 だけやったことがあるんですけどもまその 時もね何が大変だったかって言うと最初に ですねこのガソリン蛍光感ですねこの ガソリン蛍光感も自分では持ってないん ですけども車遊びをしてる仲間がいたんで え仲間内からですねぐるっと回ってね貸し てもらってえ消防法の観点で言うと多分ね このくらいが限度だと思うんですけども 帰りのガソリンを確保しようと思うとこれ だけじゃ足りないんでねえ多分本当はいけ ないと思うんですけども当時70Lかな 20l間を3巻と10L間1巻70L分 ですねこののガソリン蛍光感を用意して それをですねえ自宅の近くのガソリン スタンドで入れてもらえるタイミングまで 待って入れてくれるっていう状況になった 時にこれを入れてえま9円物資を買ってえ 持ってたってことはねやったことがあり ますでそん時にですね今はね多分歯違うと 思うんですけどねまこういう災害 ボランティアっていうのはていうのは高速 道路が無料措置ってあるんですねで今 仕組みちょっと変わってえっとこう色々 あると思うんですけどもね当時はねまだ こういうネット上で申請する仕組みなんて はなくてえ区役所ですね近所の区役所に 行ってであのこう証明書をですね当日そ場 で発行してもらいましたねあの行ってその 場で発行してもらってま証明書をもらって それを持ってね高速道路にね乗りました そんなこともやってたんですけどもまこん 時にえっと最初はですね 行ったのは東京からずっと東北道乗ってね 一関あたりまで行って気仙沼ぐらいですか ね気仙沼から最初にスタートしてあとは ずっとま海岸沿いは全部走れないんで走れ ないとこは1回内側に戻ったりしながら 海岸沿いとか近いようなところを避難所に なってるとこをぐるぐる回ったんですけど もまそうですよねこういうで行ってまま 13年前の話なんですけども細かい話はね 覚えてないですけどね南三陸町とかね入れ なかったりとかね色々あってかこっちの方 回ったりとかしてで小川よりもま最初に

石巻から押半島回ってぐるっとこの半島を ねぐるっと回ってこういうとこのねえ 避難所とかに物資を届けてきたりとかした ことがありますでその時はまだねあの小川 とか石巻とかっていうのはまとんでもない 状況で僕はあのほとんど写真とかも撮る ことも何もできずにですねあけに取られる まんまでねえとにかくうん運転して物質を 届けるみたいなことしかやらなかったって いうのがね覚えていますそういうことをね やった時にですねえま色々いろんな場所で あるんですけどもえこの辺りとかはもう 本当にね情報はなかったんですけどその他 のところですね例えば福島のこちらの方 ですね波越とか入れないんですけども えっとま入れないんですけどもうんと ちょっといろんな事情があってですねえ このあの原発の近くも実はあの救援物資を 持っていってたりしますでそん時に頼りに なったのが当時これだったと思うんです けども今の仕組みとちょっと違うと思うん ですけどもホダのインターナビとかが多分 元ネタだったと思うんですけども通行実績 情報みたいなものがあってこれがね多分 Googleかなんかまこれ全輪になって ますけどGoogleとなんか協力したか なんかでそれが公開されてた情報があった はずなんですよでそういうものを頼りにし て見てたんだけどもえっとまあれですよね こういうので言って現地に行くとですね これもうiPhone繋がんないんですよ ナビゲーターやってくれてる友人にま電話 を東京とか他の地域にかけてもらってえ ここの道だったら通れるここは通れないっ てことになってるみたいな話を教えて もらいながら実際にはねこういったところ をねどこを走れるとか走れないとかって いうのを自分たちで言ってたとで当然あの 自分の車はねイタナビとかそういうもん じゃないんでねそういう情報はね上げられ てないし今みたいにねGoogleの アカウントがあってGoogleで持って 動いてるとその位置情報が上がるので 仕組みはないんでそういうのと連携して ないんですけども自分でそういう情報を 聞きながら行ってでも実際に行ってみると 通れたり通れなかったりってのもあるし 通れそうなんだけどもえっと道路が段差が あって自分の車では行けるか行けないかと かね結構そういうのありましたでえ特に僕 が覚えてるのはあんまりここはねえなん ですけどもJビレージの近くとかもね実は 行ったことがあるんですよねはいえでこの 辺りとかもあるんですけどもやっぱり至る ところ通行止めなったりとかしてこっち

はけるけどこっちはけないみたいな道が 結構たくさんあってそれは本当に 行き当たりばったりで行ってみて段差が ちょっとありすぎるとあの一応ちょっと 車高の高い車で4駆なんですけどもでもそ 自分の車ではちょっとこの段差は超えられ ないなってとこだとゆタして戻って違う道 を探すみたいなことをねやったりもしたん でねまあなんて言うんですかねあの昔ま今 でも災害が起きた時ってそうなっちゃうん だろうなと思いつつまそんなことをやっ たってことをねえ13年たっても覚えてい たりしますで昔のTwitterっていう ものはもう少し世界だったような気がする んですけども先日の地方で震災がありまし たでその時にですねTwitterで出て てきた反応とかっていうのはね結構ねどう かなと思ったんですけども東日本大震災の 頃っていうのはTwitter使ってる人 はまだねそんなに多くなかったんですけど もま災害が起きたっていう話をしたらねま 他のプラットフォームで繋がってる人が 多いんですけども特にそのG営業とかやっ てる人達ていうものもすぐねハイエースと かを手配して自分で本当に荷物満載で バーって行ったりとかしてたんですよねま それはあの東北道が使えるようになって たりとかねまそういう状況もあるんです けどもやっぱり何でしょうね何かあった時 に あのボランティアっていうかですねそんな 大したことを誰も思ってなくて困ってる人 がいたら助けに行きたいって普通に思って 行く人ってのが普通にいたしそういう人 たちが行ってこことあそこは行けたしここ が何が足りないからあれ持ってけとかって 情報もねやっぱりその口コミじゃないです けどもネットワークで教えてもらったりと かしててごくごく当たり前にあったんです ねで今回こういうノであった時っていうの はま僕はちょっともうねそういうとこあの 行くつもりもなかったですけどもなんか 聞こえてきたのはボランティアが来ると なんか邪魔だみたいな話とかがねどうして も小高に叫ばれてしまってていやいや いやいやそうじゃないんだよって話もあっ てねなかなか難しいんですけども現地に 行くと現地を仕切る人とかまとめる人と かっていうのがうまく動けてないケースが すごくあってあと人手は圧倒的に足りない し物資も足りないとこには足りないんです よ足りてるとこは余ってるんだけどまそう いうのも知ってるっていうかねそういう こともごく当たり前のにあるんでそういう ところをゲリラ的に回って不足してる

ところにね強制的に物を置いてくるとかっ ていうのは実は意味のあることだったり するんですねあと2日とか3日とか現地で 滞在できるんだったらできる作業って実は 結構あったりするんですよでそういう話も なんかするとなんか色々こう怒られるよう なね雰囲気がねネット上に溢れていて いやいやそうじゃないだろうとか思い ながらねまちょっとね自分がね昔ねえ思っ たことをねお話をしていたりしますで何が 言いたいかって言うとネット上で見える ものていうものもまあの思い出補正が かかってるという風には思いたくないん ですけどもすごくね辛辣になってるなって いう気がしますねものすごくねなんかこ 悪意を感じる人たちがすごく多くなっ ちゃったっていうのがね悲しいなと思い ますボランティアとかってあのボランティ アって自発的っていう意味でだけでしか なくてねそれ以外のも何もないんですけど も困ってる人がいたらなんとか助けに行き たいとまここもね結局そのあのここは来て もいいけどここは来ちゃいけないとこある しあの本当に切り取り戦で切り抜いたら ここが渋滞してるとかがあったとかって あるかもしれないんだけど もそんなことをでです ね実際に困ってる人がいる時に何言ってん だって話はあったりするんですよであと もう1つそのボランティアとかでこう行っ てる人達て意外とねそういう専門性とか サバイバルスキルあったりする人たちが 言ってるんでその本当に初期の初動で言っ てる人たちですねなのでねまそういうのも ジッパ人からげにしてね戦くな風潮があっ たっていうのはねものすごく悲しいような 気がしましたでま雑談なんでこういう話を してますけども災害に関してどうかって いうね話なんですけどね災害に関して アマチュア無線ができることは何かみたい な話がね必ずあるはずなんですけどもどう もそれもねそういう話すらね意味嫌うよう な人たちがね結構Twitterとかでも 暴れててるんでね無線の中も一筋はいか ないなっていうかねま1枚岩ではないって いうのは仕方がないかなと思ってるんです けどももう少しあの色々世界のことをね 考えて行動できるような人が受け入れ られるようなね世界であって欲しいなって 思っていたりしますこれ頭出しだけで今日 触れませんけどもこれJALの定款ですJ の目的事業っていうのは色あるんですけど もま目的の中にですね災害の防止と被災者 の支援及び国際総互理解の推進って書いて あって災害の防止と被災者の支援っていう

ものをね主な目的になってるんですよで 事業としても12345って5つあるん ですけどもそのうちのここですね2つ目に 出てるので災害の防止及び被災者の支援を 図るための次の事業っていうことでね災害 時に備えた非常通信の訓練及び災害発生時 における非常通信の実施とかねこ書いてる んですねでこういうのが定款にも打たられ ていて主な目的であり事業であった りっていうとこにね打れているのがJAL だったりしますそしてJALの会員非会員 に関わらずアマチュア無線化っていうもの は公共の電波をまある意味ね皆さんから 専用のね通信できるバンドをもらってる わけですね割り当ててもらってるわけです よそれに対して何で貢献して返していく かっていうところは何でしょう社会貢献 っていうのは当たり前なんじゃないかなっ て思ってんですね社会貢献って当たり前な んじゃないのていうところからこういう ことがねできるようにねきちんと考えた方 がいいんじゃないかなと思うんですねこう いう反域でできる活動あとは通常の無線器 でできる活動ね色々あるとは思うんです けどもなんでアマチュア無線はこういう ことをするのかっていうことはまた別の 機会にねしっかり考えてみたいという風に 思いますえ僕の中ではねそのくらいしか 言えないんですけどもまこういうね震災と かねそういう災害はね日本の中では ものすごく多いことなんで明日は我がかも しれないっていうのはね誰もがあると思う んですよねでに対して備え るっていうことは必要ですしなんかできる ことはね何かなってことで考えてみても いいんじゃないかなっていう風に思いまし たま取り止めもない話なんですけど も今日は3月11日なのでそんな話をして みましたま夕方になってねちょっとこんな 感じになってきてますけども今日はこの 辺りでわりにしようと思いますJ1bjt でしたそれではまた次の動画でお会いし ましょう さよなら

JA1BJT(CW初心者)2024年3月11日、VLOGなので、3月11日にちなんだ昔話を雑談で。
2011年3月11日、自分は何をしていたか。またその後の災害支援物資を個人で三陸まで運んだ時の話など。当時アマチュア無線はやっておらず。通信や情報収集には現地で苦労したことも。
単なる雑談です。アマチュア無線における災害支援については、また別途どこかでお話したいと思います。

補足)
BJTの昔の趣味:長距離自転車走 通称ブルベ(BRM)というもの
公道走行ですが、各個人がそれぞれ個別にルートを辿って走って帰って来るというだけのもの

当時使っていた携帯
DoCoMo F-06B
SoftBank iPhone 3GS

このチャンネルのメンバーになって特典にアクセスしてください:
https://www.youtube.com/channel/UCn3WMlZcEwQ1mBgLjXi7Ojw/join

この動画はiPhone SE3による撮影です。

災害支援で役にたったもの(当時)の参考
ガソリン携帯缶 横型タイプ 20L 消防法適合品
https://amzn.to/3v5uARk
ガソリン携行缶は、セルフ給油所では給油できません。
フルサービスでGSスタッフが直接給油してくれるところでの給油が必要です。

#アマチュア無線
#VLOG
#災害支援

(お願い)
コメント欄は、他のCW初心者の方もご覧になれます。
多くの方が目にする場所だということをご理解いただきたく、よろしくお願いします。
CW人口は減少しつつあるなか、多くのCW初心者、興味のある方が、CW交信にチャレンジしていくことを同じCW初心者として心から願っております。

(注)JA1というコールサインですが、2003年に再指定で取得したものです。

使用音源サイト
FREE BGM DOVA-SYNDROME https://dova-s.jp/
MusMus https://musmus.main.jp/

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3件のコメント

  1. BJTさん、こんにちは。
    13年前、東北にご支援に来てくださり、本当にありがとうございました。
    また今回の動画とても共感することが多かったです。ありがとうございます。
    僕自身も、アマチュア無線は防災の観点から必要だと思っていますし、2年前にカムバックした理由の1つでした。
    FEMA(アメリカ連邦緊急事態管理庁)もアマチュア無線は災害時の重要なインフラだと位置づけているようで、それもあってアメリカではアマチュア無線局数が増えているとも聞いています。
    source) https://www.fema.gov/node/amateur-ham-radio-emergency-managers
    災害大国日本においても、JARLが中心となって災害時の役割が高まって、少しでも災害直後の方々をご支援できればいいですね!

  2. 今日東日本大震災の日ですね
    あれから13年
    大阪市もかなり揺れました
    自転車に乗られていて、転倒せず、揺れを感じ無くて幸いでしたね。又東北迄車で物資輸送されていたのですねご苦労さまでした。阪神大震災のときも普通であれば、神戸の西部迄行くのに電車40位でいけるところ2時間〜3時間程かかりました。途中バス鉄道動けない。
    ボランティアのけんはtotさんは純粋な心の持ち主ですが、
    悪く思う人もいます。
    ボランティアの活動にも問題はありますが?
    ja3kbc

  3. BJTさんこんにちは。もう13年も経っているのですね。
    最近のボランティアバッシングはボランティアに行かれる方の準備不足が問題視されているのかと思います。BJTさんのように準備を万端にして現地に入られるボランティアばかりなら大歓迎されるとおもいます。

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