クールス 舘ひろしの合流【青春の記憶】バイクチーム「マカオ」と原宿の伝説【クールス秀光&舘ひろし】
ハングリーゴッドクールス秀光立ちひしの 合流気とつむようになってから1年後くい だろうか大学の友達が青山のバーでバー点 を始めたので俺と岩気で遊びに行こうと いうことになったその場は音楽が好きな 連中が集まるおしゃれな店でその日は シャークホークスのサミー鈴木田がゲスト 出演するという触れ込みだった薄暗くて 大人の雰囲気のする店内に足を踏み入れる とギタリストがスツールに腰かけながら 引きをしていたなかなか聞かせる音だった 俺と浮気でそのギター演奏をしばらく 楽しんでいるとやがて1人の男が席から 立ち上がってその場で歌い出したまだカケ なんてなかった時代だ生演奏をバックにお 客さんが歌うというスタイルが普通だった 俺と浮気で何気なくその男に目をやると そいつは俺たちと同じくらいの年齢に見え た俺よりも少しせが高いだろうか見栄えの する顔とスタイルだダンディーなバの 雰囲気に合わせてスタンダード を歌うの歌声は決してではないががあって 男の色を感じたここにドラムセットがあっ たら一緒にセッションしたいな俺はそう 思った俺は気にめくばせをしてその男が 歌いあるのを待って2人で話しかけたんだ これが立との出会いだったその時は思いも しなかったが後にクールスがバンドとして レコードデビューする運命はこの日に 決まったのだは俺たよりも 千葉のに大学生だったとの3人はそので としそれからも一緒につむようになった ちなみに立っていうのは本業でまるで タレントになるために生まれてきたような 名前だなって初めてあった時に感じたのを 覚えているバイクチームマカこの頃岩は ある作曲家の娘と付き合っていたその娘の 家には親父さんの職業だろうかにいん人 たがっていた音楽が好きなやつバイクに 夢中なやつとにかく何かしたくてうずうず してるやつ野生の匂いがするクールで ナイスな連中だそこで出会ったのがまだ 高校生だったフランク浜のかだったやがて 気の家で知り合った中でバイク好の仲間 たちが中心となってクールスの全身となる バイクチームマカオが結成されるんだ マカオのメンバーはいつしかバイクで原宿 に集まるようになったなぜ原宿てあそこは 何かが生まれそうな雰囲気のする場所だっ たからだとは言ってもあの当時の原宿は 大通りに喫茶店がに件あるだけでそれ以外 にあまり目ぼしい店はなく今からは考え られないくらい静かな町だったその喫茶店 の名前はレオンとスレマカオが結成された 頃俺たちはレオンをたまり場としていた
レオンは表山道と明治通りの高点近くの 原宿セントラルアパートの1階にあって俺 たのににもデザイナーやカメラマン コピーライターといった若クリエーター なんかもたする店だった個性の塊みたいな 連中が何か刺激を求めて集まる場所それが 当時の原宿だ最初は数人で始めたバイク チームの魔もいつの間にやらメンバーが 増えていき20人を超える対処体になって いったレオンはあまり広い店ではなかった ので俺たちはより広いスプレンドールに タロするようになるんだスプレンドールは 表参道 レンはにたんだ膨れ上がったメンバーが 全員で入れる店がスプレンドールだったと いうわけだこの喫茶店にも将来を夢みる 若者が集まっていて後にデビューする俳優 モデルミュージシャンの卵なんかが たくさんいたよ言っておくけどマカオは別 に無理してメンバーを増やしていったわけ じゃないよ気の合う連中が集まっていく うちにいつの間にか大きなになっていった というだけなんだジェームス富木が仕事で 溜まったストレスを発散しにツーリングに 行っていたのが集まるようになった きっかけかなファミレスなんてない時代だ し仕事が終わって朝からコーヒーを飲める 喫茶店がレオンだったんだよ糸里とか 文化人みたいなのも集まってたね後に クールスのボーカルになる村山和海とで あったのもこの頃だスプレンドールの隣に あったビルにはインディアンアクセサリー の第一者高橋五郎さのゴローズを初めとし て一癖あるおしゃれな店が入っていて ファッションに敏感な連中のたまり場に なっていたちなみに高橋ご郎さんの愛紗は ハーレーハイドラグライドでいつも愛犬を 乗せて優先と原宿の町を走っていたのが 印象的だったそのごローズの上の貝に ブラスという名前の俺たちのお気に入りの ジーンズショップがあってそこの店員の中 でも抜群のきなしで目立っていたのがか海 だ俺とか海が出会うきっかけは1枚の 1000円札だった俺が原宿を歩いている と道端に1000円札が落ちているのを 見つけたその時かもたまたまタバ水に店 から出てきて000円札を見つけたんだ その取り合いとなったのが俺たちが 知り合うきっかけだったってわけだ当時は フォークミュージックの影響で男の挑発が 流行っていて目立ちたいやはロングヘアー にすることが多かったそんな流行りの中か は清潔感のある単発のリーゼントで決めて いたファッションにうるさい俺たが見ても 実にきちんとした正当派のおしゃれな
リーゼントだったあいつのファッションの センスはあの頃から輝いてため川ジャンに ジーンズが制服みたいなものだった俺たち にとってクラスは絶好のたまり場だった そこに来ていた客の中でもききは目立って いたのがピッピ水口春雪だある日俺は和海 からピッピを紹介されたピッピは洗練され たかとは正反対で泥臭くて男を感じさせる 雰囲気を持っていた そしてその男臭さがバイクに似合っていた 後にクールスのボーカリストになる2人と は客と店員という違いはあるにせよグラス というジーンズショップを通じて出会った ことになるか海もピッピも俺とは年齢も 近いしファッションやバイクの趣味が同じ ということもあってすぐに距離が近づき 自然と仲間になっていったこうして仲間に なっていったメンバーで乃木坂のアルバー に遊びに行った時にジェームス藤木であっ たジェームスはその店で引きがりの ギタリストをしていてあの顔に似合わず コテコテのムードかよをレパートリーにし ていた見てわかる通りバリバリのハーフの ジェームスが内山田ひとクール5のヒット 曲そして神戸なんかを歌っているもんだ から面白いやつだなと言って注目してい たら今度は突然ロックンロールを英語で 歌い出したのでこれにはみんなぶったまげ たその日からジェームスは俺たちのチーム の一員となったはハーフということが原因 でガの頃にひどいいじめにあったと今で こそハーフと言われるタレントがテレビに は溢れ返ってもされているけど当時の日本 では愛のこと呼ばれいじめの対象だった今 の日本では考えられないがそんな嫌な時代 だったんだその反骨心から不良になった ジェームスは喧嘩にあけくれ相当やに 暴れ回っていたそうだそんなジェームスも 俺たの仲間になってからはっをしなくなっ たよフランクが言う俺はみんなより何歳か は確て高校生の時にジェームスさんに 初めて会ったんだけどその時にジェームス さんはピンストライプのダブル着て アルカポネのような帽子かぶって葉巻き すってたのよ当然それまで周りにはそんな 人いなかったし高校生の常識からは駆け 離れた世界の人だなって感じだった クールスはこれだけ個性の強いメンバーが 集まっていて仲間内での喧嘩が耐えなかっ たんじゃないですかたまにファンの人から そう聞かれるけどそんなことは一切なかっ たねむしろ俺からしたらそんなことある わけないじゃんなんでそう思うのって感じ だ全員がバイクとファッションが好きで 会った時から生合した仲間たちだよむしろ
みんな周りにいた普通の連中時が合わず 寂しい思いをしてきたはずだ俺たちみんな がはみ出しも飲みたいだったけどはみ出し 同士気があったんじゃないかなだから クメに硬い結束が出来上がっていったそれ がくっついたり離れたりしながらもこれ までクールスを続けてこられた理由だろう 俺はそう思うよ次回はクールスタ城をお 届けしますお楽しみに
70年代、音楽とバイクに情熱を燃やす若者たちの群像を描く―。大学友達のバーテン始動、シャープ・ホークスのサミー出演、青山のバーでの夜。そしてバイクチーム「マカオ」結成秘話。岩城と秀光が結集し、原宿の喫茶店「レオン」を舞台に若者たちの夢と青春が交錯した。クールス秀光と舘ひろしが歩んだ道、ここに記す。
クールスのはじめ『昭和の苦学生バイカー伝説』 岩城滉一との出会い ハングリーゴッド・クールス 秀光の青春時代
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クールス-年表-
1974年(昭和49年)
12月13日。東京原宿にて、バイクチーム、クールス結成。総勢20人。
1975年(昭和50年)
4月13日、日比谷野外音楽堂にてキャロル、解散コンサートの親衛隊を努める。
この後、キングレコードにスカウトされ、選抜されたメンバーでロックバンドを組み、音楽活動を始める。
メンバー、舘ひろし、水口晴幸、村山一海、佐藤秀光、ジェームス藤木、飯田和男、大久保喜一の7人。
ロックンロールライダー"クールス"誕生9月。レコードデビュー、デビュー曲(紫のハイウェー)発売。
9月21日。アルバム(黒のロックンロール)発売。
1976年。(昭和51年)
2月19日。中野サンプラザ。
ツアー開始3月28日。広島公会堂。
6月27日。名古屋公演・名古屋市公会堂
6月28日。安城公演・安城市市民会館
6月29日。豊橋公演・豊橋公会堂
7月1日。京都公演・京都会館第一ホール、
東映映画、(暴力教室)に出演。
7月13日。博多公演・勤労青少年センター
7月15日。熊本公演・熊本市民会館
7月19日。広島公演・広島青少年センター
7月21日。セカンドアルバム(ロックンロールエンジェルス)発売。
8月8日。東京公演・東京芝郵便貯金ホール
8月15日。日劇ロックンロールカーニバル。
8月21日。よみうりランド-ワールド・ロック・フェスティバル-に出演。
9月。横浜野外音楽堂。
9月15日、東映映画(男組 少年刑務所)に出演するが、ジェームス藤木、水口晴幸は出演拒否。
9月25日。日比谷野外音楽堂。
11月21日。初のライブアルバム(東京直撃)発売。
1977年(昭和52年)
バイバイコンサートツアー開始1月28日。名古屋公演・勤労会館。
2月5日。京都公演・京都会館第二ホール
2月19日。大阪公演・都堂会館
2月22日。東京渋谷公会堂にて、舘ひろし脱退。