死んだほうがマシだった…山をナメた高校生4人の末路 1975年 大峰山高校生遭難事故【地形図とアニメで解説】
登山 計画1975年夏山岳同校会の高校生4人 が奈良県の百名山大峰山の沢登りに挑戦し ますバス停から登山口まで数時間の歩き その後人道寺谷の林道を進んで1日目の テト泊2日目から本格的な沢のりを開始 卑怯感のある景色を進み蒲の上犬谷から 小谷へ進み両線に出て避難小屋で1泊3日 目に標高1719Mの三上ヶを目指します 総距離17km累積標高1180Mの工程 です人道寺谷には大峰ブルーという美しく 青い川があり多くの登山者が訪れる場所 です登山は決まった順路を歩くことが一般 的ですが今回は警告を進み川を上し時には 滝を上り両線へと上がっていく沢登りと 呼ばれる登山スタイルです道なき道を進む ためルートの判断力全身の筋力自給力が 求められロープを使って滝や岩を登り降り 川を渡ったりと高度な技術も必要 ですリーダーであるA君は南関ルートを いくつも攻略した沢登り経験者一方B君C 君D君の3人は登山初心者 ですこのメンバーバランスがこの後起こる 多くの危険や苦しみを招く原因となり ます危険な登山 ルート当時A君たちが計画したルートは 地図上で破線で描かれているルートで人道 寺谷から両線までは2時間30分と記載さ れていました破線ルートは人の通る道は あるが難しい道危険度難易度が格段に高い ことを意味し ます実はこのルートは現代の地図では破線 すら書かれていない一般登山者が通れない 危険な ルート沢登りを極めた登山家が挑戦しても 7時間はかかるルートで当時の地図は十分 な調査がされないまま作成されたものでし たA君たちは間違った地図情報に騙された 被害者だったとも考えられます A君はその間違った地図情報を見て水が 豊富にあるし両線には避難子山あるこんな もん簡単やと思ってしまいまし たしかし大峰さんは山にこもって修行を する手元道の発症の地と言われておりさや 滝が多く存在する険しい山計画したルート にはいくつもの滝があり危険なルートでし たAの想像を絶する南関ルートがメンバー 全員を死の窮地に追い詰めることをまだ 知りませ ん登山1日 目バス停から数時間歩き大川内から渓谷に 入ります人道時代の入り口あたりで初日は テト 泊焚き火飯合での炊飯大きなボリュームで 聞くラジオの深夜放送空には
天川4人だけの日的な時間まさに青春です ついつい楽しくて持ってきた食料を半分 以上食べてしまい ますまさかがし寸前にまで追い詰められる とは夢にも考えていませ ん登山2日目遭難の 始まり予定通り本格的な沢登りを開始お 付近に差し掛かります草をかき分け進んで いる 地図に乗っていない大きな滝が 出大きく美しい滝を目の前にここで道を 間違えていることに気がつきますA君は なんとかして滝を登ろうとするも 断念まず滝の右側へ進むと道中まだ多くの 滝が存在するように見えたため引き返し ます今度は滝の左側のオへ登りますしかし この先4人を待つのは段階絶壁 右側が正解だったの です崖の上で中りの 徹夜下るのは難しい急斜面をどんどん登っ てしまう4人登りきれず行き詰まると斜面 を横切ってカを見出しながら進みますが ついに日没4人は崖の上に立っていまし た崖が高いため降りられず日没でこれ以上 進むことは困難だと判断崖の上で世をこす ことに決めますそれぞれの体にロープを 巻きつけ巻きつけたロープを木に結び崖 からの転落を防止ほとんど中り状態です 全員水筒は空っぽで喉は カラカラ数百M下には沢があり水が流れる 音が聞こえますロープで結ばれれてい なかったら喉の乾きに耐えられず身を 乗り出して崖から落ちてしまっていたかも しれませ ん登山3日目希望と 絶望転落の恐怖から誰も眠れないまま世が 開けます改めて周りを見渡すと崖の斜面は 急な角度ではないことに気がつきます疲労 と視界の悪さから降りられる崖ではないと 判断していたよう ですすぐに崖から降りることにし山の斜面 に沿って順番に移動岩壁の溝につくとそこ にしたたり落ちる水を交代で飲み もう大丈夫 やこの世で一番美味しい水で喉を潤し元気 を取り戻し ます巨大な 落石移動を続けていると増してくる斜面の 角度A君がロープを使って崖を降りられる かどうか確認しようとした時A靴靴の紐B 君がふと声をかけますA君は解けていた 靴紐を結び直し気を取り直してロープに手 をかけ ますあの なあB君が再び声をかけ少し会話をしてい
たその 時軽自動車ほどもある大きな岩が転がり 落ちてきて4人の目の前を通過草を 投げ倒しながら落ちていきまし た会話の時間がなければA君は落石に 巻き込まれていた でしょうしば4人は 無言り君がパニックになり大声で叫び出し 笛を吹き始め ますするとまた大きな岩が目の前を通過し 落ちていくと大きな音を立てて砕け散り まし たやめろ叫ぶな笛を吹くな空気の振動でも ここは やばいA君は急いでD君を静止しますが パニックに陥ったD君は助けてくれと叫び 一心フラに笛を吹き続け ます落石が続いたため考えていたルートの 移動は不可能と判断木にロープを結んで崖 を降りることにしますやっとの思いでなん とか崖を降り沢に出ることができまし た助かっ た巨大な滝に 絶望降りてきた沢には明るく開けた滝口が あり豊富な水を見て4人はは安心し ますしかしその安心もつのま滝口の下を 覗き込むとその滝は30m以上の落下が ある巨大な滝持っているどこを垂らしても 全く下に届きません降りてきた崖を登る ことも巨大な滝を降りることもできず4人 は沢から身動きが取れなくなってしまい まし た沢で過ごすしかないのでテントを設営 昼食を取ることにしますが食料は1日目に 半分以上食べてしまってい ます沢の水を多めに入れて米を炊きお粥と 共に水で薄めたスープを分け合う4 人この時から疲労や不眠により厳格症状が 出始め ます水道の蛇口が ある人間極限まで追い詰められると周りに あるものが見たいものに変わってしまい ますブランコや自動車を見つけ近寄ると ふわっと消えてしまいくや岩流木だったり するの です登山4日目尽きる 食料今までの天気とは一変激しい雷雨と なりますテントに落雷する可能性を考え 岩穴に 避難落雷とともに地面が揺れ先行と同時に 轟く雷名に一層不安になる4人身を 寄せ合い声をかけお互いを励まし ますそんな中A君は連日の疲労のため発熱 食事は変わらず水分の多いおかゆと スープ少しのお菓子を残して食事としての
食料は底をつきますしかし他のメンバー よりも明らかに量の多いA君の 食事お前はリーダー大変な黒をかけて道を 作ってくれた手足を見てみろや傷だらけや 元気出してもらわんととB 君滝や崖を登ったり降りたりなんとか脱出 の道を見つけようと無が夢中になっている うちに傷だらけになったA君B君の言葉を 胸に食事を取り ます救助体 出動ラジオをつけると自分たちを探すため に救助隊が出動しているというニュース 捜索されていることを 知りが動いていると目につくのではないか 思いついたA君は発見の可能性を少しでも 上げるためにD君の黄色いポンチをロープ で結び大竹に流し ます登山6日目最後の ポテチ激しい雷雨が続きますA君は解放の おかげもあり下熱ラジオの電池が減ってき ていたためリ君の懐中伝灯を改造電源と ラジオをつなぎどうにかラジオで助の ニュースを 確認残っていたポテトチップスやクッキー をすりつぶし少しでもお腹に溜まるように と沢の水に溶かしてみんなで飲みますここ で完全に食料が 枯渇登山7日 目午前中は雨が止み日が刺し ます雨が止んでいる間に衣服を乾かす4 人合生しよう ぜ日差しを受けて温まった岩に抱きつきダ を取ります午後からはまた強烈な雷雨 ラジオを確認すると生存の可能性は低いと いう 報道もう助からないのではないかと絶望を 感じますが聞こえてくるヘリコプターの 音救助ヘリコプターを見つけタオルを振っ てアピールをしますが気づいてもらえませ んこれを最後にヘリコプターが現れること はありませんでし た登山8日目捜索 打ち切りラジオを確認すると捜索が 打ち切りになったことを知り ますもう頑張らなくてもいいんやなと死を 受け入れるような不思議なアド感があり まし たそれぞれ生徒手帳に衣装を書くことにし ます母親に向けた意思を書いていたその時 おーいまたかと思いまし た幻覚症状が出始めた時から症状は続いて おり橋や車が見えたりお経が聞こえたりし ていまし たたくさんの足音が近づいてきたと思って いると大丈夫
か実際の声が聞こえたためはっと4人は顔 を合わせ慌ててテントの入り口を開けます そこには大勢の救助隊の姿 が救助隊の1人が先に流していた黄色い ポンチを発見し集まった救助隊が滝を 上がりついに4人は救助され ます救助隊のメンバーには高校の先生がい て救助されたその場で大勢の人に迷惑を かけたA君を叱り殴ります絶食して何日も 経つA君はフラフラの状態でしたが他の 救助単位が止めるまで鉄拳制裁は収まり ませんでし たバッシングの 嵐下山すると剣士が待機しており生存の 可能性が低いと考えられていたことを痛感 し ます病院に搬送され全身の状態を確認命に 別状がないことが分かるとすぐに近くの 旅館へ連れて行かれ共同記者会見が開かれ ます記者会見ではバッシングの 嵐警察から長時間の 取り調べさらにリーダーのA君は餓死し そうな状況ながら実するまでマスコミの 取材が続き ます学校の先生からの説教を受け4人は無 期限の定学処分世間を騒がせたため運動部 の大外試合は禁止となり学校の生徒からも 責められ ます定学処分のため自分は動くことが許さ れず両親が各方面に 謝罪今回の創作に関わった救助隊は約 200人悪天のため救助隊は増水川に胸 までつりながら捜索をしていました捜索 費用として約400万円が請求され ますA君はその後多くのバッシングを受け たことから助からなければよかったと自分 を責め自ら命を立つことを考えます今の 時代で言ネットリチのような状態で 追い詰められていまし た40年 後大学進学をきにa君はは山岳部に入部し ます登山技術を磨き難しい山も攻略そして 数十年後遭難した大竹を見つけるという 目標を掲げ何度も大峰山脈を登るのです そんな登山を何度か繰り返し遭難から40 年後Aさんは当時の救助隊長と偶然の再開 を果たし ます大峰山脈から下山した時でした町を 歩いていると住民から声をられ夜遅いから 駐車場まで送る人を探してあげるとのこと 心よく送迎を引き受けてくださったKさん がなんと当時の救助体長をしていた方だっ たの です助けてもらったにも関わらず挨拶も できていなかったことが心残りだったA
さん送っていただいている車の中で自分が 当時の登山グループのリーダーであった ことを打ち明け ますしばらく続く 沈黙 そしてKさんは当時の捜索活動の様子に ついてポツポツと話し始めまし た別れには沢に行くなら時間を考えて登り なさい優しい目でそういった計算を見て 40年間自分を責め続けていた苦しい感情 が許され救われたの です17歳の自分と 再会2017年Aさんは11回目の大峰 山脈登山でついに自分を追い詰めた大滝を 発見し ます滝を見つけたら17歳の自分を叱る つもりでいたのですが出てきた言葉はよう 頑張ったなでし たなぜ4人は1人も犠牲を出すことなく 生きて帰ることができたのでしょう か8日間という長期間の危険で過酷な遭難 だったにも関わらず4人全員が救助され A君はより安全なルートを見つけ全員怪我 をすることなく沢にたどり着き救助隊に 見つけてもらうために目立つ人工物を滝に 流そうというひらめきがありました選択し たルートが違っていたら最悪の事態に陥っ ていたかもしれませ ん見つけてもらうための作戦がこをそうし 思惑通り発見されることにつながりまし た連日経験したことのない状況化でや不眠 疲労極度の緊張状態に絶え特に登山初心者 の3人の不安は測り知れませんその ストレスは幻覚という症状として全員に 現れていまし たそんな中でも4人で声をかけ合い精神的 に支え合うことで安心感を得ることができ この苦難を乗り越えることができたのでは ないかと思い ますA君の経験者としての義量と4人の チームワークが生還の鍵となります なぜ引き返せないところまで進んでしまう の か今回事故にあった4人はもう戻れない ところに行くまで道を進み続けてしまい ました多少の違和感や異常があってもそれ は正常範囲内のことだと思い心を平成に 保とうとするのが人間の心理ですこれを 正常性バイアスと言い ます道迷いのケースでも正しい道であって ほしいという願いが強すぎて周囲の景色を 自分が期待する場所にある景色と一致する 部分だけ捉えて正しい道を進んでいるもの と信じ込みさらに深みにはまってしまう ことがあり
ますいよいよ間違っているとしか考えられ ない状況に直面した時は手遅れでどこに いるのか全く分からなくなり絶望し ます今回はA君たち4人が段階絶壁に たどり着いた時がそのタイミングでし た常バイアスは日常生活の中で生じる様々 な変化や新しい出来事に過剰に反応し心が 疲弊してしまわないようにする重要な防衛 本能ですしかしこの働きは危機的状況では 逆効果少しの違和感を持った時に 立ち止まり間違えているかもしれないと 戻ることができていたら遭難せずに住んで いたかもしれませんここにはA君の楽観誌 も影響していた でしょうAさんの 現在Aさんは登山沢登りの技術を極め真冬 富士山も単独で登場できるほどのレベルに 到達しましたSNSやブログを通して 山登りをする方へ色々な情報を提供されて いますAさんの情報提供の一部を要約して ご紹介させていただき ます滝を登ったり回り道して上に上がる 場合身体極まるリスクが高いので滝の上に 登る前に必ず下にいる時点で降りるルート があるか懸垂加工のためのアンカーは 取れるのかを総合判断することつまり安易 に後戻りできないリスクのあるルートを 進まない こと遭難時は食べ物も大事だが絶対に水が 必要私からの補足としては水の量が限られ ている場合ごくごく飲みたい気持ちをぐっ とこらえてちびちびとすするように飲む ことで水の消費量を節約して 生きながらえることができます遭難した際 は目立つ人工物をロープに結びつけて川に 流す人工物が動いていれば目立つので救助 体の目に止まりやすい今回は黄色いポンチ を流したことが生存の鍵となりまし た道に迷って迷惑をかけないため に今回のような沢を登っていく登山は川を 逆走し登山道から外れた道なき道を進む ため遭難や事故のリスクが非常に高い です川に沿って歩くから道に迷わないなど ということはありません一般的に登る状況 のケースではオはやがて頂上に集約される のでオをたどれば山頂にたどりつきやすい です逆に沢や谷は山の上の方に向かって 無数に枝分かれしていくので正しい沢を 選んで登っていくのは非常に難しいです 間違えればすぐに段階絶壁や大きな滝に 行手を阻まれてしまい ます逆に下山寺のケースでは沢をたどれば やがて1つの本流に合流するのですが本流 に近づくほど大きな滝が現れる可能性が 高くなり
ますそのためオをたどって下山したいの ですがオは麓に向かって無数に枝分かれ するので正しいオを選んで下山することが 難しく下山時のお間違いは道迷いの大きな 要因の1つになっています しかも間違いだと気づいた時は一旦オの 分かれ目まで登り返す必要があり精神的に も時間的にもダメージが大きいです トラバースと呼ばれる登り返すずに横移動 して隣の骨に移動するテクニックもあり ますが谷を横切るのは危険で難易度も高く 余計に迷ってしまうリスクも高い です登山では必ず地図アプリを活用し自分 の現在地を常に確認しましょう地図アプリ によって多くの人が遭難から救われてい ますコメント欄に地図アプリの情報を掲載 いたします飛躍的に生存確率が上がるの です自然と向き合うには義量と知識が必要 と後にAさんはおっしゃってい ます高校生のA君は難しいくつも攻略して きた成功体験から今回の沢登りは難易度の 低いルートだと認識し楽観視していました 結果的に大捜索が行われるほどの事故とは なりましたが類い稀なる技術とひらめきで 見事にメンバー全員を無事下山させること ができたの ですAさんの貴重な経験と情報共有に感謝 して安全に慎重な計画を心がけていただけ たらと思い ます次回を込めた注意間期となりますが 特に年齢と共に体力や判断力は衰えていき ますのでより慎重な計画とを心がけたい ものですご視聴いただきありがとうござい まし た
今回は1975年に起きた、大峰山高校生遭難事故を地形図とアニメーションでわかりやすく解説します。
知識の有無が大切な人の命を左右することを経験し、大好きな山やナビゲーションの情報共有を通して1人でも多くの人に命を救える知識がいきわたればいいなという思いからこの活動は始まっております🙇♀
解説内容はできる限りの資料を拝見し、事実を忠実に再現することを目指しておりますが、遭難時の状況には諸説ございますこと、解説の都合上、多少のアレンジや割愛を含むこともございますことをご了承ください。
※各公開情報を参考にさせていただいております。
私自身も登山が趣味で、山、自然、地図、コンパス、地形図、等高線などが大好きですが、何度も遭難した経験があり、幸い救助要請はしていませんが、一歩間違えば命を落としていました。
そんな過去の経験や反省も踏まえ、知識さえあれば防げた事故を少しでも減らしたいと考えています。
遭難を扱う他のチャンネルも参考にさせていただいて、より多くの方々に教訓を広げることができたらと願っております。
事例から貴重な学びをいただくことが、少しでも供養につながれば幸いです。
本業はシステムエンジニアですが、慣れないGoogle EarthやVyond、台本執筆などを学びながら、生活の時間のほとんどを注ぎ込んで制作しております。ナレーションは別の方にお願いしており、その他のパートも有識者の力をお借りしながらできる限り自力で制作できるよう尽力しております。
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43件のコメント
いつもご視聴いただきありがとうございます🙇♀コメントとても励みになっております。
動画内でご紹介した内容のリンクを掲載いたします。
※アフィリエイトなどの報酬はありません
■地図アプリの情報
山と高原地図: https://www.mapple.co.jp/product/yamachizuapp/
YAMAP: https://help.yamap.com/hc/ja/articles/900000929983-YAMAPをインストールするには-
ヤマレコ: https://www.yamareco.com/yamarecomap/
■尾根と沢(谷)の説明
https://yamahack.com/3328/2
■アンカー等、クライミングの支点に関する説明
https://iwatosawa.com/climbing-anchor/
※視聴者様より、より位置情報が明確にわかるスーパー地形をご紹介いただきました。特に地図の種類で「その他」より選べる「赤色立体地図」が尾根や谷を明瞭に表現しているのでおすすめです。津波から逃げる際も、どこが高い場所なのかわかりやすいです。
■スーパー地形
https://www.kashmir3d.com/online/superdemapp/
※地図アプリはバッテリーを消費するため、予備バッテリーもあるとより安心です
※視聴者様よりガーミンのinReachをご紹介いただきました。電波の届かないところでも衛星通信を使った救助要請が可能になります
https://www.garmin.co.jp/minisite/inreach/personal/
https://www.yamareco.com/modules/yamanote/detail.php?nid=3033
※視聴者様よりApple watchの緊急通報サービスをご紹介いただきました。転倒検出を有効にし、緊急連絡先を追加しておけば、転倒滑落などで気を失っても登録した家族に連絡をすることができます。
https://support.apple.com/ja-jp/guide/watch/apdfe3c02513/watchos
これからもがんばります
山へ行こうと思ったことはない😮
一つ間違えたら大変なことになるから😢
なんてメチャクチャな世の中なのだろうか?
日本は民主主義国家なのか?
行動に間違いはなかったよ地図以外は…
先生畜生過ぎんだろと思ったけど時代が時代だしまあ仕方ないかw
山岳救助隊には感謝する時間も与えられず教師が疲弊してる生徒を域なり殴るとは…だが再び出会いやっと感謝出来た
↑
これが一番感極まった気持ちに分かるな…って思った。
昔酔っぱらって夜中近道しようとしたら迷って迷ってアレ(?_?)
って歩けど歩けど知った道に出ない、少し心細く成った頃、ようやく知ってる道に出て唖然とした、何故なら元々普段通り歩いてたら10分以内で帰れるハズが遠回りに程があるドレだけ歩いたか時間見て無かった為只歩き疲れ脚の痛みだけが残りソコにたまたまタクシーが空車って見えたから帰れた…馬鹿過ぎる自分に落ち込んだ気持ちと同時に助かった!と言う安心感が混ざり合った気持ちでした。
ので前に進む人の気持ちが分かるんです。
散々謝罪してもバッシングは終わらず…よく生き抜き再び登山出来る様に元気に成れたなって良かった。
もう生きてくれただけでいい。
今もSNSで一人を多くの人をバッシングして日頃の自分の仕事のストレスの捌け口にしてる輩が居る。
それに耐えきれず自◯へ逃げ道が無くなるって有っては成らないと思う。
反省がある人には特に。
叩き過ぎは駄目。
先生の態度やマスコミのあり方が昭和だなぁと感じると同時に、A君の責任感の強さや仲間との関係性もまた、昭和らしいと感じました。今時いないような立派な高校生だと思う。
高校生なんて子供なんだからなぁ…
まあ当時のやり方なんだろうが、昭和って地獄みたいな時代だな
発見後がヤバすぎるわ。世間を騒がせたっていうけど、騒ぎたいやつが勝手に騒いだだけやろって思うけどな。殴るとか…。
「実はこのAさんは私なのです」みたいなのを期待してしまった
この遭難の動画はいくつかあって、どれもAさんのブログと2017年に彼がテレビ番組に出た時の話が元になってる。この動画は対策をていねいに説明してる点でベストだと思う。
「死んだ方がマシ」みたいな発言は、ド関西人のウケ狙いだから一般ピーポーはそこを理解して動画を見た方がいい。あとAさんは教師になっていて、先生に殴られたことも痛い教訓ぐらいにしか思ってなさそう。その後も山で大怪我をして知らない人に助けられたり、懲りないオッサンになってツッコミ大歓迎の人生を歩んでるっぽいw
サムネと良い意味で違う内容で
近年見なくなった「ゆるす」がある
事故解説動画だと思います
無事でよかったって言うところを瀕死の生徒を殴りまくるとか先生の頭おかしいだろ・・・
生きていてよかったがまず先でしょう。昭和に生きなくてよかった。
高校生のAさんの責任感と知恵に感心しました。最後も良い話で終わって良かった。
Aくんすごいな優れたリーダーと支えたメンバーシップも立派だ
助かって良かったです。殴らないで抱き締めてあげたらいいのに😢偶然にも洞窟があったのには驚きました。
そこまで批難される・・・!ほどの事をしたとは思えないけど・・・
1974年だと私が大学1年生・・・こんな事あったんだ・・・今となってはいい思い出じゃないかなぁ~・・・?
先生はきっと心配で心配で生きた心地がしなかったんだと思う。
暴力は良くないとは思うけど、きっと捜索されている間、方々に頭を下げて手を尽くしていたんじゃないかと思う。
Aさん偉いなぁ…そして食事を工面したB君も。ほかの遭難例と違ってパーティーのコミュニケーションができていたことも命を救った要因ですね。
この遭難を防ぐ手があったとすれば下見ですね。自分たちもむかし、日高に登る時はリーダー勢で下見登山をやり、初心者に近いものは沢練習を複数やりました。いずれにしても、どういう場合は登山中止するかは決めておくことで、中止撤退を選択しやすくすることは重要なやり方だと思います。
死んだ方がマシだったは当時13歳だった私には衝撃で心が痛くその後にAさんの大学山岳部入部も知らないままでした。Aさんの現在と思いを知り 良かったです。痛みが嬉しい感動にカワリマシタ情報提供ありがとうございました
いつも文句を言うのは外野から
年配のご夫婦が軽登山で二人とも命を落とされたことがありました。「コットンキル(綿が人を殺す)」ということばを知っていれば助かったと思います。
綿は体温を奪います。日常や家で寝るときは化学繊維よりも体温を下げてくれるし、衛生面でも綿が一番です。
登山で言えば、綿は命取りです。ヒートテックならそこそこですが。モンベルのアンダーとヒートテックを洗濯・脱水した試験ではモンベルのアンダーは約3倍の早さで水分を放出しています。まず準備。
先生アホとちゃうか
救助後の周りが酷い
雑草とか食べちゃダメなのかな??
正常性バイアスがないと不安でしょうがない人生になってしまうからなぁ
「生きて山から帰るには」の中で一番好きな動画だし、遭難事故話の中でも特に好きなエピソードです。
男性でも女性でも、役者でもアイドルでもいいから、若者四人組を抜擢して映画化すべきじゃないのかな。
その後の顛末と40年後も含めて、物語として素晴らしいと思うから。
鑑賞後のディスカッション材料としても優れているし、国の補助金と推薦を受けて映画化すべきでしょう。
75年の400万は高額だわ。それにしても、お仕置きしすぎですな。高校生に記者会見とはやりすぎだわ
教師とマスコミがゴミクズ過ぎて
70年代ひでぇなぁ
日本の子供が死ななかったそれだけで良かった。
当時の生き残り教師はエセ熱血教師だもんな。
昔の日本はこうだったんだよな。食事くらい 摂らせてやれよって思う
生きていてくれてありがとう😊
今の時代に必要なのはこの70年代のような厳しさだと思う。愚かな者はぶん殴る。これで良いと思う。
1975年 高校生4名遭難事故。
動画は念入りに精査されており 半世紀前の出来事であり かなり苦労されてアップされた動画だと思います!
アニメーション ナレーションも分かりやすい😊
正確に真実に基づいた 素晴らしい作品です😀
いまの富士山に登る外国人と瓜二つですね、、
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人は何故、危険な登山を行うのでしょうか?生命をかける価値はあるのでしょうか?山岳事故を聞く度に思います。この世に、絶対安全なことなどありませんが、わざわざ危険とわかっている(わかっていない?)ことを行うのは?です。悲しむ人が減ることを祈ります。
この話で最悪最低のくそ野郎が学校の先生
命をかけてギリギリまで頑張った子達を殴ったり
説教したり。
本当に吊るし上げられなければならないのは、
このDVクソ野郎の先生!
未成年に責任を問うマスコミ、殴る教師…昭和って最低だな…ってその時代に生きてた自分…殴る教師、当たり前にいたし教師に体罰?はなし?…彼らはいいチーム❗️仲間を思いやるいい人達…クソ教師にはわかるまい…
マスコミはやはりマスゴミだな
記者会見に参加したところは何処か知りたい
その報道のテレビ関連は見ない
2:48 修験道が忍び🥷の基になったと…