陸路断たれ…海から支援!函館からイカ釣り漁船が応援 「できることある」愛媛からも【もっと知りたい!】【グッド!モーニング】(2024年1月15日)

砂まみれの額縁に納められた1枚の 写真海沿いで手をつなぎ微笑む恒例の2人 が移ってい ます本当にじいちゃんが守ってくれたんだ なっていう風には感じてい ますこう話すのはこの2人の孫で写真を 撮影した男性ですこの写真 は 景色が一変してしまった町に残された家族 の宝物でし た私の家自体はあの津波の被害とああの 近所で発生した火災の炎症によってあの もう全勝しておりましてであの近くを見て いたところあのま写真が津波によってあの 流されてえ近であのあったっていうのが きっかけです ね宅の中で祖母が大切に飾っていたこの 写真だけは見つけることができたと言い ます1昨年に祖父が亡くなってえっとま あの祖母があの大事にあの自分の部屋で あのまクモおいて一緒にあの寝ていたって いうので津波があの1階の方のあのものも 全部流してしまってでその後に火災の炎症 であの燃えていましたのでなのであの津波 の被害で流されたものについてはあの燃え ずに残っていたのか おい多くの人の日常を奪った王震の発生 から2 週間政府や石川県は孤立集落からの避難を 急いでい ます取材犯が向かったのは昨日時点で 148人が孤立しているという囲がに囲ま た和島 西水も電気も復旧していないエリア ですここ西方小学校ではおよそ30人のえ 住民が避難しているということなんですが 今日 から金沢方面の二次避難が始まり ます何度かに分けて運び無事51人を避難 させることができまし たあのお荷物とか結構置いてきたと思うん ですけどそれで生活はできます か まあだけど生きてるもん生きてるんなら まだ大丈夫です よ一方避難を巡って複雑な思いを抱える 集落 もつたからスっと地獄に落とされたみたい に みんなどうなった かかんなっ てとか死んか分からなくなってしまいまし た和島市街地からに直線で15kmのとに ある町の インフラが壊滅状態となったため住民たち

が話し合い高齢者を中心に避難させること を決めまし [音楽] たりしそうに繰り返された別れの 挨拶30人の住民は故郷を守りにくと近い 集落に残ると決断しまし た本当に戻って住めるようになるんです かっていうやっぱ確証が欲しいというか 戻ってきた時にいや戻れるようになりまし た電気がガ水と使えるようになりました よって言ってもいや壊れたうちはもう自分 で直してねて言われちゃうと希望通りあの 故郷に借るよにしたでしょって言われ ちゃうんじゃないかっていうですよね分 うんうんこれがやっぱどうしても ある葛藤が渦まくな昨日地震発生後初めて 岸田総理が被災地を訪れまし た先の見えない 現状鈴では熊本自身で災害対応にあたった 熊本市の職員が支援活動を行いました 7熊本地震の際の東や増町の光景を 思い出すと同時にそれ以上と思える光景を 目のににしましたどうですかその本自身 比較してというと変だけど数倍だと思数倍 ああかなり かり2016年に起きた熊本地震は震度7 の地震が2度 発生した自身を経験した熊本市の職員の口 からも語られる被災地の深刻な 現状救助や支援が難行している理由の1つ が大きな道が少ない半島で起きた地震だっ たこと ですノの大動脈国道249号は至るところ で没してい ますやばいやばいやばいやばい やばい地震が来た直後道路には日が道路の 寸断が被災地への支援物資の輸送を妨げて い ます自衛隊はリクロが使えないためホバー クラフトを使って海から重機を輸送してい ます 自衛隊などによる昼夜を問わない道路の 復旧作業で通行できる道路は徐々に増えて いますが状況は深刻なまま ですこちらはイカ釣り量で有名な野町荻 地区で撮影された 写真目の前の道路が崩れ 車が海のそばに転落してい ます複数の漁船が並んでいる対岸の建物を 見ると1階部分が海に沈んでい ます暴落した道路を振り返ってみる とどこまでも切裂が走ってい ます船の前まで来ると亀裂はさらに大きく なり今にも崩れ落ちそうな状況 ですこうした事態にいても立ってもいられ

なくなったのが仰とおしく威量で有名な 函館の漁師たち です自分たちのイカ釣り漁船に大量の支援 物資を 積み500kmほど離れた北海道からはば 駆けつけたの ですリクロが寸断され大型トラックによる 物資の輸送が難しい今道路を使わずに大量 輸送が可能な船での支援が日本全国から 集まり始めてい ます東日本大震災私は学生時代に経験して ま船としてできることがあるだろっことで まこういうこと始めたわけなんですがあの 海は間違いなく日本レトをぐるっと回って 私は繋いでいるま船に限らずですよね空で あれ肉であれ海であれできることをみんな がやっていく1つずつやっていくっていう のが大事だと思って ます

 能登半島地震の発生から2週間が経ちました。避難所から宿泊施設に移る「2次避難」が進む一方で、インフラなどの復旧作業の見通しは立っていません。

■ガレキに埋もれた“思い出” 津波で流された夫婦写真

 砂まみれの額縁に収められた1枚の写真。海沿いで手をつなぎ、ほほ笑む高齢の2人が映っています。

写真を撮影した孫
「本当におじいちゃんが守ってくれたんだなと感じています」

 こう話すのは、この2人の孫で、写真を撮影した男性です。この写真は、景色が一変してしまった町に残された家族の宝物でした。

写真を撮影した孫
「私の家自体は、津波の被害と近所で発生した火災の延焼によって全焼しておりまして。近くを見ていたところ、写真が津波によって流されて、近所にあったというのがきっかけですね」

 全焼した自宅の中で、祖母が大切に飾っていたこの写真だけは、見つけることができたといいます。

写真を撮影した孫
「おととし祖父が亡くなって、祖母が大事に自分の部屋で枕元に置いて、一緒に寝ていた。津波が1階のものを全部流してしまって、その際に火災の延焼で(自宅が)燃えていましたので。なので、津波の被害で流されたものについては、燃えずに残っていたのかな」

■「地獄に落とされた」住民 2次避難に複雑な思いも…

 多くの人の日常を奪った大地震の発生から2週間。政府や石川県は、孤立集落からの避難を急いでいます。

 取材班が向かったのは、14日時点で148人が孤立しているという、周囲が山林に囲まれた輪島市西保地区。水も電気も復旧していないエリアです。

 西保小学校には、およそ30人の住民が避難しているということですが、14日から金沢方面に2次避難が始まりました。

 何度かに分けて運び、無事51人を避難させることができました。

避難した住民
「(Q.荷物とか置いてきたけど、生活できる?)だけど生きてるもん。生きているならまだ大丈夫ですよ」

 一方、避難を巡って、複雑な思いを抱える集落もあります。

2次避難を決定
「1月1日からぷつっと地獄に落とされたみたいに。みんな…どうなったか…分からなくなっちゃって…。生きてるか死んでるか、分からなくなってしまいました」

■“インフラ壊滅”進む2次避難 孤立集落あえて残る30人

 輪島市街地から東に直線で15キロの所にある、町野町金蔵地区。インフラが壊滅状態となったため、住民たちが話し合い、高齢者を中心に避難させることを決めました。

 「ありがとう。また来るからね。ありがとう」と、名残惜しそうに繰り返された別れのあいさつ。30人の住民は故郷を守り抜くと誓い、集落に残ると決断しました。

集落に残ると決めた 山下祐介さん(37)
「本当に戻って住めるのかという確証がほしい。戻ってきた時に、『戻れるようになりました。電気、ガス、水道が使えるようになりましたよ』って言っても、『壊れた家は自分で直してね』と言われちゃうと。『希望通り、故郷に帰れるようにしたでしょ』って言われちゃうんじゃないかという不安ですよね。これがどうしてもある」

■“大きな道が少ない”半島で起きた地震 国道も陥没

 葛藤が渦巻くなか、14日に地震発生後初めて岸田文雄総理大臣が被災地を訪れました。

 先の見えない現状。珠洲市では、熊本地震で災害対応にあたった熊本市の職員が、支援活動を行いました。

熊本市危機管理防災部 上村卓也さん
「熊本地震の際の東区や益城町の光景を思い出すと同時に、それ以上とも思える光景を目の当たりにしました」
「(Q.熊本地震と比べてどうでした?)数倍です。かなり深刻」

 2016年に起きた熊本地震は、震度7の地震が2度発生。そうした大地震を経験した熊本市の職員の口からも、被災地の深刻な現状が語られました。

 救助や支援が難航している理由の一つが、大きな道が少ない半島で起きた地震だったことです。能登の大動脈「国道249号」は、至る所で陥没しています。

 地震が来た直後、道路にはヒビが入りました。「道路の寸断」が被災地への支援物資の輸送を妨げています。

 自衛隊は陸路が使えないため、ホバークラフトを使って海から重機を輸送しています。

 自衛隊などによる昼夜を問わない道路の復旧作業で、通行できる道路は徐々に増えていますが、状況は深刻なままです。

■函館からイカ釣り漁船が…道路寸断「海から支援物資」

 イカ釣り漁で有名な能登町小木地区で撮影された写真を見ると、目の前の道路が崩れ、車が海のそばに転落しています。複数の漁船が並んだ対岸の建物を見ると、1階部分が海に沈んでいます。

 崩落した道路を振り返ってみると、どこまでも亀裂が走っています。船の前まで来ると、亀裂はさらに大きくなり、今にも崩れ落ちそうな状況です。

 こうした事態に、居ても立ってもいられなくなったのが、小木と同じくイカ釣り漁で有名な函館の漁師たちです。

 自分たちのイカ釣り漁船に大量の支援物資を積み、500キロほど離れた北海道からはるばる駆け付けたのです。

 陸路が寸断され大型トラックによる物資の輸送が難しい今、道路を使わずに大量輸送が可能な船での支援が日本全国から集まり始めています。

愛媛県から船で物資支援
「東日本大震災を私は学生時代に経験して、船乗りとしてできることがあるだろうということで、こういうことを始めた。海は間違いなく日本列島をぐるっと回って、私たちをつないでいる。船に限らず、空であれ陸であれ海であれ、 できることをみんなが一つずつやっていくというのが大事」

(「グッド!モーニング」2024年1月15日放送分より)
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp

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34件のコメント

  1. 住宅の復興など個人資産は保険で備えるしかありません。そこまで国が見るのであれば、そもそも保険は不要であり、加入者しているものからすれば無駄な支出をしていることになる。個人の資産は個人で備え守るしかない。酷ではあるが国や行政が何でも見てくれるわけではない。

  2. 私は震度6強と6弱を経験しました。玄関のドアを開けると目の前の道路が波を打つ様にうねっていたのが未だに忘れられない。被災者の方々には、是非この困難を乗り切って欲しい。政府はしっかり支援をして下さい。

  3. 海から陸から空から支援の輪が拡大してるので集落に残ると決めた方々も家族と離れ別の土地で生活すると決めた方々も希望は棄てないでほしいです。
    最大限支援出来るのはヤハリ国だと思いますから国は出て行く被災者や残る被災者に最大の支援してほしいです。
    緊急小口資金貸付も出来るようですから?少し安心してます。
    これから閣議決定するでしょうが。

  4. 戻って住めるのかという確証なんか誰もできるわけないだろ。
    保険で備えることも必要だし、貯蓄や資産形成など、自助も必要。
    もはやそういう世の中。いまと同じインフラを維持するのは不可能です。
    残るなら残ればいいけど、どこまで復旧するか分からないことを承知の上で勝手に残れば。東日本大震災だって移住を選択した人も多数いたでしょ。

  5. 戻って住める保証なんて神以外誰にもできないだろ
    今住めてるところが1年後も変わらず住める保証だってないし、現状に合わしていくしかない
    無理なもんは無理だし、できないことはできない
    可哀想だけど現実を見て踏ん切りつけるしかない

  6. 報道の要不要とか言いたく無いけどね
    空輸中のヘリに乗り込んでまで
    取材する必要はあるんだろうか
    まぁ人数の調整はしているんだろうけど

  7. 関東住みとして出来る事は少なく静かに見守り今の内から貯金をして観光来て下さい!となった時に現地で散財するのが1番だと思ってるw

  8. あ、やっぱ海路いけるんだ
    なんで陸路に拘ってんだろと不思議には思ってたわ
    なんで政府がこれやらんのだ?

  9. 生きてるからまだ大丈夫と言う方
    少しほっとしました1日も早い復興を願っております

  10. この寒い中….漁船で支援する為に来た漁師さん、本当に頭が下がります🙏
    日本人が日本人を助ける。
    これは絶対に誇りに思う事です❗

  11. 世界にはポケットマネーの様に桁外れな血税をポチッとあげるくせに、国内の被災地にはポイっとしない政府は何なのだろうか!?

  12. キャーキャー煩いかな。
    声出すと血圧上がって更に興奮するよ。
    冷静さが求められる所で、生存率下げ無いほうが良い。
    被災者30代の方の考えはその通りだね。
    何か政府が支援する旨、制度含め通達してればね。

  13. 4:24 インフラはもちろん国や自治体で復興するべきだけど、この口ぶりでは自宅まで補償しろと言ってるように聞こえる。
    それはあなたの責任でしょうよ??

  14. 七尾線?が一部復旧して、船だけじゃなくて鉄路でも行けんものなのかなって思う
    外野があーだこーだ言うな黙ってろって言われそうだからなんも言わんけどね

  15. 故郷を守ると言えば聞こえは良いけどな。その土地は国が金掛ける価値のある土地なのかと思ってしまう。

  16. いや、道路やインフラ自体を直すことはやめた方が良いと思う。財政悪化している日本。経済も停滞しています。もう孤立集落を十分ケアするお金はないです。

  17. 阪神、東日本、熊本その他諸々の地震災害の教訓から、被災者・支援者も対応がとても速くなってきているとおもいます。

  18. 山下祐介さんの言ってる意味がいまいち不明なのだけど、インフラが戻った前提でも、
     >『壊れた家は自分で直してね』と言われちゃうと。『希望通り、故郷に帰れるようにしたでしょ』って言われちゃうんじゃないかという不安。

    そもそもインフラ戻す必要あるか?って言うのはネットの一部では盛り上がっているが、この人はインフラ戻っても何か懸念があるらしい。
    インフラ復旧したら住める環境にはなると思うが、戻って住むか、住まないかは自由でしょう。何の確証をしろって言っているのか?
    インフラ戻す以上の何をどこまで求めているの? そのご希望の為に居残るみたいだけど、一時的に2次非難するのと何がどう違うのかな。

    片付け、解体などは自治体が音頭とってやるかもしれないが、この人は家まで建てろとかって事を言ってるの?

  19. 災害時は、初期の揚陸作業に小型漁船が有効な事が証明されました。 
    緊急支援他の為に、各漁協に所属する漁船を借り切る仕組みを検討すべきです。

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