「私が逝くまで待ってて…」東日本大震災から12年10カ月 亡き夫を想う妻〈宮城・東松島市〉 (24/01/11 17:30)
よし と東松島市に住む雫石香さん75歳震災で 夫のさえさんをなくしました当時69歳 でし たどこかを探さなくちゃってことでそこ から今度 あの避難所みなこうどこか大きいつって 歩いたんだけど見つかんなかったからと 同時に今度痛アチ症を探し始まったうんだ 避難所アチ所って探し歩い て自宅から自転車で避難しようとしていた 時津波に巻き込まれたと見られるさえ さん雫石さんが再開できたのは地震から2 週間後のことでし た寝たままみなるこ静な顔してたお父さん て起きてって言うと起きるようなそういう 顔だっただそれでまほら安心したっていう かねあ苦しまなかったんだってだからま なんとかそういう風になってもね被災して も苦しまなければそれでいいとしなくちゃ いけないかなと思ったの ね自宅の再建などに毎日追われ悲しむ暇も なかったというし一さんそれでも 毎日欠かさずに続けている ことそれはさえさんに語り続けること ですなんとなくじゃ ないいると思ってるわけでもないんだよで もほらここに写真あるからお父さん行って くるねとかってうん私行くまで待っててっ てまあちょこかけり待ってんじゃない人の ことやってあげるのが素な子だから同じだ から うんチャリンコであってんじゃ H
東松島市に住む雫石かほるさん、75歳。
震災で、夫の栄さんを亡くしました。当時69歳でした。
雫石かほるさん:
「(自宅近くの避難所にいなくて)どこかを探さなくちゃと思って、そこから大きな避難所と思って歩いたんだけど見つからなかったから、遺体安置所を捜し始めた。避難所と安置所を捜し歩いて」
自宅から自転車で避難しようとしていた時、津波に巻き込まれたとみられる栄さん。雫石さんが再会できたのは、地震から2週間後のことでした。
雫石かほるさん:
「寝たまま静かな顔していて、『お父さん、起きて』と言うと、起きるような顔だった。安心したというか苦しまなかったんだって、被災しても苦しまなければそれでいいとしなくちゃいけないと思った」
自宅の再建など毎日に追われ悲しむ暇もなかったという雫石さん。それでも、毎日欠かさずに続けていること…。それは、栄さんに語り続けることです。
雫石かほるさん:
「なんとなくじゃない。いると思っているわけでも無いけど、ここに写真があるから『お父さん行ってくるね』と。私行くまで待っててと。今あちこちかけずり周っているんじゃない。人のことをやってあげるのが好きな方だから」