鹿児島県第3位の鹿屋市で見たもの

かつて日本で一番特攻隊が飛び立った鹿屋基地、軍都として発展した町並みを歩いてみました。
#鹿屋 #二式大艇 #特攻隊 #鹿児島県 #昭和な風景

00:00 プロローグ
00:53 鹿屋航空基地
04:56 鹿屋市鉄道記念館
06:07 青基町の遊里
07:31 寂しい商店街
10:03 サンロード仲町
11:25 新天街

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8件のコメント

  1. こんばんは✨鹿児島知覧特攻平和会館は行ったことありますが鹿屋航空基地はまだ行ったことないから今度行ってみます😄いつもありがとうございます🙋

  2. 第三の都市であってもこんなに寂しげな街だと哀しいですね~日本一ツイてない男ではありませんょ。何故ならば抜けるような青空の下での撮影ですからね〜お疲れさまでした〜

  3. 鹿屋基地以前の大隅半島の歴史ある都邑(麓=昔の軍都)は、志布志湾の港町志布志や、肝属川〜肝付平野内陸部の高山などで、それまで利用しにくかったシラス台地の野里が広大な航空基地に適した地形地質で、鹿屋市はその後に発展した「新しい軍都」と言えます。

    鹿屋が沖縄戦などで最大の航空基地として機能したのは、広く硬く平坦なシラス台地に在ったためで、薩摩半島の、シラスだが平坦面の狭い知覧や、砂地で軟弱地盤の万世より、滑走路が長く様々な施設の荷重に耐えられたからだと思います。これが今でも鹿屋に自衛隊が置かれている理由で、特攻隊の遺跡として有名な知覧より重要な基地でした。

    4:58大隅線はそれまでの簡易な鉄道を直して延伸したもので、鹿屋から野里に向けて方向転換する構造を、無理に捻じ曲げたにわか造りの痕跡が残っていました。鹿屋から鹿児島空港・鹿児島市内(薩摩半島)・志布志・都城方面に向かうには道路交通(鹿児島方面は錦江湾横断船)が圧倒的に有利なため、大隅線は遅れて全通しましたが廃れたのでしょう。市役所=旧鹿屋駅の近くに沖縄料理店が有ったのは何とも言えない感じでした。

    6:407:43この緩い登り坂は肝属川右岸の谷筋で、この先に昔はバスセンター(今の「リナシティかのや」)があり、当時のバスは公共交通として大隅線よりはるかに便利でした。10:07サンロードは表通りで、10:45肝属川近くの狭い路地に歓楽街があります。

    私は運良く資料館を見学できました。2階の展示場に御英霊の当時の日記があり「この国のために栄誉と誇りを以て飛び立ちます」という人生最後の一文を読ませていただいたことを忘れません。

  4. 合併前の一時期第二位だった時は自慢してた資料館は年配のかたに亡くなる前に必ずみに連れていってあげてください(涙)

  5. 九州でも発展途上の南九州の鹿児島県の何もない方の半島、大隅半島の中心都市だけど電車もねえ。人口10万そこそこ。だめだこりゃ

  6. 今回撮影されていた場所ではないところが現在の中心市街地になっています。そのあたりを見ると鹿児島県内で人口第三位というのも妥当ではないかという感じの街です。

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