【廃墟巡り】伊豆の熱海にある謎の多い廃旅館を見に行く #廃墟 #廃墟探索 #静岡 #街歩き #伊豆 #熱海 #観光

[音楽] はい、どうも天野と申します。熱海の 市街地にやってまいりました。今日はここ から街のど真ん中で衝撃的なさびれ方をし ている配慮感を見に行きます。近年の熱み は観光量が再び好調となってきたので一 時期大量に存在した廃墟の多くが取り壊さ れ用の流れが始まっているんですね。今回 行く場所も見ておくなら今のうちかもしれ ません 。ということでやってまいりました。 配慮館藤野窓の上の外壁が微妙に張り出す という何とも独特なデザインです。現在は 塗装がハげてしまっているので変な設計に 見えますけど、元々はこの張り出した部分 の上に柵があって、窓との間に植物が植え られていたらしいんですよね。残念ながら 現役の頃のこの旅館の写真は残っていない のですが、広告のイラストなら見つける ことができました。それがこちら。ここに 咲くと植物が描かれていますね。きっと 現役の頃は白い壁に程よく緑が添えられて なかなかおしゃれだったんじゃない でしょうか。ただこういうのって少しでも 手入れを怠ると悲惨なことになりますよね 。特に廃墟のベランダに水を含んだ演ゲ用 の土が溜まっているというのは外壁の劣化 を加速させて危険です。だから錆びて 落ちる危険性のある作と一緒に撤去して しまってこの奇妙な外観が作られたんだと 思います。今の見た目だと建物を ぶった切って断面に壁を作ったって言われ たら信じちゃいますよね 。バリケードの向こうの部屋はかなり綺麗 に片付けられていますね。この作りだと 多分客室ですね。おそらく2階や3階と 同じようにここには大きなガラス窓があっ たのでしょう。昔植物を植えていた名残り か。今でも外壁に植物が残っていますね。 アロエに弁形層内ちはサボテ全部他肉植物 です。他肉植物は強いですからね。 コンクリの隙間に残ったわずかな土に根を 張って生きていくことができるのでしょう 。なんか左の方にも壁が崩れている箇所が ありますね。ここです。 中は物が溢れていますね。ただちゃんと 整理されているのでいつか運び出せるよう にまとめてあるんだと思います。この感じ だとこの壁の穴は崩れてしまったのでは なく物を運び出しやすいよう的に崩した 感じですね。昔の建物にはこういう崩す時 の片付けのしやすさを考えてない設計の ものが多いですからね。というか、昔は すでに立っている建物をわざわざ取り壊し て立て替えるなんてことはほとんどし なかったんだと思います。木造から鉄骨、 鉄筋コンクリートへと建物はどんどん丈夫 になっているのになぜか立替え頻度は増え ている時代。昔の人がこれを見たらなんて もったいないことをするんだと起こりそう ですね。 その頻繁替えによって技術開発が促進され てより丈夫な建物を作れるようになるのだ から何とも言えないんですけどね 。さてということでそろそろここの歴史を 話しましょうと言ってもまああんまり 分かっていることは多くないんです。先術 の通りここは藤野屋という旅館で分かって いる限りでは1950年代にはすでにこの 地で営業していたみたいです。ただそれ より前の歴史は不明でいつ改良した施設な のかは分かりません。実は熱海のこの辺り の街並は1度大かじで焼けているんですよ 。ここからほんの200mほど離れた 梅立て地にて作業員がトラックへの給油中 にタバコを吸おうとしたことで始まった 1950年の熱み大下春風の翌月の中頃 ちょうど観光客たちがお風呂に入り始める 時間帯に発生したこの火災は翌日の午前0 時半に陳化されるまで8時間にわって印象 を続け市街地の大部分を焼いてしまいまし た。幸いにも死者は出なかったものの被災 地域は14万平米に渡り15個の建物が 消出昔ながらの狭くて曲がりくねった道が 防価能力に支障をきたしたとして復興の際 は大規模な道路克服工事が行われました。 当時の記録によるとこの配慮感の区画は ギリギリ被災していないんですけど隣の 区画まで焼けているんですね。本当に完全 に無傷だったとは思えませんし、どの道路 の克服工事で1度立て替えられていると 見るのが自然でしょう。その結果を終え なくなっている可能性があります。本当は もっと昔から営業している死偽旅館だった ものが道路を広げる際の保証でビルの形に なり、あまりに様わりしてしまったため、 誰もかつての姿との関連性を見い出せない ということではないかと私は予想します。 いずれもっとこのチャンネルの運営に余裕 ができれば市役所に協力いただいて情報を 集めたり古い地図を取り寄せたりして ちゃんと真層を突き止めたいですね。何は ともあれ現状判明している最古の記録で ある1955年に発行された新旅行案内と いう雑誌の記載によるとこのホテルの客室 数は14室と少なめなのに対し終可能数は 100名。つまり1部屋7名以上止まれた 計算になります。昔ながらの部屋が広い 旅館と比べてもだいぶ大きく感じますよね 。加えて7年後の1962年には一般客 なら120名、団体客なら150名と収容 人数が増えていて増築を行った可能性が あります。多分3階より上の部分が増築な んですね。3階建てのビルの上に小さな2 階建ての箱が立っていますよね。おそらく この旅館は団体客を顧客のメインに据えて 営業していたのではないでしょうか。一般 向けの広告をあまり多く打たない旅館だっ たから資料が少ないのかもしれません。 コード経済成長期からバブル機にかけての 伊豆や熱海には社員旅行やセミナー、学校 のイベントなどで訪れる人が多くてそれら をターゲットにした施設もたくさんあった んですね。まずは人工密集地域である首都 圏に近く。それでいて非常に自然が豊かな 土地です。しかも地形が九ので海や山山 特殊地形の場所や高原といった異なる タイプの観光スポットが狭いエリアに まとまっています。さらに温泉や古いジ員 もたくさんあって、これは レクリエーションイベントを企画する上で 非常に高都合なんですね。ただそうした 需要に乗っかってあまりに団体客に 振り切った運営をしていた施設はその ほとんどがバブル崩壊以降不に立たされて 潰れてしまいました。平成不教による社員 旅行やセミナーの激に加えてマイカー旅行 の主流化こうした中団体客向けの旅館は 一般客からの認知度が低く施設の設計も 個人客向けに作られていないので時代の 変化に対応できなかったんですね。だから い豆の配慮感について調べるとかなりの 確率で団体客に強い旅館だったと出て しまいます。ここもそんな旅館の1つだっ たということでしょう。あとそうだ。この 旅館のすぐ横って丸ゲンビルなんですよね 。以前の動画で丸ゲンビルのオーナーの 豪邸を見に行きましたよね。なんとなく 想像つくと思いますが、このビルも廃墟 です。壁にデカデカと掲げられた丸ゲの 文字がいかにもって感じですよね。ただ前 の動画でも話した通り丸ゲンビルは あんまりいい顕在で作られていないことが 多くてそのほとんどが廃墟になっているん ですよね。熱海には4つの丸ゲンビルが ありますが全てハイビルです。とはいえ 丸ゲのオーナーであった川本磁次郎師は 必ず一等地で勝負することで知られていて 4つも丸ゲンビルが立っているということ はかつての熱みがいかに反映していたか それを物語る痕跡でもあるんですね。熱海 の観光量の再生期は1950年代後半から 1960年代で毎年500万人以上の観光 客が訪れていました。特にピークだった 1961年には観光客数が1000万人を 突破していて、これは同年における観光 客数ランキング2位の別プ氏に対して ダブルスコアの差をつける脅異的な数値 です。昭和の頃の熱みはぶっち切りで日本 一の観光だったんです。ただバブルが崩壊 すると熱海の観光客数は激減。元々若者 からは昭和の古い観光地だと思われていた こともあって、その後もなかなか回復し ませんでした。そもそも熱みが持つ1番の 魅力というのは九な地形が降りなす風港 名尾な街並なんですよね。熱海を舞台にし た花火という北のたけしの映画にはこんな 場所に住んでるんだから絵でも書いたら いいじゃないかというセリフが出てきます がまさにこれが本質だと思います。しかし 、熱海大価でそうした街並が裏めに出た 教訓があるからなのか。昭和の頃の熱みは 旅館で過ごす時間、それ自体の魅力に頼っ たプロモーションを行ってきました。温泉 で体を温めて浴衣を着て部屋の窓から花火 を眺める。ただこれって旅行に何かしら 強烈な体験を求める最近の若者からすると ちょっと物足りないですよね。結果、東京 から電車1本で行けるという圧倒的に有利 な立地にも関わらず、観光客数は減少の 一等をたどり、2006年には財政機宣言 を発するまでに至りました。まあ、半減と 言っても年間250万人程度の観光客がい たので決して少なくはないんですけど、私 がその頃の熱みを訪れた時の印象では少し さびれた町という感じになっていました。 周りにいる熱海出身の知り合いも皆口を 揃えてこう言っていたんですよね。熱海に は何もない。いやいや、多少さびれただけ で何もないなんてことはないだろって感じ ですけど、そう言いたくなるくらい再生期 との楽さが激かったんです。さて、こう なった以上やるべきことはもう分かってい ますよね。原点会機です。2006年末に 出された熱氏の財政機宣言というのはこれ までの行政の失敗を認めるものであると 同時に新しい主張が上げた復活ののろしで もあったんですね。同年9月に当選してい た斎藤市長は財政支出の削減とともに補助 金の再編を実施本当に必要な事業に集中し た投資が行えるようにしました。特に シャッター街とかしていた商店街に新規 入居する店舗には継続的な支援を行って 定着させ、見事飽きて南を埋めることに 成功。2013年からは意外と熱みという 絶妙に気になるキャッチコピーで代々的な 広告を打ち話題を呼びます。そしてそこへ ダメをしたばかりにテレビドラマのロケを 複数誘致し、街並の美しさをアピールして いきました。結果現在の熱海は年間観光客 数300万人とさすがに再生期には及ば ないものの財政機は過ぎ去り町には活期が 戻ったんですね。斎藤市長は今後の熱海に ついてこのように述べています。日本の 人口現象を考えると他の観光地との競争も 激しくなる一方であって税収が増える 見込みはない。だからこれからは優秀な 民間人材を地元に供給し続けて民間の事業 者に稼いでもらう必要がある。熱みに来れ ば何かやれると思ってもらえるようして 働きたくなる観光地にしなければならない 。おそらく彼は今後の熱みの目標をただの 観光地ではなく観光にも強い総合的な産業 都市に定めているんですね。これは1から シリコンバレーを作るような壮大な目標 です。でもこれまでの実績を考えると普通 にできてしまいそうですよね。日本の経済 の中心である東京にも近く、伊豆の豊かな 自然にも近い、熱海の町は少量施設も多く て暮らしやすいですし、彼の言う働きたく なる観光地を作るための下地は確かに整っ ているんですよね。もしかしたら未来の 熱みは日本有数の産業都市に生まれ変わっ ているのかもしれません。といったところ でご視聴ありがとうございました。 チャンネル登録と高評価をよろしくお願い します。

#廃墟 #静岡 #街歩き #伊豆 #観光 #スーパーカブ #熱海 #廃墟探索 #廃墟巡り

今回は熱海の渚町に存在する廃旅館「ふじ乃や」を見に行きます。

現在熱海は観光業が持ち直してきているため、以前は市街地にいくつも見られた廃墟の多くが建て替えや再活用の道を歩んでいます。

【Mr.Amano’s channel】
静岡在住の原付ライダー。学生時代は東京で過ごしたため馴染みが深く、神奈川や東京をはじめとした関東方面へツーリングに行く事も多い。愛車はホンダのスーパーカブとタケオカ自動車のアビーキャロット。アビーは四輪車のくせに50ccというイカれた乗り物。
現在は諸事情あって失職中。せっかく暇ができたからこれまでのんびりやっていたYouTubeでの活動に力を入れてみたところ、熱川の廃棄動画が当たってまさかの収益化基準達成(現在審査中)。しかし次に繋げる方法がイマイチ分からなかった為、マーケティング業界で働く友人二人の助けを借りて試行錯誤中。

【廃墟探訪】
基礎体温の低さからくるスタミナ不足に悩まされていたので体力作の一環として山登りを始めた。しかしいつの間にか廃道歩きにシフトしていき、気付いたら廃墟を探す事が目的になっていた。
バイクや車で廃墟や廃道へ向かい、そこか見出せる自然と滅びの美学を発信し、視聴者の皆さんに非日常感をお届けできれば幸いです。たまに変な観光地とか変な地形の場所とかも配信するかもしれません。

【カメラ機材】
GoPro HERO9
GoPro HERO4

【編集ソフト】
ゆっくりムービーメーカー4

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20件のコメント

  1. 丸源と廃墟旅館
    衰退の象徴の建物ですね。
    こういうのを見るとインバウンドで栄えた観光地も、いつか伊豆のように
    なるのかもしれないですね。

  2. こんにちは!
    この一帯は地元民の私でも市内からも飛び出ている海沿いの立地で
    取り囲んでいる主要道路を通るのみでおそらく一度も入ったことが無いと思います。
    やっぱり時が止まったような街並み。。味わい深いです。

  3. こんな古い建物まで街中にあるんだね!ビックリ‼️これはこれでとても良いんですけどね👍
    ゴールデンウィークはアマノ先生の動画で見て行きやすそうな所に行ってみようと思いますよ😁普通に行ける所をもう一度動画見てリサーチして🌸

  4. ちょうど一週間前久しぶりに熱海に赴き、この辺りを散策していたところだったのですがすっかり見逃しておりました。味わいのある古い街並みと道路の拡幅含むインフラ改善はトレードオフ的なところがありますが、熱海は今後も訪れる魅力がある街であり続けて欲しいものですね。

  5. 建築学の中でも近年、解築学が注目されていますね。限りある日本の土地をどう持続的に生かしていくのか考えていかなければいかないのでしょうね…

  6. すぐ近くにある素泊まり旅館の天城さんにはよく泊まりに行くので夕食を食べに外へ繰り出した際にこの廃墟を目にして少々気になっていましたが…元々は旅館でしたか
    活気を取り戻しつつある熱海において丸源ビル廃墟群と併せていまだに取り残されたままの負の遺産とも言えますが…この土地が活用される時が来るのやら?

  7. 熱海というと、巨大ローマ風呂を連想してしまいました。熱海の新たな試みが成功して欲しいですね。アマノ様の解説、なるほどと感じました。団体客を見込んだ宿泊施設が、客層や時代の変化に追い付けなかったというのは、納得ですね。廃墟の解説でしたが、澄み切った晴天の熱海良かったです。

  8. 一昨日天竜の秘境にある京丸集落へ行ってまいりました。到達難易度SSSですが行って損の無い場所ですので覚悟を決めて是非!

  9. つい先日も入湯税や宿泊税のニュースが取り上げられていました
    地域再興は多難が予想されますが応援したいと思います

  10. こんばんは♪
    熱海だったんでね。
    来て頂きとっても嬉しいです😊
    廃墟も有りますが、新しくなっている所も多いですよ。
    地元でも、あれ?って知らない所増えてます😅
    でも、本当に良く調べられてますよね❗️
    広報熱海よんでますか😅😅😅
    市長も市民も頑張ってます。    現在は
    市内で観光渋滞おきてるぐらい皆様に来て頂いています。
    ありがとうございます
    でも、土石流の災害でその補填もあり、まだまだ大変な中です。
    毎回、次は何かと。楽しみです。🥰

  11. 熱海市長選に中国出身の徐浩予という人物が名乗りを上げているそうです。
    あなたはどう思いますか?少しでも気になったら調べてみてください。
    私はたとえ少子化と言われようが日本人の力で熱海市をより良くしていきたいと思います。
    日本頑張れ!失礼しました。

  12. 熱海市は凄いなぁ、、。復興してる感はある。でも、熱海ビーチラインの値上げが酷かったのと、終点が熱海市市街地なのは勘弁して欲しい伊東市民であった・・・。錦ヶ浦に繋げればいいのに。え?伊東市の渋滞を抜けるバイパスだってないだろって?確かにそうなんだけどねぇ、、、。ビーチランの値上げは土石流の結果だよなぁ、、。盛り土した業者と土地保有者に賠償しっかりさせろよと思う今日この頃。被害者泣き寝入りの放置国家は健罪なのであった。

  13. 安く作って、すぐ建て替え。
    日本の建築は土地の着せ替え人形の服みたいなもの。
    産めよ増やせよしか能も脳もない後進国ですから。

  14. 「何もない」というか「なくなってしまった」んでしょうね。

    私が最近行ったなかで似たような雰囲気を感じたところに、伊香保がありました。
    一本道を逸れると廃墟がある感じが…

  15. 熱海の観光の盛衰は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード』でテーマの一つにされていますね。悪役は苦境に立たされた熱海の観光業によって生み出された悲しい男でした。不況の空気感や昭和との対比は、当時でなければ描くことができなかった実感がこもっています。

  16. 番組終わりに映ってた赤い旗🚩の、雨風(あまから)食堂さん。数年前まで利用させてもらってました。メニュー豊富、ボリューム満点、千円あればとりあえずOKな、👛お財布に優しい価格。一時期ビルマの人がバイトしてたきっかけで、ビルマのチャーハンやカレー🍛までメニューにありました。ビルマのチャーハン美味しかった。😊

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