【伊豆諸島】利島をあるく【すぐそこの秘境】
前回までに続いて伊豆諸島の動画となり ます。今回はラストと島です。今回も島を 歩きながらチ理や歴史、絶景スポットなど について取り上げていきます。今回はこの ような流れとなります 。初めに島の概要やアクセス、歴史につい て触れた後、本編に入っていきます 。都島は伊豆諸島にある島の1つで周囲約 8kmの伊豆諸島の中でも小さな島です。 人口は約280人で島全体で東京都豊島村 に属します 。都島へのアクセス方法は船と ヘリコプターの2つとなります。東海道 紀線の高速線もしくは大型線が東京の竹代 三橋から出航していて大島豊島 新島根島津島を回ります。また新身期の カーフェリーが伊豆半島の下田から出航し ていて豊島、新島、峰根島、国津島を回り ます。島の港は都島湖校1箇所です。眼壁 が2箇所あってどちらかに発着するよう です。自分がいた時は往復とも西側の 新しい方の岩壁でした。ご覧のように概要 に面していて、切願時は波風の影響で不 安定となるため、他の島よりも血率が高く なっています。条件付き運行となっていて も結果行されることも珍しくはなく上陸 できない島から出れない可能性があります ので、ま、少し訪れにくい島かと思います 。一方で比較的率が安定しているのが ヘリコプターです。こちらは隣の大島との 間を1日1を往を往復していて所用時間は 約10分です。ただ座席数が限られますの で希望通りに乗れない可能性もあります。 続いて東来の移動ですが、島には公共交通 機関はなく、またレンタカーやレンタ サイクルを扱うお店もありません。宿泊 すると宿で車をレンタルできるようです。 それ以外は徒歩での移動が基本となります 。島の地形ですが、ご覧のように綺麗な 三角形の形の島となっています。地図と 並べてみるとアップダウンがきついのが 一目瞭然です。島を一周する道路があり ます 。港のある方の北側が少し傾斜が緩やかと なっていて、ここに集落があります。反対 側の南側は段外絶壁となっており、集落の 方から南の方へ向かう際はひたすら登りが 続きます。島自体は小さいですので、ま、 それほど距離もありませんし、1日あれば 十分回れるかともいます。島の中央には 標高508mの宮塚山がそびえています 。次に島の歴史について簡単に触れていき ます。都島も伊豆諸島の他の島同様火山 活動によってできた島です。縄文時代の 遺跡が見つかっていて6000年前から 4000年前には人が生活していたと考え られています 。島に関する資料が乏しく歴史については 不明な点が多いですが島の特産品ともなっ ているつ木は江戸時代から植えられてきた もので現在も島の大部分を覆っています 。さあでは島歩きスタートします 。現在朝の7時40分です。豊島港に無事 到着し、船降りた直後です。安全のため係 員の指示があるまでここで待機となってい て、この後全員で一緒に岩壁を歩いて島の 方まで向かいます 。ご覧の通り、岩壁には波しが打ちけられ ています 。大型線は次の目的地新島へ向かっていき ました 。さあ、今回ですが宿が取れませんでした ので日帰りの弾丸旅となっています。大型 の豊島上陸は朝の7時40分で帰りが12 時50分と、ま、5時間ほどしか滞在でき ませんので少し急ぎ気味となっています。 ま、このようにですね、日帰りは可能とは なっていますが、先ほども話したように 血率が高めの島ですので、条件付運行の 場合は上陸後帰りの瓶が結構となる可能性 もありますので、注意が必要です 。東側の岩壁の方にチケット売り場があり ます。 港から上りが始まります。登ったところにちょっとした広場があって、昔の船のようなものが置かれています。こちらは気と海の歴史広場です。 [音楽] [音楽] 塩水の形の島には入江や砂浜がなく港を 作るのが困難だったため、昔は大型線は 少し沖合いに低白してそこから橋家と呼ば れる小さな船に乗り換えて島に上陸してい ました 。そのような方法で人やものを運んではい ましたが、波風の煽りを直接受け、しかも 砂浜がない分、上陸時の足元も不安定な ため、大変な苦労や危険を伴うものでした 。1981年に港に橋ができたことによっ て今のように大型線も切ができるように なり橋の役目は終了しました 。ここには第3白ゆ百ゆり丸と書かれた 最後に使用されていた橋が保存されてい ます [音楽] 。ま、1981年というと割と最近の話 ですから、ま、その島の黒の歴史が伺え ます 。大に突き出ている港ですから、現在も他 の島に比べて結構率が高めとなっています 。1990年代からは西側にも岩壁が整備 され始め、豊島港の安定運用に向けた整備 工事は現在進行系で進められております。 ちなみに手前にあるビーチは家マ浜といっ て人工的に作られた海水浴上です 。さあ、では島をぐるっと一周していき ます 。道路の壁には玉石が敷き詰められてい ますが、この玉石は海岸にあったものを 運んで作ったようです 。橋を利用していた時代には海岸にはこれ がゴロゴロしていて、足元が不安定だった ので、ま、邪魔だった玉石を取り除いて 石垣きに活用してきたようです。 [音楽] 集落内を中心に至るところで玉石を使って 作られた石垣が見られます 。集落内も傾斜が急で狭い路地が続いて おります [音楽] 。さあ、ではここから集落を抜けて島の 反対側の南側を目指します 。しばらくはひたすら登りが続きます 。都島は周りの島と比べて目立った観光 スポットがあるわけではなく、船の集行率 も不安定なことから観光客は割と少なめと なっています。ライト目的の多くは工事 などの仕事関係であとは釣り客もいるよう です。ま、この時もですね、船から降りた 人の中で、ま、見た感じ純粋な島歩きの 目的の観光客はおそらく自分だけだったと 思います [音楽] 。戸島の特徴の1つとしてこのつきに覆わ れてる島であるということが挙げられます [音楽] 。つ木は冬になると花を咲かせます。この 時はまだ買いカ前への状態でした。 兵置が少ない分、つきのだんだん畑が 広がっている光景も見られます [音楽] 。そしてつ木畑にはこのようにレールが 敷かれています。これはモノラックという 産業用モノレールで斜面上にレールが伸び ています。収穫されたつきを運搬するため に使われます 。つキから作られるつき油は島の特産品と なっています [音楽] 。通ってきた道を振り返ると海の向こうに 大島が見えております [音楽] 。右手には本州の姿も見えます。 [音楽] [音楽] 島の南側までやってくると原林の覆われた 中に神社が立っていました。こちらはあず わの美本宮です。豊島はあずさ脇の見に よって作られたと伝えられ、当民からは1 番と呼ばれてきました。 鳥の先にある宮山そのものがご身体となっ ていて、鳥をくぐらずここで参拝するよう になっています。ですので、お賽銭箱もお 鳥の前にあります 。玉石が引き詰められたサンドも印象的 です。 [音楽] さ、島の南タまでやってきました 。ここは南側に開けていて、見晴しのいい 広場となっています [音楽] 。ここからは伊豆諸島の他の島々が見渡せ ます 。手前が無人島のう島。そしてその向こう が新島、式根島、国津島となっています [音楽] 。山川はこんな感じです。この森の中へ 入っていきます [音楽] 。小のような果物の身が立派になってい ます。 [音楽] 恐怖の影響で木がいびな形となっています [音楽] [音楽] 。森の中にはシートのようなものが地面に 敷かれています。このシートも島の黒の 歴史が伺える後で、水の確保が難しい都市 まではかつてこの修水シートを敷き詰めて 山からシートに伝ってきた甘水を溜めて水 を蓄えていました。 [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] こちらはあさわけの見の母です。 先ほどのあずさ明けの巫と本宮があった ところから直線上のところにあります [音楽] 。こちらは宮塚山への登山口です。 宮塚山頂へ登ることができますが、登山道 はあまり整備されてないようで通行注意の ようです。今回は時間がありませんでした のでスルーします 。さあ、ここからは下り道が続きます。 集落まで戻ります [音楽] 。山道を降りていると途中で海に開けた 展望台がありました。 [音楽] 向こうには伊豆島が見えています [音楽] [音楽] 。道端に森の中へ入っていく小道があり ます [音楽] 。少し歩くと原成林に覆われたここにも 神社がありました。こちらは折りの登のり 神社です。 [音楽] 豊島は小さな島ですが7つの神社と1つの お寺があります。 [音楽] 観光客もほとんどいませんので、ま、本当 に静かな空間となっています [音楽] 。集落があるところまで降りてきました。 こちらは都島金労福祉会館です。公民館の ような施設かと思いきは中にはなんと ボーリング場や卓球場などもあります 。そしてその正面に島で唯一の小中学校が あります 。バックは大原となっています 。反対側には宮塚山がそびえます 。島の集落は港から登ったところにあり ます 。集落内も坂道となっています 。商店や飲食店はかなり限られます。民宿 が56件ほどありますが、仕事で来る方が 長期にわって滞在しますので、観光客は 少ないですが、意外と宿を抑えるのには 苦労します。 お土産屋さんもありました 。港の方へ降りていきます。 さあ、港まで戻ってきました。チケット 売り場で帰りの船が西側の岩壁から出航 するというアナウンスがありました。 都島は東京都心からでも割と近くにある島 で集行率の低さから上陸するのに躊躇し ますが観光客も少ない分気軽に卑怯感を 味わうことができると思います 。東京行きの船がやってきました 。この日も条件付きの運行ではありました が、なんとか帰れそうです 。都島の動画はこれで終わりです。そして 大島から始まった伊豆諸島の動画もこれで 以上となります。 [音楽] [音楽]
今回は島あるき in 利島編です!
伊豆諸島編のラストです。
島を歩きながら地理や歴史、絶景スポットなどについてとりあげていきます。
〈内容〉
①概要
②アクセス
③島内移動
④歴史
⑤島あるき
【伊豆諸島の他の島の動画】
・伊豆大島で路線バスの旅①
・伊豆大島で路線バスの旅②
・新島をあるく①
・新島をあるく②
・神津島をあるく①
・神津島をあるく②
・式根島をあるく
【Instagram】
https://www.instagram.com/akihiroba/
#利島 #離島 #伊豆諸島
8件のコメント
お疲れさまでした。
未知だった利島の様子を知ることができてありがたかったです。
まだゆっくり見ていない動画がいくつかあるので、のんびり見せていただきます。
淡々と良いリポートをされますね。
とても興味深く拝聴いたしました。
これからも楽しみにしてます
去年の夏に行きました。1周道路も歩きましたw 懐かしい動画ありがとうございます。
私は昭和24年から昭和30年迄当時の小田原電報電話局電報課と伊豆利島郵便局と無線電信でカタカナ電報をモールス通信で行っておりました。当時の利島との通信手段は通常は艀で船が停泊時以外は電報しかありませんでした。カタカナ電報はNTTは令和5年に廃止されました。91歳大昔を思い出しました。
静かで好さそうですねー。でも帰れなくなる危険があるのは痛い。
あのお土産屋さんでは何が売られているのでしょう。
宿予約なしで帰りの船が欠航になったらどうなっていたのか気になります。
利島村で現場仕事をしています。
憩いの場は、農協(平日のみ、1730まで)そして福祉会館(月曜日休、1800まで)です。公共最小2レーンボウリング場と広い和室、無料マンガがたくさんあってたのしいです。
山自体、御神体ですね。まるで三輪大社みたいですね。原始信仰を彷彿させられますね。