バイクで行く「おくのほそ道」の地形 ❻親不知・有磯海・金沢| なぜ4,000mもの高低差があるのか? 親不知と富山湾
え、おはようございます。え、新潟県の柏崎です。今日もいい天気ですね。朝ごはバイキングです。今日もいいお天気ですね。 え、おはようございます。ここは、え、新潟県の柏崎市です。では今日も奥の細道の旅を続けていきます。え、まずは越後の国から越中の国へ行く親知らず、小子小知らずですね。そちらを通っていきます。 さて、今のはここ新潟県の柏崎です。 [音楽] 今回も松尾馬将が歌枕を辿どった奥の細道 の旅のルートを追いかけていきますが、 越後の国を抜けていく場所さんが通ったの は暑い8月のこと。暑さと湿気でやる気を 失っていて、エゴ寺については奥の細道に ほとんど記述がないので越後の次の賞1 まで一気に移動してそこから金沢まで 向かいます。で、今回まずは新潟と富山の 県境の日三脈の険しい山々と急激に深く なっている富山湾の間、この険しい崖の 部分を超えていきます。見るからに南所だ と分かりますが、ここが親知らず、小知ら ずです。2億年以上前の非常に古い地質が 流気しています。そしてその先の黒川の 加工。ここは日三脈から流れてきた砂や歴 が積み重なった洗浄地でたくさんの筋に 分れた川が旅をする場所さんの行を阻見 ましたが地下を流れる副流水が豊富な真水 を蓄えていて魚図ではこの副流水によって 腐らずに残った舞没が発見されました。 ここから有海。これは富山湾の救名ですが 、本当は馬将さんはまで行きたかったよう ですが、これを諦めたようなのでまでは 行かず栗から峠を超えて香賀の国、金沢へ と抜けていきます。それではよろしくお 願いします。え、では現代の主要街道の 北陸車道に乗っていきます。柏崎インター です。え、では富山方面に進んでいきます 。いや、今日もいいお天気ですね。 では、今から親知らず、小子小知らずに向かうわけですが、さて、ここからはマグナの糸井川静岡線を超えていきます。さあ、糸井川静岡線って何というのはアフレコでどうぞ。 はい、アフレコです。糸井川静岡線は新潟県の糸井川静岡市まで至る巨大な層です。ここは青南日本と東北日本を分断している巨大な溝の西の端っこです。 [音楽] 日本列島は元々ユラシア大陸の一部でした が、約2000万年前にプレートの移動に 伴って大陸から離れ始めました。この時 西側が時計回り、東側が反時計周りに回転 しながら移動したため、日本レッドは マップに分かれました。この避めが火山 活動などによって埋まったところが フォッサマグナです。フォッサマグナの中 では約2000万年前以降の新しい地質が 見られ、逆に外側ではそれ以前の古い地質 が見られます。詳しくはフォッサマグナの 動画をご覧ください。解説を終わります。 ということでここからね、あのこちら側が 新しい地質なんですが、この向こう側 親知らず小子小知らずの方に行くと4億年 前とかね、そのぐらいめちゃめちゃ古い 地質が出てきて、その険しいね、三山脈の 端っこを通っていきます。今回は今日も 綺麗ですね。ああ、でもこの辺り本当 トンネルが多いんですよね。ここはまだ ホッサマグナの真ん中なので、ホッサ マグナというのはね、あの帯のエリアなん ですがホッサマグナのここは真ん中です。 では糸井川インターを超えるとね、 いよいよあそこの辺りからが、え、古い 地質ですね。4億年前とかの古い古い地質 が山々を作っています。この辺はすごい ですね。山が険しいし古いんですよ。あ、 じゃ、こちらトンネルを通っていきます。 え、トンネルを抜けてきたんですが、ここ がすごいすよね。え、親知らず、小知らず です。じゃあ、この親知らずインターで おいて道の駅に寄りましょう。これですね 。親知らずペアパーク。ここはあのETC 2.0なら乗り直しができます。僕はここ から先ね、あの、一般道で行こうかなと 思うので、乗り直さないと思いますけど。 え、では親知らずインターで降ります。 ここ左でね、え、親知らずピアパークに 行きます。新潟から189km来たんです ね。松尾場所もここ通ったんでしょうね。 船かな?船で通ったかもしれませんけどね 。ただね、当時船りるのにもお金かかった でしょうから本当に南所以外はね、基本的 には歩いていたと思います。で、では 親知らずピアパーク。ちょっとあの翡水が ね、見られるらしいので翡水を見に行き ましょう。お、いいね。へえ。ここの海岸 はですね、砂が変わってますよね。ホサ マグナの外側の古い岩石なんでバイクは あそこらしい。よいしょ。はい。では ちょっとここに止めて翡水パークを見に 行きましょう。いいですね。翡水古さとか 。え、ということでここにバイクを止め ましたがかっこいいですね。RS660で ここにあの亀君がいるんですけど、え、 こちらが糸井川の海岸ですね。で、こちら の海岸はやっぱりその古いね、地質が いっぱい広がってるエリアなので、なんか 石もね、なんかあの荒いですよ。 石がいっぱい落ちちゃいますが。おお。もうこの辺も翡水が取れるのかな?そこになんか石勝活カイベントこちらで書いてあるんだけど石カって何? へえ。石カだって。で、で、 この海岸沿のね、このお食事どころの右にここに翡水感があります。世界最大級の 12t の翡原石が展示してあるらしい。見に行ってみましょうか。いや、この翡水原石がすごいな。 このでかさですよ。 でか。うん。科学的には結構ね、シンプルなもんなんですね。 2 酸加にナトリウムとアルミニウムがくっつくと翡んですね。これこういう構造ですが。うん。 磨いてあるとこはこういって綺麗なんですね。 ザラザラのところはわかんないですけど。 へえ。 うん。ここにも書いてある。ナトリウム、 アルミニウム、素、酸素という普通のもの なんですね。これに微量のなんか他のもの が混じると紫とか青とかになるんですね。 ここには翡水が売ってますけど2万円する 。2万円すごいな。で、この左手が親知ら ず、小知らずなんですが、ここはあの古い 古いね、4億年前とかの非常に古い岩石が あって、こん中のそのアルミニウムと ナトリウムでしたっけが含まれている2 酸加素なんか白い石ですね。基本的には二 酸化だから白い石でそれにナトリウムと アルミニウムが含まれると、え、翡水に なるということですね。なので基本的には 白い石を探せば翡水の可能性があるという ことですよ。うわあ。でもこの辺の海岸は やっぱりね、でかい歴がゴロゴロ落ちて たりしますが、ここを探すと翡水が 見つかるかもしれないねということです。 で、この右手が親知らず、小知らず。ここ があの南所ですね。多分場所もかなり苦労 したと思いますけど、松尾場所がこの辺り を通った時はあのなんか暑さと雨で相当 めいってたらしくて、この辺の記述は あまりないんですよね。で、この親知らず 、小知らずの向こうの方ですね。こちらの 方に一ぶりの席というのがあって、ま、 ここにも書いてありますが、今日は親知 知らず、小知らず、犬戻り、駒返しなどと いう、え、北国市の南所を超えて疲れはれ ばとか書いてありますが、で、その先で、 え、一というね、席を超えたということな んで、一振りの席にこれから向かいます。 でね、この辺りに翡水が落ちてないかなと かと思いますが、なかなかね、そんなもう いい石はみんなね、取り尽くしてるんです よ。で、こんな白い石はいっぱいあります ね。これはあの二酸化のね、白い色がこの 通り出ていますが、お、これ真っ白ですね 。これもなんか翡水がちょっと含まれてる かもしれないですよ。うーん。こんなんが いっぱい落ちてるんですが、この辺りあの 4億年前のね、古い古い編成ガとかね。 これなんか多分編成作用受けてるんじゃ ないですか?編成ガが落ちています。編成 ガと戦力癌と、ま、なんか色々あるんです けどね。ま、僕が好きなのはね、やっぱ 編成ガですね。こういうあの模様がね、 見えるわけですが、編成作用と言って地下 の熱や圧力で相当こう引き延ばされたり グネグねしてるね、この編成ガですね。 地球のパワーを感じますよ。ということで 翡水の展示も見られましたが、え、糸井側 のピアパークですね。ピアパークでした。 ここから越後と越中の国境酒 の席に向かいます。ではこの親知らずの 真下を通っていきます。ま、江戸時代の頃 はこの辺りは北国の街道で1番の南車だと いうことでしたが辛そううっすね。もう このポスタマグナの端っこの山が海際まで 迫ってるわけですから。いや、本当ここは すごいですね。鉄道がこの左を通ってるし 、ここは国道8号。上は北陸自動車道と いうことで、この辺りはね、あの人通りは かなり多いんですが、相当ね、通りにくい 場所ですね。え、ではこのロックシェット を超えてね、進んでいきます。今はね、 こんな通りやすい道があるからいいです けど、昔は大変ですよ。で、こっから1の 席まではもうあと10分ぐらいですね。 10分ぐらい進んでいきます。ああ、でも いいですね。日本海が見えますよ。 おほほ。あ、でもここ本当にね、もう崖の 崖をくり抜いて道が作ってあるので本当に ここは昔はどう通ってたんでしょうね。 こっから先ね、まだしばらくはこの山が 続きますよ。え、ではここを右かな?あ、 そこに奥の細道って書いてありますよ。 ここを右に行くと一部りの石書があります 。奥の細道松尾場所ゆかりの地と書いて あります。で、ちょっとこの一に降りて いきますね。この下が昔の街道の後です。 書いてありますね。奥の細道 一部街道の町。北陸道一部の到端の街道脇 にそびえていた追いと書いてあります。 どれだろう。 これ、これかな?ふーん。ああ、この辺は なんか攻防大使の井戸があるとか書いて あるということで、ここが旧街道です。上 のね、あの国道と比べると一気に街道の 重向きがありますが、お、ここにもやっぱ 郵便局がありますね。一ぶりの郵便局で、 ここかな?ちょっとここに一旦止めさせて もらいますね。 あ、1の石跡かな。え、ということで、 ここね、これがあの旧街道なんですが、 北陸街道なんですね。で、ここに石書が あったんですね。一の席という石書があり ました。書いてあるからここに小学校が あったんですね。うーん。で、あ、あった 、あった。石書の絵の木と書いてあります が、あ、で、これ、これ一書後と書いて あります。ここに一の席という石書があっ たんですね。ここ松尾賞が通り過ぎたと いうところです。ちなみにですね、ま、 あそこにその宿場の入り口の松があるん ですけど、この横にですね、看板があって 、え、電場所の宿、気境宿跡と書いてあり ますが、ここでね、1泊して1つ読んでる んですよ。これはあの本部にも出てきます 。奥の細道にも出てくるんですけど、1 つ屋に友情も寝たり、ハぎとつきという メイクを読んだと書いてあります。ま、 これ、あの、松尾賞がね、裕女と寝たわけ じゃなく、同じ宿に友女も寝ていたよと、 止まっていたよと、そういう歌ですね。え 、ということで、ここがそのね、え、場所 の止まっていた宿です。で、その場所が 止まっていた気跡がそこにあって、石書の 跡がね、もうその辺りなんですが、 ちょっと歩いて石から歩いてきましたけど 、だ、ここからはいよいよ越中の国です。 富山県ですね。富山県に入っていきます。 え、ということで、1の石跡でした。であ 、ここからいよいよエ中の国に入っていき ます。で、この険しいポスタマグナの山々 を抜けると、え、黒川の加工に出てきます が、ま、その黒川はこの古い4億年前の 地質の中を流れてきた川で、で、その古い 岩石が風化進食されていっぱいドロドロ 流れてきて洗浄地を作っています。その 洗浄地を復流してきた水が海沿いで いっぱい出てくるらしいんですね。え、な のでその脇水をちょっと見てみましょう。 洗浄地ですね。天井地の端っこ先端です。 え、では坂井川を渡ります。この坂井川と いう名前の通りね。おお、すごいな。この 4億年前のね、古い山から流れてきてる わけですが、お、富山県に入ります。本当 に境の川なんですね。ということで越中の 国に入りました。で、もうすぐその左側の この険しい天ガの山々が終わります。 堺大橋。いや、本当に国境ですね。で、 この手前のコストマグナの西側の険しい 山々山々がもうこの辺りで途切れてくるん ですが、ここから先が黒川の加工になって いきます。黒川加工の地ですね。え、黒川 の地にの端っこですが、もう明らかに平野 部に出てきました。相当広いですよね。 これがこの左手の黒川が運んできた、土砂 がね、溜まってきた洗浄地です。で、ここ は洗浄地なので、小側が奥義場にね、こう いっぱい流れていっていたので、ここを 渡るの結構大変だったらしいですね。今は こうやって綺麗に整備されてて楽なもん ですが、これ先ほどまでとは打って変わっ ての平野でしょ。で、左手のあの黒川ね、 黒川が運んできた土砂がここに溜まって いるというわけです。北陸自動車道に乗れ ということだったので、そうですね、 あんまり長い距離乗らないですけど、ま、 ちょっと高速道路に乗ります。朝日 インターです。朝日スーパードライブ。 この黒川のね、洗浄地を高速道路でバハン と行っちゃいます。え、ではこの黒ベ川の 洗浄地をね、ま、高速道路だからちょっと 高いところから見られるかな。この辺り 4億年前のね、古い地質の山が広がってい ます。ちなみにその黒ダムはめちゃめちゃ ね、古いその4億年前とか3億年前とかの 古い古い地の岩の中にあるので、ま、ガ板 はすごく硬いでしょうね。ま、ダム自体に とってはね、ガ板が硬い方がいいん でしょうけど、王事は大変ですよ。では、 これ洗浄地ね、洗浄地がこうバーってこう 広がってるわけですが、洗浄地の中を走場 にね、こうこうなってんの分かりますかね ?黒川の洗浄地です。あ、川がいっぱい 流れてるんですよね。確かに小川が いっぱい流れています。この洗浄地を奥場 にね、こう川がわーってこう流れていって いるのでここを通ってるとどんどん皮に 出くわす。ほら、ここ川があるし、ただ この洗浄地には目の洗い砂とか歴が溜まる ので復流水もいっぱいあるんですね。復流 水要はあのそのや砂の下を通って不等水槽 の上を流れる、え、複流水がいっぱいあっ て、この副流水が先端ですね。洗浄時の端 っこでいっぱい出てくるということなので 、その先端を見に行きます。そこに朝日の 工場がありますね。迷水の町ニ前だって。 え、水がね、こう、ここいっぱい副流水が あるんで水がね、美味しいんでしょう。え 、では黒べ川を渡ります。これがあの 黒べ川の本流ですね。古い古い地質の中を 通ってきて、ま、古い岩をいっぱい運んで きてると思いますが、これが黒川ですね。 迷水の里黒だって。え、では黒川を渡り まして、黒部インターで降ります。この目 の前は北陸新幹線かな?新幹線の放が見え ますね。で、こっから先ほど見えた黒川の 副流水ですね。流水が沸け出ている流水を 見に行きます。これが海沿いで出てるのが また不思議なもんなんですよね。海の キワキワまでが洗浄地になってるって、ま 、ちょっと珍しいですよね。ほら、洗浄地 が海岸を作ってるというね、かなり山が海 に迫ってるということですね。え、では黒 市街の方に向かいます。館山黒部ジオ パークで高定差4000mロマンと書いて あるんですが、富士山でね、3800m ぐらいなのになんで4000mもあるのか というと、富山マはすごく深いんですよ。 ま、ここからあのズドンとね、富山まで 深くなってるんですが、富山マンもあれか な、なんかポッサマグナの続きというかね 、もうこの辺りすごいんですよ。だから いろんな力を受けていて、富山は めちゃくちゃ深くなっていて、ノト半島は ね、流気しているというすごいですよね。 この辺りはすごい力を受けてへこんだり 盛り上がったりしてるわけですが、え、 これから富山湾沿に出ていきます。ここも だから本当は富山湾に向かって深くなって いってるところだと思うんですが、黒川が 運んできた土砂がツもってこう陸地になっ てるんですね。で、その陸地の端っこで水 が出てくると。おお。で、これが黒部川の 作った広大な洗浄地です。分かりますかね ?これ下っていってるんです、じわじわと 。 じゃ、じわじわと洗浄時を下っていきます 。この右の田ぼ見れば分かるかな?これ ちょっとずつね、下がってきてるんですよ 。ほら、1段ずつ下がってるでしょ?え、 洗浄地です。こちらもね、だんだんになっ ています。この洗浄地で下っていってい ます。洗浄地の端っこにはね、これでかい 工場があるんですけど、YKKの工場だね 。窓ガラスとか作ってるんですよ。へえ。 あ、YKK黒工場とか書いてありますね。 え、で、ここには宝石の水と書いてあり ますが、ま、2200年のロマンが同こで 書いてありましたが、ということは 2200年前に降った水がここら辺出て くるんですかね。ということで、この辺り は有水がいっぱいあるんです。洗浄地の下 をくぐり抜けてきた副流水が出てきます。 で、黒ベダムの方のね、山がよく見えます ね。この辺りでいっぱい有水があるという ことなんで、ちょっと有水を1個見てみ ましょう。この古い道沿いに有水がある らしいです。あ、これかな?あ、多分これ ですね。このキヌの子というやつですね。 ちょっとここに止めさせてもらおう。え、 ということでここ図と書いてあるんです けど、富山の名水と書いてあってね、ここ はその副流水が出てくるんですよね。 黒ベ川の副流水が出てくるんですが、え、 昔はここに湖があったのかな?腰の湖と いう湖があったと書いてありますが、枯2 年1327年の5月に、え、黒部川と片側 の大洪水のために埋没してしまいましたと 書いてあります。この辺りはね、だから 黒川の氾乱によってどんどん土砂が流れて きて、どんどんこう埋没というかね、 ツモっていってるんですね。で、この下を この副流水が流れていて副流水が出てき てるんですね。この辺りもね、井戸が いっぱいあるというか、清水っていっぱい 書いてあるんですけど、この辺でいっぱい 水が湧いてくるんですね。で、その脇水が ね、この ここで出てきてるということですね。ここ でスイカ冷やしてる人がいる。これがあの 黒川の副流水です。 どれどれ冷たいのかな?めっちゃ冷たいですよ。これいいね。これ道がすぐそこでね、こんな風に水が湧いてきます。めっちゃ冷たい。で、この水が向こうに流していっ てありますけどね。ちなみにここに飛があるんで水を飲んでもよしということでしょう。どれどれかな?めっちゃ美味しいですよ。これ水でしょうね。そんなにうん。ミネラルは感じないですけど。 あ、美味しいです。へえ。これなんか なかなか面白いことがここに書いてあるん ですけど、えっとこの道路から海側は現在 も清水は出ませんと書いてある。この街並 の地下を流れている副流水が再び沸き出る のは波内側や海底の斜面ですって書いて ある。へえ。じゃあま、ここで水は出て くるんですけど、もうここを通り抜けると 今度はもっとこう深くね、なっていって 海底で出てくるんですね。へえ。あ、で あともう1個気になるのがあってね。ま、 今ここにいるんですけど、え、富山湾が 1番美しく見える街って書いてて、これ何 なんだろう?ちょっと行ってみましょうか 。ここなんかね、あの、育児海岸っていう のがあるらしいんですよ。ちょっとなんで その育児海岸に行ってみましょうね。どう なんでしょうね。ま、夕日が綺麗らしい ですけどね。こっから先、ここがなんか 富山が一番美しく見えるらしい。へえ。あ 、なんかすごいですね。あっちにノ半島が 見えますよ。どうなんでしょうね。ま、 場所がここを通ったかどうかちょっと わかんないんですけど。おお、ここいいね 。 ちょっとどっか適当に止めて見てみ ましょうか。ほらほら、ここに書いてあり ますよ。 富山湾が1番美しく見える町。陸児って 書いてある。へえ。ちょっと見てみ ましょうか。ということで、えっと、富山 湾が1番美しく見える町育児らしいですが 、ま、ここを超えるとね、その富山湾が 見えるというわけです。確かにね、いい 景色ですよ。ま、この左手にその黒川の 原流のね、方が見えて、お、海が確かに 富山湾が綺麗に見えますね。え、富山湾は かなり深くなっています。で、えっと、 ここはあの洗浄地の端っこなんですけど、 黒ベ川が作った洗浄地の端っこです。で、 黒川がね、氾濫するたびにここに土砂が どっさりどっさりツモってくるということ で、ま、この向こうにね、あの、舞林だっ たかな?あの黒部川が運んできた土砂に よって埋ってしまった林があります。それ をちょっと見に行きましょうか。そちらが ね、あの博物館があるんですよ。ちょっと な、この富山湾沿いのね、え、地形を ちょっと見ていきましょう。うん。ここに も書いてある富山湾が1番美しく見える町 育児。今いるのがここでこっから富山、え 、そして新と日の野と見えると書いてあり ますね。おお、ノトハ島が見える、見える 。おほ、いい景色ですね。 ふーん。 え、では富山湾が1番美しく見えるらしい 育児でした。ま、確かにここいい景色です ね。では、こっから黒部川が埋めた林です ね。舞骨林を見に行きます。ま、ちなみに ここの橋はなんかね、回転して船が通れる ようになる回転鏡らしいですよ。ここだ から一応あの踏切りがあるんですね。 でもま、今はもう稼働してなさそうです けどね。陸中橋かな。うー。ではこっから 舞骨林の博物館を見に行きます。 大丈夫なんかな?これ松尾場所と関係ない けどね。ま、行きたいからしょうがない ですよ。で、ちなみにこの道沿いね、この 道沿いがギリギリその有水が出るところと いうことだったので、この道沿いにはね、 有水がここにもありますね。攻防の図とか 書いてありますけど、そうそう。いっぱい 水が湧いてるんですよ。面白いとこですよ ね。ここも。うん。なんかいっぱい書いて ありますね。黒ベ川のね、副流水が いっぱい出てくる場所ということです。 ここにも神殿の小図って書いて水が湧いて ますね。え、では富山沿いを走ていきます 。今日はね、暑いですね。え、ただいまの 今32°です。では、片側ですね。え、 これも黒毛、黒毛川じゃない。え、これも 黒川の子流ですかね。お、綺麗だな。ええ 、ということで、川を渡りました。こんな 風にいっぱいね、川があるわけですよ。 富山湾はあの新郎が年に何十日かしか見 られないらしいですけど、新郎は今日は 見えないでしょうね。富山がね、深さが 1000m近くあるんじゃないかな。 1000m以上あるかもしれないですけど 、すごい深いんですよ。で、その感段差 でしょうね。多分海の水はね、ま、相当 この深さがあるんで、冷たい時期に気温が 上がると新規が出るんでしたかね。確か 今日はもうね、夏真っさかりなんでも暑く なっていてもあんまり出ないでしょう。え 、で、これが有海と呼ばれてるのかな?ま 、この有海というのも歌枕になっていて、 松尾場所がね、これは三で行って来た場所 です。ね、有海の歌の日が、え、富山市の 方にあるので、ちょっと後で見に行きます が、ま、その前にちょっと舞林を見 ましょう。え、では舞林博物館に行きます ね。ここ左です。前林博物館駐車場出 たがる。え、ではこちらが舞林博物館の 駐車場です。へえ。バイクはどこに止め たらいいのかなっちゅうのはあんまり書い てないですけど。はい。前没り博物館です 。え、ということでここにバイク止めまし たが、あちらがそのマイボスリンのね、え 、博物館です。ちょ、見に行ってみ ましょう。え、で、ここに魚津、その得意 な地形が生み出す水との強制と書いてあり ますが、先ほど言ったね、その副流水の話 が書いてあります。え、だ、館山連邦です ね。が高さが1番高いところが2415 標高があって、そこから奥行き25kmに わって、この漂流水と言って普通に川とし て流れてる水もあるんですが、ここは洗浄 地なので下に染みていっちゃうんですね。 で、染みてこの不動水槽の上を副流水とし て流れて先ほどの先端で奥義の端と書いて 先端ね。で、有水として出てきたり海底 からも出てきたりするということなんです ね。で、あとここに書いてありますけど、 ローズ市は開発0mから標高2400m 以上の山岳地帯までが奥行きわずか 25kmに収まる大変吸収な地形から 成り立っています。この地形は懐中まで 続き1000mにまで足しますと書いて あります。富山はね、あの1000mある んですよ。だ、工程差がさっき4000m と書いてありましたけど、まあ3400m ね。ま、この地形の中をいろんな川と 複流水が流れていっているとそういうこと になってるんですね。それがこの富山湾の 、え、沿岸部の地形になっています。え、 ではチケット買いましたんでね、ここにも なんかいっぱいね、地質の成り立ちの話が いっぱいしてありますよ。お、これ面白い ですね。2億4000万年前日本レッドは 大陸の衝突、北中国地と南中国地が衝突し たんだ。それは知らなかったな。この辺り かなり古いね、えっと、変とか編成ガとか がね、いっぱいあるんですね。時代がほら 2億年前とかです。色ないと化した加工癌 だって2億6000万年前で変魔決晶変ま こんが編成ガですねガとかがいっぱいある と2億年前とか3億年前とかなんです。で 、この舞骨リはどうやってできたかと言う と氷河器ですね最終表記に海水面が低かっ た頃の林しが最終表記が終わって海面が 上昇しつつある頃にできたものと書いて あります。で、ここに日本列島の誕生って 書いてあるんですけど、ま、大体 3000万年前、2000万年前から日本 レッドがね、大陸から離れ始めて、ま、 1500万年前が1番ね、活発な時期だっ たんですが、この時に、え、西日本がこう ね、で、東日本がこう動いたので、ここで こうパキッて割れてるんですよ。割れてる ところあたりがこの富山湾なんですね。 あれ、この割れてるここがホサマなんです けど、この動きによってこの富山がやっぱ 深くなったのかな。ちょうどね、その位置 ですからね。で、その頃の岩石がここに 展示してあります。1500万年前の安算 で、最後400万年前ぐらいに北アルプス が流機したと書いてある。400万年前 から流し始めたんですね。ま、ほぼ日本 レッドの形はできてる頃ですね。ま、それ であの外に出るんですね。一旦外に出るん ですけど。あ、で、ここで3000年前頃 の埋没リが見つかりました。ここに舞没が 埋まっていますと。この下に埋まってるん だ。へえ。で、展示はね、水中に展示して あるのがあるらしいですよ、これ。あれか な?やっぱ空気に触れると劣化するから ですかね。水中展示だって。あ、ちなみに お金払ってますからね。有料エリア入って 大丈夫です。 そうすね。だから出動したままの状態で 保存してあると書いてある。2000年前 の巨木だって。これすご。おほ。 へえ。 で、この木自体はその最終表記が終わる前 ね。だ、最終表記だが氷河器の頃の海水面 が低かった時にここが陸地だった時のね、 その時に生えていた木が海水面が上がって 水の中に埋まったんですね。地下から 見れるんだ。地下に降りてみようで。これ 地下に降りてきたんですけど。すご。へえ 。水中から見るとこうなんだっていうのが 見えますね。で、ここあの水中にこうやっ て根こが保存してあるんですけど、この 水槽には地下120mからポンプアップさ れた側の流水を流し込み、常に水が 入れ替わるようになっています。また水槽 は底されていないため自然の有水もあり ます。だって時々上がる気はその有水の ものだって。さっきね、ボポっと上がった んですけど ほらほらほらボコって上がってる。これが 有水によるものなんだって。へえ。で、 ここなぜ腐らなかったのかと言うと、この 魚津没林は海岸に埋まっていますが、地上 の海水の浸透はほとんどなく、逆に海底 から、ま、水が湧くほど、これが先ほどの 副流水ですね、複流水が出てくるので地下 水が豊富でこれによって、え、木材を腐食 する成分を含む、え、海水からのあ、 埋没林が守られたと考えられていますと。 なるほどね。その副流水によって、ま、水 が保たれて腐らなかったんですね。いや、 これなかなかすごいですね。へえ。前りの こう根っこなんですね。根っこだけが残っ ていていっぱいなんかね、ポコポコ 技法が上がってきてるんですけど、これが 有水なんですね。へえ。これによって真、 水が保たれていたんですね。で、隣では 乾燥状態でこの展示してありますね。へえ 。 で、ここに色汗の看板があるんですけど、 ま、なぜここの埋没輪がね、呪痕が根を 張った状態のまま今の海水面よりも低い 位置からなぜ発見されたのか。断層活動に よる没と自盤の陳口、あとは、ま、気候 変動による海面の上昇、ま、いろんな説が あるらしいですが、なんかどっちもあるん じゃないの?ま、でも1番これでしょう けどね。気候変動で今回水面が相当上がっ たんで。あ、でもこれ2000年前か。 2000年前からのなんでこれが埋まっ てるのか、ま、いろんな説があるようです 。で、ま、こういう施設ができる前はね、 こういう風に、ま、魚津マボりと確かに 看板は出てるんですが、何もないんですよ 。ま、ここに埋まってるんですね。この なんか舞没りん君がなんかニコニコし ながらここに埋まってますと言ってますが 、何も見えないんすよ。ここに、ここにも ね、だから根こがあるんですよね。という 、ま、なんか今ね、こう歩いてると何も わかんないですけど、いっぱいここにも 埋まってるらしいですよ。で、最後のその ド務感というね、ドーム場の建物の中に ここにもあの、舞林の根こが保存してある んですけど、あ、ここにちゃんと綺麗に 書いてありましたね。いいですね。この話 が書いてあるんですけど、マボツりを覆う 地層、え、大きく3つに分けられますと 書いてあって、この河川が運んできた砂や 歴の層ですね。これ洗浄地の体積物。あと は湿地で体積した地層、泥炭素や単質物を 含む砂層、それから海辺で体積した砂、歴 の差と書いてありますが、土台にこのあれ なんですね、ここに洗浄地の層があって、 その後に砂の層が溜まってる。だからここ の海辺にあったってことかな。で、これ 根っこがあったのがこの辺らしいです。で 、あと泥炭層辺がえっと湿地体だった頃か な。これあれですかね。だから海水面の 上昇。氷河器が終わってあったかい時に砂 が溜まって氷河器は海水面が下がって泥が 溜まってあったかい時期は海辺になって砂 が溜まってってのをこう繰り返してるん ですかね。最初はこの断層説だったけど この衡したのか海面の上昇なのかという説 がま、3つあると書いてあります。そう ですね。海水面がこの縄文回心にドーって 上がってちょっと低い頃にできたんですね 。ちなみにここに石が展示してあるんです けど、こヘマガンとヘマガンね、かなり 古いんですよ。これが3億年前とか2億年 前とかの石。この辺がいっぱいあったりと か。そうですね。戦力癌はこれは地下深く でマグマが固まった岩です。 え、色々あるんですね。これ面白いですね 。これその発掘された場所をそのままで 置いてあるらしいんですけど、このドム感 のこの地下となった場所は現在の買低いっ て書いてありますね。 舞没林りが正育していた自盤が過去 2000 年以内にやっぱり海面下に越したことを物語っていますと。なるほどね。今の海水より低いとこなんですね。これいいね。富山の模計がありますが富山はこうやって深くなってるんですね。 ドアが開きます。 うん。3 階にね、展望台があるんで見てみよう。あ、 3 階ってか屋上か。へえ。これ富山湾が見えるらしいですよ。こんな暑い日に新郎も見えないのに登る物好きはあんまいないんでしょうけど。 富山湾がよく見えるし、 この後ろにはね、え、館山連邦が見えます 。博物館の中にケーキがこの喫茶店博物館 の外から見ていても目立つんですけど、 顕売所の横になぜか喫茶店があって、なん かめちゃ美味しそうです。プリンの上に フルーツ入りのゼリーが入ったのが美味し そうなので、そちらを食べることにしまし た。これね、750円。コーヒーが ちょっとね、高いですけどね。舞没り みたいで可愛いですね。特に上の透明な ところが副流水に使った舞没みたいで 可愛いですね。下のプリンは洗浄地の され草にしてはちょっと滑らかすぎます けど、暑い日には最高でした。これ めっちゃ美味しい。桃がめっちゃ美味しい です。ちなみにここのお店も氷がいいです よ。 いいね。え、ということで魚津の、え、 舞林博物館でした。松尾場所はね、ここに まさか2000年前の木が埋まっていると は死りもせずにここ通りすぎていったわけ ですが、実はね、ここに2000年前の木 が埋まっていたというね。では、こっから 富山湾沿を進んでいって有添海の歌を呼ん だところに行きます。それがあの新って いうのかな?な、何て読むのかな? ちょっとわかんないですけど。新港ですか ね。え、では富山湾沿いの道ですかね。 新郎ロードードっていうのを通っていき ます。ああ、いいですね。富山湾がよく 見えます。 いや、でもこれすごい雲ですね。ニュー動 雲がすごいですけど、あれは雨降るんじゃ ないか。え、ではまたこれ川を渡りますが 、早川という川です。この辺本当川が多い ですね。あの竹山連邦から流れてくる川が いっぱいあります。ええ、ではここから ナメリカ市に入ります。イカイイカ君がい ましたが小樽イカかな。で、右手には富山 マンが見えますが、あそこに松林があり ますね。ま、場所はね、あそこを通ったの か、この内陸の方を通ったのか。ただ、 あの、次の歌を読んだところは新港という ところらしいので、ま、そこで読んだと 書いてあるので、おそらくね、ま、海の 近くは間違いなく通っていたと思います。 え、このバスめっちゃ立派ですね。ええ、 なんか書いてあるけど。ああ、ま、こう 多分街道なのかな?旧街道なのかわかん ないですけど。めっちゃ立派な松の木が 生えてるし。この辺も松林がね、立派です ね。こっから先は基本的にはちょっと基本 的には高速使わずにね、え、一般道で行き ます。ま、この右手は松原と言われてる らしいですね。え、それで富山市に入って ね、え、富山港かもうすぐ富山港ですね。 ここを右に行くと富山港らしいですが、 この左は何でしょうね。なんか路面電車と なんか電車がずっとありますけど。え、で はこの右新港方面に進んでいきます。え、 では神川を渡ります。人数は何でしたっけ ?痛い病でしたっけ?こ富山市が見えます 。富山市の市街市地かな?ああ、これ 夕立ちですね。やめてくれ。ま、でもこん だけね、雲が沸き立ってたらそれは降り ますよね。では、えっと、イ水市に入り ます。で、え、その松尾場所の下場もう すぐですね。どうやらね、この右手に 越っち浜大来っていうのがあるんで、 そちらを多分通ってたんでしょうね。この 右手に、え、旧街道があります。砂浜の上 なのかな?の上を通る道があるみたいです 。あっち通るとね、あの近所迷惑なので こちらを通りますが、この左は何でしょう ね。なんかずっと自動、ま、自転車道が あるんですけど、これなんか配線ですね。 なんかの配線後ですね。え、ではここで右 に行って新港方面に向かいます。え、 何これ?すごい、すごい橋があります、 これ。え、新港大橋。へえ。ではこの橋を 超えていきます。おお、喉半島がよく 見える。あちらに見えるのがノハントです ね。おお、これはすごくないか?これを 超えていた先に、え、があるはずなんです が、なんかあんまり松尾場所の通ったとこ では絶対ないよな、これ。ま、いいね。 これめちゃめちゃ高さがあるからがよく 見えるしね。ええ、ということで新港大橋 でした。大体この辺りで読んだ果という ことでね、随分ここはりしちゃいましたね 、多分。ぐるぐるループ橋を降りて昔のね 、海岸に降りていきます。へえ、これは 立派な橋ですね。ということで新大橋を 渡ってきました。なんかあそこには市場が ありますね。キと市場。キット市場だって なんだろう。きっときとって。で、この橋 を超えた先にこの辺りがまあ多分昔の海岸 線だったのかな。ここにね、なんか松原が ありますが、なんかこの右は梅立て地 っぽいですよね。おそらくここが海岸線 でしょう。昔のこっちは埋めた地多分ね、 ここがその昔のああ、なんか埋められてる 。ああ、これ行けないな。多分ですね。 この上なんですが。いやあ、これね、いや 、Googleップはね、ここを上が れっていう風に案内をしてきたんですけど 、ここ通っちゃダめですからね。ま、 明らかに通っちゃダめなんですが、ここに あの歩行車自転車専用と書いてあるので、 ま、ここはバイクじゃちょっと登れないの で、ちょっと歩いて上がっていきます。ま 、この坂道を上がった先にどうやら松尾 場所のがあるらしいので、ちょっとを見に 行きますね。で、この坂を上がってきたん ですけど、ま、やっぱりそうですね、ここ 多分昔の海岸線なんだと思いますが、ここ にね、防波堤みたいなのもありますし、 その海岸沿いのところにここかな、多分 この辺りですね。この辺りで、え、松尾 場所の歌が読まれた場所だということで釘 があるらしいです。どれかな?このお寺の 中ですかね?お寺がある。で、こちらに 看板がありましたが、早の屋分ける右は 有り添という区がここで読まれたという ことです。真後ろで植の選定をしてるので ちょっとベラベラ喋れませんでしたけど横 にはちゃんと釘があります。いや、ここ なんかめちゃめちゃ立派な神社があるん ですけど読み方が分からん。これ何? 北上八万 って読むのかな?ちょっと分かんないです けど。オ友のね、や餅がなんかいっぱい ここの歌を読んでるんですね。あの、万葉 州にいっぱい出てくるということで、この 新とゆかりの、え、万業家っていうのが いっぱいあります。だから、あの、ここは 本当に歌枕として有名な場所だったんです ね。若の題材としてかなりいっぱい出て くるんですが、ま、これ下誰が呼んだか見 てみるとほとんどがね、大友のや持ちなん ですよ。ま、でもここでいっぱいその新と ゆかりのね、歌がいっぱいあるということ ですね。で、松尾場所もここに来たかった ということです。ここはあの図ハマ宮と いうらしいですね。ま、ということで、ま 、こちらがね、あの、富山湾があって、 富山湾のちょうどここの新港のこの辺りが 海岸だったんですが、ま、この辺りで いっぱいその大友のや持が若を読んでいて 、松場所も、ま、その歌枕の場所としてね 、来たかったということですね。じゃあ、 ここからは、え、金沢の方に向かって進ん でいきます。で、金沢に行くにあたって ですね、ちょっと峠があるんですよ。栗ラ 峠という峠があるので、その栗から峠を 超えていきます。ということで、ま、ここ で一応松尾場所が歌を読んだであろうと いうところでした。ちょっとね、あの、 上木の先定中であんまりあの、わあわ言え なかったんで、ま、基本的にちょっと アフレコで入れるしかないんですけど。え 、ではこっから富山からね、ちょっと離れ て今から金沢の方に山を抜けていきます。 で、これから向かう栗ラ峠というのは体石 癌の丘ですね。ま、大体これは日本海の 拡大時期以降の体積癌です。大体 1500万年前以降に砂や泥がツモってき た体積癌の丘を超えていきます。ちなみに これは一旦ね、ちょっと北の方に向かって ますがノ半島が見えます。ノ半島ね、 あちらは流気をしていて、こちらの富山湾 はすごいね、あの乾くなってるんですね。 ま、ノト半島は最近流気していて、富山は 相当昔に深くなったのかな。おそらくね、 その日本海の拡大に伴って深くなったん でしょう。で、おそらくこの左がね、越中 浜オ来と書いてあるんで、その辺りが昔の 街道ですね。で、これは生姜という川なん ですね。この川もかなりでかいですけど。 え、では生姜を超えていきます。いいです ね。のどかな光景ですよ。で、この右手が 富山湾です。え、ここ左に行って日高岡 方面です。では高岡市に入ります。高岡市 といえば藤子藤男かな。藤子藤男のAかF かどっちがどうだったか忘れましたけど君 とね高岡の出身なんですよね。なので ドラえもんの故郷はこの辺ということです ね。ま、ドラえもんのことはさておき、え 、こっから松尾場所が超えたね、え、峠、 栗から峠を超えていきます。で、今日は 金沢に泊まります。え、では親側を渡り ます。これもまたすごいなんか工業地帯 ですね。富山といえば薬売りのイメージ ですが。あ、村田制作所とかあるんだ。 ええ、東亜合成ってあのアロンアルファの ね、 意外となんかそうなんだ、薬だけじゃない んですね。へえ。でもなんかここも本当に 旧街道っぽい道ですね。昔ひょっとしたら 本当に場所をここを通ったかもしれない道 ですよ。で、先ほどあの富山ね、工場が いっぱいありましたけど富山といえば薬 ですが、一緒にね、高岡北インターから、 え、自動車専用道路かな区間を走っていき ます。戸平屋ですね、この辺りはね。この 先福岡パーキングエリアがあんです。てか 福岡インターがあるんですけどね。ま、 富山に福岡があるというのは有名な話です よね。え、ということで、あの5km先の ね、福岡インターでおります。 インターンチの名前インターね、かぶっ てるけどいいんですかね?このÔ平夜はね 、三ソが広がってるはずなんですが、あ、 でも三尊が広がってますね。あの、田んぼ の真ん中に家がポツポツとあるという三尊 が広がっているのがこの津波です。この 辺りすごいあのペイン減現象で強い風が 吹くるんで家事が起こった時に広がらない ようにするためとあとはね一気とか起こさ れないようにねこうやって家が密集しない ようにバラバラと の中にね家が散らばっています。え、でも ね、極めて稀れだと思うんですけど、福岡 インターで福岡ナンバーのね、車が降りて いくという非常に貴重なシですよ。え、 本当に福岡インターがこんなとこにあるん ですね。え、ということで福岡インターで 降りまして、ここから栗から峠に向かい ます。これね、わざと降りてるわけじゃ なくて、本当にこれが最短のルートなん ですよ。では、ここから金沢方面にですね 、え、山を越えていきます。え、では福岡 インター降ります。で、ここからこの正面 の山を超えて金沢方面に進んでいきます。 ま、今はね、あの、便利な太い国道がある んですが、今回はね、あの、山越ですね、 昔の峠道中をちょっと通ってこの山を超え て行ってみたいと思います。え、ではこの 、Ô平夜を進んでいって、この右手かな? この右手の山を超えていくことになると 思います。この栗から古線場っていうのが あるんですね。ここはなんか限定河線が あったのかな?ちょっとよくわかんない ですけど。ちょっと歴史はよくわかんない んですけど、どうやらなんか滑戦の場所が あったみたいです。ということでね、こっ からがその峠道になるんですが、なかなか の道っぽいんですよね、こっからは。だ、 ここ左で栗から湖線場ですね。 すごい量の墓です。で、この栗峠を松尾 場所も超えて行ったと。で、で、これは 原兵ラインっていう道なんだ。道に原兵 ラインという名前がついています。ま、 バイクなら多分普通に行ける道だと思い ますよ。ではこっからちょっと山登って いきます。あ、ま、路面はね、一応あの 舗装してあるんで大丈夫ですけど、本来は ね、このバイクであんまり来る場所じゃ ないかもしれないですね。ここにあの何、 トミの席っていうのがあるらしいんですよ 。あ、あれかな?ここにトミの席跡という のがあるので、ちょっと見てみましょう。 じゃ、止めますね。え、ということで、 こちらがその隣波の席跡なんですがかっこ いいですね。RS660。ああ、かっこ いいですね。ま、それはさて、大きいです ね。ここがあの国境なんですね。ここが 国境になっていて席があったと。で、 えっと我が国最古の歌衆万容州の代表的 家賃である大友のや持は、え、転票18年 7月より転票商方何これ?3年?ちょっと よくわかんないですけど、え、越中の国の 、え、告種として代任したと書いてあり ます。だからあの大友のや持がね、この辺 の歌をアホ読んでるのはこちらの国士とし て出向いていたからなんですね。なるほど 。で、ま、ここにその満葉公園ということ で、その大友のや持にあってというか なんてか公園がありますけど、で、ここに トナミの席という石書があったんですね。 え、場所はここを超えたということですね 。で、ま、そこが、そこがその道なんです が、ここに説明書きがあります。え、隣の 関跡、え、トのは奈良時代に関東の北陸 道沿に設けられた石書で、越中の国と賀の 国か、現在の富山県と石川県の国境となっ た、え、Ô山付近に置かれていたと推定さ れています。根塚と、えっと、あとアチの 席ですかと共にコの3元の1つにも数え られていますと書いてあります。ま、ここ ね、今はもう何もないんですけど、ここに 石書があったということですね。あ、Ô 部屋が見えますよ。あ、ここめっちゃ長身 いいんじゃないですか。ほら。ちょっと 見えるかな?多分白飛びしてるんでしょう けど。見えますかね?Ô部屋がよく見え ます。結構いい長めですよ、ここ。へえ。 こういう感じなんですね。で、その下に これがその道です。これ白飛びしてね、 あの景色が多分飛んじゃうんでしょうけど 、ちょっと暗くするか。こんな感じですね 。道が下にあって隣部屋が見えますと。 おお、いいね。お、結構長めいいですよ。 で、ま、そこにあの石書のね、あの一応門 があるんですけど、ここに落ちてる岩、 ほらドーンと落ちてるんですけど、これ 体積なんですよ。これはあの比較的新しい です。え、ま、1500万年前とかその 日本レッドの拡大時期ですね。日本レッド の拡大時期に、え、ツモったとかが落ちて います。体積癌がいっぱいですよ。多分 これもですよ。これも体積癌。ツモった層 の跡が見えますかね?こう横方向にね、 こういう層が見えると思いますが。体積癌 です。ここからこの栗から峠は基本的には この体積癌です。見手の通り体石癌です からね。体積癌がいっぱいあります。で、 大友のや持ちの下皮がここにあるんですね 。焼き立ちをの席に明日よりは森辺 やり添え君と同面 越中の神オ大友のや持ちと書いてあります 。これはこれはどうなんだ?これはね、 体積感ではなさそうですね。あ、どう だろう?ちょっとわかんないですけど。 体積癌じゃないように見える。これは多分 安算ガですかね。なんかそんな感じがして ます。すごいコケムしてますね。え、と いうことでこちらがね、その戸の石跡でし た。ではここから、え、繰り峠を超えて いきます。これ行けんのかな?バイクで ちょっとあのやばそうだったらもうやめ ますけど。え、ではクリを超えていきます 。このね、あの途中に松尾場所のがある らしいので、ちょっとを見ていきたいと 思います。ま、こんなとこね、誰も通る人 いないんですよ。本当に誰1人通ってない ですからね。ここに石碑が1個ありました ね。松尾場所の石碑が1個立っていたので 、ちょっとちょっと止まって見てみ ましょうか。赤と火はなくも秋の風という 歌を残してるんですね。ここね、あの奥の 細道の本部に書いてあるんですけど、この 右野の花山栗からダを超えて、この栗から ダニっていうのがここのことですね。で、 金沢に至ったと書いてるんですが、ま、 ここにでも場所の区が書いてありますね。 赤と日はれなくも秋の風と書いてあります 。うん。まだ太陽はね、すごいこう厳しい けれども秋の風が吹いてきたねという、ま 、ちょうどなんか今の時期にはいいかも しれないですね。峠のところにね、がある はずなので、ちょっと 峠のの方に登っていきましょうか。まさか ここにも釘があるとちょっと思わなかった ですが。え、で、この辺かな?どこかな? え、ここにちょっと駐車場があるんで、 ちょっと駐車場に止めてね、あんまり砂利 のとこに止めたくないな。え、栗から峠と 書いてありますが、ああ、ここなんかあれ かな?あ、和塚ってありますね。ちょっと ここに止めよう。ロ肩に止めさせてもらっ てね。え、ということでかっこいいですね 。RS660。ま、それはともかくですね 。この左手にあるのがこれが馬図と書いて あります。ここはまた違う区が書いてあり ますね。え、吉中の根の山か月かしと書い てあります。え、聖杯松尾場所が、はる奥 の細道を弟子の空と共にこの地を通ったの は原力2年7月15日の朝でした。朝に 通ったんですよね。え、この区は場所が 朝日将軍と歌われた基礎の吉中の祭路を 涙して4んだ区で、え、で、ま、なんか この石碑を混流したとなんかそんなことが 書いてありますが、ま、ここがその原兵河 の戦場になったのかな?この栗ラ峠がね。 これがすごい薄れていますが、えー、吉中 のネザメの山か月しと掘ってあるんですね 。これもんだろう。これもなんかこれ体積 癌かな?いやいや、これ多分なんか火山 ですね。え、ということで場所塚でした。 え、ではここから、あ、ここになんか栗 からの戦いと書いてありますね。え、シノ の国の基礎山3山中で兵を上げた基礎吉中 は10馬の兵を率きいて京都から下った、 え、平のな、何て読むかわからんけど、ま 、平気の軍と栗から峠で対戦したと書いて あります。え、で、基礎吉永が角に松明を くり付けた牛の群れを戦闘にこの山道を 駆け抜け平気10万の大軍を破った。これ が原兵の戦いになかい、え、過牛の経を 作した古戦場である。そうなんだ。角に こんな。ええ。え、ということで基礎吉中 は、ま、ここで要はこの牛を使ってね、 勝利したわけですね。という、ま、なん から峠のね、決戦の場所だということで、 ではこの原兵河線の行われた峠を超えてね 、あ、なんだこれ?なんか展望台があり ますよ。というか展望台となんか説明書き がありますね。あ、ま、要は、えっと、 先ほどのその基礎吉中は、え、現事側か 原事側ということですね。基礎吉中はの 吉中って書いてある。え、ということで ここに展望台があってですね、かっこいい ですね。レス660で、それはさておき、 ここに説明書きがあって、ま、先ほど見た 通りですけどね、あの平安時代の末期の 話英2年かな、1183年か平形妥当の ために拒兵した基礎吉中は都から進行して きた平のこれ何て読むのか分からんわ。え 、ま、平気の軍勢と越中の国、香賀の国の 国境にある にて激突すると、それがここなんですね。 栗辛峠です。5月11日の夜半吉中は舞台 を7手に分け、兵気軍に野をかける。吉中 軍は時の声をあげホを吹き対抗を 打ち鳴らして兵器に一斉突撃。この時吉中 は角に松明をつけた4500刀の牛を平気 軍に向かわせ平気の兵が大混乱に陥ったと 原兵機に伝えられてると書いてあります。 それがこの、え、どこなんだ?栗峠が、 えー、ここか。あ、原軍がこう囲んだん ですね。原軍が周りを囲んで平気の本人が この中にあったんだ。山の中にあって、 これを牛を使って攻め込んだということ ですね。ま、ちょうど場所の日があった あの辺りが平気の本人だったらしいです。 ここに展望台があるので、ちょっと展望台 に登ってみましょうか。こうそういうね、 古線場で松尾場所も通ったところでって いうので、ま、それだけここがあの基本的 にはね、ここがあの1番近道だったん でしょう。香川の国と越中の国のね。え、 で、Ô部屋が見えますか? ヤが見えます。なんかちなみにあちらの方 すごい雲なんですけど分かりますかね? すごい雲なんですが、あの雲の下でなんか 今すごいことになってるらしいですね。 洗浄こ水体ができてると出ていましたが こっちは何にも降ってないんですよね。 最近こういうのが多いですよね。え、と いうことで栗から峠でした。ここからね、 あの峠を超えて、ちょうどもここが峠なの で、峠から超えていって、え、こちらの 左手ですね。この左手の方が、え、金沢 方面になりますので、金沢の方に抜けて いきます。え、ということで栗から峠でし た。え、ではここから金沢に降りていき ます。わあ、すごい眺め。では、ここから 金沢までは41分。では、金沢まであと 40分ほどね、降りていきますが、この辺 は体積がいっぱいです。こっから金沢方面 に進んでいきます。え、ということで金沢 の平屋に降りてきましたね。ていうか、 金沢は上にある町かな?大石癌から伸びて きた男の上にある町ですね。金沢城も多分 その上だと思います。え、今日は金沢駅の 近くのホテルに停まります。え、ではここ 左に行ってね、金沢市街に進んでいきます 。え、ということで、今金沢市街を通って いて、これなんだ?なんか偉らい立派な 建物がありますが、これは何だろう?金沢 。あ、金沢駅か、これ。ええ、ガラス張り のなんかめっちゃ立派な駅ですね。ええ、 ということで金沢駅前です。おお、立です ね、この金沢駅は。で、金沢駅がそこに あるんですが、今日止まるのはもう駅の 近くです。え、金沢の町は初めて通りまし たけど、木が多いですね。木が多くて なんかいい町です。えっとね、ここが今日 止まる宿なんですけど、ちょっとさすがに 今日これは入れないな。あの戻ってきたん ですが、ここですね、この金沢シティ ホテルが本日のお宿でございます。なんか ね、あんまり邪魔にならんところに止め たいんですが、この辺止めとくか。ちなみ に今日はこの金沢シティホテルに泊まっ てるんですが、ここはね、アルファ1系列 でしたね。だから、あのアルファ1に今回 2回止まってしまいましたけど、お部屋は こんな感じです。ここにね、なんと マッサージチェアがドーンと置いてあるん ですよ。じゃあちょっと権力園に行き ましょうね。権力園がね、この駅から ちょっと離れたところにあるんですね。ま 、男球体積物の上にあるわけなので、 ちょっとそちらに行ってみます。これなん だ?これは金沢城のなんか上壁かなんかが 残ってますね。この正面が金沢城かな。 この鍵型の道路もいいですね。で、 やっぱりの上にあるみたいで、ちょっと1 段高くなってますね。え、ではこれを まっすぐ行って、ま、この右手が6円とか ああ、高くなってますね。で、えっと、 なんか2輪の駐車場がね、無料のとこが あるらしいんで、ちょっとそこに止めます 。ここですね。ここで右だな。で、ここ ぐるンと上がってきたんですけど、2輪車 専用の駐車場があるらしいです。ここ バイク止められるらしいんですよ。誰もい ませんけどね。いいですね。無料です。で 、あそこにバイクを止めまして、こちらが 権力園です。いいですね。本日は無料解放 でした。やったね。ここにあの松尾場所の があるらしいのでちょっと見に行ってみ ます。え、ということで権力園なんですが ここに明らかに高台にあるんですよ。 向こうから伸びてきる段球の上にあるん ですね。かなり高いですよ。ここいいです ね。これ明らかに高台にあるんですが、ま 、やっぱりお城はこういう高台にあるん ですけど、ここはあの男球面ですね。男面 の上なんですけど、どっから水を導いてる んでしょうね。ここあの池がいっぱいある んですよ。男球のあの根元から水を引いて きてるんですかね。いや、この庭園は なかなかすごいんですけど、こうマとかね 、よく停してあるんですが、水がやっぱり 流れてきてるんですよね。ということは やっぱり引いてきて流してるんですね。水 が流れています。で、ま、これはね、どう やら最という川から水を取ってこう要水路 通して取ってきてるみたいなんですけど、 この川のね、え、根元の辺りにありました 。これですよ。赤と日は忘れなくも秋の風 のね、え、吹がここに立っています。これ はちなみにこれもやっぱりなんかね、火山 っぽいですね。安算でできた場所のです。 権の水はここの竜水というね、あのサイ から水を取ってきてこうやって流してき てるそうですが、このフレッシュな水が 流れてきてるんですね。庭園の中の水流れ てますからね。あ、それにしても権力園 って想像以上に広かった。こんな広いん ですね。で、このから取ったこの水がね、 ずっと流れていって、ちょっと微妙に工程 差があるので、この下にお城があるんです ね。この下に金沢城があるんですけど、 そちらに水を持っていって、なんかサイの 原理でお城まで水を送ってたらしいです けどね。全部こうやって水が流しちゃう、 流しちゃうからすごいんですよ。へえ。で 、あちらに霞ヶ池という1番大きな池が あるのかな。ええ、間近なんで。ちょ、 そろそろ出ないとね。で、これが1番 大きな池かな。この霞ヶ池という池です。 え、この霞ヶは店舗8年1837年に 掘り広げられた池ということは場所が来た 頃にはこの池はなかったってことですね。 ちなみにこの辺りの自盤はやっぱり体積癌 ですね。 砂屋泥の体積物が見えます。いや、でも ここは本当綺麗ですね。いろんな石が使っ てありますよ。多分編成ガもあるしね。ま 、でもあれかな、火山が多いかもしんない ですね。も、あちらの白山が確か火山です から、そっちの方の安算感とかも使ってる のかな。結構安算感が多い気がします。 それでは日が暮れてきたのでね、帰り ましょうか。も、この高台の景色とね、で 、ここに水があって池があるっていうの なかなかそう簡単には実現できないですよ ね。高台は普通水がないですから。ここ まで水を頑張って導いてきてると、ま、 ちゃんと様水がね、あるということですの で。で、これ様水がこう流れてきてるん ですけど、ここにね、水道の移行というの があるんですけど、え、円内を流れてきた 辰水がここから逆サイ本の原理で金沢 城二丸へ導かれた水道の移行である。ここ からああ金沢城がね、あちらにあるんです けど 、あっちに流していったんですね。あ、 これ時間だな。県内の皆様にお知らせい。 帰れと。 本日は 平するから出ていけと言ってますので出 ますね。え、ということで権力園を出てき ましたが、あちらがね、その金沢城なん です。だからのさらに下ですね。で、 ダちらにサイフンの原理で水を食ってたん ですね。ま、あっちの方がちょっと低い ですから珍しいですね。お城の方が低いん だ。庭園よりも。え、ということで剣園 でした。ギリギリでね、見学できて良かっ たですね。え、ではこの男球面から中席 平屋に降りていきます。ああ、外国人が 多いけどなんかやっぱ欧米の人が多いすね 。金沢は。え、でもね、ま、一気にお城 から降りてくるんですね。え、中席部屋に 降りてきまして、ホテルに戻ります。え、 で、どこかな?もうちょい先で右なんです けど。おわ、人多いな。この辺があの金沢 の中心市街地ですかね。人がめちゃめちゃ 多いです。片ちというところです。駅前 よりこっちの方が人多いかもね。で、 バイクはね、ここに止めてと言われたので 、ここに止めておきます。はい、到着です 。で、今日止まってるのがここなんですが 、この金沢シティホテルね。ここの角に 飲み屋があるみたいなんで、ちょっとそこ で晩御飯食べます。ここですね。どうかな ?1人で入れるかちょっと聞いてみ ましょう。で、無事お店に入れましたので 、まずはビールを頼みました。こちらは 豚しゃぶサラダ美味しい。そしてこちらは 串焼き。美味しい。あと金沢柚ずの クラフト中杯というのが気になったので 頼みました。これも美味しかったです。 揚げ餃子も美味しかったです。ということ で今回はここまで。さて、次回は金沢から いよいよ奥の細道の結びの地大垣まで進ん でいきます。途中でたくさんのお寺に 立ち寄っていきますが、やっぱり祈願が見 られたり、場所さんは岩石が大好きです。 そして和正尾さんは温泉も大好き。山中 温泉では熱々の温泉が湧いています。その 後も神社巡りは続きますが、やっぱり岩石 がいっぱい。和尚さん絶対岩石マニアです よね。それでは次回福井の神社格の岩石と 水と大垣きお楽しみに。おおお冷たい。お 近水ですね。これはね。
元禄2年、俳聖松尾芭蕉先生が歌枕を巡った「おくのほそ道」の旅。
和歌に詠まれる名所・歌枕は、地形や地質に特徴のある場所だらけ。なぜ歌の題材に選ばれたのか?地形の成り立ちをバイクで辿っていきます。
日本海側の一番の難所・親不知は険しい崖が続き、その先に広がる富山湾との高低差は約4,000mに達します。
この激しい高低差はなぜできたのか?⛰
日本海の成り立ち、真っ二つに分かれた日本列島の歴史をひもときながら
「おくのほそ道」のルートをバイクで辿っていきます。
参考:
「新版 おくのほそ道 現代語訳/曽良随行日記付き」角川ソフィア文庫
https://amzn.to/4mMow5m
地質図の出典:
産総研地質調査総合センター「20万分の1日本シームレス地質図 v2」
https://gbank.gsj.jp/seamless/v2/viewer/
26件のコメント
芭蕉師匠の道中も大変だったろうけど
ライダーさんも猛暑と時々雨と
現代の道行も大変だあー😩
ライダーさんお疲れ様でした、天気良くてよかったですね😊
兼六園広いんですね、もう少し狭いと思ってました。
高校生の時友達が富山県の人で、友達と旅行に行く予定だったけど、叶わなかったので、50年ぶりに叶いました😊ありがとうございました。
いい天気でなおよかったですね^_^
なんか面白そうだったので、また復習します。
来週も楽しみにしております。
倶利伽羅峠の戦いの場所も見れて良かったです。木曽義仲の「火牛の計」は動物が火を怖がる習性を利用して、牛を暴走させたのでしょう。平家は暴走してくる牛にうろたえたことと妄想しました。
砺波地方は、戦前戦後と活躍した瀬島龍三の出身地と記憶しています。人物評は、別れているようです。
兼六園で水をサイフォンの原理で、高いところに送ったりするような知識があったことに驚かされました。
とても興味深く、楽しく拝見できました。
ありがとうございました。
「福岡インタ-で福岡ナンバ-が」で思わず笑いました。参考になったので魚津の辺り、「そんなに遠くないですから一度訪問を」
と考えてます。
柏崎から親不知、富山の扇状地と倶利伽羅峠を通って金沢まで暑い中ありがとうございました。
源平合戦の舞台になったり大伴家持や松尾芭蕉と言った名歌人が多く訪れていた歴史ある場所なんですね😮
何年か前に金沢駅でレンタサイクルをして兼六園へ行ったのですが、登り坂が大変でした…理由が段丘の上だったからとは…😅
おくのほそみち編もいよいよクライマックス。来週の福井、大垣編楽しみにしています😊
走った事のあるルートでしたが、視点が変われば更に楽しく観れました。埋没林の博物館は知ってたけど、興味なくて通過してしまいました、次回は立ち寄ってみます。カッコいですねRs660。
親不知・子不知、市振の関、倶利伽羅峠そして兼六園、何カ所かは、ブラタモリでも取り上げられた場所ですし、兼六園などは訪れたこともあり、懐かしかったです。越中は5年程、大伴家持が国司を勤めた土地、やはり、万葉集に色々な和歌が残っていますね。倶利伽羅峠の木曽義仲の「火牛の計」聞いたことがありましたがどんな場所か全く知らなかったのでとても勉強になりました。朝日町から倶利伽羅峠までの富山の町々の位置関係も復習でき、とてもよかったです。
糸魚川親不知は遠く、黒部川宇奈月温泉は近い気がします。調べたら50kmも離れていないのに山が日本海に落ち込む県境の難所が気持ちのカベになっていました。
富山の河川は構造線反対側の静岡の河川に似ている気がして、しかし黒部川扇状地の立体構造や北アルプス富山湾高低差の理由は特異でおもしろかったです。
能登は激しく隆起⬆富山湾は深く沈降⬇これは列島を回転させバキッと割った力による逆断層が原因でしょうか🤔
飛騨帯変成岩は大陸の地塊同士のぶつかりで出来たの図は刮目しました👀 ※深成岩の熱が及んでできるのはホルンフェルスで変成岩ではなかったですね、すいません😅
柏崎は第2次大戦中に朝鮮京城(ソウル)で商売し、引き揚げてきた祖父の生まれ故郷でした。松尾芭蕉さんと共に訪ねて下さり、ありがとうございました😆💕✨
金沢城は敵に兼六園の位置に陣取られると防御力が高くなく、弱いので、軍事施設として造成されたと、現地のガイドから教えてもらいまいた。徳川への言い訳として、庭園と言い訳したそうです。漆喰の壁にも籠城戦を想定して、何かを埋め込んだとか聞いたような。
動画の配信ありがとうございます。
「カッコイイですね~♪ RS660~♪ それはさておき・・・」(^^♪
走って楽し・歌碑を詠んで楽し・岩石観て楽し・水に触れて楽し・泊まって楽し・呑んで楽し・・・(^^♪
こちら迄、楽しくなりました。
貴殿の岩石&モーターサイクル愛に敬意を表します。(ペコリ)
平維盛(これもり)です。
平清盛の長男重盛の長男のです。
富山は行ったことが無いので興味が湧きました。
親知らず子知らずと埋没林博物館は絶対に行きたいですね。
最後に地理ライダー的おくのほそ道の一句をお願いします😁
地理ライダーさんのおかげでなじみの無かった俳句の世界に触れることができました.奥の細道と地形の面白さを組み合わせる所が感心しました.😊
お水がおいしそう!富山湾は陸の隆起、海底の沈降が激しいんですね。
小学校五年生の夏休みに家族で車で旅行に来たのを思い出した日本海の波しぶきが激しい夜、うちの父走りすぎて疲れ果て夜分遅くに目の前が海の民宿の門をたたき泊めさせてもらい朝食に豪華な海鮮料理がで出来て驚いた記憶がある。
金沢は表座敷、関東の金沢は裏座敷、富山湾のように歴史も深そうなので探るのもおもしろいです。
36:02辺りからの廃線跡は「富山地方鉄道射水線」です。
昔は現在の万葉線とも線路がつながっていたのですが、富山港拡張工事が具体化するに連れ、港内部分廃止、その後全線廃止になりました。
港内で廃止になった堀岡・越ノ潟間は今は富山県営渡船が無料で運行されてますが、原付きを除く自動二輪車や車は乗船できないようです。
(新湊大橋に回れ」ということらしいです)
ちなみに兼六園ですが、早朝(時期によって前後します)や特定の時期(年末年始など)に無料開放されてます。
早朝開門の時間帯は蓮池門口・随身坂口しか開いてませんのでご注意ください。
早朝、雪が深々と積もっている兼六園を歩くものなかなか良いですよ。
埋没林博物館、行ってみたくなりました。次回も楽しみです😊
奥のほそ道って東北(新潟)までと勝手に思っていました。😂
芭蕉さん、とんでもなく歩いてたんですね。その内読んでみようと思います❗
めっちゃ地元出てきて笑いました!
生地の回転橋は数年前ですが動いているのを見たので現役かもです~。
ちゃんと「奥の細道」ではなくて正式な「おくのほそ道」って書いてる
呉越同舟。呉も越も滅びましたが、子孫
はどこかで生きてるはず。海を渡って「越」
国を興したかも。広島には呉市。呉服もあ
ります。亡父が尊敬していた棋士は呉清源
(ごせいげん)。私は還暦までに段位を取
るつもりが、いまだザル碁↓
千住に「有磯海」という居酒屋があり、
同期の友人は氷見出身。私を『ダラ(あ
ほ)やね~」とからかっていました。
岩石から離れた話で、スミマセン💦
山形巡検の時に泊まっていた宿で
親不知子不知にまつわる怪談話を
披露しました
最後のオチで大抵の女の子は悲鳴
を上げるのですが一人だけ受けな
かった女の子がいました😅
黒部川扇状地は同じ学科にその道
一筋の教授がおりましたが自分は
その教授の講義を受ける事無く卒
業してしまいました
然し周りの教授方からは扇状地の
話はよく聞きました
金沢は母の故郷であり巡検でも訪
れました
先の大戦で空襲に遇っていないの
で古い街並みが残っています
でも北陸新幹線の工事と共に金沢
駅周辺を中心に街並みが変わりま
したね
芭蕉さんは、自分の憧れの人達の、ゆかりの地巡りをしたんですね、今風に言えば推し活の聖地巡り?😅
土砂に埋まった樹木が、豊かな湧水で朽ちずに地面の中でずっと眠ってたなんて、ちょっとロマンチック😊
芭蕉さんは木曽義仲の最後を偲んだとあったので、義仲がどんな最後だったのか知らなくて調べてみました。
火牛の計で劇的な勝利をおさめたのに、朝廷からも民衆からも疎まれて、最後は戦いに敗れて討ち取られたと・・・😮
堆積岩の丘で見た月、静かな空と美しい月があの時もあったのかと思ったのでしょうか・・・
ちなみに芭蕉さんの最後も調べてみたんですが、食中毒という説や、持病が「潰瘍性大腸炎」で結核菌による腸感染で亡くなった説などがありました。
この旅を終えて数年後の50歳で亡くなっているので、この旅の過酷さも影響があったのかもしれませんね😢
確か、昨年でしたか?
大雨の中ロックジェットに暫しの間助けられましたね。このままロックジェットが続いてくれれば……と、あり得ない事を考えて観ておりました(笑)😅
埋没林博物館凄いですね。北アルプスからの伏流水のお陰ですね。
砺波平野の民家が点在しているのは、百姓一揆をふせぐためでもあったとか・・・?
連日長距離移動ありがとうございました。🙇
柏崎を出て少し走った米山駅を見下ろす丘が奇麗なな駐車場になっています、
山側が堆積層の路頭になっています、国道をそれて舗装した道を少しだけ入る程度ですので、
お好きな方はツーリングついでに寄ってみては如何でしょう