軽トラの旅25 その2 四万十川から梼原 ハイゼットジャンボが急坂を頑張ります。
2025軽トラの旅、その2です。今回は、四万十市から四万十川沿いに北上、沈下橋などを見学しつつ、梼原町へ向かいました。
梼原は、以前から行ってみたいところでしたが、少し前の林業研修会で矢崎総業という会社が森林活用、林業振興にかかわっている事を聞き、今回の訪問となりました。
梼原町は、龍馬が脱藩した時に通ったところで、ただ通過しただけではなく、龍馬に感化されたのか、のちに多くの若者が維新の志士として輩出したところです。「雲の上の町」という標榜をしており、山あいの、まあ、言ってしまえば田舎なのですが、図書館の整備などまちづくりに頑張っているスピリットを感じました。
その一つに、オリンピックの会場となった国立競技場を設計した、有名な隈研吾さんとの関りがあります。町内には隈さんが設計した多くの建築物がありました。隈さんの建築物については様々な意見がありますが、林業が盛んな山村で木材を活用した取り組みそのものは、理に適っていると思いました。
この日は、細く、急坂が多い軽トラに適した(?)道を走りました。元々、地方のこのような道を走るのが好きなもので、道沿いに施業してある林業景観を楽しみながらの道中でした。
実は高校2年生のとき、50ccのバイクで高知から仁淀川を遡上し、大洲へ抜けた事があります。その時も、はるか山の上に集落が見え、子供心にどうして暮らしているんだろう、と思ったことがあります。今回の梼原周辺も、かなり標高が高い所に民家があり、大きなお世話ながら、暮らしに思いを馳せた次第です。
まあ、そうは言う私も山奥の生まれで、子供の頃、挙家離村して平地に降りて来た者ですが。
四国カルストは、石灰岩質の地層が山頂付近に広がり、放牧など畜産用の草地となっていました。なお、龍馬が脱藩した道は、動画中にある「地芳峠」より、少し西の方の韮ケ峠というところだそうです。
歴史、地形地質、河川や橋、そして林業に関心があるワタシとしては、もう少しゆっくりしたい地域でした。
このように、完全に自分の記録用の動画です。しかも、長いです。よろしければ、ご覧ください。
1件のコメント
四万十川を堪能させて頂きました。
ありがとうございます。
私が楽しそうな山道も。酷道も好きですが。