【なぜ?】2つの路線の真逆の未来 平日朝も混まない列車の謎 次の一手を阻む壁とは|弘南鉄道大鰐線・弘南線【小春六花】
ご視聴ありがとうございます。 今回は、青森県のローカル私鉄、弘南鉄道を取り上げます。 事実上の廃線が決まった大鰐線と、弘南線が置かれた状況を解説します。 平日朝の列車の様子と、日中の中心街に迫る変化にも注目です。 ここは、青森県弘前市の中心駅、弘前駅です。 弘前市の人口は、15万8000人ほど。 青森県内では、青森市と八戸市に次ぐ3番目です。 弘前駅には、JR奥羽本線と、地方私鉄である弘南鉄道の弘南線が乗り入れています。 JRの駅には、2駅隣の川部駅を起点とする五能線の列車も発着しています。 一方弘南鉄道のホームは微妙に離れており、改札も別です。 そして弘前市の中心部にあるもう1つの駅が、 弘前駅から直線距離で1kmほどの場所にある中央弘前駅です。 ここに乗り入れるのが、弘南鉄道のもう1つの路線:大鰐線。 両駅は循環バスの経路上にあり、日中は本数も結構あります。 そしてこの中央弘前駅を起点とする大鰐線は、2027年度末で休止されることが決まっています。 大鰐線は今から10年あまり前:2013年6月に、2017年3月で廃止する方針が示されたこともあります。 翌月には撤回されたものの、その後も存廃問題がくすぶっていました。 まず、2つの路線の歴史を解説します。 弘南鉄道の路線は弘南線と大鰐線の2つで、線路はつながっていません。 このうち弘南線は弘前駅から黒石駅までを結ぶ、全長16.8km、駅数13駅の路線。 先に開業したのがこちらです。 1927(昭和2)年9月、弘南弘前から津軽尾上の間が開通。 戦後、1950年7月に津軽尾上から弘南黒石の間が開業し、全線が開通しています。 一方の大鰐線は中央弘前駅から大鰐駅までを結ぶ、全長13.9km、駅数14駅の路線。 1952(昭和27)年1月、当時の弘前電気鉄道が全線を一度に開業させています。 第二次世界大戦直後、弘前周辺の交通事情が非常に悪く、 戦後復興のための輸送改善が求められたのが、大鰐線開業の要因です。 弘前の有力者を中心に、三菱電機の資本参加を得て会社が設立されています。 大鰐線は、奥羽本線とおおむね並走しています。 奥羽本線の途中駅は石川駅だけなのに対し、 大鰐線には12の途中駅があり、地域輸送に密着した路線です。 大鰐線で近くにある義塾高校前駅は石川駅から180mほどの距離ですが、 乗り換えルートは民家や畑を迂回するため700mほどあり、両駅間の乗り換えは不便。 石川駅自体利用者数はかなり少ないらしく、 私が訪れたときもここでの乗り換え需要はほとんどないようでした。 奥羽本線の快速は石川駅には止まりません。 序盤でも触れたとおり、弘前市の人口はおよそ15万8000人。 青森と八戸に次ぐ、青森県第3の都市です。 そのような地方都市に私鉄の路線が2つもあるのは不思議ですが、それには理由があります。 弘前はもともと東北地方有数の都市で、弘前藩の城下町でした。 明治4(1871)年の明治維新後の廃藩置県のとき、弘前藩は弘前県となっています。 ところがそれから2ヶ月足らずで周辺5県との合併が決まり、新生弘前県が成立。 さらに1ヶ月ほどで県庁を弘前から青森に移転し、 県名を青森県に変更することが決まっています。 県庁の移転は、当時県内で圧倒的な規模だった弘前から、 一港町の青森へ移転するというものです。 弘前では県内での位置が偏ってしまうこと、 藩政時代のしがらみに囚われてしまうこと、 青森の港の将来性が見込まれることなどが理由だといいます。 その後の青森の発展は青森市や八戸市に移ったものの、 弘前のポテンシャルは大きかったため、 2つの私鉄の路線ができたというわけです。 大鰐線の中央弘前駅が弘前駅に接続しないのは不便そうですが、 大鰐線の開業時は自動車もそれほど浸透しておらず、 繁華街に近い利点が重視されたようです。 将来路線を伸ばす計画もあり、その観点から決まった立地でもあります。 しかし、並行する奥羽本線や弘南バスに乗客をとられ、会社は赤字に転落。 延伸計画も実現することはありませんでした。 災害の影響もあり、1960年代後半には早くも経営難が深刻化します。 三菱電機は経営から撤退し、最終的に大鰐線を弘南鉄道へ譲渡することで決着しています。 1970(昭和45)年10月には路線が弘前電気鉄道から弘南鉄道に譲渡され、同社の大鰐線となっています。 尚、弘南鉄道では、1984年から1998年にかけて黒石線という路線がありました。 もとは国鉄の路線で、川部駅から黒石駅を結んでおり、 歴史は弘南線より古いものの、弘南線の開業で乗客が減っていました。 1980年に国鉄再建法が成立し、黒石線が第1次特定地方交通線に指定され、 数回にわたる協議の末、1984年に弘南鉄道へ移管されたのです。 ところが、国鉄時代にあった弘前や五能線への直通列車は、移管を機に廃止されます。 利用者の多くを占める弘前から黒石までの運賃も競合する弘南線より安かったものの、 移管後は弘南鉄道と国鉄が別建てになったことで割高になり、利用者が減っていきました。 1995年には弘南鉄道が沿線自治体に黒石線の廃止を申し入れ、最終的に98年に廃止されています。 それから弘南線と大鰐線の二本柱でやってきた弘南鉄道ですが、 比較的順調な弘南線に対し、大鰐線は存続の危機に立たされています。 平日朝の中央弘前行き列車の利用状況を見ながら、大鰐線の現状と未来を解説します。 というわけで、奥羽本線の平日の始発列車で弘前駅を出て、大鰐温泉駅にやってきました。 大鰐温泉の玄関口ではあるものの、弘前からは車などのアクセスが主流で、 駅のまわりの住宅も少ないため、静かな雰囲気です。 線路の向こうには、弘南鉄道の車両が停車中です。 弘南鉄道の駅とはこ線橋でつながっています。 奥羽本線のところはこ線橋の幅が広いのに対し、弘南鉄道のところは幅が狭くなります。 隣接する大鰐線の駅名は大鰐で、奥羽本線とは違います。 大鰐線の列車は1時間に1本で、途中駅を始発・終着とする列車はないようです。 過去には時間帯によって増便されたこともありますが、全体的には本数は減り続けています。 平日と土休日の違いは、大鰐駅7時20分発・中央弘前駅7時53分着のこの列車と、 その折り返し列車が運行されるかどうかです。 平日朝7時台という時間、土休日は運休という設定から、乗客が集まりやすそうな感じです。 2駅目の鯖石駅を出たところで、30人以上の乗客が乗っています。 ほとんどが学生で、社会人は少なめです。 そこから先の駅でも多少の動きはあるものの、座席が埋まるほどではないです。 全長13.9kmの大鰐線のうち、住宅が多いのは中央弘前駅から4kmあまりの区間で、 それ以外は駅から少し離れると田んぼや畑が広がります。 中央弘前寄りほど需要が大きいものの、 大鰐駅を出ると乗客がバンバン増えるというほどでもないです。 奥羽本線をまたぎます。 大鰐線の跨線橋はここだけです。 それがこちら。 開業したときから基本的な構造は変わっていないらしく、鳥居型の橋脚が短い間隔で並びます。 2007年7月から10月には、老朽化に伴い改修工事が行われています。 総工費は5,300万円で、そのうち4,200万円は沿線自治体が助成し、工事はJR東日本に委託されています。 工事中は前後の区間が運休になり、代行バスも運行されたといいます。 津軽大沢駅に到着です。 駅の南側に集落があるのみですが、大鰐線では乗降客数は多いほうで、 大鰐線で唯一の車庫がある拠点駅の1つです。 というわけで、ここでいったん寄り道です。 大鰐線の運転指令を行う駅でもあり、電気管理所や変電所、保線管理所もあります。 設備的には、中央弘前駅や大鰐駅よりも重要度が高いです。 津軽大沢駅では、2011年11月に駅員の配置がなくなっています。 木造の駅舎はまだ残っており、中の待合室を使えるため、 暑くても日差しを受けずに列車を待てます。 車庫に留め置かれているのが7000系。 私が乗っていた車両で、弘南鉄道の車両は大鰐線も弘南線もすべてこれです。 もとは1962年にデビューした東急の7000系で、 1988年から90年に弘南鉄道に譲渡され、 合計24両が大鰐線と弘南線に配置されています。 東急7000系は他の地方私鉄にも譲渡されており、 1編成あたりの両数が減ったぶん中間車が余り、先頭車が足りなくなったため、 中間車を先頭車に改造したものがあります。 東急でデビューしてから60年以上、弘南鉄道に譲渡されてから35年以上経過しています。 すでに、東急時代よりも弘南鉄道時代のほうが長いです。 弘南鉄道の場合、冬場の寒さ対策のために乗客がドアを開け閉めできるボタンがあります。 車庫には除雪車を含む車両も留め置かれています。 あの赤い車両が、ED22。 1926年に製造された車両で、普段は津軽大沢駅で車両の入れ換えに使われています。 冬場は大鰐駅に常駐し、ラッセル車と連結して除雪列車として活躍します。 ところが2024年9月に故障し、冬場のラッセル車の運行ができなくなりました。 修理費用を出すのが難しかったため、弘南鉄道では今年夏にクラウドファンディングを実施。 特別撮影会や車内見学、乗車体験などのオプションを盛り込んだこともあって、 目標金額の360万円に対し500万円を超える支援が集まり、 クラウドファンディングは無事成功しています。 ED22の故障を受け、排雪用のモーターカーで対応していたものの、 豪雪も影響して運転見合せが頻発する状況でした。 排雪用のモーターカーは通常のラッセル車より非力なうえ、 青森の冬は重く湿った雪が積もるため、ラッセル車での除雪は不可欠です。 そして、向こうに停車しているのが6000系。 1988年と89年に導入された車両で、もともと1960年にデビューした東急6000系を譲り受けた車両です。 2006年10月、快速列車の廃止に伴って予備車となり、2008年3月にはさよなら運転も行われています。 検査はその後も続けられて稼働状態が維持されたものの、 2014年8月に2編成を並べての最後の撮影会が行われています。 その後1編成は廃車となり、その他の車両も稼働できる状態ではないです。 津軽大沢駅にはいまでも留め置かれている編成があるほか、 床下機器を外して物置になっている編成もあります。 6000系、7000系とも冷房がなく、北東北とはいえ夏場は暑いです。 先ほどの列車の様子に戻ります。 津軽大沢駅を出てしばらくしても、車内が満員になることはありません。 大鰐駅から9駅目の千年駅のあたりから、沿線の住宅が増えます。 千年駅が、序盤の解説にあった中央弘前駅寄りで住宅の密度が高い4kmほどの区間」のうち、一番端の駅です。 2000年4月のダイヤ改正では、日中に千年駅と中央弘前駅との区間列車が設定されています。 この区間は20分間隔、それ以外は40分間隔で、需要の大きさがうかがえるようですが、 2年後の2002年4月のダイヤ改正でこの区間列車は廃止され、 日中の運転間隔は60分間隔に広がっています。 千年駅で10人ほどが乗ったものの、次の聖愛中高前駅で15人ほどが降りていきます。 次の弘前学院大前駅では乗り降りはほぼなく、次の弘高下駅では19人が降りるため、 中央弘前駅に着く前に乗車率は下がってしまいます。 中央弘前駅で降りた乗客は20人あまりで、平日朝の列車のわりに、混雑はかなり限定的です。 平日の夜、中央弘前駅を19時30分に発車した大鰐行きの乗客は、およそ30人。 ほとんど学生で、仕事帰りの人の姿はほぼなく、沿線の学生の需要が大きいのがわかります。 一方その需要でも路線を支えられないことが、存廃問題が浮上した原因です。 大鰐線の利用者数は、1974年度の389万8000人をピークに減少し、 2010年度は62万5000人にまで減っています。 経常収支は、運賃値上げの効果があった2009年度を除けば、2002年度から赤字が続いています。 2013年6月の弘南鉄道の株主総会では、序盤で触れた2016年度末での廃止方針が示されています。 1か月後には撤回され、大鰐線は存続することになったものの、 大鰐線の経営改善策や、支援計画を話し合う存続戦略協議会が組織されています。 沿線の弘前市や大鰐町などで構成され、同年8月には初会合が行われています。 弘前市はバス路線の見直しや商業や観光との連携など、 幅広い視点から鉄道の維持を考えたいとしています。 しかし弘南鉄道ではその後も経営難が続き、2019年度はおよそ6590万円の赤字を計上しています。 さらに、輸送密度は1日あたり500人にまで落ち込んでいます。 輸送密度とは、1kmあたりの1日平均の輸送人員のことです。 利用者数が同じでも、路線の長さや1人あたりの乗車距離でインパクトが違うため、1kmあたりに直します。 1日あたり500人という数字は保守費用のかかる電気鉄道では最下位の水準で、 私鉄路線としては下から3番目という厳しい数字です。 1980年、序盤で触れた黒石線などが国鉄の経営再建のために特定地方交通線に指定された際、 輸送密度が4000人を下回る路線はバスへの転換が適当だとされています。 いまの大鰐線の数字はそれを大幅に下回っており、鉄道による大量輸送の利点は発揮しづらい状況です。 さらに、2020年度は感染症の拡大で乗客がさらに減少。 それまで弘南鉄道では弘南線の黒字で大鰐線の赤字を埋めてきたものの、 近年は弘南線も赤字となっているため、自治体による支援計画が出されます。 2021年2月には、沿線の5つの市町村が総額およそ9億5000万円を支出する支援計画を発表しています。 2021年度から、弘南線は10年間、大鰐線は5年間、 国と青森県の補助対象外の経費が支援されるというものです。 内訳は安全輸送対策費が5億9000万円、利用促進費が1億3000万円で、 弘南線はこの2つの支援で黒字化を見込むものの、 大鰐線にはさらに赤字補填として2億3000万円が支出されます。 自治体には重い負担ですが、構造的な背景に加え、感染症の影響を受けただけにやむを得ないところです。 自治体の支援にも関わらず利用客は減り続け、2020年度以降は最盛期の10分の1にも満たない水準です。 2019年と2023年には、大鰐線の列車が脱線事故を起こしています。 2019年の事故では、枕木の老朽化が事故原因とされています。 2023年の事故では、国の運輸安全委員会は、 線路の維持管理が不十分だったことが原因とみられるとする報告書をまとめています。 事故現場のレールの左右のゆがみが、整備を行う目安となる基準値を大幅に上回っていたといいます。 報告書では、弘南鉄道の整備の基準値の設定が不適切だったため、 補修対象箇所が必要以上に多くなり、補修が十分に行き届いていなかったとしています。 再発防止策として、整備の基準値の設定や補修方法の見直しが提示され、 沿線では交換用の枕木が置かれている場所もあります。 弘南鉄道では採用活動も進めているものの、やはり人員確保は苦労が伴うようです。 赤字傾向が変わらない状況では、故障したEDの補修費用を クラウドファンディングに頼らなければならないのもやむを得ないところです。 沿線の人口減少や電気代の高騰により、収支を改善させる見込みが立たなくなったことから、 2024年11月の沿線の8つの市町村長との協議の結果、 大鰐線の全線を2027年度末で休止する意向が出されたのです。 沿線自治体の理解も得られていることから、事実上の廃線とみなされており、 今後は代替交通のあり方の協議が進みます。 弘南鉄道では、学生の進路設計への影響を考慮し、 できれば3年間は運行を継続していきたいとコメントしています。 路線の存続には、一定の見通しが必要です。 過去にこのチャンネルでもご紹介した名鉄広見線の末端区間では、 自治体と名鉄の協定は原則3年ごとの更新でした。 学生が進路を決めるとき、卒業まで路線が存続することが入学前に決まっている必要があり、 ちょうど3年の支援期間では十分ではないのです。 また、学生の利用実態にも注意が必要です。 平日朝の列車の映像にもあったとおり、大鰐線の中央弘前駅寄りの各駅には、 駅のまわりに複数の高校や大学があります。 大鰐線は弘南線より利用者数が少ないものの、この点では優位に立っています。 一方これらの学校は、弘前駅からもそれほど離れていない立地です。 弘南線や奥羽本線の沿線に住む学生にとっては、 弘前駅から中央弘前駅に移動して大鰐線を使うよりも、 弘前駅から直接学校に行ったほうが楽なのが実態です。 中には弘前駅に自転車を置き、学校まで往復する人もいるといいます。 弘南線と大鰐線の乗降客数の一覧がこちら。 弘南線の弘前駅は年間82万人あまりが乗降し、1日平均では2265人です。 一方大鰐線で最も多い中央弘前駅では年間18万6000人あまりで、 1日平均では511人と、4分の1にも満たないです。 大鰐線の沿線で学校が近い駅のうち、 中央弘前駅寄りの駅は定期利用の比率がそれほど高くなく、 乗客を集めきれていないことを裏付けています。 中央弘前駅の駅前ロータリーは、数年前に整備されたものです。 バス停はこのロータリーから少し離れており、名称も中央弘前駅ではないです。 バスの路線図では、中央弘前駅自体はかなり小さく描かれており、弘前駅との扱いの差がうかがえます。 バスはあくまでも中央弘前駅のまわりの市街地のアクセスのためで、 中央弘前駅がそれほど重視されていないようです。 一方その弘前市の中心部にも、空洞化の足音が近づきます。 中央弘前駅から200mほど北には、昨年破産した百貨店の建物があります。 創業120年あまりを誇る青森県の老舗で、最盛期には東北で5店舗を展開していましたが、 バブルの崩壊で売り上げが減っていき、大型商業施設の進出などで業績が悪化。 東日本大震災後に民事再生法の適用を申請して経営再建を図ったものの、 ついに力尽きてしまったというわけです。 目の前の横断歩道の信号は廃止される予定で、 百貨店を失った中心市街地が地盤沈下していることがうかがえます。 近隣の空き店舗はここ数年で増えており、大鰐線の苦境は弘前という街の苦境を示しています。 さらにここから700mの場所では、イトーヨーカドーが昨年9月に閉店しています。 先ほどの百貨店は閉店してから建物がそのままですが、 こちらは弘前駅から300mあまりと近いこともあり、 今年2月には後継となるスーパーがオープンしています。 この近くには、弘前バスターミナルがあります。 関東地方などへの高速バスも運行され、バスが頻繁に行き交っていますが、 地元でもバス運転手不足が深刻化しています。 弘南バスでは、昨年4月のダイヤ改正で1日あたりの運行本数を100便減らしています。 前年同期からおよそ1割の減便で、慢性的な運転手不足に加え、 運転手の残業規制が強化される、いわゆる「2024年問題」への対応としています。 大鰐線のタイムリミットが近づき、沿線では代替交通の議論が進むものの、 重要な位置を占めるバスの運行に水を差しかねない人手不足は深刻です。 鉄道だけにとどまらない地方都市の未来、今後に注目です。 ご視聴ありがとうございました。
●名鉄広見線の動画はこちら
●当チャンネルについて
このチャンネルでは、鉄道の路線や駅、車両などを丁寧に解説しています。
首都圏を中心にしつつ、日本全国出張します。
21件のコメント
待ってました!
DMV化して、存続するしかないですね。
あるいは、ライトレールを新設し、黒石駅を延伸する
有名芸能人がやっているYouTube系を呼んで、鉄道を廃止延命する。
例としては、江頭2時50分を使う
鉄道を廃止してもバス運転手不足を解決しない限り不可能ではないでしょうか?
鉄道を廃止すれば解決するってのももはや幻想だよな
こんな状況では存続しても意味がないね…
地方の鉄道って保線がボロボロだから安全な運行が運任せなので、事故起こした瞬間国交相から事故対策求められて対策工事の資金繰りが悪化するパターンが多すぎなのよね。
宇都宮みたいだと思ったら違った
JRとLRTと東武宇都宮線
鉄道だけじゃない、「地方都市」自体が人口不足と産業不足で崩壊しつつある…
地元住民が増える事は無いから
廃線はもっと前にしても良かったのでは?
車両もボロボロ、枕木の費用の捻出も出来ない
大きな事故が起きる前に終わりにしたほうがいいよ
まさかの地元弘前‼︎。実家の裏が大鰐線の線路、高校の時通学で利用していたけど大人になってからはなぁ。中央弘前駅は駅前ロータリー改装して綺麗になりましたが、これからどう使うのか?気になります…。
大鰐線は全区間JR奥羽本線に並行している上に、
ターミナル中央弘前の立地が悪くて救われない状況になってしまいましたね。
廃止決定は残念ですが、弘南線の方は今後も頑張って欲しいです。
10年以上前に2つの路線に乗車したことがあります。
弘南線はJRの隣のホームで子供から大人まで幅広い利用者でそれなりに賑わっていました。
対して大鰐線はターミナル駅の弘前中央駅は弘前駅からかなり離れていて利用者も学生が多かった。あと各駅の周辺に利用者がいるのか不安になる駅が多かったです。
(たぶん昔は賑わっていたのかな?)
ここはもう延命しても無理じゃないかな。JR弘前駅に繋がってないのが致命的。
LRT化して、弘前城経由で繋げればとは思ったけれど、無理なものは無理だわな。
できないことをやれ、と言われても仕方ない。次善の策がダメなら次々善の策、それがダメなら次々々善の策、を取るしかない。現状維持に固執するのは不毛すぎる。
7000系がパイオニアⅢ台車を始め、殆ど変わらない姿で残っているのが驚きですね。昔 東急線内でお世話になった身からは懐かしさでいっぱいです。
ただ言い換えればレトロな駅舎、老朽化した設備とともに行き届かない車両近代化であり、弘南鉄道の経営の苦しさを如実に表しています。
鉄道どうこうより弘前がもうあかん。というか青森があかん。というか東北があかん。
地方の公共交通機関は選択と集中が待った無しなので政治家の手腕が問われる
大変ですね!!
JRが駅数増やすんかな?
大鰐線跡地は、弘前市街地を通っているので、サイクリングロード兼雪捨て場として重宝されそう