【チャンネルについて】
毎週3回、月・水・金の20時〜
自宅の書斎にてライブ配信しています。
週ごとに一冊の本、一つの作品について、テーマに沿ってお話します。
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バンドマンだった大学生時代、真面目に授業に出て、サークルを楽しみ、ライブの練習や飲み会によってキャンパスライフを謳歌していたものの、これからやってくる”社会人”という漠然とした不安に徐々に襲われていきました。
そんな時、ふとしたキッカケでとある古本屋の店主さんに出会いました。
それまで一切読書に親しみのなかった僕は、その店主さんに本の世界について教わるうちに、夏目漱石先生の『三四郎』を読み、様々な人と出会い、動揺し、悩み、葛藤する三四郎の姿に自分を重ねて、まるで自分のことを書かれているような衝撃を覚えました。
さらには”時間と時代を越えて100年以上前の小説に感動する”その感覚に夢中になり、気がつけば、大学にいても、家にいても、いつも本を手にし、時間さえあれば自転車で古本屋さん巡りをする日々を送るようになりました。
それ以来、やがて日本近代文学を中心に哲学、日本史、宗教、音楽などに好奇心と興味が広がっていきました。
この6年間、毎日本を読んでいます。
最近になって、「芥川龍之介の『羅生門』が難しくて読めない。」という相談があったので、どこに注目して読んだらいいか、どんな読み方をすると楽しく味わえるのか、などを自分の思うままに伝えました。
すると数日経ってから「教えてもらったように読んでみたら、楽しくなってきた!」という感想が。
知らない世界を知ることはとても純粋な喜びです。そしてきっとそれが一生の宝物になります。
本と出会うことで、その喜びを感じる人がいるのならその橋渡しになりたい。そんな願いを込めてこのチャンネルを始めました。
自分の古本屋をひらくことが僕の夢です。
【話の主なジャンル】
文学、哲学(思想)、日本史、音楽、本と僕、本の読み方 など
【自己紹介】
■名前
白川冬一郎(26)
■出身地
京都府
■好きな色
黒、白
■好きな食べ物、飲み物
コッペパン、チョコレート、ブラックコーヒー、I.W.ハーパー(ウイスキー)
■趣味
古本屋巡り、喫茶店巡り、レコード屋巡り、バー通い、
エレキベース、史跡探訪、旅、 など
#読書#本#古本#書斎#文学#日本文学#哲学#歴史#ライブ配信#作業用#睡眠用
え今日が12月の22日 金曜日お疲れ 様学生の方平日お仕事の 方寒い中お疲れ様でした今週1 週間でかももう年末に差しかかってきてる ね うん僕はね 最近 あの バッハ さんを よく聞くんだけどま前からよく聞いてたん だけど [音楽] であの 僕Spotifyっていうサブスクって いうのそういうのサブスクていうらしいん だけどその Spotifyだけは入っててでその SpotifyなぜSpotifyなのか と言うとあのクラシック音楽が充実してる しで僕洋楽をよく学生の頃から聞くんだ けどま洋楽もなかなか あのマイナーなアーティストで もちゃんとアルバムがあったりとかして うんなんかそういう面でSpotify すごくいいなと思っててもう3年前ぐらい から使ってるんだけどでその Spotifyがあの勝手に自動でそのえ 1年間どれだけ聞いたかとかどの アーティスト を聞いたかっていうそのランキングみたい な確か5位ぐらいまでそう1年間に僕が どういうアーティストを聞いてうんでどれ ぐらいにそのSpotifyで音楽を聞い ていたかっていうのを あの出してくれる機能があって毎年年末に なるとそれがあの見れるようになるんだ けどでなんと去年の1位がえバッハさんで え 今年誰だったかと言うとえバッハさんだっ たっていう2年連続1位でうんつまりこの 2年1番聞いたアーティストま作曲家さん はバッハさんだったとでちなみに2位も 一緒2位も一緒でショパンショパンさん だったんだけどうんそこが去年と変わら ずっていうところがちょっと面白いなと 思って うんでも特にそうだね今月はバッハさんの え今日聞いたのは クラリネット競争局だったかなうん で昨日ぐらいにバイオリン競争 局を聞いてたんだけどいや改めて聞くとね 本当にかっこいいなと うんま寝る前でもいいしで僕は
その歩いてる時によく音楽を聴くんだけど いやついついもうねあの文字ロリ生きそう になるというかその芸術的環境のね感動で あの道歩いてるんだけどなんね信号を 間違えそうになったりとかしちゃって ちょっと危ないんだけどまそれぐらい ちょっとねあの最近はその音楽の方もうん すごく充実してるなと感じる今日この頃 ですがおぽちさんこんばんは寒いですねお こんばんは今日もありがとうございます 寒いです ね非常に寒いですで僕のえ地元故郷の京都 はどうなんのかな京都はね本当に冬 めちゃめちゃ寒いうんなんか独特の寒さが あってあのとえっていうのかな あの暖房とかつけててもなんとなく寒い 足元が特に寒いっていうようなね えま山に囲まれてる盆地だから京都の冬は すごく寒いんだけどうんちなみにその京都 の寒さについて書いている文学者の方もえ 結構おられてうん漱石先生とかも何かのえ 質家で書かれてたりとかしてて有名な話だ と思うんだけど京都の冬は寒いとま とにかくまあね今全国的になかなか寒く なってきてるから うんちゃんと体をあっためてで読書してと いうねそれで毎日が充実するといいなと 思います体を温めて読書するっていうね うんまさにそれは僕の生活なんだ けど 楽しんでいって くださいやぱ寒いと読書集中できないんで うんやっぱあかい心地いい環境でする読書 っていうのはやっぱ充実度というか集中力 も全然違うしうんまずは体を大事にねして その次に読書をするというのを非常にお すめ ですおたつ子森本さんこんばんは こんばんはえ音楽は外で は気をつけて聞いてくださいそうですね あのよくあるんですよねうんあまりにも 感動しすぎて心奪われるというかうん心 奪われると同時に視界も奪われるとうん すごくいいことだとは思うんですけど まあの道を歩いてる時はちょっと危ない ですねうん皆さんも気をつけて ください今日も楽しんでいって くださいはじゃあえ今週1週間話してきた 本はえ菊カ先生 のえ半次女でうんこれ僕が持ってるの岩波 文庫さんのもので半次所伝と無名作家の 日記と他4編が入ってるんだけど今週1 週間はこの半次女 でについて話をしているところでで今日の 配信が一応今週1週間の最後ということで
え 月曜日はええまこの半次伝はもう自伝で 書かれている通りえ菊先生自身が え自身の えこれまでの経験だったり体験っていうの を書かれてるんだけどえこの ハこのハとは何かというとえ実はこの伝は え反省について書かれていてなのだから この半次女殿が書かれた時はもう菊先生は えかなりえもう名前が知られていてもう 分断の中でも大御所と呼ばれるぐらいのえ 活躍をされてる時期に書かれただからその その後の人生はどうなるかっていうのは 分からなていう意味でえ反自序伝という タイトルが付けられていというのも実際に この中に書かれているんだけど うんで月曜日の配信はえ子供の頃ね非常に やんちゃで え授業をサボってテニスをしたりとか学校 サボって芝居を見に行っ たまそういった印象的なエピソードを話し てで前回水曜日は青年時代ということでえ のマント事件というえ第1高等学校当時の えエリートたちが集まる第1高等学校にえ ね菊先生のお家はすごく貧乏だったんだ けどもそれでもまお父さんだったり お兄ちゃんだったりが応援してくれて学費 を出してくれてたにも関わらず えその第1高等学校を伝説のマント事件と いう事件によって退学させられるという ところを前回中心に話してえ気になる方は 是非あの前回の配信ねあの見てもらえれば なと思うんだけどで今回の配信はえ タイトルが作家菊間が話さたということで えその第一藤学校をえ退学させ その後え分断にデビューするまでのところ をえ話していこうかなということでえ なかなかね あのどれを絞って話していくかていう すごく悩んだんだけどえなるべくそうだね あのま菊先生がどう いうどういう風に までの道を通ってこられたのかっていう ところを特にえ話していければなとでそこ から最後にえ僕がこの本をえこの作品を 読んでえ感じたこと考えたことっていうの を話して今週1週間の締め括りとえしよう かなということでじゃあ早速 え話していくんだ けどうん皆さんあっためて体を温め て聞いて ください え前回話したところでそのマド事件によっ て一向第1高等学校をえ退学させられた後 に
えま途方にくれるとうん菊先生はこの先 どうしていったらわかどうして行ったら いいかわからないという状況でえ頭を悩ま せていらっしゃったんだ けどえそんな時にえその第一高等学校のの え同級生だった えなるせ正一とねあの文学が好きな日本 近代文学が好きな方ああの知ってる知っ てるって ね言人多いと思うんだけどそのナルセ誠一 さんがその同級生だったんだけどが あのお父さんナルセさんのお父さんにその 菊先生がえ第一高等学校退学させられて しまったということでどうにかえしてあげ られないかっていうことをえ話してくれた でそのナルセさんのお父さんは あまそのね菊先生はあのま自他共に認める 学力の高い人だった からおそらくそういう理由もあるんじゃ ないかなと思うんだけどま信頼というか うんまそういったものがあったと思うんだ けどえそのナルセさんのお父さんがなんと え学費を出しましょうとうん次進学する ところの学費を出しましょうということを 言ってくれ てうんでそれが書かれているとこからまず 読んでいこうかなと思うんだ けど自分は一光を出て何をするというも なく出たので ある前後の分別も なく生涯の大事を血行して反省の危機に 及んだわけで あるもしその時次に述べるような救助が来 なかったら自分はどうなっているかわから ないおそらく高古に老し生活に急して あげくどうなっただろうか 想像もつかないくらいで あるどんな境遇にいても分筆を持って世に 出られたと思うほど自分はうれてい ないおそらく本役かなんかでやっと生活し て不平不満の結果アナーキストにでもなっ たに違いないので あるところが自分が一向をよすと 自分と同じの瀬誠一が心配して彼の父に 話してくれ た彼の父のナルセ氏は当時15銀行の支配 人をしてい たなせは僕が退学した事情などはちっとも 話さずただ菊は学がないためによしたと いうようにたので あるなせと自分は同のよみもあったので ナルセの父は自分をその家に寄食させた上 将来の学を出してくれると言ってくれたの で ある自分が人の罪を引き受けたについては
将来の学がないというやけもあったのでは あるがところが今度のことがきになっての 保証を得ることになったので あるだから一向をよして一月と立たない うちに自分はナルセのうちに寄食して生活 の安定を得るとともに将来大学の戦艦へ 入ろうと決心したので あるうんねこのナルセさんの救助がなけれ ばもしかしたらその菊先生は 全く違う人生を歩まれてた可能性もあるな と僕は思うんだ けど うんだから菊先生にとってこのナルセ誠一 さんの存在は えすごく大きいえものだったとえそその時 に救ってくれたという意味で感謝のえ 気持ちをえずっとち続けているというよう なことをえこの後ねあの書かれてるんだ けど うん読んでいても本当にこの時にナルセ さんがえねしかもそのお父さんが学習を 出すよって言ってくれたことがあったから えこの後菊先生はえその文学の道進むこと ができたんじゃないかなと うんさて そうした救助もあった中でえ菊先生が選ん だのは京都大学でし た京都大学に入学当時の模様は無名作家の 日記にほぼ出ているうんさっき言ってた この岩波文庫さん の中で伝ともう1つのえ載せられている この無名作家の日記にえその京都大学での 模様を詳しく書いている と戦艦入学には試験があるので随分心配し た学力の点では十分自信があったがしかし 毎日入れないと生きとがないからで ある入学試験には作分があったが国民文学 論というような台であっ たその中にワイルドの言葉を引いたのは 良かったがシンボリックを象徴的と訳して ゾをあしをシと嘘字を書いて気持ちを悪く し たが幸にし てすることができ た京都に行かなければならぬことになって からはウビ博士が拍手がいることが1つの 心慰めであったえこのウビ博士っていうの は えあのあちょうどああこれ 違う上田先生の本どこ行ったかな うんまとにかく当時 えなかなかえ名前が知られていたえ文学者 え詩人の方あ翻訳かの方なんだけどそこ あのその上田先生が京都大学でえ拍手とし てえ
先生押されていた とそれが1つの慰めであった と9は京都の英文化とは前後にないほどえ 英文化としては前後にないほど多くの学生 が入った年で あるだが半分は戦火星であったえちなみに この戦火星っていうのはえ僕も詳しくは 分からないんだけどおそらく えストレートで入ってきた人じゃなくてえ 試験を受け て入ってきた人うんだから選ばれうん試験 を受けて選ばれた人が入ってきたかという 意味で戦かって呼ばれてるんじゃないか なえ半分は戦火星だった本家星の中にも 半分は師の卒業性が混じっていたていうの は高等市学校 の一向時代にはなんと言っても文芸第1 主義で従って文芸は2識の見はだったが ここではそうではなくその点では全く田舎 だっ たその上僕は戦火星であるから一宮に 小さくなっている他はなかっ た自分は学問には自信があったから戦火星 たることに絶えず屈辱を感じていた うんやっぱりその本家性ストレートで入っ てきたその本家性の方がま あのどちらかといえば えま賢い偉いっていうような え印象を持たれてたんだろうなと思うんだ けど うんでえまそんな中京都大学にえ入った菊 先生はある時え同人誌に誘われるんだけど えこの同人誌がなんとえま後になって 考える と1つ文学ね日本の文学を 大きく動かした作家さんたちがえ後に活躍 するような同人雑誌なんだ けどもしかしたら知ってる人もねいると 思うんだ けど京都へ行った最初の 年 明田川く松岡なるせが第3次新市長をやる ことになったので京都にいる僕も同人にし てくれたうん悪竜之助先生く正先生松岡柚 先生え成瀬誠一先生この4人プラスえその 4人は東京にいるんだけどプラス京都に いる菊先生も同人え仲間にしてくれたと うんこれは彼らの友情で僕は京都にいたの だから物にされても仕方なかったので あるこの時同人になっていなかったらその 次の新市長にも同人になれず結局僕は分断 に出る気運に接しなかったと 思う僕はどこにいても記法を減して分断に 出られるほど才能があるとは思ってい ないもう少し僕が貴重面な男だったら講師
を無事に出て中学の先生になっていたと 思うしまた新市長などいう雑誌が出なかっ たら何になっていたかちょっとわから ないこの第3次の新市長には山本豊島土谷 文明山宮ことなどいう人も入ってい たうん うんそして山君が誰かの気入りで形成者と いう本屋が雑誌を出してくれたのである うんこの新市長うん第3次新 市長の同人たちえそこのメンバーたちはえ 後にそれぞれ作家として文学者としてえ今 でもまさにこのの岩波文庫さんだったりに 残っているぐらい え活躍される面々だったとまそういった 意味でその一員だった菊先生がもしこの新 市長に呼ばれていなければどうなっていた かっていうのをねあの先生自身も今 おっしゃってたけど うん人にはやっぱりなんという機械うん運 というのかなうんタイミングっていうの がその後の人生を変えるっていうことある んだなっていうのをここですごく感じたん だけど うんでその新市長に入って え作品 を発表していくことになっ てでまそういった京都大学の生活を送っ てる時にえ先ほど名前が出てきたその ナルス誠一さんの弟である えあ弟がその京都の第3高等学校うん東京 は第1高等学校って呼ばれてたんだけど 京都は第3高等学校といういうえ名前でま そこに成瀬誠治さんの弟が入ってきたとで そのねナルセさんお世話になったっていう えこともあってその弟と仲良くなるんだ けどえそこで えそのナルセさんの弟にえ勉強することの 大切さをえ伝え たそう菊先生がまその箇所がね僕すごく あの胸に刺さったという かだからちょっと読んでみる とえその弟さんの名前が鳴瀬 俊助さんという方 で え私は俊氏と一緒にるいる 口癖のように勉強第1主義を解い た私は学問の成績は才能などによらずただ 努力と勉強にあることを 解き勉強すればどんな学科でも優しいもの であることを適切し たそのくせ私はそれほど勉強家ではないの だが口ではそんなこと言っ た純礼な彼は私の説をよく聞いてくれたと 見え参考時代ずっと勉強したらしく放課の 2年を終えただけで外交官の試験をパスし
た中学時代にはそれほどできたというほど でもない彼としては見事なことだっ た私は彼の頭の良さにするとともに私の彼 に対する宣伝が多少とも効果を通したもの と思うので あるナルセ氏の主人もこのことは認めて くれ た私はこのことでナルセから受けた1 ののを報いたつもりで いるおみささんこんばんはこんばんは すごく寒いですがもうこたつでも布団で も温かくして 是非見ていただければなと思います楽しん でて ください僕はいつも通りホットコーヒーで 体を温めて ます ね あの学問の 成績うん学問の成績はもう 才能とかじゃないんだよと才能じゃ ない え学問の成績はその努力と 勉強ただそれだけだということをその ナルセさんの弟さんに伝えたらえすごく 純粋なこの俊助さんはえめちゃめちゃ勉強 したとその言葉を聞いて うんでえ外交官の試験をパスするぐらい ねなかなか なかなかのエリートに育ったというそれは もしかしたらその菊先生の言葉に感銘を 受けたからかもしれないしもしそうだっ たらえナルセさんねあの聖治さんとその お父さんにいくらか恩を返すことができた んじゃないかということをねおっしゃって うんこの最え才能じゃなくて 努力がその学問の 成績に関わるっていうところはうんうん 学生時代もうちょっと勉強しておけば よかったなと うん努力次第でどうにでもなったなって いうのねあの今更だけどすごく痛感した からちょっと読んだんだけどえみちサキ さん本当に寒くなりましたねえストーブの そばで聞いてますあいいですねストーブ僕 もストーブ欲しい な はいで えでこの京都大学の3年間についてえ菊 先生がおっしゃっているとこで えとにかく京都大学3年の間教室で学んだ ものは何もなかっ たあったとしても一月も自分でやれば覚え られることだと 思うとにかく現在の文科大学などという
ものはただ時間潰しに行くだけのところで ある語学なども高等学校当時よりもならの 進歩もしなかっ たただ私は研究室にあった脚本は大抵読ん だそれは東京の文科の図書室などには 決してない新しいものばかりだっ たそれが京都大学にいた第一の収穫だっ た私は論文は英国の近代劇と題し英国及び アイルランドの近代劇全部に渡ろうと思っ ていたが結局時がなく ゴーズワジバーカといったような人々を 別々に存じたまとまりのないものになって しまっ た うんうんこのね大学などというものはただ 時間潰しに行くだけのところであ るっていうのは今の時代でもそういう風 に毎日大学に通ってる人もま 少なくないと思う正直なところ うん本来大学は勉強するところだけどうん なんかサークルをしに行ってるとかうん とりあえず行ってま授業中寝たりとかし てるだけっていう実情 は あのまねもちろん菊先生がおっしゃってる 意味としては え菊先生の学力が高すぎておそらく学ぶ ものがなかったっていう意味でおっしゃっ てるんだろうけどまあそこまね大学生でえ その意に達せる人は少ないかもしれない うんどちらかといえば 大学自体があのだんだんその就職のために 通ってるみたいなねえ感じになってるん じゃないかなと思うしま通ずるところは あると思うこの菊先生がおっしゃっている と うんでこの中で えありがたいことに菊先生からの 教訓が書かれている箇所があっ て え県立の学校を2度も出されるなどという ことは普通の人にはできないことだろうえ この官立の学校2度も出され るっていうのはえ1回目が高等市販学校で 2回目がえ前回話したその第1高 学校2度も出されるということは普通の人 にはできないことだろうしかも2度とも 決して出なければいけないというような 事情があったのではないうんこの模様は 月曜日水曜日の配信を見てもらえれ ば分かると 思うただ青年活気感情の本訴するままに出 たのであるしかも家に余裕のある学士で 学問しているのでは ない血の涙が出るような学習を使いながら
でたらめをやってやったわけである 私は作家になってから生活的に非常に堅実 なように言われているが青年時代は本法 劇場の青年であったと言わざるを得ないの で あるただこういう失敗に懲りて学校を出て 以来私は堅実に生活してきたことは事実で ある大学を出て状況して間もなくくと本合 通りを歩いていた時くは君はよく大学を出 られたなと言っ たそれはまさに治元で あるちょっとでも間違えばどうなっていた かわからないのであるただ父母が僕を猛進 すること深かったのとナルセの知遇と僕 自身の頭を信じていたのと合って艱難な 学生時代をどうにか切り抜けて文学士に なれたわけなので あるここでいさ教訓命たことを述べるなら ば中学時代にいい成績を取っておく こと自分自身自信をえることで生涯を通じ て得になることだと私は 思う うんそうね中学校ま高校今で言うとねその 中学校高校でいい成績を取っておくことと え自分自身でしっかりと自信を持てるこの 2つがあることで生涯を通じて得になる ことが多いよっていうような今君を おっしゃっていてうんめちゃめちゃ胸に 刺さったんだけどま全 あの1つ目の中学時代にいい成績を取って おくことねその学生時代 にうんいい成績を取っておくことに関して は僕はもう あの現代文と日本史以外 はいい成績取ってない からちょっと怪しいんだけどね うんでもここで菊先生の教訓が挟んである のがすごくあのいいなと思ったんで ええこの自分自身自信を用てることでって いうのはねこの作品を読んでてもすごく その菊先生自身がえ自分に自信を持ってい るっていうところがえ度々出てきて まそれはすごく大事だなとうん思った し菊先生はその自分の学力っていうものに 信頼を置いてるそれはナルシストとかじゃ なくてえ実際そうだった自共に認める うんで現にねまこれの後だけどあれだけの え日本文学にとって1つ大きなえ存在に なったというところも踏まえうんその自分 自身自信を用てることこれはすごく あのま今後自分自身も胸に刻んでおきたい なと うん でえその京都大学に3年間通いまして菊 先生
はでどうなったかと言う とさて大学を出ても就職口が私を待って いるわけでもなく現行の方が売れそうな 様子もなかっ たその年の5月に屋上の狂人 7月に海の勇者8月に奇跡と新主長に書い ていたのであるが屋上の狂人はくくが関心 してくれたというだけでまだ現行が売れ そうな初行は 愚かのいるの望みもなかっ た就職についてはやっぱりをすはなかった ナルセ氏は大橋新太郎氏に紹介所を書いて くれ た白分館へ入ろうというのだこの白分館と いうのは出版社のこと当時 の大橋て23度行ってやっとあっ たその大事な紹介場の上に濡れてぬを置い てシミをこえた話は葬式に行かぬわけの中 に書いてある うんこれ だけこれああね今で はこれだけ偉大な作家さんになってる菊 先生でも就職に困ったと うん就職先がなかなか決まらないというね うん今のえ就活性だったり転職をしてる人 と同じような悩みを抱いておられたという ことをでなんかそこにすごく親しみを 感じるというか うんそれも全てその 自分自身の手でそのつまり文学者として 作家として身を立てたいうんという望みが あるからこそえ就職口がなかなか決まら なかったっていうのもあると思うんだけど ねはい でその後これもまたえタイミングというの かえ運が良かったの か9月頃になってナルセ氏の家庭家の弟と 書いて 家庭ナルセ正義という人が自神法の石川 三明氏と痕跡の関係があるので私をじじ 神法へ紹介してくれ た私はやっと人波の人間になったような気 がした おおでこのじじ神法でなんとこの菊先生は そのナルセさんのま 繋がりに助けられて入ることができたとで この菊先生はこの事事神法でえ記者として え働くことになったま今で言うともう そのなかなか売れないフリーターの作家 さんが えましっかりあの身を落ち着けて正社員と してその記者として働くというような感じ なんじゃないかなと思うんだけど うんでその自神法に入っ てまそのことについて書かれているところ
が え私は訪問記者としてはいつまでやっても うまくはならなかっ た私は人と会うのが苦痛だっ た相手が女性なくしてくれない 以上私は話ができないので ある私は新聞記者を2年半していたがいつ が来ても人と会うのは嫌だったうんおちか さんこんばんは こんばんはありがとうござい ますちかさんもあのしっかり体を温め て聞いて ください皆さん今日はね あのそれぞれ体を温めておられるところだ と思うんだけど今僕ね 斎なかなか寒くていやあのエアコンの風が 向こうに行ってるから書斎なかなか寒いん だだからちょっとね あの身震いをしながら配信をしているん です がえちかさん今日は来れてよかったです いやありがとうございます間に合って 良かったですこたつでぬくぬくしてますあ いいですねこたつ僕もこたつ欲しいんです けどねあの電気代が一番経済的っていうの をあの知ってからあタいいなと思って うんなかなか出れなさそうですねまこたつ に入りなが入りながらあの映画見たりとか 本を読むっていうのはそれはそれで私服の 一時だなと思いますねなので来年はこたつ 買おうかなと思って ます うんでちなみにこの菊先生あの新聞記者と してえ訪れた訪問記者としてえお家にお話 を伺いに行った人が書かれてるんだけどえ 大倉八郎渋沢永一五藤神兵足立健三山本 達夫そんな人にもあったとうんこの中でえ 有名特に有名なのは渋澤英さんかなうん とこ藤神兵さんも有名だね うんまそういったえ 政治だって経済のそのビッグネームの人に え会いに行っていたとただ自分はその人と 会うのが苦痛だったうんで相手があの気 なくその話してくれないとこちらから 話すことができなかっ たうんなかいやいやだったけどもなんとか 2年半働いたと うんここも僕はうん親しみがましたなと これでうんここの書かれてるところ で 人と話すの人と会うのが苦痛だったでも 記者をやるっていうねうんまそれも全て その生活のためっていうところだったと 思うんだ けどおちょっと時間が迫ってきてる
ね うんで この後実は え菊先生結婚されるんだけどまもちろん その結婚についてのこともえ書かれてるん だけどまちょっと時間の都合上えその結婚 の話は是非この本を手に取って読んで 欲しいなと思うんだけどまその結婚につい て書かれてるところもなかなか面白くて うんまどういう相手だから選んだいうその ね奥さんのその条件みたいなところが書か れてるからちょっと面白かったねうんで 特に僕がこの辺りでえ話しておきたいなと 思うのはえ実は え田川竜之助 先生と親しくなったのはこの頃だとえ おっしゃっていてうんだからその第学校 時代にも あの話したことはあるし え一緒に遊んだりとかしたこともあった けども うんただ え特に親しくなり始めたのはこの時期だっ たということが書かれてい て [音楽] 私は白田川とこの頃ようやく親しくなっ た一孝時代は田川は常と教訓などと官僚的 催であり私はくなどと野党的催であったの で大学中はほとんど親しく口を聞いたこと はなかっ た大学になってから私が上京するたびに よくあって親しみを増したがこの頃になっ ていよいよ親しくなっ た彼は横須賀から上京して新橋へ着くと その足ですぐ南鍋町の事事神法書に しばしば訪ねてきた あうごめんなさい声がうかった会うとよく 文芸団をしてい たその時の秋その年の秋になって私 は郊外町の家から小石川へ移った竹島町の 三途という裁縫の先生の部屋を借りた上 ふきの部屋や部屋だった えちかさん奥さんの条件気になりますね あのこの中にえ書かれてるんですけど ざっくり言うとえ菊先生はあのお金が なかった貧乏だったからえつまり逆玉の 腰を狙ったいううんなんかお金を持ってる えお金持ちのの家庭家で育ったお嬢さんが え仕事をしているま当時としては珍しい 職業夫人と呼ばれて ただ けどあの仕事してる女性とにかくお金を 持ってる女性と結婚するっていう条件のお 元にえ奥さんを選んだといううんすごく
現実的なんだけど うん でちょっとあの時間もね迫ってきてるから えま今日のテーマサカ菊官が話さいたで ようやく花が咲き 始めるというところ でえ大島ができる話と一緒に新時代という 雑誌に書いた若杉裁判長というのも好評 だっ たこの頃の私は新人作家とし て翌日商店の形で世の中に出ていっ た私はその頃夏氏の家と一丁とは離れてい ない南町のに住んでい たそこは9円50戦くらいの家賃で男便所 のない家であるからどんな汚い家だか想像 が できる半まぐらいの入り口を入ったロジ グラであっ たある時事事神法社から帰ってくるとその 路地の入り口に自家用の人力者が止まって い たその頃の用者は現在の自用自動車と匹敵 していると 思う私はああ中央高論の滝田だなと直覚し たその頃の滝田氏の分断における誠意は ローマ法王の半分ぐらいはあったと 思うことにその自用の人力者は有名であっ たえちなみにこの中央労の滝田さんはえ いろんな作家さんのあの回想録というか 水質に度々出てくるんだけどえこの中央 行論っていうあの当時すごく有名うんなえ 出版社があってえそこで小説を発表すると もう分団デビューうん名前が一気にえ 広まると言われてたからそこのえ中央校の 滝田さんはえ自家用自家用の人力者に乗っ てその作家さんえ新人の作家さんたちの家 に え人力者に乗って回っていたとそれが度々 あのついに来たかっていうね あの新人の作家さんたはていう はねいろんな作家さんが書かれてる と私は家へ入ってみると滝田氏ではなかっ たが滝田氏の名を受けたこの継士であった おポチさん紐狙いあさっきの奥さんの話 です ねそれもうちょっと詳しく話したかったん ですけどちょっと時間がなく てまたどこかの配信でそうか なえこの頃中央高論へ書くことは中堅作家 としての登録を済ますようなものだった から私はこの時の嬉しさを今でも忘れ ないこの時河野市にえ施行したのが無名 作家の日記であるそうまさにえこの半治連 ともう1つ岩波文庫さんの中に入ってこの 無名作家の
日記を中央 論に出したとえこれはクシという雑誌に 気候したものだがクシの配管によって私の 手元に帰っていたもので あるこの作品は滝田氏が読んでその中の 一人物を田川ではないかと思い私が田川に するを書いたのではないかと思い心配して 悪田川に聞いたとのことであるがしかし これは滝田氏の義勇であっ たこの作品は政宗白鳥氏が褒めてくれ たこの前後にあちなみにこの政宗白鳥先生 っていうのはえもう日本の近代文学の中で もえ大御所と呼ばれているえ分団の中でも え権威のある文学者の方だった作家 さんが褒めてくれたとこの無名作家の日記 って いううんえこの前後に私は小石川中富坂3 番地の家に越したそこは13円の家だった ねさっき9円50生の家に住んでたって 書いてあったけどえグレードアップして 13円の家だったと 無名作家の評判が割合良かったので滝田氏 は一石私をこのうちに訪ねてきて一緒に 連れ立って外へ出て本郷の円楽券をご馳走 してくれた うんさあその中央厚労の滝田さんに認め られるぐらいのねあの 作家にどんどんなってきたと菊先生がうん その後9月の中央高論にただただ教行場機 を書いたえーこのただ行場機僕菊先生の 作品まもちろんすごく有名な作品なんだ けど菊先生の作品中でも特に好きな作品で うん完全にちなみだ けどえこれはいた皇師を始め23の人が 褒めてくれこれによって私の分断的位置は 確立した感があっ た8年の正月にの彼方にを書いたこの短編 小説もねちょっともう1度読み返したいっ ていうぐらいいやもう1と言わず何度も 読み返したいっていうぐらいに え面白い作品 ですえ2月に白田川の人力で大阪毎日の 客員になった事事神法者に2年半ばかりい た分断で分断的に4に出てからも私は外交 記者として神妙に出生したつもりで ある私は無能であったかもしれないが 真面目な記者だっ た私は現行が売れだしたからと言ってすぐ 怠けるようなことはなかっ たやはり月々の低収入を生活費の基礎に しようと思っていたので ある私は貧乏な家に生まれ学生時代を ずっと苦労しただけに世に出てからの生活 ぶりは堅実そのものであったと思って いる私は収入の少ない時にはそれに応じて
慎ましくしたと 思うだから私は今まで借金をしたことは なく現行料の前がりも1度だってしたこと がない ない現行を持ち込みもしたことは ない私は新聞記者として低収入を得てそれ によって生活し作家として生活し得る確実 なる見込みがついてから初めて作家生活を 始めたので ある私はここでひとまず反次女での筆を 置きたいと 思うこれからあとは事件もまだ生々しいし もっと裸にならなければかけないことが 多いので書たにしろ発表は死んだ後で なければ困るかもしれ ない最も現在の私には死後に発表するよう な原稿は書いてる暇はないから結局そんな ものはできずに終わる だろうだから最初から半というを関して おいたので ある うんね このさっき出てき た菊先生は貧乏な家庭に生まれて学生時代 もその貧しさにずっと苦労されてき てで社会心になってもう堅実に生きてきた とうんお金がない時は節約して慎ましく 生活して うんで本当はその作家として えねその生活と目標が一致することそうと してたんだけどもま現実はねなかなか 難しいということでその新聞者としてえ 安定した収入を得られる環境をましっかり 作った状態でえその作家としての道も諦め ずにコツコツ頑張ってき てでえその中央高論だったりに小説を 載せるようになって作家としてえデビュー することができたということで僕はこれを 読んでてうん すごく今特に若い人で自分の夢がとか目標 があってただそれが あのそれを生活にしたいと思ってるけども なかなか えね自分1人だけでも食べていけるほどの お金すらも稼げないとかっていう状況に 置かれてい てでま日中はあの 違うま生活のため の仕事を労働をしてていう人にすごく あの背中を押してくれるなと思っていて うん夢を追いかけてる人目標に向かいる人 にすごく うん心に響くんじゃないかなと思っねその 菊先生もそうだったっていうところが 何より心強いなと思うし
うんはいということでちょっと1時間過ぎ ちゃったから えこの辺りにしようかなとえ今週1週間ゲ 劇で話してきたえエピソードだったりえ僕 が読んだところていうのはほんの一部うん を抜粋して話し たから是非気になった人は えこの半事女 で読んでみてはいかがでしょう かその日本近代文学の作家さんがしかも菊 時間先生ってあのね文芸集中今もあるけど 文芸春獣の総子者というそのビジネスマン ビジそうねあの経営者としての え実績もあってであともちろん文学会 に大きな功績を残されたえアタ川賞直木を 作ったのはこの実はこの菊間先生だし うんなかそういった意味で日本近代文学の 作家さんの中で もちょっと異質というか うん作家一筋じゃなくてその現実 的な面というかジャーナリズム的なとこ も実際に踏み込んでで自分がやっていくっ ていう人はなかなか珍しいんじゃないかな とうんだから芸術とえ実業が合わさって いる人っていうイメージなんだけど僕は うんまさらにこの作品ハジ序でを読むとえ 読む人それぞれに菊先生の新しい発見だっ たりえ 魅力っていうのが見つかると思うからえ 是非読んでみてくださいということで今週 1週間菊間先生の半治所伝ありがとう ございまし たでちなみに今読んだ後にえ菊官先生のえ 他の作家 さんについての評という かてうんなかなか面白い うんそうさあの菊間先生自身のその文学感 という かうん文学論みたいなところも書かれてて 僕はすごく興味深く読んだんだけど [音楽] うんで最後に僕があごめんねこれ チョコレート最後に僕が感じたこと考えた ことをま あの話すと えもちろん作家 さんの え芸術だったり思想っていうものはえ 1番入っているのは小説その人が生み出し た小説だったりCだったりすると思うだ けどだから作家さんその作家さんの精神と いうかえ心 を知るには やっぱり 小説その人が生み出した芸術その人が
生み出した作品を読むのが一番いいと思う んだけどま今回話したこの半治序でのよう にその作家さん自身が書いたものでもいい しその作家さんについての者の方が書かれ たものうんでも評論でもいいしを読むこと によって えどういう人がどういう作品を書いたの かっていうのを知ることができるとそれは つまりその作品だけ読んでるだけでも もちろん楽しいし充実するんだけど プラスアルファえどんな人が書いたって いうのを知ることでより親しみが増すと うんでさらに言うとえそ作家さんが例えば えすごく貧乏していた時期に書いた作品が これなのかっていうのを知るだけでもえ その作家さんがどういう状況でどういう 思いを込めて書いたのかっていうのをね それを知ってるっていうだけでえその作品 の読み方というか感じ方というのちょっと ね変わってくると思うしまそういった意味 でこういう作家さん自身が書かれた自伝 自伝だったりまそういった評論っていうね そ作家さんについての評論から入 るっていうのもえ面白いと思うしこれこの 作品は特に半次女ではうんそれを改めて 感じさせられたなということでえ僕はね 来年から菊官先生の作品もえ今まで読んで なかったものをどんどん読んでいこうと いう1つね え来年の目標が1つできたまもちろん他に もいっぱいあるんだけど目標っていうのは うんま読んでいこうと思うの でま 是非皆さんも一緒に菊 先生読んでいき ましょうありがとうございましたおあい テレさんありがとうございましたこちら こそ菊間先生もありがとうございまし [音楽] たあその前に上にコメント頂いてましたね 最近おすめに上がってきたので立ち寄らせ ていただきましたそんなに有名な方なん ですねあ僕の配信チャンネルがおすすめに 上がってきたんですか うんどういう基準で上がるんでしょうねお すめてうんありがとうございますそうです 菊間先生はまどれぐらい有名かとあの文学 日本日本文学会でどれぐらい有名かという と も悪竜之助先生な先生と同じぐらい有名 ですだし鉱石としてはこあの鉱石としては もっと大きい可能性もある あのねその文学的な功績まもちろんそうな んですけどねさっき言ったようにえ文学 会日本文学会にとっての鉱っていう意味で
は うーんおそらく その影響は1番大きかったと言っても過言 ではないんじゃないかなとうんでそのアタ 川賞直木しを作ったっていうところでも うんそうそんな作家さんがいたんです日本 に はまた遊びに来て くださいということで え次回予告え自習 予告に入っていくんだけどえなん とえ今日が22日だからえここで一旦言 伝えておく とこ今年は来週の水曜日27日 までにします2023年最後の配信は12 月27日水曜日来週の水曜日までにします えというのもえ僕はこの後規制するから です地元の方に規制をするので うんなんで本当は29日とかもできたら 良かったんですがちょっと久しく帰って なかったんで え帰る今年は帰ることになったんだけどだ から来週水曜日までです2023年の配信 は えテレさんそうです読書はあまりしないの で驚きまし たでも夏目蒼崎先生の坊っちゃんが1番 笑ったのでえ綺麗のチャンネルで何か好き な 本が見つかるかもしれないです ねね蒼々先生のぼっちゃんめっちゃ面白い ですよねうんもちろん 名作だから名作なんですけど僕の中でも 名作ですやっぱり坊っちゃんは うん何回読んでも笑えるあのバッタ事件の ところとか ねうんあと最後のねあの卵を投げつけると かねうん僕大好きなんですよ結局暴力に出 ちゃうっていうところがね うんいやぜひ是非あの何かねアテさんに とって大切な1冊が見つかるといいなと 思っ てこのチャンネル続けていくのでまた遊び に来てくださいえお気をつけて良い旅を そうですね気をつけてないとまず体調に気 をつけない とせっかく寄生するのに体調悪かった嫌だ なありがとうござい ますということなので今年は来週水曜日 までなんだけどえ来週1週間何話そうかな と思ったんだけどま月曜日と水曜日共通し た テーマじゃなくでいいなと思ってえまず え次回12月25日クリスマスの夜 うんに奇跡的にクリスマスの
夜のテーマはえ僕が2023年で読んだ 本うん2023年で読んだ本の中から 特に特にこれが良かったいうのを話そうか なとうんえちなみに2023年の1年間え 昨日数えたんだけど え大体150冊ぐらい読みました記録1を つけててただ その150と言ってもあの田川竜介先生の 前週 うんここれがなんだこれが全えっと小説 だけで全 101ぐらいあるのかな全10 巻か11巻かそれぐらいあるんだ けどこれは 覗くだからこれ 大体この1間分 で500ページぐらいある からあまりその参考にならないんですけど その冊あの年間何冊読んだっっていうのは あのよくあのYouTubeとかネットで 年間何冊読んでますっていうの書いてる人 いるんですけどあのこの1冊とこの1冊 同じ1冊っていう計算するのはちょっと あのなかなかナンセンスなので気をつけて くださいあの数字じゃないので読書は ただまあ大体150さあの冊数で言うと うん150冊ぐらい読んでで田川先生の 全集読んだりとか関先生の全集泉教科先生 の全集読んだりとかしたんで果たして何冊 読んだのかちょっと分からないんですけど まそんな中でも特に え良かったな とうん特に印象的だなっていうをま3冊 程度紹介できればなと思うので是非楽しみ にしてくださいえもしねあの今遊びに来て くれてる方の中 で同じようにえその2023年読んだ本で これが良かったですよっていうのがあれば 是非チャットでもコメントでも教えて もらえれば嬉しいなと思い ますえさん楽しみな企画ですねありがとう ございますえタく森本さん来週楽しみです ね あの1年間振り返ります僕の読書 生活いろんな本読みました本当にえちか さんクリスマスも安定の仕事なの で 帰り次第参戦できたらお邪魔し ます ねクリスマス大体の人仕事じゃないですか 月曜日だ から うんここで有給休暇取るっていう人は おそらくカップルだけ でしょう安心してください僕もクリスマス
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