会津藩祖 保科正之公が信仰した会津磐梯山の大神 磐椅神社参拝⛩
#磐椅神社#猪苗代#保科正之公
磐梯山の山頂から約1300年前に遷座・建立されました!
古い歴史と社格を持った磐椅神社は、磐梯山が会津の里に豊作をもたらす神として、神体山崇拝の神社として信仰されています。
本社手前には“会津五桜”の一つ「大鹿桜(おおしかざくら)」があり サトザクラの一種で、天暦年間(947~957)に村上天皇の勅使が参拝した折に京都から移植したものと伝えられます。
開花時は白色ですが、次第に鹿の色に変わることが名前の由来といわれています。福島県内で最も遅く咲く桜の名木の一つです。
また、神社入口に立つ推定樹齢800年の鳥居杉の中ほどに山桜の宿木があり、杉の木に桜が縁を結んだということで「えんむすび桜」と呼ばれています。
良縁成就を願い参拝する女性も多く、実際に縁が結ばれたカップルもいます。
最も古い記録によると、今から1200年ほど前に「陸奥国磐椅神に従四位下を贈る」とあるので、この地方にあって最も古い時代に建立された神社とされています。
その後、幾たびか盛衰があって、万治2(1659)年会津藩初代藩主保科正之が参詣した際、自分の死後末社となることを告げて神事が行われました。
その遺言により末社として土津神社に正之を祀りました。
磐椅神社の南側には縄文時代の遺跡である「西峯遺跡」が広がっています。