大学を休学して自転車でアメリカ大陸を横断7000km 中西勇晴さんの挑戦

無限の可能性です。このコーナーは全国学習塾協会長を務める安藤塾代表の安藤大作さんが子供たちを取り巻く様々な問題を取り上げていきます。安藤さん、今日もよろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。 そして、え、今日はゲストとして伊出身で京都の大学に通う中西優勢さんにお越しいただきました。中さん、どうぞよろしくお願いします。 お願いします。 なんと中西さんは去年アメリカの ニューヨークからロサンゼルスまでおよそ 7000kmを自転車で横断したという ことで、え、今日はその話をたっぷりと 伺っていきたいと思います。あのまず安藤 さんと中西さんのご関係というのはどう いったものなんですか?はい。彼はですね 、実は私の友人のお子さんでして、ま、 安藤塾の卒業生でもあります。 小さい頃からよく知てるんですけれどもね、今回のアメリカ横断っていうのは実は行く前から談を受けていて、そしてそれを本当にやり遂げたていうことでですね、今日は彼の話を聞いて、 ま、様々な方々の勇気チャレンジにつがればと思いご紹介させていただきました。 あの、安藤さんはその相談を受けた時はどんな心境だったんですか? いや、最初はですねはい。 本当にやるのかなって、ま、こう思いましたよね。よ、 ま、しかしやり遂げたっていうことですよね。 すごいですね。 あの、本当たっぷり伺っていきたいんですけれども、まずですね はい。そもそもどうして中西さんは はい。アメリカ横断の旅に自転車の度に 出ようと思ったんですか? もう一言で言ってしまうともう直感でもうこれはもうやらなきゃいけないっていう風に思ったからなんですよ。 直感でやらなきゃならない。 はい。ま、ちょっとどういうことかって言うと はい。 ま、横断をしたいって思うまでの自分は本当に何か行動を起こす時も、 ま、そのかっこいいと思われたいとか、 あの、なんか将来社会、ま、社会に出た時に役に立つだろうみたいな、 そういう なんか打算的な思いでや報行動してた自分がまして はい。それがちょっと嫌になってきて はい。 もっと本当にやりたいことないのかなみたいな。 はい。 で、そういうのを探してた時にアメリカ横断の挑戦が目の前に現れて、もうこれやるしかないなって。 ええ、ました。 あの、見た目がこうスポーティーな感じはすごくして、 元々スポーツその自転車協議をされていたとかそういうことですか? あ、自転車競技は、えっと、全くしたことはなかって はい。だけど、えっと、サッカーをあの、 はい。幼稚園の頃から、 幼稚園から。はい。サッカー少年だって。 サッカー少年でした。 あ、ただ自転車が別に得意とか あ、スポーツとしてやったわけではない。 わけではないです。わけではないけれども 7000kmのために出ようと思って はい。 スタートしたという中西さんです。改めて去年の 9月に都米して、え、3ヶ月間およそ 7000km を自転車で走ったということになるわけですが、あの、ま、率直にやってみて良かったですか? もうはい。もう無張って良かったって言えます。 思いますか?はい。あの、そもそも 7000kmという、その自転車で 7000km という、こう、道乗りを行く旅って、えっと、どういう風にこう進んでいくものですか? ま、本当にもうガチガチのルートをやっぱ行くのは難しいんで事前に予想通りってのはないんで、もう毎日毎日その大体 100km先を目がけて、あの、 進んでで翌日も調べての繰り返しでは あ、90日はい。過ごしました。 そうすると1日100kmで進んでた。 あ、そうです。はい。100kmを目安に 目安に進んではい。 これどういう生活なんですか?今ちょっとテントとかも映ってます。 あ、そうですね。基本的には自転車にその移植を全てできる荷物を積んで [音楽] うん。 で、あの、ま、お金の余裕もなかったので はい。あの、宿泊台を浮かせるために はい。の宿をしようと。 あの、これ写真のように、 あ、これなんで、あの、旅の最中テントでの野の宿してたんですね。 はい。の宿をしておりました。 で、朝何時ぐらいに起きるんですか? あ、もう横断中はあの、日が、日が徹底たら勝手に起きるみたいな。 あ、ほぼほぼ。そうするとこう朝日と同時にみたいな。 朝日と同時に起きてました。 自然に起きてはい。 朝日と同時だったら結構早いでしょうし。 そうですね。はい。 で、そっからもうすぐ支度して走り始めて はい。で、何時ぐらいまで走るんですか? あの、遅い日ですと、ま、夜8 時とか走たりはしてました。8 時まで走る。これですからア藤さん、あの、 これちょっと聞くだけで相当過酷な旅だったのが分かります。 相当過酷だったでしょうね。はい。 本当に。うん。 え、中西さん、あの、どうですか?ゴールした瞬間は気持ちとしては どんな感情になるんですか? いや、本当にちょっと複雑なんですけども。複雑。 ま、あの、1年以上その準備も含めると かけてた挑戦だったんではい。ほ。 あ、終わってしまったっていう寂しさと、 ええ、 あと、あ、無事に終わったっていう、 ま、嬉しさ、ま、感動というんですかね。 はい。もう入り混じって もうとにかくすごい気持ちだった。 もうね、え、改めてここで中西さんの工程見ていきたいと思います。 長西さん、9月16日にニューヨークを 出発して、え、その後ボストンへ向かい ました。で、そこから内アがらの滝へ 向かって、その後国境を超えてカナダの トロントへ行ったと。で、その後にシカゴ に行ってアメリカの歴史的な道である ルート66を通って、およそ88日間かけ てロサンゼルスに到着しました。 え、およそ3ヶ月で7000km 道中には様々な出来事があったということなんですけれども、最も印象に残ったことをまず教えていただけますか? はい。えっと、この地図にも出てるこのナバホネーションのというホ はい。こ地帯なんですけども、 この砂漠地帯に住んでるナという先住民が いまして、 そこで出会ったおばあちゃんから あのジュエリーを はい。 頂いたというのが一番印象的な出事でした。 はい。ちょっと色々落っつかない情報でしたけれども、そのジュエリーをまず持ってきていただきましたので はい。はい。クレーにます。 はい。こちらです。はい。 え、このジュエリーが、え、改めてその自転車で走る道中の中で出会った はい。ナ先住民の千住民のおばあちゃん。 おばあちゃんにはい。もらったもの。 え、どういう流れでこれもらうんですか? これあの、その休憩するためにちょっとガソリンスタンドは にあの立ち寄ってた際にたまたまその自分の自転車を見かけて で、声かけてくれたのがこのくれたおばあちゃんでして [音楽] はい。 で、あの最初はもうあの日常的なその何してんのみたいな話してたんですけど でその後1回お別れしてれて、 えっと自分がガソリンスタントに入ったんですね。 はい。 そしたら後から追いかけておばちゃんがこれをもう無言で首にかけてくださって無言で 無言でかけてくださってはい。 でもグッドラックそだけ言ってもう去っていったっていう。 ええ、エピソードだけ聞くとちょっと怖いですけども。いや、でもな、どういう気持ちでしたか? いや、もう自分は何が起こってるんだろうみたいな なりますよね。 もう砂漠っていうその環境と合って [音楽] すごい物語の世界来てるのかなみたいな。 本当ですよね。感覚になりました。 で、またこのデザインがすごくおしゃれで はい。 色々こうなんというか石ですか?散りばめられているような。 そうですね。あの、ターコイズって言われてる石でして はい。 あの、ま、世界でもそのアメリカの砂漠地帯であったり、イランとかエジプト に限られたところでしか取れない石 で作られてまして そうするとかなりあのおそらく高なもの あ、おそらくで全てあの手作りで作られてますのでえ 授けていただきました。 これはあの安藤さんはい。 果たしてナ族のその方は一体どういう思いだったのか。 うん。 何かれのものを感じたのか。 そうですね。やっぱり一生懸命頑張る彼を見て守ってあげたいと思ったのかね。すごいご縁な話ですよね。 本当ですよね。 ちなみにですね、先ほどあの スタッフが調べたところによりますと、このジュエリーですね、おそらくそのナ属というところから考えて 成功を祈願して送ったものだろうと うん。 いうことです。これはですから安藤さん明らかにその方は うん。うん。 何かこう期待してというか頑張ってほしいというその思いで うんうんきっと送ったんですね。 いや、そうだと思いますね。力強さがありますよね。 ねえ。 ちなみに今どうしてるんですか?このジュエル。 あ、これはもう家で大切に保管しております。保 してね。 で、ちょっと眺めながらね、当時のことをこう思い返しながらっていうね、 あの、 ま、すごいこう得意な例だと思うんですけれども、これって実際アメリカで走ってる時に皆さんの反応ってどうでしたか? あ、えっと、やっぱり最初の反応は はい。応山してんのっていう驚きで はい。 そうです。正直なんです。だってアメリカでアジア人が日本人がたった 1 人で自転車で走ってるってなったら、ま、ちょっとびっくりしますもんね。 そうですね。はい。 え、それでもう皆さん何なんだぐらいの感じですか? あ、でそこからま横断しててみたいな で今、ま、こんだけ進んでてみたいな話を進めてくうちにそのご飯を あの食べさせてもらったり はい。中にはその宿泊をさせてくれて でもご飯も洗濯もさせてくれたり ええ。 中にはお金も寄付してくれる方がいたい。 ええ。 本当やっぱりその思いというのは国境超えてますね。 ええ、本当ですね。 ねえ、中西さんはアメリカでの道中をラニーというアカウントで Instagram で発信していました。中西さんが作った動画をご覧ください。こんにちは、ラです。僕は今大学アメリカしてるんやけど、ちょうどスタートしたニューヨークから 2500km 離れたシカゴまで来たから、ここまでのまとめ動画作ってみる。 まず空港に着いてから自転車組み立てよう 思ったら部品が壊れてたんでUbber タクシー使ってチャリアへ移動。5km 進んだだけで40ドルかかって早速 アメリカの物価の高さ通感した。ほんで チャリ直ってから1日100km目安に 進んでたんやけどアメリカの道を超い出る とこういう種とかこういう馬は持ちの こと面長とかカナダこんなリスとかも 当たり前のように見れて日本ってやっぱ 違う環境にいるんやなって改めて思った。 いや可愛すぎやろ。こんで走っとった道は こんな綺麗な道とかこんな砂利道とか トウモコシきとかいろんな道を走してる。 それに加えて雨も降ってくるした雷もなっ てくるしも10度切る日が結構多くなって きたよ。そんな中自分で作ったこのラニー カンバを見て話しかけてくれる人とかご飯 を奢ってくれる人とか宿泊させてくれる人 ってやって心身共に温めてもらってる。 マジでアメリカの人たち優しい人多くて 毎日感動してる。やけどもちろんいいこと ばっかじゃないんよな 。 ね、最後部のあの映像が先ほどのそのお金という はい。ですからチップを そうですね、チップをいただきました。 すごい話ですね。でもやっぱり旅はいいことばかりではなかっ はい。ハプニングがなんかあったんです。 ハプニングたくさんありました。ええ、 あの1つあげるならはい。 国内でお金を貯めて買ったアクションカメラが は丸ごと盗まれたり え。はい。 どういう経緯ですか?それは もうそれはあのちょっとま、コンビニに入ってた 5分10分の間に 盗まれました。 それは食に出てどれくらいの? えっと2週間から3 週間ほどの結構序盤の方で 盗まれました。 そう。その時までに撮っていたそれ動画ですか? 動画です。 うわ、もうなかったことになっちゃってる。 もう全部なくなりました。 悲しいですね。 え、そのハプニングも動画にまとめてあるそうなのでご覧ください。 この30 日の間でちょこちょこハプニングも起こったんよ。これは野宿しった時の話なんやけど、合計で 3 回警察に触れてヒヤヒヤした。1 回目はそこは危ないから警察署の隣で寝ていいよって言ってもらって。 いや、アメリカのポリスかけありがてえってなって 2回目はそうまくもかず。 こんな感じで言われたからテ片付けて3 回目はあい こんな感じで特別に許可してもらえてまたアメリカ のポリスかっけえってなった。テントの中 でクロイドにライト照らされて声かけ られるのはほんまに恐怖よ。ま、その他に 起こったハプニングでは大事なアクション カメラが盗まれたんが一番メンタルに来た 。買い物するんに5分から10分くらい店 に入ってたらその間にカメラだけなくなっ てた。なくなった瞬間頭の中真っ白なって えって固まってたわ。いや本当一瞬でも 気い抜きあんのやな。これがアメリカ かってしげてた。でもまだ チャリルスマレアンダだけ良かったなって 思っとこ。の他にはマウンテンバイク乗っ たおばあちゃんに衝突されてバックのトが 壊れたり、荷物重すぎてキャリアの根元が 折れかけたりっていう口ハプニングあった けどこれはもう解決したからいいや。でも 30日でこういったいろんな経験してきて 思い始めたことがあるんよ 。はい。最後が意味 で後ほど伺い ます情報ありました。の警察 はい。食はい。しかもこれアメリカで アメリカで え、日本で食されたことありますか? はないです。 ないでしょ?アメリカで食されるってもうとんでもない怖さだったと思うんですけど。 どういう心境でした? いや、もうどうしよう、どうしようって、 もうずっとテンパってました。 そうですよね。はい。 あの、そもそもなんですけど、中西さん英語って元々話せたんですか? あ、いや、話すことはできなかって、 え、初めての海外がそのアメリカ今回の挑戦でしたので、 あ、え、 あ、旅を始める段階で英語話せない状況。 はい。 話せない状況でしたなんですけど、あの、言ってることは聞き取れる、理解できるっていう英語力で行きました。 安藤さ。はい。 これまたすごいチャレンジな気がします。 これはすごいですね。ま、相当な勇気が必要ですよね。 本当です。 でもやれるもんですね。すごいですね。 やれるもんですよね。本当にね。 ただこれあのやめたいって思うことないですか?こんな怖い思いして。 いやあ、何回かありました。 ありました。はい。そうですよね。 これでもどうして続けたんですか? もうもうアメリカニューヨークに行った時から もうゴールはもうロサンゼルスだけってもう決めてたんで うわあ もう行くしかない行くしかないって自分をましてたっていうか 最決心の元 でもあの動画を見ていると警察官も怖い人ばかりじゃなくてなんというかちょっと日本では考えられないような情報もあったりとか はい優しさもあったりとかっていうね 優さにはいたくさん触れました あるわけですねええ、旅の道中で様々な ことがあった中西さんですが、旅に必要な ことに気ついた動画を作成していました。 そちらご覧ください 。少しずつやけど旅に必要な能力ってのが 分かってきた気がする。その能力ってのは 解釈力。よく事実は1つ解釈は無数って いう言葉を聞くけど本当にその通りやなっ て思う。旅なんて苦難や困難なんて出て くるんは当たり前でそれらの悲しいことを 悲しいだけで終わらせてたら人生は悲しい もんになると思うんよ。やけど、その 悲しいことの中に何か笑いの他を発見し たり、教訓めいたものを見い出せたりし たら、その人生は面白いものになるし、誰 かのためにもなる人生やと思ってる。や から自分は悲しいこと、辛いことが起こる と分かってることでもやってみたくなる。 もしかしたらなんでアメリカ横断っていう 過酷な旅をしたいのって思う人もおるかも しれん。もちろん楽しいからっていう理由 もワクワクするからっていう理由もあるん やけどそれ以外にも理由がある。簡単に 言ったら強くなりたいんよ。どんな逆境に 陥っても折れような精神力。考え方1つで 奇抜なアイデアを生み出して打開できる 想像力。そんな広い意味での強い人間に なりたいんよ。ほんで強くなるには失敗や 挫折などの痛みやつき物やと思ってる。 それらの痛みがなかったら成長はないとも 思ってる。だから自分はあえて過酷な旅を してるんです。やけどもう少し突き詰めて みると優しい人間になりたいんよ。 いろんな経験をして、いろんな気持ちを 感じていろんな人の感情に共感できる人間 になりたい。いいことも悪いことも嬉しい ことも辛いことも全部吸収して強くて 優しい人間になりたい。これが自分の旅を する理由の1つ。そんな自分の旅を見届け てくれる人がいたらめちゃくちゃ嬉しい です。じゃあ残り4000kmの旅行って きます 。いや本当にあの音の動画も見てしまい ますし特に最後の動画は安藤さんうんでし たか。いや、もうなんか人生やき方をね、 教えてもらえるような 彼はまだ21 歳ということですけれどもね。 あ、そうでした。大学生なの忘れてました。 ええ、すごいなあと思いましたね。ね、 本当に。うん。 あの、中さんご自身はその旅をする前とした後では何かこう心境の変化みたいなものってありましたか? あ、そうですね。 あの、何か新しい環境であったり、 あの、新しい、ま、行動に、 ま、行く時のその心のブレーキっていうか、そういう抵抗感がかなりなくなってきたかな ていうのがやっぱり帰感じます。 ええ、確かにね、あの、すごい変化とかってやっぱり恐れてしまいますけれども はい。 あ野さん、今ってそれをなんとか乗り越えないといけない時代に入ってますよね。 うん。そうですね。もう計画通りに行かないっていうね。 うん。 こういうの代に計画りに行かなくてもう自分やるんだい覚悟とゴールが決まってますからね。 だから彼のようにま、うまくいかなくてもすぐ修正し、すぐ復活し はい。これは素晴らしいですよね。 いや、本当すごい大学生です。え、アメリカ横断自転車で 7000km を走り切った中西さんでしたが、都兵前に多くの準備をしていました。え、コマーセルの後挑戦のためにどんな準備をしていたのか伺います。 僕たちの未来に踏生み出していくんだ。 [音楽] 無限の可能性。今日はアメリカを自転車で横断した中西優勢さんにお話を伺っています。引き続きよろしくお願いします。 お願いします。 さて、え、安藤さん、ま、大変なことをしておきた中西さんですけれども、 言ってもまだ大学生ご両親したところあると思うんですけれど。 いや、きっとそうでしょうね。ま、本人も覚悟がいったと思いますが、送り出すご両親の方も相当な覚悟がいったと思いますね。うん。 ちょっとその辺りの経緯も振り返ってもらいたいと思うんですけれども、え、ご両親にそうしたお話をした時どんな反応だったんでしょうか? そうですね、最初は もうアメリカ横断するんよって言ったら、 あ、そうなんだてちょっと軽く流されたっていうか、あ、あんまり あし、真剣だとあの、伝わってなかった。 あ、おそらくその段階ではご両親は信じてなかった。 なんか言い出したな。そうですね。 うん。 え、そこからどう進んでいったんですか? そこからあの2ヶ月3 ヶ月経ってもアメリカ横断するんだって言ってで実際にこういう準備が進んでるんだっていうのを 示してくにつれて はい 本当にやるのってうんやるってで危ないよみたいなや分かってるでもやるっていう あの掛け合いを 出てはい で最後はあのじゃあ行ってこいって押していただきました そのこういう準備をしているっていう話はどうしたんですか?なんか例えば何月何 日にここに行ってで、ここでこういう進み方をしてみたいなプランを説明したんですか? あ、プランもそうなんですけど、 ま、その もう飛行機を取ったからもう行くんよっていうの前提で ほぼ強行 みたいな感じで行 って必要なものはこんなこんなこんなでっていう。 ええ、ある意味ですから中西さんとしてはご両親に覚悟を見せた。 はい。 もうチケットを買ってるからていう。 はい。 で、ご両親どんな反動だったんですか? いや、もうやっぱり危ないっていうその1 点張りがかなり長い時期続いたんですけども はい。 ま、でももうやりたいっていうのをずっと言い続けて はい。 で、その具体的な計画もちゃんと伝えて はい。 で、最後には行かせていただきました。へえ。え、 これはでもご両親もあのある意味ちょっと嬉しいところあったかもしれないですよね。これだけ本気だったらっていう心配だったらしようけど。 [音楽] だし嬉しいし複雑なところあったでしょうね。 ねえ。 え、そもそもあのこの旅っていうのはその 1 人でも計画して行こうとしたものだったんですか? あ、元々はえっと大学の友達と2人であ、 行こうと思ってます。やっぱり最初は1 人じゃなかったんですか? そうですよね。だって英語話せないって言ってるのに。 しかも自転車で。はい。 え、そうするとそのもう1人の方は は、えっと2 人でその数ヶ月間、えっと、準備進めていく過程で、ま、お互いがその自分たち自身に向き合って本当にこれが自分たちのやりたいことなのかっていうことを やっぱりお互いが考えてたんですよね。 で、その過程でその友達はいや、自分はそのアメリカ横断じゃないなかったってなって、 ちょっと音楽の道に進みたいっていう話になって はい。 じゃあもうお互いの道を尊重しようっていう話で、あの、自分は 1人になりました。 青春みたいな話ですけれども、ただ、あの、それだけおそらくもう 1 人の方も音楽への真剣な思いというのが中西さんにも伝わった。 はい。だったら自分は1 人で行くんだっていうはい。 気持ちになれたっていうね。あとはやっぱりあのお金がなかなかなかったっていう話もさっきありましたけれども、これ資金面どうしたんですか? 資金面は もう日本にいる間にうん。はい。そのに2 つのことをしまして1つ目が その富士山の山小屋で2 ヶ月間住み込みでアルバイト はい。してを稼ぎました。 はい。えっと、 あの、いわゆるそのアルバイトでお金を貯めたっていうことですよね。 そうですね。 アルバイトでお金貯めたは理解できるんですけれども、それがなんで富士山の山小屋のアルバイトになるんですか? はい。あ、やっぱり富士山評が高いくって自分が行ってた山小屋は標 3300mの場所だったんで、 そこで働いたら、 ま、心配機能も あの、かなりつくんじゃないのかなって 思ってはい。はい。あ、来ました。 ですから、あの、アメリカ横断の旅に向けた準備も その身体的な準備も含めて はい。含めて山小屋でのアルバイト。 ただこれ安藤さん絶景ですね。 すごいですね。ま、しかしずっと住み込みっていうのは大変だったでしょうね。 大変ですよね。これが1つ目。はい。 え、じゃあ2つ目は2つ目はあのSNS の方でクラウドファンディング を立ち上げさせてもらいまして はい。はい。 で、そこで、ま、60 人を超える方に支援をしていただいた はい。 あの、資金でそのアメリカ横断にせてもらいました。 ああ、そうだったんですね。で、こちらにずっとこう旗があるんですけれども、ここにたくさんの方のお名前あるんですが はい。 え、この人たちがそのクラウドファンディングの関係なんですか? はい。クラウドファンディングで支援していただいた方と、ま、あと親族であったり身近なの人たちの名前を へえ。うん。ました。 え、どうしたんですか?で、この旗は はアメリカに持っていって、 あ、持っていって はい。で、要所要所のあの写真撮れそうな場所であの大玉広げて はい。で、写真を撮って はあ。そうするとその支援してくださった皆さんの思いも背負いながら 旅に出ていた というこちらのこの写真ですね。 はい。 あとはそのクラウドファンディングの流れからアウトドアブランドのあのモンベルからサポートしてもらえるようになった。 あ、今日モンベル来てますね。 はい。モンベル来てます。 ほうほうほ。ちょっと詳しく聞かせてください。 あ、あの、ま、そのモンベルさんが、はい。 ま、チャレンジ支援プログラムというその何か挑戦したいっていう個人や会社に対してそのスポンサーにつくっていうはい。 プログラムをされてまして、 そこに自分が個人で応募させてもらったら スポンサーに つきますと。その思いに共感したんですから正式公式なスポンサー そうですね ということになるわけですね。支えのある中でアメリカ王弾を達成した中西さんです。あの心配機能も意識してアルバイトをしていたって話はありますか?ありましたけれども体力的に何かやったことって他にありますか? あ、えっと日本国内で うん。あの、四国一周したり、 え、 あと京都、え、関東まで、えっと、自転車で行ったりっていうことをしてました。 そもそも四国1周ってどれくらいですか? 四国1周は1000kmほどにます。 1000km。 え、あの、関東まで行ったのは 関東では、えっと、合計700km になりました。700km安藤さん、 普通の人はそこでおそらくもう満足しちゃうと思うんですけどね。 ええね、もうそれだけでもすごいですからね。 本当そうですよね。 え、それとアメリカ横断のあのスケジュールですけれども、これどのように立てたんでしょうか? [音楽] はい。は、えっと、ま、ビザとかそういうあの実務的な都合で 90日を期限にそうか。だから3 ヶ月だったんですね。あ、ほんほんので 90 日のうちに達成できるような計画を立てました。 はあ。えっと、90 日もう丸走りっぱなしっていう状況、 あ、ではなくて、 あの、90日のうち65日を 走ろうと思って、1日100kmはい。 で、合計ま6500km を走ろうって当初思ってて はい。で、25日の急速日をその60 日の間に入れてくみたいなで、合計90 日。 へえ。そうすると走るだけじゃなくてアメリカというその国というものもしっかりと勉強して感じながら経験できた。 はい。というだったわけです。安藤さん。 はい。 ここまでの準備の話かがでしょうか? やっぱり彼はこの行けたら行こうとかやれたらやろうとかそういう発想じゃなくてですね、もう行くんだっていうゴールを決めて覚悟を決めてますから、ま、きっと計画も準備も きちんとしてたんでしょうね。 はい。すごいですよね。で、7000km 走り切った中西さんですけれども、え、日本に戻ってきて、今はもちろん大学生。 はい。 そうですね。1年間学を開けて今副学で 大学生にあ、そうか。1 年学してるんですよね。ました。 ああ、復学してで今どういう状況ですか? ま、ま、あの大学とはまた別で その京都の佐賀嵐山 という観光地であの恵比という人力者の会社 にあ、あの入りましてで人力者のシャフを させていただいてます。はい。 じゃ、またやってるわけですね。 はい。入ってます。 あの、ま、走ってたこともそうですし、山小屋もそうなんですけれども、なんで今回は人力者なんですか? それは実はあの、富士山の事でして、 その富士山で出会った登山客 の方と仲良くなって、 で、その方があの、 浅草のその恵という人力者の会社で、あの、働かれてまして、 たまでた、たまたまです。 で、自分が横断を終えた帰国語何しようかなって考えてた時に はい。 ま、その、あ、そういえば人力者いいなって思いまして。 ええ。 で、その人ともあの色々お話ししてはい。 その時の出会いをきっかけに 繋がりを生かしてはい。 このアルバイトはい。 すごいですね。本当にね。 まあ、もう今テレビをご覧の若者、ま、若者だけじゃなくていいろんな人刺激受けてると思うんですけれども、是非とも皆さんにちょっとメッセージ伝えたいことなのがありましたらどういですか? メッセージはあ、あの、すごい今はなんか焦りにすごい満ちた状況だと思うんですよね。その というのはそのSNS 見たら、ま、何かやってる 自分もそうかもしれないんですけども、やっぱり 2 年前ぐらいの自分もすごいそれで焦ってたんですよ。 あの、何をやりたいのかもわかんなくて すごい戸惑ってたんですけども はい。一旦ちょっとSNS と距離を置いてみるであったり、 自分を汗出せてくる環境からちょっと身を距離を置くとかして、ま、ペントノと思って自分の本音を書くであったり、何か本を読むとかそういうなんかなんていうか静かな時間っていうのを意識的に取るとすごくいいのかなって。 [音楽] [音楽] すっごい冷静なメッセージですね。本当に安藤さんの教え子語ですね。 [音楽] いや、素晴らしいですね。 いや、すごい。え、で、あの、今回のアメリカ横断の写真店が開催されるということでご紹介いただきますか? はい。えっと、5月の24日と25日 はい。に、えっと、 モンベルさんうん。 今日、えっと、奈良の アウトドアビレッジ奈良店というモンベルさんの店舗で はい。2 日間写真で開催させていただきます。 ああ、これあのどういったところが見所ですか? そうですね。ま、横断中に撮った写真とそこにあの付随してるエピソードを自分の言葉で表現したり はい。はい。で、あと2 日間、あの、ずっと自分はその場にいますので、その自分とリアルな場でいろんなお話ができたりしたら、 [音楽] ふえ、 していただけたらすごく嬉しいなと思ってます。 はい。はい。是非ともたくさんの方に訪れていただきたいと思います。最後にあのアンドさん いかがでしたか? ま、彼が覚悟を決めてね、踏み出した一歩からどんどん彼のストーリーがまだまだこれからも続きそうでね、すごいなと思ってます。 そうですね。え、無限の可能性。 今日は伊勢出身でアメリカを自転車で横断した中西優勢さんにお話を伺いました。中西さんありがとうございました。 ありがとうございました。

2025年5月13日放送 ∞の可能性

2024年9月から3か月かけて自転車でニューヨーク~ロサンゼルス
の道中で出会った人とのふれあい、トラブル、人としての成長。
また挑戦に至るまでの準備などについて伺います

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