Share.

5件のコメント

  1. ウチは祖父の代まで宮若市犬鳴(ダムになっている所)に住んでいましたが、祖父や父親は犬鳴村という村は全く知らないし聞いたこともないと言っています。
    仮に宮若市犬鳴が犬鳴村であったのなら、明治十年(1877)に勃発した西南戦争の時に、そんな危険な村に住んでいた壮年男性のほとんどを曹長・軍曹・伍長などの政府陸軍下士官としてなぜ召集したのだろう?召集された人々の中には抜群の戦功を立て熊本鎮台司令長官「谷干城陸軍少将」から直筆の感状を授与された人もいる。それと犬鳴出身で数々の公的顕職を務め昭和六年(1931)に衆議院議員に当選した人がいるが、そんな危険な村の出身者がなぜ国政の一翼を担う衆議院議員に当選したのだろう?
    衆議院議員に当選された方の碩徳碑がダム建設に伴い犬鳴ダム管理事務所横の広場に移設されている。

  2. 土地関係者です。犬鳴村自体はありません。映画のあと、今までよりひどいいたずらやゴミが増え外国からまで人がきて大変迷惑しています。

    土地所有者は映画のことも知らされないまま、問題が増大していきました。警察に巡回してもらうこともあります。がけ崩れ、オオスズメバチ、マムシ、とそういう意味では危ないし、来ないでください。

  3. 大学生のとき10人くらいで行った
    縄と缶でできた罠鳴らしてしまってみんなで走って逃げた。もしそのあたりにサンダル落ちてたらおれのです

Leave A Reply