京都ポタリング 通りの端から端まで走る! #47 上賀茂本通 #京都 #ポタリング #自転車
京都の東西の通りである上賀茂本通を西の端(上賀茂神社前ロータリー)から東の端(上賀茂池端町の六叉路交差点)まで自転車で走った車載動画です。
途中、地元目線での京都の街案内などをしておりますので是非ご覧下さい。
This is a video taken from a car of a bicycle ride along Kamigamo Hondori, an east-west street in Kyoto, from its western end (the rotary in front of Kamigamo Shrine) to its eastern end (the six-way intersection at Kamigamo Ikehata-cho).
Along the way, we provide information about Kyoto from a local’s perspective, so please take a look.
※日本語・英語字幕を付けています
※English subtitles available
0:20 ご挨拶と説明
0:30 上賀茂本通の地図
1:46 スタート
2:29 上賀茂社家町
3:33 藤木社
5:25 大田神社
11:01 ゴール
12:40 道の端グルメ
△ 動画内に出てきた場所など
上賀茂神社
https://www.kamigamojinja.jp
神馬堂(食べログ)
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26000370/
今井食堂(食べログ)
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26001221/
御すぐき處 京都なり田
https://www.suguki-narita.com/
深泥池(京都府HP内)
https://www.pref.kyoto.jp/kankyo/rdb/geo/db/sur0077.html
△ 道の端グルメでご紹介したお店
Radio Bagel
https://www.radiobagel.com/top
皆さんこんにちは
サイクルパンダchのご視聴ありがとうございます。
この動画では、碁盤の目と言われる京都の通りを
自転車(ダメなところは徒歩)でのんびり走ります。
途中、街のご案内も出来ればと思っております。
ではごゆっくりご覧下さい。
Hello everyone
Thank you for watching Cycle Panda ch.
In this video, we will take you through the streets of Kyoto,
which are said to be shaped like a checkerboard.
I ride my bike (and walk where I can’t) at a leisurely pace.
I hope to be able to show you around the city along the way.
Please take your time to take a look.
上賀茂本通(かみがもほんどおり)
京都市北区にある東西の通りで
地域では藤ノ木通とも呼ばれている通り。
通りの西部には明神川が流れており、
また川沿いには社家が立ち並び、
歴史的景観が素晴らしい通りとなる。
通りの東部は落ち着いた住宅地となっている。
道の東の端には深泥池という池があり、
動植物が深泥池生物群集として天然記念物に指定されている。
Kamigamo Hondori
An east-west street in Kita-ku, Kyoto City, also known locally as Fujinoki-dori.
The Myojin River flows through the west part of the street,
and houses of shrines line the river,
making it a beautiful street with a beautiful historical landscape.
The eastern part of the street is a quiet residential area.
At the eastern end of the street is a pond called Mizorogaike,
where the flora and fauna are designated as a natural monument as the Mizorogaike Biological Community.
ご視聴いただきありがとうございました。
これにて上賀茂本通ポタリングは終了いたします。
この動画を見ていただいて、
京都の知らない一面を知っていただければ嬉しいです。
また次回の動画でお待ちしております。
Thank you for watching.
With this, Kamigamo Hondori Street Pottering will end.
Thank you for watching this video,
I would be happy if you could learn about a side of Kyoto that you don’t know about.
We look forward to seeing you again in the next video.
4件のコメント
このコース最高ですよね♬
私は上賀茂神社から宝ヶ池公園まで行きました🎶
今年の春先に久しぶりに上賀茂神社に行きましたが、バス停など神社周辺が以前より綺麗に整備されていて気持ち良かったです😊
社家町から太田神社いいところですよね、太田神社は本当にいい雰囲気で好きなところです。カキツバタの時期を外していった方が静かでいいと思います。ところで楠のところから川沿いに行くとどうなっていくのか興味あるんですけど。そのうち行ってみたいと思っています。
こんにちは☺ベーグルの店、美味しそうですね☺スコーンやマフィンが二百円とか、めっちゃ良心的です💛
今回は上賀茂ですか、良いところですね✨去年?だったかな、特別公開があり、梅辻家行ってきました。そこで聞いた話を書いておきますね。(二つに分けますね)↓
梅辻家は、動画の祠がある辺りに現存し、上賀茂神社の宮司を持ち回りで務めていた「賀茂七家」の一つであり、祖先は後鳥羽上皇です。賀茂七家=「 松下・森・鳥居大路・林・梅辻・富野・岡本 」その中で最も格が高かった梅辻家には、孝明天皇の学問所が御所から移築されており、幕末までの皇室の菊の御紋(今とデザインが違う)が金具に彫られており、それを近衛さんが見に来られて「そうです、これです。この御紋です」と確認なさったそうです。そして、上賀茂に2つだけ残る格の高い長屋門(現存)も建てられています。そして、その由来は…
1221年に承久の乱が起きますが、これは平家の滅亡が大きく関わっている、というお話でした。その経緯は。。さかのぼって1160年、源頼朝の父親・義朝は、平治の乱で平家に敗北し、領地の東国に逃げのびる途中、愛知県野間というところで、まさかの腹心の家来に裏切られ、入浴中に惨殺されます。「ここに棒の1本もあれば…(むざむざ討たれずに済むのに)」これが義朝の最後の言葉でした。(野間の彼のお墓には、今でも山のような木の棒が供えられています。)義朝の首を取れば、平家で出世できると家来に裏切られたのです。その後、子供ら=頼朝と義経、範頼の兄弟は無念の父の仇を討つべく協力し、1185年壇ノ浦の合戦でとうとう平家を滅ぼします。結果、平家の武将は全員、海に沈むか処刑されましたが、残る平家の最後の嫡流は、六代という12歳の男児でした。西海に同行せず、京都大覚寺に母とともに隠れていた六代は捕らわれ、(六代の名は、平家の大物・平正盛から6代目に当たるという意味で、清盛のひ孫になります。)処刑秒読みでした。が、処刑に待ったが入ります。文覚上人の助命でした。(先だって、野間で、亡き義朝の遺骨を探し出し、頼朝に献じたのが文覚上人でした。その時、頼朝ははだしで駆け下り、泣きながら愛する父の遺骨を受け取ったといわれています。この件で、頼朝は文覚に頭が上がらなくなり、逆に文覚はこの貸しを利用、不可能と思われた六代の助命に成功したといわれています。)この六代を、頼朝に懇願して、文覚上人が弟子にもらい受け、出家させ、神護寺で僧侶として保護、延命させました。ただ、のちに文覚が失脚すると同時に、やはり、六代は若くして処刑され、平家の嫡流は絶えました。
しかし、平家の滅亡は、男系に限ってのことでした。藤原氏他の貴族に嫁いで正室や側室におさまっている平家の姫については、「女ゆえに」全くお構いなしだったのです。ですので、ある意味3代で滅びた(鎌倉)源氏より、血統的には貴族から皇族に至るまで、女系を通して、平家の血筋ほうが現代まで残っています。安徳天皇が壇ノ浦で入水された後、京では後白河法皇(祖父)の決定より、安徳天皇の弟宮が4才で即位します(後鳥羽天皇)。そして、平家が滅んだ後も、平家の姫たちは宮中の女官になり、例えば後鳥羽上皇の内侍は平時忠(清盛の妻の弟)の娘です、彼女たちは、源氏(鎌倉)に対する不満や怒りを、幼いうちから後鳥羽に吹き込んだといわれています。幼くして即位した後鳥羽にとって、鎌倉に対する悪印象は、承久の乱の遠因になったというわけです。。