零戦 復活!! 零式艦上戦闘機 二二型第3858号機 @笠岡ふれあい空港
明日これに乗って喋るんだからね分かっ てるあきあれどうでしょうかあれっぽい です ねとせていてトンビとかないですよねあれ カラスとかそういうのがじゃないですよね あの神さんの口数が少なくなりましたもう カメラ構えてますからねガミさんの口数が 少なくなったんでもうこれはそうかなそう でしょうかそれっぽいですよねそれっぽい ですねなんか車輪もないしあの近づいたら 大丈夫ですよまま静かになりますんでえ あのそのエンジをお楽しみいただければと 思いますそれまではギリギリまでは ちょっと喋りますんでねえさあ皆さんご 注目くださいどうやら戦到着して皆さんの 上空を飛んでくれるようでござい ますさあ来まし た来ました来ました [音楽] 偉い音ですねこれは ものすごい響きますねちょうどこのの光を 浴びていい感じで期待が光ってるのが たまりませんねこれねいやいやこのいや 70何年前にこういうシーンだったんです ね大きく展開して皆さんの目の前を今度は 通過してくれるはず ですこれ太陽を背にしてやってきます [音楽] よ すごい鳥肌 立つ これ換気は待っ [音楽] てこの星型14気筒の音 この速度感がいいですよ滑らかなこう風の 中をこう突っ切っていくという感じあの皆 さん手振ったら多分おそらくパイロットの 方は分かると思いますのでこうだけの方が 見てるよていうことを皆さんアピールして みて くださいもう回来てくれるようです よさあもう一度対戦にして はいもうどうどう言うんでしょう言葉を 失うとはこのことですねそしてこのモデル になったのが022型っていうやなんです よこれ1番最強のモデルだったんですよ 当時22型って聞きますね確かにええ22 型 酒三郎さんがねこの飛行機はもうエンジン が自分の額みたいにそしてこう主の先が指 の先みたいにこう動いてくれるって言って ますさあもう1度やってきますよもう ますたまりませんねたまりませんねさあ そのエンジンをお聞くください皆さん手を 振ってあげてください すごい 綺麗本物ですよ本物それはまいろんな ところを修復してねまレプリカに近い ところはありますけども元は元は本物です からそうソロモンで回収された部品から もう1回作ったいろんなところをまね レストアして綺麗にして飛べるようにし てっていうまこの飛べる状態を維持するの にですね年間2000万かかる そうです保険とかいろんなことはある てその維持していくのがかなり大変な状態 で長きに渡ってこのオーナーの方保有され てたようですけど も売却されることによって日本で見れる 最後の姿かもしれないという貴重な景色と なっており ますさあもう一度大きく展開してもう帰っ ちゃうのかなもう来ないのか な以上のようです皆 さん今ちょうどね元海軍基地の上空をこれ 飛んでますねち福山のね海軍航空隊があっ たとこ飛んでおりますさ届くきっと届く はずです皆さん中であのを送ろじゃなり ませんかいやこれはすごい素晴らしい本に ね ですいかがでしたか皆さん [音楽]
Title: Navy Type 0 carrier fighter is back!!
Shooting date: Saturday, November 11, 2017
Picture taken at: Kasaoka Airstation
Category: Fighter Aircraft
撮影日: 2017年11月11日(土)
撮影場所: #笠岡ふれあい空港
カテゴリー: #戦闘機 #零戦 #ゼロ戦
暫くの間 … “玖珠戦車道” 撮影映像が続きそうなので、ここで一旦ブレークして過去映像を再アップロードします✨ 決して『 在庫切れの苦肉の策 』等ではありません😅
今回公開致します過去映像は、7年前 岡山県笠岡市 笠岡ふれあい空港 ( Kasaoka Airstation ) 上空を飛行した【 #零戦 二二型 ( A6M3 ) 】の撮影映像です。
【 零戦 】が、”笠岡ふれあい空港” 上空に現れてから、その姿が見えなくなるまでの 5分16秒間の映像を … 無編集ノーカットでお届けします♪ 手振れやピンぼけ等 … お見苦しい点が多々ございます😢 ご了承くださいm(_ _)m
【 #零式艦上戦闘機 】 戦闘機
英語: Navy Type 0 carrier fighter
通称: 零戦 ・ #ゼロ戦
概要: 1936年に大日本帝国海軍に制式採用された【 九六式艦上戦闘機 】の後継機として開発され、日中戦争から太平洋戦争にかけて戦場で活躍した戦闘機。
※下記は、関連記事より。
= 日本人所有の唯一の【 零戦 】が海外流出へ =
2018/11/10 配信 サンケイスポーツ
第二次世界大戦で日本海軍の主力戦闘機だった【 零式艦上戦闘機 ( 零戦、ゼロ戦 ) 】は、現在世界中で飛行可能な機体は5機のみ。 そのうちの1機は日本人所有で、2017年6月、戦後初めて日本人パイロットの操縦により日本の空を飛んだとして話題になった機体だ。 しかし維持費の問題からオーナーが売却を決意せざるを得なくなり、海外に流出することがほぼ確実となった。 ただオーナーは国内動態保存の望みも捨てきれず、契約が決まるまでの残された数カ月に「 なんとか日本が手を上げてくれないか 」と話している。
現在、飛行可能な零戦を所有している唯一の日本人は、ニュージーランド在住で、フライトジャケットなどを製造販売する「 THE FEW 」を経営する石塚政秀氏(57)。 そして石塚氏が所有している機体は、1943年に三菱で製造された【 零戦22型第3858号機 】。 尾翼には『 AI-112 』と記されている。 米ハリウッド映画「 パールハーバー 」にも出演した。 ちなみに【 零戦 】は全部で約1万400機生産されたとされる。
同機はパプアニューギニアのラバウル付近で朽ち果てていたが、1970年代に米国のサンタモニカ航空博物館により回収。 その後ロシアでほとんどの部品をリバースエンジニアリングにより、製造当時同様に新造して復元された。 エンジンは再生不可能だったため、第二次大戦時の米国機に多く使われていたプラット&ホイットニーR1830を手直しして取り付けている。
石塚氏が同機の売却の意志を明らかにしたのは昨年11月にさかのぼる。 「 自らの経済状況ではもはや維持は無理と判断した 」(石塚氏)から。 「 【 零戦 】売ります 」の記事は当連載を始め、いくつものメディアに取り上げられた。
それでも、なんとかして国内で動態保存したかった。 かねて「 若い人に日本や日本人のアイデンティティーを失ってほしくない。 明治維新以降の70年を全否定しないで、終戦からの70年との結びつきを考える必要がある 」との思いを抱いており、そのために「 日本のモノ造りの原点で、技術遺産 」の【 零戦 】は最適と考えているからだ。
さらに【 零戦 】の国内動態保存の先には、近代日本の歩みを網羅し、車、バイクや航空機などを稼働状態で保存し教育にも活用する「 ナショナルミュージアムの建設 」がある。 だから海外から引き合いがあっても断ってきた。
国内の売却先探しに奔走していたところ、昨年11月、ある自治体の関係者が接触してきた。 博物館を建設して、ゆくゆくは脇に滑走路も備える構想だった。 動態保存前提で話は進んでいき、石塚氏も「 この話がまとまらないなら、もう日本で維持するのは無理だと感じた 」というほど入れ込んだ。
しかし6月ごろに急転する。 相手方の中心人物が急に後ろ向きになり、結局、売却は事実上白紙撤回となった。 石塚氏は、提示した4億円という金額に対して横やりが入ったことや、「 戦争賛美に繋がる 」といわれのない政治的圧力などが重なったのが理由とみている。
悪いことは重なる。 9月にはエンジンのオーバーホールが必要になった。「 7~8万ドル(798万~912万円、1ドル=114円で計算)かかる。もう払えない 」(石塚氏)。
そんなとき、10月に入って米テキサス州のフライング・レジェンド博物館が保有する飛行可能な【 21型 】が売却された。 売却先は不明だが、価格は500万ドル( 5億7000万円 )という。
7月には知り合いのスイスにある航空機売買の仲介をする代理店から「 海外マーケットに出さないか 」と誘われていた。 ついに海外での売却に踏み切ることにした。
「【 零戦 】で日本に帰ってくることができるのは、私が所有していた機体だけだが、もう私一人の肩には荷が重すぎる 」
これまで「 金もうけのためにやっている 」などと批判されることもあった。 しかし、維持費や米国との間の輸送費などで【 零戦 】が日本に里帰りした後の4年半だけで「 借金は1億2000万円 」(石塚氏)という。 経済的な負担を抱えながらも情熱を傾けてきたが、決断せざるを得なかった。
二人三脚でやってきた米国在住のパイロット、柳田一昭氏(68)とも日本で会って説明した。 柳田氏は話を聞いた後、「 金が集まらない、金がないなら仕方ないな 」と静かに一言発したという。
柳田氏は2017年6月、千葉県で開催されたレッドブル・エアレースのエキシビションとして、「 戦後初めて、日本人所有の【 零戦 】が日本人パイロットにより日本の空を飛行 」した際、操縦桿(かん)を握った、その人だ。 米カリフォルニア州・チノ空港に置いてある機体の保守・管理をボランティアとして引き受けている。 さらに自らに続く日本人零戦パイロットの育成も同地で手がけている。
石塚氏は10月末、この代理店と委託契約を結んだ。 代理店はすぐに動き出し、1週間ほどの間に英国のコレクターら計7件の問い合わせがきた。 「 飛行可能な【 零戦 】」に対する海外の注目度の高さが分かる。
今後は購入希望者が実際の機体を見たり、価格や引き渡し日時など契約内容の交渉に入っていく流れ。 最速で年内にも売買契約が成立する可能性があるが、これまでの問い合わせは全て海外から。 つまりこのままでは、【 第3858号機 】が日本に戻ることはなくなる。
「【 零戦 】の稼働機は博物館や財団が所有しているので、売りに出されることはまずない 」(石塚氏)ことから、相場が形成されにくい状況だったといえるが、フライング・レジェンド博物館の機体に500万ドルの値が付いたことで、この価格が軸になっていく見通しだ。
石塚氏は寂しさ、徒労感を感じると同時に、ある種の安心感も抱いている。 「 飛行機にとっては海外にいる方が、整備も飛行も十分にできて、『 人殺しの道具だ 』なんて言われることもないし、幸せかもしれない 」。
ただ【 零戦 】が日本で保管され、飛び続けてほしいという願いを捨てきれない。 そのため、代理店との間に日本国内で石塚氏が売却先を見つければ、海外よりも優先されるという取り決めをした。 「 最後の手は、出資者を募る『オーナーズクラブ』ができるかどうかです 」。
柳田氏は「 今後は日本国内にある個人所有機のどれか1機でも飛行可能にして保存するということを提案し、全力で手伝うつもりでいる。 もっと零戦パイロットが増えることを願っている 」としている。
【 第3858号機 】が果たせそうもない「 日本人が所有し、日本国内で動態保存され、日本人パイロットが、日本の空で飛ばす 」という夢を現実のものとする機体が出てくることを、願ってやまない。
5件のコメント
いつも素敵映像ありがとうございます
この零戦もスピットファイアもDC-3もすべて見逃してます
このようなレガシーを私も撮ってみたいです
私もこの零戦を2017年11月に北九州空港で見る事が出来ました。
「本物の零戦が飛行するのをナマで見る事は絶対無い」と思ってたので泣きながら撮影しました。
WOW 😮 very Nice
平和な空を飛びたかったんだろうなと?
何年経ってもかっこいい飛行機だ。