【総集編】トンネルで炎と煙に包まれる恐怖と絶望!焼き尽くされた後に残っていたのは…悲劇のトンネル火災事故4選【ゆっくり解説/まとめ】
トンネルそれは人類の知恵の集制で作られ た穴しかし1度トンネルで事故が起きて しまうと取り返しのつかない事態へと発展 する危険性がある場所でもある確か 2023年の12月にも山陽自動車道の 天山トンネルで車両火災事故が起きたよね ああこの時は常用者球代が次々と衝突し トンネルの内部は400mに渡って燃えた んだだがこのような事故は昔から日本海外 問わず発生しており多くの犠牲者が出て しまっている事故も多数存在するという わけで今回は地獄の場所と貸したトンネル 火災事故をまとめてお届けしようまず最初 に紹介するのは天山トンネル事故のように 車両が多重衝突した結果あるものが車の中 に残されるほどになった1988年に起き た事故 だ今回は1988年7月に起きたとある トンネル事故を紹介するぜ事が起きた トンネルの名前は境トンネルだこの トンネルは中国自動車道にあり広島県内の 秋王田町と初地市吉にまたがっている読み 方が難しい中国自動車道は大阪府兵庫県 岡山県広島県島根県を経由して山口県まで つがっている高速道路なんだが山の表面に 沿って作られた高速道路のため他の高速 道路よりもカーブやアップダウンが多いの が特徴だそのため大阪近を除いた区間では ほとんどが時速80kmまでに制限されて いるそしてそんな高速道路の途中にある堺 トンネルにはもちろん勾配と旧カーブが 存在しているもう嫌な予感しかしない堺 トンネル自体の長さは459mと比較的 短いもののそれにも関わらずこの事故で 救助に向かった車両や人員は消防団と消防 局合計で18台人員は140人以上にも なった さらに消防本部の消防職員42人のうち 38人が救助に向かい配備されていた消防 車両も12代のうち10代もが救助しに 行く必要があった9割くらいが出動って それだけでも事故のすごさが伝わってくる ねさてここから事故の経緯を説明していく ぞ事故当日広島県の天気はバ前線の影響で 朝からすでにポツポツと雨が降り始める ところもあったそして時間が経つに連れて 粒は大きくなり夜には本格的に雨が降って いたそんな悪天校の中21時20分頃に クレーン付きの4tトラックAがトンネル 入口から約190m進んだところで境い トンネルの上り線の2つの車線つまり走行 車線と追い越し車線を塞ぐように停止して しまったんだ雨が降っていたってことだし スリップでもしちゃったのかなおそらく そうだろうただでさえ勾配野球カーブが あるトンネルだからなでも両方の車線を4 tトラックみたいな大きい車が塞いでい たってことは霊夢のその不安は的中して しまうここから立て続けに悲惨な事態が 起こってしまったんだAが停止後後ろから 大型トラックBがやってきたBの運転手は 車線を塞ぐように停止しているAを発見し すぐに減速したためギリギリ衝突を免れる ことができたがしかしさらに後続にいもう 1台の大型トラックCは停車が間に合わず にBに衝突Cは追い越し車線上で停止する ことになったCに後ろから突っ込まれたB は押し出されてしまい前にいAにぶつかっ た後に走行車線場を塞ぐ形になったBが 走行車線にいてCが追い越し車線にい るってことはああこの段階で境いトンネル の両方の車線に大型トラックが立ち塞がっ ていることになるしかしまだまだこの衝突 事故は終わらなかったさらに次々と境 トンネルには車が入ってきてり次は トラックBが走行車線に停車していたBを 目前で発見運転手は急ブレーキをかけなん とか停止を試みたものの間に合わずにBに 衝突してしまうそこにさらに常用者E トラックF常用者Gがやってきたやばいよ やばいよだがこの3台とも事故に気づき急 ブレーキをかけ常用者EとGの2台はその まま止まることができたんだトラックFも 9ブレーキと雨の影響でスピンし入ってき た方向を向く形になりながらなんとか 追い越し車線側で停止することができたぞ おちなみにこの時最後に入ってきた常用車 Gは自己車両の最後尾から50mほど後方 の位置にいたこれで終わればまだ良かった がここからこの事故は一気に事態が深刻化 してしまうえというもののここから約5分 後なんと大型トラックが3台も連続で入っ てきたんだしかもこれらの3台HIJは 時速から110kmほどのスピードで殺そ とトンネル内に入ってきておりさらに車間 距離は各々40から50mほどだったぞ しかも速度制限をオーバーして るってことはああこの3台のうち先頭を 走っていた大型トラックHは速度を落とす 様子もなくトンネル内の1番後方にいた 常用者Gに衝突しそのままGの前で車両の 塊りとなっている状態だった常用者E トラックDそしてトラックAに次次と鈍い 音を鳴らしながら衝突していったそして ここに後続の大型トラックアトJも続く ような形で追突していってしまったんだ さらにこれ以上まだあるの常用者Gの燃料 タンクが大型トラックHらの衝突で潰れて しまったんだその結果Gはあという間に炎 に包まれ火手は次々とトンネル内にいた他 の車両に襲いかかったそして当たり一面は 真っ赤に染まり境トンネルは日の海となて しまったんだ いちなみにJの後には他の車はトンネルに 入ってこなかったのいや実は火災が発生し た後にもまた大型トラック系が入ってきた んだしかしトンネルに入った瞬間に日の海 が広がっているのが見えなんだあの炎はは 早くバックしないとと思いすぐにブレーキ をかけバックしながらトンネルを脱出 しようとしたようだしかし火災による熱風 などの影響も凄まじく途中でも運転を続け ている状態ではなくなったためやなく運転 席のドアを勢いよくバンと開け車両を捨て て走ってトンネルの外へ脱出したぞ火災が 起きてようやく多重衝突が止まったんだね なお事故発生から7分後の21時27分 トンネル出口付近にある非常電話から大型 トラックBの運転手が交通完成室に事故の 通報をし21時30分には管轄の山形西武 消防組合消防に境トンネルの上り線で トラック34台が燃える事故が発生怪我人 がいるようですと連絡が入ったこれを受け 消防は21時31分に水槽付きポンプ車1 台と救急車1台をすぐに出動させたぞまた 境いトンネルは短いトンネルのせもあって かトンネル内に消防用の水の供給設備が なかったそのため外から中継地点を作って 消化に当たる必要があったためすぐさま版 の職員にも消臭がかけられ追加でポンプ車 を出動させるよう要請されたんだふむふむ 最初に出動した消防車と救急車は下り線側 から境トンネルに向かっていたんだが境 トンネルは上り線と下り線が完全に分かれ ているためまず彼らは中央分離隊の フェンスを引き抜きそこから上り線に侵入 する手段を取り通報から17分後の21時 47分に出口側に到着したそこには トラックBの運転手がいたため消防隊員と 救急隊員はすぐさま大丈夫ですか今 トンネルの中はどんな状況ですかと トンネル内の様子を確認し消防車と救急車 を急いでトンネルの中に進ませたすると そこには大型のトラックBが道を塞ぐよう に停車しておりその後方からはメラメラと 炎が立ち上っているのが見えたそうだ さらにトラックDの運転手が助けて ください足が挟まれて動けないんです と手を振りながら助けを求めていたんだ 早く助けてあげないとそうしたいのは山々 だっただろうが足が挟まるほどの状態だと 救助用の機材が必要になるしかしポンプ車 と救急車には専用機材は積まれていなかっ たさらにトンネルの中は無線俯瞰地帯と 言って電波が入らない場所だったのですぐ に連絡がつかないえじゃあどうするのそこ で隊員たちは法水で炎症を防止している間 に救急車を出口まで戻して応援を要請する んだという判断をし救助機材運搬車が来る まで燃え広がる現場を少しでも抑えるよう に務めたんだこの結果トラックBの運転手 は両足を骨折する重賞を追っていたものの 運搬車が到着した後に救助され出口付近に いた大型トラックBの運転手とともに近く の病院へ運ばれることとなった人安心だね そうここまではなえ実はトラックDの運転 手が助けを求めている時ある消防隊員は別 の声も聞いていたんだそれはトラックの さらに奥から聞こえたようで助けて くださいという女性の声だったらしい さっき女性を助けた話なんて出てこなかっ たよねさてトンネル出口側のこの様子から トンネル入口側からの状況確認もする必要 があると考えられ救助隊員たちは入口側に も向かってみることにしたすると入口から は凄まじいほどの黒縁が吹き出しており この様子にある消防隊員はとてもすぐには 入っていけないぞと口にしたそうださらに 消防より先に入口側に到着していた高速 道路交通警察隊の隊員も一瞬トンネル なんてないんじゃないかと錯覚するほど 黒炎が吹き出しておりあまりもの黒炎が夜 の闇と同化してまるで入り口がなくなった かのように視認できなかったと話していた そうだどんだけ出てるののこの状況を見て すぐに批判の隊員たちと消防団の一部は 近くの川から推理を得る準備を整え事故 発生から約1時間15分後の22時36分 についに入口側からの消化活動が開始され たぞ農園かつ熱気が凄まじいトンネルの中 に足を進めるのは空気呼吸機を装着した 隊員ご名彼らがほを進めていくと1番最後 にトンネルに入り事故現場から100m 離れた場所で乗り捨てられてた大型 トラック系がゴゴと燃えていたすぐに消化 活動を開始し進化させたものの軽の2台に 積まれていた13等の牛は無惨な姿になっ ていた牛さんを運んでいたのね軽を消化し た後さらにトンネルの奥へと進む隊員たち 一方外では消化活動支援をするために広島 市消防局に大型電源証明者救助工作者を 要請し出口側では道路後段の7T山水車が やってきて22時57分に出口側からの 法水も再開されたぞ両側から一気に近火に 向けて畳みかけていくんだねそうだそして 全ての応援車両が到着して攻撃して トンネル内の消化が開始されたこの結果 事故が発生してから約3時間後にようやく このトンネル火災は近火に至ったぞこれ 以降は警察が現場検証をする時のために 再び燃えるのを警戒防止するわずかな人数 だけ残し消防隊と救急隊は順次撤収作業に 入り午前8時には全ての消防活動を終了し たその時間までかかるってやっぱりすごい 火災だったんだねちなみに今のところ 亡くなった人の話が出てきてないけど全員 助かったのこの事故によって一部だけ燃え た大型トラックBを除きAからKまでの 10代が前哨し5名の人がなくなって しまったこのうち3名は即死2名は消費し たとされている即死した3名は常用者Eと トラックFの運転手そして常用者Gに乗っ ていた同乗者で彼らは事故にあった後社外 に出たところで大型トラックHIJがやっ てきたことで跳ねられたんだそして消費し たのはこちらも常用者Gの同乗者そして 大型トラックJの運転手だったじゃあ さっき助けを求めていた女性はおそらく この常用者Gの同乗者だと思われるただ私 も実際にこの女性かどうかまで分から なかったのでもし知っている方がいたら 是非コメントで教えてもらいたいぜなお 自己発生翌日の早朝から広島県警察などに よってこの事故の捜査実況建文が開始され たんだが事故車両11台のうち6台は ナンバープレートが解けナンバーを 読み取ることすらままならなかったそれ だけの炎が燃えたかっていたってことだよ ねそうだそして先ほど消しした人に至って はそれだけのの中にいたということもあり 常用者Gの中にあった遺体は背骨と肋骨の 一部を除いて燃え切っていたらしいえ そしてトラックJの運転席には着座した まま単価した胴体だけが残っており アクセルペダルにはアクセルを踏んだ状態 で足の骨が付着していたとのことだ へえい生きたままそんなになるまで焼かれ てしまうだなんてかわいそうすぎるどうし てこんなことにここからは被害がここまで か拡大した事故原因を説明していくぜこと の発端は冒頭で話したようにトラックAが 雨でスリップしてトンネルを塞いでしまっ たとされているだがここまで被害が大きく なってしまったのは他にも原因があったと 考えられているんだ例えば1つ目はこの境 トンネルの構造と場所の問題だこの トンネルでは上り線の下り勾配は約4% ありさらに半径610mにも及ぶ右カーブ が存在する そしてトンネルに入るのは高速道路の 下り坂に差し掛かってから1.5kmほど 進んだ時なんだ私は自分で車を運転でき ないから想像になるけどなんだかカーブが すごそう私も運転しないので完全な イメージは湧かないがかなりの急カーブな んじゃないかと思うぜそして下り坂に 差しかかってからという話をしたがその前 は登り坂になっている登り坂ではどうして もスピードが遅くなってしまうため特に用 用の急いでいるトラックなんかは下り坂で 一気に遅れを取り戻そうとする心理状態が 働いてしまうだろうなるほどだから速度 制限を破ってスピードを上げたまま トンネルに入ってきたわけかそうだそこに 急な右カーブが待ち受けているとなると その先で事故が発生していてもまず気づけ ないしかも先でもちらっと伝えたが登り線 と下り線が完全に分れていることも今回の 事故の拡大に拍車をかけたと言えるだろう 確かに上下線でお互いが見えればもっと 早く通報や何か危険を知らせることができ たのかもでもさトンネル内に スプリンクラーとかってあるよねそれは 作動しなかったのかなそれが2つ目の原因 と言えるなというのも境トンネルには スプリンクラーがなかったんだえ境 トンネルは約460mと短いトンネルの ため5段階に分かれた道路トンネルの非常 用施設設置基準のうち下から2番目の投球 だったので長いトンネルと違って スプリンクラーだけでなく給水線や強制 廃棄装置などは設置しなくても基準に 乗っ取っていることになっていたんだそう いうもんなんだね全部のトンネルに非常用 設備が設置されていると思ってたよとは いえもしスプリンクラーなどがあれば少し は火災の拡大を防げたかもしれないな そして3つ目は警報装置のタイムラグだ ラグああ境トンネルに入る前にはトンネル 内の情報を伝える情報版が設置されている これはトンネル内にあるボタン式警報装置 が押されると侵入禁止事故発生と表示さ れるんだこの日も実際に事故が起きてから 5分後にボタンは押されていたので非常用 警報装置が作動してサレもなり情報版の 赤色のランプも点灯そして侵入禁止の表示 もしっかりと作動していたじゃあなんで どんどん車が入ってきちゃったのその理由 がさっきのタイムラグだボタンを押して から情報版に表示がされるまではラグが あるため侵入禁止の表示がドライバーたち の目に入る前に次々と車がトンネル内に 入ってこれてしまったわけだな当時の技術 だとそれが現界だったのか分からないけど 今はどうなっているんだろうこれは車を 運転している人に聞いてみたいところだね さて簡単に原因を説明してきたわけだが 先ほど常用者Gから脱出できない人の話を しただろ骨だけ残ってしまったという人の 話だよねそれがどうかしたの警察が操作を するに連れて分かったことなんだがGに 後ろから突っ込んだ大型トラックHの運転 手はこの常用者Gの存在に全く気づいてい なかったらしいんだそんなことあるしかも Gより先に入ったトラックFにすら気づい ていなかったようでHの運転手は何か衝撃 を感じたもののそこにGの存在があると 思っておらず常用者Gは大型トラックHに よって原型をとめないほどぐちゃぐちゃに 押し潰されてしまっていたんだ へえだからGの燃料タンクが爆発したり 乗っていた人が脱出できなかったのかでも なんでトラックの運転士さんは気づか なかったんだろう常用者は大型トラック からしたら低い位置にあるから視認でき なかったことが考えられているぞでも せめてトラックFには気づくんじゃない私 もそう思ったんだががこれらの車の前にい た大型トラックCの存在が問題だったよう だどういうことこのCはGと比べてとても 大きいことはもちろんのこと白い車体に 赤い文字が入っており非常に目立つ存在 だったさらに下り勾配だと後から入ってき た車の方が視線が通常よりもより高くなる ことからあくまで停止しているCの存在に 気を取られすぎてFの存在にすら気づけ なかったようだトラック同士でもそんな ことがあるだなん だがこの視認性以上に問題とされたのは そもそもHの運転手は止まる気がなかった ことだは実はHの運転手は走行車線の合間 を塗っていけるかと考えブレーキもかけず にトンネルの中を走っていたしかし途中で 道路上に人が立っていることに気づき ようやくブレーキをかけたんだだがこの 家庭ですでに気づかないうちにGを 押しつぶしながら進んでおり最終的にはE やDも巻き込みながらから衝突していった わけだじゃあもしかするとHの運転士さん にすぐ止まる気があれば他にも助かった人 はいたのかもしれないんだねその可能性は あっただろうな違和感を覚えたらすぐに 停止するそしてそもそも制限速度が何の ためにあるかちゃんと考える車間距離を 開けるなどの基本的なことをおろかにし ちゃいけないって分かったよだなさてここ まで事故について話してきたわけだがこの 話はまだここで全ては終わらない え警察の捜査によると今回の事故の関係者 は14名いるはずなんだが事故現場と生存 者の人数を合わせても確認できた人物は 13名しかいなかったんだそのためより 詳細な操作がされた結果確認されていない 残り1名はトラックAの運転手と判明した 警察はAの運転手が無事にトンネルから 脱出したと思い近隣の民家などに聞き込み を行ったが彼の行方や手がかりを使むこと はできなかったどこに行ったんだろこの 不思議な存在を探すために機動体も動員さ れ合計120名がかりでの捜索が始まった ぞそして現場から近い森林の捜索をしてい た20日の13時40分頃トンネル入口 から北に150mほど行ったところにある 深い茂みの中で彼を発見することができた およかったでもそんなところで何をしてた のなんと彼はそこで植物のつを使って首を つっていたんだ遺体の状態から死後数日が 経過していると考えられておりおそらく 事故発生の15日夜から16日の間に自ら 命を立ったのではないかと考えられている ぞななんで特に一緒などは残っていない ため推測にはなるが警察は事故の重大性 から判断力を失い直後に精神的桜乱状態に 陥ったそして発作的に自殺を図ったと見 られ彼の業務との関係もあると考えたよう だ自分が事故を起こしたせいで被害が出た ことに耐えきれなかったのかもってことか この事故の後境トンネルに限らず高速道路 の全てのトンネル464本を対象に様々な 点検が行われこのうち103本に安全施設 の整備が実施されたもちろんこの中には 境いトンネルも入っている詳しい安全対策 はここでは割愛させてもらうが今回紹介し た事故から1年ほどが経過した1989年 8月27日の20時30分頃またしても境 トンネルの上り線の同じ場所で多重衝突 事故が発生してしまったんだ ええこの日も1年前の事故同様天気は雨で トンネル内は濡れていた事故内容も非常に 似ておりまずはトレーラーが単独事故を 起こして追い越し車線で停止この トレーラーの存在に気づいた大型トラック がなんとか停車だがこのトラックに常用者 2台大型トラック1台普通トラック1台が 追突してしまったぞ火災はこの時は火災は 発生しなかったため前年と比べると第3時 にはならなかったようだだがさすがに安全 対策を行ったにも関わらずたった1年足ら ずで同じような事故が起きたことを 見過ごすことはできないとされたそりそう だそのため第2次安全対策が狙れ順次その 安全対策は実されていったそのため下り線 と比べて事故が2度も起きた上り線には 標識や道路表示が多いようだがしかしえ 待ってなんとさらに翌年の1990年9月 17日の20時頃今度は登り線の出口付近 でトラックが横転してしまったこれに 気づいた大型トラック3台はなんとか各自 停車できたものの後続を走っていた常用者 にさらに後続の大型トラックが追突し次々 と法の車両にたつき衝突をしてしまったん だ一応聞くけど火災は発生してしまったぞ 発生元は大型トラックに後ろから追突され た常用者でそのまま大型トラックに炎症し 被害が拡大さらに常用者の運転手が脱出 できないというところまで2年前の事故と 同じような状態になってしまい常用者の 運転手は消費してしまったんだなおこの日 も天気は雨だった雨の日の境とトンネルが 呪われているとしか思えないくらいの レベルだよ首都高速道路株式会社のデータ によると高速道路はただでさえスピードを 出す場所ということもあり雨の日事故 リスクは晴れている日と比べて4倍にも 跳ね上がるようだ4倍それに加えて境 トンネルのような勾配急カーブがあると さらに事故に合う可能性は上がるだろうな ので是非運転をする皆さんには12分に気 をつけて欲しいと思うぜみんが危険だと 感じトンネルや場所があればコメントで 教えてもらえるとお互いに注意できそうだ ねいかがでしたでしょうか続いては 2000年にオーストリアで発生した事故 でトンネル火災は何も車に乗っている人 だけが遭遇するものではないという教訓を 得るものになる一体どこで起きたやつ だろう今回は全員日の中に突っ込めについ て解説していくぜ日の中に舞台は2000 年11月オーストリアのブルク州 オーストラリアじゃなくてヨーロッパに ある音楽と芸術の都オーストリアねそうだ ザルツブルク州はオーストリアの中心から 少し西に位置するところにある州で全体の 約90%がアルプス山脈の産地になって いるという大きな特徴があるその中でも 有名なのは北東部のザルツカンマーグート 地方にあり世界文化3に登録されている ハルシュタットと破したいんだ特に ハルシュタットは世界の子ががで最も 美しい街とも言われており映画サウンオブ ミュジックの撮影にも使われたんだうわ すごい本当映画でしか見かけないような 神秘的な場所だねちなみにハルシュタット には岩塩光があり潮の攻撃によって反映し たそして中世では岩塩の価値は非常に高く 白い黄金と呼ばれるほどだったそのため霊 も耳にしたことがあるであろう ハプスブルグ毛が直轄地としてこの地を 保護していたんだなんで有名なのかは 分かってないけどハプスブルグ家って聞い たことあるさてそんなザルツブルグ州に あるカプルという町で今回の事故は起きた カプルはリゾート地として有名なセルアム 勢から車で5分ほどの場所にある小さな町 で近くにはキッツシュタインホルンという 山があり1年中多くの観光客が押し寄せて いるこの理由はキッツシュタインホルンの 景色が素晴らしいことはもちろんのこと ハイキングやマウンテンバイクなども 楽しめさらに夏でも雪に覆われていること からウィンタースポーツが365日楽しむ ことができる場所だからだ観光客が たくさん来るのも納得だよさっき夏でも ウィンタースポーツができると言ったが 夏場はスキー選手などがトレーニングで 使用することが多く一般のお客さんの本格 的な利用はやはり11月などの寒い時期に なってからで事故が起きたこの日はカプル のスキー場のシーズン開きの日だったその ためたくさんの観光客がこの日を待ちわび てカプルに来ており早く滑りたいな雪山 最高といいながら山の麓と山頂を結ぶ ケーブルカーに多くの利用客が乗り込んで いったゴンドラじゃなくてケーブルカーな んだもちろんゴンドラもあるんだが ゴンドラは13分かけて頂上まで行くのに 対しケーブルカーは9分で登ることが できるのでほとんどの人はケーブルカーを 選択していたんだ少しでも早く楽しみたい もんね だなこのケーブルカーは1度に最大で 180人を運べこの日の午前8時57分 161名の乗客が乗り込んだ乗客の中には オリンピックで金メダルを取ったことも ある世界トップスキーヤーの女性や14歳 でジュニアチャンピオンに輝いたドイツ 出身の男の子などもいたぞそして午前9時 2分出発の時間になったためケーブルカー は頂上へ向かって動き始めた大勢の乗客が ゲレでのスキーを楽しみにしながら会話を している中1人の乗客があることに気づく 何このケーブルカーの両端には扉を開閉 するためだけの乗務員が乗り込む乗務院室 があり上りの場合は上側の乗務院室に乗務 員が乗り込み下側の乗務院室には誰もい ないんだが下側の乗務院室の床の辺りから 車内にかけてうっすらと煙が入ってきてい たんだ煙ああそしてその煙がどんどんと 車内に広がっていき他の乗客たちも異変に 気づき騒ぎ始めた乗客たちは麓にある駅舎 にいる人に気づいてもらうために窓を どんどんと叩いたり携帯電話で外部と連絡 をしようとした人もいたが電話がつがる前 に頂上に向かう途中にあるトンネルに ケーブルカーが入ってしまったため圏外に なって連絡手段が漂えてしまったんだ火災 放置機とかそういうのはないのあと緊急用 に乗務院室と連絡を取る電話とかそれが このケーブルカーにはそういったものは 一切なかったんだえ安全対策ガバガバ すぎるでしょせめて登り側の乗務員室に いる乗務員さんは気づかなかったの残念 ながらこの時まだ乗務員は何も気づいて なかったというのもこのケーブルカーは2 両編成になっており1つの車両は8つの 客室に分かれていてさらに乗務員室は炎が 出ている場所とは完全に真側にあったから だケーブルカーがを目指している間にも 客室に入ってくる煙はどんどんと増して いきついには乗務印出で炎がメラメラと 燃えているのが見え始めたそしてここで さらに最悪なことが起きてしまうもう すでに最悪な状況なんだけどなんと トンネルに入って600mの場所で ケーブルカーが急に止まってしまったんだ 駅舎の制御室にいたオペレーターがなぜ急 にケーブルカーが止まったのか疑問に思い すぐさま乗務員にどうしてしたんだと連絡 をしたしかし乗務員もまさか反対側で煙と 炎が乗客たちに襲いかかろうとしていると は思ってもいなかったためいやこっちも何 がなんだかわからないと困惑した様子だっ た早く気づいてオペレーターと乗務員が そんなやり取りをしている間にも後方の 車両では乗客たちの無数の悲鳴が飛び交っ ていた中にはドアをこじ開けようとする 乗客もいたがどうしても開かずパニックは 広がっていったそんな中乗客の1人だった ある消防士のAがスキーのストックで窓 ガラスを思いっきり叩き始めたんだAは 必死の行走をしながら渾身の力を込め何度 も何度も窓ガラスにストックを叩きつける が窓が衝撃に強いアクリルガラスでできて おりなかなか割れずにいただが諦めずに 繰り返しているとようやく窓がパリンと 割れたんだよかったがしかしなんと窓は 20ガラスになっており外に出ることは できなかったなんでそこだけ安全対策 ばっちりなのよその絶望にさらに追い打ち をかけるようについには乗務員室の炎が 客室に入ってきてしまったその時ようやく オペレーターが非常事態に気づき乗務員に 対してすぐにドアを開けて乗客を外に出す んだと指示をしたものの突然通信装置が 停止し連絡がえてしまったなんでその頃 最高峰の客室ではようやく22なった窓 ガラスが割れ消防しAの指示の元窓から 急いで乗客たちが外に飛び出していったぞ Aは客室から最後に脱出したもののその時 すでにケーブルカー後方は炎に囲まれてい た早く山頂に逃げなきゃだがこの時Aは 25年の消防士経験から炎の中に突っ込ん で下に逃げるんだと脱出した乗客たちに 伝えたえなんで下なのその理由はまた後で がAの声が聞こえ指示に従った人はAを 含めて12人だけだったそしてこの12人 は600m先のトンネルの下の出口まで 続く非常階段を炎と煙に巻かれながらも ゆっくり一歩ずつ慎重に降りていったんだ いや急がないと急ぎたいのは山々だが スキーブーツを履いた状態だったから歩き づらかったんだぜあそうかスキーしに来て いたからスキーブーツで勾配ある階段は 厳しいなんだ打たち12人はよろめき ながらも一生懸命出口を目指したそして9 時20分前ようやく彼らはトンネルの外に 出ることができたんだ全員出られたんだ よかったああ彼らは駆けつけていた レスキュー隊にすぐさま助けられたぞ中に は怪我をした人やすぐさま病院に運ば なければいけない人もいたそのため重傷の 人はレスキュー隊のヘリから下ろされた ハーネスに固定されそのまま空中搬送され たんだそれはそれで怖いけど命があるのが 大事だからねちなみに他の乗客たちはどう なったのそれを確認するため完全装備をし たレスキュー隊がトンネルの下側から入っ ていったんだがケーブルカーが炎に 包み込まれており下手をしたらケーブルが 切れて重さ40Tの鉄の塊りがレスキュー 隊を目がけて一気に落ちてくる恐れがあっ たそのため事故発生から30分後の9時 35分時点ではまだ他の乗客たちの状態は 確認できなかった2次被害が出ちゃう可能 性があったってことかその通りだただこの 時被害が出ていたのはトンネル内だけでは なかったんだどういうことケーブルカーが 上がっていく先の山頂には駅と併設された ショッピングセンターがあるんだが山頂側 の全体が停電してさらに毒性の煙が駅と ショッピングモールを襲っていたんだその ためショッピングモールにいた人たちも 次々と避難のため必死に外に出てきていた んだが中に4人取り残されてしまっていた 助けなきゃトンネル内の確認がすぐにでき ないレスキュー隊は急いでヘリで山頂に 向かいショッピングモールへ入っていく しかし建物の中は界が全くないほど煙で 充満しており捜索は困難を極めた必死の 捜索によって最終的に4人を発見したが エントランス付近に倒れていた1人以外は もう息をしていなかったんだそして トンネル内の捜索についても炎の熱と煙が ひどすぎて救助は困難と判断されトンネル 内にいた1150名の人たちの捜索は一旦 打ち切られることになったこういう時の ために遠隔の災害用ロボットが必要なんだ なって思うよ確かになさて事故発生から3 時間後の12時頃まだまだ余談を許さない 状況だったがレスキュー対は特別装備を つけたにチームを山頂側からト内に突入さ せることを決定したぞ彼らがまだ煙で遮ら れているトンネルをだんだんと下っていく と乗客を161人乗せた上りのケーブル カーとは別に乗務員1名乗客1名を乗せた 下りのケーブルカーを発見そしてその中 から有毒な煙に巻かれてなくなっている 2人の遺体を発見した他にもケーブルカー があったんだそしてレスキュー隊が当初の 目的のケーブルカーの近くまで来た時彼ら は的な光景を目にするなんとケーブルカー 近くの線路は熱でぐにゃりと曲がり中には 完全に折れてしまっている状態だったんだ そんなすごい状態だと乗客たちはああ残念 ながら乗務員を含む150人は全員 なくなってしまっていたんだちなみにこの 150人の中には日本人も10人含まれて いたああなんてことちなみにみんな ケーブルカーに閉じ込められたまま焼かれ てしまったのいや150人はケーブルカー の外側で見つかったため乗務員がドアの 海兵を主導に切り替え社外へと脱出はでき ていたと考えられている実際にケーブル カーのあった位置から上に約140mほど のところに日本人中学生の子が横たわって おり60mほどのところにはスキーの世界 チャンピオンが倒れていたんだただ ほとんどの人は15mも離れていない場所 で見分がつかないほどに焼かれた状態で 発見されたぞ ひただでさえいされた状態だったはずなの にさらに炎で焼けこがされるなんて かわいそうすぎるよ今までの話をまとめる と上りのケーブルカーでは乗務員1名乗客 149名が死亡下りのケーブルカーでは 乗務員1名乗客1名さらに山頂の ショッピングモールで3名がなくなり合計 155名がこのケーブルカー火で命を 落としたことになるでもトンネルを下に 向かっていった名はなんとか生き残ること ができたんだよね生存できた人と亡くなっ てしまった人の違いは一体何だったん だろう乗客たちの運命を分けたのはまさに 向かった方向の違いだったんだ助かった 12人はトンネルの下方向へ亡くなった人 たちは上方向へ向かっていたわけだなどう して上に向かった人がなくなってしまった のこれには煙突効果が関係している煙突 ってサンタさんが入ってくるあの煙突その 煙突だざっくり言えば空気は温度が上がる と密度が低くなりこれによって煙突の上下 で浮力差が生じ空気が下から上に押し出さ れるんだそして今回の事故の場合は普通の トンネル事故とは違いトンネルの傾斜が 30°あったことでトンネルがまさにこの 煙突の役割を果たして有毒な煙が下から上 に向かっていったこの煙が上昇する速度は 時速144kmというとてつもない スピードだったため上に移動していた乗客 たちはあっという間に煙に追いつかれ そして煙を吸い込んで一3か中毒で なくなってしまったんだなるほど下に 向かった12人は煙が移動する方向と 逆向きだったから吸い込みすぎないでなん とか脱出することができたんだねその通り だとはいえ下から火が迫ってきていたら 普通は上に逃げたくなっちゃうよね私も パニックになって絶対に上に逃げちゃうと 思うぜだからこそあの消防士Aの下に 向かわせる決断はA団だったと言える だろう多くの人が亡くなってしまった原因 は分かったけどそもそもなんで火が出たん だろそうそこが問題だよな次はここを 紐解いていこうと思う自己調査チームが日 が出た原因を探るために生存した人たち から聞き取り調査を行うと乗務院室から火 が出たのは明らかだったそこで調査チーム は焼け落ちていなかった下側のケーブル カーを調べ配線ミスなどがないか調べたん だしかしこのケーブルカーは1993年に リニューアルした際に配線ケーブルが自己 消化性の素材で覆われたものが使用されて おりたえ火がついてもすぐ消えることが 判明したぞそんなのあるんだ引き続き リニューアルした時の調査を進めていると ある1つの事実にたどり着いた何それは 乗務院室の制御版のすぐ下に電気ファン ヒーターが取り付けられたということだ これは乗務員が寒い冬でも快適に過ごせる ように会社側が取り付けたものなんだが 下側のケーブルカーを調べたところ ヒーターの電熱線ホルダーが壊れており もしこれがプラスチック部分につけば火が 出ることが分かったぞしかもこれは乗り物 用に設計されたものではなく普通の家庭用 のヒーターだったんださらに実験の結果 このタイプのヒーターの奥に同じ血管が あることが判明したえじゃあもう家で使っ てても危ないじゃんそういうことになるな どちらにせよ家庭用のものを使い安全基準 を満たしていないことはあったとはいえ ケーブルと勝車で動いて燃料を積んでい ないケーブルカーの車体を焼きつくし さらに鋼鉄性のレールを破壊するほどまで 炎が拡大した理由としてはまだ弱かっただ が実はこのケーブルカーには唯一燃料に 近しいものを使っていた場所があったんだ どこそれは1993年のリニューアル時に 新たに導入された油圧ブレーキシステム だったんだそしてこれはケーブルカーの 床下た部分のパイプの中を約120Lもの 量が流れている状態だったうんでもそれっ て床下を通ってるんでしょだとすると日が 乗務印出の床を焼け落とさない限り接触し ないように思うんだけど確かに霊夢の言う 通りだこの2つは別々の場所にあったわけ だから普通に考えると接触しないはずなん だしかしここでもう1度ファンヒーターが 設置された場所を思い出してみて欲しいん だぜ確か乗務員が使う制御版の下だよね そうだそしてこの制御版にある油圧圧力系 の場所が肝だったんだというのも圧力系に 通じるオイルパイプはヒーターからわずか 数CMのところを通っていたんだぜその ためこのパイプからオイルが漏れたら ヒーターにオイルが接触してしまう可能性 があったヒーターの設置場所が悪すぎる そうなんだただ設置場所だけではなくこの 取り付け方にも問題があったヒーターの 取り扱い説明書に沿った設置のされ方に なっていなかったことで使用を繰り返す うちにヒーターは次第に安全温度を超えて オーバーヒートしていったんだそして事故 当初乗客を乗せるために駅に停車していた 時に動いていたヒーターの上にはすでに オイルが垂れてきておりオーバーヒートし たヒーターの裏側で日出始めていたもう その時からそして火がどんどん強くなるに つれてオイルパイプもだんだんと熱で溶け ていき次第に漏れ出すオイルの量も増加 それに比例するかのように炎も膨れ上がっ ていってしまったそしてこのオイルの漏れ がケーブルカーをトンネル内に停止させる ことにつがったぞどういうこと リニューアルの時に導入された油圧 ブレーキシステムには安全装置がついて おりもし圧力が20%減少した場合は ブレーキが効かなくなる危険性があると 判断され自動的に停止するようになってい たんだそういうことかでも今回の場合は その必要な機能が悪い方向に働く結果に なっちゃったわけかそうだこれらが全て 重なったことで今回の悲劇は起きてしまっ たしかも最初の方でも伝えたようにこの ケーブルカーには火災放置や乗務員との 通信手段さらに非常停止スイッチなどが なかったことも被害を拡大させた原因と 言えるだろう確かになんでそんな基本的な ものがなかったんだろうこのケーブルカー は運行開始の1974年から1度も事故を 起こしたことはなかったためもしかすると 事故が起きるはずはないという思い込みが あったのかもしれないなしかもこれらの 安全対策装置がなくても一応安全基準は 満たしていることになっていたんだただ この安全基準はリニュアルした時に追加し た油圧システムや内蔵バッテリーのことは 考慮されていない時代をな基準だったんだ がなそういうことだったのねこの事故を 受けてアルプス全体のケーブルカーの安全 基準は見直されることになり乗務員室には 客室を確認できるモニターを設置トンネル 内でも携帯がつがるようになったまた乗務 員との通話装置や窓ガラスを割るハンマー なども置かれることになったぞいつの時代 もこういった大きい事故があってから ようやく見直しがされるんだよね悔やま れることだが私たちができることはこう いった出来事を風化させず歴史から学び このような事故が2度と起こらないよう 最新の注意を払って起こりうるリスクを 考え対策を講じることだろういかがでした でしょうか続いては先ほどの事故の1年前 国と国をつなぐトンネルで発生しトンネル 内の温度がなんと最大で鮮度2まで及んだ 事故になる ぞ今回はまさかの物が第3次を引き起こし た事故を紹介するぜ事故が来たのは 1999年現場はフランスとイタリアの 国境に位置する山モンブランにある モンブラントンネルだモンブランって ケーキと同じ名前だねあこの山に似せて 作ったケーキだからモンブランと名付け られたみたいだななおモンブランの標高は 約4809Mでアルプス山脈そして ヨーロッパの最高峰でもあるぞ富士山より 1000mも高いんだそんなところに トンネルがあるのあ 今回の現場であるモンブラントンネルは 1959年から1965年までの6年もの 歳月をかけてモンブランの山中に建設され たトンネルになるこのトンネルはフランス のシャモニーとイタリアの クールマイユールを結び全長は11.6 kmかつてはモンブランを超えて隣国へ 行くのに7時間もかかっていたのだがこの トンネルのおかげで一気に15分に短縮し たぞめちゃくちゃ早いそのためモンブラン トンネルの需要は高く1日に約4000台 もの車両が生きしておりそのうち半数の約 2000台はトラックになるということは 物流にもかなり貢献しているとそうなんだ 特にイタリアは北欧への貨物輸送の3を モンブラントンネルに頼っているようだ へえそれにしても私が日本に住んでるから か国境をまたぐトンネルなんてピンとこ ないよ管理とかどうやってるんだろう事故 当時モンブランとトンネルの管理は フランスとイタリアがそれぞれ半分ずつ 行っていた11.6kmのトンネルを 5.8kmずつに分けて管理してたって ことそうだモンブラントンネル建設の際に フランスとイタリアはそれぞれ管理会社を 設立しフランス側はatmbがイタリア側 はsitmが管理を担当またトンネルの 両国側に完成室を設置しトンネル内の様子 を常に監視できるようにしていたふむふむ また事故の説明時で重要となるトンネルの 設備についても触れておくぞ片側1車線 ずつのモンブラントンネルには計40台の 監視カメラが300mごとに設置され レーダーでトンネル内の車両の台数や1 速度をチェックしていたさらに空気や煙を 測定して視界レベルをモニタリングする 間地センサーを急箇所に設置また非常設備 として100m置きに消化器300m置き に非常用電話のある避所そして600m沖 に計18か所の対価シェルターが備えつけ られていたんだシェルターまでなおこの 対価シェルターには換気設備がついており 1箇所に45人収容が可能で基本は高熱に 2時間耐えられ中には4時間まで対価可能 な改良されたシェルターも存在したぞまた フランスとイタリア両方の出入り口には レスキュー隊がいでも出動できるように 待機していた聞いてるり万が一への備えは ばっちりのようだけどああこれらの設備も あってモンブラントンネルでは過去に トラック火災が16件起こっていたものの いずれもドライバー自身がすぐに消化して 大事には至らず死亡事故はただの1度も 起きていなかったんだそうこの日まで は今回の事故が起きたのは1999年3月 24日トラックドライバー歴25年の映画 運転する40Tの冷蔵トラックがが10時 47分にトンネルに入り時速60kmで トンネルを走行していたぞベテラン ドライバーだがaがトンネルに入ってから わずか3分後の10時50分もう少しで トンネルの中間地点に差し掛かるその時A のトラックを対抗者のヘッドライトが何度 も照らしたパッシングってやつだねでも 一体どうしたんだろう霊夢と同じく不思議 に思ったAワフとミラーを見てみてみた ところなんとAのトラックの運転席後方の 下あたりから煙が黙々と立ち上る様子が 映っていたえだが実はこの煙は1分前の 10時49分に発生しておりAも煙の存在 は認識していたものの煙の量もそんなに 多くないから大したことないだろうと考え トラックを走らせ続けていたんだ気づいて たのかあれそういえばモンブラントンネル にはカチセンサーがついてたと思うんだ けど反応はこのカチセンサーはトンネル内 の視界が30%低下すると完成室の警報を 鳴らすようになっていたんだがこの時点で はまだセンサーが反応するほどの煙では なかったんだだが10時51分にAの トラックがフランス側ので入口から約 5kmに到達した頃には煙はかなり濃く なっており対向車からも煙がはっきり 見える状態だったそのため行きかう何人も のドライバーがクラクションなどでAに 異常事態を伝えていたぞもしや めちゃくちゃ悪化してるああそこで10時 53分で入り口から約6kmのトンネルの 中間付近の地点でAはさすがにまずいと 思いハザードランプをつけてトラックを 止めることにしたトンネルの中央で停車 ってなんだか北陸トンネルの事故が頭に よぎるなおトンネルは片側1車線しか なかったため後続者も次々と停止すること になりAのトラックの後ろにはあっという 間に渋滞ができてしまったそしてすぐに トラックを降りたAはトラックから大量に 出る黒炎を目にすることにでもトンネルに は消化器がたくさんあったはずああそれに Aのトラックの運転席左側のシートの下に も消化器が備えつけられていたんだその ためはこの消化器で消化しようと思い シート下にある消化器を取ろうとしたが しかし突如シート両側から火が出てきて しまいAは消化器を取ることができず さらにその直後にはトラックが爆発炎上し てしまったんだひこの様子にAは逃げ出す しかなくトラックを捨ててイタリア方向へ 一目3に走り出したぞちなみにだけど さすがに完成室はもうこの事態に気づい てるよねトラックが爆発する1分前の10 時52分フランスの完成室ではトンネル内 の間地センサーが反応したため警報が鳴っ ていたぞだがこの時完成室では事体の深刻 差に気づいておらず特ににまだこれといっ た対処していなかった問題が起きてるから 警報がなってるんじゃだが10時54分煙 に気づいたとある運転手がトラックから 300m離れた地点の非常電話から イタリア側の完成室に通報をしたんだ ナイス判断この通報によりようやく完成感 がトンネル内で問題が発生していることを 知りイタリアとフランスの両国でどう対応 するかの話し合いが始まったぞえそういう の事前に取り決めがあるとかじゃないの また関西官たちはトンネルで何が起きて いるのかを突き止めるため監視カメラの 映像を見たのだがすでに恋い煙に覆われて しまっていて肝心の干が何なのかが不明 だったんだとはいえさすがに危険だと判断 され10時55分にフランスとイタリア 両方の出入り口を封鎖しこれ以上トンネル の中に他の車両が入ってくるのを止めたぞ 問題はトンネルの中だねああ実際にこの 時点でフランス側には少なくとも常用者が 10台トラックが18台おりイタリア側に もまだ車は残っている状態だったなおこれ らを合計するとフランス側の車には38名 イタリア側には12名の計50名の人々が 残されていたんだ結構残ってるもしかする とこの事態に気づいてなかったのかないや おそらく火災にはほとんどの人が気づいて いただろうというのもカチセンサーの記録 でではAのトラックが停車した10時53 分の時点で煙はすでにトンネルのフランス 側800m地点まで到達していたんだ すごい速さで広がってるそうなんだ 燃え上がるAのトラックから発された煙は なんと秒速4.5mの速さでトンネル内を 進んでいたそんな中車に乗っていた人々は 車の中にいた方が炎を避けられて安全 だろうと考え車内に残っていたのかもしれ ない でもトンネル火災では煙も危険そして10 時56分ついにAのトラックの後ろに並ぶ 車つまりフランス側の車は煙に完全に覆わ れてしまっていた一方イタリア側へは ゆっくりゆっくりと広がっていったぞ煙の 広がり方に差があったってことかでもどう してだろうさらに10時58分頃フランス 側では50cm先も見えなくなるほど煙は 濃くなっていたさすがにこの状況に車の中 に残った人々もUターンして逃げようとし たことだろうしかし車の燃料は十分なはず なのにどうやってもエンジンがかから なかったとされているぞこのタイミングで 故障そこで人々は車を乗り捨てて近くの シェルターへ逃げ込むと急いだがしかし その間にも猛烈な煙は避難する人々に容赦 なく襲いかかっていったシェルターは確か 600m置きに設置されてるから 逃げ込めるばしかし火災発生から数分後炎 によって照明設備が壊れトンネル内は停電 さらに自己報告書によると電気回路の ショートも発生しフランス側では スプリンクラーも作動しなかったという 最悪の状況すぎるそのためトンネルの中は 暗闇に覆われ取り残された人々の避難は 一層困難を極めたぞというかこの状況で 両方の出入り口に待機してるレスキュー隊 はまだ駆けつけてくれてないの煙が生して から4分後の10時57分フランス側の レスキュー隊2第一方の警報が届き直に フランス側から4人編成のレスキュー部隊 が出動さらに11時ちょうどにはフランス の町車モニーから消防隊15名が緊急出動 したぞ確か警報が鳴ったのが10時52分 だから早い段階ですでに動いてはいたんだ ねシャモニーから出動した消防平らが乗っ た2台の消防車は現場へ急行しかしAの トラックまであと1.2kmの地点まで来 た時激しい北園とトンネル内に乗り捨て られた車両に行手を阻まれ立方上して しまったんだその結果消防隊員たちも消防 者を捨ててシェルターへ避難するしか なかったイタリア側のレスキュー隊は イタリアからボランティアで編成された レスキュー隊が出動したのは11時のこと だそして煙の進みが遅かったイタリア側で はAのトラックの300m手前まで近づく ことができたぞ さらにレスキュー隊員のうちの1人は トラックからわずか10mのところまで 近づき炎上するAのトラックを目撃する ことができたんだおしかしその直後2番と いう強烈な爆発音が立て続けに6回なり 響き周囲にタイヤの破片が飛び散ったぞ タイヤの破片が飛び散るのはマジ危ない やつさらにその飛び散った破片によって他 の車両へと炎しトンネル内はさらに 燃え上がることにそのイタリアの レスキュー隊たちも撤退せざるを得なく なってしまったんだ手出しができない さらに11時11分次はイタリアの消防隊 が到着し消防車で煙の壁を突破しようと 試みたぞしかしこの時イタリア側も煙が 非常に濃くなっており結果的に彼らも突破 を断念することになり消防隊員たちは急い で大下シェルターへ避難することになった んだガチの消防隊が避難しなきゃいけない 状況ってトンネルの中の壮絶さを物語って いるだがなんとそのシェルターの中にも 換気光から煙が侵食してきてしまったんだ 避難場所の意味この事態に対してトンネル の外にいた消防隊の指揮官はトンネルの下 の換気ダクトには新鮮な空気があるそこを 通って避難するんだと彼らに指示を出した ぞだがその換気ダクトへ行くには シェルターを出て煙の充満するトンネルの 中からダクトの入口を探さなければなら なかったんだうう聞いてるだけで苦しく なるとはいえ煙が入ってくるシェルターに いても先が見えているため酸素ボンベの 残りも少なくなる中イタリアの消防隊員 たちは決死の覚悟でシェルターを出たぞ そしてなんとか換気ダトの入り口を発見 またイタリアの他の消防士たちが彼らを 助けるために外側から換気ダトへ侵入し約 3時間後にイタリアの消防隊員たちは無事 に助け出され まさか救助する側が救助される事態になる とはだななおフランス側でも警報直後に 出動した隊員たちに加え11時10分に 消防し6人がトンネルへ侵入していたが日 となったトラックまで2.7kmの地点で 先へ進めなくなっていたさらには11時 39分にも別の消防隊がトンネルへ入った がトラックまで4.8kmの地点で撤退を よぎなくされていたぞどんどん紐から 遠ざかってるそうなんだなおこの時点でA のトラックから失火して46分が経過して おりこの時猛烈な国twentyが フランス側ので入り口から立ち上るような 状況にまでなっていたなんてことちなみに だがこの火災に立ち向かうためスイスから も消防隊が派遣されており合わせて100 名もの消防士が動員されていたしかしそれ でもこの猛火を消し止めことはできず モンブラントンネル火災が進化したのは約 53時間後の3月26日の午後のことだっ た丸2回以上燃え続けたってことかこんな 状況でトンネルに取り残された50名もの 方々はここからは取り残されたドライバー たちの明暗について解説して いこうまずトンネル内に残された車の中 からは27名の遺体が見つかった確か車を Uターンさせて逃げようとした人もいた けどエンジンがかからなかったんだよね ああその原因はトンネル内の酸素が不足し ていたからだったんだ酸素そうだ車の エンジンは簡単に言うと燃料と空気中の 酸素を反応させることで動いているしかし 事故当日のモンブラントンネルは火災で 起きた炎に酸素が次々と吸収されていって しまい車のエンジンを動かすには酸素が 足りない状態になっていたんだだから消防 隊員さんたちも消防者を乗り捨ててたのか そのため燃え尽きた車のからは人の骨が 見つかったというううそういえば車を捨て てシェルターに逃げようとした人たちは 無事に避難できたのいや彼らも凄まじい 黒炎に阻まれ大下シェルターにたどり着く ことができなかったそのためトンネルの シャドにはシェルターへ向かう途中で力 尽きたと思われる救命の遺体が残されてい たぞそそんなさらにシャモニーの消防隊員 にも犠牲者が出てしまったシャモニーの 消防隊って警報の後すぐに出動したけど 消防者が進めなくなってシェルターに避難 した人たちだよねああ彼らも避難から約5 時間後にフランスの救助隊によって 助け出されることになったそして救出され た後に病院へ搬送されていたのだが隊員 15名のうち四間1名がなくなってしまっ たんだまた助かった他の14名も全員が 一次渋滞だったという情報もあったぞ シェルターの中に煙が入ってきた話もあっ たしそもそもモンブラントンネルにあった シェルターの対価時間は2時間から4時間 だったことを考えると53時間も進化し なかった毛下の中5時間を耐えただけでも かなりすごいことだったのかもそしてこの 火災の炎上時間とシェルターの対価時間の 大きなさによってシェルターに避難したに も関わらず助からなかった人もいたこの 画像は実際に犠牲者が出てしまった シェルターの画像になる燃え尽きてる シェルターの中ではがなくなっているのが 発見され発見された2名のうち1名は イタリアのトンネル警備員BだったこのB は火災発生当時フランス側の出入り口にい たらしいイタリアの警備員なのにそうなん だ当時Bがなぜフランス側にいたのか詳細 は不明だがBはトンネルで異常が発生した ことを知ると呼吸機を装着しバイクに乗っ てトンネルに侵入したんだまさかBさんが トンネルに入った理由ってもちろん中に 残された人たちを救出するためだまたbは aのトラックから煙が出ていることを発見 した最初の人とも言われている実際にBが バイクでトンネルの奥へ走り去るのを目撃 したあるドライバーは彼は燃えている トラックに追いつこうとしているようでし たと後に証言しているぞしかしBは トラックになかなか追いつけずその途中で 意識を失っている人を発見その人をバイク に乗せて脱出しようとしたものの意識を 失った人のからだが巨体でバイクに乗せる ことができずバイクを捨ててその人をなん とか引きずり対価時間4時間のシェルター の中へと避難したんだでも炎が53時間も 燃え続けたからそこで2人ともなくなって しまったんだねその通りだなおBは火災に よる猛烈な暑さの中無線で1時間以上 イタリア側の完成室と連絡を取り合い ながらこの救助活動を行っていたらしい なおチカ後の道路の上にはその過酷な状況 を物語るようにBのバイクがドロドロに 解け残骸となっているのが見つかったと いう原型が全くないそして結果としてこの 火災によってトンネル内に残された50名 のうち38名が死亡してしまった消防隊の 指揮官の人を加えたら合計で39名もの人 がなおこの火災は進化までに153時間を 用したと説明したがそれもそのはず モンブラントンネル内は最高で線どもの 高音に達し燃え続けていたんだそのため 犠牲になった人たちの遺体はもはや住とか していたそうだそんな激しい炎に2回以上 もさらされていただなんてまた事故後の 調査の結果シャモニーの消防隊が出動した 頃の11時には今回トンネルの中で犠牲と なった人たち全員はすでに亡くなっていた ことが判明したたった14分でこの火災の 凄まじさが伝わってくるよそれでも12人 はは助かったんだよねああちなみに生存者 の救助に関してはある1人のフランスの 警備インCが貢献していたぞCは火災発生 当時たまたまイタリア側で入り口にいた イタリアの警備員Bさんはフランス側にい てフランスの警備員Cさんはイタリア側に いたのかだなこの火災を知ったCは ミニバンに乗ってイタリア側からトンネル に入ったんだそして詳しい人数は情報が出 てこなかったのだが数名を車に乗せて 助け出したそうだすごいちなみにこのBと Cの行動が火災発生直後に感動されて しまっていてBがバイクでトンネル内を 往復し約10名を助けた後に死亡したと 報道されていたそしてやがて事実が明らか になるのだがこの時Cは犠牲となったB さんから何かを奪うことはしたくないと いう思いから火災から数日間本当のことを 周囲に語らなかったとの情報もあったぞ すごいできた人だなまた他の生存した人 たちはイタリア側からトンネルに入った ものの出荷した地点から離れていたため ギリギリのところで出入り口へ引き返し たりイタリア側にいたため車を捨てて逃げ ていたところをレスキュー隊に救助され たりして何を逃れたなお日となった トラックを運転していたAもイタリアの レスキュー隊に助け出されているぞAさん 助かったんだあれでもなんか助かった人 たちの話はイタリア側にいた人のような フランス側には生存者はいなかったの残念 ながらその通りだつまり自己時にトンネル に残された50名のうちイタリア側にいた 人たちは全員助かったもののフランス側に いた人たちは全員が死亡するという結果に なったどうしてこんなにも被害がはっきり と別れてしまったんだろうそれについては 後ほど詳しく解説しようさて情報によって 若干の際はあるがこの火災による的被害も 伝えておくとトラック24台常用者9台 オートバイ1台そして救助車両2台が 焼きつくされたなお干となったトラックは なんと枠組しか残っておらずモンブラン トンネル内の設備に至っては路面から壁や 天井までのほとんどが破壊されたんだ先度 の炎で53時間も燃やされたらさすがに そうなるよねそのためトンネル内の気温が 下がり火災後の作業が始められるまでは からさらにいつかもかかったそう だだが実は今回の事故で多数の命を奪った 原因は炎ではなかったとなると煙かなその 通りだ犠牲者は全員煙に含まれた一酸化 炭素と生産ガスによって窒息したんだ 一酸化炭素はよく出てくるけど生産ガス ってどんなものなの生産ガスは試案化水素 という猛毒が期待上になったものを言う 空気中の一酸化炭素の濃度が1.28%に なると1から2分で死亡すると言われるが それに対し生産ガスの毒性は空気中の濃度 が0.027%で即死に至るというやばあ この生産ガスはウールやアクリル ポリウレタンといった窒素化合物が燃える と発生するのだが車の座席シートや ハンドル塗料などにはこのポリウレタンが 多く使用されているぞということは今回の 火災では車がたくさん燃えたから生産ガス が大量発生したってことだと考えられるな でもさそもそもどうしてAさのトラック から出荷したんだろうそれが実は根本的な 出荷原因ははっきりと分かっていないんだ え火災後に専門家たちによって行われた 調査で出荷原因としてまず疑われたのはA のトラックのエンジンの血管だったしかし 調査の結果そのような痕跡は見つからず 代わりに発見されたものがあった何 トラックのエンジンの中から何かの融資が 見つかったんだそしてその融資の正体は 本格的な火災になる前にトラックのエア フィルターが燃えたという証拠だったエア フィルターエアフィルターは車のエンジン ルームに設置されていてエンジンに 取り込む空気をろかするものになるそれが 1番最初に燃えたとするならその原因は 一体そう思うよなそこで専門家たちは大行 者から投げ捨てられたタバコがトラック 上部のエアフィルターに入り発火しその日 がエンジに到達してトラックが炎上したの ではという仮説を立てそれが本当に起り うるのか実験をしたぞその結果タバコが エアフィルターに入ったら火災が起こる ことは十分あり得ると分かったんだ なるほどでもこれが最初のひになったのか まで断定することはできなかったんだね そういうことだだが今回の火災が起こる までモンブラントンネルでトラックから火 が出てもすぐに消し止められていたのに 対し今回のに2日以上も進化しない大火災 になってしまった原因がいくつかあるぞ 確かにそれは気になるねここからは大火祭 へと発展した原因を1つずつ紐もいて いこうまずトラックから出た日が 燃え上がってしまった原因は大きく分けて 3つある1つ目は映画煙の発生した トラックをトンネル内で停車させてしまっ たことだどういうこと事故の経緯を 思い出して欲しいんだがAのトラックから 煙が発生した後トラックが燃え上がったの はいつだったあAさんがトラックを停車さ せた直後だったねじゃあもしかすると トラックを走らせ続けた方が安全だったの あトラックが走行している間は空気の流れ などによって紐へ酸素があまり行き渡らず 炎上を抑えることができるはずだった しかし今回の場合はトラックを停車させた ことで多くの酸素を取り込めたので大炎上 したんだ現にある火災の専門家も もし映画トラックを走らせ続けていれば 炎上する前にトンネルを抜けられただろう との見解を述べているぞでも実際に トンネルで自分の車から煙が出てたら怖く てそのまま走り抜けようって判断はでき ないかも私もそう思ってトンネル内で自分 の車から煙や炎が出ていた場合の対処法を 調べてみたところ走り抜けるのは危険なの ですぐに停車して非常口に避難することと いう情報が出てきたりもしたので実際は 異常が起きている車を無理に走らせ続ける のはとても危険な行為であることに間違い はないようだな走り抜けたらというのは 結果論って感じかかもしれないなさて2つ 目の原因は炎上したトラックにあるものが 積まれていたことにある何それは9Tの マーガリンと12Tの小麦粉だったんだ これらを運ぶためAが運転していた トラックは冷蔵用トラックが使用されて おり2台は熱剤として発泡スチロールで 囲まれた状態だったそしてこの発泡 スチロールにエンジンから上がった炎が 硬化したんだふむふむしかも発泡 スチロールは火がつくと大量の熱を発し ながらすぐに燃え上がってしまうそういえ ば昔コンロの近くに発泡スチロール置いて たら火がついちゃったことがあるんだけど 確かにあの時の記憶を蘇らせると一気に 燃えていった気がそれ普通に危ないなさて 2台の発砲ロールが燃え大量の熱が発せ られたことでこれがマーガリンをどんどん 溶かしていったぞマーガリンは油から作ら れているからそう溶けたマーガリンは液体 の油となりさらに火の勢いを加速させる ことになったんだちなみにマーガリンの エネルギー含油量は非常に高いため溶けた ものはガソリンと同じくらい危険性が増す というそれが9トもあったと思うとやばい ねだなしかも一緒に積まれていたのが 小麦粉ということも関係している可能性が あったというのも小麦粉も加年性である ことと燃えさかる空気中に舞うことで軍人 爆発をするためだもはや爆弾を積んでいた かのような感じになおこれだけ大量の マーガリンと小麦粉が燃えると3万Lの ガソリンに火がつくのに匹敵する熱源に なるというさらに追い打ちをかけるように トンネルの中ということで熱の逃げ場が なかったためトンネル内は最高で線度もの 高温に達し何もかもを燃やし尽くすことに なったんだマーガリンと小麦粉でこんな ことになるとは炎を大きくした3つ目の 原因を上げると日になったAのトラックの 後続者も上げられるぞというのも後続者に もマーガリンを積んだトラックが1台おり さらにポリエチレンを積んだトラックが2 台いたんだ連続マーガリンかちなみに ポリエチレンも危険なのああポリエチレン はプラスチックの一種で特に燃えやすい 性質を持っているままたこれらのトラック の他にも11台のトラックが並んでいた こともありガソリンタンクローリー5から 7台分の火災の威力になったというもう やばいのだけは伝わってくるでもさ ちょっと気になることがあるんだよねなん だイタリア側とフランス側で取り残された 人の生存と死亡がくっきり別れたのはなん でなの確かにそれを疑問に感じるよなそれ ではここからはその原因を紐解いて いこうまず原因の1つとなったのは当日の 気候と風向きだというとまず前提として モンブラントンネルのイタリア側で入り口 は標高線381mのところにありフランス 側で入り口は標高線274mに位置して いるイタリア側がフランス側よりも約 100m高い位置にあるんだねそうだその ためトンネルを走る車両の廃熱によって 温められた空気は煙突効果によって低い ところから高いところへ登っていくことに なるつまり普段のモンブラントンネルは フランスからイタリアへ空気が流れていた とだが事故当日は年間で20日ほどしか 発生しないフェーン現象が発生しており 強い風がイタリアからフランスの方向へ 吹いていたぞフェン現象って聞いたこと あるけどいまいよく分かってないざっくり 伝えるとフェン現象は山の上から高音の 乾燥した風が強く吹き降りてくる現象の ことだなまあ今回は動画が長くなりすぎの で詳しい説明は割愛させてもらうぞ とにかく強い風が普段とは逆方向に吹いて たってことだねああこのようにイタリアへ 向かう気流とフランスへ向かう気流が同時 に発生したためトンネル内では空気の動き が操作されていたわけだでももしそうだと したらフランスの方ばかりに煙は流れない ようなと思うよなだがここでトンネル内の 空気の流れに影響を及ぼす人類的な原因が 発生してしまたんだほう改めて伝えると モンブラントンネルはイタリアとフランス で半分ずつ管理されているそしてこの トンネルにはトンネルの両側に巨大扇風機 を備えた換気システムが設置されていた この扇風機はフランス側とイタリア側とで それぞれの完成室で操作し換気ダトを通じ てトンネル内に流れる空気の量を調節して いたんだふむふむ通常は換気ダトを使って トンネルの中に外の空気を送り込む早期 モードで運用されているが火災時には早期 と排気が切り替えられ一部のダクトを廃気 モードにすることで煙を外へ排出させると いうことはそのシステムが動いてなかった とかいやシステム自体はちゃんと動いてい たぞしかし火災発生時フランス側は換気 ダトを廃棄モードに切り替えたものの イタリア側は全ての換気ダトを早期モード にしていたということはそうイタリア側が 全てを早期モードにしたことで新鮮な外の 空気がトンネル内に流れ込み炎を勢いづけ てしまったんだそれだけでなく早気モード によってイタリアからフランスへ向かう 空気の強い流れが発生しもうスピードで煙 をフランス側へ押しやってしまったその 結果として火災発生からたった30分で トンネル内のフランス側半分に煙が充満し たんだなるほどでもどうしてイタリア側は 廃棄モードに切り替えなかったんだろこれ にはある理由があった実は火災発生後 イタリアの完成官はトンネルから 引き返そうとする車を見つけて彼らが トンネルを脱出できるように手助けをし なければと考えあえて廃棄を一切行わず 全ての換気ダトから風を送り込んだんだ それによりイタリア側にも迫ってくるはず だった煙が急速にフランス側へ押し流され てしまったわけだな助けようとしていたの かしかし本来なら火災時には廃棄ができ キルダトは廃気モードで稼働させなければ いけないため11時13分頃に全て早期 モードにしていることを知った関西間の 上司は一部を廃棄モードに切り替えるよう に指示これによってようやくイタリア側で 1分間の廃棄が行われたと自己報告書には 記載があるぞでもその頃にはもうフランス 側に残された人たちはああ11時13分の 時点でトンネル内の全員がすでに生えてい ただがイタリア側が早気を続けていたこと でフランス側に犠牲者が集中してしまった 一方イタリア側にいた人たちが助かったの も事実なんだなんて言えばいいか難しいね また他にも事故が拡大した原因があったぞ 何それはトンネルに設置されていた煙の カチセンサーに関係するものだカチセン サーって確かフランス側ではトラックの 爆発前に反応して警報が鳴ってたよね フランスの完成感は気に求めてなかった みたいだけどそうだあの時点ですぐに車の 侵入を止めなかったことで結果的に被害 拡大を招いてしまったと言えるなお フランス側では警報が鳴ってから車の侵入 を停止するまでに3分を用していたぞ ちなみにさイタリア側の感知センサーは どうだったのそれがなんとイタリアの感知 センサーは電源が切られており警報がなる ことすらなかったえ ええなんで切ってんのというのもこのカチ センサーは元々誤作動が多く火災の前日に も誤って警報が鳴っていたため事故当日も 完成感が電源を切ったままの状態にしてい たんだなんか飛行機事故の時も ちょくちょくそういうの聞くけどそれだと 警報の存在する意味がなくなっちゃうよね だなここまで色々と話を聞いていて思った んだけどこのイタリアとフランスの 管理会社ってトンネルを問題なく管理でき ていたのかな結果論かもしれないが1つの トンネルをイタリアとフランスで別々に 管理していたことも被害拡大につがって しまった原因と言えるだろうなしかも実は モンブラントンネルでは以前から安全管理 に問題が生じていたんだそうなのああその 中でも大きな問題だったのは両国の換気 システムに違いがあったこと だろう自己報告書によるとこのイタリアと フランスの管理会社ではモンブラン トンネルの運転や維持管理で発する収入や 経費は共有分担されていたただ設備の回収 についてはそれぞれが独立した資金を保有 資格自で対応していたんだそしてトンネル 開通から14年後の1979年トラックの 廃棄によるトンネル内の待機汚染が判明し 換気システムの回収工事が行われることに なったふむふむしかし先ほど伝えたように 回収は各国で別々に行う形になっていた ため工事が行された時期はフランス側は 1980年イタリア側は1997年と大幅 に異なっていたんださらに工事内容につい ても連携は取られておらずそれぞれで換気 システムを回収したぞ大ぶ期間に差がある 上に1つの構造物の中で別々のシステムが そのためそれぞれの換気システムの能力 自体には大きな差はなかったものの異なる 部分ももちろん存在し両国とも相手側の 換気システムや期状況について完全に把握 していた完成官はいなかったそればかりか こういった連携の不は管理会社だけでなく レスキュー隊についても言えることで火災 発生時イタリアとフランスのレスキュー隊 は救助活動について連絡を取り合うこと なく動いていたそうだえさらに今回の火災 の後に驚きの事実が判明したぞな何それは なんとモンブラントンネル開通後から火災 発生までの34年もの期間の中で地域の 消防隊を交えた消防訓練はわずか1回しか 行われていなかったんだ少なさらに フランス政府の不も指摘されたぞどういう ことというのもフランスのオートサボは 地方消防局からトンネルの安全性について 指摘されていたにも関わらずフランス政府 がこれを無視していたんだちなみに消防局 の指摘内容は肺炎システムが不十分です 火災がで入り口から遠い場所で発生した 場合車両が道路を塞いだら救助が困難に なりますというものだったぞまさにこの モンブラントンネル火災で起きてしまった ことああしかもこの指摘がされたのは火災 の前年の1998年のことだったんだ じゃあもしかするとこの指摘にすぐに対応 していればそう思ってしまうのも無理は ないなまたフランス側の管理会社atmb の当時の社長が実量化でも技術者でもなく 元政治家であったこともフランス政府の不 に絡めて批判されたそうだこの理由はこの 社長がモンブラントンネルが抱える安全 問題に詳しくなかったばかりか本格的な 消防訓練を拒否していたとオトサボは地方 消防局から指摘されたためだったむむなお この消防訓練の問題についてatmbの 社長は私は訓練について拒否も許可もして いない消防訓練は中央政府や地方政府の 問題でありatmbの責任ではないと主張 しているぞうんまたatmbについては フランスの警察の調査で安全よりも利益を 優先していたということも明らかにされた んだというのも有料のモンブラントンネル は大切な現金収入源だったこともあり atmbは車間距離をそっちの気にして トラックを次々にトンネルへ通していたと のことだったじゃあこの許容量を超える量 の車がトンネルを走ってたことも被害拡大 の原因ってことか一員にはなっている だろうなここまでを総合するとイタリア側 にも問題があったと思うけど結局は フランスやatmbの責任になったのか な4年にわる火災調査を経て今回の火災の 責任の所在についての裁判がフランスの 高等裁判所で2005年1月から開始され たぞこの裁判ではatmbやatmbの 社長をはめ イタリア側の管理会社sitMB日となっ たトラックドライバーのAなど4つの会社 と12名の個人に対して貸し地材が問わ れることになったなお裁判の原告は200 名以上にも登りさらに60名の弁護士 160名の証人20名の専門家そして英語 イタリア語ドイツ語の通訳を収容するため 特別に用意された部屋で裁判は取り行っ 裁判の結果はモンブラントンネルでの悲劇 は避けることができたはずだと結論付け られ罪を問われていた計166の会社と 個人のうち3つの会社と10名の個人が 有罪となったぞほとんどが有罪か一体誰が 1番重い責任になったんだろう私が調べて 分かった範囲では最も重い判決となったの はATMBの安全担当者で6ヶ月の懲役と 2年の執行猶予が言い渡されたatmbの 社長やトラックドライバーのAさんは atmbの社長は執行猶予2年の懲役と 罰金系Aの判決は執行猶予4ヶ月の懲役系 だなんだか私が想像していたのと違う重さ そう感じる理由はフランスで貸し地士材に ついて3年以下の懲役もしくは罰金と定め られているからだろうまたフランス側の出 入り口があったシャモニーの市長は執行 猶予6ヶ月の懲役と罰金系 そしてatmbとsitmatmbの 子会社の3者は罰金系となったなお詳しい 判決内容は分からなかったんだが他にも atmbとsitmBの従業員語名と フランスの公共事業証の幹部が有罪となっ たようだ管理会社や重要員についてはなん となく分かるけどなんで市長まで有罪に なったのどういう経緯でこうなったのか 残念ながら私も分からなかったんだぜこの 社の市長はモンブラントンネルの運営に ついては何の権力も持っていなさそうだし 火災が起こる数年前からトラックの交通量 を減らすように呼びかけていたようだしな もしこの主張や判決の経緯について知って いる人がいたら是非教えて欲しいんだぜお 願いしますなおAが運転していたトラック の製造会社であるボルボ車も出荷原因は トラックエンジンの設計上の血管による ものだとされ起訴されていたあれでも確か しか原因はタバコの日の可能性がある みたいな話じゃなかったああ最終的には トラックの設計や製造に血管があったと いう証拠は見つからずボルボ車への基礎は 取り下げとなったぞなるほどちなみに モンブラントンネルは火災後どうなったの 最不能なまでに燃えてしまってたけど霊夢 の言う通りモンブラントンネルは深刻な ダメージを追ったため完全閉鎖をするしか なかったしかしそれから復旧作業が行われ 火災から3年後の2002年3月9日に再 開通したぞ再開したんだああもちろんただ 再開したのではなく火災事故の反省をもに 様々な安全対策が強化された中でも atmbとsitMBが共同で出資し MBTという1つの管理会社が設立され この会社だけでトンネルの管理を行うこと になったのは大きな変化と言えるだろうテ が違ったり連携取れてなかったからここが 改善されたのはいいことな気がするただ 少し気になる情報としてあったのは管理室 にオペレーターが1人だけということだ ワンオペなおトンネルの設備は色々と安全 対策が施されたぞ例えばK1116台の 肺炎装置を100mごとに備えた最新の 換気システムに加え消化装置や退避 トンネル4500台の熱検地装置などを 設置さらにカメラの数も事故前の40台 から3倍の120台に増設そしてトンネル 中央には消防車1台を配置した消防所が 作られ対価シェルターも1200度の熱に 耐えられるものが300m置きに37か所 設置されたんだかなり改善またトンネルの 両方の出入り口では貨物をチェックする 検査場も作られモンブラントンネルを利用 する全てのトラックに対して荷物の検査を 行えるようになったぞ今回の火災事故を 通してまさかのもがトンネル火災の脅威に なるって分かったからね他にも不足が指摘 されていた消防訓練も年4回実施される ようになったこれでみんな安心して通れる ようになったのかなそこなんだが モンブラントンネルの再開2に対して政府 や企業が早期の再開を切望する一方で世間 からは不安や反対の声も多かったんだ実際 にモンブラントンネル再開に反対するデモ 活動は3月の再開通初日に両国側で起きて いたしかも再開通直前の深夜にはフランス 側の出入り口付近で爆発物が仕掛けられ それが爆発する騒ぎもあったそうだ大きな 犠牲を出してしまった事故だったから安全 に安全を重ねても不安をなくすことは 難しいよねそういった様々な気持ちが 渦まく中フランス側では2001年 モンブラントンネル火災の犠牲者の慰霊費 が設置された この鉄の棒は39本あり犠牲者1人1人を 表すものとなっているまたイタリア側には 救助活動中に犠牲になった警備員のBを 称えるプレートが設置されたぞいかがでし たでしょうかここで再び日本に戻りまた車 以外が燃えることになった事故を紹介 しよう時は1972年11月6日福井県の あるトンネルで国内最大規模の負傷者が出 た事故がた今回は交通事故かないや違うぞ この前日の11月5日22時頃大阪から 夜間急行列車北国が発車するところだった あ鉄道事故かこの列車は進行方向の位から 5両目が寝台車6から10両目が普通車 11両目が食堂車12両目が指定席の普通 車13両目が指定席のグリーン車そして 14両目に郵便車15両目が荷物車だった ぞこの当時からグリーン車って存在してい たんだね乗務員は専務車掌Aや機関士B 指導機関士Cなどを含めた13名と食堂車 の重要員8名郵便扱い者9名の合計30名 だった乗客の人はどれくらいいたの11月 3日が祝日5日が日曜日ということもあっ てかほぼ満席で乗客761名が乗車してい たぞ22時過ぎに大阪を出発した北国は 青森に向けて日本海側を走行し多くの乗客 が寝静まった6日の午前1時4分30秒に 福井県の北陸本線敦賀駅を2分遅れで出発 そして1時7分頃北国は敦賀駅と南今城駅 の間にある全長約13.9kmにも及ぶ 北陸トンネルに時速60kmのスピードで 侵入していったぞということは大体15分 くらいで抜ける予定だねだがトンネルに 入って2分ほど経った頃まだ眠れなかった のか1人の乗客が列車内を歩いていた時 あるものを目撃したことを境いに合計 791名もの人々の戦いが始まっ た一体何を見たのそれは日だえ火災って ことそうだ11時9分頃11両目の食堂者 の後方側つまり12両目に近いところに 設置されていた喫煙席のソファーの下から 日が出ているのを乗客が発 その乗客はすぐに火事が起きていますと 13両目にいた専務車掌のAに伝えに行っ たんだこの報告を受は急いで食堂車に移動 し実際に自分の目で家事を確認そして多く の乗客が寝静まった1時11分Aは非常 停止装置である車掌弁を引いたぞさらに 無線機を使用して機関視であるBに火災が 発生している列車を止めるんだと緊急停止 するように連絡これによって1時13分 北国は敦賀駅側の入口から約5.3km 地点で停止することになったあこんな トンネルのど真ん中で止まるんだあ実は これには理由があったんだというのも10 年前の1962年常磐線三河島駅校内で 国鉄戦後5台事故の1つとされる列車脱線 多重衝突事故の三河島事故が起きたんだ そしてこの事故によって死者160名傷者 296名が出る第3次となったことを受け 異常があったら停車することという マニュアルが作られ北国の乗務員たちも これに従った形になるぞなるほど過去の 事故の教訓を生かしてそういう方針になっ ていたんだねそうだそして急いで車掌が 消化器で重要員が水をかけて食堂車の消化 に務めたしかし暗いトンネルの中であった ことと煙がひどすぎたせいで紐が確認でき ず炎症防止のために11両目と12両目の 扉を締め11両目の食堂者側からだけで 消化活動を続けたんだだがそれでも日が 治る様子はなかったため1時18分乗務員 は機動短絡機を設置した何それこれは名前 の通り短絡つまりシトさせる装置でこれを 対抗線路に設置することで赤信号にできる んだつまり対抗列車に危険性を伝えて二重 衝突を防止したり線路上に乗客を避難さ せる時の安全策を取るためって感じかな そうだなおこれも三河島事故の教訓が 生かされた措置だったぞさて1時28分 乗務員たちは煙がものすごい立ち込め未だ に消える気配がないこの炎についてこれ 以上の消化は無理だと判断をしたそこで 乗務員たちは消化機とでの消化が不可能と 判断した時は他の車両への炎症を防止する ことまたを最小限にとめるために火災車両 の前後を切り離すことという規定に従い 11両目と12両目の切り離し作業を開始 またある乗務員は火災が起きました日が出 た食堂車を切り離してからトンネルを出 ますという胸の連絡を敦賀駅や南今城駅の 国鉄職員に報告をしたぞふむふむだが トンネルが敦賀側から今城側にかけて 11.5%の上り勾配があることや暗闇の 中での慣れない作業ということもあってか この車両の切り離し作業は想像以上に難行 することにさっきも思ったんだけど トンネルの中に照明ってないのあ実はこの 当時運転士の信号確認の妨げになるという 理由でトンネル内の照明は基本的に消され ていたんだしかも照明のスイッチの設置 場所は乗務員に知らされていなかったため 明りが欲しくてもどうすることもでき なかったという なるほどそして1時34分なんとか11 両目と12両目を切り離すことができたの で炎症防止のために11両目より前を5m ほど進ませたさらに今度は10両目と11 両目を切り離そうとしたがあまりにも煙が 激しく立ち込めており作業が不可能となり 12両目以降に炎が燃え移る可能性をより 低くするために11時39分に前方車両を さらに60m動かしたぞ5の距離じゃ心配 だもんねなお11両目と12両目を 切り離した時12両目以降の後方車両には 多くの乗務員がおり逆に火災が起きた11 両目より前の前方車両には乗務員が少ない 状態になっていたさらに後方車両に残った 乗務員たちは煙の影響で前方車両が見え なくなったもののあのまま今城側へ 走り抜けただろうと考えていた実際はどう だったの先ほど伝えたように60m前進し たもののまだトンネル内に残っていたぞ さてここで少し時を遡ること1時分北国の 後方にいた2565貨物列車は赤信号を 確認し400m後方で停車していたまた 夜行急行列車館山3号海魔城側から トンネル内に入ってきておりこちらも赤 信号を確認し1時40分頃には北国により 約2km先の木信号場にしたぞどちらも 軌道体落機の赤信号にしっかり従っている 感じだねだなさて再度北国の話に戻ると1 時45分に指導機関しであるCは後方車両 の切り離しが完了しましたこのまま次は 前方車両を切り離して今城側へ出発します と敦賀駅の国鉄職員に連絡をしたこの報告 を受けずっと緊迫していた状態で事故現場 の状況の情報を待っていた鶴の職員たちは 聞きを出ししたようだと安心したでもさ 10両目と11両目の切り離しはできて なくないああそのため今度は9両目と10 両目を切り離そうとしていたんだだがここ で北国はある問題に遭遇しこの事故は第2 段階へと突入することに なるどうしたの1時52分トンネル内で 停電が発生してしまい列車は完全に身動き が取れなくなってしまったんだこの理由は トンネルの中の漏水を速becameに 流すためのビニール製の問が運悪く火災が 起きて停車した11両目の食堂車の真上に あり熱によってビニールが垂れ下がり家電 に接触これによって鶴が変電所の遮断機が 作動してしまったためだった止まった場所 が悪すぎたのかそうだそしてこの停電を 境いに前方車両と後方車両では大きく状況 が変わってしまうまずは切り離された後方 車両に残っていた乗客と乗務員についてだ が後方車両には乗客の人数に対して乗務員 が比較的多く残っていたことから2時頃に は社外へ避難指示が出され乗務員の 付き添いのも28名が敦賀川へ向けて徒歩 で移動を開始したぞ結構長い距離あるけど もちろん5.3kmという道のりはあった のだが乗務員が多く付き添えたこともあり 彼らは自力で脱出できたその他にも70名 がまだ残っていたため彼らも第2陣として 敦賀川へ向かったが煙がひどくなったこと から後方車両に戻る判断をしたんだもしか して列車の中で耐えるのああだがここでも 乗務員の大阪がこう想したというのも乗務 員は通風校の存在を知っていたためそれを 完全に閉じて煙がこれ以上列車の中に入っ てこれないようにできたんだただでさえ 混乱しているだろうから乗客だけだったら それは気づけなかったかもあとやっぱり 燃えている食堂車から60m離れている ことも大きそうそうなんだそして2時30 分になると救援車両が敦賀川から入ってき たため後方車両の車内で耐えていた70名 は3時から3時30分頃に救援列車に 乗り込み最終的に4時26分敦賀駅へと 到着することができたぞなんだか救助が 事故からだいぶ時間が経っている気がする けどとりあえず後方列車の乗客の人たちが 無事で何よりだよだが前方車両に残ってい た乗客と乗務員は状況が全く違っていた 停電が起きた時指導機関士Cは機関士Bに あら停電じゃと叫びBはすぐに避難誘導を 開始したというただこの停電する前の段階 ですでに他の乗務員による避難誘導が一部 始まっていたおお優秀しかし暗闇の中で 押し寄せてくる煙と火災が発生したという 事実によって乗客の悲鳴や罵倒が車内に 飛び交い混沌と化していたため乗務員の 指示は全員には伝わっていなかったんだ それでも指示を聞けた人や自主的に逃げる 人たちが大勢おりこの時すでに365人は 今城側へ移動を開始していたぞそしてこの 365人は具体的な指示がない中8km 以上先の今城側の出口へと苦しみながらも 足を進めた頑張ってそんな北国が止まって いる位置から2km先で停車していた立山 3号の運転士は今まで赤信号だったのに急 に青信号になるなんて何かおかしいような と信号の色が変わったことを不審に思い ながらも信号に従いゆっくりと列車を進ま せたなんで急に青鬼この正確な理由は不明 とされているが北国から脱出してきた乗客 が暗闇と煙でトンネル内が見えなかったの で機動落機を蹴飛ばしたのではないかと 考えられているなるほどあともう1個疑問 点があるんだけど確か停電しちゃったはず なのに立山3号は何で動けるのそれは北国 と建山3号の間にセクションが設けられて いたからだなセクションこれは電流区分 装置とも言われており簡単に言うと異なる 区間で下線を分けることによって機械的に は下線を連動させつつも電気的には分断 することができる設備だつまり北国と館山 3号がいた場所では電気的な繋がりが分れ ていたから動けたんだねああこういった 理由で動くことができた立山3号だが 300mほど進んだところである人たちと 遭遇することにもしやそう北国から徒歩で 魔女側へと避難してきた乗客たちだったぞ そこで立山3号の運転士はすぐさま扉を 開け避難してきた乗客を次々と載せていき 225名もの人が乗り込むができたんだ なお彼らの顔はすだらけで熱い水が欲しい と懇願していたようで極限状態が伺えたと いうあれでも最初に避難したのって365 人じゃなかったああだが救助している間に も建山3号にも煙と熱が入り込んできて しまったため運転士は行かないで載せて くれと助けを求める残り140名の普通の 叫びを聞きながらも 元々乗せていた乗客と救助した乗客を避難 させるため今城側の出口へと建山3号を 交代させていったんだ運転士さんも苦しい 判断だっただろうねただなんとか残りの 140名も最終的には自力で脱出を測る ことができたぞおそれは良かったさて少し 時間を巻き戻し北国に残っていた残り 300名近い人たちの話をしよう彼らには 乗務員からの車内待機指示も出ていた らしく避難すべきか待機すべきかで車内は 混乱に陥っていた煙がすごすぎるから車内 に残って救助を待つ方が安全という判断 だったのかなその可能性もあったかもしれ ないなだがある資料によると機関視だった Bは乗客をすぐに避難させるので降りてき た人に今上役へ逃げるように伝えて くださいと指導機関士Cに伝えた後残って いた乗客に大声で声をかけて避難誘導をし たそうだそして2さ10分頃残っていた 乗客のうち170名ほどが移動を開始 そんな乗客の中にとある男性Dがいた彼は 苦しんでいる人をったり煙が少しでもない 方へと誘導したりしながら何度も北国に 戻り救助活動をしたんだ自分もピンチなの にこういう時に他の人を助けられるのって すごい本当にそう思うぜそしてこの今城側 へと逃げていた第2陣は5時頃に今城側 からやってきた救援者車両と遭遇し7時頃 に今城駅に到着したぞまだ北国の車内に 残っていた100名以上の人はどうなった の当時の裁判記録によると敦賀川に脱出し た専務車掌映が走って戻ってきて避難さ せようとしたらしいしかしその頃には トンネル内の煙は非常に濃くなっており さすがにA和脱出は不可能と考え救援を 待つことにしたんだそして最終的には午前 7時前と午前9時前に敦賀駅を出発した 車両によって助け出されたAさんも最後 まで乗客を助けようと奮闘していたんだね 今までの話を聞いていると皆が助け出され たイメージだけど犠牲者は全く出なかっ たってこといや残念ながら乗客29名乗務 員1名の合計30名がなくなってしまった んだしかも実は午前3時頃には食堂者の日 がくすぶっておりやや行状態だったのだが 4時頃に天井が抜けたのか急に火災が確し 一煙が強くなってしまっていたその影響も あってか最終的に負傷者だけで714名に も及ぶ国内最大規模の被害が出たぞ77 714人想像以上の第3時だったよなお 食堂車は炎に包まれた結果真っ黒になる ほど焼け焦げた状態で発見されたもしかし て亡くなった人も火災に巻き込まれたの いや亡くなった30名のうち29名の シーンは一加中毒だったぞつまり煙って ことかそもそもなんで食堂車から火が出た んだろう料理している時の火の消し忘れで もあったのかな当初考えられた理由として は厨房で使用されていた石炭レンジだった これは石炭をスコップでくべて火を起こし 調理するのだが火加減の調整が難しかった んだまた喫煙室のソファーの下から煙が出 ていたことからタバコの不始末も考えられ ていたぞ確かにどちらもそうでも当初って ことは現在では違う原因にたどり着いてる のああ食堂車の喫煙所の下に設置されてい た電気暖房用の配線がショートしたためだ とされているぞなおショートした理由は 暖房器具の設置が規定の方法によって固定 されておらずそれによって電車の走行時の 振動を受けることで中の配線が緩みやすい 状態になっていたそして配線自体の固定 方法にも問題があり暖房用の配線とないよ の配線が接続不良を起こして暖房に通電し た時に異常なまでの高音に達しためとされ ているつまりはちゃんと設置をしてい なかったからってこだね簡単に言うとそう いうことだなさて火災が起きた原因はこの ような理由だったがこれだけの被害が拡大 したのには他にも原因があったぞまずは 列車の内装の素材だこの当時はまだ木星か ないやこの時すでに近代化の一部として材 からプラスチックに置き換わりつつあった そしてプラスチックは燃えると有毒なガス が出るのでこのガスが混ざった煙が乗客に 襲いかかってしまったわけださらに敦賀川 から今城側は勾配が11.5%あったため 煙突効果が生じてしまい煙が広がる スピードが上がっていたことも関係してい たと考えられている確か前に紹介したこの 事故も煙突効果がかなり関係していたよね だなもし知らない人がいらっしゃったら 概要欄にリンクを貼っておくので確認して みて欲しいいざ傾斜のあるトンネル火災に 遭遇した時どちらに向かうべきかを知る ことができるぞそういえばさ亡くなった方 のうち1人だけシーンが一3か炭素中毒 じゃないんだよねああその人は歴史してい たんだえ溺れたってことそうだこの人は皆 を助けて回っていた乗客のDで事故の1 週間後にトンネル内の速攻から発見された なぜそのような場所から発見されたのかと 言うとおそらくDはギリギリまで人々を 救助していたため途中で煙が充満してこれ 以上は逃げられないと思ったのだろうそこ で自ら速攻に入って煙から逃れようとした もののそのまま力尽きてしまったと考え られている最後まで諦めずにいたんだね なお亡くなった乗務員は指導機関士のC だったことも伝えておこうCは1時52分 の停電後暗闇と煙が10万する中で乗客を 助けつつもこの状況を脱するために外部と 連絡しようと奮闘していたんだそしてCは なんとかトンネルの退行にたどり着きそこ にあった鉄道電話を使って敦賀駅に送電を してほしいと連絡をしていたでも停電した ままだったよねそうだこの時自己発生時の 状況から再送電をすると2次災害が起きる 可能性があると考えられ送電は再開され なかったそしてCはボロボロの布切れの ようなものを鼻に当てそのままうまった形 で亡くなっていたというううCさんも最後 まで諦めずに戦ってくれていたんだねそう いえばふと思ったんだけど途中で後方車両 に残った乗務員たちは前方車両があのまま 今城側へ走り抜けただろうって思っていた 話があったじゃんだなでも実際にはその場 にとまって食堂車を切り離そうとしたわけ だけどトンネルからちゃってから切り離す んじゃだめだったのかな火事が起きている 状態で走るリスクが考慮されたのかもしれ ないがその選択を取らなかった理由として 大きかったのはこの事故の3年前に起きた 事故が関係していたと考えられるどんな 事故だったのその事故は1969年12月 6日に起きた寝台特急日本海のトンネル 火災事故だこの時日本海には乗客と乗務員 を合わせて500人が乗車していたのだが 死者だけでなく負傷者も出なかっただいぶ 今回の事故と差があるねこの結果の違いを ざっくり伝えるとまず北国はトンネル内で 緊急停止し初期消化を試みてから車両の 切り離しを行い避難誘導をした一方日本海 は火災発生後に初期消化をしつつ乗客を 社内の安全な場所まで避難させトンネルを 出てから緊急停止して対応に当たったんだ トンネルを出ている事例があってしかも 被害が出なかったのならなんで今回の北国 の乗務員さんたちは同じ対応をしなかった んだろう日本海の機関誌の判断は乗客の 安全を守るために起点を聞かせたものとし て行為的に報道されていたものの国鉄は化 を認識しながら直に停止しなかった行為は 運転規則に違反するものですとしてこの 機関誌を運転業務から外す処分を下したん だはこの処分があったことで北国の乗務員 たはマニュアル通りに対応しなければなら ないというアンカーが刺さっていたのかも しれないな現場の実際の状況と国鉄の 板ばさみになったような感じだったのかか もしれないなさてここまで色々と伝えてき たが今回の事故でここまで被害が拡大した 原因として次の問題がかなり大きな点では ないかと言われて いる一体何途中霊夢も救助が遅いようなと 思っていただろそうそう北国が連絡して から1時間後くらいにようやく救援車両を 出してたなと思ってもう一度振り返ると1 時28分に敦賀駅の国鉄職員に連絡してい たが救援車両が敦賀駅側から入っていった のは2時30分頃だっただが実は1時41 分にはすでに国鉄は災害対策本部を設置し ていたんだまた災害対策本部設置から10 分後の1時51分に敦賀川の鶴消防組合へ の通報があり今上側の南越消防組合への 連絡は2時7分に行われていたふむふむ そして敦賀川のトンネルの入口には連絡を 受けた9分後の2時に消防隊が到着してい たぞじゃあなんで2時30分まで助けに 行こうとしなかったのいや消防隊は早く トンネル内へ侵入したかったのだがこの時 消化活動を開始するには国鉄管理局の許可 が必要でその国鉄の担当者がまだ現場に 到着しておらず消防隊は足止めされて しまっていたんだえ えさらに消防隊は救助のために敦賀駅に あるモーターカーを出動させてくださいと 要請をしていたものの対策本部側は鉄道 管理局の許可が必要なので今すぐに出す ことはできないと拒否をしたという緊急 自体なのに対応が遅すぎるまた実は 1967年北陸の防災体制について鶴橋 消防本部は火災が発生した時を想定し国鉄 に対して式命令系統の確率列車の緊急停止 方法の徹底マスクの設置初期消化のための 消化線や小型動力ポンプの設置緊急時の 外部への連絡方法について改善勧告を出し ていたがしかしこの当時国鉄は電化された トンネル内で火災が発生することはありえ ないとの見解をしていたためこれらの勧告 を無視し何の対策も取らなかったんだえで も食堂者のコンロって石炭だったし ローデンとかも考えたら可能性あると思う んだけどそうなんだよななぜ国鉄側がこの ような見解を示していたか知っている方 もしくはこういう理由なんじゃないかと いう意見があれば是非コメントで教えて 欲しいぜお願いしますとにも確にもこの ような理由によって国内最大規模の被害が しまったと考えられているぞ被害拡大の 理由を一旦まとめると電車の素材で有毒 ガスがより発生しやすかったこと煙突効果 が働いてそのガスが魔女側へ上がり やすかったこと2次災害の恐れがあるとし て再送電されなかったこと他の事故の例 からトンネル内にとまる選択肢を取った ことそして国鉄側の対応が後手に回った こととさらに電荷トンネルで火災が起きる はずないという見解で消防設備がとって なかったことが原因だったとだななおこの 事故では多くの犠牲者を出したとして専務 者小英と機関市Bが業務過失地士商材で 起訴されたえだが長い長い裁判を経た結果 1980年11月25日に事故当時に乗務 員のとった行為は規定を巡視した上で最善 を尽くしたとのことで2人は無罪が確定し たそりゃそうだよむしろ国鉄側の責任追求 があってもいいと思っちゃうよだが日本海 の火災事故後にもマニュアルを改定せず 消防からの改善勧告を無視し続けた国鉄 幹部の責任は追求されることはなかったと いう闇を感じるさてこの事故の後北陸 トンネルでは多くの安全対策が取られる ことになったその対策の過程で国鉄は宮子 線の猿峠トンネルを利用して実際に火災を 起こしトンネルを走り続けるという実験を 実施この実験結果からトンネル内で火災が 発生した場合停車せずに走り抜けてから 消化をする規定に変更されたぞそれを日本 会の時にしていればその他にトンネルの 照明の常時点灯や難年少素材への変更消化 設備の取り付け非常用携帯伝灯とメガホン の備え付け自動消化装置の設置など様々な 対策が取られた特に5km以上ある長さの トンネルを長大トンネルと指定し より詳細な対策が取られることになったん だ今回の事故以外にももちろん大規模な トンネル火災事故は存在するだが実は少し 古いデータになるが消防長によると令和2 年中にトンネルない鉄道車両火災鉄道 トンネル施設火災は9件トンネル内自動車 車両火災道路トンネル施設火災は38件と 小規模なものも含めると意外と発生して いるんだ1ヶ月で34件もトンネル関連の 火災事故が起きているなんてそうなので トンネル火災事故というのは結構身近な ところで発生しているとも言えるだろう そのため私たちも使用する時は最新の注意 を払うのが良いだろうさて今回はこの辺で 終了しようと思うご視聴ありがとうござい ました
今回は私たちの身近でも起こっている恐ろしいトンネル火災事故を解説した動画を4つご紹介します。
00:00:40 境トンネル多重火災事故
00:24:36 オーストリアケーブルカー火災事故
00:44:11 モンブラン・トンネル火災
01:28:39 北陸トンネル火災
▼総集編リスト
https://youtube.com/playlist?list=PL0RoCpNta6fyPQ-PE8_pmmPwJZB9DE4g0
▼事故まとめ見リスト
9件のコメント
投げ捨てられたタバコでここまでのトンネル火災……
あらゆる局面で、国鉄の異様な指示が、現場の足を引つ張ることに。しかし、火のふしまつが、大自己につながるのは、かこの航空機の自己でもありました。乗り物では、火気厳禁で。
結局 現場を知らない役人が作ったマニュアル聖典化と罰則主義が被害を拡大する… 国鉄がJRに変わっても。
山陽自動車道の尼子山トンネルの火災事故を冒頭に取り上げ、その後の火災統計を引き合いに出してトンネル火災が稀な災害ではないことで締めたのは、良い編集だと思います。
尼子山トンネル火災を引き合いに出すまでもなく車両にはガソリンや軽油が燃料として積んであり、車両が履くタイヤも廃棄処分の際には細かく刻んで燃料にするくらいの良く燃える素材なので、如何に車両火災を起きなくするかが今後の課題となりそうです。また万が一車両火災が発生した場合、モンブラントンネルのような横流換気方式は排煙と火災封じ込めには効果が高いものですが、換気のための所要動力が大きく排ガス規制の進む中で換気動力が10分の1以下で済むジェットファンやトンネル内集中排気による縦流換気方式への転換が進み、中央自動車道の笹子トンネルでの天井板崩落事故を受けて天井板の撤去工事とジェットファン装備による縦流換気方式への転換が進むこととなりました。しかしトラックの貨物が危険物に該当しなくても鮮魚を詰めた発泡スチロール箱だったりマーガリンや小麦粉のように指定可燃物未満(なお動植物油脂類は指定可燃物として規制を受ける)だと、大量の可燃物を積んだまま長大トンネルを走れてしまう危険性があります。
現代の基幹道路のトンネルは危険物搭載車両の通行制限のある長大トンネルにならないよう5000m未満ギリギリで設計されることも多く、事実上の長大トンネルが乱立する状態となってます。今後は車両火災の対策も必要となるでしょう。トラックのエンジン火災は零細運送業者の多さから整備不良車が増えており、尼子山トンネルでもトラックからの出火が元となりました。今後は自動車についても耐火性が問われることになるかも知れません。ことエンジンには燃料を燃やした熱エネルギーを動力に変換する装置ゆえに火災を局限化するのは急務とも言えますし(運転席の真下がエンジン)、エンジン故障の原因となる整備不良も厳しいペナルティをもって臨まなければならないでしょう。まだ尼子山トンネル火災の全容解明には時間が掛かりそうですが、後続車両そのものが可燃物の塊であることも考慮すると、トラックの防火も重要なファクターになるかと思います。
鉄道では国鉄も国も地下鉄線路・地下駅への乗り入れのため不燃基準を作りましたが、一方で夜行列車など基準を満たさない車両も多数残っており赤字経営ゆえに国鉄では不燃化工事も進まなかったことが『きたぐに』の大惨事を招きました。この客車に使用されていた10系客車はメラミン化粧板や塩ビシートなど、いわゆる新建材を多用しており火災時には高温で燃えるばかりか有毒ガスも(炭化水素がもとなので不完全燃焼を起こしやすく一酸化炭素を発生させやすい)大量に出す素材でした。その後これらの素材には難燃剤が練り込まれた他、炎に当たると燃える前に滴下して火災拡大を防ぐ素材も使用され始めました。そしてプラスチック使用量を減らすべくプラスチックシートを貼ったアルミ素材や、プラスチックを廃した金属素地のままの仕上げが普及します。事故車両の10系客車も不燃化工事と汚物処理装置追設工事がなされましたが、営業不振もあり食堂車のオシ17は火災事故直後から使用停止になり営業再開はなりませんでした。
最後に北陸トンネルの電化が『交流2万ボルト』であったことも注意に値します。直流1500ボルトでもモハ63が燃えた桜木町事件のような問題がありますが、こと交流2万ボルトともなれば人が近づいただけで放電を起こし即死させるだけの危険なエネルギーを持ちます。最近では新幹線の最後尾車両からでしたか屋根に登ろうとした人が居て電撃で跳ね飛ばされ即死した一件があります。特別高圧に分類される電圧なので敦賀変電所の饋電停止の維持の判断は順当なものでした。もし再送電して漏水を伝って線路伝いに逃げている乗客に高圧の電気が向かったら……、と思うととても危険ですからね。
長大トンネルの火災の怖さゆえに青函トンネルでは竜飛・吉岡に非常停車設備・排煙設備を設け、消火設備を完備するとともに、気動車の運行を廃しました。また冷凍機をエンジンで動かすクールコンテナには電気指令で停止できる仕組みを備え、青函トンネルを通過する貨物コンテナ列車は青函トンネル内ではエンジンを切って通過します。
トンネルの安全施設点検、境トンネル関連したものかは忘れちゃったけど、あちこち少佐設備やらなにやら設備確認しに言った覚えがあるな。
AA級や一部のA級トンネル内に設置されてるのは、スプリンクラーではなく水噴霧設備な。消火目的ではなくトンネル内設備(電力ケーブルや照明設備)への延焼を防ぐのが目的で、消火用は消火栓や消火器。因みにネクスコ(旧道路公団)の散水車は放水銃がタンク上面に着いてるのが標準だったが、消火用のホースなんかは基本積んでないから消防のタンク車への接続は消防車両からホース借りるんで毎回時間が掛かる。それとトンネル入口のD型電光板は非常通報ボタンとは非連動で運用してる場合も多い。
やっぱりこのBGM安心する
総集編でも合間に魔理沙の声が新しく入れられてて丁寧な作り^^投稿お疲れ様です
北陸トンネル火災の教訓は半世紀以上生かされてますね。
乗客人数が半端なく多い事も当時の鉄道が主流だった事がわかりました。