西山レジェンド 後編
温泉公りえのあなたがレジェンドライダー ナンバー30は都西山さんこと西山とさん 後編 [音楽] [音楽] です [音楽] [音楽] OGOG [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] LOG [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] うちの父が言うようにアマンスポーツは 最高なんだうんプロスポーツはレース見れ インチだらけだしねチスポーツが一番 素晴らしい素晴らしいてその精神がね 精神そうなっちゃったんだお金でね寂しい ねだから草のトライアルであり元でいいん ですよ 天何も世界チャンピオンにならなかったね うんま世の中のためにならないとね スポーツはまエンターテインメントだから それはそれでいいのかもしれないけども じゃことはやっぱりみが理解してないあれ はプロスポーツだから違うんだよ自分たと は違うんで自分たちがやるのは草でいいん ですよでいざていう時には家族の食料を 確保したりね歩いて行ったんじゃも日が くれちゃうけどもバイクで行け ばねバイクに当ることできるしねがっ ちゃっ た食 したり毛をね救助したりそれの道具として フルードバイクは一番いいんじゃないかな と僕は思っ て世の中ね偏とかねそうなと思うことも ありますよ 650回りに目をかけ てだけど もの他のものではできないこい話した レスキュという自動災害時に唯一使える長 の乗り物なんですよこのレスキューをやる にはフロドを操作する 技術体力 経験エルとかそから売るものがそういう こと をこれから普通していきたいんだけども バイクっていう とバイクのこと分からない人が多いから 聞い ちゃうバイクコだ からこれねあの置き地震ってのがありまし て今から50年ぐらい前その時に僕は チルバ大会の トライアルいうのを 新しく採用するということってま任者でさ れてで警察庁の交通指導家って いうちょこちょこ行ってバイクでそういう レスクの話をしたらまトライアル全余計 知らわから ないそれじゃでちの父とっと長2時間連れ て岩のひどいところ道から外れたところて 見せてこんなとこく走れるんですけどいや 実は伊木自身の時に2003日で山越して 連絡もえたま村田ブラクに行ってという話 をバクで使えこの日のう行けます [音楽] T [音楽] [音楽] [音楽] そのバイクしかできないバイクだからこそ でオフロードバイクだからこそ できることてのがあるんでうんそれをなん とかねそういう組織を作りたいなていうの は最後の仕事もあるからねその プロフェッショなーたちが府県のそういう 災害 に行ったりあるいはそのその のそういう専門家 を成し ていうね利益っていうものはないと利益 って別にお金だけじゃないけどねまメリッ トったないとなかなか 動かない動けないで利益の出ることだっ たら飛びついてくれる仕かのはねいると 思うんですね利益を読まないものに対して はうんなかなかねお金が出てこないんです よねそんなきな人ばっかいないから ねいればいいですまたそういう人に出会え そういう組織に出れば いいねうんなかそうかないアメのまけど うまくいかないすることは一度もなかった もいいんだない方がいいんだうんただじゃ そのためだけにお金を出すさけどそうじゃ なくてそういう隊員たがいろんな形で社会 に交通安全を引てねん指導には行けると 思うんです小中学校行っては違うけども やっぱりバイクのレスキューのいろんな ことできると思うね警察がやってる自業車 で走ってきて自転者がぶってが吹っ飛ばさ れ てから それをどうやってするかまでやそこで 初めてね意識が ない血して血はどうやってやるその時に やっちゃいけないことやらなきゃいけない こと心臓マッサージやっそんまで見せなく ないという を知識で知っていれ ば実際に交通事故に遭遇した時にあ僕が 救急なった時にま例えば子供つた母親が目 の前で自分の子供が跳ねられちゃって車に ねったしとも反響になりますよねしっかり してでもそうじゃなくてまもちろん 怪我のあれにもよりますけど ねず母を安心させなきゃいけ ない怪我してゆっちゃいけない そういうことを救急隊員が知ってないとさ どうしようなくてできないんだ こ医者ではないけども救急法ってのは やっぱりその場にい人しかでき ない医者護来てからないいいだで世界の ものを日本に持ってきてもうん1部分は いいんだけど全体のそのトライアル流を 知らないから僕なんかもうやずっとで僕も あえて減りくらないからねうんそんな真実 を曲げてまでもないしプララこうですエ こうですてやる面白くないみんなほら売上 伸ばすことしか考えてないバイク売れば いいんじゃなくて売ってどうやって使う かてのは我々の 災害が起こるとのバイク部隊や ボランティアのオフローダーが活躍して いる様子をテレビでよく見るようになり ました救急法を心得たライターならさらに 安心で世の中への貢献度もアップしそう ですね映画大脱走をつい前のめりで見て しまう私NPO法人モーターサイクル レスキューレンジャーどんな応援ができる のか考えているところですあなたも良かっ たらどんなことができそうかコメント欄に に書いてみてくださいねさて西山 レジェンドはとっても自然体でバイクを こよなく愛する目の前の人が楽しんで バイクに乗ってくれるよう願う心の広い 大らかなレジェンドでした温泉越りえの あなたがレジェンドライダーナンバー30 後編は都西山さん子と西山さんでしたご 視聴いただきましてありがとうございまし たはあの調子が悪くてめっちゃ行き詰まり ましたバイクに乗ってスカートしたい マックインのようにはいかんけどねでは 次回もお楽しみにチャンネル登録も よろしくお願いしますではではバイバイ 今日もあなたに仕合わせ ますM
バイクのオリンピックとしても有名なISDE。今でこそ、日本はトロフィーチームとして参加もしているが、50年も前は、西山氏がたった一人でこのレースに参加していたというのだから、驚きである。そして、トライアルやエンデューロを日本に根付かせて、広め伝えてくれた張本人と言っても過言ではないだろう。
このISDEを圧縮した2日間エンデューロを苫小牧で開催したのが26年も前。その後、北海道日高町で行われる2日間エンデューロは日本を代表するイベントへと成長した。しかしながら、そもそもこのイベントを発展させる目的は、アウトドアスポーツとしてのバイクを普及したかったことと、ここでの体験により習得したテクニック、体力、道具(オフロード用バイク)を駆使することにより、非常災害時に唯一の陸上の交通機関として活用できるということにあったというのだから、今どこで災害が起きても不思議ではない現状を思うとき、先見の明があったというべきなのかと唸ってしまう。東京から70kgの救援物資をリアに取り付け、阪神大震災が起きた1月の厳寒の東名名神高速を600kmも走りに走り、大渋滞の国道を右往左往しながら神戸市に突入したトシ西山氏。緊急自動車でさえ、100m進むのに1時間も掛かったという大混乱の中、オフロードバイクだから「いざ鎌倉」の活動ができたのだ。瓦礫の山や凄まじい変貌ぶりの場所は、エンデューロやトライアルバイクにしか走れないのである。
先の苫小牧のエンデューロ開催にあたり、関係各庁に非常災害時の訓練になると説明していた西山氏。当時は十分理解されていなかったようだが、その後事有るごとにオフロードバイクの非常災害時の活用を唱えていたそうだ。ほとんどのお役所がバイクの活用を真剣に検討した形跡はなかったようだが、阪神大震災後、白バイや各市町村でオフロードバイク導入が検討されるようになり、ボランティアのオフローダーの活躍も聞こえてくるようになった。そんな今こそ、モーターサイクルレスキューレンジャーの出番なのです。この活動に残りの人生を賭けるトシ西山レジェンドのお話を
お聴きください。