三重県松阪市飯高町 五輪塔 伝 蘇我入鹿首塚 400Xでツーリング
えっとですね今私はですねあのイリカフェ
ウェルカムさんを出たところのえ土谷さん
土谷っていうとこのこの風港明メビなこの
松坂の山の奥の見てくださいこの景色
こんなとこに詰めてえお母さんとマスター
わか土いっぱいといた
あのめっちゃ羨ましいすわ見てください
この
水
この水組んで飲めるよねはっきり言って山
な水だもんねああそれであのずっとま前
から行きたかったあのそがのイルカの首塚
っていうのは奈良のアカ村にあるんです
けどもま伝説ではあのあそこであの首を
切られてこの松坂のこの土谷というかこの
辺まで飛んできたっていうあの伝説も
ございましてねでま
あのそのイルカは
本当に悪人だったのか
と
[音楽]
伊吉
天の陛下をま自分のその動かしやすいよう
に動かしてねやってるような人やったんか
どうなのか
とまそれはもうわかんないけどもね歴史の
真実
はまでもうし
あのなんちゅうのそのずっと伝説に残され
てる人ですからそのいるかね
はい300m先右方向ねはいでまあのこっ
からえ14分ぐらいで行けるそうなのでえ
記録に残していきたいなというところです
ねえ最高の山道ですねちょっと首が寒くて
ちょっと服直さといけないですね200m
先右方向でまかなりいい感じの道になって
きましたね
ああも最高やなこの
道ま400Xでも楽しいですけれどもま
こういうとこでずるて滑ります
から600m先左方向ですっ
てうわあマジ
なかなか林道じゃんこれうわ
こわうわうわわわこれ砂いっぱいあるわ土
とかそれあるやろ
えでも俺が俺ごときが来れる道ではない
これゆっくり
[音楽]
行こううわあでもこれあれや
ね夜
怖いやろ
なあサブ何この
橋
うわちょ
ちょっとすごいや
んすごい
やん
うわうわなんじゃ
これこれなんかガスかなんか通ってんのか
なわから水かななん
やろ
うわあ
すごいすごい
ねまあそこまで渡らないけれど
も400X君が待ってますんで
ね
よっしゃあちょっと寄り道
[音楽]
ですわあ
これ
わこれや
べえ水陸両用や
んうわこれ400X洗わんとあかんねこれ
うわあ
ワオワオワオ
ワオへえすごい落石注意これちょっと国道
かもわかんないですねこれ
ねいやでもあのウェルカムのマスター
と楽しく話しました
ねまな評価いきまして私のブに
ねすごい嬉しいです
ねこれ
うめうめやね
うわいやあなんかこう作業してるっぽいね
ここでね魚か
な自慢してます我が強度え豊かな人情と
思いやり美しい環境作り健やかで幸せ
目指してんのかいここはフナド
ですえニュートームでしたゴミは持ち帰り
ましょうというぐらいからなんかキャンプ
できんのか
なすごいな本当魚
の作業場って感じやななんかすごい伐採さ
れてここ
だけ木が切りまくられてるよ
これ落ちたでえらいこっちこれ
徐行してくださいや
でうわすげえ釣り橋
やま釣り橋は渡られへんで
なちょっとやっぱ車では気にくいかも
わかんない
ね
[音楽]
わあ梅が
[拍手]
綺麗うわあすごい
なあおよそ200m目地は左側です
ああ
ふ
橋渡っ
てま行って
みよう
え登れるかな体力ないん
で
ああそがのそがのイルカの
首塚あこれ
がここですね
[拍手]
これ出口は左側ですお疲れ様でした
え五輪の塔電そがのいか
首塚大下の開心で大国電において中野大
王寺天地天皇と中富の蒲谷に暗殺されたそ
のイルカを祀ったものと言われている上部
からえ空風火水地
を表す盆が各4名に見
られる地輪には名文があるがハド困難で
ある
えっとまこれがあってその後中野大江の
王子が天治天皇になられてそれであの白す
の戦いとかえ塔とかの戦いになるんです
けどあんまり入らん方が
いい
いやあなんかあの岩が生きてるみたいです
ねなんか昔のねこんなとこにお住まいだっ
たんだ
ね
すごいこっちはもう何もない
ねそがのイルカが打たれてえ天字天王と
藤原市が力
を持つようになって
ねほんで
え
当時
その大帝国だった塔が日本に攻めてくるっ
てこ
で
でえっと白木こえくだくだを助けたんか
白木と戦ったんかなととうとほんで
あの白月の永遠の戦いでも日本軍が全滅さ
せられたね
すごいあのボジが掘ってますねうんボンジ
ちゅうのはサンスクリット号で古代インド
の言葉ですけどねだから古代そういう
インドのそういうお釈迦さんの点をえっと
中国に持って帰って役したのがクラジと
いうあの役した人がねいうあのすごい天才
天才がいたみたいなんですよねででそれ
から中国
から朝鮮半島渡って日本に来たと
えっと空海と最長
が行って持って帰ってきたのか
なすごい滝だ
[拍手]
ね自然の豊かな場所で
[笑い]
しゃ行こう
かやけどこの梅は綺麗っす
よ最高じゃないです
かしだれ
梅
しゃあ
[音楽]
まそのイルカの首塚が2か所あ
るってことで
あのま審議はどうなのかその昔の本当の
本当のその歴史はどうなのかイルカがもし
天治天皇に打たれてなかったらあの白月の
絵の戦いはあったのかと
か
うんすごいすごいヘアビンカーブすごい
ヘアビンカーブだったんだ
ねああ写真撮んの忘れ
た
ああソのイルカの首塚なんでだろう絶対に
とんのに
写真
えそ野イカの首塚です
ねうん
うん
なんかすごいすよ
ねたあの首塚にはいてはいけないとか
なんかそんな動画あの見ましたけども
なんかたられるからとか
はいまたられるかどうかは
その自分次第っていう感じがしますけどね
その自分に整理がついておれば別に
あのたられないっていうかねでもまあ人を
怒らしたらあかんてことじゃないんじゃ
ないですかねないんじゃないかねま人をね
怒らしたらあかんていうことじゃないです
かねその何で
もなんでもあの新羅万長
えま木でも水でも魚でも動物でも
もあの自然に対してもねあの怒らしたらあ
かんってことだと思いますねそのふざけん
なってことやねあの真面目にやれっていう
かなめたらあかんってことよねあのポンポ
ポンポ言葉が変ってきますけれどもあのま
何でも舐めたらあかんてことですよね
うんまあ楽しいよ
あまた水のとこ
や
えそのいるか行ってきました
[拍手]
ねすごいもうなんて言うんか日本のもう
古代の人やもん
ねまその
山本したらどうなってたのかとかすごい
興味ありますけどね
あの本当に悪人だったのかとか本当の歴史
は一体何だったのかとか事実を知りたいん
だけれどもでも歴史っていうのはそのね
あの勝者の論理で書かれていくからえ自分
たちに都合の悪いことはま書かないって
ことででま都合よく書かれてるっていう風
にえ考えるとね
えそう悪い人でもなかったんじゃないかと
その世の中を納めた人だからねうんそんな
感じがしますけれども
ねだから歴史の正しい本っていう風に書か
れてるものていうのはあのま話半分でね
あの思といた方がいいかもしれないですね
ま実に興味深いですねはいま蘇のイかの
首塚え明鳥村に続いてえこの松坂市の
え首塚の方もね
あの参っておきたかったお参りしておき
たかったっていうのがま気持ちですけども
あもう
あのあのポイントはもう過ぎまし
た
[音楽]
あ
☆松阪市ホームページより
https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/gorinto.html
☆空波鳥さんの動画より【伝、蘇我入鹿の首塚】いろりカフェWELCOMEさん周辺名所旧跡https://youtu.be/X9UPApTNBBk?si=gH5wM9ccXofg_RSy
☆私の以前の動画より【奈良明日香村の蘇我入鹿首塚】
☆使わせていただいております音楽素材
①Pixabay https://pixabay.com/ja/
②YouTube Audio Library
③DOVA-SYNDROME https://dova-s.jp/
④ZUKISUZUKI https://zukisuzukibgm.com/
☆伊勢吉のバイク
①Honda supercub110 (JA59) SP武川P-SHOOTER
②Honda 400X(NC47)WR’S SLIP ON
☆ヘルメット
①Arai ASTRO-GX gray size L
②SHOEI EX-ZERO white size XL
③Y’S GEAR YX-6 GIBSON matblack size XL
☆撮影機材
GoPro hero4 black
GoPro hero4 silver ×2
KODAK pixpro sp360
KODAK pixpro sp360 4K
Feiyu Pocket 1st
Canon SX60HS
Feiyutech G5
dji osmo action
dji osmo action3
insta360AcePro
☆レコーダー
ZOOM H2n
ZOOM F2-BT
TASCAM DR-10L
☆インカム
LEXIN B4FM
☆編集ソフト
Final cut pro
☆PC
MacBook Air
☆Twitter
@vanvan072910
https://twitter.com/vanvan072910?ref_…
☆バイク歴
SUZUKI GSX250E KATANA (GJ51B)
KAWASAKI ZEPHYR400 (’93) + KERKER
KAWASAKI ZXR400 (’90)
26years later…
SUZUKI VANVAN200(’08 FI) + RPM
KAWASAKI ZZR400(2001)
SUZUKI GN125-2F 年式不明 弾丸マフラー
#400x
#ホンダ
#バイクレビュー
#試乗動画
3件のコメント
えらい道&コンディションですね!
歴史のif大好きです(^^)
百済とも縁が深い蘇我氏が政権を担っていたら、白村江では、まともに戦えていたかも知れませんね。
敗者は勝者によって悪者にされるのが歴史の常ですが
蘇我入鹿は、敵対者からしたら、怖くて仕方なくて、だまし討ちしてでも殺さなければならないほど、相当やり手だったのだと思います。
蝦夷は入鹿が殺されたら、あっさり自殺してますし、大黒柱だったんでしょうね
松阪の偉いマイナースポットをわざわざご紹介下さり、ありがとうございますm(_ _)mあのような山の中に、不釣り合いな供養塔、恐らく、私の個人的な推測では平安期のものにしては大きすぎるため、少なくても鎌倉期以降~戦国期の物だと思っていますが、規模からしてやんごとなきご身分の方の供養塔だと思います。ただ、源平合戦で敗れた平氏の大物の可能性もありますが、それにしてはでかいんですよね(笑)死後時間を経て供養塔として立てられたものかもしれません。また、川を堀として周りに屋敷跡らしき平坦地がいくつか残っているので、その辺も含めて発掘調査をして欲しいですね。
栃谷、まさに先日行ってまいりました🎉素晴らしいところですね
道中のカーブがちょっと怖いですけど😱welcomeのお兄さんと、いせきちさん話題で又盛り上がりました👍
凄い所ですね
蘇我入鹿とは有名な人物ではないですか❗️山の中の中ですね
静かに祀られているのですね。