【S8-4】1981.12~1982.4 二女歩行器・清水町住宅ベランダ・西山公園花見・自転車
光頭無毛文化財デジタルアーカイブ
田中諭吉の三男・田中卓史ホームビデオ・コレクション
【東京での団地暮らし編】
(東京都板橋区清水町92丁目清水町住宅6号棟303号室)
【S8-4】1981.12~1982.4 二女歩行器・清水町住宅ベランダ・西山公園花見・自転車
1981年5月に生まれた二女が歩行器に乗っている。
長女は西山公園で自転車にまたがっている。
当時、流行っていた「なめ猫」の画像が一瞬写っている。
歩行器に乗っている、卓史の二女の横で、泣いている長女(私)がめくっている紙は、我が家では通称「卓ちゃん紙」と呼んでいた。
父・卓史が職場から持ち帰った電子計算機用のミスプリントの廃棄紙で、紙の両端に丸い穴がたくさん開いており、ジャバラに折りたためる紙で、私たち子どもの落書き用の裏紙になっていた。
部屋に飾られたクリスマスツリーの映像の後、西山公園で、母・ミドリと凧あげをしているため、正月の頃の映像と思われる。
二女の清水町住宅ベランダでの映像の後、近所の西山公園の桜の下で、福岡から祖母・美沙緒(諭吉の妻・卓史の母)を招いて、花見をしている。この花見の時に、妹(二女)に自転車をとられた私(長女)が大泣きしたことはよく記憶しており、2020年に本ビデオをデジタル化するまで、その時の映像が残されているとは思わなかった。
当時、国立国語研究所に勤めていた田中卓史が1979年1月から新婚生活を始めた、東京都板橋区清水町92丁目清水町住宅6号棟303号室での暮らし。この国家公務員宿舎は、2006年に取り壊されており、清水町住宅6号棟の跡地は、現在は西が丘第二住宅1号棟の前の立体駐車場のあたりになっている。
当時、東京都北区西が丘3-9-14にあった国立国語研究所(清水町住宅から徒歩3分ほど)も2005年に立川市緑町10番地2号に移転し、西が丘にあった国立国語研究所跡地は、現在はアスリートヴィレッジになっている。国立国語研究所の裏の北区立稲付西山公園は現在も同地にある。
昭和62年度の「国立国語研究所要覧」によれば、田中卓史は、言語計量研究部の第三研究室の主任研究官となっている。
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