中山道六十九次㉙ 自転車で行く 和田宿~下諏訪宿丙 スーツ旅行 切り抜き
下沢まではあとまだ13kmありますただ
それは多分中千道の旧中千道の道のりで
行って13kmですのでウと離れている
でしょうブレーキコンがすごいな暴走する
やつがいるんでしょうね
多分前方から風がビービー吹いてるらしい
ことを感じます
が下坂が急なのでさすがに速度はそれでも
出ますし防寒対策をちゃんとしているので
寒さは全くありません
昭和の峠越えですねこれ
は昔はこの道明治時代に新しくここへ道を
通した時はかつての和峠が廃止され江戸
時代の中千道が疲れなくなり明治時代に
ここに新しい道路が作られた時はここから
さらに上の方へ登っていたと言いますが
この道の跡はいくこでしょうかこの右手に
ちょっと小高くなってるところがあるこれ
でしょうかこれから先の区間は昭和初期に
トンネルを掘ってそして便利に作った区間
ということになりますそれでも昭和食の
企画だから今これでは令和の中天道の交通
を支えることはできないということでもう
昭和の中頃にはバイパスのトンネルが作ら
れてしまったんですね確かここ
が今の和田峠です標高
1500mここでついに登りは終わりまし
たしばらくは2人続きしかし見ると前方の
トンネルのところに信号機が設置されてい
ますこのトンネルは戦前の企画でとてもま
古いものですから幅が狭くて1車線分しか
ない今後通行になっているわけですそして
こんなトンネルでは大変だからと先ほど
紹介した有料のバイパスが作られたわけ
でしたがしかしそちらは大型車で通行する
と随分お金がかかりますだから大型車の
通行料金を約したいいう人が特にこちら側
多く通り自転車にとってはちょっと通行
するのは難なところかもしれませ
ん保護通行用の信号は長くここで私を待た
せています長ければ長いほど安心してこう
ゆっくり通過することができますすごい急
な坂ですねしかし高差制限3.6mは問題
ありませんそういえばはるかこの峠の下の
方で高さ制限3.6って書いてあってあれ
何なんだろうと思ってそういうかこの
トンネルがあるからもうここに来たらこの
トンネルを抜けるしかないのでさ制限って
書いてあるんですね週から車が来ました
この車に先に行ってもらい
ましょうバイクはまあいい
だろう結構長く信号がついていたのでこれ
なら大丈夫そうですねじゃあ私もよよ技峠
の下りへ入ります赤はボロボロになってる
な
結構な急な坂です中が排気ガスで充満され
ているというその感じがね彷彿させてくれ
ますよ登っていく車がここで一生懸命ハガ
を出しますからねトンネルの中も随分黒く
なってい
ます塩尻町の方にあ違うえ下沢町の方に
入ったら道がなんかなだらかになってるな
気がする半分よりも下側はするりするりと
抜けられます
まだ後門通行の信号は赤のままでいてくれ
てるよう
ですよかっ
た反対の車待ってくれたのか
なともかく
長野県何軍かな多分諏訪軍とかだと思うん
ですけど下諏訪町に入りました指名は西屋
というそうです昔はこうあったんでしょう
ね抜けてきた和峠トンネルこっちからも見
てみましたうんかっこいいトンネル
だこの辺はま残念ながら冬中線とはだいぶ
離れたところを通っています1番離れてる
ところでどのぐらいかな1kmぐらい離れ
てるんじゃないですかね大体2車線分の幅
があるからそんなとんでもない苦労をする
ことはなさそうです下る時の速やかさいい
ね
ちなみに先ほどのドライブインのところ
ドライブインじゃないチャのところでも
伺ったんですが和田峠の下の方の球道自転
車で行ったらもう下手したら死んじゃい
ますよねって話したんですけどいやそう
ですよねやっぱり茶屋の方もね同じ意見
だったようですそれぐらい今の降りていく
ところはとても険しいようです中仙道が
ありましたねこれか久しぶりの登場
ですなんか行っていけないことはなさそう
です
行くのはやめておきたいと思いますこっ
からこう行ってこう向こうの方に進んで
ますねまあ行けそうですけどねやめるに
こしたことは
ないこちらの方が坂は急なのですからただ
中道の様子が見られるので左手でちょっと
見てみましょう
う今ここから見える範囲ではさっき私が
登ってきたのと大体同じような状態で道が
続いてるように見えます車で走るのはこの
分は無理ではなそうです
がこの下につりになっている国道が見え
ます未だにここは国道としてきちんと指定
されていますそしてなんだかんだ車通りも
あるし分部分とても綺麗に舗装が直されて
いますひい方の国道に入るかどうか
ギリギリのところみたいな感じですね道
そのものは戦前企画なのかなという風に
感じますが箱根の今のあの道よりは随分効
そうですよ
また中天道がみました来なくて良かったよ
これは無理だよこんな
の僕はあのガードレールのあるところを
ずっと下ってきたわけですけど中鮮度は
これです
から
あーいや無理じゃないけど
るすこの状態でずっと行く中仙道に対し上
を通ってきた我が国道はこちをここって
そして向こうからこう折れ曲がってこんな
に距離を稼ぎながら降りてきてるわけです
ねじゃバイクの人が行ったらもうそれに
続こう
かちゃ溝があったんだ全然気づかな落ち葉
にみんな埋もれていたから
ね
向こうから見えてきたのは新和田トンネル
を抜けてき
た新しい142号のバイパスですねもしか
してこれから合流するのかなこのよう
です随分道が良くなるんだろうと思って
いるんですがこの先金銀彰急行配カーブ
連続通行注意
あこれ登る人に対して言ってんだなじゃ
ないとおかしいすよねこれが新和トンネル
有業入口がらに見え
ます新和トンネルも見えるわまあいい
でしょうどんどん降りていこうこっから先
はだいぶ道は良くなっているようです
よここにあったか江戸より53里のリか
この辺りがなんか大変なことになってると
言ったなこっから中千道に分け入れるよう
なので手前までどうなってるか見に行って
み
ましょう自転車で行くのはちょっと多分
すぐまずくなると思うけど自転車は行ける
ところまで行ってそこに置いとくことにし
ますここまでかなこっから中先度に分けれ
ばいいわけですがおなんだこれ鹿のか鹿
のならいいや鹿ならなんとかなるから
あ
あ大丈夫ですね熊はいない
なこれがねまず53里の1里塚の後らしい
んですよこ右手にあんのが大体この辺り
だろうと言われてるんですねなるほど問題
なのはここで僕がその自転車でここ行っ
たら多分死ぬだろうという風なことを言っ
ていた場所はここなんですがが江戸時代
初期の道
です危険で江戸時代後期にはこっちの方に
迂回してたらしいけども川の打高で道が
消えてい
ます全然分からん
わこれはその中仙道を守る貝の方が頑張っ
て木を組んだりとかしてボランティアで
やって
るってことですかすごすぎる方たちだな
通行料を取ってもいいぐらいだと思います
よこうやっ
て多くの地域の方の力あって今の中仙道も
私たちが歩けるように残されているという
わけです
ね下沢の皆さんありがとうござい
ますこの工事は一体どうやってやったん
だろうなどこのお金でやったんだろう確か
に道が偉く狭いわこれは江戸時代危険です
わ普通に歩ければ問題ないと思うんです
けどここ自転車で行くの
はありえないことです
ね電動自転車重いんでね道連れにされる
可能性とかもあるし深い谷です
よよし上の国道に戻ろうかな公園かって
ぐらいに鹿の分がいっぱい落してますね
生活拠点なんでしょね今いないけどもこれ
ぐらいの道なら快適な道だと思うように
なっ
てこっちが球道です
ね昭和の時代はこっちを通ってたん
でしょう
でも舗装された形跡はないみたいだ
なこういう風なね急なカーブしてるところ
は橋が掛け替えられてまっすぐになったり
しますね幅が確保できないってもあるこれ
別にここだけではなくもう全国いろんな
ところで普通に見られることですが新しい
橋がかけられたのは昭和53年だそうです
随分遅いから舗装されてたんだな
JA
中千道はこっちかこっちは行っても大丈夫
なんだこんな風に舗装されてますからねで
も行ったら見舗装になっちゃう気もする
けど多分大丈夫行って
みようここにはミト師の浪人たちの墓が
あるそう
です脱して戦いをしたんですよねここら辺
で中道
かなるほどありまし
た中仙道は左だそうですが浪人
塚1864年爆発ですね11月20日ミト
の1校104人金の主を遂げようと最後の
将軍徳川吉信が元々戸徳川出身なの
でを脱してきた人たがへ行って吉信様何卒
上位を実行してくださいという風にお願い
に来たそうですそれを知ったバックが
そんなやつを京都に入れるなということで
地元の高島班と松本班に命じてこれを和田
峠で迎え打つことになりまし
て双方共に戦車者が出たとのことでござい
ます現在では二戸とこの地元の間下諏訪の
繋がりは良行で
それぞれお互いに交流が捕まっているとの
ことです相当古い橋だな昭和8年って書い
てあってこんな別にラカだけだからいいん
でしょうけどランカがボロボロになってる
わもう読めないもん
な名前ま読めますけど
ギリギリすごいねこんなになっても別に
大丈夫なんですねガードレールがあるから
さっきの
ねミトたちは戦いそのものには勝った
みたいです
ねったがここで破れてしまってそしてミト
たちは仲間のうち何人も失いましたがその
まま下沢へ向けて下っていったそうです
その後徳川吉信に会いに行ったのかなあの
ミトの墓を立てたの
はそれを迎え寄った高島班松本班の
それぞれの人たちだっていうんですよ
ねの人たちは敵ながらあっぱれみたいなの
が家などでなかったの場所から随分下って
きたことを感じます人の家や生活が感じ
られるようになりまし
たまだ軽い沢より高いところにいるんです
ね薄い峠だって標高900何メタでした
よでこれが中仙道
か中千道旧中仙道がまっすぐ行くのに国道
が太陽にうねりまくっている場合は
中天道の傾斜がとんでもなくきついという
ことなの
で国道はわざわざ球道よりも左にうねうね
するなんて勾配緩以外ありえないですから
ね順調順調川にはまっては
大変っ
たった橋をぶっ壊したわけじゃなくて隙が
あるだけだったお綺麗な桜だこんな間近で
見るのはこれぐらいだ
から
ああなるほど
これで終わりだこの先のところ昔は橋か
なんかがかかってたんでしょう今はない
から自転車から異音がしますけどこれは
ただすきを大量に噛んでしまったからそれ
を引きずりながら走ってるというだけで別
に全く昨日上の問題はないと思います見と
もねえなすごい後ろにズルズル
と
ちょっとですね今坂道を下すたら東京から
江戸からまずい連絡が入りましてなんとね
僕の使ってる自転車が去年買ったやつなん
ですけどもう廃番になってるらしいんです
よでそれでこのバッテリーに対応する充電
機ももう作ってないというんですよどんな
にすぐ変わるのかと思うんですがもしかし
たらバージョンアップに直前に買って
しまったのかなそういうわけでねもしか
するとこの自転車のバッテリーはもう2度
と充電できないという可能性もあるんです
よ東京のいろんなところ家流飯店の自転車
扱ってるところに聞いてもらったんです
けどどこでも売ってないらしいんですよ
もはやで今京都だったらあるつうんです
けど京都までようやく行ってそれで3上
大橋を渡ってから充電できるようになっ
たってどうすりゃいいんだよてことじゃ
ないですかまこれはね今からまた和峠もう
一度逆に進んで探しに行くのかそんなわけ
いかないじゃないですかこれはもう最悪の
場合はこの次の下諏訪もしくは塩尻あたり
で継替え要するにこの自転車は処分して
新しいものを再度揃えないといけないと
いうことかもしれません幸いなことに諏訪
地方
は工業盛人も多いところこれまで通ってき
た中では長野県か最大の街と言っていいん
じゃないです
か塩尻宿は長野県内最大の宿場であり案の
ことがあれば近くにか第2の年松本もあり
ます明日からあの道中バッテリーなしで
地獄の字ということにはならない
でしょうまさか廃番になってるとはなじゃ
もう乗り換えるしかないかもったいないな
このバッテリーもまだそんなに活躍しない
うわー
視聴ありがとうございます。チャンネル登録していただけルと助かります。
2021年の動画 現在と異なる内容がありますのでご了承ください。
元の動画(スーツ旅行チャンネル):https://www.youtube.com/watch?v=8-0SSaEqaBU
参考資料:スーツ旅行チャンネルコメント欄様(勉強になります)
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